名古屋高等裁判所 平成23年(ネ)646号 判決 2012年7月24日
控訴人(一審原告)
東京海上日動火災保険株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
野田裕之
小川宏嗣
大杉浩二
関口宗男
被控訴人(一審被告)
東大高区
同代表者区長
B
同訴訟代理人弁護士
櫻井博太
被控訴人(一審被告)
Y1
同訴訟代理人弁護士
中林良太
佐藤健三
被控訴人(一審被告)
Y2
同訴訟代理人弁護士
細井靖浩
主文
本件控訴を棄却する。
訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して五〇〇〇万円及びこれに対する平成一八年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
二 被控訴人ら
主文同旨
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人東大高区主催の春の祭礼における山車巡礼において、山車の前方で操縦していた男性が山車とカーブミラーに挟まれて死亡した事件につき、男性の母に対し、同人との保険契約に基づき保険金を支払った保険会社である控訴人が、同事件について、上記祭礼の主催者又は責任者らである被控訴人らには、上記祭礼に参加する者の生命又は身体につき安全配慮義務違反としての過失があり、商法六六二条により被控訴人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権を代位取得したなどと主張して、被控訴人らに対し、連帯して損害賠償金のうちの一部である五〇〇〇万円及び上記代位取得をした日の翌日である平成一八年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は、被控訴人東大高区に対しては、同区は権利能力なき社団に当たらないとして訴えを却下し、被控訴人Y1及び同Y2に対しては、本件事故発生の予見可能性がないなどとして請求を棄却したため、控訴人が控訴した。
なお、略語は、特に断らない限り、原判決の例による。
二 前提事実
次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
原判決二頁二三行目の「春の祭礼」を「上記同日の春の祭礼(以下「本件祭礼」という。)」と改め、同行目の「本件祭礼」を「本件山車巡行」と改める。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」三に記載のとおりであるから(ただし、単に「東大高区」とあるのをすべて「被控訴人東大高区」と改める。)、これを引用する。
(1) 原判決六頁一〇行目の「事故である。」を「事故であるが、同山車は、子供囃子が多数乗り込み、多人数により牽引される車であるから、「交通乗用具」に該当する。」と改める。
(2) 原判決七頁一四行目の「被告Y2及び被告Y1」を「被控訴人東大高区、同Y2及び同Y1(以下、被控訴人Y2及び同Y1を併せて「被控訴人Y2ら」という。)」
(3) 原判決七頁一七行目の「本件事故は、」を「被控訴人らは、春の祭礼の主催者、最高責任者又は責任者として、本件祭礼に参加する者の生命及び身体の安全について配慮する義務を有していた。本件事故は、」と改める。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
一 争点(1)(被控訴人東大高区が権利能力なき社団であるか否か)について
(1) 認定事実
次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」一(認定事実)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
ア 原判決一四頁一〇行目の「証拠(乙ロ一〇。被告Y1本人供述)」を「証拠(甲九の一ないし三、甲一一、乙イ一、二、乙イ三の一ないし三、乙ロ一〇、被控訴人Y1本人)」と改める。
イ 原判決一四頁一二行目の「東大高区とは」を「被控訴人東大高区とは」と改める。
ウ 原判決一四頁一三行目の「隣組の集まりである。」を次のとおり改める。
「人の集まりであり、地区の一定範囲毎に隣組をつくり、各隣組毎に一名の代表者を選出し、その者が後記の区会議員を務めることになっている。」
エ 原判決一四頁一四行目の「東大高区には」を「被控訴人東大高区には」と改める。
オ 原判決一四頁一四行目から一五行目の各「区議会」をいずれも「区会」と改める。
カ 原判決一四頁一六行目の「区議会で」を「区会では、被控訴人東大高区として行うべき行事や業務、予算等について審議し、」と改める。
キ 原判決一四頁一七行目の「東大高区」を「被控訴人東大高区」と改める。
ク 原判決一四頁二〇行目と二一行目との間に、次のとおり加える。
「 なお、被控訴人東大高区の役員には、区長一名、副区長一名、相談役一名、区会議員一〇名のほか、氏子総代及び町会議員がいる。」
ケ 原判決一四頁二二行目の「東大高区」を「被控訴人東大高区」と改める。
コ 原判決一四頁二三行目と二四行目の間に、次のとおり加える。
「 被控訴人東大高区の一般会計については、区費一〇〇万円余りのほか、区長事務委託費を含めて、年間五〇〇万円余から八〇〇万円余の収入及び支出があり、副区長が会計を担当し、毎年一二月に決算報告書を作成し、区会及び総会に報告して承認を得ている。」
サ 原判決一四頁二四行目「東大高区」を「被控訴人東大高区」と改める。
シ 原判決一四頁二六行目の「東大高区は、」を「被控訴人東大高区は、武豊町から委嘱を受けた同町の行政事務及び春の祭礼などを固有の業務として、」を加える。
ス 原判決一五頁二行目の「遂行するが、実際の主たる役割は」を次のとおり改める。
「遂行し、春の祭礼の最高責任者として、同祭礼に関して、警察署や名古屋鉄道株式会社に対して、東大高区長名で、道路使用許可申請、祭礼行事等開催届、山車踏切横断許可申込みの手続を行うなどするが、日常的な業務としては」
(2) 判断
ア 権利能力なき社団といえるためには、団体としての組織を備え、多数決の原理が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において、代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることが必要である(最高裁昭和三九年一〇月一五日第一小法廷判決・民集一八巻八号一六七一頁参照)。
イ これを本件についてみると、前記(1)の認定事実によれば、被控訴人東大高区は、武豊町東大高区に居住する住民が任意に加入することにより組織される人の集まりであるところ、明文の規約はないものの、従前からの慣習により、代表者を区長とし、その選出方法も定まっており、隣組の代表者である区会議員で組織される区会が月一回開催され、多数決により団体としての意思決定がなされ、また、隣組加入の区民全員による総会が毎年一月に開催され、次年度の区長となる副区長が選出されている上、毎年数百万円単位の収支が東大高区長名義の口座で管理され、副区長による会計処理及び決算報告がなされていることが認められるから、被控訴人東大高区は、団体としての組織を備え、多数決原理が行われ、構成員が変更しても団体として存続し、代表の方法、総会の運営、財産の管理等、団体としての主要な点も確定しているものということができる。
したがって、東大高区は、権利能力なき社団であるというべきである。
ウ これに対し、被控訴人東大高区は、東大高区は、沿革的に武豊町の一部であり、武豊町から町役場事務の委嘱をうけた町長が、同事務を執行する範囲を画する行政区画を呼称するものにすぎず、団体としての独自性や固有の目的を欠き、自律的な活動を行っているわけではないこと、役員は、武豊町から委嘱された町役場事務を武豊町に代わって代行するために、慣例により順番に従って役員という名称を冠されるだけの存在であり、住民にも団体の構成員であるとの認識はないなど、組織性もないことを指摘して、被控訴人東大高区が権利能力なき社団であるといえない旨主張する。
しかし、仮に、被控訴人東大高区の沿革が武豊町の一部である行政区画の呼称から始まったものであるとしても、本件事故当時には、被控訴人東大高区は、構成員を東大高区内に居住する住民の任意加入者とし、自ら財産を管理し、武豊町から委嘱された行政事務のみならず、固有の事務の処理もし、多数決で意思決定をし、代表を定めるなど、団体としての実体及び組織性を備えていることに照らせば、単なる行政区画の呼称であるということはできず、団体としての独自性や固有の目的を有する権利能力なき社団であることは明らかである。
したがって、被控訴人東大高区の主張は採用できない。
二 争点(2)(本件事故が本件保険契約の対象となるか否か)について
次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決一七頁七行目と八行目の間に、次のとおり加える。
「 そして、山車の最上部等には、人を乗せる部分があり、巡行時において、厄年の者一名か二名のほか、子供囃子六名が乗るのが通常である。」
(2) 原判決一七頁一五行目の「主張する。」から同二〇行目の「見当たらない。」までを「主張するが、そのように限定的に解すべき根拠はない。」と改める。
(3) 原判決一七頁二二行目の「さらに」を「そして」と改める。
三 争点(3)(被控訴人Y2らの注意義務違反の有無)について
(1) 認定事実
前記前提事実に加え証拠<省略>を総合すると、以下の事実が認められる。
ア 東大高区における春の祭礼及び山車巡行
東大高区において毎年行われる春の祭礼は、五穀豊穣のお礼に、神を村(東大高区)一周の旅に連れておもてなしをするといういわゆる豊年祭りであり、東大高区内のa神社において、長年にわたって続けられている伝統行事である。毎年四月の第一土曜日及び日曜日の二日間に挙行され、その中心行事として、○○車と呼ばれる山車で東大高区内を巡行する山車巡行が行われる。
春の祭礼は、被控訴人東大高区が行う恒例の行事であり、区長がその最高責任者であり、祭礼の具体的準備を行う後記の祭礼保存会の定期役員会に適宜参加するとともに、警察署や名古屋鉄道株式会社に対し、東大高区長の名で道路使用許可申請や山車踏切横断許可申込書等の手続を行っている。
山車巡行は、少なくとも最近二〇年ほどの間、巡行路として、隔年により二つのルートを使用して実施されてきており、平成一八年四月一日及び二日に実施された本件祭礼の一環として同月一日に行われた本件山車巡行の巡行路は、原判決別紙三(以下「別紙三」という。)のとおりであった。
なお、山車巡行は、上記のとおり永年にわたって実施されてきているが、本件事故までは、人身事故等の事故は発生したことがなかった。
イ 山車及びそれに関わる係の概要
特に断らない限りは、従前の山車巡行及び本件山車巡行を通じて、次のとおりであった。
(ア) 山車巡行に使用される山車は、幅約一八六cm、長さ約六〇〇cm、高さ約四八〇cmであり、重さは約二トンである。木製の車輪が四個付いているが、ブレーキはない。
山車本体の前後には下から約九三cmの位置に幅約一三cm、長さ約六〇cmの梶棒(進行方向前部を前楫、後部を後楫という。)が、それぞれ左右対称に水平に取り付けられており、山車前部には、前方に伸びる左右の梶棒を繋ぐ太さ約七cmの綱(白色のロープが幾重にも巻き付けられ棒状になったもの、以下「本件綱」という。)があり、山車本体前部の中央部から左右の前楫用梶棒と並行して一本の綱が取り付けられ、この綱は、本件綱より本体寄りで二本に別れ、本件綱と結び付けられて、二本のまま前楫と並行に前方に伸びている(この綱を、以下「引き綱」という。)。
また、山車の左右の本体側面の前後隅には、各一本ずつ合計四本の綱(以下「横綱」という。)が上部から下がっている。
(イ) 山車は、上記二本の引き綱を牽引して進行させる。
引き綱は、前楫より前方に伸びる部分である中綱と先端の先綱から成り、小学校のときからお囃子をやった経験者から約二〇名ほどの者が、山車本体寄りに中綱係(若い衆、もっとも若い者は一四歳である。)として配置され、このうち山車本体に近い者が適宜交代で前楫の間に入って、本件綱を進行方向と反対方向(山車本体側)に押すなどしてブレーキ役を果たす。中綱係の先には、二〇名から七〇名ほどの一般客(一部には祭礼保存会の者もいる。)が中綱を持つ。その先に、綱の余部を身体に巻き付けて持つ先綱係が配置される。さらに、引き綱の前方には、先頭から順に、東大高区の旗印を持つ大麻係、高張提燈を持つ高張提燈係、露払い(いずれも徒歩)が配置される。
前楫係には厄年にあたる満二三、四歳の若者が四人(各梶棒に二人ずつ)配置され、後楫係には六人(各梶棒に三人ずつ)及び横綱係には四人(綱毎に一人)が、それぞれ前楫係の経験者から選任されて配置され、山車の進行方向右前方、前楫係の近くには前楫目付一名が、後楫係の後方には後楫目付二名(後楫係の経験者でもある。)が配置され、さらにその後方には一般客監視役として、被控訴人東大高区の役員や祭礼保存会の相談役等が一〇名程度配置される。これらの山車本体の中心に近いほど、経験豊富な者が配置され、引き綱も同様に山車本体に近いほど、経験豊富な者が配置されて、その中から前楫係が選任される。
また、前楫係、横綱係及び後楫係の周囲の四方には、運行責任者と拍子木を所持する者が、運行係として、それぞれ対角線上に一名ずつ(合計四名)が配置され、これらの者は、危険を知らせたり、緊急停止の指図をする警笛を所持している。
上記隊列の先頭を祭礼車一号車が先導し、最後方を祭礼車二号車・三号車が追行し、これらの周囲に一般車両誘導係が数人ずつ配置される。
さらに、八歳から一三歳までの子ども二五名ほどがお囃子を担当している。
ウ 山車の操縦等
特に断らない限りは、従前の山車巡行及び本件山車巡行を通じて、次のとおりであった。
(ア) 山車は、運行責任者が一般客を含む周囲の安全を確認し、山車巡行の準備が整ったことについて、提灯を上げて合図し、拍子木所持者が、改めて周囲を確認して巡行を開始しても大丈夫であれば、拍子木を打ち、山車巡行が開始する。
先綱係やその前方の露払い等の係が先導し、先綱部分の周辺の安全確保に当たる。
(イ) 山車は、これを操縦する者がかけ声をかけながら、人が歩くよりやや遅いくらいの速度で巡行するが、時にそれ以上の速度で巡行することもある。山車の動力は主に中綱係が行い、その前方で中綱を持つ一般客らは、動力というより、むしろ行列に参加して山車を賑わせる役割を果たす。
山車の停止は、引き綱を緩めること、ブレーキ役が本件綱や壇箱(前楫の梶棒の付け根部分の下にある木枠部分)を後方(山車本体側)に向かって押すこと、横綱係が、横綱を横から後方へ引っ張ることなどによって行う。その場合、人が歩くよりやや遅い速さのときは、本件山車を前に引く者が一斉に引くことを止めると、数十cm動くだけで停止する。ブレーキ役は、中綱係が交代で担当し、本件綱付近に配置され、山車を前進させるときは引き綱を引き、停止させるときは前楫の楫棒と楫棒との間に入り、進行方向に背中を向けて、本件綱を山車側に押してブレーキをかける。また、斜面など推進力が出てしまう場合などでは、横綱を後方へ引っ張る方法も使うことがある。なお、横綱は、回転する際の横揺れ防止のためにこれを横に引っ張ることもある。
(ウ) 山車の進行方向やその修正の操作は、後楫係が担当し、後楫目付の指示を受けながら、後楫の梶棒に適宜力を加えるなどして行う。
本件山車巡行の巡行路においては、別紙三のとおり、山車を直進させるだけでなく、交差点で右折又は左折させるために山車をほぼ九〇度回転させたり、電柱などの障害物を避けながら進行させる必要がある箇所があるため、山車の進行方向を修正する操作を要する場面があるほか、方向転換のために山車を一八〇度回転させる必要がある場面もある。
(エ) 方向転換のために山車を一八〇度施回させるときには、後楫係が梶棒を持ち上げつつ山車に対して横に押して山車前方部分を中心点として施回させ、その途中で中綱係が引き綱を進行方向に引くことで、山車を施回させる。
この施回時においても、山車には、子供囃子らが乗車し、笛や太鼓などを演奏している。
(オ) 山車がオーバーランしたり、狭隘な箇所を通行して他に接触しそうになったりするなど、引き綱を引いている者らに危険等を知らせる必要が生じたときは、運行係(運行責任者、拍子木所持者)が、山車を停止する合図として警笛を吹く。
エ 祭礼保存会の組織及び役割
特に断らない限りは、従前の山車巡行及び本件山車巡行を通じて、次のとおりであった。
(ア) 被控訴人東大高区には、春の祭礼を保存し継続させることを目的とする祭礼保存会が設置されており、東大高区内の住民が任意で加入する。
本件祭礼当時は、約一六〇名の会員がおり、年度によって一〇人から二〇人程度の変動がある。
祭礼保存会長は、満四三歳の者から同級生同士の話合いで決めて、春の祭礼の翌日に役員会で指名され、翌年の春の祭礼までの一年が任期であり、無報酬である。
(イ) 祭礼保存会長は、春の祭礼の実質的な責任者であり、祭礼保存会の定期役員会を通じて、山車を引く者の人選や配置、巡行経路を決定し、その安全確認や山車巡行の稽古を行うとともに、東大高区長の名で警察等に提出する書類を作成するなどの事務処理も行う。
オ 本件祭礼までの準備
(ア) 祭礼保存会は、本件祭礼に向けて、平成一七年一二月から平成一八年三月まで毎月一回の定期役員会を開催した。被控訴人Y2は本件祭礼当時の祭礼保存会長であった。
定期役員会には、祭礼保存会の役員のほかに、東大高区長及び副区長が参加していた。定期役員会においては、本件山車巡行を行う者の人選及び配置並びに山車の巡行路を決定し、巡行路の安全確認等を実施した。また、本件祭礼の一週間前から毎日、一、二時間ほど、山車を引き回す際のかけ声等の練習を行った。なお、山車は、祭礼という神事の際に組み立てて使用し、山車そのものを用いて祭礼前に操縦の練習をすることが困難であるため、軽トラックを山車に見立てて、その周囲に実際に曳き手を配置し、持ち場の確認、かけ声やフォーメーションの確認を行った。
(イ) 定期役員会及び安全確認等の実施時期、内容の要旨は以下のとおりである。
① 平成一七年一二月四日(日)
一九時~二一時
定期役員会 約七〇人参加
本件祭礼スケジュール、コース案、メンバー確認
② 平成一八年一月一五日(日)
一九時~二一時
定期役員会 約四〇人参加
祭礼内容の詳細確認、打ち合わせ
③ 平成一八年二月五日(日)
一九時~二一時
定期役員会 約四〇人参加
役割分担の詳細を決定
④ 平成一八年三月五日(日)
一九時~二一時
定期役員会 約四〇人参加
コース詳細、時刻等の再確認と周知徹底
⑤ 平成一八年三月一二日(日)
九時~一二時
祭礼準備 約六〇人参加
運行路の安全確認
⑥ 平成一八年三月二五日(土)~同月三一日(金)一九時~二〇時三〇分
稽古 約四〇人~八〇人参加
若い衆による合図等の練習
⑦ 平成一八年三月二六日(日)
九時~一二時
祭礼準備 約七〇人参加
運行路への看板設置(通行規制、駐車禁止等)
山車の組立、軽トラック等を用いての持ち場のシミュレートを実施
⑧ 平成一八年四月一日(土)
八時~
山車周り準備~出発
(ウ) 被控訴人東大高区は、AIU保険会社との間で東大高区長の名で普通傷害保険契約を締結した。
そして、被控訴人東大高区においては、未成年者が本件祭礼に参加する場合には、保護者から、不測の事故の場合は上記保険の範囲内での対処とすることに同意する旨の東大高区会長宛ての同意書(以下「本件同意書」という。)を取り付け、また、成年の若い衆においても、保護者用の上記書式のままのものではあるが、同じ内容の本件同意書を取り付けており、Cにおいても、これを提出した。
(エ) 被控訴人Y1は、本件祭礼実施当時、被控訴人東大高区長であり、本件祭礼に関し、祭礼保存会の定期役員会にも適宜参加した。
カ Cの山車巡行に関する経験及び本件山車巡行における役割等
C(本件事故当時二二歳)は、小学校の平成四年から平成七年までお囃子として山車巡行に参加し、平成八年から平成一三年までは本件祭礼に参加しなかったが、平成一四年から平成一六年まで引き綱の引き手である中綱係(若い衆)として参加していた。平成一七年は参加しなかったが、平成一八年の本件山車巡行においては中綱係の中では一番年上で、経験も長かったため、本件綱近くでブレーキ役を務める者のうちの一人として配置された。
キ 本件事故現場の状況
本件事故現場は、愛知県知多郡<以下省略>先のカーブミラー(スチール製の支柱の直径七・五cm、高さ三三七cm。以下「本件カーブミラー」という。)が設置された信号機のないT字路交差点(以下「本件交差点」という。)である。本件交差点は、東西に走る市道(以下「東西道路」という。)に南から突き当たる道路(以下「南側道路」という。)によって構成されており、東西道路、南側道路ともにアスファルト舗装されているが、センターライン等の通行区分はない。東西道路は、本件交差点の東側の幅員が約三・二mであり、その両側に約〇・四三mの側溝があり、東側に向かってわずかに下り傾斜をなし、本件交差点の西側の幅員が約六・一mであり、その両側には空き地があり、南側道路の幅員は約三・八mである。本件交差点付近の概況は原判決別紙二(以下「別紙二」という。)のとおりである。
ク 本件事故発生の経過
(ア) 平成一八年四月一日午後四時過ぎ、Cが中綱係を務める山車は、東西道路を東方向から本件交差点に進入し、同道路を少し西に行った場所(別紙二の①の山車の位置であり、本件カーブミラーの西南西約一五・六メートルの地点。以下「本件停止位置」という。)に到着し、この位置で西向きに停止し、同場所で二〇分ほどの休憩が取られた。この場所の北側の別紙二記載の空き地には一般人の見物人が二〇名ほどおり、被控訴人Y2及び被控訴人Y1は、それぞれ別紙二記載の位置にいた。
この場所は、巡行路の折り返し地点に当たり、その場で山車を方向転換するために一八〇度回転させることになっており、同所付近には一般客が多く集まり、祭りの見せ場の一つとなっていた。
(イ) 休憩後の再出発に当たっては、一般客をすべて山車の周辺から遠ざけ、曳き手は祭礼保存会のメンバーの中綱係だけとし、一般客には引き綱をとらせなかった。
午後四時三〇分ころ、運行係の合図により、本件停止位置において、例年どおり、後楫係六名が梶棒を持ち上げるようにしながら南側から押して山車を反時計回りに回転させる力を加え、回転の途中から中綱係二〇名余の曳き手で引き綱を進行方向である東西道路の東側道路方向に引っ張ることによって一八〇度向きを変えて東に進行させて、当初の停止位置(本件停止位置)から約一五メートルから二〇メートル東に進行した位置(別紙二の①の山車の位置から②の山車の位置、③の山車の位置を経てさらに数メートル東に進行した、東西道路の東側道路上の位置)で停止させるという作業を一連の動作で行おうとした。
ところが、実際に上記動作を行った際、山車は一八〇度以上の回転をし、本来予定していた進路からやや北側に外れて本件カーブミラーの方向に進行していくため、そのことに気付いた運行係(運行責任者又は拍子木所持者)が緊急停止の警笛を鳴らしたが、その時点では、中綱係の中からブレーキ役のCら三名が前楫の梶棒の間に入って本件綱に取り付いていたものの(Cは、三名のうち最も北寄りに位置した。)、山車が既に本件カーブミラーに迫っていたために、山車を停止させることができず、Cは、背後から本件カーブミラーに衝突してその支柱と本件綱との間に挟まれ(本件山車は別紙二の③の位置、Cは同図面「C」の位置)、同支柱が大きく傾くほどの衝撃を受けて死亡した。なお、同支柱の東側約八三cmの位置にコンクリート製電柱があったが、同電柱には擦過痕等のキズはなかった。
(2) 本件事故の原因と本件事故を回避する方策
ア 前記(1)クで認定した事実によれば、本件事故は、本件停止位置において本件山車を西向きから東向きに方向転換するために本件山車を回転させた際(以下、この回転を「本件回転操作」という。)、本件停止位置において、西向きに停止した状態の本件山車を一八〇度回転させて東方向の東西道路の東側道路上に進行させるべきところを、一八〇度を超えて回転させてやや北東方向に進行させたこと(以下、この状態を「本件超過回転」ともいう。)が原因となって発生したものということができる。
したがって、本件回転操作において、本件山車を上記のように超過回転をさせないことにより、本件事故の発生を回避することができたことになる。
イ ところで、証拠<省略>によれば、本件回転操作において本件超過回転させてしまったのであるが、それでも本件回転操作終了の時点では、本件山車の前楫の先端から本件カーブミラーまでは六m程度の距離があったものと認められるところ、前記(1)ウ(イ)のとおり、本件山車については、本件巡行時における通常の速度である、人が歩くよりやや遅い速さのときには、本件山車を進行方向に引く者が一斉に引くことを止めると、数十cm動くだけで停止するというのであるから、本件回転操作においては、回転させる力に進行方向に牽引する力が加わるため(前記(1)ウ(エ)、ク(イ))、本件山車が前進する速度がそれよりも速くなっていたとしても、本件回転操作終了時かその直後において、緊急停止を指示するための警笛が吹鳴され、本件山車を進行方向に曳き手が一斉に引くことを止めた場合には、本件山車は本件カーブミラーの手前で停止して本件事故の発生に至らなかったものと推認される。
そして、前記(1)ウの事実及び証拠<省略>によれば、本件回転操作時においては、本件山車の前楫付近の左右にそれぞれ運行係(運行責任者又は拍子木所持者)が配置されていたものと認められるところ、上記運行係は、本件回転操作により本件山車が予定の回転度数を超えて回転し、その進行方向が北側にずれて北東方向に進行を開始したことを、本件回転操作終了時には認識することができたものと推認されるから、上記運行係において、直ちに警笛を吹鳴して本件山車の緊急停止を指示しておれば、本件事故の発生を回避し得たことになる。
ところが、現実には、前記(1)ク(イ)のとおり、運行係の警笛吹鳴があったにもかかわらず、本件山車は本件カーブミラーに衝突して本件事故が発生したのであるから、本件事故の発生については、運行係の警笛吹鳴の遅れもその原因となったものと推認される。
ウ したがって、本件事故は、本件回転操作における本件超過回転と運行係の警笛吹鳴の遅れが重なって発生したものであり、本件超過回転の発生を防止する方策を講ずるか、運行係の警笛吹鳴の遅れの生じるのを防止する方策を講じることで本件事故の発生を回避できたことになる。
(3) 被控訴人Y2らの負う注意義務とその内容
ア 本件祭礼は、被控訴人東大高区が主催するものであるから、その代表者である東大高区長は本件祭礼の最高責任者の地位にあり、また、祭礼保存会会長は、東大高区長の下で本件祭礼の実務を取り仕切る責任者の地位にあり、実際にも、東大高区長及び祭礼保存会会長は、前記(1)ア、エ、オのとおり、本件祭礼においてもその準備段階から関与しているのであるから、東大高区長及び祭礼保存会会長は、本件山車巡行に伴う危険の有無を把握し、これに対応することが可能な立場にあったのであり、したがって、本件山車巡行が参加者や見物人の生命・身体に危害が及ぶことのないよう、その安全に配慮して実施すべき注意義務(安全配慮義務)を負っていたものというべきである。
そして、本件祭礼当時、被控訴人Y1は東大高区長であり、被控訴人Y2は祭礼保存会会長であったから、被控訴人Y2らは、本件山車巡行について、上記安全配慮義務を負っていたものである。
イ ところで、本件祭礼は東大高区で長く続く伝統行事であり、同区内に居住する住民は、幼い頃から本件祭礼を見学したり、お囃子として参加したりすることにより山車の巡行がどのようなものであるかを直接体験してきており、殊に、山車を引く者の多くは山車巡行に直接参加して既に経験をしている者が多いのであるから、山車を操縦する者には、山車巡行に伴う危険の有無及び程度に関する一定の認識や判断能力はあったものと推認される。そして、山車を自ら操縦する以上、山車巡行に伴う危険の回避は、第一次的には操縦自体を行う者に委ねざるを得ず、成年の若い衆は自ら、また、巡行に参加する未成年者の場合はその親が、それぞれ祭礼保存会の会長宛てに本件同意書を差し入れていることも、そのことを前提としたものであるということができる。
したがって、祭礼保存会の会長及び東大高区の区長である被控訴人Y2らが山車巡行の参加者に対して負担する安全配慮義務は、山車の操微を行う者が上記のような能力を有する者であることを前提として、本件山車巡行に存在する危険の内容や程度に応じて、適切な人選及び配置を行うとともに、誘導や見張りなどの安全確保のための人員の配置を行い、また、決定した巡行路の確認・徹底や山車の使用を想定しての練習の実施といった本件山車巡行を安全に行いうる環境や条件を整えることが主な内容となるものと解するのが相当である。
ウ 本件山車巡行における人身事故発生の危険性
(ア) 本件山車巡行は、前記のとおり、長さ約六m、高さ約四・八m、重さ約二トンの山車一台を人力で牽引して東大高区内の定められたルート(道路)を巡行するものであるが、その巡行は、東大高区の旗印を持つ大麻係、高張提燈を持つ高張提燈係及び露払いが徒歩で先導し、巡行中も山車内には子供囃子らを乗車させて、人が歩くよりやや遅い速度で、笛や太鼓の鳴り物入りで山車を巡行させて練り歩くという平穏な態様で行われるものである上、山車は人力で牽引されて上記のような低速度で進行しているため、山車の曳き手が一斉に牽引を止めると、山車は数十cm動くだけで停止することもあって、これまで、永年にわたって実施されてきた山車巡行において、山車が暴走あるいは逸走し、又は山車が転倒するなどして、人身事故等の事故を起こすなどのことはなかった。
したがって、本件山車巡行は、全体として、その態様等において、人身事故の惹起を容易に予想させるようなものではなく、むしろ、そのような危険がほとんどない、比較的安全な祭礼行事に属するものということができ、証拠<省略>によれば、被控訴人Y2らも本件山車巡行について上記のように認識を有していたものであったことが認められる。
(イ) もっとも、本件山車の運行に関する操縦はすべて人力であり、その操縦に直接関わるものだけでも少なくとも三〇人(中綱の前方で綱を引く一般客を除いた人数)になるため、その者らが、山車の進行や停止などの操縦において、意思を統一して協調して行動をとるのでないと、山車を安全に進行させ、停止させ、さらには、交差点において右折や左折のための進路変更させることができないことは明らかである。特に、本件山車巡行にあっては、本件事故現場付近において、山車を一八〇度回転させて方向転換をする必要があるが、この方向転換のための回転は、前記のとおり、後楫係の六人が楫棒を持ち上げるようにして横方向に力を加えて回転力を与えるのに合わせて、中綱係の二〇名余の者が進行方向に中綱を引っ張るという協同作業によって行われるものであるため、後楫係と中綱係との連携や協調に齟齬が生じるようなことがあれば、その操縦が円滑に行われず、回転不足や回転超過の事態が生じ得ることは容易に推認されるところであり、このことに、本件山車の前記のような高さや重量を併せ考えると、上記の方向転換のための山車の回転操作において、山車が回転不足や回転超過により予定と違った方向に進行するなどして、周囲の人や物に衝突等して人身事故が発生する可能性がないとはいえない。
(ウ) したがって、本件山車巡行は、全体として、人身事故発生の危険がほとんどない比較的安全な祭礼行事であり、実際にも、永年にわたり実施されてきているが、人身事故等の事故は起きていないのであるけれども、その危険が全くないというものではなく、特に本件山車巡行における方向転換のための山車の回転操作においては、その危険の存在を否定することはできない。
そして、被控訴人東大高区及び祭礼保存会が、山車巡行の実施に当たって、前記(1)で認定したとおり、過去の山車巡行と同様に、山車巡行に参加する者の間において、操縦の役割を決め、運行係のほか、後楫目付及び前楫目付を配し、万一の場合の緊急停止の場合には運行係が警笛を吹鳴するなどの体制を講ずるなどの措置を講じていること(本件山車巡行に当たっては、万一の人身事故等が生じた場合に備えてAIU保険会社との間に傷害保険契約を締結する措置も講じている。)からすると、被控訴人Y2らにおいては、本件山車巡行において、上記のような危険が潜在していることについての認識を有していたものということができる。
(4) 被控訴人Y2らの安全配慮義務違反の有無
ア そこで、前記した本件事故の原因とその回避方策に即して、控訴人の主張する被控訴人Y2らの安全配慮義務違反の有無に関し、以下において、本件超過回転を防止して本件事故を回避すべき注意義務違反の有無、警笛吹鳴の遅れを防止して本件事故を回避すべき注意義務違反の有無について検討するとともに、控訴人主張の本件回転操作場所選定に関する注意義務違反の有無について検討する。
イ 本件超過回転防止に関する注意義務違反の有無
控訴人は、被控訴人Y2らには、本件回転操作における超過回転を防止して本件事故の発生を回避するについて、①本件回転操作には高度な技術を要するため、参加者に十分に一連の動作に慣れさせ、正確に実施できるよう、十分な練習を行って注意・指導すべきであったにもかかわらず、これを怠って、十分な練習をせず(原判決七頁イの主張)、また、②適切な人員配置をすべきであるのに、これを怠り、山車を東方に引こうとする曳き手が二〇名以上であったのに、山車のブレーキ役を担っていたのはCを含めて三名のみとして適切な配置を怠り(原判決八頁エの主張)、さらに、③山車の操縦について指揮監督する立場の者を適切に配置し、山車の操縦が適切に行われるかを確認して、事故発生のための適切な監督体制を整える必要があったのに、これを怠った(原判決八頁オの主張の一部)旨主張する。
なるほど、本件回転操作は、前記のとおり、後楫係の六人が楫棒を持ち上げるようにして横方向に力を加えて回転力を与えるのに合わせて、中綱係の二〇名余の者が進行方向に中綱を引っ張るという協同作業を短時間に行うものであるから、本件回転操作を安全かつ円滑に行うためには、これに関与する者において相当程度の経験と技術を有する必要があり、また、後楫係と曳き手などに適切な人員配置をするとともに、山車の操縦に関して意思統一をして協調した行動を行うための体制とする必要があることは、控訴人主張のとおりである。
しかし、前記(1)で認定した事実によれば、祭礼保存会においては、従前から、山車の操縦に関わる程度と重要度に応じて、例えば後楫係及び横綱係には前楫経験者から選任し、前楫係についても経験に応じて、経験豊富な者を山車本体の近くに配置するなどにより、経験者の判断と指示により山車を操縦する態勢をつくって、上記の必要に応じていること(前記(1)イ)、そして、山車は、祭礼という神事の際にしか使用できず、山車そのものを用いて祭礼前に操縦の練習をすることができないため、祭礼保存会では、本件祭礼前において、本件山車巡行の参加者を集めて、かけ声に従った動きや持ち場の確認を行っただけでなく、軽トラックを山車に見立てて、その周囲に実際に曳き手を配置して、持ち場の確認、かけ声やフォーメーションの確認をするなど、山車の操縦の練習を行ったこと(前記(1)オ(ア)、(イ))、本件回転操作においては、後楫係六名と中綱係二〇名余が協同して回転させながら進行方向に引く操作を行うのであるが、山車の近くにいる中綱係の者が適宜交代でブレーキ役を務めるほか、横綱係も必要に応じて停止のための行動に参加する態勢をとっていたものであり、たまたま本件事故発生時においてはCを含む三名が上記ブレーキ役を務めていたものであること(前記(1)ウ(イ)、ク(イ))、また、本件山車巡行の指揮監督体制としては、全体の進行及び停止の指示に関しては、運行係として運行責任者二名及び拍子木所持者二名が前楫及び後楫の左右に配置されるほか、後楫係の後方には、前楫及び後楫経験者した後楫目付が二名配置され、前楫係の右前方には前楫係を経験した前楫目付一名が配置されて、それぞれ、操縦に関する具体的な指示を与え、さらに、緊急に山車を停止させる必要が生じた場合に備えて、運行係がその所持している警笛を吹鳴することで、山車の緊急停止を指示する役割を担う体制としていたこと(前記(1)イ、ウ)、そして、山車巡行に際しては、従前からこのような人員配置、事前練習及び指揮監督体制をとることで、永年にわたって特段の事故もなく、安全に本件回転操作と同様の転回操作を行ってきたことが認められる。
上記の事実によれば、祭礼保存会においては、本件山車巡行に際し、本件回転操作における超過回転等を防止して本件事故の発生を回避するため、永年にわたって本件回転操作と同様の回転操作が安全に実施されてきた実績を踏まえて、これを踏襲する内容で、人員配置、事前練習及び指導監督体制等において相応の措置を講じていたものということができる。
もっとも、上記のような措置にもかかわらず、本件回転操作において本件超過回転が生じたのであるから、上記のような措置は本件回転操作における本件超過回転の発生を防止できなかったのであり、その点では十分でなかったといわなければならない。しかし、本件回転操作が前記のように多人数が関わり、その統制のとれた協調行動により短時間に行う必要のある操作であるため、その操作において、ある程度の超過回転あるいは回転不足が生じることにはやむを得ない面があるところ、上記のような超過回転や回転不足を完全に絶無とするためには、多大の時間と費用をかけて実践さながらの練習をする必要があると思われるが、前記したとおり本件山車巡行は比較的安全なものである上、永年同様の措置により本件回転操作が安全に実施されてきたことからすると、本件回転操作において、本件山車について本件超過回転程度の超過回転が生じたからといって、祭礼保存会が講じた上記措置について、本件超過回転を防止するための措置として、安全配慮義務の観点から過失があったということはできない。
この点について、控訴人は、本件回転操作は、通常の山車巡行と異なり、山車にダイナミックな動きをさせるとともに、速度も格段と早い速度で転回させながら一五mから二〇m移動させるもので、危険性の高いものであるから、本件山車を実際に使用した転回操作練習を行うか、本件山車が慣例上練習には使用できないのであれば、適切な代替道具を使用して転回操作練習を行うべきであった旨主張し、なるほど、本件回転操作においては、山車について通常の山車巡行とは異なり、短時間に後楫係による回転力と中綱係による進行方向への牽引力が合わさって山車が半回転し進行方向に移動することにあるため、通常の山車巡行時に比べてダイナミックな動きがあり、また、通常の巡行時の速度に比べて早い速度となる面があることは事実である。しかし、本件回転操作中でも、本件山車には子供囃子らが乗車し、そのような状態で本件回転操作が行われるものであるから、山車についてのダイナミックな動きや進行が速くなるといっても、大幅に人身事故発生の危険が増大するとまではいえないから、控訴人主張のような練習をしていないからといって、祭礼保存会が講じた前記措置をもって本件超過回転を防止するに不十分で、過失があったというべきではない。
したがって、控訴人の上記主張は採用できない。
ウ 警笛吹鳴遅れ防止に関する注意義務違反の有無
控訴人は、被控訴人Y2らには、本件回転操作に際しては、指揮監督する立場の者を適切に配置し、山車の操縦が適切に行われるかを確認するとともに、もし山車が適切な操縦されない状況になった場合には、すぐさま山車の操縦を中止させ又は事故発生防止のための必要な操縦をさせる等、事故防止のための適切な監督体制を整える必要があったのに、これを怠り、運行係は衝突直前でしか警笛を鳴らせない状況にあった旨主張する(原判決八頁オの主張)。
しかし、前記イのとおり、本件山車巡行の指揮監督体制としては、全体の進行及び停止の指示に関しては、運行係として運行責任者二名及び拍子木所持者二名が前楫及び後楫の左右に配置されるほか、前楫及び後楫の左右にそれぞれ、前楫又は後楫の経験者が前楫目付、後楫目付として配置されて、操縦に関する具体的な指示を与え、緊急に山車を停止させる必要がある場合には、運行係がその所持している警笛を吹鳴することで、緊急停止を指示する役割を担う体制がとられ、本件山車巡行に際しては、従前からこのような指揮監督体制をとることで、永年にわたって特段の事故もなく、安全に本件回転操作と同様の転回操作を行ってきたことが認められるから(なお、配置された運行係や楫目付等の人選が不相当であったことを認めるべき証拠はない。)、祭礼保存会が講じた、このような指揮監督体制をもって警笛吹鳴後れを防止する体制として不十分で、過失があったということはできない。
もっとも、前記(2)イのとおり、実際には、運行係の警笛吹鳴の遅れがあり、これが本件事故発生の原因となる事態が生じているのであるが、この点については、どのような理由で運行係の警笛吹鳴が遅れたのかを解明するに足りる証拠はないから(前楫係の左右に配置されていた運行係や前楫係の右前方に配置されていた前楫目付に対する証人尋問等はなされていないため、同運行係が本件回転操作から本件事故発生までの間にどのような行動をしていたかなどの事実関係を明らかにすべき証拠はほとんど皆無である。)、運行係の警笛吹鳴の遅れがあったからといって、それが直ちに指揮監督体制上の欠陥を推認させる関係にはなく、むしろ、運行係として運行責任者二名及び拍子木所持者二名が前楫及び後楫の左右に配置されるほか、前楫又は後楫の経験者が前楫目付、後楫目付として配置されて、操縦に関する具体的な指示を与え、緊急に山車を停止させる必要がある場合には、運行係がその所持している警笛を吹鳴することで、緊急停止を指示する役割を担う体制は、指揮監督体制としては、配置場所及び配置人数の面でも相当に充実した体制であると評価することができるというべきである。
したがって、控訴人の上記主張は採用できない。
エ 本件停止位置での本件回転操作実施に関する注意義務違反の有無
控訴人は、本件回転操作において、万が一本件山車を思ったように操縦できない場合であっても、参加者の生命及び身体に危害が加わらないよう、本件回転操作は周囲に障害物がない場所で行うべきであるのに、被控訴人Y2らは、本件カーブミラー等が存在する本件事故現場を本件回転操作場所に選定した過失がある旨主張する(原判決八頁ウの主張)。
前記(2)及び上記アないしウで説示したところによれば、本件事故は、本件回転操作において生じた本件超過回転と本件超過回転による進行方向のずれの下での運行係の警笛吹鳴の遅れが重なって発生したのであるところ、祭礼保存会が講じた事故防止措置をもっては、本件回転操作における本件超過回転程度の回転超過の発生を完全に防止できるものではなかったのであるから、控訴人主張のとおり、本件回転操作を行う場所については、本件回転操作において超過回転が生じることもあり得ることを前提として、その場合でも安全に本件回転操作ができる場所を選定すべきであるといえる。
しかし、本件回転操作が行われた本件停止場所を含む本件事故現場付近は、別紙図面二のとおり、道路幅員は六・一mであるが、南北には空地があり、また、本件回転操作を開始した本件停止場所から本件事故の原因となった本件カーブミラーまでは一五・六m離れているため、本件回転操作を実施するのに十分な広さを有するのであり、実際にも、過去永年にわたって多数回、本件事故現場付近において本件回転操作と同様の転回操作を安全に実施してきているのであるから、本件事故現場付近が本件回転操作を行う場所として安全上不適切な場所であるとは認められない。
もっとも、そうすると、従前本件事故現場付近において安全に転回操作がなされたのに、本件回転操作のときにおいて本件事故が発生したのかという疑問が生じるのであるが、既に認定説示したとおり、本件回転操作における本件超過回転とそれにより本件山車が予定の進行方向より北側にずれて進行した状況で、運行係の警笛吹鳴の遅れが重なり、従前と同様の場所及び方法でなされた本件回転操作により本件事故が発生してしまったものと解されるのである(本件において本件事故の発生経過及び発生原因に関して取り調べられた証拠は極めて限定されているため、本件事故発生の原因が十分に明らかになっているとは言い難いから、上記した以上に、この疑問に対する確定的な判断をすることは困難である。)。
さらに、控訴人は、本件事故現場において本件回転操作を行うのであれば、本件事故の発生に備えて、他にも安全対策を講じるべきであったと主張し(原判決八頁ウの主張の一部)、具体的には、本件山車が本件カーブミラーの方向へ進行したとしても、これに直接接触することなく停止させることができるように、本件山車の停止位置をより西側に設定したり、本件カーブミラーの手前にバリケード等を設置するなどすべきであったのに、被控訴人Y2らはこれを怠った旨主張(控訴理由書一四頁(6)の主張の一部)する。
なるほど、本件回転操作は、本件停止場所で開始されたのであるが、証拠<省略>によれば、本件山車を本件停止場所よりさらに西側に停止させて、その停止場所から本件回転操作を開始することも可能であったことが認められ、そうした場合には、本件カーブミラーとの間にさらに距離ができるため、本件山車が本件カーブミラーと衝突する前に本件山車の進行を停止させ、本件事故を回避し得た可能性がないではない。しかし、過去永年にわたって多数回、本件事故現場付近において本件回転操作と同様の転回操作を安全に実施されてきているところ、本件停止位置が過去における同様の転回操作を開始した地点より本件カーブミラー側寄りであったことを認めるべき証拠のない本件においては、本件山車を本件停止場所よりさらに西側に停止させて、その停止場所から本件回転操作を開始させなかったからといって、そのことについて、前記安全配慮義務の視点から、被控訴人Y2らに過失があったものということまではできないし、本件カーブミラーの手前にバリケード等を設置しなかったことについても、同様に被控訴人Y2らに過失があったものということまではできない。
なお、本件山車巡行の巡行路において、より広く、障害物などないため、本件回転操作がより安全に実施できる場所があれば、そのような場所で転回操作を行うことが望ましいが、本件山車巡行路においてそのような場所が存在したことの主張立証はないし、過去永年にわたって多数回、本件事故現場付近において本件回転操作と同様の転回操作を安全に実施してきている事実に照らし、そうしなかったからといって、本件回転操作の場所の選定について過失があったということはできない。
オ ところで、本件山車巡行は、東大高区の本件祭礼の一環として、長年にわたって地区の住民ないし同住民により構成される被控訴人東大高区により実施され承継されてきた伝統行事であり、その実施方法は、巡行に使用される山車こそ相当の高さとかなりの重量を有するものの、同区内の道路を、人力で牽引して、人の歩く速度程度の低速度で、笛や太鼓の鳴り物入りで練り歩くことを基本とし、方向転換のための転回操作時には山車の動きが多少ダイナミックになり、速度も早まることはあるが、それでも、全体として、その態様等において、人身事故の惹起を容易に予想させるようなものではなく、そのような危険のほとんどない、比較的安全な祭礼行事に属し、実際にも永年実施されてきたが、これまで人身事故等の事故を起こしたことがなかったというのであるから、これを主催する側の被控訴人Y2らもそのような認識の下に、本件山車巡行に当たって、過去の本件山車巡行の実施前の練習、参加者の人選及び人員配置、指揮監督体制等を踏襲して、同様の実施前の練習をし、参加者の人選及び配置、さらには指揮監督体制等を講じて、本件山車巡行を実施したものである。
このようにして実施された本件山車巡行において、中綱係として本件山車巡行に従事していたCが本件回転操作後に本件山車と本件カーブミラーとの間に挟まれて死亡するという本件事故が発生したのであるが、上記イないしエにおいて検討したとおり、そのことについて被控訴人Y2らに安全配慮義務違反を認めることはできないというべきである。
控訴人は、これに反して、他にも、被控訴人Y2らに注意義務違反があった旨るる主張するのであるが、いずれも採用できない。
なお、本件山車巡行において、その参加者が死亡するという本件事故が生じたのであるから、本件事故前の山車巡行が安全に実施されてきたからといって、本件事故発生後の山車巡行においても本件事故前の山車巡行と同様の安全配慮措置を講じることをもって足りるとすることはできないのであり、被控訴人東大高区においては、山車巡行において再び本件事故のような人身事故が発生することのないよう、徹底的に山車巡行の安全方策を見直し、その安全確保のための措置を講じるべきは当然であり、そのことを怠って再び人身事故が発生した場合には、安全配慮義務違反の過失を免れないというべきである。
カ 以上のとおりであり、被控訴人Y2らには、本件山車巡行が安全に実施されるように配慮すべき注意義務に違反するところはないというべきであるから、本件事故について不法行為責任を負わない。
また、被控訴人東大高区においても、被控訴人Y2らに上記注意義務違反がない以上、不法行為責任を負わない。
第四結論
以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却すべきであり、したがって、原判決中、被控訴人Y2らに対する請求を棄却した部分は相当である。
他方、原判決中、被控訴人東大高区に対する訴えを却下した部分は相当でないが、他の被控訴人らに対する請求について認定説示したところにより、被控訴人東大高区に対する請求を棄却すべきことが明らかであるから、民事訴訟法三〇七条ただし書により自判することとするが、同法三〇四条により原判決より控訴人に不利益な判決をすることはできないから、被控訴人東大高区に対する訴えを却下した原判決をそのまま維持するほかない。
よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長門栄吉 裁判官 内田計一 山崎秀尚)
参考 原審判決
別紙二
<省略>
別紙三
<省略>