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名古屋高等裁判所 平成23年(ネ)235号 判決 2011年8月25日

住所<省略>

控訴人(1審原告)

同訴訟代理人弁護士

岩本雅郎

平良卓也

沖縄県<以下省略>

被控訴人(1審被告)

Y1

同訴訟代理人弁護士

Y2

沖縄県<以下省略>

被控訴人(1審被告)

Y2

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して5000万円及びこれに対する平成17年10月14日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

4  この判決の主文2項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  主文1ないし3項と同旨

(2)  仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要(以下,略称は原判決の表記に従い,適宜,原判決における記載箇所を示す。)

1(1)  本件は,外国為替証拠金取引(以下「FX取引」ともいう。)を業として行う会社の関連会社と匿名組合契約を締結して多額の金銭を預け入れて損害を被った控訴人が,両会社の各監査役である被控訴人らに対し,預かり金を償還できなかったのは配当金や会社の経費にこれを費消したためであり,被控訴人らは会社のなした違法行為を助長しこれに加担し,預かり金の費消を漫然と放置したなどと主張して,共同不法行為責任あるいは監査役の第三者に対する損害賠償責任に基づいて損害賠償を請求した事案である。

(2)  原審は,控訴人の請求を棄却し,控訴人はこれを不服として控訴した。

2  前提事実,控訴人の主張及び被控訴人らの主張は,次項及び4項のとおり当審における当事者の主張(原審での主張を敷衍するものを含む。)を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」2ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  当審における控訴人の主張

(1)  親族による組織的な不法行為がなされたこと

A(原判決2頁8行目)は,ワールドワイド(同2頁7行目。「ワ社」ともいう。)の代表者であり,同社及びその関連会社の役員に親族を登用し(被控訴人Y1〔同2頁13行目〕はワ社の監査役に登用された。),組織的に集金をなし,不法行為を行っており,控訴人がA及び関連会社3社を相手に提訴した訴訟では,4当事者の共同不法行為責任が認められた。

(2)  被控訴人Y1が監査役に就任していること

被控訴人Y1とAの離婚は形式上のものにすぎないこと,娘F(原判決9頁23行目)のワ社への就職時期と被控訴人Y1のワ社の監査役への就任時期が近接していること,ワ社はAの親族で固めた会社であることから,被控訴人Y1は監査役就任に同意したことが推認される。

(3)  被控訴人らの責任

ア 監査役としての職務及びその懈怠

被控訴人らの監査役としての職務は会計監査であり,それについての権限と職責があったところ,被控訴人らがその懈怠を知っていた(以下「職務についての悪意」ともいう。)ことは原判決認定のとおりである。

イ 被控訴人らの利得動機

被控訴人Y1がワ社の,被控訴人Y2がてぃんさぐ(原判決2頁11行目。以下「有て社」ともいう。)の監査役に就任し続けることによって,Aの違法な集金活動を支援しており,被控訴人ら両名は,その対価の支払を受けている。本件においては,控訴人の振り込んだ5000万円は,Aが逮捕される直前の振込であって,FX取引で運用されたのではなく,Aらの領得金の支払に振り分けられていると考えるのが合理的である。

ウ 監査報告書の不作成と虚偽記載の同質性

被控訴人らは,それぞれの会社の監査役として,平成17年6月30日の各決算書類について監査報告書を作成する職責があるが,同報告書を作成していない。監査役が監査報告書に重要な事実について虚偽の記載をすると第三者に対する賠償責任が発生する(旧商法280条2項,旧有限会社法34条2項)ところ,多数の被害が予見されるような特段の事情がある状況で監査役が監査報告書を作成しないことは,虚偽記載と同程度の違法性があると解すべきである。本件においては,新聞報道等で被害が社会問題化し,上記特段の事情があるところ,それにもかかわらず,被控訴人らは,監査報告書を作成せず積極的な行為をしていないから,虚偽の記載をした以上にその責任は重い。そして,本件で会計監査が法令に従って行われた場合には適正との監査の報告ができず,会社として存続できないことになるから,会計監査報告の懈怠は会社の存続に結び付くのであり,被控訴人ら両名の職務懈怠と控訴人の被害には,相当因果関係がある。

したがって,被控訴人Y1には旧商法280条2項の違反があり,被控訴人Y2には旧有限会社法34条2項違反がある。

エ 業務及び財産の状況の調査権の不行使の違法(裁量権の収縮)と中止を求める義務

被控訴人ら監査役の権限は,裁量的であるが,被控訴人らは,会計監査を行うため必要があるときは,会社の業務及び財産の状況を調査することができる(株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律〔以下「特例法」という。〕22条3項,旧有限会社法33条ノ2)。

監査役のように,一定のチェック権限を付与された者は,会社の財産が損なわれ又はそれによって会社債権者に差し迫った被害の発生が予見される特段の事情がある場合などには,調査の権限を行使しその結果に基づいてチェック機能を果たすべく取締役に違法行為の中止を要求する権利と義務がある。したがって,被控訴人ら両監査役が「会計に関する・・・調査・・・」の義務を適法に履行すれば,取締役の違法行為が判明し,判明すれば,監査役は,それを放置するのではなく積極的にその中止を求める善管注意義務があるところ,被控訴人らが,被害が続くことが予見されるにもかかわらず,取締役(特にA)に対して,何らの行為をしなかったことは,取締役の違法行為の幇助となる。

被控訴人Y2は,弁護士として,匿名組合に信用を付加するとともに,法律の専門知識を活用して,有て社の監査役として企業活動の健全性をチェックする立場にあった。被控訴人Y2が監査役に就任した平成17年6月30日当時,新聞報道等により,ワールドワイド関連の被害を知ることができたので,被控訴人Y2が,緊急に会計帳簿の提出を求めれば,有て社の負債を容易に知り得たのである。被控訴人Y2は,もともと監査役に就任すべきではなく,就任後といえども,相当期間経過後(長くても3か月)には職務遂行が困難なことが判明するから,その時点で辞任すべきであった。同人が就任してから少なくとも,3か月以内に辞任していれば,控訴人に被害は発生しなかった。

オ まとめ

平成17年6月30日の決算が法令に従って行われていれば,Aは違法な勧誘を続けることができず,控訴人の本件被害を防止することができた。

ところが,被控訴人らは,悪意又は重過失により,それぞれの会社の監査役としての職務を遂行していないのであって,被控訴人Y1は旧商法280条,266条ノ3により,被控訴人Y2は旧有限会社法34条,30条ノ3により,控訴人に対し,損害賠償義務を負う。

仮にそうでないとしても,被控訴人らが平成17年10月以降もそれぞれの会社の監査役に就任し続けることはAが違法な集金を続けることに加担しそれを助長することであり,Aの違法行為と共同の不法行為を構成する。

4  被控訴人らの主張

(1)  被控訴人Y1はワ社の監査役に就任していないこと

被控訴人Y1は,ワ社の監査役への就任を承諾しておらず,監査役として登記されていたことも知らなかった。

(2)  被控訴人Y2には有て社の行為の違法性,不当性を広範にチェックする権限がないこと

旧有限会社法33条の2によれば,監査役は会計監査を基本的職務とし,その職務を果たすために会計帳簿等の調査ができるにすぎず,被控訴人Y2には,有て社の行為の違法性,不当性について広範なチェック権限がない。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,原判決と異なり,控訴人の請求は理由があると判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  背景事実について

証拠(甲1ないし3,4の1ないし4,5の1ないし8,6の1・2,7の1・2,8の1・2,12の1,13の1・2,14の1ないし3,15の13ないし19,43の1・2,44,証人F,同G)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  ワールドワイド(ワ社)及び関連会社について

ア Aは,平成6年ころ,有線放送の事業に失敗して約3億円の負債を抱え,その返済のため,平成13年7月17日に外国為替証拠金取引(FX取引)等を目的とするワ社を設立し,代表者となった。

ワ社は,当初自己責任型の外国為替証拠金取引を扱っていたが,その評判が芳しくないことから,平成14年ころから,元本保証型の「おまかせ型」商品を扱うようになった。ワ社では,FX取引のために客から受領した金員は,当初は当該取引のために用いられたが,設立当初の経費,その後は顧客に対する配当(お任せ型の客は,元本保証として勧誘した客であったため,貸付金の返済金相当額の配当金が必要となった)と解約に伴う返金,会社運営の経費,関連会社の資金補填,Aの個人的な出張費・交際費・生活費などの費用に不足が生じ,次第に新たな取引のための受領金(特にお任せ型のもの)をその取引に用いずに,上記費用の支払に充てるようになった。

イ ワールドワイドトレイダーズ投信投資顧問株式会社(以下「ワールド投信」という。)は,Aが以前に経営していた会社を平成15年3月7日に商号変更した会社で,代表者はHであり,Hが死亡すると,後任に,平成16年9月14日,Aの親族のI(以下「I」という。)が就任した。

ウ Aは,平成15年7月8日,投資事業組合財産の運用及び管理を目的とする「てぃんさぐ」(有て社。有限会社)を設立し,取締役(代表者)に就任した。そして,同社は,ワ社の外国為替証拠金取引について出資者を募り,優先的匿名組合契約を締結し,資金を集める役割を果たした。

(2)  琉テクについて

琉テクは,平成14年11月28日にC(以下「C」という。)により設立されたIT関連の会社で,ワールドワイド(ワ社)に外国為替証拠金取引をする客を紹介する代わりに紹介料を得る旨の合意をAとの間に行った。また,その後には,琉テクは,紹介料では足りないとして,紹介した顧客の預託金額の約7割をワ社から琉テクに貸し付けてほしいと依頼し,その了解を得た。その後,琉テクの代表取締役は,CからAのいとこのE(以下「E」という。)に変わり,Cは会長を名乗った。

琉テクの事務所は,ワ社と同じビルにあり,琉テクは,ワ社のために,元本保証をうたい文句にして,「おまかせ型」の顧客勧誘を実施し,契約を希望した顧客には,直接,ワ社と契約を締結させていた。

(3)  刑事事件について

ア A,E,C及びD(琉テクの為替営業部門の統括。以下「D」という。)は,平成17年12月7日,沖縄県警に出資法違反で逮捕された。

イ Aは,平成18年7月20日,出資法違反により,懲役2年6月(4年間執行猶予)の,ワ社は罰金200万円の有罪判決を受けた。

(4)  控訴人の提起した別件訴訟

控訴人は,A,ワ社,ワールド投信及び有て社に対し,5138万円(本件で控訴人が預託した5000万円以外の預託金も含む)の損害賠償請求訴訟を提起し,平成19年4月18日名古屋地方裁判所は請求認容判決をし,同年10月31日名古屋高等裁判所は控訴棄却判決をし,その後確定した。

2  被控訴人Y1がワ社の監査役に就任していたか否かについて

(1)  被控訴人Y1は,ワ社の監査役に就任することを承諾したことはなく,登記されたことも知らなかったと主張し,娘のFが平成14年2月に同社に入社して暫くして,同人から監査役として登記されていることを知らされたと供述する。

(2)  しかしながら,証拠(甲26の1ないし3,27の1・2,37の3,乙3の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,平成8年7月7日から,A,被控訴人Y1及びFの3名は,住民票上の住所を「●●●」に定めており,次いでAは平成10年2月15日に「a荘102」に転居し,被控訴人Y1は同年5月1日に,Fは平成11年5月1日に同所にそれぞれ転居したこと,この間,被控訴人Y1とAは,平成11年6月16日協議離婚届を提出したが,Aは平成12年5月3日には前記a荘102から「ライオンズマンションb」へ転居し,被控訴人Y1も同マンションに転居,かつ転居に際し,同居人としてAを関係書面に記載したこと,Aは平成15年4月10日に「●●●」へ住所を移転させたが,被控訴人Y1とFは,その後も前記マンションに住所を定めていたことが認められる。

上記事実によれば,被控訴人Y1とAは,平成8年7月7日から平成15年4月10日まで同居しており,a荘102には,Aの負債の取立てに債権者が訪れていたこと(被控訴人Y1本人)からすれば,上記離婚届は形式的なものにすぎず,その届出後も両名は夫婦としての実体があったと認めるのが相当であり,これを左右するに足りる的確な証拠はない。

(3)  証拠(甲1,乙4)によれば,Fは平成14年2月にワ社に就職したこと,被控訴人Y1について,平成13年12月17日に同社の監査役就任登記がされていることが認められるところ,前記(2)の事実を踏まえると,被控訴人Y1はAと夫婦の実体があったから,被控訴人Y1のワ社の監査役への登記手続をAが同女の承諾を得て行ったと考えるのが合理的である。反対に,もしAと被控訴人Y1が平成11年6月に真実離婚していたとすれば,それにもかかわらず,その後平成15年4月までa荘やライオンズマンションに両名が住民票上だけ同居し,被控訴人Y1に無断で平成13年12月に同女がワ社の監査役に就任した旨の登記がされていたことになるが,そのようなことは極めて不自然であり,そうするだけの合理的な理由も窺われない。また,被控訴人Y1は,自分がワ社の監査役に就任している旨の登記があることを平成14年2月ころに娘のFから聞いて初めて知ったところ,事件の起きる直前ころにその抹消方を娘を通じてAに依頼した旨を供述する(同被控訴人の尋問調書6頁)が,真実離婚していたのであれば,Aが代表者となっているワ社へのかかわりは,発見後直ちに解消する等避けたいはずであるのに,同被控訴人が平成14年2月ころ以降,平成20年9月までもワ社の監査役に就任している旨の登記はなお抹消されていない(甲1)。

そして,前記1のとおり,ワ社は,社長がA,専務がAのいとこのE,ワールド投信の代表者が親族のIであり,Aの親族でかためた会社である。

(4)  そうすると,登記があるにもかかわらず,ワ社の監査役に就任したことを否定する被控訴人Y1の供述は採用できず,同人は,商業登記簿のとおり,ワ社の監査役に自らの意思で就任していたと認めるのが相当である。

3  被控訴人らの損害賠償責任の有無について

(1)  平成17年ころの沖縄におけるFX取引とそのための資金集め

証拠(甲1,3,7の1・2,15の1ないし19,25の3,証人B)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 平成15年11月,沖縄に本社を置く外国為替証拠金取引を目的とする会社であるフォレックスジャパンが営業を停止して,巨額の被害が社会問題化した。

イ 平成17年5月から同年6月にかけて,琉球新報などに「外為運用名目の匿名組合・出資金13億円不明・配当停止」などと大きな見出しで報道がなされた。その報道では,IT機器販売の琉テクが,外国為替証拠金取引による高利の配当をうたい,匿名組合を作り,200人余りから出資金約18億円を集め,代表者が行方不明となっていること,そのうち13億円の所在が不明であること等が記載されている。

ウ 有て社の監査役のJ弁護士は,琉テクについての上記報道を契機に有て社の経理について関係者に説明を求めたが,要領を得た説明が得られないので,平成17年6月30日有て社の監査役を辞任し,その後任に弁護士である被控訴人Y2が就任した。

エ 同年夏ころ,金融庁がワ社の立入検査をした。

オ 同年9月16日,沖縄県警がワ社,琉テク等の関係先を捜索し,差押えをした。

カ 同年12月7日,A,E,琉テクの代表者C及び同社取締役Dが出資法違反で逮捕された。

(2)  控訴人に対するAによる投資の勧誘

証拠(甲12の2,甲15の1から24,甲21)によれば,以下の事実が認められる。

ア 控訴人は,平成17年5月28日,知人の紹介でAとワールド投信の本社で初めて面談し,AからFX取引を継続的に行う投資事業に投資することを勧誘された。

イ Aは,既にこの当時,沖縄の新聞に琉テクが多数の人から資金を集めて返還できなくなったと報道され,その事業が赤字でかつ違法視されることが公知であったのに,本土には知られていないことを奇貨として,控訴人には確実にもうけが出るかのように説明して勧誘したのであった。

控訴人はこの勧誘に応じ,Aが代表者となっている有て社に対し,200万円を出資した。契約書の1枚目8項には,出資者がリスクを負担と記載されているが,Aの口頭説明にはその旨はなく,口頭合意後に書面が送付されているので,上記の記載は効力を生じないというべきである(現に投資家から抗議を受けて,このような記載を抹消した例がある。しかも,後記のとおり,控訴人の被害はFX取引におけるものではなく,FX取引に使用すると言われて預けた資金を他に流用されて返却されなかったというものであるから,上記の記載の適用されない場合である。)。

ウ 同様にして,控訴人は,平成17年10月上旬,Aから電話による勧誘を受け,はじめの200万円と同様に利息月1.25%を必ず払いますと説明され,反対に「出資金が戻らないこともある」とは言われず,「絶対大丈夫です,信用して下さい」と勧誘されたので,控訴人は承諾し,同年10月12日に2000万円,翌13日に3000万円(25万ドル)を振込送金し,事後に有て社との間でイと同様に契約書を作成した。しかも,この時点では,琉テクで集めた資金は,ワ社におけるFX取引のために使用される目的であったと捜査当局の容疑がかけられ,約2週間前の同年9月16日には,琉テク及びワ社に対し捜索等がなされ,その旨が大きく報道されていた。したがって,イの場合以上に,Aは,事情を知らない控訴人から,知っていれば応ずるはずのない出資名目の資金提供をさせたのであった。

(3)  有て社の監査役による(1)(2)の事態の認識可能性の有無

ア 証拠(甲33,証人B)によれば,以下の事実が認められる。

(ア) Bは,平成15年7月8日,有て社の設立と同時にその監査役に就任した。

(イ) Bは,平成16年9月2日以降に,公認会計士の作成した監査報告書を基に,I(ワ社の営業部長)から説明を受け,有て社には,ワ社に対する1億7449万1000円を含め,約4億円の未収金があること,その補填はAがすることになっていることを理解した。

(ウ) 平成17年3月ころに,琉テクの問題がマスコミ等で取り上げられ,Bは,同じビルに入居しているワ社も影響を受けることを考え,Iにワ社の経営内容が分かるような書類の提出を求めた。

(エ) あbは,何度か申入れをし,説明を受けたが,会社の財務内容がよく分からなかったので,平成17年3月か4月ころにIに有て社の監査役の辞任を申し出,同年6月30日辞任し,同日被控訴人Y2が有て社の後任監査役に就任した(前記(1)ウ)。

イ 上記のとおり,平成17年5月ころから,琉テクに関わる出資金13億円が不明である旨の報道がなされ,Bが,希望しても取締役や営業担当者から要領を得た説明がしてもらえない状況であったから,Bは,ワ社や有て社が違法に出資金を集め費消する等をしているのではないかとの疑念を抱くことは可能であり,さらに,被控訴人Y2については,上記の報道に加え,●●●監査役の辞任に至った事情をB等から調査することにより,上記2社の違法な集金等を認識しあるいは経理に疑念を抱くことが可能であったと認められる。

(4)  監査役としての職務の懈怠の有無について

ア 被控訴人Y1について

被控訴人Y1は,ワ社の監査役であることを否定し現に監査役としての職務を行っていない。しかし,同被控訴人は,ワ社の監査役であったと認められる上,Aと夫婦としての実体があり,同人と会って話すことができたはずであるから,ワ社や有て社の状況,とりわけ平成17年9月16日に捜査当局の捜索が両社に入り,出資法違反や詐欺容疑の強制捜査が開始され,その旨が大きく報道されたため,この件には投資を勧誘しても応じる人がないことは十分に分かっていたと認めることができる。

それにもかかわらず,被控訴人Y1は,ワ社の監査役としてAに業務中止や本土での勧誘等をしてはならない旨を忠告した気配はないばかりか,監査役であったこと自体を否定している。このようなことからすれば,被控訴人Y1は,ワ社の中心であるAに協力していると窺われるし,また,何もせずに全く表面上無関係を装うこと自体がワ社の監査役としての職務の懈怠というべきであり,被控訴人Y1は,ワ社の監査役としての「その職務を行う」につき,悪意又は重過失(旧商法280条2項)であると認められる。

イ 被控訴人Y2について

被控訴人Y2は,平成17年6月の決算は,●●●が担当すると思っていた旨,決算期後3か月程度で監査意見を出さなければならないことは知らず,監査法人が平成16年9月に有て社に4億円近い未収金があることを指摘していたことも知らなかったと供述しており,現に,有て社の監査役として会計監査をしていなかったと認められる。被控訴人Y2は,弁護士であって会計や監査事務の専門家ではないし,監査役に就任した時期(平成17年6月30日)が有て社の決算期であるから,それから3か月程度経過した時期に何もしていないだけで,職務懈怠の責任を問われるのは一面では酷にも見える。しかし,就任直前の平成17年5月ころから,ワ社によるFX取引の運用資金を集めるため,琉テクによる勧誘が問題とされているだけでなく,同年9月17日にはワ社に強制捜査が入り,先に投資した人に対する分配金(元本保証の説明をして勧誘しているので,預託金に一定の利息相当額を加算したもの)に充てるため後から投資した人の預託金を流用し,後者の預託金が本来のFX取引の運用には用いられていない等の疑いが報道されていたのであり,このようなことは,経理に通じていなくても分かる悪質なやり方であり,むしろ弁護士であれば極めてよく分かることである上,その資格を利用して,事情を知らない沖縄以外に居住の人向けの今後の営業活動をしないようにAらを指導することができたし,すべきであった。それにもかかわらず,就任してから日を経ていないとか,法律家であって経理に詳しくないとか述べて何もしないのは,有て社の監査役としての職務を行うについて悪意又は重過失であると認められる。

(5)  監査役の職務の懈怠と控訴人の損害との間の因果関係の有無

ア 監査報告書の作成義務の懈怠について

被控訴人らは,(4)のとおり監査役としての職務を懈怠しており,平成17年6月30日の決算の書類受領後に監査報告書を作成すべき職務(特例法23条4項,旧有限会社法43条3項)を怠り,これを作成していない。

そして,本件において客からの出資金名目の預託金は,本来は,貸付金として処理することができないにもかかわらず,現実には既存の元利金支払約束の出資金に対する分配金その他経費として費消しているのであるから,これにつき監査報告を適正な経理処理であるとして行うことはやろうにもできない状態にあった。

イ 業務・財産の調査義務と積極的な作為義務の有無について

(ア) 控訴人が被害を被った当時,特例法22条及び旧有限会社法33条ノ2は,監査役に対し,「会計に関する議案」の調査を職務とする一方で,いずれの規定とも3項において,「職務を行うため必要があるときは,会社の業務及び財産の状況を調査することができる」との権限を付与している。

そして,取締役の不正行為を防止するためのチェック権限が監査役に付与されていることからすれば,会社の財産が損なわれ,それによって会社債権者に差し迫った被害の発生が予見されるような特段の事情がある場合には,監査役は調査の権限を行使して,その結果に基づいて取締役に違法行為を中止することを求める権利と義務が生ずるというべきであり,監査役が取締役の違法行為を放置することはそれ自体違法性を帯びることになる。

(イ) 本件においては,有て社の平成16年6月30日の決算書類において,ワ社の多額の為替証拠金取引における損失が補填されず,有て社としての未収金となり,かつそれがAへの貸付金として処理されるような事態になっているが(甲33),Aに真に貸し付けているのではないから虚偽の経理処理に他ならない。

しかも,前記(1)アのとおり,平成17年5月ころから関連会社である琉テクに関する多額の出資金が不明であるとの新聞報道がなされ,会計の専門家でなくとも会社債権者に多額の被害が及ぶ危険が高い状況にあったことが容易に判明していたのであるから,会計の専門家とはいえない被控訴人らのような監査役であっても,遅くとも被控訴人Y2の就任して3か月を経過した同年9月30日以降(監査役は通常,決算期の3か月後に監査報告書を提出する。なお,監査特例法21条の28第1項,旧有限会社法43条3項参照)においては,上記調査権限を行使すべきであったということができ,そうすれば巨額の債務若しくは虚偽の記載を発見することができ,Aら取締役に対し,違法行為の中止を求めることができたということができる。

(ウ) 敷衍すれば,被控訴人Y2は,弁護士として,匿名組合に信用を付加するとともに,法律の専門知識を活用して,有て社の監査役として企業活動の健全性をチェックする立場にあったから,上記のとおり調査権限を行使すべきであり,仮に職務遂行が果たせないことが判明したのであればその段階で辞任することもできたのであり,そうすれば監査役に弁護士が就任する必要がある有て社については(甲6の1,7の1),それだけで法人としての存続を脅かされるので,上記辞任自体により,あるいは弁護士として採り得る他の方法を用いて,平成17年9月末ころ以降に事情を知らずに投資し,その金員が運用もされず返還もされないといった被害者の出現を防止することができたということができる。

(エ) また,被控訴人Y1は,Aの妻でもありワ社の業務の状況に関する事実を把握することができたから,上記(ウ)と同様にとりわけ平成17年9月末ころ以降にワ社に投資をする第三者が出資金が投資に利用されず,返還もされないとの損害を被らないように監査役として何らかの措置を採ることもできたというべきである。

ウ まとめ

前記イのとおりの義務があったにもかかわらず,被控訴人らは,監査役として上記義務を何ら果たさなかったのであり,とりわけ,平成17年9月16日に沖縄県警が琉テク及びワ社に捜索に入ったことが新聞報道された後には被害の拡大を防止すべき必要性が一層明確になっていたというべきであるにもかかわらず,何らの措置も講じず,沖縄の事情を知らない控訴人に対して損害を及ぼしたのであるから,被控訴人Y1は,旧商法280条,266条ノ3第1項の,被控訴人Y2は,旧有限会社法34条,30条ノ3第1項の損害賠償責任を負うというべきである。

なお,監査報告書を作成しない場合と,監査報告書の虚偽記載とは全く同じではないので,不作成だけで当然に第三者に対する賠償責任を負うとはいえない。

エ 被控訴人らの主張について

被控訴人らは,監査役は会計監査に限られ,違法行為,不当性について,チェックする権限がないと主張するが,前記イ,ウで検討したとおり,その主張は採用できない。

(6)  損害額

控訴人は,有て社に計5000万円を投資名目で預託して,回収不能となったとして,その損害を求めている。そして,時期的にみて,上記の5000万円は,投資に使用されたとはいえず,ワ社の必要費用の支払に流用されたといえるので,全額が損害である。

第4結論

以上によれば,控訴人の請求は理由があるからこれを認容すべきところ,これと異なる原判決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 岡田治 裁判官 河村隆司)

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