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名古屋高等裁判所 平成22年(ネ)277号 判決 2010年8月20日

名古屋市<以下省略>

控訴人兼被控訴人

X(以下「1審原告」という。)

訴訟代理人弁護士

浅井岩根

同上

鋤柄司

名古屋市<以下省略>

被控訴人兼控訴人

東海東京証券株式会社(以下「1審被告」という。)

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

鈴木信一

同上

松冨しほ里

同上

出田浩一

主文

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は,1審原告の控訴により生じた費用を1審原告の負担とし,1審被告の控訴により生じた費用を1審被告の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

1審被告は,1審原告に対し,1869万7735円及びこれに対する平成18年3月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,第1,2審を通じ,1審被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  1審被告

(1)  原判決中,1審被告敗訴部分を取り消し,当該取消しに係る1審原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,第1,2審を通じ,1審原告の負担とする。

第2事案の概要(略語は,原判決の例による。)

1  本件は,証券会社である1審被告を介して株式の信用取引を行った1審原告が,1審被告ないしその従業員に,適合性の原則に違反する勧誘行為,過当取引,説明義務違反,無断売買,実質的な一任売買の違法行為があったとして,1審被告に対し,不法行為に基づき(組織体自体として民法709条に基づき,又は,1審原告を勧誘した担当者の使用者として同法715条に基づき),損害賠償金1869万7735円及びこれに対する平成18年3月17日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,1審原告の過当取引の主張は理由があるが,その余の主張は理由がなく,また,1審原告の過失割合を6割と判断して,1審原告の本件請求を,民法715条に基づく損害賠償金685万8584円及びこれに対する平成18年6月15日から支払済みまでの年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。

1審原告及び1審被告は,それぞれその敗訴部分を不服として,控訴を提起した。

2  争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張

次のとおり原判決を補正し,当事者が当審において追加又は敷衍した主張を付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1」ないし「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決書11頁15行目の「本件取引」を「本件信用取引」と改める。

(2) 原判決書49頁の別表1の番号21の日付欄の右欄の「8」を「11」と改める。

(当事者が当審において追加又は敷衍した主張)

(1) 1審原告の主張

原審で主張したほか,以下の事情からも過失相殺はすべきでない。

ア 本件信用取引前の1審原告の株取引による損失の経験は,平成17年9月28日に売却したインボイス株の損が合計で32万5267円あったに過ぎないところ,1審原告は,購入したインボイス株70株のうち,20株は約10か月,50株は6か月強保有していたのであり,インボイス株は,平成17年当時,東証1部上場株式であって,新興市場株ではないから,1審原告は,新興市場の株式の取引によって短期間に多額の損失を被った経験をしたということはできない。

イ 1審原告は,本件信用取引以外には信用取引の経験がなく,現物株の取引経験も,外国株1種類を含め9銘柄で,資産株として購入した中部電力株以外の株式の取引額は,1回当たり多くても100万円程度であり,また,Bに勧められた外国株や新興市場株を取引していたに過ぎず,株取引については素人の域を出るものではなかったのであって,本件信用取引当時,一般的な理解力や判断力を十分に備えていたといえないし,本件信用取引の継続は,Bによる強い勧誘の下にされたものであるから,1審原告の学歴や勤務先を根拠として,過失相殺をすることはできない。

ウ 株価についての判断が最も必要なのは,株式の購入前であり,1審原告が取引後にパソコンで株価を確認したことがあるとしても,1審原告に情報収集能力があるなどとして,過失相殺をするのは相当でない。

エ 1審被告がアテンション口座の該当基準を明らかにしないのは,本件信用取引がアテンション口座に該当するからであると考えられるから,Bは,1審被告の社内基準にも違反することを承知の上,同取引を繰り返していたものと推認されるというべきである。このようなBの違法行為の悪質性は顕著であり,1審原告の不作為(Bの違法行為に対し,適正に対応しなかったこと)をこれと同列に扱い,過失相殺をするのは,相当でない。

(2) 1審被告の主張

原審で主張したほか,以下の事情からも本件信用取引が過当取引として違法となるものではない。

ア Bは,市場の動きを分析した上,1審原告の投資判断に必要なものを抽出して,1審原告に提供していたこと,このような情報提供の方法は,1審原告の投資目的,証券投資に関する知識や一般的な理解力,情報収集・分析能力に照らし,必要かつ十分なものであったこと,1審原告も,このような形態の取引をBの転勤まで継続した上,取引の方法等について不満を申し述べることもなかったことからすれば,Bが1審原告の取引を主導していたという側面があったとしても,1審原告の投資判断の主体性は失われていないというべきである。

むしろ,1審原告は,自らの取引に積極的かつ主体的に取り組み,損失が発生すれば,激怒してBを強い口調で非難していたのであって,1審原告は,Bに黙従などしていないし,Bが1審原告の黙従を奇貨として1審原告の取引を支配していたこともない。

したがって,Bが1審原告の取引口座に対して実質的に支配を及ぼしたということはできない。

イ 1審原告は,Bから情報提供を受ける以外にも,新聞やインターネット等で自ら情報を入手していたのであり,Bの提案に依存していたということはできない。

また,Bの提案や市況分析が1審原告の取引の契機であるとしても,最終的な投資判断は,1審原告が自ら行っており,Bに依存していたものではない。

さらに,1審原告は,絶えず取引の結果をフォローし,管理しようとしていたのであって,Bを完全に信頼しきって取引を一任していたものではなく,現に,1審原告は,本件信用取引開始から1か月も経っていない平成18年1月末,支店長に対し,Bがどういう人か問い合わせをした。

したがって,Bが1審原告の信頼を濫用したということはできない。

ウ Bは,当初は,1審原告のリクエストに応じて,平日はほぼ毎日,午前9時前後と正午から午後1時ころ,1審原告に架電し,相場や損益,保証金維持率の状況等を伝えるとともに,いくつかの銘柄を提案し,1審原告が自ら最終判断を下すという形で取引を継続し,損失が発生した後は,乱高下を繰り返す当時の相場状況の中で追い証の発生を防ぎつつ,損失を取り戻すため,早期の損切りや利益確保で対応していたのであって,取引回数の増加は,その結果に過ぎず,1審原告の利益を犠牲にして経済的合理性のない取引を無意味に繰り返したものではない。

したがって,本件信用取引における手数料が相当多額であり,損失全体額の約94%を占めているとしても,それは結果論に過ぎず,Bに手数料稼ぎ等B及び1審被告の利益を図る目的があったということはできない。

エ 1審原告が本件信用取引を開始する前である平成16年10月28日から新興市場銘柄取引を行っていたことは,短期的な売買を繰り返しながらキャピタルゲインを獲得していくという積極的な投資意向を表すものであること,1審原告は,新華ファイナンス・リミテッド株の株価の大幅下落や急上昇,インボイス株の大幅下落の体験を通じて,新興市場株式の株価が短期間で大きく変動することを目の当たりにし,損失が拡大することを防ぐため早めに売却して短期的に売買を繰り返すことを望んでいたこと,Bが1審原告と平日はほぼ毎日電話連絡をしていたことは,1審原告が短期的売買を望んでいたことの証左であること(1審原告は,Bの転勤までこのような取引方法を問題なく継続していた。)などに照らし,1審原告が,本件信用取引開始当初から積極的に短期売買を望んでいなかったなどということはできない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,1審原告の本件請求は,民法715条に基づく損害賠償金685万8584円及びこれに対する平成18年6月15日から支払済みまでの年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」記載のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決の補正

(1)  原判決書22頁11行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 この点に関し,1審原告は,本件信用取引当時の1審原告の金融資産は,1審被告への預け資産を含めて,約6000万円であり,預貯金としては約3000万円である旨主張するものの,上記預け資産の取得原資について客観的な証拠を提出していない。そして,甲11(1審原告の平成21年5月18日付陳述書)の記載及び後記(3)ウの認定事実によれば,1審被告への預け資産のうち,三井住友チャイナファンド(購入金額100万円)及びPCA米国高利回り社債オープン(購入金額約500万円)については,1審原告が相続した土地を売却した預金を原資とするものであることがうかがわれるものの,甲11の記載,1審原告本人の供述及び後記(3)ア及びイの認定事実によれば,1審被告への預け資産のうち,少なくとも中部電力株5000株(乙18の1では,平成18年1月31日現在の参考評価額が1432万5000円とされている。)の取得原資は,持株会から引き出したデンソー株の売却代金(1100株),自己資金(900株),株式の相続(3000株)であって,相続した土地の売却代金等を原資とするものでないことが認められ,また,甲11の記載及び1審原告本人の供述からも,その余の預け資産の具体的な取得原資は明らかでない。これらの点と当時の1審原告の年収が約1250万円であったことを併せ考えると,1審原告の預貯金の額が約3000万円に過ぎなかったとは認め難く,1審原告の上記主張は採用することができない(なお,上記検討したところによれば,本件信用取引当時の1審原告の預貯金が約6000万円よりも600万円程度少なかった可能性はあるが,仮に,そうであったとしても,以下の認定及び判断に直ちに影響するものではない。)。」

(2)  原判決書24頁20行目の「さらに,」から同頁25行目の「体験した。」までを次のとおり改める。

「新興市場の株式の価格が短期間で大きく変動しやすく,短期間に損失の発生する危険性があることを認識した。また,別表4記載のとおり,インボイス株は東証1部上場銘柄であり,新興市場の株式ではないが,1審原告は,平成16年11月にこれを1株1万8400円で買い,平成17年3月8日には1株1万2870円で買い増しし,同月11日にも1株1万2670円で買い増しし,平成17年9月に1株1万円で売って損を出しており,株式の価格が短期間で大きく変動し,短期間で損失が発生することを体験した。」

(3)  原判決書29頁1行目の「決めた」の次に「(この点,1審原告は,Bの手数料稼ぎの意図に照らし,同人が指定した銘柄のみ取引がされたものというべきであると主張するが,Bは,発注処理をするに際し,1審原告の同意を得ることが必要であると考えていたことは明らかであり,手数料を得るためには,株式を複数銘柄を紹介し,1審原告に取引銘柄を選択させることが合理的というべきであって,1審原告の上記主張は採用することができない。)」を加える。

(4)  原判決書32頁7行目の「約6000万円の預貯金」の次に「(仮に,そうでないとしても,少なくとも約5400万円の預貯金)」を加える。

(5)  原判決書32頁19行目の「紹介を求め,」の次に「その後,」を加える。

(6)  原判決書33頁4行目の「体験」を「認識」と改める。

(7)  原判決書33頁10行目の「前者は」から同頁11行目の「購入しなかった」までを「後者は約500万円分購入したのに前者は100万円分しか購入しなかった」と改める。

(8)  原判決書33頁25行目の「認められる」の次に「(この点につき,1審原告は,新興市場株の特性に関する説明は,架電により行われたもので,乙8の比較表も実際に交付されたものではなく,そのとおり説明した証拠もないなどと主張するが,1審原告の一般的な理解力,判断力に照らし,Bの説明を受けていないにもかかわらず,同人の求めに応じて,乙9に署名押印の上,これを返送したとはおよそ考え難く,1審原告の上記主張は採用することができない。)」を加える。

(9)  原判決書35頁9行目の「投資傾向」を「投資意向」と改める。

(10)  原判決書36頁17行目の「前記2(2)エ」を「前記2(2)イ(エ)」と改める。

(11)  原判決書36頁23行目の「考え難い」の次に「(この点,1審被告は,①1審原告が本件信用取引を開始する前から新興市場銘柄取引を行い,新華ファイナンス・リミテッド株の株価の大幅下落や急上昇を体験し,インボイス株の大幅下落も体験したこと,Bが1審原告と平日はほぼ毎日電話連絡をしていたことなどに照らし,1審原告は,短期売買を望んでいたものである,②Bは,当初は,1審原告のリクエストに応じて,提案等をし,損失が発生した後は,乱高下を繰り返す当時の相場状況の中で追い証の発生を防ぎつつ,損失を取り戻すため,早期の損切りや利益確保で対応していたのであって,1審原告の利益を犠牲にして経済的合理性のない取引を無意味に繰り返したものではないなどと主張するが,そもそも,本件信用取引前に1審原告が認識したり,経験したりしたのは,月単位での株価の変動に過ぎず,1日から7日などという極めて短い期間の変動ではないこと(なお,前示のとおり,インボイス株は新興市場銘柄ではない。),Bが1審原告と毎日のように電話連絡をし,極めて短期かつ取引金額の大きい取引を積極的に勧誘していたのは,従前の現物株の取引の程度にかんがみると,信用取引の危険性や市場の状況等を考慮しても,単に1審原告の要望に従ったに過ぎないものとは到底認め難く,また,Bの提案に1審原告が応じることにより,1審被告には相当額の手数料収入がもたらされることは自明であるから,Bには手数料稼ぎ等の意図があったものと推認するのが相当であって,上記1審被告の主張は採用することができない。)」を加える。

(12)  原判決書37頁4行目の「認められる」の次に「(この点,1審被告は,①1審原告は,自らの取引に積極的かつ主体的に取り組み,損失が発生すれば,激怒してBを強い口調で非難していたのであって,1審原告の投資判断の主体性は失われていない,②1審原告は,新聞やインターネット等で自ら情報を入手していたのであり,Bの提案に依存していたということはできないなどと主張するが,本件信用取引の頻度及び数量に照らせば,1審原告の一般的な理解力,判断力や現物株式等の投資経験を考慮しても,1審原告が,Bから提案のあった取引を見合わせるという決断をしたり,Bの提案を事後的に非難することについてはともかく,自ら主体的な投資判断をした上で個々の取引を行うことは困難であったというべきであり,1審被告の上記主張はいずれも採用することができない。)」を加える。

(13)  原判決書39頁10行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 1審原告は,上記の点に関し,その他縷々主張するが,上記説示したところに照らし,いずれも理由がない。」

(14)  原判決書40頁21行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 この点,1審原告は,Bの行った程度では,1審原告の自己責任を問うべき説明がされたとはいえないなどとして,縷々主張するが,1審原告において,Bから提案のあった個々の取引を見合わせたり,本件信用取引それ自体を打ち切ることもできるのであるから,1審原告の上記主張はいずれも採用することができない。」

(15)  原判決書41頁10行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 この点,1審原告は,100万円及び360万円の送金は,委託保証金維持率に関する説明に基づくものではないと主張するが,上記説示したところに照らし,1審原告の上記主張は採用することができない。」

(16)  原判決書44頁24行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「エ 1審原告は,Bの行う取引が1審原告の利益になると信じていたため,あえて苦情を言わなかったのであって,無断売買の事実がなくなるものではない,コンタクト履歴中,ライブドア株についての記載は,無断売買がされていたことを容易に推測させるものであるなどと主張する。

しかし,1審原告は,Bの行った取引にあえて苦情を言わなかったというのであるから,前示のとおり,1審原告の事前の同意なくして注文されたものがあったとしても,1審原告は当該取引を追認したものと認めるのが相当である。

したがって,1審原告の上記主張は,いずれも前記判断を左右するものではない。」

(17)  原判決書46頁21行目の「新興市場」から同頁22行目の「経験をしており,」までを「新興市場の株式の取引によって短期間に多額の損失を被ることを認識しており,さらに,」と改める。

(18)  原判決書47頁2行目の末尾の次に,行を改めて,次のとおり加える。

「 この点に関し,1審原告は,①1審原告が新興市場の株式の取引によって短期間に多額の損失を被った経験をしたということはできない,②本件信用取引当時,1審原告は,一般的な理解力や判断力を十分に備えていたといえず,また,本件信用取引の継続は,Bによる強い勧誘の下にされたものである,③株価についての判断が最も必要なのは,株式の購入前であり,1審原告が取引後にパソコンで株価を確認したことがあるとしても,1審原告に情報収集能力があるなどということはできない,④Bは,1審被告の社内基準にも違反することを承知の上,同取引を繰り返していたものと推認されるというべきで,Bの違法行為の悪質性は顕著であるなどとして,過失相殺をすべきでないと主張する。

しかし,①1審原告が新興市場の株式の取引によって短期間に多額の損失を被った経験をしたといえないとしても,1審原告は,前示のとおり,新興市場の株式の取引によって短期間に多額の損失を被ることを認識していたこと,②1審原告は,信用取引の経験がなかったにせよ,その学歴・経歴に照らしても,一般的な理解力や判断力を十分に備えていたことは明らかであること,③1審原告は,取引後にパソコンで株価を確認するなどの情報収集をすることにより,その後のBの勧誘を断ったり,損害が拡大する前に,取引の縮小や中止を行うこともできたというべきこと,④1審原告の株式の累積売買損失自体は少額であり,銘柄や手仕舞いの時期に関するBのアドバイスそれ自体は概ね的確であったことがうかがわれることからすれば,1審原告の上記主張はいずれも採用することができない。」

3  結論

以上のとおり,原判決は正当であり,本件各控訴はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法67条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 嶋末和秀 裁判官 末吉幹和)

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