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名古屋高等裁判所 平成22年(ネ)229号 判決 2011年2月17日

主文

1  1審被告らの控訴に基づき,原判決中,1審原告らに関する部分を次のとおり変更する。

(1)  本件訴えのうち,別紙1審団体原告目録記載の1審原告らの各訴え,並びに,別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告らが,1審被告らのした,プロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合その他の試合及びこれに関連する催事等の入場券を販売することを拒否し,これらが行われる球場等施設の管理区域に入場することを禁止する旨の表示が無効であることの確認を求める各訴えをいずれも却下する。

(2)  別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告らのその余の請求並びに同目録1ないし7,10,12ないし19,21,23ないし40,42ないし54,56ないし61,65ないし67,69ないし80,102及び103記載の1審原告らの請求をいずれも棄却する。

2  1審原告らの控訴をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じ,別紙1審個人原告目録記載の1審原告ら及び別紙1審団体原告目録記載の1審原告らの代表者の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告ら

(1)  原判決中,1審原告らに関する部分を次のとおり変更する(以下,下記の各請求をそれぞれ「請求1(1)」などという。)。

「1(1) 1審被告らは,別紙1審団体原告目録記載の1審原告らそれぞれに対し,1審被告らがそれぞれ主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合その他の試合において,当該試合の入場券を取得した同1審原告らの構成員(ただし,平成19年12月に同1審原告らが1審被告らに対し提出した特別応援許可更新申請書添付の団体構成員の名簿記載の同1審原告らの構成員)が原判決別紙応援方法目録記載の方法で応援を行うことを,その中止や退場を求め,あるいは退場させ,又は今後の入場を禁止することを告知するなどして妨害してはならない。

(2)  1審被告らは,別紙1審個人原告目録記載の1審原告らそれぞれに対し,1審被告らがそれぞれ主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合その他の試合において,当該試合の入場券を取得した同1審原告らが,その所属団体として組織的に,原判決別紙応援方法目録記載の方法で応援を行うことを,その中止や退場を求め,あるいは退場させ,又は今後の入場を禁止することを告知するなどして妨害してはならない。

(3)  1審被告らと別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告らそれぞれとの間において,1審被告らが平成20年3月27日付けで1審原告X1に対し表示した,1審被告らがそれぞれ主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合その他の試合及びこれに関連する催事等の入場券を販売することを拒否し,並びにこれらが行われる球場等施設の管理区域に入場することを禁止する旨の意思表示が無効であることを確認する。

(4)  1審被告らは,別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告らそれぞれに対し,1審被告らがそれぞれ主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による野球試合及びこれに関連する催事等の入場券を取得した同1審原告らが試合や催事等の行われる球場に入場し試合や催事等を観ることを,退場を求め,あるいは退場させるなどして妨害してはならない。

(5)  1審被告らは,連帯して,別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告らそれぞれに対し,各22万円及びこれに対する原判決別紙遅延損害金起算日目録記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(6)  1審被告らは,連帯して,別紙1審個人原告目録1ないし7,10,12ないし19,21,23ないし40,42ないし54,56ないし61,65ないし67,69ないし80,102及び103記載の1審原告らそれぞれに対し,各11万円及びこれに対する原判決別紙遅延損害金起算日目録記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2(1)  1審被告らは,別紙1審団体原告目録記載の1審原告らそれぞれに対し,同1審原告らが平成19年12月にした平成20年度の特別応援許可更新申請について,1審被告らが連名で平成20年3月27日付けで同1審原告らに対してした通知を撤回せよ。

(2)  1審被告らは,別紙1審個人原告目録記載の1審原告らそれぞれに対し,その所属団体である別紙1審団体原告目録記載の1審原告らが平成19年12月にした平成20年度の特別応援許可更新申請について,1審被告らが連名で平成20年3月27日付けで同1審原告らに対してした通知を撤回せよ。

(3)ア  1審被告Y1を除く1審被告らは,別紙1審団体原告目録記載の1審原告らそれぞれに対し,同1審被告らがそれぞれ主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合その他の試合において,当該試合の入場券を取得した同1審原告らの構成員(ただし,平成19年12月に同1審原告らが1審被告らに対し提出した特別応援許可更新申請書添付の団体構成員の名簿記載の同1審原告らの構成員)が原判決別紙応援方法目録記載の方法で応援を行うことを,その中止や退場を求め,あるいは退場させ,又は今後の入場を禁止することを告知するなどして妨害してはならない。

イ  1審被告Y1は,別紙1審団体原告目録記載の1審原告らそれぞれに対し,同1審被告を除く1審被告らに,その主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合その他の試合において,当該試合の入場券を取得した同1審原告らの構成員(ただし,平成19年12月に同1審原告らが1審被告らに対し提出した特別応援許可更新申請書添付の団体構成員の名簿記載の同1審原告らの構成員)が原判決別紙応援方法目録記載の方法で応援を行うことを,その中止や退場を求め,あるいは退場させ,又は今後の入場を禁止することを告知するなどして妨害するようにさせる行為をしてはならない。

(4)ア  1審被告Y1を除く1審被告らは,別紙1審個人原告目録記載の1審原告らそれぞれに対し,同1審被告らがそれぞれ主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合その他の試合において,当該試合の入場券を取得した同1審原告らがその所属団体として組織的に,原判決別紙応援方法目録記載の方法で応援を行うことを,その中止や退場を求め,あるいは退場させ,又は今後の入場を禁止することを告知するなどして妨害してはならない。

イ  1審被告Y1は,別紙1審個人原告目録記載の1審原告らそれぞれに対し,同1審被告を除く1審被告らに,その主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合その他の試合において,当該試合の入場券を取得した同1審原告らがその所属団体として組織的に,原判決別紙応援方法目録記載の方法で応援を行うことを,その中止や退場を求め,あるいは退場させ,又は今後の入場を禁止することを告知するなどして妨害するようにさせる行為をしてはならない。

(5)ア  1審被告Y1を除く1審被告らは,別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告らそれぞれに対し,1審被告らがそれぞれ主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による野球試合及びこれに関連する催事等の入場券を取得した同1審原告らが試合や催事等の行われる球場に入場し試合や催事等を観ることを,退場を求め,あるいは退場させるなどして妨害してはならない。

イ  1審被告Y1は,別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告らそれぞれに対し,同1審被告を除く1審被告らに,その主催するプロフェッショナル野球の年度連盟選手権試合,非公式試合,出場選手以外の支配下選手による試合及びこれに関連する催事等の入場券を取得した同1審原告らが試合や催事等の行われる球場に入場し試合や催事等を観ることを,退場を求め,あるいは退場させるなどして妨害するようにさせる行為をしてはならない。」

(2) 訴訟費用は,第1,2審を通じ,1審被告らの負担とする。

(3) 請求1(5)及び同1(6)につき仮執行宣言。

2  1審被告ら

(1)  原判決中,1審被告ら敗訴部分(原判決主文第2項及び第3項)を取り消す。

(2)  前項の取消しに係る別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告らの請求並びにこれと選択的併合の関係にある請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審を通じ,1審原告らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,中日ドラゴンズの応援団である別紙1審団体原告目録記載の1審原告ら(以下「1審団体原告ら」という。)及びその構成員である別紙1審個人原告目録記載の1審原告ら(以下「1審個人原告ら」という。なお,別紙1審個人原告目録8,9,11,20,22,41,55,62ないし64,68は,欠番である。)が,1審被告らから,平成20年度において,楽器,応援旗等を使用して観客を組織化し又は統率して行われる集団による応援(以下「応援団方式による応援」という。)の申請を不許可とされ,1審原告X1(以下「1審原告X1」という。)の構成員のうち別紙1審個人原告目録81ないし101及び104記載の1審原告ら(以下「販売拒否対象1審原告ら」という。)については,同不許可に加えて入場券の販売拒否対象者にも指定され,これらにより1審原告らの人格的権利が侵害されたなどと主張し,また,1審被告らがした応援団方式による応援の不許可及び販売拒否対象者の指定は,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)2条9項5号の不公正な取引方法に当たると主張して,1審被告らに対し,前記第1の1の(1)記載の各請求をする事案である(なお,1審原告らは,請求1(1)及び同(2)につき,請求1(1)が主位的請求,同(2)が予備的請求の関係,請求2(1)及び同(2)につき,請求2(1)が主位的請求,同(2)が予備的請求の関係,請求2(3)ア及び同(4)アにつき,請求2(3)アが主位的請求,同(4)アが予備的請求の関係,請求2(3)イ及び同(4)イにつき,請求2(3)イが主位的請求,同(4)イが予備的請求の関係にあり,請求1(1)と同2(3)ア及びイ,請求1(2)と同2(4)ア及びイ,請求1(3)と同2(2)のうち,販売拒否対象1審原告らにつき入場券販売拒否及び入場禁止を通知したものの撤回請求に係る部分〔1審原告らは,「1審団体原告らが平成19年12月にした平成20年度の特別応援許可更新申請について,1審被告らが連名で平成20年3月27日付けで同1審原告らに対してした通知」が「販売拒否対象1審原告らにつき入場券販売拒否及び入場禁止を通知したもの」を含むと解するようである。〕,請求1(4)と同2(5)ア及びイは,それぞれ選択的併合の関係にあり,このほかは単純併合の関係にあるとしている。)。

原審は,①1審団体原告らの各訴え(請求1(1),同2(1),同2(3)ア及びイに係る各訴え)並びに販売拒否対象1審原告らが1審被告Y1に対し販売拒否対象者指定の意思表示の無効確認を求める各訴え(請求1(3)のうち,1審被告Y1に対し「販売拒否対象者指定の意思表示」の無効確認を求める部分に係る訴え)をいずれも却下し(原判決主文第1項),②販売拒否対象1審原告らの請求1(3)のうち,1審被告Y1を除く1審被告らに対する部分をいずれも認容し(原判決主文第2項),③販売拒否対象1審原告らの請求1(5)のうち,1審被告らに対し連帯して販売拒否対象1審原告らそれぞれに対し1万1000円及びこれに対する不法行為後の日である原判決別紙遅延損害金起算日目録記載の日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を認容し(原判決主文第3項),④販売拒否対象1審原告らのその余の請求及びその余の1審個人原告らの請求をいずれも棄却した(原判決主文第4項)。

1審原告ら及び1審被告らは,それぞれ原判決中の敗訴部分を不服として,本件各控訴を提起した。

2  前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張

次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1」ないし「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書6頁24行目の「X2」を「1審原告X2」と改める。

(2)  原判決書16頁20行目及び同頁21行目の各「違法な処分」をいずれも「不利益処分」と改める。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,①1審団体原告らの各訴えは,いずれも不適法であり,②販売拒否対象1審原告らの請求1(3)に係る訴えは,いずれも不適法であり,③販売拒否対象1審原告らのその余の請求並びにその余の1審個人原告らの請求は,いずれも理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  本案前の争点について

(1)  1審団体原告らの当事者能力の有無,1審被告Y1の被告適格の有無,及び不起訴の合意の成否について

次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3当裁判所の判断」の「1」の「(1)」ないし「(3)」記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

ア 原判決書29頁4行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 この点,1審原告X2ないしX8は,①全国A連合の役員会の議事内容は1審原告X2ないしX8に伝達され,1審原告X2ないしX8の各「総会」において全会一致又は多数決により承認又は追認を受けるのであって,1審原告X2ないしX8の役員や業務運営は,各「総会」によって多数決の原則に従って運営されている,②1審原告X2ないしX8の代表者,構成員,構成員の連絡先,活動内容,活動場所等は明示されており,団体としての独立性をもって応援団として活動していることを1審被告らも自認しているなどと主張する。

しかし,「中日ドラゴンズ私設応援団全国A連合会則」を検討しても,1審原告X2ないしX8の各「総会」の定足数,開催頻度,議決方法等の規定は見当たらないばかりか,全国A連合の役員会の議事内容が1審原告X2ないしX8の各「総会」において承認又は追認されない事態が想定されているとは,到底考えられないところであり,また,一般に,法人その他の社団又は財団は,その主たる事務所又は営業所以外にも事務所又は営業所を有し,当該事務所又は営業所の代表者等を公示していることも少なくないことに照らせば,1審原告X2ないしX8について,それぞれの代表者,構成員,構成員の連絡先,活動内容,活動場所等が1審被告らに示されていたとしても,そのことから直ちに,1審原告X2ないしX8がそれぞれ全国A連合とは異なる独立の存在を有する権利能力なき社団としての実体を備えていると認められるものではない。

1審原告X2ないしX8は,当事者能力につきその他縷々主張するが,いずれも採用することができない。」

イ 原判決書29頁23行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 この点,1審原告X1は,①1審原告X1につき,団体として必要な事項は,「慣例」として定められており,客観的にも明らかにされてきた,②1審原告X1の準会員は,正会員による意思決定に従うことについて承諾し又は正会員に授権をしているなどと主張する。

しかし,1審原告X1の上記主張は,前記最高裁昭和35年(オ)第1029号同39年10月15日第一小法廷判決の説示に反する独自の見解というほかはない。

1審原告X1は,当事者能力につきその他縷々主張するが,いずれも採用することができない。」

ウ 原判決書30頁3行目の「被告らが」の次に「1審団体原告らそれぞれの独立性,組織性について判断した上,これを肯定して」を,同頁8行目の「被告らが」の次に「1審団体原告らそれぞれの独立性,組織性を判断した上,」をそれぞれ加える。

エ 原判決書31頁7行目の「日本選手権シリーズ」から同頁10行目の「いうべきであるが,」までを削る。

オ 原判決書31頁12行目の「その直接の」から同頁14行目の末尾までを「その確認の利益の有無について判断するまでもなく,」と改める。

カ 原判決書31頁23行目の冒頭から同頁24行目「含むものである」までを削る。

(2)  確認の利益の有無について

販売拒否対象1審原告らは,請求1(3)に係る訴えについて,本件販売拒否対象者指定の意思表示そのものの有効性を問うことが紛争解決に直接的につながるのであり,確認の利益が認められる旨主張する。

しかし,販売拒否対象者指定は,単に,将来,販売拒否対象1審原告らから,個々の試合の主催者である1審被告12球団及び1審被告Y2に対し,入場券の購入の申込みがされても,同1審被告らは承諾せず,同1審原告らの入場を拒否するとの方針を採用し,そのことを事前に伝達したものに過ぎず,それ自体が直接的に法律効果の発生に向けられた行為ということはできない。

また,仮に,販売拒否対象者指定が無効である旨宣言したとしても,それによって,1審被告12球団及び1審被告Y2に対し,当然に入場券の販売に関する契約(以下「観戦契約」という。)の締結義務が課されるわけではなく,まして,観戦契約の成立が擬制されるわけでもない。

したがって,本件販売拒否対象者指定は,無効確認の対象たる適格を有しない上に,その無効確認を求めることは上記の紛争を解決するための有効,適切な方法であるとは認められず,請求1(3)に係る訴えは,確認の利益を欠くというべきである。

(3)  小括

以上によれば,本件訴えのうち,請求1(1),同1(3),同2(1),同2(3)ア及びイの各訴えは,いずれも不適法であるから却下すべきである。

3  本案の争点について

(1)  球場でプロ野球を観戦する権利,応援団方式による応援をする権利の存否について

1審原告らは,球場でプロ野球を観戦すること及び応援団方式による応援をすることは,憲法13条に基づく幸福追求権の一内容をなす人格権ないし法律上保護された利益であると主張する。

しかしながら,プロ野球は,他のプロスポーツと同様に,主催者の主催の下にそのスポーツを職業とする選手が球場で試合を行い,観客は入場料を支払って球場に入場しその試合を観戦することにより成り立つ私的自治の分野の事柄であって,憲法22条,29条等の規定に基礎を置く経済活動の自由(営業の自由),契約自由の原則にかんがみると,試合の開催やその内容・態様,観戦契約の締結などを義務付けたり,規制したりする法令がない以上,試合を行うか否か,行う場合には,これをどのように行うか,どのようなイメージのスポーツを目指すか,いかなる範囲の人々に観戦を提供するか,観客席の雰囲気をどのようなものにし,どのように観戦環境を調整するかなど,その開催・運営に関する事項は,専ら主催者がその裁量によって決定することができるものであるし,主催者と観客との法律関係は,基本的に契約自由の原則によって規律されるものというべきであり,このことは,プロスポーツの試合において,観客が単なる興行の客体にとどまらず,試合の雰囲気を形成する一翼を担う部分があることによって,左右されるものではないというべきである。

したがって,1審原告らが,プロ野球の主催者である1審被告12球団及び1審被告Y2の間で,既に特定の試合につき観戦契約を締結していたり,特別応援許可(将来締結する可能性のある観戦契約について,応援行為に関する事項をあらかじめ合意したもの。)を得ているなどの事情があって,観戦契約の対象である特定の試合あるいは特別応援許可の対象となる特定の年度に行われる試合について具体的な法律上の利害関係を有するに至っている場合は格別,そのような法律関係を前提とすることなく,球場でプロ野球を観戦すること及び応援団方式による応援をすることそれ自体について,人格権ないし法律上保護された利益を有すると認めることはできない。

なお,このように解しても,後記のとおりプロ野球の観戦・応援は生活上不可欠な物資ないしサービスの提供・享受とはかかわりのない事柄である上,1審原告らが自ら野球の試合を主催して,これを観戦したり,応援団方式による応援をすることは,何ら妨げられないことからすれば,憲法13条に反するものでないことは明らかである。

(2)  継続的契約関係の形成に関する1審原告らの主張について

原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「2」の「(1)」の「イ」記載のとおり(ただし,原判決書34頁19行目の「間に,」の次に「1審原告ら主張のような黙示の契約の成立その他,」を加える。)であるから,これを引用する。

(3)  権利濫用の主張について

ア 前記判示のとおり,プロ野球の主催者である1審被告12球団及び1審被告Y2は,プロ野球の開催・運営に関する事項を,専らその裁量によって決定することができるものである。

イ 確かに,プロ野球は,我が国で最も人気のある伝統的なプロスポーツの一つであり,多くのプロ野球ファンが全国各地の球場で試合観戦をし,一部の試合はテレビでも放映されテレビにより観戦するファンも少なくない上,プロ野球は,公益を目的とする社団法人である1審被告Y2がその運営を統括しており,オリンピックやワールド・ベースボール・クラシック等の全国民の期待を担う「日本代表」選手やスタッフを輩出し,その運営にも深くかかわっているから,国民的なスポーツであるということができる。また,愛知県が制定した条例において,球場は「公共の場所」と規定されているほか,1審被告12球団及び1審被告Y2は,本件約款に規定する事由があると判断する場合以外は,観客になろうとする公衆と観戦契約を締結することを拒否していないことがうかがわれる。

ウ しかし,応援団方式による応援は,観客が個々人でする応援とは異なり,トランペット等の楽器を用いたり,応援旗等の他の観客の観戦に支障を及ぼすおそれのある物を使用したり,観客を組織化し又は観客の応援を統率して行われるものであって,その応援方法によっては,試合の円滑な進行を妨げたり,他の観客の平穏・安全な観戦に支障を生じさせることがあり得るものであるから,応援団方式による応援を認めるか否か,その際にどのような条件を付するかなどについては,本来的に主催者が自由に決定できるものというべきである。のみならず,前記のとおり,そもそも,主催者は,どのようなイメージのスポーツを目指すか,観客席の雰囲気をどのようなものにし,どのように観戦環境を調整するかなど,その運営に関する事項をすべてその裁量によって決定することができるというべきであるから(本件許可規程8条1項において,特別応援許可等の判断が,当該球団の自由な裁量に基づくものであると定められているのも,このことに由来するというべきである。),当該団体について球場の秩序を乱す具体的な危険が認められなくとも,主催者が応援団方式による応援を許容するのにふさわしくないと判断した場合には,これを不許可とすることは,当然に許されてしかるべきであり,権利濫用の法理を適用することによって,プロ野球の主催者である1審被告12球団及び1審被告Y2が特別応援許可をする義務を負う場合があるということはできないし,同1審被告らが本件応援不許可を決め,1審被告Y2及び1審被告Y1が1審団体原告らにこれを通知したことが,1審個人原告らに対する不法行為を構成するということもできない。

エ また,前記イのようなプロ野球の特徴等を考慮しても,球場でプロ野球を観戦することや応援団方式による応援をすることが生活上不可欠なものであるとは認められず,その性格は,生活上必須の電気,ガス,水道等を提供するいわゆるライフラインや電車,バスなどの公共交通サービス等とは,全く異なるものであるとともに,これらとは関わりのないものというべきであって,権利濫用の法理を適用することによって,プロ野球の主催者である1審被告12球団及び1審被告Y2が観戦契約を締結する義務を負う場合があるということはできない。

もっとも,仮に,1審被告12球団及び1審被告Y2が観戦契約の締結や球場への入場を現に拒否し,かつ,その理由が性別や人種等による不当な差別に該当するとか,その他憲法の人権規定の精神に反したり,公序良俗に反するなど,我が国の法秩序上,許容し難いものと認められる場合には,観戦契約の締結の拒否や球場への入場の拒否が違法と評価され,不法行為を構成する余地があると解される。

しかし,販売拒否対象者指定は,単に,将来,販売拒否対象1審原告らから,個々の試合の主催者である1審被告12球団及び1審被告Y2に対し,入場券の購入の申込みがされても,同1審被告らは承諾せず,入場を拒否するとの方針を採用し,そのことを事前に伝達したものに過ぎず,現実に申込みのなされた観戦契約の締結を現に拒絶したものではないし,1審原告らが主張しているところによっても,また,本件の全証拠によっても,販売拒否対象者指定の理由が性別や人種等による不当な差別に該当するとか,その他憲法の人権規定の精神に反したり,公序良俗に反するなど,我が国の法秩序上,許容し難いものとして違法と評価すべき事情は何ら認められない。

のみならず,1審原告らが自認しているところ(平成22年6月18日の当審第1回口頭弁論期日において,1審原告らが陳述した同年4月1日付け控訴理由書及び同年6月14日付け答弁書)によっても,1審原告X1の代表者である1審原告X10は,①平成8年10月ころ,暴走行為に加担し,後日,罰金刑に処せられ,②平成9年5月ころ,高校生(以下「被害者」という。)が1審原告X10の顔見知りである24歳くらいの男(以下「加害者」という。)からバットで殴られて怪我したことに関し,1審原告X10の知人(その父は暴力団組長であった。)及び被害者の父から相談を受け,加害者を知人宅である暴力団組事務所に呼び出して示談を迫り,示談金を支払ってもらう約束を取り付け,後日,脅迫罪により罰金刑に処せられ,③平成14年1月ころ,暴力団員だが,組抜けして右翼活動をしたいという者の相談に乗っていたところ,同人が覚せい剤を使用し周りに迷惑をかけているという話を聞いて立腹し,ファミリーレストラン内で暴行に及び,後日,罰金刑に処せられたというのであり,加えて,1審原告X1の団員であったH(1審原告らの主張によれば,本件申請に際し,新たに入会したとされる。)及びZ(1審原告らの主張によれば,平成19年度の特別応援許可申請の前に退会したとされる。)も罰金刑以上の刑を受けた者であったにもかかわらず,1審原告X1の平成18年度から平成20年度までの特別応援許可申請の申請書には,「罰金以上の刑を受けた者」はいない旨記載されており(甲35,51,52,76,77,88,1審原告X10本人,1審原告X9本人),これは,本件約款の一部をなす(本件許可規程12条1項)本件許可規程2条5項(許可申請書への虚偽記載の禁止)に違反し(仮に,1審原告X10がHやZの前科を知らなかったとしても,自分自身の前科を知悉していたことは明らかであるし,同記載が暴排協の愛知地区協議会の説明ないし指導に従ったものであったとしても,同項違反の事実がなかったことになるものではない。),ひいては,本件約款に違反するものと認められるのであるから,本件約款上,上記記載を行った1審原告X10を販売拒否対象者に指定することができること(本件約款11条1項),上記記載のあった平成18年度から平成20年度までの1審原告X1の他の構成員も販売拒否対象者に指定することができること(同条2項)が明らかである。そして,前記判示したところに照らし,上記のような本件約款の規定及びこれをその定めのとおり適用することが,我が国の法秩序上許容し難いものとなるとは到底解されない。

そうすると,販売拒否対象者指定が販売拒否対象1審原告らに対する不法行為を構成するということはできない。

(4)  小括

以上検討したところによれば,請求1(2),同1(4)ないし1(6)は,いずれも理由がない。

(5)  独禁法に基づく請求について

ア 原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「2」の「(2)」記載のとおり(ただし,原判決書44頁15行目の「(なお,」から同頁20行目の「対象としない。)」までを削る。)であるから,これを引用する。

イ 小括

以上検討したところによれば,請求2(2),同2(4)ア及びイ,同2(5)ア及びイは,いずれも理由がない。

4  結論

以上のとおりであるから,1審被告らの控訴に基づき,原判決中,1審原告らに関する部分を変更することし,1審原告らの控訴は,いずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法67条2項,61条,65条1項本文,70条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 嶋末和秀 裁判官 末吉幹和)

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