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名古屋高等裁判所 平成23年(行コ)22号 判決 2011年7月08日

控訴人兼附帯被控訴人

X1(以下「控訴人X1」という。)

同訴訟代理人弁護士

X2

控訴人兼附帯被控訴人

X2(以下「控訴人X2」という。)

被控訴人兼附帯控訴人

岐阜市(以下「被控訴人」という。)

同代表者市長

処分行政庁

岐阜中消防署長 B

同訴訟代理人弁護士

小出良熙

栗山知

同訴訟復代理人弁護士

堀雅博

主文

1  控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。

2  被控訴人の控訴人X2に対する附帯控訴に基づき、原判決主文1項中の同控訴人に対する被控訴人敗訴部分を取り消し、控訴人X2の被控訴人に対する損害賠償請求を棄却する。

3  被控訴人の控訴人X1に対する附帯控訴を棄却する。

4  控訴費用は、第1、2審を通じ、控訴人X1と被控訴人の間ではこれを2分し、その1を控訴人X1の、その余は被控訴人の各負担とし、控訴人X2と被控訴人の間では全部控訴人X2の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中、控訴人らの訴えを却下した部分を取り消す。

(2)  岐阜中消防署長が、平成22年6月1日付けでした愛知県弁護士会会長Cからの弁護士法23条の2による照会(照会番号平成22年度1198号・申出弁護士X2)に対する回答(岐阜市消中第78号)が違法であることを確認する。

(3)  岐阜中消防署長は、愛知県弁護士会会長Cからなされた弁護士法23条の2による照会(照会番号平成22年度1198号・申出弁護士X2)につき、すべての照会事項について回答をせよ。

(4)  訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は第1、2審とも控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

本件は、控訴人らが、被控訴人に対し、控訴人X1から同人の妻の死亡に関する医療従事者の法的責任の存否・範囲に係る調査業務を受任した弁護士である控訴人X2の申出に基づき、愛知県弁護士会会長が、弁護士法23条の2に基づく照会(以下「弁護士会照会」という。)として、岐阜中消防署の救急活動に関して照会をした(照会番号平成22年度1198号。以下「本件照会」という。)ところ、同署長が、平成22年6月1日付け回答書(岐阜市消中第78号)により、本件照会に応じない旨の回答(以下「第1回答」という。)をし、その後、再度、平成22年7月13日付け回答書(岐阜市消中第167号)により、本件照会に応じない旨の回答(以下「第2回答」という。)をしたこと(以下、第1回答及び第2回答により示された本件照会に応じないという不作為を「本件回答拒否」という。)は違法であると主張して、行政事件訴訟法(以下「法」という。)4条及び39条に基づき第1回答が違法であることの確認、並びに法3条6項2号及び37条の3に基づき本件照会への回答の義務付けを求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づき、控訴人X1に対して慰謝料等合計1万5250円及び控訴人X2に対し本件訴訟遂行のための文書作成費用等5万円並びにこれらに対する平成22年7月13日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、控訴人らの請求のうち、違法確認及び義務付けを求める部分の訴えをいずれも却下し、損害賠償請求部分をいずれも認容した。

1  その余の事案の概要は、当審における当事者の主張を次項のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の第2の1ないし3に記載のとおりであるから、これを次のとおり補正して引用する。

(1)  原判決3頁23行目の「弁護士照会」を「弁護士会照会」に改める(以下、原判決「事実及び理由」欄を通じて同様に改める。)。

(2)  同4頁16行目ないし23行目を次のとおり改める。

「 ウ「本件救急活動については、最寄の病院として、岐阜県総合医療センターが存在し、また、仮に当該病院が受け容れを拒否したとしても、収容医療機関については、岐阜病院、岐阜赤十字病院等の選択肢があったかと思われますが、最終的に、傷病者は、最も遠方に位置するa病院に搬送されております。そこで、本件救急活動において、収容医療機関としてa病院が選定された経緯・理由について、具体的にご回答願います。」(原文)

エ 「傷病者の診療録によりますと、医師が看護師に対し、救急出動要請を指示したのが、事故当日21:55過ぎのことで、搬送先に向けて現場を出発したのが22:59と一時間以上も経過した後となっており、救急活動が大幅に遅れているように思われます。そこで、上記1の質問事項で、①~④、④~⑤、⑤~⑦までの各経過時間に分節して、各々経過事件として通例か異例か、もし異例だとした場合、その原因・理由として考えられること、ないし消防署が把握している原因・事情について、ご回答ください。」(原文。なお、「上記1の質問事項」は照会事項アに、「①~④、④~⑤、⑤~⑦」は、照会事項アの(ア)ないし(エ)、(エ)ないし(キ)、(キ)ないし(ケ)にそれぞれ対応する。)」

(3)  同5頁2行目の「本件拒否回答」を「第1回答」に改める(以下、原判決「事実及び理由」欄を通じて同様に改める。)。

(4)  同5頁23行目の「回答」の次に「(第2回答)」を加える。

(5)  同11頁11行目の「訴状等」を「本件訴訟の訴状、準備書面、書証及び証拠説明書」に改める。

2  当審における当事者の主張

(控訴人らの主張)

(1) 確認請求について

ア 弁護士会照会は、国家資格としての弁護士資格の保有者である弁護士の発意によって、公的義務が一方的に発生・形成されるものであり、公的性格の強い公法的規律関係ないし公法秩序である。

イ 本件照会において開示が求められているのは、消防組織法という公法上の救急業務に関する記録であり、本件は、公権力主体である岐阜市と当該救急業務について具体的な利害関係を有する住民・同代理人弁護士との間の弁護士会照会に対する回答義務という、特定の実体的権利義務関係の存在の確認を求めるものであり、これは法4条の「公法上の法律関係」である。

(2) 義務付け請求について

本件照会は、弁護士法という法令に基づき、行政庁である岐阜中消防署長に対し、救急業務に関する情報提供という利益を付与する処分を求める行為で、行政庁が応答すべきこととされているものであるから、法3条6項2号、法37条の3の「申請」に該当する。

(3) 損害賠償請求について

ア 弁護士会照会は法律上の制度であって、照会先の公務所等は当該照会に対する回答をすべき公的な義務を負うから、代替制度があるとしても上記義務は免除されないし、本件照会は単なる文書の開示を求めたものではないから、条例14条の情報開示制度ではその目的を達せられない。

イ 照会事項ア及びウに関し、弁護士が弁護士会照会を申し出た動機や内心は被控訴人の回答義務とは無関係である。なお、カルテの記載は、午後9時40分ころにa病院への搬送依頼がなされたと合理的に推認されるものであった。

ウ 照会事項エについて、救急車は一般道の最短距離を救急サイレンを鳴らしながら走行するのであるから、時間帯等による交通状況によって所要時間が大きく異なることは基本的にあり得ないし、覚知時刻以後の救急活動が患者の状態や医師の判断によって遅延することは考えられない。

また、被控訴人は、平均的な所要時間を把握しているはずであり、回答不能であるとは考えられない。

(被控訴人の主張)

(1) 確認請求及び義務付け請求について

弁護士会照会は、私的団体も照会の相手方とすることができるから、「公法上の法律関係」にも「申請」にも該当しない。

また、弁護士会照会の主体は愛知県弁護士会であるから、控訴人らには当事者適格がない上に、義務付け訴訟については処分又は裁決に係る取消訴訟か無効等確認の訴えとともに提起しなければならないが、本件はその要件を欠く。

(2) 損害賠償請求について

ア 弁護士会照会は、本人以外の第三者からの照会に対する回答の適法性の判断を要するものである上に、照会の必要性や回答の可否等を事案ごとに判断する必要があり、非定型的な判断を求められる手続であるなど、事務手続上の負担が大きいものであるから、条例14条による開示請求の手続を取らせることに合理的理由がある。

イ 照会事項ア及びウに関し、訴外診療所の医師によるa病院への搬送指示があったのは午後9時40分ころではなく午後10時33分ころであるから、上記搬送指示から現場到着までに1時間20分を要したことを前提に照会事項の重要性を検討することは誤りであるし、午後10時59分に訴外診療所を出発してから同日午後11時30分ころにa病院○○センターに到着したにもかかわらず、控訴人X2が出発から到着まで1時間31分を要したものと誤解したまま本件照会が行われ、上記誤解がなければ照会事項ウについて弁護士会照会がなされなかった可能性があり、重要な照会事項であるとはいえない。

また、これらの誤解を考慮すると、照会事項エも重要な照会事項であるとはいえない。

ウ 照会事項エについて、時間帯による交通状況や患者の状態等により、所要時間は大きく異なる上に、本件のように患者が医師の管理下にあり、患者を搬送してよいかどうかを医師が判断する場合には、傷病者を搭乗させるための所要時間は、患者の状態や医師の判断によって異なってくるから、経過時間が通例か異例かは判断できず、回答不能である。

エ 控訴人X2は、平成20年11月14日に控訴人X1から委任状を受領し、同月26日に訴外診療所に対する証拠保全を申し立て、平成21年3月4日ころにa病院に対する弁護士会照会を申し出、委任状を受領してから1年半後の平成22年5月7日に本件照会を申し出ており、このような経緯によれば、本件回答拒否により依頼者のために事務処理を円滑に遂行する利益が侵害されたとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、控訴人らの請求のうち、違法確認及び義務付けを求める部分に係る訴えをいずれも却下し、損害賠償請求については、控訴人X1の請求は理由があるが、控訴人X2の請求は理由がないものと判断する。

その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」欄第3の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決11頁22行目の「あっても、」の次に「また、弁護士資格が国家資格であり、本件照会の対象に消防組織法に基づく救急業務に関する記録が含まれているとしても」を加える。

(2)  同12頁1行目の「本件回答拒否(又は本件拒否回答)」を「第1回答」に改める。

(3)  同13頁19行目の「というべきである。」の次に改行の上、「 他方、弁護士会照会が被照会者に上記のような公的義務を負わせるものである以上、弁護士会照会を申請する弁護士及び照会を行う弁護士会には、照会の必要性、相当性のほか、照会内容について、照会事項が特定されているか、また、照会事項が被照会者に過度の負担を負わせたり、回答の困難な意見や評価、判断を求めたりするものではないか等について配慮をすることが求められることは当然であり、回答拒否に上記正当な理由があるか否かは、これらの点も併せて検討されるべきである。」

(4)  同14頁10行目の「鑑みれば、」の次に「被控訴人主張のように条例14条に基づく開示請求と比べて事務手続上の負担が大きいとしても、その負担が過度のものでない限り、」を、16行目の「あるとしても、」の次に「本件全証拠によっても照会事項ア及びウについて回答・報告することが情報開示手続に比して過度の事務手続上の負担を生じさせるとは認められず、」をそれぞれ加える。

(5)  同15頁5行目の「容易に読み取れる」から12行目の「認められず、」までを次のとおり改める。「読み取れるが、被照会者においてそのような解釈を施さなければならない照会事項は、被照会者を困惑させるものであって相当とはいえない。また、救急車が救急のサイレンを鳴らしながら走行しても、道路の混雑状況、工事等による通行規制の有無や天候その他の周囲の状況により移動に要する時間が異なってくることは自明である上、傷病者の状態、医師等による処置の状況等によって到着後の傷病者の搭乗が速やかにできるとも限らず、これらの前提条件いかんにより経過時間が通例か異例かの評価は異なってくるから、被照会者が救急活動の主体であっても、救急活動の経過時間が通例か異例かの評価・判断は容易にできるものとは解されない。

控訴人らが照会事項エにより求めている情報を得るためには、通例か異例かという評価・判断を求めずとも、端的に、救急活動に要する平均時間及び本件救急活動の経過において平均時間と大きく異なる部分がある場合はその原因・理由について被照会者が把握している事情等の客観的なデータや事実の回答を求めれば足るものと考えられ、照会事項エが弁護士会照会における照会事項として相当であるかは疑問である。

しかしながら、照会事項エに上記のような問題があるとしても、前記のように平均的な時間については回答が容易であるにもかかわらず、岐阜中消防署長が、第1回答において単に「個人に関する情報であるため、提供できません。」と回答し、第2回答においても依頼人の医療事故の損害賠償目的は公益とはいえないと判断したので個人に関する情報は提供しない旨及び条例14条の開示請求についての説明にとどまり、照会事項への回答が困難・不能である理由について説明らしい説明もせず、かつ、回答が容易な平均的な所要時間についても回答しなかったことに正当な理由があるとは認められず、この点において被控訴人の上記主張は採用できない。」

(6)  同15頁25行目の「理由は、」の次に「照会事項エ中の被照会者において容易に回答することができない評価・判断の回答を拒否したことのほかは、」を加える。

(7)  同16頁7行目の「主張するので、」から24行目の「そうすると、」までを、「主張するが、本件照会は照会事項ア及びウに限られるものではなく、被控訴人らは時間及び労力をかけて弁護士会照会を申請したのであるから、」に改め、26行目の「ことと、」の次に「正当な理由のない」を加える。

(8)  同17頁5行目の「原因が、」から12行目の「落ち度があるのかを」までを、「のか否か、それが事実である場合はその原因及び責任がいずれにあるのか、搬送先の選択が適切だったのか、その選択が不適切であったとすればその原因及び責任はいずれにあるのかを」に、13行目の「認められる」を「認められ、被控訴人X2が、覚知からa病院到着までに要した時間を誤解していたことは、上記認定を左右する事情とはいえない。」にそれぞれ改め、16行目の「照会事項エの内容は、」の次に「その照会事項の文言内容の問題点は前述のとおりであるとしても、」を加える。

(9)  同18頁7行目の次に改行の上、「 なお、被控訴人は、控訴人X2が控訴人X1の委任状を受領してから約1年半後に本件照会をした旨主張するが、そのような事情によっては上記結論が左右されるものではない。」を加える。

(10)  同18頁20行目の「とおりであり、」から24行目末尾までを「とおりである。」に改める。

(11)  同18頁26行目、19頁1行目及び5行目の各「原告ら」をいずれも「控訴人X1」に改め、6行目の次に改行の上、以下のとおり加える。

「 しかし、控訴人X2が主張する損害は、本件訴訟の訴状、準備書面、書証及び証拠説明書の文書作成費用相当の損害金というものあるところ、これらは、すべて本件訴訟によって生じる訴訟費用に属するものであって、控訴人X1の各請求並びに同X2の前記確認請求及び義務付け請求に係る上記各文書作成費用は、民事訴訟法61条以下の規定によりその負担が定められるべきものであり、また、控訴人X2の損害賠償請求に係る上記各文書の作成費用は、それを損害として回収するために本件訴訟を提起するという循環の矛盾に陥っているものであることが明らかであるから、いずれも損害と認めることはできない。」

2  結論

よって、原判決中、控訴人らの前記確認請求及び義務付け請求に係る訴えを却下し、控訴人X1の損害賠償請求を認容した部分は相当であるから、控訴人らの控訴及び被控訴人の控訴人X1に対する附帯控訴をいずれも棄却することとし、控訴人X2の被控訴人に対する損害賠償請求を認容した部分は相当でないから、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決主文1項中の控訴人X2に対する被控訴人敗訴部分を取り消し、控訴人X2の上記請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村直文 裁判官 朝日貴浩 濱優子)

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