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名古屋高等裁判所 平成23年(ネ)1145号 判決 2012年5月29日

愛知県<以下省略>

控訴人兼被控訴人

(以下「1審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

小関敏光

勝又敬介

名古屋市<以下省略>

被控訴人兼控訴人

大起産業株式会社

(以下「1審被告会社」という。)

同代表者代表取締役

Y1

愛知県<以下省略>

被控訴人兼控訴人

Y1

(以下「1審被告Y1」という。)

上記両名訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

1  1審被告Y1の控訴に基づき,原判決中,1審被告Y1敗訴部分を取り消す。

2  1審原告の1審被告Y1に対する請求を棄却する。

3  1審原告及び1審被告会社の各控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,1審原告と1審被告Y1との間においては,第1,2審を通じて1審原告の負担とし,1審原告と1審被告会社との間においては,各控訴費用を1審原告及び1審被告会社の各負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告

(1)  原判決中,1審原告敗訴部分を取り消す。

(2)  1審被告らは,1審原告に対し,各自1290万5430円及びこれに対する平成20年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも1審被告らの負担とする。

2  1審被告ら

(1)  原判決中,1審被告ら敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも1審原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,1審被告会社に委託して商品先物取引を行った1審原告が,1審被告らに対し,上記取引には,取引開始時の適合性原則違反(①),断定的判断の提供(②),説明義務違反(③),過当取引(無意味な反復売買)(④),一任売買又は実質的一任売買を利用した手数料稼ぎ(⑤),取引継続段階における適合性原則違反(⑥),返金拒絶(⑦),満玉及び利乗せ満玉(⑧)並びに差玉向かい及び差玉向かいについての説明義務違反(⑨)の違法があり,上記取引を担当した1審被告会社の従業員らには不法行為が成立するところ,1審被告会社は,上記従業員らの不法行為につき民法715条1項の使用者責任を負うほか,1審被告会社が組織体としての企業活動において不法行為をしたものであるから,民法44条1項(平成18年法律第50号による改正前のもの。以下同じ),同法709条又は会社法350条に基づき1審原告に対して損害賠償責任を負い,1審被告会社の代表取締役である1審被告Y1は,会社法429条又は民法715条2項に基づき1審原告に対し損害賠償責任を負うと主張して,上記取引の差引損金2150万9050円,慰謝料100万円及び弁護士費用225万0905円の合計2475万9955円並びにこれに対する不法行為終了の日(取引終了日)である平成20年4月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

原審は,上記取引につき過当取引(無意味な反復売買)(④),一任売買又は実質的一任売買を利用した手数料稼ぎ(⑤)並びに満玉及び利乗せ満玉(⑧)の違法があり,1審被告会社の従業員らには不法行為が成立し,1審被告会社は民法715条1項の使用者責任,1審被告Y1は同条2項の代理監督者責任に基づき,連帯して損害賠償責任を負うところ,1審原告に5割の過失相殺を認めるのが相当であるとして,1審原告の請求を,差引損金1075万4525円及び弁護士費用110万円の合計1185万4525円並びにこれに対する不法行為終了の日(取引終了日)である平成20年4月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払の限度で認容した。

2  前提事実(当事者間に争いがないか,証拠上明らかな事実)

(1)  当事者等

ア 1審原告は,●●●の屋号で葬祭業を営む昭和16年○月○日生まれの男性である。

イ 1審被告会社は,商品先物取引及び商品先物取引仲介業等を業とする株式会社で,東京穀物商品取引所及び東京工業品取引所の商品取引員である。

ウ 1審被告Y1は,本件訴え提起時の1審被告会社の代表取締役である。

エ A,B,C及びD(以下,それぞれ「A」,「B」,「C」及び「D」といい,併せて「本件従業員ら」という。)は,後記(2)アの本件取引委託契約の勧誘ないし本件取引を担当した1審被告会社の従業員である。

(2)  本件取引

ア 1審原告は,平成20年1月25日(以下,同年については原則として月日のみを記載する。),1審被告会社との間で商品先物取引委託契約(以下「本件取引委託契約」という。)を締結した。(甲1,乙1)

イ 本件取引委託契約に基づき,1審原告の計算で,1月25日から4月21日までの間,別紙「建玉分析表(訂正後)」記載のとおり商品先物取引が行われた(ただし,特定売買に関する部分は争いがある。以下,上記商品先物取引を「本件取引」といい,本件取引中の個々の取引を指して,単に「番号1の取引」,「番号1の買建玉」,「番号2の売建玉」,「番号3の仕切り」等という。また,限月については,例えば2008年6月限月を「08年6月限月」のように記載する。)。

ウ 1審原告は,本件取引のための証拠金として,1月25日に52万円,同月28日に260万円,同月31日に880万円,2月22日に600万円,同月27日に379万円及び3月31日に250万円の合計2421万円を1審被告会社に預託し,4月9日に136万5950円及び同月21日に133万5000円の合計270万0950円の返還を受けた。1審原告が1審被告会社に預託した金員から返還を受けた金員を差し引いた額(差引損金)は,2150万9050円である。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本件取引委託契約及び本件取引の違法性(本件従業員らによる不法行為)

ア 1審原告の属性及び取引開始時の適合性原則違反(①)

(1審原告の主張)

(ア) 1審原告は,本件取引委託契約締結当時,66歳であった。1審原告が営む●●●は,1審原告とその実弟の2名のみで経営されており,他に従業員はいない。●●●の年間の売上げは1000万円程度であるが,平成18年以降は赤字決算のため,1審原告の実際の年収は赤字で,流動資産は預貯金500万円,株が1000万円程度であった。

(イ) 1審原告は,平成17年ころから平成20年1月ころまで,1審被告会社以外の5社を通じて商品先物取引を行ったが,いずれの取引も,委託した証拠金の額は多くても200万円程度で,損害もその程度であり,また,貴金属や石油が中心で,本件取引の中心であった農作物についての知識,経験,取引意向はなかった。

なお,1審原告は,本件取引と並行して,アイディーオー証券株式会社に委託してインターネットでも商品先物取引を行っていた(以下「アイディーオー取引」という。)が,金,白金及び灯油が主体であり,取引量や支払った手数料もわずかであるから,このことから,1審原告に商品先物取引の知識,経験,取引意向があったとはいえない。

(ウ) 1月初めころ,Bが●●●の事務所を飛び込みで訪れ,1審原告に商品先物取引を勧誘した。1審原告は,以前に先物取引で損をしたから,もう先物取引をするつもりはないと断ったが,Bは,同月24日,再度●●●を訪問して1審原告を勧誘した。

1審原告が断ろうとしたところ,Bは,「今回私がお勧めしているのはハイブリッド取引です。この取引手法は当社が開発したもので,コンピューターを使って値動きを分析して商品を買って,2つの取引の利ざやを取る取引です。」などと説明し,安全で確実にもうかる取引である旨及びハイブリッド取引を行うには200万円以上の資金が必要である旨述べた。

1審原告は,Bの説明がよく理解できなかったが,危険性は低く確実にもうかるという説明を信じて1審被告会社に委託して商品先物取引をする気になったが,動かせる資金が50万円しかなかったところ,Bは,「この50万円をうまく運用して利益を出しますから,その利益でハイブリッド取引をしましょう。」と述べた。

1審原告は,上記説明を信じて本件取引委託契約を締結し,本件取引を開始した。

なお,1審原告が1審被告会社から資料の交付を受けた時期は不知であり,口座開設申込書(甲1)の収入等に関する記載は,1月24日に口座開設申込書を作成した際,Bが,資産の状態は上記(ア)のとおりであると申告した1審原告に対し,「年収も流動資産も多めに書いていただいた方が面倒がないので,年収は1000万円と書いて下さい。流動資産は,3500万円にして下さい。」と言い,また,投資可能資金額も1000万円と記入するよう指示したため,1審原告がそのとおり記載したにすぎない。

また,Bは,1審原告に,1審被告会社からの確認の電話に対しても,全部,口座開設申込書に書いてあるとおりだと答えるよう指示した。

1審原告が1審被告会社に預託金を持参したのは,家族に知られたくなかったためである。その際,1審被告会社のEと名乗る者から,口座開設申込書の記載内容について電話で確認されたが,1審原告は,Bの指示通りに回答した。

(エ) 投資勧誘に際しては,投資者の知識,経験,投資目的及び財産状況等に鑑みて,不適合な取引を勧誘してはならない。商品先物取引は,その仕組みや値動きが複雑で,投機性が高く,損失額も巨額であるから,商品取引所法215条,金融商品取引法40条1項等により,商品市場における顧客の知識経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる場合の勧誘受託等が禁止されている。

そして,商品先物取引の委託者の保護に関するガイドライン(以下「ガイドライン」という。)において,一定以上の収入(年間500万円以上を目安とする。)を有しない者に対する勧誘は原則として不適当と認められるところ,上記のとおり,1審原告の当時の収入は赤字の状態であったから,適合性原則違反は明らかである。

また,適合性原則は,商品取引員の調査義務を含むものであるが,本件取引委託契約における投資可能資金額等の決定に当たり,Bは,決算報告書その他の書類の確認など必要な調査をせず,同人が主導して口座開設申込書に虚偽の数字を記入させたものであり,この点からも,適合性原則違反は明らかである。

(1審被告らの主張)

(ア) 本件取引委託契約締結当時の1審原告の年齢及び1審原告が●●●を営んでいることは認めるが,その余の年収や資産等は不知ないし否認する。

(イ) 1審原告は,平成17年1月ころから本件取引開始時まで約3年間,少なくとも5社との間で対面による商品先物取引をしていた取引経験者であり,商品先物取引のリスクもよく理解していた。

また,1審原告は,本件取引の前後を通じてインターネットによりアイディーオー取引を行い,インターネットを利用していくつかの商品先物取引サイトを見て情報を得るなど,商品先物取引に詳しく,積極的に,自分の考えで本件取引をしていた。

(ウ) Aは,1月7日午前中,1審原告に電話を掛け,1審被告会社の営業案内をして一度会って説明を聞いてほしい旨述べたところ,1審原告が同日午後1時ころなら良いと述べたため,同日午後,●●●を訪問し,「商品先物取引-委託のガイド(第15版),同別冊(第27版)」(乙3の1,2),ハイブリッド取引のパンフレット,価格差チャート等の資料に基づいて,1審原告に,商品先物取引の仕組み,取引証拠金制度,商品先物取引の危険性及びハイブリッド取引の手法等を説明し,これらの資料を1審原告に交付した。1審原告は,資料送付や情報提供を受けたいとアンケートに回答した。

そして,1審原告は,1月9日及び同月23日にもA及びBから,チャートの見方などの説明を受けた。

1月24日,Bが●●●を訪問し,3時間余り1審原告と面談して商品先物取引のリスク等を説明した上で,1審原告は,口座開設申込書を作成した。その際,Bが口座開設申込書に虚偽の内容を記入する旨の指示をした事実はない。Bが,1審原告に,「年収は前年度の税込み額を記入してください,流動資産は預貯金などの金融資産をお願いします,投資可能資金額は先物取引で全部なくなっても生活に支障のない範囲でお願いします」と説明したところ,1審原告は,税込み年収金額1000万円,流動資産額3500万円,投資可能資金額1000万円と記載したものである。その際,1審原告は,流動資産について「まだ他にもあるが,今回はこれで。」と述べた。

1月25日に1審原告が1審被告会社を訪問した際,取引相談室室長のE(以下「E」という。)が1審原告と面談し,商品先物取引の理解度や取引意思,口座開設申込書の記載内容等について確認した結果,Eは,1審原告につき顧客としての適合性に問題はないと判断した。

よって,1審原告は商品先物取引の適合性を有する。

(エ) 個人情報の問題のため,商品先物取引の受託者には,委託者の資産について,その預金通帳や決算報告書を提示させて調査をすることまでは,監督官庁等から要求されていない。

イ 断定的判断の提供(②)

(1審原告の主張)

(ア) 上記のとおり,Bは,1審原告に,「今回私がお勧めしているのはハイブリッド取引です。この取引手法は当社が開発したもので,コンピューターを使って値動きを分析して商品を買って,2つの取引の利ざやを取る取引です。」,「この50万円をうまく運用して利益を出しますから,その利益でハイブリッド取引をしましょう。」などと安全で確実にもうかる取引である旨述べたため,1審原告は,その説明を信じて本件取引委託契約を締結し,本件取引を開始した。

(イ) Cは,1月28日に「すぐに両建をしないと預けた証拠金はなくなる。ここでお金を入れて両建にすれば必ず取り返せる。」と述べて,1審原告に追加の証拠金を出すよう迫り,その後も,1月30日に「一時的に相場が逆に行っているだけで,取戻せる。」と言った。

しかし,その後,損が拡大し,Cに不信感を抱いて同人と口論になった1審原告に対し,Cの上司であったDは,2月20日ころ,「自分はCとは違う,自分ならCが出した損を取戻せる。」と1審原告に請け負った。

(ウ) さらに,本件取引が強制決済によりいったん終了した後,返金を求める1審原告に対し,本件従業員らは,「損を取戻せる。」などと執拗に再度の取引を迫った。

(エ) 商品取引所法214条1号は,断定的判断の提供を禁止しているところ,本件従業員らの上記各発言は,1審原告に対する断定的判断の提供に該当する。

(1審被告らの主張)

1審原告主張の本件従業員らの発言は否認する。

断定的判断の提供というためには,単に表面上の言葉自体ではなく,それが顧客の冷静な判断(自己決定権)を妨げたかという実質面を問題とすべきである。本件取引では,本件従業員らが,1審原告の自己決定権を侵害したことはない。

ウ 説明義務違反(③)

(1審原告の主張)

(ア) 商品取引所法217条は,同法104条に規定する記載内容の「契約締結の際の書面(委託のガイド等)」の交付義務を定め,日本商品先物取引協会の定める受託等業務規則は,委託者に対し,「取引の仕組み及びその投機的本質及び預託資金を超える損失が発生する可能性」並びに「取引のために委託した証拠金額をはるかに超える金額の取引を行っている事実及び委託追証拠金制度の概要」についての説明義務を定めている。

委託者にとって,商品取引員が商品先物取引の唯一の窓口であり,商品取引員から提供される情報がその投機判断の決定的な拠り所になることや,商品取引員及びその従業員に課されている商品先物取引委託契約上の高度の善管注意義務及び誠実公正義務によれば,委託者に対する説明義務の内容は,上記法令等に規定されたものに限られず,また,抽象的危険性の説明ではなく具体的危険性の説明をしなければならず,顧客がそれを理解できなければならない。

さらに,高額な取引委託手数料に鑑みれば,商品取引員の説明義務は,委託者の投機判断にとって必要かつ適切な情報提供義務を含むと解すべきである。

(イ) しかし,本件従業員らは,上記説明義務を果たさなかったのみならず,1審原告に対し,手数料が莫大な金額になっている事実や値洗い損が出ていることを告げず,両建の片方を仕切っただけの状態で,利益が出ているなどと説明して1審原告を誤解させ,投資額を引き上げていって多額の損害を被らせており,説明義務違反がある。

(ウ) また,Dは,2月20日以降,「追証がかかっている件については,本店長である自分の権限で止めておくから」などと言って,1審原告に証拠金を追加するよう求めたが,当時,東穀コーンの売建玉50枚の追証拠金と,買建玉100枚の本証拠金が必要になっていたはずなので,Dの上記説明は虚偽である。

Dは,1審原告に,3月25日に600万円の追証拠金がかかった旨を連絡してきたが,同日及び同月18日の取引で得た利益金を不足証拠金に充てることが可能であったから,追証拠金を求めるのは虚偽説明又は説明不足である。

(1審被告らの主張)

1審原告主張の本件従業員らの発言は否認する。

本件従業員らは,商品先物取引業界で要請されている説明は行い,要請されていない説明はしていないが,前者の説明で足りる。委託者が説明を理解したか否かは,基本的に,委託者が理解したという言葉を発したか否かで行っている。

エ 過当取引(無意味な反復売買)(④)

(1審原告の主張)

(ア) 商品取引員及びその外務員は,委託者に対し,善管注意義務,誠実公正義務を負い,委託者の知識,経験及び資産収入に鑑み,委託者にとって過大な取引を行わせないようにすべき注意義務があり,また,委託者の利益を損なう取引を行ってはならない注意義務を有する。

しかるに,本件従業員らは,別紙「建玉分析表(訂正後)」記載のとおり,「直し」「途転」「日計り」「両建」「手数料不抜け」といったいわゆる特定売買の手法を多用することにより,自らの手数料稼ぎのために,1審原告の利益を損なう無意味な反復売買を行った。

(イ) 月間売買回転率(全取引回数を取引日数で除し,これに30を乗じて得られる数値)が3回を超えれば違法な反復売買が推認されるべきところ,本件取引の月間売買回転率は,13.34回である。

(ウ) 手数料化率(差引損金に占める手数料の割合)が高い場合,商品取引員が,自己の利益のために委託者の利益を犠牲にしようとしたことが推認される。主務省がチェックシステムなどの実施に当たり,手数料化率を10%以下にすべきよう指導したとの報道によれば,手数料化率が10%を超えれば,違法な反復売買が推認されるべきところ,本件取引の手数料化率は,105.58%である。

(エ) 主務省が特定売買比率を20%以下にするよう指導したとの報道によれば,特定売買比率(全取引に占める「直し」,「途転」,「両建」,「日計り」及び「手数料不抜け」の割合。仕切件数基準。異限月含む。)が20%を超えれば,違法,無意味な反復売買が推認される。別紙建玉分析表(訂正後)のとおり,本件取引の特定売買比率は78.79%(1つの取引が複数の特定売買に該当している場合は1つと数えると69.59%)である。

(オ) 本件取引は,月間売買回転率,手数料化率及び特定売買比率のいずれの観点からも違法と推認され,これらを正当化できる特段の事情もないから,本件取引には,過当取引(無意味な反復売買)の違法がある。

(1審被告らの主張)

(ア) 農水省や経産省(通産省)が,月間売買回転率,手数料化率及び特定売買比率につき,1審原告主張のような指示や指導をした事実はない。

なお,農水省が通達(63食流第6050号)により平成元年4月1日から実施した「委託者売買状況チェックシステム」や,通産省(当時)の「売買状況に関するミニマムモニタリング」は,平成11年4月1日,通達(11食流第860号等)により廃止されている上,そもそも,規制措置としての位置づけはなかった。

(イ) 月間売買回転率につき,現在では,株式取引でも商品先物取引でも「デイトレード」として日計りが隆盛であり,値段の上下変動性が高い商品先物取引において,短期回転売買は必須であり,一般の投資家にとっての王道であるから,月間売買回転率を問題にすること自体が不相当である。

(ウ) 損益額は相場の変動や委託者の仕切りの仕方に左右されるものであって,手数料化率は偶然的な数字である上,売買差損金が大きくなれば,かえって手数料化率は下がる。また,手数料化率には利益が生じた売買の手数料も計上して計算しているが,利益となった取引の利益額が大きければ大きいほど,総損失額が小さくなるため,手数料化率が高くなる。よって,手数料化率を問題にすること自体が不相当である。

(エ) 特定売買は,売買仕法の基本である。上記のとおり,一般の投資家にとって日計りは基本であるところ,日計りは必然的に直しか途転となり,場合によっては手数料不抜けとなるから,特定売買比率を問題にすること自体が不相当である。

なお,農水省の「委託者売買状況チェックシステムの実施に関する細目」別記1「委託者売買状況チェックシステム報告書等作成要領」(以下「チェックシステム報告書等作成要領」という。)及び全国商品取引所連合会の手引き書(乙30)に従って本件取引の特定売買をカウントすると,特定売買比率は46.15%にすぎない。そして,1審原告が自らの判断で行ったアイディーオー取引について,上記と同様の方法によってカウントすると,売買回数127回中,直し24回,途転8回,日計り23回,両建23回,不抜け0回の合計60回が特定売買に該当し,特定売買比率は47.24%となり,本件取引における特定売買比率とほとんど差がないことが分かる。

オ 一任売買又は実質的一任売買を利用した手数料稼ぎ(⑤)

(1審原告の主張)

本件取引は,本件従業員らが提案した限月の商品,数量を購入しているのみであり,1審原告は,自分が何をどれだけ買ったか正確に把握できていない状態であったから,数量,対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項について,顧客の指示を受けないでその受託を受ける一任売買ないし,形式的には委託者の指示や承諾があるものの,実質的には顧客が外務員のいいなりになって取引をしている実質的一任売買であり,本件従業員らは,上述のような合理性のない特定売買を勧めるなどして手数料稼ぎを行った違法がある。

具体的には,Cは,番号2の取引の注文枚数について1審原告の了解を取らず,番号8の取引を1審原告に無断で行い,2月12日の週に行った取引の多くを1審原告に無断で行った。

(1審被告らの主張)

本件取引は,Bや,本店取引部チーフアドバイザーのCらが,電話又は面談により,その都度,1審原告との間で注文内容及び取引に必要な取引証拠金額等を確認して,1審原告から取引を受注したものである。

また,成立した売買については,担当者が電話で報告し,1審被告会社から1審原告に「売買報告書及び売買計算書」(乙17の1ないし25)を送付して確認を求め,毎月1回,「残高照合通知書」を送付しているほか,Bらが1審原告と面談した際には,その時点における「残高照合書」(乙18の1ないし11)を持参して取引の状況を説明し,1審原告から間違いない旨の確認を得ている。

さらに,本件従業員らが1審原告に電話を掛けた回数は147回であるが,そのうち,受注に至っているのは43回で,残り104回の架電は取引の成立結果の報告や担当者からの市況連絡等であり,1審原告が取引の勧誘を受けても売買をしないことの方が多かった。

カ 取引継続段階における適合性原則違反(⑥)

(1審原告の主張)

(ア) ガイドラインの「1.」の定義にあるように,適合性原則は,既に取引を行っている顧客が取引枚数を増やす場合にも妥当するところ,ガイドラインの2の(注2)は,「既に商品先物取引によって損失(評価損を含む。)及び手数料並びに手数料に係る消費税(以下「損失額等」という。)が発生している場合には,顧客が当初届け出た投資可能資金額から当該損失額等を控除した額を,当該顧客の投資可能資金額とする。」旨規定している。

(イ) 1審原告は,Bの指示により,投資可能資金額を1000万円と申告して本件取引を開始したものであり,この金額を基準としても,本件取引当初から,値洗い損や手数料により投資可能資金額が大きく減少していたにもかかわらず,本件従業員らは,1審原告に利益が出ている旨の虚偽の説明をして投資可能資金額を上げさせた。

1審原告は,投資資金にする予定のなかった定期預金を解約したり,株式やアイディーオー取引における建玉を処分したり,●●●の事業資金を回すなどして,証拠金を用意せざるを得なかった。

(ウ) なお,確定利益の計上により投資可能資金額を増額する旨の申出書(甲17の1ないし5)は,1審原告が,利益が出ている旨の上記のようなCの説明を信じて,同人に指示されるまま作成したものにすぎない。

(1審被告らの主張)

1審原告は,自らの判断で,確定利益を投資可能資金額に計上して投資可能資金額を増額したものである。

キ 返金拒絶(⑦)

(1審原告の主張)

4月9日,本件取引は1審被告会社により強制決済された。1審原告は,預託金残金1476万5950円の返金を求めたが,Dが,2時間近くにわたって執拗に取引の再開を求め,上記預託金残金のうち1340万円を再度の取引の証拠金に充てさせた。これは,違法な返金拒絶に該当する。

なお,この時点までの取引において,1審原告には582万4000円の売買による利益が生じていたが,委託手数料(消費税込み)が1526万8050円に上っていたため,差引損金は約944万円となっていた。

(1審被告らの主張)

1審原告は,自己の判断により,損を取戻す目的で,上記1340万円を再度の取引の証拠金に充て,4月11日に取引を再開した。

ク 満玉及び利乗せ満玉(⑧)

(1審原告の主張)

本件従業員らは,1審原告が委託した証拠金のほぼ全額又はこれを超えて建玉を繰り返しているところ,これは,顧客が委託した証拠金全額を使って玉を建てる満玉や,取引によって発生した確定益金を計算上委託証拠金に振り替え,その増加した委託証拠金で建玉可能な限度いっぱいの取引を継続する利乗せ満玉に該当する。これらの手法は,顧客の取引上の危険と引き替えに1審被告会社が得られる手数料を増加させるものである。

特に,強制決済後につき,Dは,1審原告が追証拠金を出せないことが分かっていたはずであるのに,預託証拠金額いっぱいの建玉を続けたことは,極めて問題のあるものである。

(1審被告らの主張)

争う。

ケ 差玉向かい及びこれについての説明義務違反(⑨)

(1審原告の主張)

(ア) 商品取引員が,同一の種類及び限月の商品ごとに,委託玉(委託に基づく取引)の売付けと買付けを集計し,売付けと買付けの数量に差がある場合に(以下,この差を「差玉」という。),差玉の全部又は一部に対当する自己玉(商品取引員が自己の計算をもってする取引)を建てることを差玉向かいという。

そして,差玉向かいが行われている場合,委託者において生じた売買損は受託業者の売買益に転化し,委託者が売買益を上げることは受託業者の売買損となるから,受託業者と顧客総体との間で恒常的な利益相反関係が作出されることになる。

(イ) 1審被告会社は,本件取引において,1審原告が取引していたNon-GMO大豆(以下「N大豆」という。),とうもろこし及び一般大豆につき,差玉向かいを行っていた。

1審被告会社の差玉向かいは,取組高ベースにおける差玉向かいの手法のみならず,個々の売買の場面で,1審原告の委託注文に対して自己玉による反対ポジション注文を対当させて売買を成立させていたものであり,「全量向かい玉」に等しく,「呑み行為」と等価の強度の違法性を有する。また,1審被告会社は,顧客に提供する情報を操作することにより,委託者の注文を操作して委託玉間の売買の対当を実現させることもしていた。

このような差玉向かいを基礎とする1審被告会社の収益構造は,顧客の犠牲において自己の利益を実現するものであり,1審被告会社が「客殺し商法」をしていたことは明らかである。

(ウ) 少なくとも,特定の種類の商品先物取引について差玉向かいを行っている商品取引員が,専門的な知識を有しない委託者との間で商品先物取引委託契約を締結した場合には,商品取引員は,上記委託契約上,商品取引員が差玉向かいを行っている特定の種類の商品先物取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負い,委託者が上記の説明を受けた上で上記取引を委託したときにも,委託者において,どの程度の頻度で,自らの委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となっているのかを確認することができるように,自己玉を建てる都度,その自己玉に対する委託玉を建てた委託者に対し,その委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となったことを通知する義務を負う(最高裁平成20年(受)第802号同21年7月16日第一小法廷判決・民集63巻6号1280頁(以下「平成21年判決」という。)参照)ところ,本件従業員らは上記の説明や通知を怠った。

1審原告は,N大豆,とうもろこし及び一般大豆の商品先物取引について,専門的な知識を有しない者である。

(1審被告らの主張)

(ア) 商品取引員は,取引所の会員であり,商品取引法上,自ら商品市場において売買取引をする権利を有する。商品取引員の計算においてする取引も,他人の委託を受けて委託者の計算においてする取引も,いずれも商品取引員の名においてするものであり,各委託者の注文はその個性を失う。仮に,将来の相場変動で商品取引員の自己玉に利得が生じたとしても,それは,値動きにより取引が成立した不特定の相手方から利益を得たものであり,当該委託者から利益を得たものではない。

自己玉を建てるときではなく,仕切るときに,同時に反対ポジションの委託玉を仕切れば,利益相反が生じる可能性があり,差玉向かいを恒常的にしていると,建玉及び仕切りを機械的に行っていても,上記可能性があるから,差玉向かい玉を建てることは,将来,利益相反になる可能性があると平成21年最判は述べるが,商品取引員は,自己玉により利益を得る目的で差玉向かい玉を建てるのではなく,取引所との帳入差金のやり取りを少なくするために差玉向かい玉を建てるにすぎない。自己玉の仕切りにより損をしても,委託者からの手数料収入が上がるため,長い期間で考えればプラスマイナスゼロになるし,商品取引員にとっては,顧客である委託者が儲けて取引を継続して手数料を支払ってくれるほうが望ましい。

(イ) 本件取引中,14回の取引について,1審被告会社が1審原告の仕切玉と対当する自己玉(建玉,落玉を問わない。)を入れることにより売りと買いの枚数がほとんど同枚数となったことは認めるが,その余の1審原告の主張は否認ないし争う。

1審原告が差玉向かいであると主張している取引の中には,売りと買いの枚数が均衡しておらず,大きくかけ離れているものも含まれており,このような取引まで差玉向かいであると主張するのはおかしい。

なお,平成21年最判は,委託者全体の総益金と委託者全体の総損金の差を問題にしているのであって,特定の委託者の特定の取引日の損金,益金を問題にしているのではないから,1審原告の主張する差玉向かいは,平成21年最判のいう差玉向かいとは別個のものである。

なお,上記14回の取引の売買差損益金は98万2500円の損失,税込み手数料は557万6550円で,差引損金は655万9050円となり,売買益が出た取引と売買損が出た取引の割合は半々である。

(ウ) 本件従業員らが差玉向かいについて1審原告に説明しなかった事実は認めるが,その余の1審原告の主張は否認ないし争う。

差玉向かいについて上記(ア)で述べたとおり,商品取引員が差玉向かいを行っていることが,商品取引員が提供する情報一般の信用性に対する委託者の評価を低下させる可能性が高く,委託者の投資判断に無視することができない影響を与えるという社会的事実はない。平成21年最判が述べる説明義務は,本来,政策的義務でしかないものであり,市場における一般人のレベルよりも遅れた立場からの議論である。

また,1審原告は,専門的知識を有しない委託者には該当しない。

コ まとめ

(1審原告の主張)

本件従業員らの勧誘行為及びその後の受託業務には,上記のような違法な点があり,1審原告に対する不法行為が成立する。

(1審被告らの主張)

本件従業員らの行為に違法な点はなく,1審原告は,自己の意思と判断で本件取引を行ったのであるから,その結果生じた損失が1審原告に帰属することは当然である。

(2)  過失相殺

(1審原告の主張)

1審原告が他社との間で商品先物取引を経験していたとしても,1審被告会社の差玉向かいのような意図的,組織的,欺瞞的受託業務の前では,その経験は無力であるし,委託者において,業者が差玉向かいや取組高均衡仕法を行い,委託者が損をすればするほど利益が上がり,委託者が利益を得ると業者が損をする仕組みになっていることなど到底知り得ないことであるから,本件において過失相殺をすることは許されない。

そもそも,取引的不法行為,特に消費者被害事案では,被害者に発生した損害こそが業者にとっての利益になっているから,過失相殺が認められれば加害者側の「やり得」を許すことになる上,加害者は被害者に落ち度があることを前提に取引で利益を上げているのであるから,過失相殺をすべきではない。

また,詐欺にも等しい財産奪取行為を企図し実行していた1審被告らが,過失相殺を主張することは信義則に抵触する。

(3)  1審原告に生じた損害

(1審原告の主張)

1審原告に生じた損害は,次の合計2475万9955円である。

ア 差引損金 2150万9050円

イ 慰謝料 100万円

1審原告は,本件取引に引きずり込まれたことにより,老後の生活資金や●●●の運転資金を奪われ,家族らに本件取引により生じた損失が露見することにおびえる毎日を送っている。1審原告が被ったこのような精神的苦痛を慰謝するには100万円が相当である。

ウ 本件訴訟追行のための弁護士費用 225万0905円

(1審被告らの主張)

いずれも否認ないし争う。

(4)  1審被告らの責任原因及び法的根拠

(1審原告の主張)

ア 1審被告会社は,本件従業員らの不法行為について民法715条1項により1審原告に対し損害賠償責任を負うほか,1審原告に対し,組織体としての企業活動において不法行為をしたものであるから,民法44条1項,709条ないし会社法350条による損害賠償責任を負う。

イ 1審被告Y1は,本件取引当時,1審被告会社の代表取締役であり,本件従業員らの不法行為について,1審原告に対し,会社法429条ないし民法715条2項による損害賠償責任を負う。

(1審被告らの主張)

争う。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,本件取引につき,C及びDが,取引委託契約の本旨に反して手数料稼ぎのために1審原告に過当過大な取引をさせたこと及び差玉向かいについての説明を怠ったことについて1審原告に対する不法行為が成立し,1審被告会社はその使用者責任を負うが,1審原告もまた,商品先物取引がハイリスク・ハイリターンであることを十分に承知しながら短期間に多額の利益を得ようとして商品先物取引を行ったものであり,5割の過失相殺をするのが相当であるから,原判決中,1審被告会社に対して,差引損金の5割である1075万4525円及び弁護士費用110万円の合計1185万4525円並びにこれに対する平成20年4月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた部分は相当であるが,本件取引当時,1審被告Y1が1審被告会社の代表取締役の地位にあったとは認められないから,1審原告の1審被告Y1に対する請求は理由がないものと判断する。

その理由は,以下のとおりである。

1  前提事実,証拠(甲1ないし7,10ないし18,35ないし37,乙1ないし25,29ないし31,証人C,証人D,1審原告本人(書証は枝番を含む。証人及び本人はいずれも原審。以下同じ。))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(特に関連の深い証拠を末尾に掲記する。)。

(1)  1審原告の属性等

ア 1審原告は,本件取引委託契約締結時,66歳であった。

1審原告は,●●●の屋号で自営業をしながら,母が営んでいた葬具店の手伝いをしていたが,平成11年4月に店主の地位を継ぎ,●●●の屋号で葬祭業を営んでいた。●●●は,1審原告とその実弟の2名が中心となって業務を行い,親族のF及びGが少額の給料賃金の支払を受けているが,その余の従業員はいない。平成19年の確定申告書記載の●●●の売上金額は775万9317円で,経費を控除した営業等所得金額はマイナス174万2015円である。1審原告は,公的年金等収入104万0994円及びその他17万4793円の収入があった。(甲11,1審原告本人)

イ(ア) 1審原告は,平成17年ころから,カネツ商事株式会社,岡藤商事株式会社,岡地株式会社,株式会社小林洋行,豊商事株式会社及びアスカフューチャーズ株式会社で対面の貴金属等の商品先物取引を行い,平成20年1月当時,アスカフューチャーズ株式会社において証拠金50万円程度の取引が継続していたが,ほかの5社との取引は,いずれも損失を出して終了していた。その損失の額は,いずれも100万円ないし200万円であった。(1審原告本人)

(イ) また,1審原告は,平成19年1月ころ,アイディーオー証券株式会社との間でインターネットによる商品先物取引委託契約を締結し,本件取引の前後を通じて,自分でパソコンで値動きを調べて発注する方法で,貴金属(金,白金)や灯油についてインターネットによる商品先物取引(アイディーオー取引)を行い,平成19年は年間で約400万円の取引益を上げていた。そして,1審原告は,原審で本人尋問が実施された平成23年7月時点でも,約500万円の証拠金を預託してインターネットによる商品先物取引を継続していた。(乙25,1審原告本人)

(2)  本件取引委託契約締結に至る経緯

ア Aは,1月7日,1審原告に電話を掛けて1審被告会社の営業案内をし,一度会って説明を聞いて欲しいと述べ,1審原告はこれを了承した。Aは,同日午後,●●●を訪問し,商品先物取引委託のガイド(第15版)及び同別冊(第27版)(乙3。以下,併せて「商品先物取引委託のガイド」という。),ハイブリッド取引のパンフレット,価格差チャート等の資料を示して,1審原告に,商品先物取引の仕組み,取引証拠金制度,商品先物取引の危険性及びハイブリッド取引の手法等を説明した。(乙23,弁論の全趣旨)

その際,Aは,ハイブリッド取引について,「この取引手法は当社が開発したもので,コンピューターを使って値動きを分析して商品を買い,2つの取引の利ざやを取る取引です。」と説明するとともに,ハイブリッド取引は,片方がマイナスになっても他方がプラスになるため,値動きが激しくても単品の取引に比べてリスクが低減されること,ハイブリッド取引を行うには200万円以上の資金が必要であることを述べた。(甲10,18,1審原告本人,弁論の全趣旨)

1審原告は,Aの説明に興味を示し,アンケート(乙5)に,投資経験について,株式現物取引及び商品先物取引を継続中である旨,今後について,資料送付や情報提供を受けたい旨回答した。

イ Aは,1月9日,●●●を訪問し,1審原告に対し,ガソリンと原油の組合せによるハイブリッド取引の価格差チャートの見方や取引タイミング等について説明した。(弁論の全趣旨)

ウ Aの上司であるBは,1月23日,●●●を訪問し,N大豆のチャート等を示して相場状況の説明などをしたところ,1審原告は,翌日午後3時ころに再度来て欲しい旨述べた。(弁論の全趣旨)

エ Bは,1月24日,●●●を訪問した。1審原告が証拠金約50万円を預託して取引委託契約を締結する意向を示したため,Bは,1審原告に対し,商品先物取引委託のガイド等に基づいて,取引の仕組み,リスク,投資可能資金額,証拠金及び1審被告会社が定める委託手数料について説明し,これらの資料を交付した。1審原告は,取引口座開設申込書(甲1,乙6)に税込み年収額1000万円,流動資産額3500万円,投資可能資金額1000万円と記載して同申込書を作成し,「委託のガイド」アンケート(乙7)に上記各説明についていずれも理解している旨回答し,「受託業務管理規則の重要なポイント,商品先物取引の重要なポイント」と題する書面(乙8)及び「相場が逆に動いたとき」と題する書面(乙9)に署名押印した。その際,1審原告は,実際の年収は赤字である旨は告げなかった。(甲1,乙2ないし9)

上記乙8号証の「商品先物取引の重要なポイント」欄の冒頭には,「商品先物取引(ハイブリッド取引も含む)は投機です。」及び「元本保証,利益保証は一切ありません(ハイブリッド取引も同様です。)」と記載されている。

オ 商品先物取引委託のガイドには,商品先物取引の仕組みや証拠金についての説明,商品先物取引は元金や利益が保証されたものではないハイリスク・ハイリターンの取引である旨,商品取引員は法令により次の(ア)及び(イ)記載の各行為や損失補てん等が禁止されている旨,その他注意すべき事項として,取引の最終的な判断は必ず自分ですべきであること,上記禁止行為等に該当することがあれば,躊躇することなく,直ちに商品取引員の管理部等の顧客相談窓口又は日本先物取引協会の相談センターに申し出るよう求める旨が記載されている。(乙3)

(ア) 商品取引法214条による商品取引員の禁止行為

① 顧客に対して,不確実な事項について断定的判断を提供し,又は確実であると誤認させるおそれのあることを告げて勧誘すること

(中略)

⑧ 同一の商品取引所の同一の商品について,同一の限月の売建玉と買建玉を同一枚数保有することを顧客に対して勧めること

(イ) 商品取引所法施行規則103条による禁止行為

① 証拠金の返還の請求,顧客の指示の遵守など,顧客に対する債務の履行を拒否し,又は不当に遅延させること

② 故意に,顧客の取引と自己の取引を対当させて,顧客の利益を害することとなる取引をすること(いわゆる向かい玉)

③ 顧客からの指示を受けずに,無断で顧客の取引として取引をすること(顧客が所定の日時までに証拠金を預託しなかった場合や商品取引所による取引の制限等,「準則」に定める場合を除く。)

(中略)

⑦ 転売又は買戻しにより取引を決済する意思表示をした顧客に対し,引き続きその取引を行うよう勧めること(いわゆる「仕切拒否」)

(中略)

⑨ 同一の商品取引所の同一の商品について,同一の限月の売建玉と買建玉を異なる枚数保有する取引,異なる限月の売建玉と買建玉を同一枚数保有する取引及び異なる限月の売建玉と買建玉を異なる枚数保有する取引を,その取引を理解していない顧客から受託すること

カ 1審原告は,1月25日,1審被告会社を訪問し,1審被告会社取引相談室室長のEから,電話で口座開設申込書の記載内容について確認を受けた後,「約諾書及び通知書」(乙1)を1審被告会社に差し入れ,本件取引委託契約を締結するとともに52万円を証拠金として預託し,N大豆08年12月限月買建20枚を発注した。(甲4の1,10,乙1,12,17の1,22,弁論の全趣旨)

キ 1審被告会社は,上記N大豆の買建につき,取引の内訳,手数料の額,差引損益金,値洗損益通算額等について記載された「売買報告書及び売買計算書」を1審原告に送付し,その後の各取引についても同様に,取引日ごとに「売買報告書及び売買計算書」を1審原告に送付した。(乙17)

(3)  本件取引の経緯Ⅰ(1月28日から4月9日まで)

ア 1月28日午前中,Dが1審原告に電話を掛けて30分近く通話し,N大豆の価格が下落していることなどを告げて同商品の売建を提案した。1審原告は,N大豆08年6月限月売建100枚を発注し(番号2の取引),番号1の買建玉と限月及び枚数の異なる両建となった。また,上記取引により,証拠金が260万円不足することになった。(乙17の2,18の1,24,31の1)

1審原告は,同日午後,1審被告会社を訪問し,保有する建玉の商品名,限月,約定年月日,値洗損益金(番号1の買建玉の値洗損金が42万円である旨),証拠金の額等が記載された残高照合書を確認し,現金260万円を証拠金として預託した。(甲4の2,乙18の1,23)

また,1審原告は,「お取引きについてのアンケートⅠ」に,商品先物取引がハイリスク・ハイリターンとなる取引であり,急激な相場の変動により証拠金以上の損になることを知っている旨,商品先物取引委託のガイドの内容を理解している旨,取引の判断や売買の注文は自身の判断で行っている旨,値動きの確認をインターネットで毎日している旨,損益の計算を毎日している旨,取引回数や売買回数が多くなれば,その分手数料も多くなることを知っている旨及び売買報告書を確認した旨回答した。(乙13)

イ 1審原告は,1月29日午前,Cの提案により,番号2の売建玉(N大豆08年6月限月)を仕切って(番号3の取引)約175万円の売買差益金を得ると,直し及び利乗せ満玉となるN大豆08年10月限月売建167枚を発注した(番号4の取引)。そして,同日午後,番号4の売建玉を建玉時と同じ値段で仕切って手数料約35万円の売買差損金を出すとともに(番号5の取引),直しとなるN大豆08年12月限月買建150枚を発注した(番号6の取引)。そして,上記売買差益金から約140万円を証拠金に振り替えた。その時点の売買差損益累計(別紙「建玉分析表(訂正後)」の「差引損益累計」欄の金額)は約140万円の利益で,保有する建玉の値洗損益通算額から仕切時に予想される委託手数料(仮委託手数料)を差し引いた金額である仮差引損益通算額(以下,マイナスの場合は「含み損」といい,プラスの場合は「含み益」という。)は,約143万円の含み損であった。(乙12の1,17の3)

なお,上記の番号5の取引は,同日内に売り建てた玉(番号4の売建玉)を建玉時と同じ値段で仕切ったものであり,合理性に疑いのある取引である。

ウ 1審原告は,1月30日,Cの提案により,N大豆08年10月限月売建170枚を発注して両建とし(番号7の取引),保有する建玉の値洗損金が441万円である旨及び証拠金が約872万円不足している旨等が記載された残高照合書を確認した。Cは,1審原告に,証拠金が約880万円不足しているから預託してもらう必要がある旨伝えた。(乙17の4,18の2,証人C)

エ 1審原告は,1月31日,450万円を証拠金として1審被告会社の口座に振り込んだ。そして,Cの提案により,番号7の売建玉のうち120枚を仕切り,その1時間後に,直しとなるN大豆08年8月限月売建120枚を発注し(番号8及び9の各取引),番号8の仕切りにより得た売買差益金約210万円を証拠金に振り替えた。同日夕方,Cは,預託金残金を受け取りに1審原告を訪問した。1審原告は,保有する建玉の値洗損金が693万円である旨及び証拠金が約212万円不足している旨等が記載された残高照合書を確認し,現金430万円を証拠金として1審被告会社に預託した。その時点の売買差損益累計は約351万円の利益,含み損は約811万円で,潜在的には約460万円の損失であった。(甲4の3・4,乙12の1,17の5,18の3)

なお,上記売買差益金を証拠金に振り替えたことにより,不足証拠金は約212万円になっていたが,Cは,1審原告にこれを説明せずに430万円を受領した。(証人C)

オ 1審原告は,2月4日午前,Cの提案により,番号10及び11の各取引,途転となる番号12の取引並びに日計りとなる番号13の取引をし,Cから,今出ている利益を証拠金に回せばもっと利益が上がると言われて,利乗せ満玉及び直しとなる番号14の取引を行った。そして,同日午後,「平成20年2月4日現在6,628,100円の利益が出ています。この利益金のうち,660万円を投資可能資金額に計上し1660万円に増額することを申し出致します。」と記載した申出書を作成し,売買差益金から約312万円を証拠金に振り替えた。1審原告は,その際,保有する建玉の値洗損金が798万円である旨及び預り証拠金余剰額が約6万円である旨記載された残高照合書を確認した。その時点の売買差損益累計は約663万円の利益,含み損は約952万円で,潜在的には約289万円の損失であった。(甲17の1,乙12の1,17の6,18の4,弁論の全趣旨)

カ 1審原告は,2月6日,Cの提案により,N大豆について番号15の取引を行うとともに,番号16のとうもろこし(コーン)の取引及び番号17の一般大豆の取引を開始した。そして,Cの勧めに応じて,657万9050円の利益が出ているので,そのうち650万円を投資可能資金額に計上し2310万円に増額する旨の申出書を作成し,売買差益金のうち約655万円を証拠金に振り替えた。その時点の売買差損益累計は約1318万円の利益,含み損は約1007万円で,潜在的に約311万円の利益であった(甲17の2,乙12の1,17の7)

キ 1審原告は,2月7日,Cの提案により,番号18及び19の各取引を行った。そして,Cの勧めに応じて,446万2550円の利益が出ているので,そのうち440万円を投資可能資金額に計上し2750万円に増額する旨の申出書を作成し,売買差益金約438万円を証拠金に振り替えた。その時点の売買差損益累計は約1756万円の利益,含み損は約1169万円で,潜在的に約587万円の利益であった。(甲17の3,乙12の1,17の8)

ク 1審原告は,2月8日,Cの提案により,番号20及び21の各取引を行った。そして,Cの勧めに応じて,167万5000円の利益が出ているので,そのうち160万円を投資可能資金額に計上し2910万円に増額する旨の申出書を作成し,売買差益金約161万円を証拠金に振り替えるとともに,保有する建玉の値洗損金が1571万円である旨等が記載された残高照合書を確認した。その時点の売買差損益累計は約1918万円の利益,含み損は約1810万円で,潜在的に約108万円の利益であった。(甲17の4,乙12の1,17の9,18の5)

また,同日,1審原告は,「お取引きについてのアンケートⅡ」に,商品先物取引の売買は自己責任において行うことを理解している旨,相場が逆に動いたときの対処として,決済・途転・両建・難平・追証等といった売買手法を理解している旨,自身の建玉の値洗い計算(損益計算)ができる旨,投資可能資金額は,損失を被っても生活に支障のない範囲の額で設定している旨,取引内容に異議がある時は直ちに取引相談室へ申し出なければならないことを知っている旨などを回答した。(乙14)

ケ 1審原告は,2月12日,Cの提案により,番号22及び23の各取引を行った。また,同月13日には,Cの提案により,損切りとなる番号24の取引,手数料不抜けとなる番号25の取引,そして番号26の取引,直し及び利乗せ満玉になる番号27の取引並びに日計りとなる番号28の取引を行ったほか,自ら貴金属の取引を申し出て,白金の買建を発注した(番号29ないし32の各取引)。そして,上記2日間で,売買差益金合計約286万円を証拠金に振り替えた。(乙12の1,17の10ないし11)

コ 1審原告は,2月14日午前,前日の白金の買建玉を全部仕切って約667万円の売買差益金を得た(番号33ないし36の各取引)。そして,Cの提案により,新たに08年8月,同年10月又は同年12月限月のパラジウム合計660枚の買建(値段は1535円ないし1544円)を発注した(番号37ないし49の各取引)。同日午後,Cの勧めに応じて,959万8350円の利益が出ているので,そのうち950万円を投資可能資金額に計上し3860万円に増額する旨の申出書を作成するとともに,保有する建玉の値洗損金が約1391万円である旨等が記載された残高照合書を確認し,約694万円を証拠金に振り替えた。そして,Cの提案により,同日午後3時30分,パラジウム08年8月限月の買建玉合計200枚につき,日計りとなる仕切り発注をし(値段は1548円ないし1550円,番号50ないし59の各取引),同日午後3時35分,直しとなるパラジウム08年10月限月買建200枚を発注した(値段は1560円。番号60の取引)。上記の番号50ないし60の各取引は,異限月とはいえ,安い値段で日計りで仕切ったパラジウムの買建玉を,番号60の取引によりその日のうちに高い値段で再度買い建てた(しかも番号57ないし59の各取引は手数料不抜けであった。)合理性のない取引である。その時点の売買差損益累計は約2897万円の利益,含み損は約1626万円で,潜在的に約1271万円の利益であった。(甲17の5,乙12の1,17の12,18の6)

サ 1審原告は,Cの提案により,2月15日午前,パラジウムにつき全部の仕切りを発注した(番号64ないし74の各取引)。そのうち,番号67ないし71の各取引は手数料不抜けであり,番号72及び74の各取引は損切りであった。1審原告は,Cの提案により,同日午後1時,値段3万7250円でとうもろこし09年1月限月売建300枚を発注し,同日午後3時5分,2月6日及び同月7日に建てたとうもろこし09年1月限月売建玉70枚を上記値段よりも高い3万7430円で損切りするという合理性のない取引を行った(番号61ないし63の各取引)。なお,上記番号62及び63の各取引は,1審被告会社が差玉向かいをしていた取引であった。上記とうもろこしの損切りにより約589万円の売買差損金が生じたほか,パラジウムの仕切りでも売買差損金が生じたことや,とうもろこしの売建玉300枚の仮委託手数料などのため,その時点の売買差損益累計は約2097万円の利益,含み損は約2007万円で,潜在的に約90万円の利益にまで減少した。(乙17の13,弁論の全趣旨)

なお,上記300枚の建玉及び70枚の損切りにより,同日時点で1審原告が保有するとうもろこし09年1月限月の売建玉は,560枚となった。

シ ところが,とうもろこしの価格が上がったため追証拠金がかかる状態となり,2月18日,1審原告は,Cの提案により,とうもろこし09年1月限月の売建玉のうち90枚を損切りして約866万円の売買差損金を生じた(番号75の取引)。なお,上記取引は,1審被告会社が差玉向かいをしていた取引であった。その時点の売買差損益累計は約1231万円の利益,含み損は1680万円で,潜在的に約449万円の損失となった。(甲10,乙17の14,23,1審原告本人,弁論の全趣旨)

ス とうもろこしの価格は更に上がり,1審原告は,2月19日午前,Cの提案により,とうもろこし09年1月限月の売建玉合計300枚の仕切りと同時に買建100枚を発注し,限月及び枚数が同一の両建の状態とした(番号76ないし78の各取引)。そして,上記売建玉300枚の仕切りにより約1888万円の売買差損金が生じ,その時点の売買差損益累計は約657万円の損失,含み損は905万円で,潜在的に約1562万円の損失となった。なお,番号76及び77の各取引は,1審被告会社が差玉向かいをしていた取引であった。1審原告は,多額の損失が生じ,約979万円もの追証拠金を要求されたことから,Cを激しく責めた。同日夕方,1審被告会社を訪れた1審原告にDが対応し,Dは,今後は自分が担当して損を取戻すなどと述べて,1審原告の保有する建玉の値洗損金が800万円である旨及び証拠金が約979万円不足している旨等が記載された残高照合書を示して追証拠金を入れるよう求めた。(甲10,乙17の15,18の7,23,24,証人D,弁論の全趣旨)

セ 1審原告は,2月22日,Dの上記言辞を信じる気になって,600万円を証拠金として1審被告会社に振り込み,同月27日,保有する建玉の値洗損金が800万円である旨及び証拠金が約379万円不足している旨等が記載された残高照合書を確認して,現金379万円を証拠金として1審被告会社に預託した。(甲4の5・6,乙18の8,1審原告本人,弁論の全趣旨)

そして,約1か月近く,上記とうもろこしの両建状態の建玉のみを保有したまま,様子を見ていた。

ソ 3月に入ってとうもろこしの価格が下がったことから,同月18日,1審原告は,Cの提案により,とうもろこしの売建玉5枚を仕切って(番号79の取引)約37万円の売買差益金を得て,これを証拠金に振り替えた。なお,上記取引については,1審被告会社は差玉向かいをしていなかった。その時点の売買差損益累計は約619万円の損失,含み損は約942万円で,潜在的に約1561万円の損失となった。(乙12の1,17の16)

タ 1審原告は,Cの提案により,3月25日午前,とうもろこしの売建玉合計95枚を仕切り,同日午後,N大豆の売建200枚を発注した(番号80ないし82の各取引)。1審原告は,上記とうもろこしの仕切りにより約1534万円の売買差益金を得て,これを証拠金に振り替えた。なお,番号81及び82の各取引は,1審被告会社が差玉向かいをしていた取引であった。番号82の取引終了時点の売買差損益累計は約915万円の利益,含み損は約2497万円で,潜在的に約1582万円の損失となり,Cは,1審原告に約688万円の追証がかかった旨伝えた。(甲10,乙12の1,17の17,18の9,1審原告本人,弁論の全趣旨)

チ 1審原告は,3月26日,保有する建玉の値洗損金が2410万円である旨及び証拠金が約689万円不足している旨等が記載された残高照合書を示され,また,同月27日,保有する建玉の値洗損金が2565万円である旨及び証拠金が約689万円不足している旨等が記載された残高照合書を示され,それぞれ追証拠金の預託を求められた。(乙18の9・10)

ツ 1審原告は,3月31日,Dの提案により,N大豆及びとうもろこしの各建玉の一部を損切りして約627万円の売買差損金を出し(番号83ないし85の各取引),250万円を証拠金として1審被告会社に振り込んだ。なお,上記各取引は,1審被告会社が差玉向かいをしていた取引であった。その時点の売買差損益累計は約288万円の利益,含み損は約1772万円で,潜在的に約1484万円の損失となった。(甲4の7,乙17の18)

テ 4月9日,1審原告は,本件取引を終了させる意図で全建玉を仕切り,約1233万円の売買差損金を出した(番号86及び87の各取引)。なお,上記各取引は,1審被告会社が差玉向かいをしていた取引であった。その結果,売買差損益累計は約944万円の損失でいったん確定し,それまでに1審原告が預託した証拠金の返還可能額は1476万5950円となった。(乙17の19,弁論の全趣旨)

(4)  本件取引の経緯Ⅱ(4月11日から同月21日まで)

ア 1審原告は,4月11日朝,1審被告会社を訪問して証拠金残金の返還を求めたが,Dから,損を取戻そうと強く取引再開を提案されて,取引を再開することになり,再取引用申込書(乙15)等を作成し,上記1476万5950円のうち,●●●の営業資金として必要な136万5950円を除いた1340万円を証拠金として1審被告会社に預託した。1審原告は,上記申込書に,税込年収額1000万円,流動資産額8000万円,投資可能資金額2500万円,当初取引予定額1340万円と記載した。また,1審原告は,取引相談室室長のEに対し,本業の業績は厳しい旨告げた。そして,1審原告は,Dの提案により,午前10時30分,N大豆09年2月限月売建200枚及びとうもろこし09年3月限月買建90枚を発注した(番号88及び89の各取引)。(甲4の8,10,15,乙15,17の20,31の5)

イ 1審原告は,4月14日午前,Dの提案により,上記N大豆売建玉200枚を仕切って約593万円の売買差益金を計上し(番号90の取引),これを証拠金に振り替えると,約1時間後に直しとなるN大豆08年8月限月売建340枚を発注し(番号91の取引),午後,そのうち45枚を仕切り(番号92の取引,日計り),さらに一部が直しとなるN大豆09年2月限月売建50枚を発注する取引(番号93の取引)を行った(番号91及び93の各取引は利乗せ満玉となる)。なお,上記番号90及び92の各取引については,1審被告会社は差玉向かいをしていなかった。同日の取引終了時点の売買差損益累計は約348万円の損失,含み損は約545万円で,潜在的に約893万円の損失となり,同月9日時点と比較して損失が約51万円減少した。(乙12の2,17の21)

ウ 1審原告は,4月15日,Dの提案により,N大豆売建玉50枚を値段8万0040円で損切りし(番号94の取引),損切り直しとなるN大豆売建105枚を値段7万2720円で発注し(番号95の取引),とうもろこし90枚を損切りした(番号96の取引)。上記の損切り直しは,同日内で売建玉を仕切った値段よりも高い値段で再度売り建てたもので合理性のない取引であった。

なお,1審被告会社は,番号94の取引については差玉向かいをしておらず,番号96の取引については差玉向かいをしていた。同日の取引終了時点の売買差損益累計は約621万円の損失,含み損は約938万円で,潜在的に約1559万円の損失となった。(乙17の22)

エ 1審原告は,Dの提案により,4月16日午前,N大豆の売建玉合計200枚を仕切って約147万円の売買差益金を計上し(番号97及び,98の各取引),その10分後に途転となるN大豆09年2月限月買建250枚を発注し(番号99の取引),これをその日の内に仕切って約42万円の売買差益金を得る(番号101の取引)と同時に,残っていたN大豆08年8月限月売建玉200枚を仕切って約463万円の売買差損金を出し(番号100の取引),直しとなるN大豆09年2月限月売建玉400枚を発注し(番号102の取引),その日の内に100枚を仕切って128万円の売買差損金を出す(番号103の取引)などの各取引を行った。なお,上記番号97,98,100,101及び103の各取引については,1審被告会社はいずれも差玉向かいをしていた。同日の取引終了時点の売買差損益累計は約1023万円の損失,含み損は約811万円で,潜在的に約1834万円の損失と損が拡大し,証拠金が約963万円不足する状態となった。上記各取引の中には,両建の同時落とし(番号100及び101の各取引),損金を出す日計り取引(番号103の取引)など,疑問を抱かせる取引があるが,Dは,証人尋問において,上記各取引の合理性を説明することができなかった。(乙17の23,18の11,24,証人D)

オ 1審原告は,4月17日,Dの提案により,番号102のN大豆売建玉のうち150枚を仕切って約544万円の売買差損金を出し(番号105の取引),途転及び両建となるN大豆08年12月限月買建150枚を発注し(番号106の取引),その日の内にこれを仕切って約47万円の売買差益金を得た(番号107の取引)が,その後,直し及び両建となるN大豆09年2月限月買建150枚を発注する(番号108の取引)などの各取引を行った。なお,上記番号105及び107の各取引については,1審被告会社は差玉向かいをしていた。同日の取引終了時点の売買差損益累計は約1507万円の損失,含み損は約644万円で,潜在的に約2151万円の損失と損が拡大した。(乙17の24,証人D)

カ 1審原告は,4月21日,全ての建玉を仕切って約644万円の売買差損金を出し(番号110及び111の各取引),本件取引を終了した。なお,上記各取引について,1審被告会社は差玉向かいをしていなかった。

2  争点(1)(本件取引委託契約及び本件取引の違法性)について

(1)  取引開始時の適合性原則違反(①)について

ア 前記認定のとおり,1審原告は,本件取引委託契約締結当時,66歳の自営業者であり,カネツ商事株式会社等で対面による約3年間の商品先物取引経験を有し,商品先物取引受託業者の外務員等による個別の助言なしに行うインターネットでの商品先物取引(アイディーオー取引)も継続中であったこと,1審原告は,1審被告会社に対し,税込み年収額1000万円,流動資産額3500万円,投資可能資金額1000万円と申告したことが認められる。これらの事実によれば,1審被告会社ないし同社の従業員が,1審原告につき,知識,経験,投資目的及び財産状況のいずれの点においても,投資可能資金額1000万円の商品先物取引の適合性を有するものと判断したことにつき,過失があるとは認められず,本件において取引開始時の適合性原則違反があるとは認められない。

イ 1審原告は,本件取引委託契約締結当時の1審原告の収入や資産について,実際の年収は赤字で,流動資産は預貯金500万円,株が1000万円程度であり,1審原告がこれらの金額をBに告げたにもかかわらず,Bが口座開設申込書に虚偽の数字を記載するよう指示した旨主張し,1審原告の供述(甲10,1審原告本人)中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら,1審原告の上記供述部分はたやすく措信できず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって,1審原告の上記主張は採用できない。

ウ また,1審原告は,適合性原則は,商品取引員の調査義務を含むものであるにもかかわらず,Bは,決算報告書等の確認など必要な調査をしていない旨主張するが,商品取引員やその従業員に,委託者になろうとする者の決算報告書等まで調査する義務はないと解するのが相当であるから,1審原告の上記主張は採用できない。

(2)  断定的判断の提供(②)について

1審原告は,本件従業員らが,1審原告に,安全で確実にもうかる取引である旨や,損を必ず取り返せる旨などを告げて,本件取引委託契約の締結や,追証拠金の預託及び取引の継続を求め,1審原告は上記発言を信じて本件取引委託契約を締結し,本件取引を継続した旨主張し,1審原告本人の供述(甲10,1審原告本人)中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら,1審原告は,それまでの他社との取引により商品先物取引で損失を出しており,商品先物取引が安全確実にもうかるものではないことは十分に認識していたはずであること及び前記1(2)オのとおり,1審原告が受領した商品先物取引委託のガイド(乙3)には,断定的判断の提供が禁止されていることのほか,商品取引員の違反行為があった場合の連絡先が記載されているにもかかわらず,1審原告が相談センター等に連絡していないことに照らすと,1審原告の上記供述部分は採用できず,本件従業員らが,1審原告が主張するような発言をしたとは認められないというべきである。

なお,前記1(2)アのとおり,Aは,ハイブリッド取引につき,片方がマイナスになっても他方がプラスになるため,値動きが激しくても単品の取引に比べてリスクが低減される旨の説明をしたものと認められるが,この説明も,リスクの存在を前提にしており,断定的判断の提供とはいえない。

仮に,本件従業員らが,1審原告に対し,断定的判断の提供をしていたとしても,上記のとおり,1審原告は商品先物取引が安全確実にもうかるものではないことは十分認識していたものと認められるから,本件取引委託契約の締結や本件取引の継続について,本件従業員らの断定的判断の提供との間に相当因果関係はないというべきである。

したがって,1審原告の上記主張は採用できない。

(3)  説明義務違反(③)について

ア 前記1(1)及び(2)のとおり,1審原告は,約3年間の商品先物取引の経験及び知識を有する者で,それまでの商品先物取引は損失を出して終わり,そのリスクを身をもって経験していた者であること,Bは,1審原告に対し,商品先物取引の仕組み,取引証拠金制度及び商品先物取引のリスク等が記載された商品先物取引委託のガイド等を交付して上記各事項を具体的に説明し,1審原告は,これらの説明を理解した旨回答したことが認められる。

1審原告は,商品取引員の説明義務は,委託者の投機判断にとって必要かつ適切な情報提供義務を含むと解すべきである旨主張するが,本件従業員らが説明すべきであったと主張する情報の内容について具体的に主張しておらず,本件従業員らに上記のような情報提供義務違反があったとは認められない。

したがって,本件において,商品先物取引の内容やリスク等についての説明義務違反があったとは認められない。

イ 1審原告は,本件従業員らが,1審原告に対し,手数料が莫大な金額になっている事実や値洗い損が出ていることを告げず,両建の片方を仕切っただけの状態で利益が出ているなどと説明して誤解させ,投資額を引き上げていって多額の損害を被らせたとか,2月20日以降及び3月25日に,Dが追証拠金について虚偽の説明をした旨主張し,1審原告の供述(甲10,1審原告本人)中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら,前記1(3)のとおり,値洗い損や手数料等について記載された「売買報告書及び売買計算書」(乙17)が1審原告に送付されていたことや,残高照合書(乙18)に1審原告が内容を確認して署名押印していることに照らすと,上記前段部分についての1審原告の上記供述部分は採用できない。また,本件全証拠によっても,Dが1審原告が主張するような発言をしたとは認められず,かえって,証拠(乙17の16・17,18の9)によれば,3月25日の時点で,同日及び同月18日の売買差益金を考慮しても追証拠金が発生する状態であったことが認められるから,上記後段部分についての1審原告の上記主張も採用できない。

ウ したがって,本件従業員らに説明義務違反があったとは認められない。

(4)  過当取引(無意味な反復売買)(④),一任売買又は実質的一任売買を利用した手数料稼ぎ(⑤),取引継続段階における適合性原則違反(⑥)並びに満玉及び利乗せ満玉(⑧)について

ア 商品先物取引を受託する商品取引員は,委託者に対し,委託の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって,誠実かつ公正に,その業務を遂行する義務を負う(民法644条)ところ,標記の事由は,いずれも,商品取引員ないしその従業員が,取引委託契約の本旨に違反し,手数料稼ぎ目的で,委託者にとって過当過大な取引をさせたことを推認させる事情であるから,一括して,本件従業員らの行為につき,取引委託契約の本旨に違反し,手数料稼ぎ目的で,委託者にとって過当過大な取引をさせた違法があるか否か検討する。

イ(ア) 前記1(1)ないし(3)のとおり,本件取引中,農作物(N大豆,一般大豆及びとうもろこし)及びパラジウムの取引は,CないしDが1審原告に個々の取引を提案し,1審原告がその提案を了承して行われたものであるが,2月13日及び同月14日に行われた白金の取引は,1審原告が自ら希望して発注したものと認められる(1審原告がアイディーオー取引で白金の売買を多数回していることからすれば,上記の白金の取引は,1審原告の希望でなされたものと認めるのが相当であり,パラジウムの取引については,Cが自分から勧めたことを認めている(乙23)。)。

(イ) 1審原告は,本件取引中,番号2の取引の注文枚数,番号8の取引及び2月12日の週に行われた取引の多くはCないしDが1審原告に無断で発注したものであり,その余の取引もCないしDの指示に1審原告が従ったにすぎない一任売買ないし実質的一任売買である旨主張する。

しかしながら,前述のような1審原告の商品先物取引に関する知識経験並びに1審原告は,取引内容等が記載された「売買報告書及び売買計算書」(乙17)及び残高照合書(乙18)を受領,確認し,商品先物取引委託のガイドには相談センター等の連絡先も記載されていたにもかかわらず,本件取引の間,1審被告会社の相談窓口や日本商品先物取引協会の相談センターに苦情を述べたような事情はうかがわれないこと等を考慮すると,1審原告は,CないしDの具体的な取引の提案に対し,これを理解し承認して(ただし,後述のとおり,本件取引中には合理性の認められないものがあり,それらについては,1審原告において理解不十分のまま,専門的知識,情報を有しているC及びDの言うとおりに承認してしまったものもあると認められる。),個々の取引がなされたと認めるのが相当であり,1審原告が主張するような無断売買が行われた事実は認められず,また,本件取引を全体としてみれば,一任売買ないし実質的一任売買が行われたとも認められないというべきである。

なお,証拠(乙31)によれば,本件従業員らから1審原告にかけた電話は,通話時間が5分(300秒)を超えるものが40回で,その内10分(600秒)を超えるものは16回にすぎず,数分間の通話で発注がなされたことも多かったものと認められるが,本件取引期間中,証拠金の預託などのために1審原告と本件従業員らとが複数回面談していたことや,農作物の取引のほとんどがN大豆及びとうもろこしの2種類であったことからすると,C及びDの相場観の説明などを含めても,毎回の発注時に長時間の通話を要したということはできないから,上記通話時間をもって,無断売買や一任売買ないし実質的一任売買の存在を推認することはできない。

したがって,1審原告の上記主張は採用できない。

(ウ) なお,1審被告らは,本件取引は,全て,1審原告の判断と責任で行われたものである旨主張し,C及びDは,1審原告が自らの相場観で取引の指示を出していた旨供述する(乙23,24,証人C,証人D)。

しかしながら,証拠(乙31,証人C)によれば,本件取引の発注や取引成立の確認はほとんど電話でなされているところ,これらの電話は全て本件従業員から1審原告に掛けたものであることが認められるほか,インターネットによる商品先物取引を継続中の顧客が,別途,委託手数料が割高な対面による商品先物取引を行う場合,外務員による専門的な助言及び情報の提供を期待しているのが通常であること等によれば,1審原告が商品先物取引やその取引手法について,一般的な投資家として一定の知識を有する者であることを考慮しても,C及びDの上記供述は直ちに措信できず,本件取引の実態は上記(イ)のとおりであると認められるから,1審被告らの上記主張は採用できない。

(エ) よって,本件取引に,一任売買又は実質的一任売買を利用した手数料稼ぎ(⑤)の違法があったとは認められない。

ウ(ア) 取引継続段階における適合性原則違反(⑥)並びに満玉及び利乗せ満玉(⑧)について検討する。

前記認定のとおり,本件取引においては,利乗せ満玉が行われているところ(番号4,14,27,91,93の各取引),満玉及び利乗せ満玉自体は,顧客が商品先物取引の証拠金に充てるために預託した資金を証拠金として取引をするものであるから,それが顧客にとって取引委託契約の本旨に反する過大な取引となる場合や,単一の商品に資金を集中させることにより過大なリスクを生じさせる場合などを除いて,直ちに違法性を帯びるものではない。

(イ) しかしながら,前記1(3)のとおり,Cは,2月4日から同月14日までのわずか10日間のうちに,建玉を仕切って得た売買差益金を投資可能資金に順次計上することにより,投資可能資金額を増額することを1審原告に勧め,1審原告はこれに応じて,投資可能資金額を1000万円から3860万円まで順次増額したものであるが,1審原告は,本件取引委託契約締結時,1審被告会社に対し,税込み年収額1000万円,流動資産額3500万円,投資可能資金額1000万円と申告しており,これらの申告額や,66歳という1審原告の年齢に鑑みると,1審原告が商品先物取引に積極的であったことや,上記の投資可能資金額増額当時,1審原告が「売買報告書及び売買計算書」(乙17)や残高照合書(乙18)により含み損や手数料の額を認識していたことを考慮しても,Cが,1審原告に対し,申告された税込み年収額の3.86倍で,流動資産額を超える金額にまで投資可能資金額を増額し,3000万円を超える規模の取引を行うことを勧めたことは,1審原告にとって,取引委託契約の本旨に反する過大な取引の勧めであるというべきである。

また,前記認定のとおり,Cが,1月31日,不足証拠金が約212万円に減少していたのに,1審原告に対し,その旨の説明をせずに430万円を受領したことも,Cに本件取引の規模を拡大させて手数料稼ぎをしようとの意図があったことを推認させるものである。

なお,1審原告は,上記の投資可能資金額の増額にあたり,その旨の申出書(甲17)を作成しているが,同申出書は,Cが,1審原告に過大な取引をさせて手数料を稼ごうとの意図のもとに,商品先物取引によってより多くの利益を得たいとの1審原告の心理につけ込んで作成させたものと認められるから,1審原告が同申出書を作成したことは,過失相殺の事由になるとしても,本件従業員らの手数料稼ぎ目的の過大な取引の違法性を否定するものではない。

そして,前記1(3)に認定のとおり,Cは,同人が取引を担当した当初の1月28日から,証拠金のほぼ全額を使用して玉を建てることを提案して,1審原告がこれに従って取引を発注したところ,相場が逆に動いたため,同月31日,1審原告に約880万円の追証拠金の預託を求めるに至り,2月に入り,1審原告がCの提案に基づいて投資可能資金額を増額し,売買差益金を証拠金に振り替えると,上記のように1審原告にとって過大な規模の取引となることが明らかであるにもかかわらず,再びそのほぼ全額を使用して玉を建てる提案を繰り返し,2月15日には,とうもろこし09年1月限月の売建玉560枚と単一商品に資金を集中させ,その後すぐに相場が逆に動いたため,1審原告に損切りを余儀なくさせて多額の売買差損金を生じさせたものであるから,本件においてCが提案した満玉及び利乗せ満玉が,1審原告にとって取引委託契約の本旨に反する過大な取引であることは明らかである。

(ウ) また,4月11日以降の取引につき,前記1(4)のとおり,1審原告は,再度取引申込書(乙15)の流動資産額欄に8000万円と記載しているが,同月9日までの取引が損失となっているにもかかわらず,本件取引委託契約締結時に申告した3500万円から,1審原告がわずか2か月余りで流動資産を8000万円まで増加させたとは考えがたく,上記再度取引申込書記載の資産額等が根拠のある数字であるとは認められない。そして,このことは,Dも承知していたというべきであるから,同月11日以降の取引の過大性についても,口座開設申込書(甲1,乙6)記載の流動資産額等を基準にすべきところ,前記1(4)のとおり,Dは,4月11日に1審原告が税込み年収の額を超える1340万円を証拠金として取引を再開すると,そのほぼ全額を使って玉を建てることを提案し続け,同月14日には,売買差益金約593万円を証拠金に振り替え,取引規模を1900万円余りにまで拡大することを提案したものであり,このようなDの満玉及び利乗せ満玉の提案が,1審原告にとって取引委託契約の本旨に反する過大な取引となることは明らかである。

(エ) 1審被告らは,1審原告が自らの判断で取引の発注や投資可能資金額の増額をした旨主張するが,前記1(3),上記イ及び上記ウ(イ)に認定説示したところに照らして,上記主張は採用できない。

(オ) よって,本件取引において,取引継続段階における適合性原則違反(⑥)が存在し,違法な満玉及び利乗せ満玉(⑧)が行われたものと認められる。

エ(ア) 1審原告は,過当取引(無意味な反復売買)(④)について,本件取引においては,月間売買回転率は13.34回,手数料化率は105.58%,特定売買比率は78.79%ないし69.59%であり,いずれも極めて高い数値であるから,過当取引であることが推認される旨主張する。

しかしながら,月間売買回転率については,売買回数の多寡は,相場の変動状況や委託者の経験,資力,取引に対する積極性等によって変わるものであるから,具体的な事情を捨象して,その数値だけから直ちに無意味な反復売買を推認させるとはいえないし,特定売買比率については,商品先物取引においては1日の内でも価格変動があるため,手数料を考慮しても「直し」をする利点がある場合も否定できず,2月14日までの農作物の取引では,両建や途転に該当する2つの取引の両方で売買差益金を計上している取引(番号10ないし15の各取引)もあり,必ずしも全ての特定売買が不合理な取引であるとまではいえないし,手数料化率については,偶然的な数字である上,取引量に対する売買差損金の額が大きくなれば,かえって手数料化率が下がるといった事情が認められる。

また,チェックシステム報告書作成要領による特定売買のカウント方法によれば,本件取引の特定売買比率は46.15%であり,1審原告が自分で行っていたアイディーオー取引のそれは47.24%であって,両者の間にほとんど差がないことが認められる。(乙29,30,弁論の全趣旨)

これらの事情によれば,本件取引においては,違法な過当取引(無意味な反復売買)(④)があったかの判断に際し,月間売買回転率,手数料化率及び特定売買比率を重視することが相当であるとはいえず,商品先物取引においては,その後の相場の変動が確実に予測できるものではなく,損失及び利益の発生は事後的な事情であることに留意しつつ,本件取引の具体的な内容に注目して当該取引の過当性について検討していくほかないというべきである。

(イ) そこで検討するに,前記認定のとおり,番号5の取引は,N大豆を建玉した同日内に同価格で仕切って手数料分の売買差損金を生じさせたものであり,番号50ないし60の各取引は,パラジウムの買建玉を安い価格で仕切った同日内に高い値段で再度買い建てたものであり,番号61ないし63の各取引は,とうもろこしを同日内に,安い値段で売建玉をして高い値段で損切りしたものであり,番号95の取引は,N大豆を同日内に,買建玉をした値段よりも安い値段で仕切ったものであり,番号100及び101の各取引は,両建の同時落としであり,番号103の取引は,同日内の損切りであって,いずれも合理性の認められない取引というべきである。

したがって,上記の各取引は,C及びDが手数料稼ぎの目的で1審原告に提案したものであり,前述のとおり,1審原告は,これらの取引をよく理解しないまま承認したものと認められるから,C及びDには,手数料稼ぎ目的で過当取引(無意味な反復売買)(④)をした違法があると認められる。

オ 以上によれば,本件取引全体につき,C及びDが,取引委託契約の本旨に違反して,手数料稼ぎ目的で,委託者である1審原告にとって過当過大な取引をさせたものと認められる。

(5)  返金拒絶(⑦)について

前記1(4)に認定のとおり,1審原告は,4月9日にいったん全部の建玉を仕切った後,4月11日朝,1審被告会社を訪問して証拠金残金の返金を求めたが,Dから,損を取戻そうと強く取引再開を提案されて,番号88及び89の各取引の発注がなされた午前10時30分までには取引再開を決意したことが認められる。

1審原告は,4月10日に1審被告会社を訪問して返金を求めた旨述べる(甲10)が,1審原告がその日に1審被告会社を訪問したことを裏付ける客観的証拠はなく,取引再開の際の取引相談室理解度調査表(甲15)及び申込書(乙15)の各日付や,4月11日午前に電話連絡なしに同日午前10時30分の発注がなされていること(乙17の20,31の5)によれば,1審原告が1審被告会社を訪問したのは,4月11日の朝であると認めるのが相当である。

そして,1審原告が1審被告会社を訪問した時刻は不明であるが,同日午前10時30分には取引が再開されて発注が行われていることや,1審原告が本件訴訟係属後もアイディーオー取引をするなど商品先物取引に積極的な意向を有していることを考慮すると,4月9日から同月11日までの間,1審原告に対し,本件従業員らから,返金拒絶とまでいえるような執拗な取引再開の勧誘がなされたものと認めることは困難である。

よって,本件において違法な返金の拒絶がなされたとは認められない。

(6)  差玉向かい及び差玉向かいについての説明義務違反(⑨)について

ア 前述のとおり,商品先物取引を受託する商品取引員は,委託者に対し,委託の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって,誠実かつ公正に,その業務を遂行する義務を負う(民法644条)。

そして,商品取引員が差玉向かいを行っている場合に取引が決済されると,委託者全体の総益金が総損金より多いときには商品取引員に損失が生じ,委託者全体の総損金が総益金より多いときには商品取引員に利益が生ずる関係となるから,商品取引員の行う差玉向かいには,委託者全体の総損金が総益金より多くなるようにするために,商品取引員において,故意に,委託者に対し,投資判断を誤らせるような不適切な情報を提供する危険が内在することが明らかであり,商品取引員が差玉向かいを行っているということは,商品取引員が提供する情報一般の信用性に対する委託者の投資判断に無視することができない影響を与えるものというべきである。

したがって,特定の種類の商品先物取引について差玉向かいを行っている商品取引員が,専門的な知識を有しない委託者との間で商品先物取引委託契約を締結した場合には,商品取引員は,上記委託契約上,商品取引員が差玉向かいを行っている特定の種類の商品先物取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは商品取引員と委託者の間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負い,委託者が上記の説明を受けた上で上記取引を委託したときにも,委託者において,どの程度の頻度で,自らの委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となっているのかを確認することができるように,自己玉を建てる都度,その自己玉に対当する委託玉を建てた委託者に対し,その委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となったことを通知する義務を負う(平成21年判決参照)。

なお,ここでいう差玉向かいとは,板寄せ(商品取引所の立会において,同一限月の各商品につき,売付けと買付けの数量が合致したときに,そのときの値段を単一の約定値段とし,同数量の売付けと買付けについて売買約定を締結させる競争売買の方法)による取引について,商品の種類及び限月ごとに,委託に基づく売付けと買付けを集計し,売付けと買付けの数量に差がある場合に,この差の全部又は一定割合に対当する自己玉を建てることを繰り返す商品取引員の取引方法をいう。

イ 証拠(証人C,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引において扱われた商品のうち,N大豆,とうもろこし及び一般大豆につき,1審被告会社が差玉向かいを行っていたことが認められるところ,1審被告会社の従業員らが,1審原告に上記のような説明や通知をしていなかったことは当事者間に争いがない。

ウ 1審被告らは,1審原告が複数の会社との間で商品先物取引をした経験を有することや,自ら価格を調査してインターネットでも商品先物取引をしていることなどから,1審原告は,本件従業員らの助言を取り入れ,それに従うことはあっても,他の相場情報を参考にしながら,自己の判断によって本件取引をしていたものであるから,商品先物取引につき専門的知識を有しない者には該当しない旨主張する。

ところで,平成21年判決にいう専門的知識を有しない者とは,商品先物取引について一般的な知識,経験を有していても,当該商品について専門的知識を有しない者をいうと解されるところ,専門的知識を有する者とは,例えば機関投資家のように,取引員が提供する情報や判断に依存することなく,自己の知識,経験及び情報等により,的確な投資判断をすることができる者を指すと解されるから,専門的知識を有しない者とは,上記のような投資判断をすることができない者をいうと解される。

そこで,検討するに,1審原告は,商品先物取引について一般的な知識,経験は有している。しかし,N大豆,一般大豆及びとうもろこしの取引については,カネツ商事株式会社に委託して行った商品先物取引において取り扱った経験があることは認められるが(1審原告本人),商品先物取引は相場変動要因が複雑に絡み合う取引であり,的確な投資判断を行うためには,相場変動要因に対する知識があるだけでは足りず,それらの動きが市場での値動きにどのように影響するかを検討する能力や経験が必要であるところ,1審原告が,白金等については自分でインターネットを使用して取引を行いながら,N大豆等については高額の手数料を払ってでも1審被告会社に委託していることからすると,N大豆等については,取引員が提供する情報や判断を必要とし,自らの知識,経験及び情報だけでは,的確な投資判断をすることができなかったものと認められる。

そうすると,1審原告は,N大豆,一般大豆及びとうもろこしの商品先物取引について,専門的知識を有しない者と認められる。

なお,1審原告は,アイディーオー取引において,N大豆の取引を2回,とうもろこしの取引を1回しているが(甲16),いずれも内容,時期とも1審被告会社に委託して行った取引と一致しているから,本件従業員らから提供された情報及び判断に基づいてなされたものと認められるので,上記各取引の存在は上記認定判断を左右するものではない。

したがって,1審被告らの上記主張は採用できない。

以上のとおり,1審原告は,N大豆,一般大豆及びとうもろこしの商品先物取引について専門的知識を有する者ではないから,本件従業員らにつき,差玉向かいについての説明義務違反が認められる。

エ 1審原告は,1審被告会社が差玉向かいを行ったこと自体が違法であると主張するが,商品取引所法施行規則103条により,故意に,顧客の取引と自己の取引を対当させて,顧客の利益を害することとなる取引をする向かい玉は禁止されているものの,差玉向かいそれ自体は法令により禁止されているものではなく,本件全証拠によっても,1審被告会社がいわゆる「客殺し」として差玉向かいをしていた事実や,委託者の注文を操作して委託玉間の売買の対当を実現させていた事実を認めるに足りず,上記1審原告の主張は採用できない。

なお,上記の点について付言するに,本件取引において,1審被告会社が「客殺し」として差玉向かいをしていた可能性がないではないが,前記認定のとおり,2月15日以降の取引についてみると,差玉向かいをしていない取引(番号79,90,92,94,110及び111の各取引)もある上,差玉向かいをしていても1審原告が売買差益金を得た取引(番号81,82,98,101及び107の各取引)もあるから,1審被告会社が「客殺し」として差玉向かいをしていたと認定することはできないものというべきである。

オ よって,本件取引について,差玉向かいの説明義務違反が認められる。

(7)  まとめ

以上によれば,本件取引につき,C及びDは,取引委託契約の本旨に反して手数料稼ぎのために1審原告に過当過大な取引をさせたほか,差玉向かいについての説明を怠った違法があると認められ,C及びDの上記行為は,本件取引全体について1審原告に対する不法行為を構成するというべきである。

3  争点(2)(過失相殺)について

上記のとおり,本件取引に関し,C及びDは1審原告に対して不法行為責任を負うものであるが,他方,1審原告は,本件取引開始以前に5社において約3年間の商品先物取引の経験を有し,いずれも損失を生じて取引を終了したものであり,商品先物取引の内容,危険性及び手数料の仕組みについてはそれなりに理解していたものと認められること,また,1審原告は,本件取引前から行っていたアイディーオー取引を本件訴訟係属後も続けているなど,商品先物取引に積極的な姿勢を有する者であり,本件取引の規模拡大も1審原告の意向に沿う部分があったと認められること,損失がこれほど拡大したことについては,1審原告においても,損を取戻したくて本件従業員らに引きずられた面があること,その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,1審原告には,損害の発生について過失が認められ,その過失割合は5割と認めるのが相当である。

1審原告は,差玉向かいの違法について1審原告に過失はない旨や,本件が詐欺にも等しい財産奪取行為である旨を根拠にして,過失相殺はすべきではないと主張するが,損害の発生について1審原告にも過失が認められることは上記のとおりであるし,前述のような本件従業員らの不法行為の内容に照らすと,同人らの不法行為が,過失相殺が許されないほどの強度の違法性を有するものとは認められないから,1審原告の上記主張は採用できない。

4  争点(3)(1審原告に生じた損害)について

(1)  前提事実(2)に記載のとおり,1審原告が1審被告会社に預託した金員から返還を受けた金員を差し引いた差額(差引損金)は2150万9050円であり,これは,本件従業員らの上記不法行為により1審原告に生じた損害であるといえる。

そして,上記差引損金につき5割の過失相殺をした後の金額は,1075万4525円となる。

(2)  1審原告は,本件取引に引きずり込まれたことにより,老後の生活資金やの運転資金を奪われ,家族らに本件取引により生じた損失が露見することにおびえる毎日を送っているところ,1審原告が被ったこのような精神的苦痛を慰謝するには100万円が相当であると主張する。

しかしながら,1審原告の主張する上記精神的損害は,財産的損害に伴う精神的苦痛の範囲内のものであるから,財産的損害の賠償によって填補されるものである。

したがって,1審原告の慰謝料請求は理由がない。

(3)  1審原告が弁護士を訴訟代理人として本件訴訟を追行したことは当裁判所に顕著な事実であるところ,その弁護士費用のうち,110万円につき前記不法行為と相当因果関係を有する損害であると認められる。

(4)  上記(1)及び(3)の合計金額は,1185万4525円となる。

5  争点(4)(1審被告らの責任原因及び法的根拠)について

(1)  C及びDは1審被告会社の従業員であり,その事業の執行について同人らの上記不法行為がなされたものであるから,1審被告会社は,民法715条1項に基づき,1審原告に対し損害賠償義務を負う。

(2)  1審原告は,1審被告Y1は,本件取引当時,1審被告会社の代表取締役であり,本件従業員らの不法行為について,1審原告に対し,会社法429条ないし民法715条2項による損害賠償義務を負う旨主張する。

しかしながら,弁論の全趣旨(本件記録中の1審被告会社の履歴事項全部証明書)によれば,1審被告Y1は,本件取引が終了した後の平成20年12月4日,1審被告会社の代表取締役に就任したことが認められるから,1審原告の上記主張は,その前提を誤ったものであり,採用できない。

そして,本件全証拠によっても,1審被告Y1が,会社法429条ないし民法715条2項の損害賠償義務を負うべき事実は認められない。

よって,1審原告の1審被告Y1に対する請求は理由がない。

6  以上によれば,原判決中,1審原告の1審被告会社に対する損害賠償請求を,1185万4525円及びこれに対する本件取引終了の日である平成20年4月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の限度で認容した部分は相当であるが,1審原告の1審被告Y1に対する損害賠償請求を上記範囲で認容した部分は相当でないから,1審被告Y1の控訴に基づきこれを取り消して,1審原告の1審被告Y1に対する請求を棄却し,1審原告及び1審被告会社の各控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林道春 裁判官 内堀宏達 裁判官 濵優子)

<以下省略>

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