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名古屋高等裁判所 平成22年(ネ)1094号 判決 2011年5月19日

主文

1  1審被告の被控訴人ら7名に対する控訴並びに控訴人本里自治会及び控訴人山の原自治会の1審被告に対する控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用のうち,1審被告の控訴について生じたものは1審被告の負担とし,控訴人本里自治会及び控訴人山の原自治会について生じたものは同控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  1審被告

(1)  原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。

(2)  前項の部分につき,被控訴人らの請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人らの負担とする。

2  控訴人本里自治会及び控訴人山の原自治会(以下併せて「控訴人自治会ら」という。)

(1)  原判決中,控訴人自治会らの敗訴部分(ただし,慰謝料請求に関する部分を除く。)を取り消す。

(2)  控訴人自治会らと1審被告間で,控訴人自治会らが原判決別紙物件目録(一)記載1ないし4の各土地(本件通路〔原判決3頁21行目〕)を通行する権利を有することを確認する。

(3)  1審被告は,控訴人自治会らに対し,本件通路に積んだ土砂及び重機を撤去せよ。

(4)  訴訟費用は第1,2審とも1審被告の負担とする。

(5)  第3項につき仮執行宣言

3  被控訴人ら

(1)  1審被告の控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は1審被告の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,三重県鈴鹿市内を南北に走る国道1号線(以下「国道」という。)の西側の土地の所有者及び賃借人であるとする被控訴人ら7名及び控訴人自治会ら(以下併せて「1審原告ら」ということがある。)が従前,国道下のアンダーパス(原判決5頁23,24行目)及び国道東側の私有地(原判決3頁22行目の被告所有地。以下「1審被告所有地」という。)に設置された本件通路を通行していたところ,1審被告所有地が担保不動産競売手続に付され,これを買い受けた1審被告により本件通路に土砂,重機等(以下「土砂等」という。)が置かれ,本件通路の通行が妨害されたとして,1審被告所有地の前所有者らとの契約又は取得時効により取得した通行地役権又は通行権(以下併せて「通行地役権等」という。)に基づき,かかる権利があることの確認,土砂等の撤去及び慰謝料の支払を求めた事案である。

原審は,被控訴人らの通行地役権等確認請求及び土砂等撤去請求については認容し,被控訴人らの慰謝料請求及び控訴人自治会らの各請求については棄却したところ,控訴人自治会らと1審被告がこれを不服として控訴した。

なお,控訴人自治会らは,控訴提起に当たり,確認を求める権利を通行地役権から通行する権利へと変更し,慰謝料請求については控訴をしていない。

2  前提事実,争点及びこれに対する各当事者の主張は,以下のとおり原判決を補正し,後記3において当審における当事者の主張(原審での主張を敷衍する部分を含む。)を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」1,2に記載のとおりであるから,これを引用する。

原判決6頁9行目の「イ」の冒頭に,「1審被告所有地は,その1筆(甲1の1に係るもの)につき昭和56年11月2日に北伊勢信用金庫(以下「北伊勢信金」という。)を根抵当権者とする根抵当権が設定され(同月10日登記),上記土地を含む4筆全部(甲1の1ないし4)につき平成10年9月25日に商工組合中央金庫(以下「商工中金」という。)を根抵当権者とする根抵当権が設定され(同日登記),平成18年7月20日に商工中金から根抵当権の移転(同月26日登記)を受けたオリックス債権回収株式会社(以下「オリックス回収会社」という。)の申立てに基づいて担保不動産競売手続(津地方裁判所平成18年(ケ)第218号。以下「本件競売手続」という。)が開始された。」を加える。

3  当審における当事者の主張

(1)  1審被告

ア 原判決は,その引用する判例(原判決25頁6行目。以下「平成10年判決」という。)の本件への当てはめとして,1審被告が登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しない者である旨判示するが,平成10年判決は通常の売買の事例であり,担保不動産競売手続による売却の場合には当てはまらない。

担保不動産競売手続により不動産が売却された場合には,担保権者に対抗できない権利者の権利は消滅する(民事執行法82条等)。被控訴人らの主張する通行地役権は,1審被告所有地の担保権者であるオリックス回収会社に対抗できないものであり,本件競売手続による売却の結果,消滅し,買受人である1審被告は,1審被告所有地につき何らの負担のない所有権を取得したこととなる。

しかるに原判決は,担保不動産競売手続における売却による所有権移転を通常の売買等による所有権移転と同様であるとし,被控訴人らと1審被告間に権利の対抗関係があるとしているのであって,相当でない。

イ また,オリックス回収会社が被控訴人らの通行地役権の登記欠缺を主張する正当な利益を有しない者であることを仄めかす事情はないから,被控訴人らは1審被告に対して登記なくして通行地役権等を対抗することはできない。

ウ 仮に平成10年判決が本件にも適用されるとしても,本件競売手続の申立人であるオリックス回収会社の担保権は平成10年9月25日に設定・登記された根抵当権であるところ,被控訴人らの主張する通行地役権が上記の担保権の設定時期よりも前に設定されたとは認められないから,1審被告が被控訴人らの通行を拒むことは何ら信義に反するものではない。

エ 原判決は,本件通路の通行に関して1審被告所有地の前所有者である株式会社丸中建設(以下「丸中建設」という。)又はA(以下「A」といい,丸中建設と併せて「1審被告所有地前所有者ら」という。)との間で締結された契約につき,控訴人自治会らの契約については債権契約としつつ,被控訴人らの契約については地役権設定契約と判断するが,前者が債権契約であれば,後者も債権契約のはずである。

オ 原判決は,本件通路の幅員につき5m以上と認定しているが,アンダーパスの幅員が5mである以上,被控訴人らと1審被告所有地前所有者ら間で合意された幅員は5mのはずである。

(2)  控訴人自治会ら

少なくとも控訴人本里自治会は,1審被告所有地前所有者らとの間で通行契約を締結していること,控訴人自治会らは現に本件通路を通行していたこと,これらの事実は1審被告も知っていたことからすれば,控訴人自治会らの本件通路を通行する権利が認められるべきである。

(3)  被控訴人ら

1審被告所有地につき根抵当権の設定を受けた北伊勢信金及び商工中金(以下「本件各金融機関」という。)は,本件通路の通行地役権又は通行権を知悉していた。

1審被告所有地前所有者らは,本件各金融機関より金銭を借り入れる際には,被控訴人らの土地を要役地とし,本件通路が承役地として使用されていることを説明している。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人自治会らの各請求(確認請求は当審での訴え変更後のもの)は理由がなく,被控訴人らの請求は原判決主文第1項ないし第3項の限度で理由があると判断する。その理由は,当審における当事者の主張(原審での主張を敷衍する部分を含む。)に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」1,2に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  1審被告の当審における主張について

(1)  平成10年判決の射程

ア 平成10年判決は,「通行地役権(通行を目的とする地役権)の承役地が譲渡された場合において,譲渡の時に,右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,譲受人は,通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても,特段の事情がない限り,地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない」と判断し,その実質的理由については,「通行地役権の承役地が譲渡された時に,右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかであり,かつ,譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは,譲受人は,要役地の所有者が承役地について通行地役権その他の何らかの通行権を有していることを容易に推認することができ,また,要役地の所有者に照会するなどして通行権の有無,内容を容易に調査することができる」ので,譲受人は「何らかの通行権の負担のあるものとしてこれを譲り受けたものというべきであって」,「譲受人が地役権者に対して地役権設定登記の欠缺を主張することは,通常は信義に反する」からであるとしている。

そうすると,承役地の所有権の移転が譲受人の意思に基づいて行われる場合に広く上記法理が当てはまるというべきであり,特段の事情がない限り,担保不動産競売手続による売却の場合を別に扱うべき理由はなく,平成10年判決は担保不動産競売手続による売却の場合には適用されないとの1審被告の主張は採用することができない。

イ 1審被告は,平成10年判決を本件に適用するとしても,本件競売手続の申立人であるオリックス回収会社が登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者か否かという基準によって判断すべきであると主張する。

しかし,平成10年判決は,承役地の使用について対立する当事者間の利害を調整する判断であるから,承役地の新所有者と通行地役権者の事情を斟酌すべきであって,担保権者を基準に判断すべき理由はなく,1審被告の上記主張は採用することができない。

ウ 1審被告は,被控訴人らの主張する本件通路についての通行地役権が1審被告所有地についての担保権設定時期よりも前であるとは認められない旨等を主張する(前記第2の3(1)ウ)。

しかし,前記アのとおり,1審被告と被控訴人ら間の本件通路の使用に関する優劣関係は,特段の事情のない限り,1審被告が1審被告所有地(担保不動産)の取得時に同土地が通路として使われていることが認識可能かどうかにかかるのである。

そして,他の事情を見るに,1審被告所有地に本件通路が設置されたのが昭和52年ころで(乙8),その後の昭和56年及び平成10年に同土地に担保権が設定されたのである(前記第2の2)から,1審被告が何らの負担のない担保不動産を競売手続により取得すると期待できたとはいえない。

さらに,1審被告においては,国道の西側に所在する工場や倉庫に出入りする車両等が,本件通路を使用して同国道の南行車線に流入することを認識し,又は容易に認識し得る状況にあったと認められることは原判決が判示するとおりであり,しかも1審被告は,1審被告所有地の買受け当時,本件通路が道路として使用されていること,及び被控訴人らが丸中建設との間で本件通路の通行に関する契約書を取り交わしていることを知っていたのであるから(原判決25頁9行目から13行目まで),被控訴人らの本件通路の通行地役権等につき1審被告は登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないというべきである。

したがって,1審被告の上記の主張は採用することができない。

エ 1審被告は,被控訴人らの有する本件通路の利用権原につき,通行地役権ではなく,1審被告所有地前所有者らとの契約に基づく債権的な通行権にすぎない旨主張するが,被控訴人生川以外の被控訴人らは,1審被告所有地前所有者らとの地役権設定契約に基づいて通行地役権を有すること,被控訴人生川は,訴外名海運輸(原判決4頁9行目)が1審被告所有地前所有者らとの地役権設定契約により設定を受けた通行地役権をさらにその要役地の譲受けにより取得した訴外ウッディクラフト(原判決4頁12行目)からその要役地を賃借したことは原判決認定のとおりであるから,1審被告の主張は採用することができない。

(2)  1審被告は,本件通路の幅員につき,原判決が5m以上と認定しているのは誤りであり,アンダーパスの幅員が約5mであるから,本件通路の幅員として認められるのは5mまでである旨主張する。

そこで検討するに,アンダーパスの幅員が約5mであることは概ね当事者間に争いがなく,他方で,原判決添付図面によれば,本件通路の幅員が表示されている3か所のそれはそれぞれ,7.523m,8.586m,9.125mであり,その余の箇所においても概ねその程度の幅員があると認められる。

しかし,被控訴人らによる本件通路の利用方法については,大型トラックや車体の長いトレーラーが通行する場合もあるとされ(被控訴人美建代表者〔調書5頁〕,被控訴人西村倉庫代表者〔調書5,6頁〕),本件通路はアンダーパス付近とその先の箇所とでは相応の高低差があり(乙3の1,2),かつ,急な曲がり角が存すること(乙3の12)による見通しの悪さなどからすると,対向車両が安全に通過するためには現在の本件通路の幅員が無用に広すぎるとはいえないところ,位置,形状,構造等の物理的状況から客観的に明らかな通路につき,承役地の譲受人に対して登記なくして通行地役権を主張することができるとした平成10年判決の趣旨を踏まえると,かかる通行地役権の主張が認められるべき本件通路の幅員については現に通路として使用されている状況を踏まえて判断されるべきであって,これを接続道路の幅員以下に制限すべき合理的な理由は存しない。

したがって,この点に関する原判決の判断は正当であり,1審被告の主張は採用することができない。

3  控訴人自治会らの当審での請求について

(1)  控訴人自治会らは当審において訴えを変更し,債権的権利として,控訴人自治会らが本件通路を通行する権利を有することの確認を求める。

(2)  しかし,控訴人自治会らの主張する通行権が1審被告所有地前所有者らとの合意により成立した債権的権利であるとすると,かかる権利については平成10年判決の判旨が当てはまらず,前記(1)の控訴人自治会らの主張は認めることができない。

第4  以上によれば,1審被告及び控訴人自治会らの各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

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