大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成23年(ネ)866号 判決 2011年12月21日

主文

1  原判決中,控訴人の請求に関する部分を次のとおり変更する。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,原判決別紙財産目録記載の番号Aの1ないし20の不動産について,それぞれ平成17年1月28日遺留分減殺を原因とする共有持分1億0160万7300分の559万0866の所有権一部移転登記手続をせよ。

3  控訴人と被控訴人らとの間において,控訴人が原判決別紙財産目録記載の番号Aの21ないし23の不動産について,それぞれ1億0160万7300分の559万0866の共有持分を有することを確認する。

4  控訴人と被控訴人らとの間において,控訴人が原判決別紙財産目録記載の番号B4-4の郵便貯金債権及び番号C1,2の証券について,それぞれ88万6100分の4万8757の準共有持分を有することを確認する。

5  被控訴人らは,控訴人に対し,それぞれ9万0343円(合計27万1029円)を支払え。

6  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

7  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中,控訴人の請求に関する部分を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人らは,控訴人に対し,原判決別紙財産目録記載の番号Aの1ないし20の不動産について,それぞれ平成17年1月28日遺留分減殺を原因とする共有持分1億0160万7300分の562万8315の所有権一部移転登記手続をせよ。

(3)  控訴人と被控訴人らとの間において,控訴人が原判決別紙財産目録記載の番号Aの21ないし23の不動産について,それぞれ1億0160万7300分の562万8315の共有持分を有することを確認する。

(4)  控訴人と被控訴人らとの間において,控訴人が原判決別紙財産目録記載の番号B4-4の郵便貯金債権及び番号C1,2の証券について,それぞれ20分の1の準共有持分を有することを確認する。

(5)  被控訴人らは,控訴人に対し,32万5025円を支払え。

(6)  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,被相続人γ(以下「亡父」という。)の子である控訴人が,遺産をすべて妻であるεに遺贈する旨の亡父の遺言は控訴人の遺留分を侵害するところ,非嫡出子の相続分及び遺留分を嫡出子の2分の1と定める民法900条4号ただし書,1044条の規定は憲法14条1項に反して無効であり,嫡出子と同じ遺留分を有すると主張して,εの相続人である被控訴人らに対し,遺留分減殺請求権に基づき,①亡父の遺産である土地について所有権の一部移転登記手続を,②同未登記建物について共有持分を有することの確認,③同郵便貯金及び証券について準共有持分を有することの確認,④同預金の解約金の返還を求める事案である。

原審は,民法900条4号ただし書は憲法14条1項に反しないから,控訴人の遺留分が嫡出子の2分の1であるとし,その限度で控訴人の各請求を認容し,その余の請求を棄却したため,控訴人が控訴した。

なお,相続人の一人であるβも,原審において,原告として,遺留分減殺請求権に基づき,上記①ないし④を求めていたが,βは控訴しなかったため,同人に対する判決は確定した。

略語は,特に断らない限り,原判決の例による。

2  前提事実,控訴人の主張及び被控訴人らの認否及び反論

原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」2ないし4に記載のとおりであるから(ただし,βの請求に関する部分を除く。),これを引用する。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,本件に民法900条4号ただし書を適用することは憲法14条1項に違反するので,控訴人の遺留分は他の相続人と同一であるから,控訴人の請求は,主文掲記の限度で理由があり,その余は理由がないものと判断する。

その理由は,以下のとおりである。

1  遺留分算定の基礎となる財産について

この点に関する認定は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」1に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

原判決6頁13行目の「証拠(乙1)」を「証拠(甲6の2・4,乙1)」と改め,同14行目の「窺われ」の次に「(なお,上記番号Z1-7の亡父名義の普通預金口座(κ農業協同組合λ支店・口座番号●●●●●●)から10万円の払戻しが行われた日は,亡父が死亡する前の平成16年3月25日であるが,同日は亡父が亡くなる1週間前であり,その死亡に極めて近接しているから,上記判断を左右するものではない。)」を加える。

2  控訴人の遺留分について

(1)  前提事実に加え,証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 控訴人は,昭和17年2月1日,当時の愛知県渥美郡μ村において,亡父とζとの間の婚外子として出生した。

イ 亡父は農業を営むν家の長男であり,当時の渥美郡の農家にあっては,長男の嫁取りについていわゆる樽入れ婚の風習があり,亡父とζは,昭和16年春,盛大な婚儀を行い,ζは入籍しないままν家で生活をして控訴人を妊娠し,実家に戻って出産した。

しかし,ζは,ν家に迎えてもらえず,亡父と婚姻しなかった。

ウ 亡父は,その後の昭和18年5月10日,εと婚姻したが,初婚であった。

亡父とεとの間にはβ及び被控訴人らが出生した。

(2)  民法は,被相続人の子の相続分について,嫡出でない子の相続分を嫡出である子の相続分の2分の1と定め(同法900条4号ただし書前段,以下「本件規定」という。),遺留分においても,本件規定を準用している(同法1044条)。

そして,亡父の相続に関する相続人は,前記のとおり,妻であるεとその間の子(嫡出子)であるβ及び被控訴人ら,亡父とζとの間の子(非嫡出子)である控訴人の6人であるから,本件規定を含む民法の規定によれば,β及び被控訴人らの相続分は各9分の1であり,控訴人の相続分はその2分の1である18分の1となり,また,β及び被控訴人らの遺留分は各18分の1であり,控訴人の遺留分はその2分の1である36分の1となるものである。

(3)  控訴人は,民法1044条が準用する本件規定が法の下の平等を定めた憲法14条1項に違反し無効である旨主張するのであるが,以下においては,本件規定を準用する民法1044条が憲法14条1項に違反するものか否かの観点から検討する。

ア 憲法14条1項は,すべて国民は法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されないと定めているところ,本件規定を準用する民法1044条は,遺留分に関する法制度として,同じく被相続人の子でありながら,被相続人と婚姻関係にある配偶者との間に出生した子(嫡出子)と,被相続人と婚姻関係にない者との間に出生した子(非嫡出子)との間で,後者の遺留分を前者の遺留分の2分の1とする規定であり(なお,同条は,被相続人が遺言により相続財産を処分した場合にも適用がある。),このように婚姻関係にある両親の下に出生したか否かという,子自身の意思や努力によってはいかんともし難い事由を理由として,取得される権利に差異を設けることは,憲法14条1項にいう社会的身分又は門地による経済的又は社会的関係における差別に当たるものというべきである。

イ もっとも,憲法14条1項は,同項所定の事由による合理的理由がない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理性を有する限りは,同項に違反するものではないと解されているところである(最高裁平成7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1789頁参照。以下「平成7年最高裁大法廷決定」という。)。

したがって,嫡出子と非嫡出子の遺留分について,本件規定を準用する民法1044条により前記のような差異を設けることが,上記の合理性を有する区別といえるか否かの検討を要することになるが,その検討に当たっては,憲法13条が,すべて国民は個人として尊重されるべきであり,公共の福祉に反しない限り,憲法その他の国政の上で,最大の尊重をすべき旨を定め,また,同24条1項は,婚姻は両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本とする旨定め,同条2項が,相続,婚姻等及びその他家庭に関する事項を定める法律は,個人の尊厳と両性の平等に立脚して制定されるべき旨を定めていることを十分に考慮して判断されるべきである。

ウ ところで,憲法24条を承けた民法は,一夫一婦制を根幹とする法律婚主義を採用しているところであり,その結果として,婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じ,親子関係の成立などにつき異なった規律がされ,また,内縁の配偶者には他方の配偶者の相続が認められないなどの差異を設けることには合理性があるというべきである。

そして,民法1044条が準用する本件規定の立法理由は,法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図るため,法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子である嫡出子を優遇して定めるが,非嫡出子にも嫡出子の法定相続分の半分の法定相続分を認めてその保護を図ることとするものであるところ(平成7年最高裁大法廷決定参照),憲法24条を承けた民法が法律婚主義を採用している以上,法律婚とそれに基づく法律関係を優遇するとの本件規定の立法理由には,尊重し優遇されるべき法律婚が現に又は過去に存在している状態で出生した非嫡出子との関係において一定の合理的根拠となり得るのであり,上記非嫡出子との関係で,その法定相続分について本件規定を適用する限りでは,本件規定が非嫡出子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1としていることが,上記立法理由との関連において著しく不合理であり,立法府に与えられた合理的裁量判断を超えたものとまではいえず,憲法14条1項に反するものとはいえないというべきである。

エ しかし,非嫡出子が出生したときにおいて,被相続人がそれまで1度も婚姻したことがない場合には,その時点では,尊重し優遇すべき何らの法律婚もなく,したがって,当該非嫡出子との関係で本件規定により尊重し優遇すべき嫡出子も存在しないのであるから,このような場合において,後日被相続人が婚姻して出生した嫡出子との関係で本件規定の適用があるとすることは,本件規定の前記立法理由とされている法律婚とそれに基づく法律関係を尊重し優遇することに直接に又は実質的に関連せず,本件規定が適用されることによる差別には合理性があると解することは困難であり,少なくとも上記の場合における上記差別に合理性を認めることには重大な疑いがある。なぜならば,被相続人が1度も婚姻していない状態で出生した非嫡出子とその原因となった男女の関係は,婚姻関係のない男女の関係とその間に生まれた子というだけの存在で,その時点では,被相続人の婚姻との関係では価値中立的な社会的存在というべきものであって,豪も法律婚とそれに基づく嫡出親子関係などの法律関係を脅かすものではないのであるからである。

そして,非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする相続規定は,明治時代の旧民法制定当時に設けられ,戦後の民法改正の際に本件規定として引き継がれたものであるが,家族関係や親子関係等に対する国民意識や婚姻関係等の実情は,亡父が死亡した平成16年当時と上記の改正当時とを比較しても,大きく変化していることは否定できない。すなわち,わが国は戦後急速に経済発展し,都市化が進むなど,経済的,社会的環境は大きく変化し,また,男女雇用機会均等法の施行など,女性の社会進出の増大などの事情も相まって,核家族化などの少子高齢化に伴い家族形態は変化してきており,近年は事実婚や非婚など男女の共同生活のあり方も一様なものでなくなってきていることは公知の事実であり,必ずしも法律婚でなくとも,子供を持ち,周囲もそのことを受容する傾向が次第に現れてきていることもまた否定し難いところである。そして,平成8年2月26日の法制審議会総会決定による民法の一部を改正する法律案要綱によれば,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分と同等とするものとされており,我が国が平成6年に批准した児童の権利に関する条約2条1項には「締約国は,その管轄の下にある児童に対し,児童又はその父母若しくは法定保護者の(中略)出生又は他の地位にかかわらず,いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し,及び確保する。」と定めているなど,嫡出であるか否かなどの生まれによって差別されない制度とすることが求められているのである。

そうすると,本件規定は法令として違憲であり無効なものとはいえないが,少なくとも,平成16年4月当時(本件相続が開始した当時)において,被相続人が1度も婚姻したことがない状態で被相続人の非嫡出子として出生した子について,被相続人がその後婚姻した者との間に出生した嫡出子との関係で本件規定を適用することは,本件規定の前記立法理由をもって正当化することは困難であり,本件規定の適用により生ずる前記のような差異を合理的理由のあるものとして支持するに足りなくなったというべきであるから,上記のような状態で出生した非嫡出子について本件規定を適用する限度で,本件規定は憲法14条1項に違反して無効というべきである。

オ 本件規定による相続分が被相続人の遺言がない場合の補完的な規定であるのに対し,本件規定を準用する民法1044条は被相続人の遺言の自由をも制約する強行規定であるなどの相違はあるものの,本件規定を準用する民法1044条も,本件規定の立法理由である法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図るとの同一の立法理由に基づくものと解されるから,本件規定に関する上記エの説示は,本件規定を準用する同条についてもそのまま当てはまるものである。

したがって,平成16年4月当時において,被相続人が1度も婚姻したことがない状態で被相続人の非嫡出子として出生した子について,被相続人がその後婚姻した者との間に出生した嫡出子との関係で,本件規定を準用する民法1044条を適用することは,その限度で憲法14条1項に違反して無効というべきである。

(4)  以上のとおりであるところ,控訴人は,前記のとおり,亡父が1度も婚姻したことがない状態で,亡父の非嫡出子として出生した者であるから,民法1044条により準用される本件規定の適用はなく,その遺留分は,嫡出子であるβ及び被控訴人らと同一の20分の1である。

3  控訴人の遺留分に対する侵害の有無程度について

(1)  控訴人の遺留分額

A×1/20=600万0993円(円未満四捨五入,以下同じ)(以下の計算式において「B」という。)

(2)  遺留分侵害者

ア εの遺留分額はA×1/4=3000万4965円となるところ,同人の相続取得額がこれを超えることは明らかであるから,控訴人の遺留分を侵害することになる。

イ 被控訴人δの遺留分額は控訴人と同様600万0993円となるところ,同人の上記特別受益額(1095万9000円)がこれを超えることは明らかであるが,控訴人の遺留分減殺請求の対象はεの相続取得財産をもって足りるから,民法1033条により被控訴人δの特別受益は減殺の対象とならない。

(3)  控訴人は,亡父の遺産について何も取得していないから,上記遺留分額がそのまま遺留分侵害額となるところ,εの相続取得にかかる上記各財産に対する遺留分減殺請求の結果は,以下のとおりとなる。

ア 預貯金解約金(別紙財産目録記載のB1ないし4-3)に対し

656万7459円×B/a=36万1370円

イ 不動産(別紙財産目録記載のA1ないし23)に対し,

1億0160万7300円×B/a=559万0866円

ウ 定額貯金及び証券(別紙財産目録記載のB4-4,C1,2)に対し

88万6100円×B/a=4万8757円

4  まとめ

以上の検討によると,控訴人は,遺産である上記預貯金解約金について36万1370円を,上記不動産について1億0160万7300分の559万0866の共有持分割合を,上記定額貯金及び証券について88万6100分の4万8757円の準共有持分割合を取得することになる。

ところで,εの控訴人に対する上記預貯金解約金に関する返還義務は相続により当然分割債務となるから,被控訴人ら各人が相続により負担すべき金員は法定相続分(各4分の1)に応じた分割債務となる。

したがって,被控訴人らは,控訴人に対し,9万0343円(36万1370円×1/4)ずつ支払わなければならない。

第4結論

以上によれば,控訴人の各請求は上記の限度で理由があり,その余は理由がないから,これと異なる原判決を上記の趣旨に変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長門栄吉 裁判官 内田計一 裁判官 山崎秀尚)

file_3.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例