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名古屋高等裁判所 平成22年(行ス)2号 決定 2012年3月19日

主文

1  原決定主文第1項を取り消す。

2  前項の部分についての原審申立人の申立てを却下する。

3  手続費用のうち仮の義務付け事件で生じたものは、原審及び当審を通じて原審申立人の負担とする。

理由

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、原決定と異なり、原審申立人の本件追加申立ては理由がないと判断する(本件当初申立ては、前記第2の1(3)のとおり、当審の審理の対象ではない。)。その理由は、以下のとおりである。

2  事実の経緯

(1)  前提事実(原決定4頁(1)から8頁7行目まで)、後記疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実が認められる。

ア  本件区域(原決定3頁3行目の海域)においては、大正時代から長年にわたりa地区(同5頁12行目)の住民が総出で定置網を張る定置漁業(いわゆる村張り)が営まれていた。なお、漁業法は明治43年に成立(明治43年法律第58号)し、戦後全面的な改正がなされ現行漁業法(昭和24年法律第267号)となった。

本件区域における定置漁業権の主体は、昭和63年9月1日から平成15年8月31日までは、民法上の組合であるb組合であり、同組合は、本件定置漁業権の免許を受けて定置漁業を行ってきた。

イ  他方、本件区域全域を広く外側から取り囲む海域である150号区域(原決定5頁5行目)は共同漁業権(本件共同漁業権)の対象であり、従前はf漁協が本件共同漁業権の免許を受けていた(甲106)。

b組合の有する本件区域における定置漁業権は、f漁協(合併後はd漁協)の有する共同漁業権の範囲(150号区域)内を対象とするが、b組合の組合員はf漁協の構成員とほぼ一致していたためもあって、平成10年ころまでは、後者の共同漁業権は、前者の定置漁業権のある本件区域を除いた海域を対象として、両当事者が互いに漁業を営み、双方が衝突することはなかった(甲106)。

ウ  ところが、b組合は、平成12年ころ多額の債務を抱え、組合員が平等にこれを負担するように金融機関から求められたこと等を契機として、当時約190名いた組合員の大半が脱退し、残る10名程の組合員が出資して、平成14年4月に原審申立人を設立し、原審申立人は、本件区域における平成15年9月1日から平成20年8月末までの定置漁業権免許(平成15年41号免許)を取得して定置漁業を始め、同免許取得に伴いb組合の債務を引き受け、その資産を引き継いだ。

他方、f漁協が平成13年ころd漁協に吸収され、本件共同漁業権の主体はd漁協となった。このように、本件定置漁業権と本件共同漁業権の担い手が名実ともに異なることもあり、両漁協は平成10年ころまでのような衝突のない状態ではなくなった。ただし、平成15年8月末までは原審申立人とf漁協あるいはこれを合併したd漁協とは、協定を結び互いの権利行使を認めていた。

衝突状況についていえば、例えば、原審申立人が水揚げする先がd漁協ではなく、c漁協の場合、d漁協に金員(他所売り歩金)を支払う慣習があったが、水揚げ場所等をめぐって、平成19年7月からは、d漁協が原審申立人からの上記の歩金の受領を拒否したり、d漁協がその管理の漁具の原審申立人による使用を禁じたりする等の争いが生じ、両者の関係は悪化した。

エ  平成15年41号免許は平成20年8月末で存続期間が終了するので、原審申立人は、同年9月1日からの本件定置漁業権の免許を再取得(更新)したい希望を有していた。これに対し、d漁協の有する本件共同漁業権の免許の存続期間は平成15年9月1日から平成25年8月末までであり、150号区域中にある本件区域について従前は共同漁業権を自由に行使することのできなかったd漁協は、それを実現すべく、原審申立人の平成15年41号免許の上記の更新に反対し、その旨を三重県農林水産商工部に申し入れた。そのため、平成20年9月1日以降は、d漁協の有する本件共同漁業権に対し、原審申立人が本件定置漁業権を取得するかどうかをめぐって、両者は利害対立状況にあった。

オ  処分行政庁は、平成20年3月23日、本件区域の漁場計画不樹立について本件調整委員会に意見を求め、同委員会は公聴会を開催する等し、同月27日、処分行政庁に対し、本件定置漁業権免許の前提となる本件漁場計画を含めて、諮問どおり漁場計画を樹立しないこととした上で、今後、地元調整が整った場合には、速やかに新たな漁場計画を立てることを検討されたい旨の意見を答申した。

カ  三重県は、水産庁とも協議の上、平成20年8月11日に開催されたa地区漁民集会で意見を聴く等したが、同月31日、平成15年41号免許は存続期間が満了し、原審申立人は、以後は本件定置漁業権免許を有しないため、本件区域で定置漁業を営むことができなくなり、反対にd漁協は、本件区域を含めた150号区域全体について、本件共同漁業権を行使することができるようになった。

キ  原審申立人は、平成20年10月22日、本件当初申立てを提起し、原審は、平成22年1月8日、本件定置漁業権免許を原審申立人に付与することを仮に義務付ける旨の決定をした。これを受けて処分行政庁は、同年2月23日、原審申立人に対し、本件仮免許を付与し、原審申立人は本件区域において同年4月1日から定置漁業を再開し、現在に至っている。

(2)  d漁協と原審申立人との対立の内容((1)についての補足説明)

原審申立人は、d漁協の要望は、原審申立人が平成20年9月1日から本件区域において定置漁業を営むことに不当に反対するために出されている旨主張する。

確かに平成15年8月末ころまでは、本件定置漁業権と本件共同漁業権の各行使の間に衝突はなかったこと、平成15年41号免許が存続期間満了となる平成20年8月末にかけて、歩金、漁具の扱いをめぐって争いが出てきたことは認められる。

しかし、d漁協が本件共同漁業権を有し、所属の組合員がその対象の150号区域で漁業を営んでいる事実は動かし難いところであり、d漁協に漁業を営む実体がないわけではないこと、したがって、150号区域に含まれる本件区域については、本件共同漁業権と本件定置漁業権の両帰属主体の協定による使い分けができない限り、権利行使をめぐって衝突が起きる可能性は恒常的に存在すること、平成15年8月ころまでは、b組合とf漁協(平成13年ころからはd漁協)というそれぞれの構成員を同じくする団体が相互に協定を結び使い分けをしていたために衝突はなかったこと、これらのことをも踏まえると、平成20年9月以降、本件定置漁業権の更新を希望する原審申立人と本件共同漁業権を有するd漁協との間に調整の必要があると推認されるのであって(法的関係は後述)、d漁協の要望が原審申立人の定置漁業に対し不当に反対するためだけのものであるとの事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  原審申立人に償うことのできない損害を避けるための緊急の必要があるか否かについて

標記を肯定すべきことについては、原決定48頁以下の4のとおりであるから、これを引用する。

原審申立人は、原決定後、これを踏まえた本件仮免許により、平成22年2月23日から平成25年8月末まで(ただし、本件抗告審決定により原決定が取り消された時はその時まで)として、本件定置漁業を再開している(甲56)から、原決定がない限り標記の緊急性は肯定される。

4  行訴法37条の5第1項の「本案について理由があるとみえるとき」の要件該当性の有無について

(1)ア  漁業権に関する法制度の概要

(ア) 漁場計画と漁業権免許

漁業法は、3種類の漁業権(共同漁業権、区画漁業権及び定置漁業権)を定めるとともに(法6条1項)、漁業関係者に対する漁業権免許の付与に関して、免許内容の事前決定(以下、便宜「漁場計画の樹立」という。)及び免許申請に対する免許の付与という手続を設けている(法10条、11条)。

(イ) 知事と調整委員会

知事は、漁場計画を樹立するに当たっては、調整委員会の意見をきき、調整委員会は、知事に対して意見を述べるに当たり、利害関係を有する漁業関係者から事情を聴くとともに、公聴会を開催して広く意見を求めることとされている(法11条1項)。

イ  漁場計画樹立に関する要件

知事は、①「漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させるためには漁業権の内容たる漁業の免許をする必要」があり、かつ②「当該漁業の免許をしても漁業調整その他公益に支障を及ぼさない」と認めるときは、漁場計画を定めなければならない(法11条1項)。

上記の「漁業調整」とは、漁業上の紛争防止という意味であり(昭和37年11月8日付け水産庁長官通知。37水漁第6059号)、同一の水面に複数の漁業権が成立し、複数種の漁業が操業される内容となる場合には、各漁業の操業をめぐって摩擦が生じ、対立が生じるおそれがあることから、他の漁業あるいはその前提となる漁場計画との調整を図ることを新たな漁場計画樹立の要件とし、調整のために、当該漁場計画を樹立しないことも可能としたものと解される。

ウ  共同漁業権と定置漁業権の関係

(ア) 共同漁業(法6条5項)は、一定の水面を共同に利用して行う漁業であるところ、必要とされる資本が少なくて済み、個々の漁業者の参入が容易であって、漁場を共同で利用することが適当なもので、かつ、原則として他の漁業関係者との複雑な入会関係がなく、地元の漁業協同組合(以下「漁協」という。)又は漁業協同組合連合会(以下、漁協と併せて「漁協等」という。)の管理に任せるのに適しているという特徴を有している。

定置漁業(法6条3項)は、漁具を定置して営む漁業であるが、概ね一定の規模以上のもの(水深27m以上の海面に網を設置するもの)に限ると定められている。大規模な定置漁業は、相当の資本が必要であり、従業者数も多いことから、経営者を特定させて免許し、個別経営として行わせることが適当であることがその理由とされる。そして、これより小規模な定置漁業(いわゆる小型定置漁業)は、入会漁業的なものが共同漁業権(第二種共同漁業)の、経営者が固定されているものが許可漁業の、それぞれ対象とされている。

(イ) 上記(ア)のとおり、共同漁業と定置漁業は、水面を総合的に利用するという漁業の目的ないし基本的性質に照らし、同じ水面(区域)に重複して成立することが想定されるとともに、定置漁業の上記内容からすると、定置漁業権を営む区域では、共同漁業を営むことが困難であって、同じ区域を対象として共同漁業権と定置漁業権が成立する場合には、事実上、定置漁業権が共同漁業権に優先する関係となるから、漁業権免許付与の前提となる漁場計画樹立の段階において、両漁場計画間の漁業調整を要することは否定できない。

ちなみに、平成14年8月6日付けで、水産庁長官から知事に宛てて、漁場計画樹立に関して留意すべき点を明らかにした「漁場計画の樹立について」と題する通知(14水管第1745号。以下「平成14年通知」という。)が発出された。これによれば、共同漁業については、「組合による漁場管理がなされ、その漁業権の関係地区の漁業関係者が共同して漁場を利用するというところにその特徴がある。」、「漁場計画の樹立に当たっては、このように漁場を組合の管理に委ねることが漁業生産力の維持発展という漁場計画制度の趣旨に照らして妥当か否かという観点から検討すべきである。」とされている。

また、定置漁業については、平成14年通知においても、漁場計画樹立に当たり、他種漁業との関係を慎重に考慮しなければならないとされている。

加えて、上記のとおり、定置漁業権の対象となる定置漁業は、比較的大規模で、これに要する資本も相対的に大きなものとなるから、いったん漁業関係者に定置漁業権免許を付与した後は、その存続期間中は免許の内容を変更することは困難であり、水産庁長官通知においても、漁場計画に基づいて免許された漁業権の変更は、次の免許切替えまでは原則としてとり上げるべきではないとされている(昭和27年3月25日付け水産庁長官通知「漁業権切替後の漁業の免許及び漁業権の変更免許に関する件」。27水第2290号)から、定置漁業の漁場計画を樹立すべきか否かを判断するに当たっては、同漁業権に基づく定置漁業が所定の期間(5年間)継続することも考慮し、慎重に対処する必要があるということができる。

(ウ) 存続期間について、共同漁業権は10年、定置漁業権は5年と定められている(法21条)。これは、海況、漁況の変化及び技術の進歩等に応じて合理的な漁場計画を樹立するために一定の期間毎に見直しをするためのものであると解される。

この点に関し、抗告人は、水産庁の昭和44年7月18日付け通達(甲32)においても、共同漁業権者の同意がないことを理由として定置漁業権免許を付与しないことは許されないとされているとし、定置漁業が共同漁業に劣後するものではない旨主張する(原審申立人の原審申立書11頁)。しかし、同通達(44水漁第5393号)は、そもそも共同漁業権は水面を占有する権利ではないから、共同漁業権免許の区域内の漁場を対象として区画漁業権免許を付与することに対して、共同漁業権者が同意しないことは、漁業法13条1項4号の不免許事由には該当しない旨の判断を示したにとどまり、抗告人の上記主張を根拠付けるものと解することはできない。

(2)  本件へのあてはめ

ア  漁業権免許の必要性の有無

漁場計画樹立のための漁業権免許は、「その水面の自然的条件すなわち水深、水温、潮流、資源の状況等が漁業権の内容たる漁業を営むのに適しており、かつ漁業生産力の維持発展を図る上において水面の総合利用の一環として漁業権の内容たる漁業を営むことが適当である場合」(平成14年通知)に必要となるところ、本件区域においては、周辺の地形、潮流その他の自然条件に照らして、本件定置漁業権に基づく定置漁業が本件共同漁業権に基づく共同漁業よりも漁業生産力の面で優れていることは否定できず、抗告人においても、この点を争うものではない。

したがって、本件区域について、「漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させるためには漁業権の内容たる漁業の免許をする必要」(法11条1項)があるということができ、漁場計画樹立のための第1の要件(漁業権免許の必要性)が満たされている。

イ  免許をすることが漁業調整に支障を及ぼさないか否か(第2の要件充足の有無)

(ア) 原審申立人は、本件漁場計画を樹立しても漁業上の紛争は生じないから、同漁場計画の樹立(免許内容の事前決定)が漁業調整に支障を及ぼさない旨主張するのに対し、抗告人は、本件漁場計画を樹立すると、本件区域の定置漁業権免許(本件定置漁業権免許)を付与される者と同区域を含む150号区域の共同漁業権者であるd漁協との間に漁業上の紛争が生じるおそれがあるから、本件漁場計画を樹立することができない旨反論する。

(イ)a そこで検討するに、本件区域は、本件漁場計画上の漁場であるとともに、150号区域の漁場の一部でもあり、e湾の東側沿岸部に位置し、紀伊半島の東岸に沿って熊野灘を南西方向から北東方向へ流れる海流が同沿岸部(陸地)に衝突するため、昔から水産資源が豊富な漁場とされている。

150号区域は、平成15年に共同漁業の漁場計画が樹立され、d漁協に平成15年150号免許が付与されており、その存続期間は前記のとおり10年間で、平成25年8月31日までとなっている。

したがって、平成15年41号免許の存続期間満了時(平成20年8月31日)においても、d漁協の免許が存続することを前提に判断すべきところ、本件区域につき本件漁場計画を樹立すると、それを前提とする本件定置漁業権免許を付与される漁業関係者が同区域に定置網を設置して、少なくとも平成15年150号免許の存続期間の満了時(平成25年8月31日)まで定置漁業を営むことになり、その間は、d漁協が本件共同漁業権を有するにもかかわらず、同漁協の漁業関係者が同区域において漁業を営むことができないこととなるほか、航行上の支障、漁具との接触、水産動植物の採捕への影響等、d漁協所属の漁業関係者に対して少なからず影響があることは否定できない。

しかも、本件区域の周辺には漁業法67条1項に基づく本件調整委員会の指示により保護区域が設定されており(乙13、丙10)、d漁協所属の漁業関係者の漁業の操業が制約される範囲は本件区域にとどまらず、相当広範囲に及ぶものとなっている。

以上からすると、本件区域に本件漁場計画(本件定置漁業権免許の前提)を樹立するに当たっては、本件共同漁業権との間で何らかの漁業調整を要することが明らかであり、あらかじめ、本件共同漁業権を有するd漁協との間で本件定置漁業権の行使に関する協議を行い、協議が整い次第、協定を締結しておくことができれば、本件共同漁業権との間の漁業調整に支障がないことになる。

b そうであるところ、前記認定事実のとおり、d漁協は、本件調整委員会に対し、本件漁場計画の樹立には反対し、不樹立とすることを要望する旨の意見を表明しており、かつ、それが全く漁業を営む実体を欠くにもかかわらず単に原審申立人の定置漁業に対するいやがらせとしてされたといった事情は認められず、また、原審申立人との間で、本件共同漁業権と平成20年9月1日以降の本件定置漁業権との漁業調整が整ったことを積極的に示す事情も認められないから、かかる状況下で本件漁場計画を樹立することは、漁業調整に支障を来すことになるといわざるを得ない。

c また、漁協等には、共同漁業権の権利者としてだけではなく、法8条2項に基づいて同漁業権を行使する際に遵守すべき事項を定めるなど、共同漁業権の対象区域の管理者としての役割もあるところ、本件共同漁業権の管理区域内に所在する本件区域に排他的で独占的である定置漁業の漁場計画が樹立されることは、共同漁業権の管理への影響が少なくないから、そのような共同漁業権管理者という立場に鑑みても、同漁協の本件漁場計画樹立反対の意思には相応の理由があるというべきである。

なお、d漁協は、自身又はその所属する組合員が中心となる経営主体が本件定置漁業権免許を付与され、本件区域で定置漁業を営むことについては反対しておらず、一時はその計画を積極的に推進していたこと、同計画が頓挫したため、本件漁場計画の樹立に反対する意見に変わったことは原決定38頁の(カ)及び(キ)のとおりであるが、法が与えた地元漁民の利益を代表するという漁協等の立場ないし役割を踏まえると、これらの事情は本件漁場計画の樹立に当たって本件共同漁業権との漁業調整を要するという点に影響を与えるものではない。

(ウ)a これに対して原審申立人は、漁場計画樹立に当たっての漁業調整上の支障の有無は、漁場計画樹立後に何人が漁業権免許を付与されるかという問題を離れて判断されるべきであり、原審申立人が本件定置漁業権免許を付与されることを前提に、原審申立人とd漁協との対立状況を考慮に入れることは、法11条の趣旨に反し、不相当である旨主張する。

しかし、d漁協は、本件区域につき、平成25年8月31日までを存続期間とする本件共同漁業権を有する者であり、それまでの間に同区域を対象とする本件定置漁業権成立の前提となる漁場計画(本件漁場計画)を樹立するに当たって、d漁協との漁業調整を要することはいうまでもないし、本件漁場計画樹立後に本件定置漁業権免許を付与される者が誰であるかにかかわらず、同人との間で漁業調整が必要となるから、原審申立人の上記主張は採用することができない。

b なお、平成20年8月末までは、原審申立人は本件定置漁業権免許(平成15年41号免許)を有し、d漁協の本件共同漁業権免許(平成15年150号免許)と共存していた事実がある。しかし、これは、従前本件定置漁業権免許を有していたb組合と本件共同漁業権免許を有していたf漁協との協定等により、本件区域を双方がその漁業権を行使するのに衝突が生じないように取決めがされていた結果であり、そのことをもって、原審申立人とd漁協間に明示・黙示の取決めがない平成20年9月1日以降について漁業調整が不要ということはできないし、平成20年8月末までの既得権と同様の定置漁業を営む利益が原審申立人に保証されるべきであるということもできない。

また、原審申立人に上記のような従前と同様の利益が保証されるべきことを前提として、処分行政庁や本件調整委員会がd漁協の本件共同漁業権の対象範囲から本件区域を除くようにその漁業権の内容を変更することによって、原審申立人に本件定置漁業権が引き続き確保されるように漁場計画を樹立すべき義務がある旨を定めた規定はないし、そのような義務が存在する旨の特別の事情も認められない。

ウ  本件調整委員会の意見

(ア) 処分行政庁が、本件区域における漁場計画の不樹立を本件調整委員会に諮問したところ、同委員会が、将来の漁業調整が整った場合には樹立を検討するのが相当である旨の条件付きながら、漁場計画不樹立を相当とする意見を答申したこと、処分行政庁は、この答申に沿って本件漁場計画を不樹立としたことは前記認定事実のとおりである。

(イ) そして、本件漁場計画を樹立すると漁業調整上の支障を生じるおそれがあることは前記イのとおりであるから、上記の同委員会の意見は、合理性を有するということができる。

(ウ) 原審申立人は、d漁協の理事経験者で、原審申立人を敵視し、原審申立人に対する本件定置漁業権免許付与を妨害するため本件漁場計画の樹立に反対していたAが本件調整委員会の委員に選任され、同人が同委員会の前記意見に影響を与えているから、その点で本件調整委員会の前記意見には瑕疵がある旨主張する(原決定22頁22行目以下)。

しかし、処分行政庁の諮問に対して、Aが本件調整委員会内での意見形成に不当な影響を与えたことを的確に示す証拠はないし、条件付きながら漁場計画不樹立を相当とする本件調整委員会の意見は、本件漁場計画樹立が漁業調整の支障となるとの客観的状況に符合するから、上記意見に瑕疵があるということはできない。

エ  前記イ、ウによれば、本件漁場計画は漁業調整に支障となるものであり、処分行政庁が、本件調整委員会の意見のとおり、同漁場計画を不樹立としたことが違法であるとはいえない。

したがって、処分行政庁が本件漁場計画を樹立すべき義務があるとする原審申立人の主張は採用することができない。

(4)  前記(3)のとおり、処分行政庁が本件漁場計画を樹立しなかったことは何ら違法ではないから、同漁場計画不樹立の違法を理由として、原審申立人に対する本件定置漁業権免許の付与を義務付けるべきことが一義的に定まるとする原審申立人の主張は、認められない。したがって、本件追加申立ては、本案について理由があるとみえるときには該当せず、その余の要件(本件漁場計画が樹立されていない状況下で、免許付与の仮の義務付けができるか、原審申立人に優先順位があるか等の「本案について理由があるとみえる」に該当するための他の要件)該当性の有無を判断するまでもなく、失当といわざるを得ない。

5  前記4のとおりであり、本件追加申立ては、本案について理由があるとみえるものではなく、行訴法37条の5第1項の仮の義務付けの要件を具備しない。

第4結論

以上によれば、原審申立人の本件追加申立ては理由がないから、これと異なる原決定を取り消し、同申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 片田信宏 河村隆司)

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