名古屋高等裁判所 平成22年(ツ)18号 判決 2011年6月02日
上告人(1審被告・原審控訴人)
Y市
同代表者市長
A
同訴訟代理人弁護士
金井和夫
金井亨
被上告人(1審原告・原審被控訴人)
破産者株式会社a破産管財人 X
主文
1 本件上告を棄却する。
2 上告費用は上告人の負担とする。
理由
1(1) 本件は、被上告人が上告人に対し、破産者と上告人との間の請負契約に基づく請負残代金71万7150円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。上告人は、平成20年8月21日時点の請負残代金557万5000円について、別件の工事契約の前払金返還請求権280万円及び利息支払請求権4万7991円(当事者間で争いがない。)のほか、別件の工事契約(同契約の約款〔以下「本件約款」という。〕46条2項)に基づく違約金支払請求権71万7150円の合計356万5141円の各債権を自働債権、上記請負残代金を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をし、残額の200万9859円を支払ったので上記請負代金は支払済みであると主張し、上告人は違約金支払請求権(71万7150円)は発生していないので、上告人には上記金員の支払義務があると主張した。
(2) 1審は、被上告人の請求を全部認容したところ、上告人がこれを不服として控訴した。
(3) 原審は、次のように判示して、上告人の控訴を棄却した。
ア 本件約款46条2項の「違約金」が発生するのは、請負人に同条1項各号のいずれかに該当する事由が生じ、注文者が同条1項に基づく解除権を行使し、この解除権の行使により契約が解除された場合であると認められる。というのは、同条が契約解除の場合に「違約金」の支払義務を負う旨規定し、契約を解除するか否かを問わず「賠償金」の支払義務が生じるとする同約款49条の2の文言と規定内容を採用していないからである。
イ 上告人は、被上告人が破産法53条1項による解除をした場合であっても、注文者である上告人が、その後本件約款46条1項5号による解除の意思表示をすれば、同条2項の「違約金」を請求できる旨主張するが、上記アのとおり、そのような解釈を取ることはできない。
ウ 上告人は、平成20年7月23日、破産者に対し、破産者が別件の工事を完成させないのであれば、同工事契約を解除して相殺をするつもりであると告げ(停止条件付解除の意思表示)、同日午後7時、破産者が上告人に対して同工事の継続を断念すると告げたから(停止条件の成就)、同工事契約は解除されたと主張するが、停止条件付解除の意思表示があったとは認められない。
エ 上告人は、本件約款46条1項に基づく解除権を行使していないから、同条2項の「違約金」を請求することはできず、これを相殺の自働債権に供することはできない。
2 上告人の上告理由について
(1) 上告理由書第1について
上告人は、最高裁判所昭和63年11月25日第二小法廷判決は、本件と同様の場合に解除権を行使せずに請求が可能であるとしているし、本件約款46条と49条の2では、その趣旨も成立根拠も全く異なっており、両者の規定を比較して結論が導かれることはないのであり、原判決には判決に影響を及ぼす法令(民法420条)の違反がある(民事訴訟法312条3項)旨主張する。
しかし、上記最高裁判決は本件と同様の事案についての判断とはいえないし、原判決は本件約款46条2項の「違約金」の発生要件を同約款の内容から前記1(3)アのとおり解釈・認定しているのであり、その判断に上記法令違反があるとはいえないから、上告人のこの点についての主張は採用できない。
(2) 上告理由書第2について
上告人は、原審が民法所定の要件が満たされるときは債務不履行に基づく損害賠償請求権が行使できるなど防御の機会が与えられているとしているのに対し、①違約金支払請求権を自働債権とする相殺ができないというのであれば破産法67条、72条の解釈を誤っているし、②同法53条による被上告人の解除後に取得した債権で相殺が可能であるというのであれば同法53条、54条の解釈を誤っているし、③別途民法所定の要件が満たされて債務不履行に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺が可能であるというのであれば、上告人が被上告人の請求額以上の損害を被ったと従前から主張していることに触れられておらず理由不備である旨主張する。
しかし、上告人の主張は、原審が本件約款46条2項の「違約金」の発生要件について解釈・認定した内容への反論にすぎないところ、上記解釈・認定に判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反や理由不備は認められず、この点についての上告人の主張は採用できない。
(3) 上告理由書第3について
上告人は、被上告人による破産法53条の解除は信義則に反して権利の濫用であるから、これを認めた原判決は民法1条に違反するし、権利濫用を基礎付けるBの証人尋問を採用しなかったことは審理不尽に当たる旨主張する。
しかし、原審の判断に民法1条の違反はないし、控訴審に至ってされた上記証人申請の却下は審理不尽に当たらないから、上告人のこの点についての主張は採用できない。
3 以上によれば、上告人の本件上告は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 片田信宏 河村隆司)