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名古屋高等裁判所 平成22年(ネ)726号 判決 2011年1月21日

主文

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の利益分配金に係る請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

本件は,宅地建物取引業者である被控訴人が,控訴人において被控訴人名義で行った土地の買取り及び売却の取引について,控訴人に対し,双方間の利益分配契約に基づき,上記転売に係る利益分配金及び売買代理手数料の合計額から既払額を控除した残額の1117万1460円並びにこれに対する民法所定の遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,利益分配金に係る請求の一部を認容し,その余の請求及び売買代理手数料の請求を棄却したところ,控訴人が利益分配金の上記一部認容部分を不服として控訴した。

1  前提事実(争いがない事実及び各項掲記の証拠又は弁論の全趣旨により明らかな事実)

(1)  被控訴人は,不動産の売買,賃貸借及びその仲介,管理に関する業務等を業とする会社である。

控訴人は,かつて有限会社Gの屋号で不動産業を営んでいた際,被控訴人と仲介行為の取引をするようになった。

控訴人は,平成10年に刑事事件で有罪判決を受けて服役し,平成15年春に出所した。

(2)  被控訴人は,平成16年8月1日,控訴人を被控訴人の従業員として登録し,控訴人が被控訴人の名義と暖簾を使用して宅地建物取引業(宅建取引業)の業務を行う旨の合意をした。なお,控訴人は宅建取引業の免許を有していなかった。

控訴人は,被控訴人に対し,平成17年9月4日ころ,被控訴人の業務に協力従事するについて一定の事項を厳守履行する旨の誓約書を差し入れた(甲16)。その誓約事項には,「良識に基ずく利益配分を別途の計算により享受する事」等が記載されている。

(3)  被控訴人は,平成17年10月20日,Aから,豊田市a町b丁目c,同dの各土地(本件土地。公簿面積合計2847m2)を代金4306万0500円で購入し,同日,被控訴人は,本件土地を有限会社Bに代金8612万1000円で売却した。Aから被控訴人,被控訴人からBへの本件土地の所有権移転登記手続は,それぞれ平成18年7月14日,同月19日になされた。これらの売買取引について,売主及び買主らとの売買交渉や契約手続等の一切は控訴人が行った(控訴人本人(原審),被控訴人代表者(同))。

以上の一連の取引(本件取引)は,株式会社C(代表者D)及び有限会社Eが媒介した。

(4)  控訴人は,平成18年7月19日,本件取引による利益3752万1000円を,名古屋銀行豊田営業部の「有限会社F」名義の預金口座に振り込んだ。有限会社Fの代表者は控訴人である。

(5)  控訴人は,平成18年8月30日,被控訴人に利益分配金150万円を支払った(この支払をもって利益分配金を完済とする旨の合意があったか否かは後述のとおり争いがある。)。

(6)  被控訴人は控訴人に対し,平成20年9月1日付け「未払金督促支払請求書」(甲7の2)をもって,上記利益の20%の分配金(750万4200円)と,Bへの売却代金の6%の売買代理手数料(516万7260円)の支払を求め,同書面は翌日控訴人に到達した(甲7の4)が,控訴人は,分配金については既に支払を終えており,売買代理手数料については支払義務がない旨を同月3日付け回答書で回答した(甲8)。

2  争点及び当事者の主張

当事者双方の主張は原判決別紙「当事者の主張」記載のとおりであるからこれを引用するが,売買代理手数料の請求部分について被控訴人から不服申立てはないので,当審における争点は,利益分配金についての合意の有無及び内容と,その合意が宅地建物取引業法(宅建業法)13条の名義貸しの禁止の規定に抵触し,公序良俗違反により無効か否かである。これらについて,当事者双方の主張を次のとおり敷衍するほか,当審における双方の補足的主張を次項に付加する。

(被控訴人)

控訴人を被控訴人が雇用する条件は,給与は全て歩合給とし,仲介行為の手数料や売買・転売等取引行為による純利益等の営業利益の配分率を控訴人80%,被控訴人20%とし,必要経費は控訴人の負担とするというものであった。したがって,控訴人は,被控訴人に対し,本件取引による利益分配金として,純利益の20%に当たる750万4200円を支払わなければならない。これを控訴人が上記1(5)のとおり被控訴人に支払った150万円とすることを控訴人と合意した事実はない。

被控訴人と控訴人は雇用契約関係にあり,控訴人が行った本件取引は宅建業法13条の名義貸しには該当しないから,上記利益分配契約は有効である。

(控訴人)

被控訴人名義で控訴人が行った仲介行為及び売買代理行為の手数料の配分率は,控訴人80%,被控訴人20%であったが,それ以外の売買・転売等取引行為によって得た純利益の配分率は,その都度被控訴人と控訴人とが協議することになっていた。本件においては,上記Cの代表者のD立会いのもと,利益分配金を150万円とすることで合意が成立し,控訴人は上記のとおりこれを被控訴人に支払済みである。

控訴人は,宅建取引業の免許を有しなかったため,被控訴人の名義と暖簾を借りて宅建取引をしたのであり,これは強行法規である宅建業法13条の名義貸しの禁止に抵触するから,被控訴人と控訴人との間の利益分配にかかる合意は公序良俗に反して無効である。

控訴人は,形式的には被控訴人の従業員であったが,被控訴人から給与の支払を受けず,具体的業務遂行について指示を受けることもなく,また出勤することも少なかったから,実質的には被控訴人の従業員ではなかった。

3  当審における双方の補足的主張

(控訴人)

(1) 原審は,本件の利益分配合意は,被控訴人が控訴人の苦境を慮り,専ら控訴人を救済する目的により合意されたものであり,また,被控訴人において,宅建業法13条を潜脱する目的等の不当な動機があったとも認められず,被控訴人は公序良俗違反の責めを負わないとした。しかし,被控訴人は,控訴人に対し給与等の固定的実費を負担せず,利益が発生した場合のみ利益配分を受けることにより,事業結果のプラス面のみを享受することができたのであり,これは不当な動機というべきである。

(2) 利益分配に関する合意内容について,原審は,仲介業務以外の取引についての利益分配をその都度決定するという合意が成立したことを裏付ける実例がないこと,仲介か否かで特に配分方法を変える理由がないことを根拠に,利益分配金を事案を問わず被控訴人20%,控訴人80%としている。しかし,被控訴人が控訴人を従業員として登録し,名義と暖簾を使用させてから約1年経過後,本件取引の直前になって,「良識に基ずく利益配分を別途の計算により享受する事」等と記載された誓約書を控訴人が被控訴人宛に差し入れているのは,仲介業務以外の取引によって得た利益の分配率は,その都度協議により定める旨の合意であったことを裏付けるものである。

また,仲介業務以外の取引は,仲介業務と異なり,物件購入資金の負担者,利益の有無,利益額がケースバイケースであり,一律に合理的な利益配分率を決定するのが困難である。

(3) 原審は,本件利益分配の基礎となる利益額は,控訴人主張の1500万円でなく,3752万円余りと認定するが,控訴人本人が本件取引で得た利益額は約1002万円である。

(被控訴人)

仮に,被控訴人と控訴人間の利益配分の合意が公序良俗に違反し無効であったとしても,被控訴人は不法な利益の獲得を企図しておらず,服役を終えて出所した控訴人から,更生,再起の助力を要請されたために控訴人を雇用し,同人の社会復帰を願って利益配分率も控訴人を80%としたのである。そして,控訴人は,約3年間にわたって上記合意による利益を享受してきたのであり,それにもかかわらず,上記合意の無効を主張するのは,信義誠実の原則に反して許されない。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,以下に述べるとおり,被控訴人と控訴人の間の利益分配金に関する合意は,宅建業法13条の名義貸しの禁止に抵触する合意の一部をなすものであって,裁判上請求することは許されず,その請求は理由がないものと判断する。

1  証拠(控訴人本人(原審),被控訴人代表者(同))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

控訴人は,前記のとおり,かつて有限会社Gの屋号で不動産業を営んでいた当時から被控訴人と仲介取引をする間柄であり,刑事事件で有罪判決を受けて服役し出所した後も,不動産取引の業務に従事していたが,宅建業法所定の免許は有していなかったところ,平成16年8月1日,被控訴人との間で,概要以下のアないしウのとおりの合意をした上,被控訴人の名義を使用して宅建取引業務を行うことになり,被控訴人から従業者証明書の交付を受けた。

ア  被控訴人は,控訴人を被控訴人の従業者として登録する。

イ  控訴人は,被控訴人の名義と暖簾を使用して宅建取引業務を行う。

ウ  営業利益の配分率を控訴人80%,被控訴人20%と定める。ただし,所要経費は控訴人の負担とする。

しかし,控訴人は,月に4,5日程度被控訴人に出社して1時間程度滞在するものの,その宅建取引業務について被控訴人の指示を受けたり,その方針や計画に従って業務を遂行するという関係にはなく,また,被控訴人から給与の支給を受けたり,被控訴人において社会保険に加入することもなく,その業務の実態は,被控訴人の業務とは独立した控訴人自身の判断と営業行為による業務というべきものであった。

2  上記認定事実によれば,控訴人は被控訴人の従業員としての形式をとって宅建取引業務を行っていたとはいえ,被控訴人の指揮命令を一切受けることなく,自己の判断と計算により独立して不動産業を営んでいたというべきであって,実質的に被控訴人とは別個の事業者であったのであり,ただ自らは宅建取引業の免許を有していなかったことから,宅建取引業を営むための方便として上記免許を有する被控訴人の名義を使用し,被控訴人はこれを許諾して,その対価として利益分配金の支払を受けるという関係にあったにすぎないことが明らかである。

したがって,控訴人と被控訴人との間の上記合意は,宅建業法13条が禁止する名義貸しを内容とするものにほかならないというべきである。

被控訴人は,控訴人とは雇用関係にあるのであって,控訴人は被控訴人の従業員として宅建取引業務を行っており,本件取引も同様であるから,控訴人との上記合意は宅建業法13条が禁止する名義貸しを内容とするものには当たらない旨主張する。しかし,上述した諸点のほか,控訴人の宅建取引業務による営業利益の80%は控訴人が取得し,被控訴人は残りの20%の配分を受けるにすぎず,それに係る所要経費は控訴人が負担するという上記合意の内容にも照らせば,控訴人が被控訴人の従業員として宅建取引業務を行ったものと認めることは困難であり,被控訴人の上記主張は採用することができない。

3  そして,上記宅建業法13条の名義貸しの禁止の規定は行政取締法規の性質を有するものと解されるけれども,同法は,宅建取引業を営む者について免許制度を実施し(宅建業法3条),その事業に対し必要な規制を行うことにより,その業務の適正な運営と宅地及び建物の取引の公正とを確保するとともに,宅建取引業の健全な発達を促進し,もって購入者等の利益の保護と宅地及び建物の流通の円滑化とを図ることを目的として(同法1条),上記免許を受けない者が宅建取引業を営むことを禁止し(同法12条),また,自己の名義をもって,他人に宅建取引業を営ませること等の名義貸しを禁止し(同法13条)ており,同法12条1項の無免許事業の禁止の違反に対しては刑事罰を設け(同法79条),同法13条1項の名義貸しの禁止の規定の違反に対しても業務停止や免許取消し等の行政処分(同法65条,66条)に止まらず,刑事罰(同法79条)を設けるなど,その実効性確保のための厳しい制裁規定を置いていること,同法がこのような規定を定めた背景としては,宅地建物の取引は,住居や事業活動の場など国民の生活や産業の根幹に関わる重要な取引分野である上,その取引は一般に高額な取引となることが多く,これを巡る事実的,法律的な紛争の危険性も少なくないことから,免許を取得した者にのみ宅建取引業を営ませてこれらの取引を円滑に行わせることにより,購入者らの利益を保護する必要性が高いこと等の事情があると解されること,これらの諸点に鑑みると,同法13条の名義貸しの禁止の規定に違反する合意は,同法が宅建取引業を営む者について免許制度を実施した上記の趣旨目的を潜脱してその実現を妨げ,実質的に無免許による宅建取引業者の営業を可能にし,宅地建物の購入者らの円滑で安全な取引を阻害する危険を生じさせるものであって,相当強度の違法性を帯びた合意というべきであり,その私法上の効力としても,公権力をもって実現することを許容するのは相当ではなく,したがって,これを裁判上行使することが許されない性質のものというべきである。

そうすると,被控訴人と控訴人間において合意された名義貸しの禁止規定に違反する合意の一部をなしている本件の利益分配金に係る合意も,これを裁判上行使することは許されないといわなければならない。なお,控訴人の公序良俗違反による無効の主張には,上記内容の主張が含まれるものと解することができる。

4  被控訴人は,控訴人との間で上記合意をしたのは,控訴人が服役後で宅建取引業の免許も持っていないという苦境にあることに配慮し,同人の更生等に協力するとの事情によるものであって,その合意内容にも不当なものは含まれておらず,また宅建業法13条を潜脱するなどの不法な動機によるものでもないとして,控訴人が上記合意の無効を主張するのは信義誠実の原則に違反して許されない旨を主張するが,宅建業法13条の名義貸し禁止の規定が保護を図っている上述した法益は,上記合意の当事者間の個人的な関係や事情によって左右されるべき性質のものではなく,また,その合意の実態は,上述したとおり,宅建業法13条の名義貸し禁止の規定に抵触するものであることは明らかであるから,被控訴人の上記主張は採用することができない。

5  そうすると,被控訴人の利益分配金の請求は,その余について検討するまでもなく理由がない。

第4結論

よって,被控訴人の利益分配金の請求を一部認容した原判決は相当でないからこれを取り消し,その部分の被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村直文 裁判官 近藤猛司 裁判官 下嶋崇)

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