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名古屋高等裁判所 平成22年(ラ)357号 決定 2010年11月25日

主文

1  本件即時抗告を棄却する。

2  抗告費用は,抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

別紙「即時抗告申立書」及び「即時抗告理由書」(各写し)記載のとおり

第2事案の概要

基本事件は,抗告人(基本事件原告)が,相手方(基本事件被告),ネットカード株式会社(基本事件被告。以下「ネットカード」という。)及び株式会社フロックス(基本事件被告。以下「フロックス」という。)に対し,一連の金銭消費貸借取引に係る弁済につき,利息制限法所定の制限利率による利息を超えて支払った利息を元本に充当すると,過払による不当利得金が発生しており,相手方,ネットカード及びフロックスはいずれも悪意の受益者であるから法定利息も発生していたと主張して,過払金及び法定利息の支払を求めて,訴訟の目的の価額が140万円を超えない相手方に対する請求と,訴訟の目的の価額が140万円を超えないネットカードに対する請求と,訴訟の目的の価額が140万円を超えないフロックスに対する請求を,民事訴訟法38条後段に基づいて併合して提起した事案である。

原審は,相手方から移送申立てがあったことから,基本事件から相手方に関する弁論を分離した上,抗告人の相手方に対する訴えは,名古屋地方裁判所の管轄に属せず,同法16条2項に基づいて自ら審理及び裁判をすることが相当であるとも認められないとして,同条1項に基づき,犬山簡易裁判所へ移送する旨の決定(以下「原決定」という。)をした。

抗告人は,これを不服として,本件即時抗告を提起した。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,基本事件から相手方に関する弁論を分離し,民事訴訟法16条1項により,犬山簡易裁判所に移送した原決定は相当であり,本件即時抗告は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  民事訴訟法7条本文は,「一の訴えで数個の請求をする場合には」,「一の請求について管轄権を有する裁判所にその訴えを提起することができる。」と規定する一方,同条ただし書は,同法38条後段の共同訴訟の場合,相手方の防御の利益を考慮して,同法7条本文の適用を除外している。

そして,抗告人の相手方に対する訴えと,ネットカードに対する訴えと,フロックスに対する訴えとは,同法38条後段の共同訴訟の関係にあるから,抗告人の相手方に対する訴えについて,同法7条本文を適用することはできない。そして,同法7条ただし書により,同条本文の適用が除外され,本案裁判所に併合請求による管轄が生じない以上,併合請求が可能であることを前提とする同法9条を適用する余地はないと解するのが相当である(最高裁判所平成22年(許)第1号・同年3月23日第三小法廷決定,東京高等裁判所平成21年(ラ)第1776号・同年11月5日第14民事部決定,名古屋高等裁判所平成22年(ラ)第100号・同年5月6日民事第4部決定,同裁判所平成22年(ラ)第349号・同年11月19日民事第4部決定)。

また,実質的に考えても,訴訟の目的の価額が140万円を超えない相手方に対する請求は,公益的見地(地方裁判所と簡易裁判所の役割分担)及び当事者の便宜(訴訟追行に係る負担の軽減等)にかんがみ,原則として,少額軽微な民事訴訟について簡易な手続により迅速に紛争を解決することを特色とする裁判所である簡易裁判所において審理及び裁判をすべきであるというのが,法の趣旨と解するべきであるところ(裁判所法33条1項1号,民事訴訟法54条,270条ないし273条,275条の2,276条ないし280条,司法書士法3条1項6号),相手方は,簡易裁判所における審理及び裁判を求めているのであるから,法令が特に地方裁判所で審理及び裁判をすべき旨定めている場合(民事訴訟法274条1項など)並びに地方裁判所において審理及び裁判をするのが相当であると認められる場合(同法16条2項,18条)を除き,抗告人が相手方に対する請求,ネットカードに対する請求及びフロックスに対する請求を同法38条後段に基づく共同訴訟として提起したことのみをもって,相手方から簡易裁判所の訴訟手続を受ける利益を奪うことは,相当ではない。

3  抗告人は,①民事訴訟法7条は土地管轄に関する規定であるから,事物管轄について同条ただし書の適用はない,②請求を併合提起する場合の事物管轄については,同法9条により訴訟の目的の価額が算定されるところ,同条には,同法7条とは異なり,同法38条後段の場合につき,その適用を排除する旨の文言はないから,同法38条後段の場合についても同法9条の適用がある旨主張するが,上記2と異なる見解に基づくもので,採用することができない。

抗告人は,抗告人の相手方に対する請求,ネットカードに対する請求及びフロックスに対する請求は,いずれも,それぞれ犬山簡易裁判所に管轄があるから,同法7条の適用の有無を論ずるまでもなく,同簡易裁判所に併合して提起することができるところ,上記3個の請求を併合して提起した場合,同法9条により訴訟の目的の価額が140万円以上となり,同簡易裁判所は,職権で又は申立てにより,名古屋地方裁判所一宮支部に移送することになるから,本件のように,当初から地方裁判所に上記3個の請求を併合して提起した場合に,相手方から申立てがあれば,簡易裁判所へ移送されることとなるとすると,当初の訴え提起の方法によって管轄が異なることになり,不合理である旨の主張もする。

しかし,上記3個の請求それぞれについて犬山簡易裁判所に管轄があるとしても,簡易裁判所が第1審の裁判権を有するのは,訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求であるから,そもそも犬山簡易裁判所に上記3個の請求を同法38条後段に基づく共同訴訟として提起することができるとはいえないし,仮に,そのような訴訟が提起されたとしても,同法12条により同裁判所に管轄を生ずることも考えられるから,抗告人が主張するように,当然に,名古屋地方裁判所一宮支部に移送することになるということはできないのであって,抗告人の上記主張も採用することができない。

4  原審は,抗告人の相手方に対する訴えについて,同法16条2項に基づいて自ら審理及び裁判をすることが相当であるとは認められない旨判断しているが,同項に基づく自庁処理の相当性の判断は,地方裁判所の合理的な裁量にゆだねられており,裁量の逸脱,濫用と認められる特段の事情がある場合を除き,違法ということはできないところ(最高裁判所平成20年(許)第21号同年7月18日第2小法廷決定・民集62巻7号2013頁),抗告人の相手方に対する訴えと,ネットカードに対する訴えと,フロックスに対する訴えとは,それぞれまったく関係のない別個の取引に基づくものであることなど,基本事件に係る各訴えの内容からすると,原審の上記判断が裁量の逸脱,濫用とは認められない。

この点,抗告人は,相手方の応訴の負担を考慮する必要はなく,相手方に簡易裁判所の訴訟手続を受ける利益を与えることは,抗告人にとって不利益でしかない旨主張するが,既に説示したところに照らし,抗告人の上記主張は採用することができない。

第4結論

よって,本件即時抗告は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり決定する。

(別紙)

即時抗告申立書

平成22年10月25日

名古屋高等裁判所 御中

抗告人代理人弁護士 秋田光治

同弁護士 村山智子

同弁護士 池山豊二郎

同弁護士 石川明子

住所 愛知県江南市<以下省略>

抗告人 X

〒<省略> 名古屋市<以下省略>(送達場所)

上記抗告人代理人弁護士 秋田光治

同弁護士 村山智子

同弁護士 池山豊二郎

同弁護士 石川明子

電話 <省略>

FAX <省略>

住所 京都市<以下省略>

相手方 アイフル株式会社

上記代表者代表取締役 A

第1 原決定の表示

主文 本件を犬山簡易裁判所へ移送する。

第2 抗告の趣旨

原決定を取消す

との決定を求める。

第3 抗告の理由

追って提出する。

(別紙)

平成22年(ソラ)第8号 移送決定に対する即時抗告申立事件

抗告人 X

相手方 アイフル(株)

抗告理由書

平成22年10月29日

名古屋高等裁判所 御中

抗告人代理人弁護士 秋田光治

同弁護士 村山智子

同弁護士 池山豊二郎

同弁護士 石川明子

抗告の理由を以下に述べる。

1 基本事件は、抗告人が、金銭消費貸借取引において、利息制限法所定の制限利率を超えて利息を支払ったため、過払いになっているとして、相手方に対して元金33万7443円、ネットカード株式会社に対して元金83万7890円、株式会社フロックスに対して元金37万362円の支払いを求めている事案である。

2 原決定は、①簡易裁判所で審理を行うことが相手方の防御上の利益となること、②民事訴訟法38条後段による併合訴訟である基本事件には、民事訴訟法7条の適用がなく、請求価額の合算ができないこと、③民事訴訟法16条2項による自庁処理をすることが相当ではないことなどから、犬山簡易裁判所への移送が相当であると述べる。

しかし、上記の見解には承服できないので、抗告人の主張を、以下に述べる。

3 相手方の防御上の利益について

(1) 簡易裁判所で審理することが、相手方の防御上の利益になるとはいえない。その理由は、以下のとおりである。

(2) 本件のような過払金返還請求事件が、簡易裁判所で審理される場合、貸金業者側は、従業員を出廷させ、もしくは書面の擬制陳述をすることが可能であるため、訴訟追行の負担が軽く、訴訟を引き延ばすことが容易である。そして、貸金業者は、不当利得返還金の支払期日を先延ばしにし、また裁判を引き延ばすことによって焦れた借主側の妥協を引き出すため、訴訟を提起された場合には、これを引き延ばそうとするのが一般的である。

そのような姿勢は、相手方も同様であって、本件においても、犬山簡易裁判所に移送された場合には、相手方に訴訟を引き延ばされる事態が容易に予測できる。そうなれば、被害者たる抗告人の権利救済は、大幅に遅れるばかりか、相手方からの回収が不可能もしくは困難になって、実質的に権利救済が不可能となる事態も生じうる。また、交通費等の負担も新たにかかることとなる。

以上のように、本件において、相手方に許可代理人制度や書面の擬制陳述制度を与えることは、相手方による訴訟の引き延ばしにしか資さず、抗告人にとっては不利益でしかないのである。そして、早期の権利救済を阻むための訴訟の引き延ばしをすることが、相手方の「防御上の利益」であるとは、到底いえない。

以上のとおり、簡易裁判所に移送することが、相手方の防御上の利益であるとは到底考えられない。

(3) なお、現在、任意の債務整理においては、貸金業者が、借主からの過払金返還請求を無視したり、訴訟外では悪意の受益者としての利息は絶対に払わないとの姿勢を鮮明にしたり、およそ不適正な水準の和解案しか提案してこないなどの対応をとることが一般的であり、借主側としてはやむを得ず訴訟提起に至っていることがほとんどであり、本件も例外ではない。

そして、抗告人のように、少額の過払金が複数発生している場合には、費用・時間・労力を節減し、円滑な債務整理を進めるため、数個の請求をまとめて提起することが、借主の被害救済のために必要かつ合理的な方法である。

仮に、基本事件のように、土地管轄があるのに訴額合算が認められず、個別に少額の訴訟を簡易裁判所に提起しなければならないとなれば、上記したように、印紙代や交通費等の面で、借主側に相当の負担がかかってしまうこととなる。

(3) また、原決定も述べるように、基本事件における実質的な争点は、悪意の受益者性のみであり、この点については、現在、ほぼ異論なく借主側の主張が認められる。仮に、地方裁判所での応訴が、相手方にとって負担であるとしても、このように、裁判に持ち込めばほぼ確実に認められる請求について、相手方が、訴訟外での請求を無視し和解に応じないがゆえに訴訟に至っている場合に、相手方の応訴の負担を勘案すること自体、相当ではない。

4 民事訴訟法9条の適用について

民事訴訟法7条は、同法4条以下の規定の特則を定める土地管轄に関する規定であり、請求を併合提起する場合の事物管轄に関する規定ではない。請求を併合提起する場合の事物管轄については、民事訴訟法9条により訴額が算定されるものであり、同条には、同法38条後段の場合につき、その適用を排除すべき旨の文言はないから、同法38条後段の場合についても、同法9条の適用があるものと解するのが相当である(名古屋高裁平成21年11月30日決定 甲1)。

原決定は、基本事件が、民事訴訟法7条の併合請求の要件を欠くことから、同法9条による請求価額の合算は理由がないと述べるが、民事訴訟法の解釈を誤ったものといわざるを得ない。

5 民事訴訟法16条2項に基づく処理について

原決定は、①基本事件における実質的な争点が悪意の受益者性のみであるから、簡易裁判所の審理よりも地方裁判所の審理の方がふさわしいとまではいえない、②簡易裁判所で審理されることにより、申立人には、許可代理の規定の適用を受けうる利益がある、③移送によって、相手方に新たに特段の負担が生じるものではないことなどを理由に、民事訴訟法16条2項に基づく自庁処理が相当ではないと述べる。

しかし、上記したように、相手方に許可代理の規定の適用を受ける利益というのは存在しないし、移送によって、抗告人は、新たに交通費や解決の遅延等の負担が生じるのであって、上記判断は誤りである。

6 また、原決定の判断は、以下の理由からも不当である。

基本事件の3個の請求は、いずれも、それぞれ犬山簡易裁判所に管轄があるので、民事訴訟法7条の適用の有無を論ずるまでもなく、犬山簡易裁判所に併合提起が可能である。

そこで、犬山簡易裁判所に対して、上記3個の請求を併合提起した場合、民事訴訟法9条により訴額は140万円以上となり、犬山簡易裁判所は、職権もしくは申立により、名古屋地方裁判所一宮支部に移送することとなる(民事訴訟法16条1項)。

一方で、本件のように、当初より地方裁判所に併合提起した場合に、相手方から移送申立があれば簡易裁判所へ移送されることとなるとすると、当初の訴えの方法によって、管轄が異なることとなってしまう。

このような不合理が生じることとなることに鑑みても、原決定の結論は妥当性を欠く。

なお、最決平成22年3月23日の事案は、併合提起された2個の請求のうち、事物管轄が1個は地方裁判所にあり、1個は簡易裁判所にあるものであり、全ての請求について管轄が同一である本件とは事案を異にするものである。

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