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名古屋高等裁判所 平成22年(ネ)1157号 判決 2011年2月17日

控訴人(一審被告)

名古屋市信用保証協会

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

藤井成俊

同訴訟復代理人弁護士

堤由江

被控訴人(一審原告)

株式会社 アポロ商会

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

鈴木典行

舩野徹

内田智宏

田中由香

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁別

一  控訴の趣旨

(1)  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要(以下、略称は原則として原判決の表記に従い、原判決の記載箇所を適宜示す。)

一(1)  本件は、本件競売事件(原判決四頁四行目)の担保不動産である本件不動産(同三頁七行目)のうちの本件土地(原判決二頁二三行目)上の本件建物(同二頁二四行目)を取壊後に、本件土地上に建物を建築するには、愛知県建築基準条例六条所定の基準(路地状部分の長さが一五m以上二五m未満の場合、路地状部分の幅は二・五m以上であることを要する。)を満たさなければならないところ、本件土地のうちの本件路地状部分(同三頁四行目)と本件敷地部分(同三頁五行目)とがつながる部分の間口は約二・三mしかないため、上記再築ができないのに、評価人が上記規制(本件規制〔同四頁二六行目〕)を考慮せず、本件不動産の価額を合計一四九五万円と評価し、本件執行裁判所(同四頁二行目)がこれを前提として売却基準価額を一四九五万円と定め、被控訴人が一六七〇万五〇〇〇円で競落して同金員を納付したが、本件不動産の価格は実際には本件規制のため五〇〇万円程度にすぎないとして、被控訴人が、配当を受けた控訴人(配当金六六九万六八〇六円)及び原審相被告中日本総合信用株式会社(以下「原審相被告」という。配当金八九五万六八六九円)に対し、民法五六八条及び五六六条の類推適用に基づき、代金の一部返還として、控訴人に対して六六九万六八〇六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二一年二月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、原審相被告に対して四六八万四六九四円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。

(2)  原判決は、被控訴人主張どおり、本件規制が本件土地に及んでおり、これは民法五七〇条所定の瑕疵ではなく、本件には同法五六八条及び五六六条を類推適用するのが相当である旨、本件不動産の適正な評価額は七四八万円であり、これを前提にすると、控訴人は本件配当(原判決四頁一六行目)で受けた六六九万六八〇六円の全額の配当を受けることができず、原審相被告は本件配当で受けた八九五万六八六九円のうち二二〇万四六九四円の配当を受けることができなかったと認められ、同金額を被控訴人に返還すべき義務がある旨判示し、被控訴人の請求を、控訴人及び原審相被告に対し、上記金員(及び遅延損害金)の各支払を求める限度で認容したところ、控訴人がこれを不服として控訴した。

二  前提事実及び当事者の主張は、後記三のとおり当審における当事者の主張(原審での主張を敷衍するものを含む。)を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」二ないし四に記載のとおりであるから、これを引用する。

三  当審における当事者の主張

(1)  控訴人の主張

ア 最高裁判所昭和四一年四月一四日第一小法廷判決(民集二〇巻四号六四九頁。以下「昭和四一年判例」という。)は、売買の対象となった土地に公法上の規制がある場合、民法五七〇条の物の瑕疵に当たると判示している上、競売の場合に瑕疵担保責任を否定する同条ただし書は、競売が債務者の意思に基づかずに行われ、債権者が目的物の性状に関して知る機会は少なく、むしろ買受人が自己の危険においてこれを買い取るべきであるから、買受人の信頼の保護を犠牲にしてでも債権者・債務者を保護し、もって競売結果の確実性を保護する趣旨である。

本件土地は、本件路地状部分が長さ約一六・九m、その公道に面する間口は約二・八mであるが、本件敷地部分につながる間口は約二・三mしかなく、本件規制により、本件建物取壊後に建物を再築することができないことから、買受人である被控訴人がこの事実を知らなければ「物の瑕疵」に当たる。そして、上記のとおり、競売結果の確実性を保護する民法五七〇条ただし書の適用により、競売による買受人である被控訴人は担保責任を追及することはできない。

イ 東京高等裁判所平成一五年一月二九日判決(判例時報一八二五号七一頁。以下「平成一五年東京高裁判決」という。)は、競売の対象となった土地に公法上の規制がある場合も民法五七〇条にいう隠れた瑕疵に当たると判断した上で、債権者が当該土地につき公法上の規制が存することを知っていたことから、公平の理念により、買受人は民法五六八条及び五六六条を類推適用して、売却代金の配当を受けた債権者に対し、代金の減額を請求できると判断したものである。

本件において、瀬戸信金(原判決三頁二三行目)及び控訴人は、本件土地が本件規制を受ける土地であることを知らなかったのであるから、平成一五年東京高裁判決を前提としても、民法五七〇条ただし書が適用されるにすぎず、買受人である被控訴人が控訴人に対して担保責任を追及することはできない。

(2)  被控訴人の主張

ア 本件土地は、本件規制により建物を再築することができないのであるから、原判決が判示するとおり、民法五七〇条所定の瑕疵ではなく、同法五六八条及び五六六条を類推適用すべきである。最高裁判所平成八年一月二六日第二小法廷判決(民集五〇巻一号一五五頁)も、本件類似の事案について、民法五六八条及び五六六条を類推適用している。

イ 平成一五年東京高裁判決は、債権者が公法上の規制があることを知っていたことを理由に民法五六八条及び五六六条を類推適用している訳ではない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、原判決と同様に、被控訴人の控訴人に対する請求は理由があると判断する。その理由は、後記二のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」一ないし五に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当審における控訴人の主張に対する判断

(1)  本件土地は、本件路地状部分を通って奥の本件敷地部分につながる形状となっているところ、本件路地状部分は長さ約一七m、その公道に面する間口は約二・八〇mであるが、本件路地状部分が本件敷地部分につながる箇所の幅は約二・三五mであるから、本件規制により、本件建物取壊後に本件土地上に建物を再築することはできない(原判決六頁の六行目ないし一〇行目)。

ところで、競売事件においては、評価人は評価書に都市計画法、建築基準法その他の法令に基づく制限の有無及び内容を記載し(民事執行規則一七三条一項、三〇条一項五号ロ)、そのような公法上の制限の有無及び内容を考慮して土地の評価を行わなければならない。

したがって、本件競売事件において、評価人は、本来、本件規制により本件建物取壊後には本件土地上に建物を再築することができないという利用上の制限があることを評価書に記載して、本件土地と本件建物からなる本件不動産の評価を行わなければならなかったにもかかわらず、本件規制により本件土地には建物を再築できないことを看過し、再築が可能な通常の宅地として評価し、本件執行裁判所もこれを前提として本件不動産の売却基準価額を定め(同七頁の二)、被控訴人はこれを信じて本件買受申出(同四頁一一行目)をし、それらを前提に本件規制がないものとして競売がなされている(同七頁の三)。

(2)  このような場合を含む競売における担保責任の有無・内容は、以下のとおり、昭和五五年一〇月一日の民事執行法施行の前後で区分して考えるべきである。まず、同法施行以前の競売手続においては、買受人のための物件情報公開制度は採用されておらず、買受人としては自己の判断と責任において入札手続に参加していた。これに対し、民事執行法の施行後においては、執行官による現況調査制度が導入されて調査内容や報告書の記載事項が法定されたほか(民事執行法五七条、民事執行規則二九条)、評価人による評価方法や評価書の記載内容も法定され(民事執行法五八条、民事執行規則三〇条)、殊に、評価書には都市計画法、建築基準法その他の法令に基づく制限の有無及び内容を記載し、この内容を考慮して不動産の評価を行うこととなり、これらは物件明細書と共に買受希望者の閲覧に供されることとなり(民事執行規則三一条)、不動産競売制度の信頼性を高めて買受希望者を多く募り、債権の回収に寄与できるような制度が構築された。

そうすると、民事執行法施行後において、競売の目的不動産に公法上の規制が実際には存するにもかかわらず、評価書等にこれを存しないと記載され、その記載を前提に売却基準価額が決定されて売却が実施された場合には、競売の目的物が公法上の規制を受けて所有権の行使が制約されることとなり、通常の売買の目的物が地上権等の目的であるために所有権の行使が制約される場合を類似しているから、上記の競売において買主が公法上の規制があることを知らないときには民法五六八条及び五六六条の類推適用をするのが相当である。その結果、上記競売においては、買受人がまず不測の損害を被る反面、売却代金の配当を受けた債権者が公法上の規制が看過され、本来得ることのできない利益を保有することになるところ、その状況は、民法五六八条及び五六六条の類推適用により、是正されることになる。すなわち、買受人は、公法上の規制が存するとして売却が実施されていたとした場合における低額の代金を基礎として、債務者に対し、あるいは同人が無資力のときには、売却代金の配当を受けた債権者に対し、代金の減額を請求でき、これにより公平な結果が得られると解される。

これを本件についてみると、前記(1)のとおり、本件土地には建物の再築ができないという宅地としては極めて重大な本件規制があるところ、評価書に本来記載されるべき本件規制内容が記載されず、本件執行裁判所もこの点を売却基準価額に反映させずに売却されるに至っているから、民法五六八条及び五六六条が類推適用されるべきであり、これによれば、買受人である被控訴人は、配当金を受領した控訴人に対し、原判決八頁の四のとおり、減額請求を行うことができると解される(債務者であるC〔原判決三頁六行目〕は無資力である〔同八頁二二行目ないし二三行目〕。)。

(3)  控訴人は、昭和四一年判例が公法上の規制について、民法五七〇条の物の瑕疵として扱っている旨主張するところ、同判例は、民事執行法施行以前のかつ通常の売買の事案についてのものであるから、これがそのまま本件に妥当するとはいえず、この点についての控訴人の主張は採用できない。

第四結論

以上によれば、被控訴人の控訴人に対する請求は、理由があるからこれを認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 片田信宏 光吉恵子)

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