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名古屋高等裁判所 平成22年(行コ)42号 判決 2011年9月22日

主文

1  1審原告の本件控訴及び当審における請求拡張に基づき、原判決主文第1項ないし第3項を以下のとおり変更する。

(1)  1審被告は、X1に対し、876万円及びこれに対する平成20年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

(2)  1審被告は、X2に対し、1291万8334円及びこれに対する平成23年6月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

(3)  1審被告は、平成17年8月18日に○○広域連合がa環境事業協業組合との間で締結した土地賃貸借契約に基づく賃料として、平成23年7月以降、年額258万8736円を超える金員をa環境事業協業組合に支払ってはならない。

(4)  1審原告のX1及びX2に対するその余の損害賠償請求の命令請求を棄却する。

2  1審原告のその余の本件控訴及び1審被告の本件控訴を棄却する。

3  訴訟費用は第1、2審を通じてこれを7分し、その1を1審原告の負担とし、その余を1審被告の負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、原判決と一部異なり、1審原告の1審被告に対する請求(当審における拡張請求を含む。)は、本判決主文第1項(1)ないし(3)の限度で理由があり、その余は理由がない(ただし、前記第1の1(1)オに係る訴えは不適法として却下)と判断する。その理由は、以下のとおりである。

2  認定事実

以下のとおり補正するほかは、原判決25頁3行目から28頁24行目までのとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決25頁14行目の次に改行の上、以下のとおり加える。

「このうち旧a町△△内の旧a町の旧中継槽(容量20キロリットル)の敷地(230m2)は借地であり、その賃料は年額23万4000円であった。また、旧b郡5町の他の中継槽のうち、容量が最大の旧阿児町の中継槽(容量90キロリットル)も、敷地(4636m2)は借地で、賃料は年額30万円であった。(甲10)」

(2)  同26頁3行目の「本件広域連合」を「当時、旧a町の町長で、本件広域連合の副連合長を務めていたX2」と改める。

3  争点(1)(4号請求のうち将来の給付の請求に関する部分の適否)について

(1)  原判決の引用

以下のとおり補正するほかは、原判決24頁7行目から同頁22行目の「左右しない。」までのとおりであるから、これを引用する。

ア  原判決24頁7、13、16行目の各「請求の趣旨(4)」を各「控訴の趣旨オ(前記第1の1(1)オ)」と、同頁7行目の「平成22年10月」を「平成23年7月」と改める。

イ  同24頁11行目の「差止めが認容されれば」を「差止めを命じる1号請求認容判決が確定すれば、これに反してまで公金支出がされないのが通常であり、」を加える。

(2)ア  1審原告は、前記第2の3(1)のとおり、1号請求認容判決の言渡し後に、差し止められた公金支出を地方公共団体が行わないという保証はなく、現実には判決に従わない場合が多く、現に1審被告は本件提訴後も本件賃料を支出し続けているから、将来の給付の請求に関する民訴法135条の要件を充足するなどと主張する。

イ  しかし、1号請求認容判決は、それが確定しなければ公金支出を差し止める効力は生じないのであるから、地方公共団体が1号請求の認容判決を受けても上訴を提起し上訴審において公金支出の適法性を主張し、その公金支出を継続すること自体を咎めることはできず、1審被告が本件提訴及び控訴後も本件賃料を支出していることをもって、判決確定後も同様に支出する蓋然性があるということはできない。

また、1号請求認容判決後、その確定後にも、地方公共団体がこれに反する公金支出をする場合が多いとの1審原告の主張に沿う証拠はない。

したがって、前記アの1審原告の主張は採用することができない。

4  争点(2)(本件土地の適正賃料)について

(1)  本件土地の適正賃料について

ア  本件土地の概況

証拠(甲28の2頁)によれば、本件土地は、志摩バイパスと約4mの間口で接し、そこから奥行約150mにわたって延びる旗竿状の形状をした東傾斜の土地であり、公簿上の地目は山林、雑種地、原野であること、14筆からなり、地積は計約3500m2であること、以上の事実が認められる。また、本件土地の旗竿の旗状(楕円状)の部分は、本件広域連合がa環境から賃借した平成17年8月18日当時は山林状態であり、そこに本件広域連合が費用を負担して造成工事を実施した上で、中継槽用地として使用するという約定であり(甲1)、そのとおりに造成工事及び施設設置工事が行われた(原判決5頁のイ)。この場合の適正賃料とは、賃貸借契約締結時の現況である山林状態の土地の賃貸借の対価をさすというのが相当である。仮に、上記造成工事後の現況である宅地及び法地を前提として賃料を定めるとしても、借主が費用を負担して造成工事を行うことにより、貸主の所有する本件土地の資産価値が高まることを考慮して、賃料は、相場より相応の減額がなされ、山林の賃料水準に近くなると予想される。なお、中継槽設置工事その他関連費用を含めて工事費用は1億0996万5450円であり(乙41)、造成工事費用はその中に含まれていると窺われる。

イ  A(裁判所選任の鑑定人)鑑定について

(ア) 鑑定評価額について

A鑑定は、本件土地の価格を以下のとおり評価した(A鑑定書15、16頁)。

平成17年8月18日時点 4770万円(1万3500円/m2)

平成21年6月18日時点 4240万円(1万2000円/m2)

そして、本件土地の賃料を以下のとおり評価した(A鑑定書18頁)。

平成17年8月18日時点 年額286万2000円

平成21年6月18日時点 年額254万4000円

(イ) 本件土地の現況の把握について

A鑑定は、本件土地を現地で確認した平成21年6月5日当時の現況地目、すなわち造成された宅地を前提とし、標準画地を設定するに当たっても、宅地と定め、本件土地を一貫して宅地としてその賃料を算定している。

しかしながら、鑑定事項については、a町△△し尿中継槽の築造を目的とする平成17年8月18日時点及び鑑定時における適正賃料とされており、本件賃貸借契約締結日である平成17年8月18日時点では、本件造成工事は未だ着手されておらず、本件土地の主要部分が山林状態であったことは当事者間に争いがないから、本件造成工事後の現況を前提とすることは、鑑定事項に沿わないことが明らかである。

(ウ) 対象地の面積の捉え方について

本件土地の面積のうち約3割が通路、約2割が法地であること(A鑑定書8頁)は、当事者もこれを争わない。

しかし、この場合において、上記通路部分及び法地部分を除外して本件土地の賃料を算定すべきである(1審原告の主張)とまでいうのは相当ではなく、中継槽用地という本件賃貸借契約の目的に照らし、上記通路部分は、公道に接していない本件造成部分を公道に接続させるために現実には必要であり、これにより街路条件の減価を緩和する役割を果たすことになると捉えるべきである。そこで、本件土地を上記の部分に分けて価格を算出して合算するとか、本件土地のうち上記の契約目的に直接的に使用され得るのは一部分で、しかもその部分は直接には公道に接していないことを街路条件、画地条件等に反映させるなどして、適切に考慮する必要がある。法地部分についても、宅地として造成された部分の崩落を防止する等一定の目的を有することは認められるものの、中継槽用地そのものではないから、その点を考慮する必要がある。

ところが、A鑑定は、本件土地全体につき宅地としての単価を適用し、画地条件につき25%の減価をするにとどめており、街路条件その他の条件について全く減価していないから、通路部分及び法地部分の面積及び効用上の減価要因の捉え方が不十分であるといわざるを得ない。

(エ) 環境条件について

A鑑定は、「本件土地上に建設されているし尿中継槽自体が嫌悪施設ではあるが、この他には付近に危険施設・処理施設はない。」(A鑑定書7頁)として、環境条件についての減価をしていない。

しかし、平成17年8月18日時点及び鑑定時点において本件土地に隣接して協業組合中継槽が存在していたから、上記は前提が不正確である上、し尿中継槽がいわゆる嫌悪施設であり、その存在が周囲の土地の環境条件に関する減価要素となることは他言を要しない。この点においてA鑑定は、環境条件についての減価要素の扱いが不正確であるというべきである。

(オ) 行政的条件について

本件土地は、自然公園法上の第3種特別地域に属するところ、第3種特別地域のうち勾配30%以下の土地については、環境大臣又はその権限の委任を受けた地方環境事務所長の許可を受けることにより建物の建築が可能であるという制約を受ける。そして、本件土地には勾配30%を超える部分が相当程度存在するのであるから、本件土地はその面積(実測3531.70m2)にもかかわらず、建物の建築に使用可能な面積が少ないのであり、このことを行政的条件その他の条件において考慮すべきである。ところが、A鑑定は、これを行政的条件に関する減価要因とせず、その他の条件中においてもこの点につき何ら減価をしていない。

(カ) 最有効利用について

A鑑定は、前記のとおり、本件土地の最有効利用をし尿中継槽用地及び通路、事務所等の敷地などと把握し、他方で、画地条件につき、通路部分が存することを理由に25%の減価をしている。

しかし、本件土地は、面積が3531.70m2の広い土地であるのに対し、本件し尿中継槽施設の敷地としては10分の1以下の300m2余りを使用しているにすぎないのであり、旧b郡5町の同種施設の規模を踏まえても、し尿中継槽用地としては明らかに過大であり、事務所等の敷地としても同様である。このように、規模が過大な土地については、有効利用が困難であるという観点から画地条件につき一定の減価を要するところであり、本件土地の約3割を占める通路部分の存在を理由とする25%の減価だけでは、極めて不十分である。

また、本件土地のうち、最有効利用であるし尿中継槽用地又は事務所等の敷地となり得るのは本件造成部分であるが、その形状は楕円状であって、一定の減価を要するというべきである。

(キ) ところで、A鑑定では、標準画地の価格を算出する過程で用いた取引事例No.2につき、実際の取引価格が1m2当たり1万1628円であるにもかかわらず、事情補正として50%の増額を要するとし、その理由としては「売り急ぎ」としているのみで、それ以上の具体的事情は何ら明らかにされていない。しかし、売り急ぎのみを理由として時価の半額で売却するというのは極めて不自然であり、補正後の標準画地の価格が高過ぎる額となっている。

ウ  B私的鑑定について

(ア) B私的鑑定の内容は、概ね以下のとおりである(甲28)。

a 鑑定評価方式

積算法により正常賃料を求めることとし、取引事例比較法による比準価格に公示価格等を基準とした価格を総合考慮した。

b 標準画地の評価

対象不動産と価格形成要因を同じくする同一近隣地域の範囲を、幅員約13.5mの志摩バイパス沿道の現況山林(宅地見込地)とし、標準画地を、本件土地付近の、幅員約13.5mの同バイパスに接面し、間口50m、奥行20m、地積1000m2の山林(宅地見込地)と設定した。

そして、その価格を平成17年8月18日時点で1m2当たり4700円、平成22年12月1日時点で1m2当たり3600円と算定した。

c 本件土地についての個別的要因の考慮

画地条件につき、公道との接面状況(一部しか接面していないこと)に鑑みて5%減価し、通路部分を含むことにより10%減価し、規模が過大であることにより5%減価し、併せて18.775%の減価(1-95/100×90/100×95/100)をした。

他の条件については減価はなされていない。

d 最有効使用の判定

最有効使用となるのは低層事業所等用地の敷地への転換とした。

e 本件土地の基礎価格

積算法と控除法でそれぞれ算定したところ、開差が生じたため、調整を試みた結果、本件土地の価格を、平成17年8月18日時点において1342万円(1m2当たり3800円)、平成22年12月1日時点において1024万2000円(1m2当たり2900円)と算定した。

f 期待利回り

一般金融市場における投資利回り、東海4県における事業用定期借地権の利回り実態などを考慮した結果、平成17年8月18日時点において3.50%、平成22年12月1日時点において4.00%と算定した。

g 積算賃料の決定

前記eの基礎価格に前記fの期待利回りを乗じ、固定資産税等の必要諸経費等を加えて、本件土地の適正賃料を、平成17年8月18日時点において年額81万7000円(1m2当たり231円)、平成22年12月1日時点において年額75万7000円(1m2当たり214円)と算定した。

(イ) B私的鑑定は、不動産鑑定士2名(B1、B2)が、国土交通省が制定した不動産鑑定評価基準に従い、上記(ア)のとおり積算法によって本件土地の正常賃料を求めることとし、標準画地の価格に個別的要因を考慮して本件土地の基礎価格を求め、これに期待利回りを乗じて本件土地の正常賃料を求めたものであり、A鑑定に見られた問題点もなく、相応の合理性があると認められる。

(ウ) これに対して1審被告は、前記第2の4(2)ウのとおり、B私的鑑定が信用性が乏しい旨主張するが、以下のとおり、いずれも採用することができない。

a 1審被告は、B私的鑑定が、取引事例比較法による本件土地の価格算定において、標準画地、取引事例共に山林(宅地見込地)を選択している点が相当ではない旨主張するが、本件賃貸借契約締結当時の本件土地の現況である山林(宅地見込地)を前提とすべきであり、1審被告の上記主張は採用できない。

なお、1審被告は、既に地権者が開発し、現況が宅地となっていた土地に隣接して本件土地が存することを理由に本件土地を宅地として評価すべきである旨主張するが、現況が山林(宅地見込地)である以上、採用することができない。

また、1審被告は、本件土地の造成工事を誰がしたかを考慮すべきではないなどとも主張するが、造成を予定する土地の賃貸借において、貸主と借主間で造成工事の費用負担をどのように定めるかによって賃料の額が影響を受けることは明らかであり、1審被告の上記主張は採用することができない。

b 1審被告は、B私的鑑定が採用した期待利回り(3.50%、4.00%)が相当でない旨主張する。

しかし、山林(宅地見込地)であって、宅地でない本件土地に公共用地補償基準における宅地の期待利回り(6%)を参考にすることは必ずしも適切とはいえず、むしろ山林の公共用地補償基準における期待利回り(5%)が宅地よりも低いことを踏まえると(乙18)、B私的鑑定が採用した期待利回りは、相当性を欠くものではない。

したがって、1審被告の上記主張は採用することができない。

c 1審被告は、B私的鑑定が開発法という不動産価格算定手法を採用したことが相当でない旨主張する。

しかし、本件土地は、山林を造成して宅地とする予定であるから、開発法を用いて鑑定評価するに適したということができる。1審被告の上記主張は、本件土地を現況宅地とすることを前提とする主張であり、その前提が採り得ない。

d 1審被告は、B私的鑑定が、公示地価格から比準価格を算出するに当たり、地域格差として3割もの減価をしている点が相当でない旨主張する。

しかし、本件土地が自然公園法上の第3種特別地域に属し、法令により建物の建築が規制され、取引条件が悪化するため、規制のない普通地域と比べて3割の減価をすることは、相当ということができる。

したがって、1審被告の上記主張は採用することができない。

エ  1審被告は、原審で1審被告が提出した資料(乙7、8、12ないし14)における土地の価格又は賃料を考慮すべきであるなどと主張する。しかし、上記事例を本件土地と比較するのが相当でないことは原判決34頁24行目以下の判示のとおりであって、1審被告の上記主張は採用することができない。

オ  前記イないしエによれば、A鑑定は採用することができず、他方、B私的鑑定は、十分に説得性を認めることができ、他に本件においてこれを排斥し、又は合理性に優る証拠はないことからすると、B私的鑑定のとおり、本件土地の地価及び適正賃料については、平成17年8月18日時点で1342万円及び年額81万7000円、平成22年12月1日時点で1024万2000円及び年額75万7000円と算定するのが相当である。

(2)  本件賃料支出の違法性の有無について

ア  前記(1)で検討した本件土地の適正賃料を前提に、連合長による本件賃料の支出が、その裁量権(地方自治法292条、138条の2、147条参照)を逸脱又は濫用したものであるか否かを検討する。判断基準については、原判決29頁1行目から21行目までを引用する。

敷衍すると、1審原告は、本件の賃料額が高過ぎて違法であるとして、賃料の過大な支出分について、連合長に賠償請求をすることを1審被告に命ずる旨の請求をしている。したがって、違法事由の有無は賃料額の大小によって決められるべきであり、旧中継槽に代わり得る施設があるかどうか、新たな施設を求める場合に本件土地に新設すべきかどうか等は、それ自体に独立に違法事由があるかどうかの見地から検討するのではなく、本件賃料額が高過ぎるかどうかを判断するに際しての事情として検討することになるというべきである。

さらに、適正賃料額とは1個の額が唯一無二のものではなく、一定程度の範囲内のものは適正ということになるし、あるいはその範囲内の額の決定が裁量の範囲内のものとして違法とはいえないことになると解される。したがって、X1及びX2が故意又は過失により裁量の範囲を超えて適正域を超える賃料を決定して支出した場合には、適正域を超える限度で違法として責任を負うことになるというべきである。

イ(ア)  適正賃料額との差異

本件賃貸借契約締結当時、本件土地の適正賃料(適正域にある1つの額。以下、その意味にも用いる。)は年額81万7000円であったにもかかわらず、本件広域連合は、a環境との間で本件賃料を年額600万円と合意し、これを本件し尿中継槽の使用開始月である平成19年1月分から毎月50万円ずつ支出しており、この額は適正賃料の7倍を超え、その差額は年間518万3000円に及ぶものである。

本件賃料は、旧中継槽(年額23万4000円。ただし、容量20キロリットル)のほか、旧b郡5町の他の中継槽(容量最大の旧阿児町のもので年額30万円。ただし、容量90キロリットル)に比べても、施設の敷地の賃料として極めて高額である。

なお、本件変更契約により本件賃料は、平成23年に年額500万円、平成24年以降は年額400万円と段階的に減額されているが、それによっても、本件賃貸借契約締結当時の適正賃料と比べて、平成23年は418万3000円、平成24年以降は318万3000円の過大な支出となる。

(イ) 旧中継槽に代わるし尿中継槽設置の必要性及び緊急性の有無

a 前記のとおり、旧a町内に設置されていた旧中継槽につき、平成12ないし13年ころから近隣住民による臭気の苦情が高まり、旧中継槽の廃止とこれに代わる施設の建設が必要であったことが認められる。しかし、し尿中継槽はし尿収集車で収集したし尿等をし尿処埋施設で処理するまでの間に一時的に保管しておく施設であるから、旧中継槽の役割を他の施設で代用できれば、直ちに新たな施設を求めるまでの必要もないということができる。

b そうであるところ、旧a町に隣接する旧大王町にも中継槽があったことからすると、旧a町内に用地を確保して新しい中継槽を設置するまでの間、上記旧大王町の中継槽を一時的に代替利用することも不可能ではなく、そのことを前提とすると、仮に旧中継槽に代わるし尿中継槽を旧a町内に設置する必要性を肯定したとしても、それを平成19年1月末(海洋投棄禁止予定時期)までに設置しなければならないというまでの緊急性は認められない。

したがって、適正賃料による賃借を犠牲にしてまで、すなわち賃料が少々高くてもともかく早急に賃借しなければならないとするまでの緊急性があったとは認められない。

(ウ) 本件土地の賃借に至る経緯

a 原判決37頁12行目から38頁2行目までのとおりであるから、これを引用する。

b なお、1審被告は、当時は旧a町関係者がそれなりに候補地を探したが見つからなかったなどと主張し、それに沿う同町関係者の陳述書(乙42、43)を提出するが、その内容は具体性に乏しく、不動産取引の専門業者に依頼して物件情報を広く収集するなど、候補地確保のため真摯に努力したことを客観的に裏付ける事情は見当たらない。

むしろ、本件広域連合は、a環境から、旧中継槽に代わる施設として、自社の施設(協業組合中継槽)を一時的に無償貸与する旨の申入れを受けて、これを進んで受け容れ、同施設に隣接する本件土地を唯一の候補地とし、本件賃料を受け容れて本件賃貸借契約を締結し、本件し尿中継槽が稼働するまでの間、協業組合中継槽を使用しており(なお、協業組合中継槽については、本件広域連合は、当初無償でa環境から借りるという約束であったにもかかわらず、甲12のとおり、後日、対価を50万円とする旨合意している。)、これによれば、そもそも本件広域連合において、当初から本件土地を中継槽用地として借り受けることを想定し、他の候補地を真剣に探さなかったと窺われる。

(エ) 本件賃料の決定に至る経緯

a 原判決38頁4行目から18行目までのとおりであるから、これを引用する。

b Cは、平成16年4月に本件広域連合の事務局長に就任し、その後、a環境との間で本件土地の賃料に関する交渉を開始しているところ(乙4、16、23、証人C〔調書3頁〕)、a環境が当初から強硬な態度で臨み、適正賃料を大幅に上回る高額(月額140万円、70万円等)を提示していたにもかかわらず、改めて他に候補地を探そうともせず、単にひたすら相手に減額を求めるという交渉内容に終始し、本件広域連合が交渉期限との関係で意識していた法令による海洋投棄の禁止(平成19年1月末)が近づく中で、a環境から月額50万円を下回る賃料では貸さないという最終回答を示されるや、鑑定を実施しないままこれに応じており、そのような本件広域連合の交渉手法ないし交渉態度は、地方公共団体の公共用地確保に関する交渉として極めて非難されるべきものであったといわざるを得ない。

(オ) その余(担保権の抹消等)の本件広域連合の要求の有無

原判決38頁20行目から24行目までのとおりであるから、これを引用する。

ウ  前記イ(ア)ないし(オ)によれば、連合長が決定した本件賃料は、適正賃料に対して毎年500万円以上を過大に支出するものであるところ、本件土地の使用目的であるし尿中継槽の設置自体、そのような過大な費用投下に見合う行政上の必要性及び緊急性が十分に認められず、本件土地を中継槽用地として選定した経緯及び本件賃料の決定過程のいずれも、最小限の費用で最大の効果を達成するために地方公共団体の長に求められる注意義務を果たすものであったとは到底いえなかったというべきである。

とりわけ、a環境が不動産鑑定士の鑑定評価による賃料の算定を拒んだのに対して、そのことに正当な理由が認められないにもかかわらず、本件広域連合がこれを受け容れたことは、極めて不適切な事務処理であったというほかない。貸主であるa環境はもちろん、借主である本件広域連合を含めた双方において、年間600万円という本件賃料の額が近隣の賃料相場に比べて遙かに高額であることを双方十分に認識していたことを示すものといえる。

以上のとおり、本件広域連合を代表して本件賃料の額を決定し、また、本件賃料を支出した連合長は、故意又は過失によりその裁量権を逸脱又は濫用したものというべきである。ところで、前記アのとおり、B私的鑑定による適正賃料額だけが唯一の適正額というわけではなく、適正額はある程度の幅をもった値であるというべきであり、適法な支出となるのは、この幅の中の最大値を超えた額と解するのが相当である。そして、上記幅の上限値は、便宜、B私的鑑定の賃料額に約20%を加算した年額100万円とするのが相当である。そうすると、本件賃料の支出は、適正賃料域の上限(年額100万円)を超える部分(年額500万円)に関して財務会計法規上の義務に違反する違法な行為と評価すべきであり、本件広域連合に同額の損害を与えたというべきである。

なお、B私的鑑定によれば、平成22年12月1日時点の適正賃料は年額75万7000円であるところ、これは平成17年8月18日時点と比べて4年3か月余りの間に7%余りの下落にとどまるから、連合長がその間の賃料水準の下落を理由にa環境に対して賃料減額を求めなかったとしても、そのこと自体が連合長の裁量権を逸脱又は濫用するものとはいえず、また、その下落分に関して本件広域連合に対する損害賠償責任を生じさせるものでもない(原判決41頁21行目以下参照)。

(3)  X1及びX2の損害賠償責任

ア  X1は、連合長として本件広域連合を代表し、a環境との間で裁量権を逸脱又は濫用して本件賃貸借契約を締結した上、平成19年2月26日から平成20年10月27日までの間、本件賃料合計1050万円を支出したから、本件土地の適正賃料域の上限(年額100万円)を超える支出分につき、本件広域連合に対して損害賠償責任を負う。

なお、本件においては、本件土地につき年額600万円の賃料で借り受ける旨決定したX1の判断に裁量権の著しい逸脱又は濫用があり、本件賃貸借契約の約定賃料のうち適正賃料域を超える部分を無効としなければ地方自治法2条14項、地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められるというべきである上、a環境においては、本件広域連合側による重ねての鑑定要請を拒否し、本件土地の賃料について法外に高額なものを要求し、a環境の協業組合中継槽を無償(結果的には50万円に変更)で使う利益を得てきた本件広域連合側に強い反対をさせずに上記高額をもって合意させるに至らせていたのであるから、a環境側の事情を総合しても、本件賃貸借契約中の本件賃料の約定は前記上限を超える限度で公序良俗に反し、私法上も無効になると解される。

イ  次に、X2は、平成20年10月31日から本件広域連合の連合長を務め、平成20年11月25日から平成23年6月27日まで、本件賃貸借契約に基づく本件賃料合計1558万5000円を支出した。

ところで、X2が連合長に就任した時点では既に本件賃貸借契約が締結されており、X2は同契約に基づいて本件賃料を支出したのであるが、本件土地が旧中継槽の移転先候補地として決まる前から、旧a町の町長として、候補地探しに関与し、a環境に相談を持ち掛け、これが本件広域連合がa環境から本件土地を賃借するきっかけとなっており(弁論の全趣旨。1審被告の原審準備書面(1)3頁)、そのような立場にあったX2は、本件賃貸借契約につき上記の特殊な事情が存することを十分に知悉していたのであるから、それにもかかわらず、これを考慮することなく、漫然と一部無効の本件賃貸借契約に基づく本件賃料の全額を支出したことについては、故意又は過失により違法支出をしたというべきであり、その責任を免れない。

(4)  損害賠償請求の命令認容額

ア  X1の責任額

(ア) X1は、前記(3)アのとおり、平成19年1月分から平成20年9月分まで21か月間の本件賃料合計1050万円(50万円×21か月)を連合長として支出しており、このうち適正賃料域の上限(年額100万円)を超える部分は875万円(1050万円-100万円×21/12)となり、これにつき賠償責任がある。

(イ) また、上記(ア)の損害賠償金元本に対する本件賃料の最終支払日である平成20年10月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払責任もある。

イ  X2の責任額

(ア) X2は、前記(3)イのとおり、平成20年10月分から平成23年5月分まで32か月間の本件賃料合計1558万5000円を連合長として支出しており、このうち適正賃料域の上限(年額100万円)を超える部分は1291万8334円(1558万5000円-100万円×32/12)となる。

(イ) また、前記(ア)の損害賠償金元本に対する本件賃料の最終支払日と推認される平成23年6月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払責任もある。

5  争点(3)(支出の差止めにより公共の福祉が著しく害されるか否か)について

(1)  前記のとおり、本件土地の適正賃料域の上限は年額100万円であり、連合長が同金額を超える賃料を支出することは違法と解すべきであるが、1審原告は、1号請求としては、本件賃料のうち年額258万8736円を超える金員の支出を差し止めるよう求めるにとどまるので、1号請求はその限りで認容することとなる。

(2)  なお、1審被告は、前記第2の4(4)のとおり、本件賃料のうち適正賃料を超える部分の公金支出を差し止めることが公共の福祉を著しく阻害させるものである旨主張するが、これに対する判断は原判決42頁5行目以下の判示のとおりであり、1審被告の主張は理由がない。

(3)  1審被告は、1号請求認容判決が確定しても、本件土地の貸主であるa環境が、変更契約の締結交渉に応じるとは限らず、それ以上に本件賃貸借契約の更新を拒み、本件土地の明渡しを求めてくる可能性があり、その結果、本件し尿中間槽の移転先を確保する目処も立たず、移転費用も高額のため、旧a町の住民の環境衛生に重大な悪影響が生じるから、1号請求を認容すると公共の福祉が著しく害される旨主張する。

しかし、原判決言渡し後の平成22年11月22日、a環境が本件賃料の減額に応じて本件変更契約の締結に至ったことは前記のとおりである。

また、一時的に本件し尿中継槽が使用できない事態が生じた場合でも、c市内のし尿処理施設へ直接運搬することや、近隣町の中継槽への運搬等の方法により対処することが可能であり、またその間に賃借地を新たに探して中継槽を移転することもできると窺われ、必ずしも旧a町の住民の環境衛生に重大な悪影響が生じるとまではいえず、とりわけ、一度した一部無効の本件賃貸借契約を既成事実を理由に是正できないというのは不合理であり、他に地方自治法242条の2第6項の要件に該当することを認めるに足りる的確な証拠もないから、1審被告の上記主張は採用することができない。

第4結論

以上によれば、1審原告の原審における請求及び当審における拡張請求は、本判決主文第1項(1)ないし(3)の限度で理由があるから、1審原告の本件控訴に基づき、これと異なる原判決を変更し、その余の1審原告の本件控訴及び1審被告の本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 岡田治 河村隆司)

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