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名古屋高等裁判所 平成23年(ネ)1005号 判決 2012年1月17日

主文

原判決を取り消す。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人と消滅会社A株式会社との間において平成23年4月1日にされた合併は,これを無効とする。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,株式会社B(以下「破産会社」という。)の破産管財人である控訴人が,被控訴人とA株式会社(以下「訴外会社」という。)との間でされた吸収合併無効の訴えを提起した事案である。

原審が,控訴人には本件訴えの原告適格がなく,本件訴えは不適法でその不備を補正することができないとして,口頭弁論を経ないで本件訴えを却下したところ,控訴人がこれを不服として控訴した。

2  前提事実,争点及び当事者の主張

以下のとおり,原判決を補正し,当審における当事者の主張を加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

原判決2頁12行目と13行目の間に次のとおり加える。

「(5) 控訴人は,平成23年6月11日,本件訴えを提起した。」

(当審における当事者の主張)

(1) 控訴人

債権者が提起する吸収合併無効の訴えは,吸収合併を無効にすることにより債権の回収可能性を高めることを目的とするものであるから,同訴えの提起を破産財団に属する債権に対する破産管財人の権限から除外する理由はなく,また,破産財団に属する債権について債権者として吸収合併無効の訴えを提起することは,破産法80条の「破産財団に関する訴え」に該当すると解するのが相当である。

なお,破産法は,破産財団に間接的,抽象的な効果しか与えない行為に関する権限を破産管財人に認めているから,仮に原判決が判示するように吸収合併無効の訴えが破産財団に間接的,抽象的な影響しか与えないとしても,同訴えの提起が破産管財人の権限に含まれないとする根拠にはならない。

また,吸収合併を無効とすることが破産財団の増殖に資するか否かは,吸収合併消滅会社(以下「消滅会社」という。)が債務超過であるか否かによるが,その点は吸収合併無効の訴えが提起された後に,無効原因の有無に関する実体審理の中で判断されるべき事項である。したがって,消滅会社の財産状態いかんにより吸収合併を無効とすることが破産財団の増殖につながらない可能性があるとしても,破産管財人の当事者適格を否定する理由とはならない。

むしろ,原判決が認めているように,会社法799条5項の弁済等を受ける権限が破産管財人の権限の範囲に含まれることからすれば,端的に,破産管財人の権限が上記弁済等を受けなかったことを理由とする吸収合併無効の訴えの提起にまで及んでいると解釈するのが自然である。

原判決は,会社法828条2項7号が「会社の組織に関する訴え」と題する節に規定されており,本件訴えも合併契約の当事者以外の者が会社組織に関する行為の効力を否定するための訴えであるから,破産会社が有している会社組織法上の権限行使の場面であるとして,債権者の破産管財人には当事者適格が認められないとする。しかし,債権者が提起する吸収合併無効の訴えは,会社組織法上の権限行使の一場面としてではなく,債権回収の一場面として提起されるものであるから,同訴えが会社組織に関する訴えであるとしても,これにより破産管財人の当事者適格が否定されるものではない。

また,会社法828条2項7号は,明文上,債権者の破産管財人を吸収合併無効の訴えの提訴権者として規定していないが,債権者の破産管財人に当事者適格が認められることを当然のこととして規定しなかった可能性も排除されないから,同号の規定が債権者の破産管財人に当事者適格が認められないことを前提としているとはいえない。

(2) 被控訴人

破産管財人は,破産財団に関する訴えについて訴訟追行権が認められているが,これは破産管財人の財団管理権限の一環として許容されているものであるから,破産管財人は,基本的に会社組織法上の行為について権限を有しないというべきである(最高裁平成21年4月17日第二小法廷判決・裁判集民事230号395頁参照)。

また,本件訴訟は,被控訴人の合併に関する手続的瑕疵を無効原因とするものであり,破産管財人が管理すべき破産財団の増減に対して間接的意義しか有しないから,破産管財人である控訴人は本件訴訟について訴訟追行権を持たないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,本件訴えについて控訴人は原告適格を有すると判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  会社の吸収合併無効の訴えは,吸収合併の効力が生じた日において吸収合併後存続する会社の株主等,社員等,破産管財人のほか,吸収合併について承認をしなかった債権者も,これを提起することができる(会社法828条2項7号)。

他方,債権者について破産手続開始の決定があった場合には,当該債権者の財産であって,破産財団に属する財産の管理処分権は破産管財人に専属し(破産法2条14号,78条1項),破産財団に関する訴えについては,破産管財人を原告又は被告とするものとされている(同法80条)。

したがって,吸収合併後存続する会社の債権者の破産管財人が吸収合併無効の訴えを提起することができるか否かは,吸収合併無効の訴えを提起することが破産管財人の破産財団に属する財産の管理処分権に含まれ,「破産財団に関する訴え」に含まれるか否かにかかることになる。

3  ところで,会社法は,吸収合併後存続する株式会社(以下「存続会社」という。)の債権者が吸収合併について異議を述べることができる旨を定め(同法799条1項1号),債権者が所定の期間内に異議を述べたときは,吸収合併により当該債権者を害するおそれがない場合を除き,存続会社は,当該債権者に対して弁済し,若しくは相当の担保を提供し,又は当該債権者に弁済を受けさせることを目的として信託会社等に相当の財産を信託しなければならないと規定し(同条5項),更に,当該債権者について吸収合併無効の訴えを提起することができる旨を定めている(同法828条2項7号)。

このように,会社法が,吸収合併について,債権者に異議申立権を認め,その行使があった場合には,存続会社に一定の債権保全措置を命じ,更には当該債権者に吸収合併無効の訴えの原告適格を認めているのは,吸収合併が債権の財産的価値に影響を与えることを前提として,その財産的価値を確保し,債権者を保護するためであると解される。すなわち,吸収合併により消滅会社の権利義務は当然に存続会社に承継されることから(同法2条27号),消滅会社の経営状態,財産状態のいかんによっては,債権者が存続会社に対する債権を回収することが困難となるおそれがあるため,債権者に対しあらかじめ吸収合併に対して異議を述べる機会を付与し,債権者の意に反して吸収合併が行われる場合には,債権者保護手続により債権の満足を得るか又は確実に満足が得られることの保障を与え,更には,このような手続が履行されない場合等に吸収合併無効の訴えを提起することを認めたものと解される。

そして,上記の債権者について破産手続開始の決定があった場合,当該債権者が存続会社に対して有する債権は破産者の財産によって構成される破産財団に属する財産として,その管理処分権は破産管財人に専属することになるから(破産法2条14号,78条1項),存続会社の債権者の破産管財人は,破産財団に属する財産である債権についての管理処分権に基づき,異議申立権を有し,所定の期間内に異議を述べた場合には,当該会社から弁済等を受ける権限を有するほか,当該債権の回収の実効性を確保するため,吸収合併無効の訴えを提起することができるというべきである。

したがって,同訴えは「破産財団に関する訴え」に含まれ,破産管財人が原告適格を有する。

4  前記の前提事実によれば,破産会社の破産管財人である控訴人は,被控訴人に対し,否認権の行使による価額償還等を求める訴訟を提起しており,所定の異議申立期間内に,被控訴人に対し,被控訴人と訴外会社との間の吸収合併について異議を述べているのであるから,控訴人主張の価額償還等に係る請求権が肯定される場合には,控訴人には,存続会社である被控訴人の債権者の破産管財人として,本件訴えを提起する権限があり,同訴えについて原告適格を有することは明らかである。

5  なお,被控訴人は,破産管財人は基本的に会社組織法上の行為について権限を有しない旨を主張する。しかし,一般に破産管財人が会社組織法上の権限を有しないとされているのは,破産した会社の破産管財人についてであって,本件のように,債権者の破産管財人が破産財団についての管理処分権に基づき,債務者に対し,債務者に係る会社組織法上の訴訟を提起する場合にこれと同様に解すべき根拠はないし,被控訴人が引用する判例は,破産した会社の組織に係る行為と当該破産した会社の破産管財人の権限に関する説示を内容とするもので,本件とは事案を異にし,本件には当てはまらない。

また,被控訴人は,本件訴訟は,被控訴人の合併に関する手続的瑕疵を無効原因とするものであり,破産財団の増減に対して間接的意義しか有しないから,破産管財人である控訴人は本件訴訟について訴訟追行権を持たないと主張する。しかし,前記のとおり,会社法が定める債権者保護手続は,債権の財産的価値を確保するための重要な手続として法定されているのであるから,その不履行が軽微な手続的瑕疵であるとはいえないし,消滅会社が債務超過である場合には,吸収合併を無効とすることにより,破産者の債権の財産的価値が増加して破産財団が増殖するのであるから,吸収合併無効の訴えは破産財団の増減に対して直接的な影響を与えるものというべきであり,単に間接的な意義を持つにとどまるものではないというべきである。

したがって,被控訴人の上記各主張は,いずれも採用することができない。

第4結論

よって,本件訴えについて,控訴人主張の債権の有無を審理することなく,控訴人の原告適格を否定して本件訴えを却下した原判決は失当であるから,これを取り消し,民事訴訟法307条本文により,本件を原審に差し戻すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長門栄吉 裁判官 内田計一 裁判官 中丸隆)

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