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名古屋高等裁判所 平成23年(ネ)1355号 判決 2012年12月21日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,330万円及びこれに対する平成20年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

(1)  主文同旨

(2)  (仮執行宣言の申立てに対し)担保を条件とする仮執行免脱宣言又は仮執行開始の時期を判決送達の日から14日を経過したときと定める申立て

第2事案の概要(以下,略称は原則として原判決の表記に従い,適宜,原判決における記載箇所を示す。)

1  本件は,銃刀法違反事件の被疑者であり,その後,覚せい剤取締法違反事件等で起訴された控訴人が,①銃刀法違反事件に係る本件捜索は,別件逮捕目的の違法な捜索であり,手続としても違法であった,② 本件捜索の過程で発見された控訴人所有に係る本件DVD等を,令状に基づかず,かつ違法な領置手続により押収された上,返還されてもいない,③ 主任捜査官であったA警部補に控訴人所有に係るライターを預けたところ,同警部補は,これを横領ないし窃取した,④ A警部補が,過去に控訴人が所属していた暴力団(a会)の元組長を取調室に入室させ,控訴人に対して「刑事の言うことを聞け」などと発言させて恫喝し,控訴人のプライバシーや適正な捜査を受ける権利を侵害したと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,上記①ないし④の一連の不法行為による慰謝料300万円及び弁護士費用30万円並びにこれらに対する不法行為の後である平成20年1月31日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,上記①ないし④の主張をいずれも認めず,請求を棄却したところ,1審原告がこれを不服として控訴した。

2  前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張

後記3,4のとおり当審における控訴人の主張及び被控訴人の反論(いずれも原審での主張を敷衍するものを含む。)を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  当審における控訴人の主張

(1)  本件捜索の違法性について

原判決は,本件捜索が,控訴人の身柄拘束を目的として行われた別件逮捕目的の捜索であるとは認められず,手続的にも違法であったともいえないと判断しているが,事実を誤認し,評価を誤っているといわざるを得ない。

ア 控訴人に銃刀法違反の嫌疑がなかったこと

原判決は,本件各捜索差押令状を請求するための嫌疑が存在したと認定しているが,過去にけん銃所持等の被疑事実で捜索を受けたことのある控訴人にけん銃を預けたなどとする何者かの供述が信用に値しないものであることは明らかである。

また,本件各捜索差押令状の発付を受けた12か所中6か所については捜索差押えが実施されていないが,その具体的事情は明らかにされていない。このことは,当初から控訴人に銃刀法違反の嫌疑がなかったことを自認するに等しい。

その他,本件b号室の捜索で,一見してけん銃とは区別のつきにくいモデルガンやホルスターが存在したのに見向きもしなかったこと,捜索時間が不相当に短いこと,A警部補が本件コンテナの捜索終了後に「早まった,捜索する必要がなかった,止めさせた」などと発言していること,銃刀法違反の被疑事実とは無関係である本件DVD等まで押収していることなどの事情も勘案すれば,控訴人に銃刀法違反の嫌疑がなかったことは明らかである。

イ 手続が違法であること

(ア) 令状の呈示がなかったこと

原判決は,控訴人の主張が,本件捜索の際に令状の呈示を受けたことがないというものから,事前に呈示されず,本件捜索を開始した後に令状を示したというものに変遷したと判示しているが,控訴人は,控訴人自身に令状の呈示がなく,玄関先で対応した妻のBにも令状の呈示がなかった旨一貫して主張しており,原判決の指摘は当を得ていない。

(イ) 同行に任意性がなかったこと

原判決は,控訴人が任意同行に応じたと判示しているが,控訴人は,本件c号室の捜索が終了するまでの間は自由な行動を許されず,捜索終了時には覚せい剤取締法違反やわいせつ物販売目的所持の嫌疑をかけられていたのであるから,同行の求めに応じたといっても,否応なく連行されたに等しい。

(ウ) トイレが破壊されたこと

原判決は,本件捜索によって本件b号室のトイレが故障したとは認められないと判示しているが,トイレの状況を最も把握しているBが,本件捜索後にトイレが壊れた旨証言し,トイレの壁が汚れた写真が存在し,A警部補も本件捜索後にトイレの調子がおかしいとして本件b号室に赴いたのであるから,本件捜索によってトイレが水浸しになる故障が生じたことは明らかである。

(2)  本件DVD等が違法に押収されたこと

原判決は,任意提出書や所有権放棄書が存在することなどから,本件DVD等に係る領置手続等に違法はないと判示している。しかし,本件DVD等が押収品目録の交付なく押収されたことは争いがないところ,同目録の交付は刑事訴訟法上必要的なものである。

また,本件DVD等に係る任意提出書や所有権放棄書の記載も,押収物を具体的に認識することが困難な概括的なものであるから,これによって控訴人が真に所有権を放棄したとはいえず,押収手続に厳格さが求められることからしても,その違法性は明らかである。

さらに,本件DVD等がいまだに返還されていないこともまた違法である。

(3)  A警部補が控訴人のライターを違法に取得したこと

原判決は,被留置者金品出納簿に記載がないことなどから,控訴人がライターを所持していた事実を認めなかったが,タバコを持って居宅を出た控訴人が,ライターを所持していなかったはずがない。控訴人の携帯電話については任意提出書・領置調書が作成されたが,ライターについてはこれらが作成されず,被留置者金品出納簿にも記載がないのは,ライターをA警部補が預かったため,領置されず,留置場にも持ち込まれていないからであり,A警部補が控訴人のライターを違法に取得したことは明らかである。

(4)  Cを取調室に入室させたことが違法であること

原判決は,平成19年3月7日(以下,同年中の出来事については,年の記載を省略する。),控訴人が取調室でCと面会した際,拒絶する態度を取らず,目的が控訴人の健康維持という利益を図ることにあり,態様も相当性を欠くものとはいえないなどの理由で,上記面会が違法でないと判示した。

しかし,控訴人を連行して取調室に入れた上,Cだけを入室させ,自らは同席することなく,控訴人にCと2人での面会を余儀なくさせたA警部補の行為自体,法の根拠に基づかないものである。加えて,以下のとおり,A警部補の目的,Cの言動,これが控訴人に与えた影響等を勘案すれば,A警部補の上記行為が違法であることは明らかである。

ア 面会に至る経緯について

(ア) Cを選んだ理由

A警部補は,控訴人が既にa会を辞めており,a会との交流がないことを認識しながら,元会長であるCの携帯電話番号を聞いた上,同人と連絡を取って呼び出し,取調室に入室させて控訴人と面会させているが,常識的には考えられない異例のことである。

Cは,a会の3代目会長であり,最盛期には2000人もの組員がいた組織のトップであるから,組織内では神の如き存在であって,その面前で控訴人が畏怖の念を抱くのは当然であるし,手を煩わせること自体が畏れ多く,どのような処分を受けるかも分からないと考えるほどである。控訴人にとっては,Cが呼び出されたこと自体が恐怖であり,その言葉一つが恫喝ともいえる。A警部補が,このようなCと控訴人との絶対的な上下関係を知らないはずがない。

(イ) 控訴人の健康状態との関係

被留置者の健康管理は留置管理官の権限と責任で行われるものであって,捜査官であるA警部補にはその権限も責任もなく,これを行う理由がない。また,控訴人は,3月6日夜に薬を服用し,翌7日午前中には自弁購入を申し込んでおり,食事の意欲が現れていた。

したがって,A警部補がCに電話したのは,控訴人の健康状態を案じたからではない。仮に,控訴人に食事を摂らせる目的で面会させるのであれば,Bや控訴人の母親で足りたはずである。

(ウ) A警部補の目的

控訴人の絶食は,3月7日午後に予定されていた,銃刀法違反事件に係る引き当たり捜査(以下「本件引き当たり捜査」という。)に対する対抗措置であって,A警部補が証言するような,Bとの不和を原因とするものではない。A警部補がCに電話したのは,本件引き当たり捜査を翌日に控えた3月6日であり,電話時刻も午後8時頃であって,通常は初めて話す相手に電話する時刻ではない。

これらのことから,A警部補がCに電話したのは,控訴人を本件引き当たり捜査に協力させるためであったことが優に推認できる。

イ 控訴人が面会を拒絶しなかったことについて

控訴人は,3月7日朝,Cがいることを知らされないまま,取調べのためとして留置場を出場しており,事前にCとの面会を拒絶することは不可能であった。また,前記のようなCと控訴人の関係からして,Cの面前でこれを拒絶することができなかったことも明らかである。

なお,原判決は,同日の取調べは銃刀法違反事件に関するものであるから任意の取調べであり,拒絶できると判示するが,控訴人は,取調べのため留置場を出るに当たり,何の事実に関する取調べであるかを知らされていないし,覚せい剤取締法違反事件のため引き続き勾留されていたのであるから,取調室への入室を拒めるはずもなく,上記判示は不当である。

ウ 面会の状況について

A警部補は,Cと控訴人との面会に同席しておらず,面会の状況に関するA警部補の証言や陳述書の記載は信用できない。

控訴人は,Cから「しょんべん刑だろう,刑事さんの言うことを聞いて早く出てこい,出たら自分のところにいっぺん顔を出せ。」と言われており,Cと控訴人との関係からして,出所したら顔を出せと言われれば,いかなる不利益を与えられるかも分からないと恐怖を感じるはずである。

しかも,A警部補からは,Cを何度でも呼ぶと言われたが,これは脅迫,恫喝と評価できる。

エ 控訴人が面会後に食事を摂ったことについて

控訴人が,Cとの面会後に食事を摂るようになったのは,本件引き当たり捜査への対抗措置として絶食していたことについて,Cから「刑事さんの言うことを聞け。」と責められたからであって,面会後に食事を摂るようになったからといって,面会の目的が控訴人の健康状態を案じてのものであったことにはならない。

4  当審における被控訴人の反論

(1)  本件捜索の違法性について

ア 控訴人に銃刀法違反の嫌疑が存在したこと

控訴人に係る銃刀法違反事件の捜査の端緒は,情報提供者から控訴人がけん銃を持っているとの情報を入手したことであり,控訴人がけん銃を預かったとの情報に基づくものではないし,本件各捜索差押令状を,12か所中6か所(a会事務所,控訴人の実家,控訴人の愛人の実母方,控訴人の使用車両2台,控訴人の愛人の使用車両)について執行しなかったのは,捜索できなかった事情や,差し押さえるべき物が存在する可能性が低いと判断した具体的事情が存在したからである。

本件捜索の際,模擬けん銃やモデルガン,ホルスター等は存在しなかったし,捜索時間が捜索内容に比して不相当に短いといった事情や,A警部補が控訴人に対して「早まった,捜索する必要がなかった,止めさせた」と発言した事実もない。また,本件DVD等の押収が,銃刀法違反に係る被疑事実の不存在を根拠づけないことは,いうまでもない。

イ 手続に違法がないこと

(ア) 令状の呈示について

令状の呈示に関する控訴人の主張は,原判決が指摘するとおり,合理的な理由なく変遷しており,写真撮影のためだけに事後的に令状を呈示されたという主張内容も不合理な言い訳であって,信用できない。

(イ) 任意同行について

控訴人の主張は,犯罪の事実があったので同行に応じざるを得なかったというものにすぎず,任意性を否定するものではない。

(ウ) トイレが破壊されたとの主張について

控訴人の提出した証拠によっても,本件捜索によって本件b号室のトイレが水浸しになる故障が起きたと認められないことは,原判決の判示するとおりである。

(2)  本件DVD等の押収について

A警部補は,本件DVD等を発見した際,これを控訴人に示しており,控訴人はこれを確認したからこそ任意提出に応じ,後に所有権も放棄したのであって,提出者である控訴人が何を押収されたか把握していないことなどあり得ない。また,押収品目録の交付が遅れたからといって,控訴人の財産権を侵害するものではない。

本件DVD等について,訴状での控訴人の主張は約200枚としていたが,その後に理由を釈明することなく変遷しており,控訴人の主張は虚偽である。

(3)  ライターの取得について

A警部補が控訴人のライターを預かった事実は存在しない。

この点につき,控訴人は,本件訴訟提起から約3年後に作成した陳述書に,訴状や従前の準備書面の内容とは異なる事実を記載するなど,その主張は不自然に変遷しており,虚偽であることが明らかである。

(4)  Cとの面会について

ア 面会に至る経緯について

(ア) Cを選んだ理由

控訴人は,3月5日朝に受け取った電報でBに離婚を迫られたところ,A警部補に対し,愛人と隠し子の存在がBに発覚し,離婚を迫られたため,謝罪の気持ちから死んでも構わないという気持ちで絶食していると述べた。そこで,A警部補は,絶食をやめるよう控訴人を説得することをBに依頼しても断られ,引き合わせてもさらに夫婦関係を悪化させるおそれがあり,控訴人に愛人と隠し子との別れを惜しむ気持ちがあれば,一層Bの感情を害するおそれがあると判断した。また,このような事情は,控訴人の母親についても同様であったと考えられる。そこで,A警部補は,控訴人に対し影響力のあるCに,控訴人の説得を依頼することにした。

暴力団組織に関する情報を入手するためや,暴力団員を逮捕した際に裏付け捜査を行うため組長に出頭を求める場合など,警察官が捜査の際に暴力団関係者と連絡を取り合うことは,特に異例のことではないし,A警部補が,控訴人の説得を依頼する相手としてCを選んだのは,控訴人がa会の元組員だったからではなく,控訴人がCに畏敬の念を抱いていたからである。なお,Cと控訴人は,a会の元会長と元組員であるから,当時,暴力団組織における上下関係にはなかった。

(イ) 控訴人の健康状態との関係

控訴人が絶食し,処方されていた薬も服用しなくなれば,健康状態を害するおそれがあるところ,その結果医療機関への搬送や入院といった事態が発生すれば,捜査に多大な影響を与える。したがって,取調べ等で控訴人と接触する時間の長いA警部補が,控訴人の健康状態に配慮するのは当然である。

また,3月6日午後8時頃,控訴人はいまだ自弁購入を申し込んでおらず,絶食中であった。そのため,A警部補は,控訴人の健康状態を案じ,同時刻頃,Cに電話することを思い立ったのである。

(ウ) 本件引き当たり捜査との関連について

控訴人は,当初,食事を摂らなかった事実を否定していたが,陳述書では微妙に変更し,原審での本人尋問では3月5日の昼食から同月7日の朝食まで絶食していたことを認めたが,この変更の理由を説明しておらず,その主張は信用できない。また,仮に控訴人が主張するように,本件引き当たり捜査への対抗措置を取りたかったのであれば,同捜査に応じなければよいだけで,絶食する必要はない。

なお,Bは,自分と別れるか愛人と別れるかの選択を控訴人に迫った旨証言しており,これが控訴人の絶食の原因であった。

イ 控訴人が面会を拒絶しなかったことについて

控訴人はCを尊敬しており,Cと面会した際も,ごく自然に挨拶し,説得を受けて感涙にむせんでいた。仮に控訴人に拒絶の意思があったのなら,同席していたA警部補に抗議したはずである。

なお,原判決が3月7日午前中の取調べを「任意に基づくものである」と判示したのは,控訴人が任意に協力すると約束していた本件引き当たり捜査に関する取調べであるという意味にすぎず,この点に関する控訴人の主張(前記4(4)イ)は誤りである。

ウ 面会の状況について

A警部補は,Cとの面会に同席していたが,CやA警部補が控訴人主張のような発言をした事実はなく,Cが恫喝した事実もない。

なお,取調室での面会となったのは,Cが接見室での接見に応じず,それでもなおA警部補が控訴人の絶食を放置できなかったためであるし,取調室に第三者を入れてはならないとの法律上の定めは存在しない。

エ 面会後の状況について

Cとの面会が,食事を摂るよう控訴人を説得する内容のものであったからこそ,控訴人は,3月7日の昼食以降に絶食を止めたのである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実について

A警部補ら被控訴人県警の捜査員が,銃刀法違反容疑で控訴人に対する本件捜索を開始するに至った経緯から,現実に控訴人を緊急逮捕した2月14日までの事実関係は,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」1の(1)ないし(16)に記載のとおりであるから,これらを引用する。

2  本件捜索の違法性の有無について

控訴人は,前記第2の4(1)のとおり,本件捜索について,銃刀法違反の嫌疑がないにもかかわらず,控訴人の身柄拘束を目的として行われた別件逮捕目的の捜索である上,本件捜索が令状の呈示なく行われたこと,控訴人の同行が任意性を欠くものであったこと及び本件捜索により本件b号室のトイレが故障し,水浸しになったことなど手続的にも違法であった旨主張する。

しかしながら,原判決の判示に加え,本件捜索の指揮を執ったA警部補が,暴力団関係者によるけん銃犯罪捜査を主たる捜査対象としているd課第e係に所属していたこと,過去に何度も実刑判決を受けた経験のある控訴人が,本件捜索中に一度も捜査官に対して抗議の意思を表明する言動を示しておらず,その場を離れようとして阻止されたこともないこと,本件b号室での捜索終了後,トイレの水が流れっぱなしになっていることを発見したBがf署に電話したところ,A警部補が再来してトイレの浮きを調整したところ,水の流出は止んだことなどを総合すれば,控訴人に当初から銃刀法違反の嫌疑が存在せず,本件捜索が手続的にも違法なものであったなどの控訴人主張に係る事実を認めなかった原審の認定・判断に不適切な点は見当たらず,控訴人の上記主張は採用できない。

3  本件DVD等の違法押収の有無について

控訴人は,前記第2の4(2)のとおり,本件DVD等の押収は違法であり,現在も返還されていないことも違法であると主張するが,控訴人が,本件c号室の捜索時に本件DVD等を任意提出し,その後所有権を放棄したと認められること,したがって,その後になされた控訴人側からの返還要求に応じていないことも違法性があるとは認め難いこと,本件DVD等に係る押収品目録の交付は遅れたものの,これによって控訴人の権利が具体的に侵害されたと認めることができないことは,原判決の判示のとおりであって,その認定・判断に不適切な点は見当たらない。

なお,控訴人は,本件DVD等の任意提出書,所有権放棄書の記載は概括的であるから,真に所有権を放棄したとはいえないとも主張するところ,確かに,その「品名」と「数量」には,「CDホルダー」と「2個」とのみ記載されていることが明らかであるが,品名に続いて,「但し,g等のラベルが貼られたDVD等が在中のもの1個とh等のラベルが貼られたDVD等が在中のもの1個」と明細が記載されており,控訴人が任意提出や所有権放棄の対象物を認識・特定するのに特に支障があったとは考え難い。

よって,控訴人の上記主張は採用できない。

4  ライターの違法取得の有無について

控訴人は,前記第2の4(3)のとおり,A警部補が控訴人の所有に係るライターを違法に取得したと主張するが,当該ライターは,控訴人の主張によってもラブホテルの宣伝用百円ライターであって,このような物品を取得することによって警察官であるA警部補がどのような利益を得るのかおよそ考え難いことはさておいても,控訴人が所持していたライターをf署に預けた事実を認めるに足りる証拠がないことは,原判決の判示のとおりであって,その認定・判断に不適切な点は見当たらず,控訴人の上記主張は採用できない。

5  Cとの面会に係る違法性の有無について

控訴人は,前記第2の4(4)のとおり,Cを取調室に入室させ,控訴人にCとの面会を余儀なくさせたA警部補の行為が違法である旨主張するのに対し,被控訴人は,前記第2の5(4)ウのとおり,取調室に第三者を入れてはならないとの法律上の定めは存在しない旨主張する。

一般に,捜査を行うに当たっては,個人の基本的人権を尊重し,かつ,公正誠実に捜査の権限を行使しなければならず(犯罪捜査規範2条2項),取調べを行うに当たっては,強制,拷問,脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない(同168条1項)とされている。しかるところ,第三者を取調室に入室させることは,当該第三者の属性や被疑者との関係いかんによっては,公正誠実な捜査手法とはいい難い場合があり得るし,その後に引き続いて取調べが行われれば,被疑者の供述の任意性に疑念をいだかれる方法に該当するとの評価も生じ得る。したがって,取調室に第三者を入れてはならないとの法令上の定めが存在しなくとも,そのことのみから,直ちにA警部補の上記行為が違法ではないと結論づけることはできない。

特に本件では,A警部補は,暴力団を取り締まる部署であるd課の所属であった上,本件各捜索差押令状は,Cが過去に会長の地位にあった暴力団(a会)の事務所についても発付されたにもかかわらず,執行されなかったのであるから(前記第2の5(1)ア),暴力団と警察とが癒着し,何らかの捜査上の取引をしているのではないかとの疑いを抱かせかねない行為は,警察官として厳に慎むべきであったといえる。この点,被控訴人は,警察官が捜査の際に暴力団関係者と連絡を取り合うことは特に異例のことではないと主張するが(前記第2の5(4)ア(ア)),本件のように,暴力団組織内での上下関係を前提とする影響力(Cの控訴人に対する影響力がこれに該当することは明らかである。)を利用して,取調室という密室において暴力団関係者を被疑者の説得に当たらせることは,国民一般の理解を得られる捜査手法とはいい難い。したがって,暴力団の元会長であるCを呼び出し,取調室に入室させ,控訴人と面会させたA警部補の行為は,捜査手法として不適切であったといわざるを得ない。

もっとも,不適切な捜査手法であるからといって,それが直ちに控訴人の法律上保護される利益を侵害する国家賠償法上違法なものであるということにはならず,その判断に当たっては,当該捜査手法に係る目的,態様,結果等の諸般の事情を総合考慮すべきであるから,以下,本件におけるこれらの事情について検討を加えることとする。

(1)  Cを控訴人に面会させた目的について

A警部補がCを控訴人に面会させた目的について,控訴人は,本件引き当たり捜査に協力しない意向を示して絶食していた控訴人を,これに協力させようとしたものである旨主張するのに対し(前記第2の4(4)ア(ウ)),被控訴人は,愛人と隠し子の存在がBに発覚し,離婚を迫られたため,謝罪の気持ちから絶食していると述べた控訴人の健康を案じてのものである旨主張する(前記第2の5(4)ア(ア))ので,以下検討する。

ア 控訴人の絶食の原因について

(ア) 控訴人は,3月5日の朝食を摂った後,同日の昼食から絶食を開始しているから,絶食の直接の原因となったのは,同日の朝食後昼食前の出来事と考えるのが自然である。そして,この間に控訴人に起こった出来事としては,同日午前10時頃にBからの電報を受け取った事実と,同日午前中に取調べを受けた事実が存在するので,そのいずれかが原因であると一応は考えられる。

(イ) この点,控訴人は,A警部補の取調べにおける対応が気に入らず,本件引き当たり捜査に協力しない意向で絶食した旨供述する。

しかし,A警部補が3月5日午前中に控訴人の取調べを行った事実は認められない。また,控訴人は,3月4日午前9時に,3月6日の朝食の自弁購入を申し込んでおり,少なくとも同申込み時点では絶食の意向がなかったことが明らかであるから,3月3日以前の取調べにおけるA警部補の対応が絶食の原因であるとも考えにくい。そして,3月4日にA警部補が控訴人の取調べを行った事実も認められない。そうすると,A警部補の取調べが絶食の直接の原因となったとの上記供述は直ちに採用できない。

また,控訴人は,3月7日午前9時には,3月8日の夕食と3月9日の朝食の自弁購入を申し込んでおり,本件引き当たり捜査の予定時刻より前から,遅くとも3月8日の夕食以降は絶食を中止する意向であったと認められる。そして,上記自弁購入申込みの事実がA警部補に伝われば,控訴人の絶食を中止する意向が本件引き当たり捜査の実施前にA警部補に明らかになり,対抗措置としての絶食の意味が薄れてしまうから,仮に,控訴人が本件引き当たり捜査に協力しない態度を示すために絶食をしたのであれば,少なくとも本件引き当たり捜査の予定時刻までは食事を摂る意向を隠すのが普通と考えられる。したがって,上記自弁購入申込みの事実も,控訴人の上記供述と相容れない。

(ウ) 他方,被控訴人は,前記第2の5(4)ア(ア)のとおり,上記電報について,Bが控訴人に離婚を迫る内容のものであり,これが絶食の原因となった旨主張するのに対し,B及び控訴人は,上記電報は控訴人の母親に関するものであると思う旨,それぞれ供述する。

確かに,上記電報の内容は明らかになっていない上,そもそも離婚の意向を伝えるのに電報を用いることには素朴な疑問を拭えない。

しかし,前記(イ)のとおり,控訴人は,少なくとも3月8日の夕食からは絶食を中止する意向であったと認められるところ,同日午後にはBが控訴人との面会に訪れている。そして,Bと控訴人との面会は,両人の事前の打合せに基づいて行われており,電報は,その連絡に使われることが多かったから,上記電報は,面会の予定を知らせるものであった可能性が高い。

そうすると,既に2月27日時点で,控訴人がBと愛人のどちらを選ぶのかをBから迫られていたとしても,控訴人が,上記電報をきっかけに,Bに対する謝罪の意思を表明するため,Bとの次の面会(3月8日午後)までの間絶食することを思い立ち,それを実行した可能性は否定できない。

イ A警部補の目的

(ア) 前記のとおり,控訴人の絶食の原因はBに対する謝罪の可能性があるところ,一般に,被疑者が絶食を続ければ,遠からず健康や体調に問題が生じることは明らかであり,取調べを担当する捜査官が,このような事態を危惧して対策を講じようと考えるのは不自然なことではない。

このことは,控訴人の指摘するとおり,被留置者の健康管理の権限と責任が留置管理者に属するとしても異なるものではないと考えられるから,A警部補が,控訴人の健康や体調の悪化を危惧していたことは十分にあり得るといわねばならない。

(イ) もっとも,A警部補の目的が控訴人の健康・体調への維持だけであったかについては,別個の考察が必要である。

すなわち,A警部補は,控訴人について,単なる体力の低下のみならず,持病である心臓病,B型肝炎,C型肝炎が悪化し,危険な状態に陥ることを危惧しており,控訴人の命を助けることを考えたと述べるが,仮に生命・身体に差し迫った危険が生じていたのであれば,まずは専門家である医師の診察を受けさせ,点滴や投薬を行うのが通常の対応と考えられるにもかかわらず,A警部補は,絶食開始の当日(3月5日)及び翌日(3月6日)の取調べにおいて,自ら控訴人の説得を試み,さらにその翌日(3月7日)にCによる説得を試みるという方法で,事態の打開を図っているのであって,やや不自然の感を免れず,実際は,控訴人の健康状態についてそれほど緊急の対策が必要とは感じていなかったのではとの疑問を拭えない。

(ウ) ところで,A警部補は,3月6日の取調べ後に,それまで面識がなく連絡先も知らないCの携帯電話の番号を,自分とCの共通の知人から入手し,夜の8時頃にCに電話して,翌朝10時にはf署に来署するよう依頼している。

この事実は,A警部補には,緊急の対策を講じる必要性までは感じていなかった控訴人の健康状態以外に,急ぎCを呼び出さねばならない理由が存在したのではとの推測を呼び起こす。しかるところ,控訴人は,3月10日には被控訴人i警察署に移送されており,f署におけるA警部補の手持ち捜査時間は限られていたといえるから,A警部補が急ぎCを呼び出したのは,自らが予定していた捜査を,上記移送前に支障なく進めるためであったと考えるのが最も自然である。そして,その時点で既に控訴人は覚せい剤取締法違反事件で起訴されていたから,A警部補の主たる関心は,控訴人の移送前に,控訴人のリークした情報に係る銃刀法違反事件の捜査を予定どおりに進めることであったと考えるのが合理的である。

(エ) A警部補が控訴人に面会させる相手としてCを選んだのは,Cが控訴人に対し影響力を持っており,控訴人がCを崇拝しているためであったことは,被控訴人の自認するところである(前記第2の5(4)ア(ア))。したがって,A警部補は,Cから説得を受ければ控訴人はその意思に逆らえないと判断して,Cを呼び出したと推認できる。

そして,A警部補が,前記のとおり,控訴人の健康状態に差し迫った不安を感じていたわけではないにもかかわらず,上記のような捜査状況の下,Cを連れてくれば控訴人は逆らえないと判断して呼び出したのであれば,その目的が,控訴人をCと面会させることによって絶食を中止させるとともに捜査の円滑な進展を図ること,すなわち,自分がCを呼び出すことが可能な立場にあることを控訴人に知らしめることにより,控訴人が捜査の妨げになるような絶食や非協力的な態度に出ないよう,けん制することにあったと推認されてもやむを得ない。

なお,A警部補のCに対する依頼内容は,直接には食事を摂るよう控訴人を説得することであったが,けん制の効果を上げるためには,A警部補の力でCを控訴人と面会させることだけで十分と考えられるから,上記依頼内容だからといって,A警部補が円滑な捜査の実現をも目的としていたと認めることと矛盾するものではない。

(2)  Cとの面会の状況(態様)

控訴人は,Cとの面会の様子について,取調室に入室したところCがおり,「しょんべん刑だろう。刑事の言うことを聞いて早く帰ってこい。出たら一度顔を出せ。」と言われたのに対し,「申し訳ありませんでした。」と答えた以上の会話はなく,Cは1分ないし2分で退室し,その場にA警部補はいなかった旨供述する。

上記面会にA警部補が立ち会っていたか否かが違法性の強弱に大きく影響を与えるとは思われない(控訴人に圧力をかける目的であるならば,むしろA警部補が立ち会っている方が効果的とも考えられる。)ことはさておき,A警部補は,Cと控訴人とが面会した際の様子について,既に5回の実刑判決を受けた経験があり,元暴力団員でもある控訴人が,Cの言葉を聞いて嗚咽をもらして泣き出したとの,その場にいた者でなければ供述することが困難といえる具体的内容や,Cが控訴人に対し,出所したら自分のところへ訪ねてくるよう述べたとの,控訴人の上記供述に沿う内容を供述している。

また,控訴人は,Cの言うことは絶対だと供述するが,Cとの面会後,食事を摂り,本件引き当たり捜査にこそ協力したものの,3月10日には被控訴人i警察署へ移送されることを拒み,被留置者金品出納簿への指印も拒否するなどしているのであって,刑事の言うことを聞くようにとのCが発言したという言葉に従っていない。したがって,Cがそのような発言をしたとは認め難い。

以上のとおりであるから,Cとの面会に同席していたとのA警部補の証言は信用できる一方,Cから刑事の言うことを聞けと言われた旨の控訴人の供述はにわかに採用し難く,結局,Cと控訴人が面会した際の様子は,原判決が判示するとおりであり,その際のCの発言は,「余分なことを考えるな。今は反省して早く出ることを考えろ。ちゃんと食事をしにゃいかん。」,「食事を摂らないかん。約束できるか。」といったものであったと認められる。

(3)  面会による影響(結果)

控訴人との面会時におけるCの発言内容は,上記のとおりと認められるところ,控訴人は,その後食事を摂るようになり,本件引き当たり捜査に協力している。したがって,A警部補は,控訴人をCと面会させたことにより,その思惑どおり,捜査の妨げとなる事態(控訴人の絶食)を解消させ,予定していた捜査(本件引き当たり捜査)をつつがなく進行させたといえる。

もっとも,前記(1)ア(イ)のとおり,控訴人は,Cとの面会前から既に3月8日の夕食を摂る予定にしており,絶食を続ける意向を有していなかったのであるから,Cの説得が控訴人の意思決定に与えた影響の程度は大きくない。そもそも,A警部補が本件引き当たり捜査への協力を求めたのは,控訴人が,知り合いのDからけん銃の目利きを依頼されたとの情報をリークしたのが契機となっており,そのリークの目的は,A警部補が控訴人の嫌疑の基になった供述者やけん銃の型式等を明らかにしない理由を試すことにあったというのであるから,そのような,自分に対する起訴が予定されていない別件被疑事実に係る捜査(本件引き当たり捜査)に協力することにより,控訴人が特段の不利益を被ったとは考えられないし,現実にも,本件引き当たり捜査に応じた結果,控訴人が銃刀法違反事件について起訴されたわけではない。

なお,控訴人は,Cの退室後,A警部補から,Cを何度でも連れてくると言われて恫喝され,恐怖を覚えた旨供述するが,A警部補がそのような発言をしたことを認めるに足りる証拠はない。また,A警部補としては,Cをf署に連れてきたこと自体により,控訴人が主張する上記発言と同趣旨の影響力を控訴人に知らしめることができたから,そのような発言をする必要もなかったといえる。

(4)  まとめ(A警部補の行為が国家賠償法上違法と判断されるかについて)

前記(1)で認定したとおり,Cを取調室に入室させ控訴人と面会させたA警部補の目的は,直接には控訴人の健康や体調に対する危惧にあったとしても,その背後には,絶食を中止させるとともに担当していた銃刀法違反事件に協力させるべく,控訴人をけん制する目的があったと考えられるところ,そのような目的で行ったCとの面会を,犯罪捜査規範2条2項が要求する公正誠実な捜査権限の行使と認めることには躊躇を覚えざるを得ない。

しかし,控訴人が,Cに対し畏敬の念を抱いており,Cの言うことは絶対だと考えていたとはいえ,前記(2)で認定したCとの面会時の状況やCの発言内容に照らすと,控訴人の取調べに先立って控訴人をCと数分間面会させたことが,直ちに犯罪捜査規範168条1項で禁止される強制,拷問,脅迫に該当するものであったとは認め難いし,実際にも,控訴人がその後の取調べにおいて任意性のない供述をするに至ったともうかがわれない。

また,前記(3)のとおり,Cと面会したことにより,控訴人が絶食を中止する時期を早めたとしても,その期間は1日程度のものであるから,控訴人の意思決定に与えた影響は大きくないし,面会後に行われた本件引き当たり捜査や,その他の銃刀法違反事件に係る捜査(取調べ等)によって,控訴人が何らかの不利益を受けたわけでもない。

なお,控訴人が,どのような点を捉えてプライバシー権の侵害と主張しているのかは明らかでないが,控訴人は,Cの面前で取調べを受けたわけではなく,その他,前記(2)のような面会の状況から考えても,Cとの面会が,控訴人のプライバシー権を侵害するようなものであったとは認め難い。

これらの事情を総合考慮すれば,Cを取調室で控訴人に面会させたことをして,控訴人の適正な捜査を受ける権利を侵害するような違法なものであったと評価することはできず,結局,Cを取調室に入室させ控訴人と面会させたA警部補の行為が,控訴人の法律上保護される利益を侵害する国家賠償法上違法なものであったとまでは認められない。

第4結論

以上によれば,控訴人の本訴請求は理由がなく,これと同旨の原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤幸雄 裁判官 河村隆司 裁判官 達野ゆき)

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