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名古屋高等裁判所 平成22年(ネ)939号 判決 2011年1月20日

控訴人(原審原告)

被控訴人(原審被告)

同法定代理人親権者母

主文

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人との間に,父子関係が存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文と同旨

第2事案の概要(略語は,当審で定義したもののほか,原判決の例による。)

1  本件は,控訴人(1審原告,昭和22年×月×日生)が,控訴人と控訴人の妻であったCとの間の嫡出子として戸籍上の届出がされた被控訴人(1審被告,平成14年×月×日生,平成19年×月×日出生届提出)に対し,父子関係が存在しないことの確認を求める事案である。

原審は,本件訴えは,控訴人が子が出生したことを知ってから1年以上が経過した後にされたものであるところ,Cが控訴人の子を懐胎する余地がないことが客観的に明白であるとは認められないから,本件訴えは,不適法であるとして,これを却下した。

控訴人は,これを不服として,本件控訴を提起した。

2  前提事実,争点及び争点についての控訴人の主張

原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2」及び「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の本件訴えは適法であり,かつ,本件請求は理由があると判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  前記(原判決書記載)の前提事実に加え,証拠(甲1ないし6,原審における控訴人本人,当審における被控訴人法定代理人C)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  控訴人は,平成12年×月×日,Cと婚姻した。Cの国籍はフィリピン共和国である。

(2)  Cは,平成12年×月ころからa市内の控訴人宅で控訴人と一緒に暮らすようになったが,約1か月後,控訴人宅を出て,フィリピンに帰国した。

(3)  Cは,平成13年×月×日,日本に入国し,再び控訴人宅で控訴人と一緒に暮らし始めたが,同年×月×日ころ,控訴人宅を出た。控訴人は,Cが控訴人宅を出たのは2度目であったこと,Cの行方が分からなかったことなどから,同月×日ころ,法務大臣に対し,Cの身元引受人ないし身元保証人を辞するため,同日付けの理由書(甲2)を提出し,Cとの離婚を希望している旨申し述べた(なお,Cは,控訴人宅を出た時期について,同年×月ころと供述しているが,これを裏付ける客観的ないし的確な証拠はなく,記憶違いの可能性もあること,控訴人は,上記のとおり,同月×日付けの理由書を法務大臣に提出しており,Cが控訴人宅で控訴人と一緒に暮らしているにもかかわらず,控訴人が上記理由書を提出するとは,到底考え難いことからすれば,Cの供述中,上記部分は,信用することができない。)。

控訴人は,Cが同年×月×日ころ控訴人宅を出た後,今日に至るまでCと会ったことは一度もなく,また,控訴人は,被控訴人の出生後,今日に至るまで被控訴人と会ったこともない。

(4)  Cは,控訴人宅を出た後,大阪の友人宅で1か月半ほど暮らしたが,その後,埼玉県で暮らすようになり,平成13年×月ころ,Dと知り合い,同年×月ころからDと交際を始め,平成14年×月ころからDと一緒に住むようになった。なお,Cは,妊娠の兆候を感じたことから,同月ころ,医師の診察を受け,妊娠の事実を知った。

(5)  Cは,平成14年×月×日,埼玉県b市所在のc病院において,被控訴人を出産したが(妊娠週数は,満39週2日であった。),被控訴人の出生の届出はしないままにしていた。

(6)  控訴人は,平成15年×月ころ,フィリピン共和国のCの実家を訪ねたものの,Cと会うことができなかったが,Cの父母と姉との間で離婚の話をまとめ,Cの姉の代筆によって離婚届を作成しこれによって本件離婚届がされた。

(7)  Cは,被控訴人が学校に入ることを希望したことから,平成19年×月×日,埼玉県b市長に対し,同日付けの出生届(以下「本件出生届」という。甲1)を提出することにより,被控訴人の出生の届出をした。

Cは,被控訴人がDとCとの子であると認識しており,本件出生届には,当初,①「子の氏名」の欄に「Dの氏とBの名」と記載し,そのよみかたを付し,②「父母の氏名 生年月日」中の「父」の欄に「D 1952年×月×日(満50歳)」と,③「父母の氏名 生年月日」中の「母」の欄に「Dの氏とCの名」と,④「届出人」の欄に「D」とそれぞれ記載されていた。ところが,Cは,本件出生届の提出に際して,被控訴人の出生当時,DとCは婚姻しておらず,控訴人とCは離婚していなかったから,被控訴人をDの子として届出をすることはできず,控訴人の子として届出をすべきである旨の教示を受けた。このため,本件出生届は,上記①の記載中,「Dの氏」が抹消されて,「Cの氏」が追記されたが,よみかたの欄は抹消も訂正もされず,上記②の記載が抹消され,上記③の記載中,「Dの氏」が抹消されて,「Cの氏」が追記され,上記④の記載が抹消され,「C」が追記され,さらに,「その他」の欄に「父の氏名生年月日は『A・昭和22年×月×日』」「母の氏名は『C』」「子の氏名は『B』である」「離婚年月日平成15年×月×日」などと追記された後,受理された。

被控訴人は,上記のとおり付加訂正された本件出生届に基づき,Cと控訴人の嫡出子として,その旨戸籍に記載されるに至った。

(8)  控訴人は,平成20年×月ころ,被控訴人の出生と出生届出の事実を知り,Cと連絡を取るため,同人にハガキを送付したところ,Cから電話があった。控訴人は,Cに対し,被控訴人が控訴人の子でない旨述べたところ,Cも,これを否定しなかった。

(9)  控訴人は,d家庭裁判所に親子関係不存在確認調停を申し立てたが,同年×月,これを取り下げた。控訴人は,同年×月,名古屋家庭裁判所半田支部に親子関係不存在確認請求訴訟(以下「前訴」という。)を提起したところ,Cから控訴人とやり直したいとの電話連絡を受け,控訴人もこれに応じることとし,同年×月×日,前訴に係る訴えを取り下げた。

(10)  その後,Cとのやり直しの話もなくなり,控訴人は,平成21年×月×日,名古屋家庭裁判所半田支部に本件訴えを提起した。

3  一般に,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻が上記子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,夫は上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁,最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事189号497頁,最高裁平成8年(オ)第380号同12年3月14日第三小法廷判決・裁判集民事197号375頁参照)。

これを本件について見るに,前記2の認定事実によれば,控訴人とCは,平成12年×月ころから約1か月間,また,平成13年×月×日から同年×月×日ころまでの間,控訴人宅で同居していたが,その後,控訴人とCは,互いに遠隔地に居住していて,一度も会ったことはなく,性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであると認められる。

また,上記認定事実によれば,Cが被控訴人を妊娠した時期に,Cが控訴人の子を懐胎する余地がないことも客観的に明白であって,被控訴人が控訴人の子でないことも明らかである。

なお,控訴人は,本件訴えを提起するに先立ち,前訴を提起した上,これを取り下げたという経緯があるが,前記認定事実によれば,控訴人と被控訴人との間に実親子と同様の生活の実体はなく,また,控訴人が被控訴人との実親子関係を否定するに至った動機,目的が不当なものであるとも認められないから,控訴人の本件請求が信義則に反するとか,権利の濫用となる余地はないものと認められる。

4  上記検討したところによれば,控訴人の本件訴えは適法であり,また,本件につき更に弁論をするまでもなく,本件請求は理由があることが明らかである。

よって,原判決を取り消した上,民事訴訟法307条ただし書を適用して,控訴人の本件請求を認容することとし,訴訟費用の負担につき,同法67条2項,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 嶋末和秀 末吉幹和)

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