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名古屋高等裁判所 平成23年(ネ)951号 判決 2012年2月07日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  請求の減縮により,原判決主文第1項及び第2項は次のとおり変更された。

(1)  株式会社Aを新設分割株式会社とし,控訴人を新設分割設立株式会社とする平成21年9月1日に効力が生じた会社分割を8831万5503円の限度で取り消す。

(2)  控訴人は,被控訴人に対し,8831万5503円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は,株式会社A(旧商号株式会社B,以下「旧B」という。)の取引先金融機関であり,旧Bに対して貸金債権(以下「本件債権」という。)を有する被控訴人が,旧Bを新設分割株式会社(以下,単に「分割会社」ともいう。)とし,控訴人を新設分割設立株式会社(以下,単に「新設会社」ともいう。)とする平成21年9月1日に効力が生じた会社分割(以下「本件会社分割」という。)によって設立され,旧Bの農産物や食料品の販売等の一切の事業を承継した控訴人に対し,本件会社分割が詐害行為に当たるとして,詐害行為取消権に基づき,①本件会社分割の取消しを求めるとともに,②価格賠償として本件債権の元本である9568万2000円及びこれに対する平成21年9月2日(本件会社分割の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審が,本件会社分割を9568万2000円の限度で取り消し,控訴人に対し,上記金額及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を被控訴人に支払うことを命じ,被控訴人のその余の請求を棄却したところ,控訴人がこれを不服として控訴した。

なお,被控訴人は,当審において,被控訴人の旧Bに対する判決に基づく強制執行(債権執行)において実施された配当により債権の一部を回収したとして,前記主文第2項のとおり請求を減縮した。

略語は,特に断らない限り,原判決の例による。

2  争いのない事実等,争点及び当事者の主張

次のとおり補正し,当審における控訴人の補充主張を加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄の1,3及び4(なお,「2」は存在しない。)に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  原判決の補正

(1)  原判決2頁18行目の「以下「C」」という。」を「以下「C」という。」と改める。

(2)  原判決3頁19行目の「85万円3000円」を「85万3000円」と改める。

(3)  原判決5頁14行目及び6頁25行目の「詐害の意思」をいずれも「詐害の意思の有無」と改める。

4  当審における控訴人の補充主張

(1)  詐害性の有無について

ア 本件会社分割の詐害性を判断するに当たっては,本件会社分割前の債権価値(破産配当額・清算価値)と分割後の債権価値(回収見込額)を比較しなければならない。

本件会社分割直前の旧Bの時価ベースでの配当可能財産は1億9353万円,債務総額は35億1729万円であるから,破産配当率は5.5%となる。仮に本件会社分割を実行せずに放置すれば,事業価値が毀損されて倒産し,破産配当率が著しく低下したと予想される。本件会社分割は,旧Bが債務超過で支払不能の状態であったため,倒産を回避し,事業価値を保存する目的で実行されたものである。控訴人は,旧Bに対して資金を提供し,旧Bは,同資金を原資として,各金融機関債権者に対し,清算価値を保障すべく返済を継続している。

したがって,本件会社分割に詐害性はない。

イ 前記のとおり,本件会社分割直前における破産配当率は5.5%であるから,その時点における本件債権の破産配当額(清算価値)は526万2510円である。したがって,仮に本件会社分割の結果,旧Bが所有するに至った控訴人株式の価値がゼロであったとしても,被控訴人の被った損害は526万2510円にすぎない。

被控訴人は,旧Bの還付消費税を差し押さえることにより,既に707万7704円を回収しているから,本件会社分割によって被控訴人に生じた損害は回復されており,現時点(当審の口頭弁論終結時)において,本件会社分割は被控訴人に対する詐害性を失っている。

(2)  詐害の意思の有無について

本件会社分割時,旧Bは,既に実質的な倒産状態にあり,長期分割弁済はおろか,返済不能の状況に陥っていた。旧Bは,倒産を回避して,事業価値を保存するために本件会社分割を実行したのであり,本件会社分割によって被控訴人ら金融機関の利益は害されていない。

取締役は,会社の倒産の危機に瀕して,会社の保有する資産ないし事業を保全する職務上の善管注意義務を会社債権者に対しても負っており,金融機関,一般商取引業者,被用者の3種類の債権者に対する返済総額が最大限になると同時に債権者に対する返済が公正かつ衡平であるような事業価値の保全方法を選択する義務を負うものと解される。

旧Bは,民事再生手続等の法手続によると,会社の破綻が周知の事実となり,一気に事業価値が毀損され,事業再生が困難になることなどを考慮し,事業価値の保全方法として最適である会社分割を選択したものである。本件会社分割により,中小企業の事業再生や事業価値の保全に不可欠な商取引債権の保護及び従業員等の雇用確保が実現されており,このような取締役の判断には経営判断の原則が適用されるべきである。

(3)  取消しの範囲及び原状回復の方法について

仮に本件会社分割が詐害行為に当たるとしても,認容額(被控訴人に与えられる利益)は本件債権の清算価値相当額に止まると解すべきであるところ,被控訴人は,既に本件債権の清算価値を超える金額を回収している。仮に本件請求が認容されると,控訴人の旧Bに対する月次の弁済は直ちに困難に直面する上,被控訴人が控訴人の売掛金を強制執行で差し押さえると,被控訴人だけが優先弁済を受けることになり,債権者間の平等に反する。詐害行為取消権のような総債権者の利益のための制度を一部債権者の利益になるような形で運用することは不当である。

(4)  受益者の善意について

会社分割においては,経済的観点から,新設会社が債務を承継した取引債権者を「受益者」とみるべきである。そして,旧Bの債権者のうち金融機関を除く全国の農家や生産団体等は,控訴人が会社分割によって新設された会社であることを知らずに従来の取引を継続しており,本件会社分割が債権者を害することについて善意であるから,詐害行為取消権は成立しない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,被控訴人の減縮後の請求をいずれも認容すべきであると判断する。その理由は,次のとおり補正し,当審における控訴人の補充主張に対する判断を加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決の補正

(1)  原判決9頁20行目の「被告浜松支店」を「被控訴人浜松支店」と改める。

(2)  原判決10頁6行目の「約14億0897円」を「約14億0897万円」と改める。

(3)  原判決10頁8行目の「約36億1467円」,「約33億4493円」をそれぞれ「約36億1467万円」,「約33億4493万円」と改める。

(4)  原判決10頁15行目の「敷金,その他の投資等で合計1億1095万5095円」を「敷金で合計611万5500円」と改める。

(5)  原判決10頁24行目から25行目にかけての「約95668万円」を「約9568万円」と改める。

(6)  原判決12頁12行目の「約3割程度」を「約3割」と改める。

(7)  原判決12頁18行目の「約128年程度」を「約128年」と改める。

(8)  原判決12頁20行目の「約3割程度」を「約3割」と改める。

(9)  原判決13頁3行目の「約128年あまり」を「約128年」と改める。

(10)  原判決13頁7行目末尾に「なお,旧Bが現在までにその資力を回復したとの主張立証はない。」を加える。

(11)  原判決14頁8行目の「10頁」を「10~11頁」と改める。

(12)  原判決15頁7行目の「詐害の意思」を「詐害の意思の有無」と改める。

(13)  原判決16頁7行目の「128年」を「約128年」と改める。

(14)  原判決17頁3行目の「現状回復」を「原状回復」と改める。

(15)  原判決17頁12行目の「取り消された時」を「取り消されたとき」と改める。

(16)  原判決17頁14行目の「本件会社分割による承継させた」を「本件会社分割により承継させた」と改める。

3  当審における控訴人の補充主張に対する判断

(1)  詐害性の有無について

ア 控訴人は,本件会社分割の詐害性を判断するに当たっては,本件会社分割前の債権価値(破産配当額・清算価値)と分割後の債権価値(回収見込額)を比較しなければならないところ,本件会社分割は,旧Bの倒産を回避し,事業価値を保存する目的で実行されたものであり,旧Bが,控訴人から提供された資金を原資として,各金融機関債権者に対し,清算価値を保障すべく返済を継続していることからすると,本件会社分割に詐害性はない旨を主張する。

しかし,引用に係る原判決記載のとおり,本件会社分割は,旧Bの一般財産の共同担保としての価値を実質的に毀損し,債権者である被控訴人が本件債権について弁済を受けることをより困難とするものであり,詐害性があると認められる。また,詐害行為取消権の要件の1つである詐害性の判断基準時は本件会社分割時であるところ,控訴人が主張する旧Bの各金融機関債権者に対する按分比例弁済は本件会社分割後の事情であること,上記按分比例弁済は,各金融機関債権者の同意を得たものではなく,被控訴人を除く各金融機関債権者が明確な反対の意思を示していないために事実上実現しているにすぎない上,将来にわたる履行が確実に保証されているものでもないことからすると,上記按分比例弁済により本件会社分割の詐害性を否定することはできない。

イ 控訴人は,被控訴人が既に本件債権の清算価値を超える金額を回収しており,本件会社分割は現時点において被控訴人に対する詐害性を失っていると主張する。

しかし,債権者が詐害行為取消権の行使により債務者の法律行為を取り消して逸出した財産の返還請求をすることができる範囲は,当該債権者の債権額が基準となるものであり,これを同債権の清算価値相当額と解すべき根拠はないから,控訴人の主張は採用できない。また,前記のとおり,旧Bが現在までにその資力を回復したとの主張立証がないことからすると,本件会社分割の詐害性は現時点(当審の口頭弁論終結時)においても否定されないというべきである。

(2)  詐害の意思の有無について

控訴人は,旧Bの取締役は,善管注意義務に基づき,債権者に対する返済総額が最大限になり,かつ,債権者に対する返済が公正かつ衡平となるような事業価値の保全方法として本件会社分割を選択したものであり,このような取締役の判断には経営判断の原則が適用されるべきであるなどとして,旧Bには本件会社分割についての詐害の意思がないと主張する。

しかし,引用に係る原判決記載のとおり,旧Bの代表取締役であるCは,被控訴人を含む旧Bの残存債権者が有する債権について,本件会社分割により旧Bの一般財産から弁済を受けることがより困難となり,債権者が害されるとの認識,すなわち詐害の意思を有していたと認められる。

この点,控訴人は,民事再生手続等の再建型の法的倒産手続を採用すると,会社の破綻が周知の事実となり,一気に事業価値が毀損され,事業再生が困難になると主張する。

しかし,民事再生手続及び会社更生手続の開始決定は,不特定多数の利害関係人に多大な影響を及ぼすものであるため,同開始決定の主文及び所定の事項を公示等するものとされているのであり(民事再生法35条,会社更生法43条),これにより債務者が経済的窮境にあることが周知の事実となることは制度上当然に予定されているものであるから,これをもって民事再生手続等の再建型の法的倒産手続に欠陥があるとはいえない。また,本件会社分割は,債務超過で支払不能状態にあった旧Bが,新設会社である控訴人に対して債務の履行を請求できる債権者と,当該請求をすることができない残存債権者とを恣意的に選別した上で,被控訴人を含む残存債権者の同意を得ることなく会社分割を行い,これらの残存債権者の犠牲の下で,倒産を回避して事業を継続しているものにほかならないから,たとえ控訴人が主張するように旧Bの倒産を回避してその事業価値を保存する目的で本件会社分割が実行されたものであるとしても,本件会社分割を当然に正当化することはできない。

この点,控訴人は,本件会社分割により,中小企業の事業再生や事業価値の保全に不可欠な商取引債権者の保護及び従業員等の雇用確保が実現されていると主張する。

しかし,そうであれば,本件会社分割前に被控訴人を含む旧Bの残存債権者に十分な説明を行ってその同意を得ておくべきであって,たとえ事業の継続のために商取引債権者の保護及び従業員等の雇用確保が重要であるとしても,このことは残存債権者を害する本件会社分割を正当化するものではない。本件会社分割により控訴人に債務を承継された債権者が債務超過状態にない新設会社から満足な弁済を受けられるのに対し,旧Bに債務を残された残存債権者は極めて不十分な弁済しか受けられない立場を強いられており,残存債権者と新設会社に債務を承継された債権者との間に著しい不平等が生じていることも考慮すれば,恣意的な債権の選別であるとの批判を免れることはできないというべきである。

なお,被控訴人を含む残存債権者を害する態様でされた本件会社分割をいわゆる経営判断の原則によって正当化することもできない。

(3)  取消しの範囲及び原状回復の方法について

ア 控訴人は,仮に本件会社分割が詐害行為に当たるとしても,認容額は本件債権の清算価値相当額に止まると解すべきであると主張する。

しかし,前記のとおり,債権者が詐害行為取消権の行使により債務者の法律行為を取り消して逸出した財産の返還を請求できる範囲は,当該債権者の債権額が基準となるのであり,これを同債権の清算価値相当額と解すべき根拠はなく,控訴人の主張は採用できない。

イ また,控訴人は,本件請求が認容されると,控訴人の旧Bに対する月次の弁済が直ちに困難に直面すると主張する。

しかし,新設分割が詐害行為取消権の成立要件を満たす場合に,現に詐害行為取消権が行使され,その結果として,新設会社である控訴人の経営が困難になるおそれがあったとしても,本件会社分割が詐害行為取消権の対象になることを否定すべき理由にはならない。

新設会社に承継されない債務の債権者(分割会社の残存債権者)は,分割会社に対して債務の履行を求めることができるため,会社法上は,債権者保護の対象となっておらず(会社法810条1項2号),新設分割の無効の訴えの原告適格を有していないと解される(同法828条2項10号)。実際,被控訴人は,静岡地方裁判所浜松支部に対し,本件会社分割の無効の訴えを提起したが,同裁判所は,平成22年7月28日,被控訴人の原告適格を否定して同訴えを却下し,被控訴人が控訴したものの,東京高等裁判所は,平成23年1月26日,同控訴を棄却するとの判決をして,上記訴えの却下判決が確定している(甲42)。このように,新設分割によって分割会社の残存債権者が害された場合,現行会社法の債権者保護手続や新設分割無効の訴えでは残存債権者の保護を図ることができないのであり,そのような問題状況を踏まえて,詐害的な会社分割によってその債権を害された残存債権者が,新設会社等に対し,当該債務の履行を直接請求できる旨の規律を新たに設けること等を内容とする会社法制の見直しの議論が進められていることは当裁判所に顕著である。これらの点を考慮すると,少なくとも現行制度の下では,詐害行為取消権の行使により債権を害される残存債権者の救済を図る必要性は高いというべきであり,新設分割が詐害行為取消権の成立要件を満たす場合に,現に詐害行為取消権が行使され,その結果として,新設会社の経営が困難となることがあったとしても,やむを得ないというべきである。

ウ 控訴人は,仮に本件請求が認容されると被控訴人だけが優先弁済を受けることになり,債権者間の平等に反するとも主張する。

確かに,詐害行為取消権を行使した債権者が受益者又は転得者に対して金銭の支払を請求できる場合,当該債権者は自己への支払を請求することができるため,当該債権者は受領した金銭を債務者の責任財産に戻す債務と被保全債権とを相殺することにより,事実上,他の債権者よりも優先的に弁済を受けたのと同じ結果となる。しかし,このような事態は,会社分割の場合に限らず,詐害行為取消権や債権者代位権に一般的に共通する問題点であって,本件において被控訴人が優先弁済を受ける結果となったとしてもやむを得ないものというべきであり,このことをもって本件会社分割に対する詐害行為取消権の行使を制限すべき理由にはならない。

(4)  受益者の善意について

控訴人は,会社分割においては,経済的観点から,新設会社が債務を承継した取引債権者を「受益者」とみるべきであると主張する。

しかし,民法424条1項ただし書きの「受益者」は,債務者の法律行為(詐害行為)によって利益を受けた者すなわち同行為の相手方を意味するものであり,本件会社分割の当事者でない取引債権者を受益者であると解すべき根拠はないから,控訴人の主張は採用できない。

第4結論

よって,被控訴人の減縮後の請求について認容する原判決は相当であるから,本件控訴を棄却し,当審における請求の減縮により原判決主文第1項及び第2項が変更された点を明記することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長門栄吉 裁判官 内田計一 裁判官 中丸隆)

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