名古屋高等裁判所 平成23年(行コ)36号 判決 2013年4月03日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,アメリカ合衆国(以下「米国」という。)の国籍のみを有する被控訴人が,その祖父から米国ニュージャージー州法に準拠して被控訴人を受益者とする信託を設定されたとして,所轄税務署長(処分行政庁)から,相続税法(平成19年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)4条1項に基づき,贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を受けたため,その取消しを求めている事案である。
原審は,被控訴人の請求を認容した。
2 その余の事案の概要は,以下のとおり補正し,次項に当審における当事者の主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の2ないし5に記載のとおりであるから,これを引用する。なお,略称はいずれも原審に従う。
(1) 原判決3頁10行目の「スイスにおいて保管していた。」を「同月19日,スイスにおいて購入した。」に,15行目の「Aの子孫らのために」を「Aの子孫らの利益のために」に,16行目の「記載があり,」を「記載があるが,」に,同行の「原告の氏名が」を「被控訴人の氏名のみが」に,18行目の「記載されている。」を「記載されているが,同条2項には,受託者は,(中略)生命保険証券を受理,購入および保有する権限を有するが,これらは指示されるものでも義務でもない旨が,また,同条4項には,受託者は保険証券の解約返戻金について投資責任を果たすものとする旨が記載されている。」にそれぞれ改める。
(2) 同4頁3行目の「生活した」の次に「。なお,Bは同月11日に日本に帰国した」を加え,8行目の「同年」を「平成16年10月14日,平成15年」に,13行目及び21行目の各「原告と」をいずれも「B,被控訴人及び」にそれぞれ改め,13行目の「渡米した」及び22行目から23行目にかけての「出産した」の次にいずれも「。なお,Bは,その後,月に一回程度の割合で日本と米国を行き来していた」を加え,14行目の「1,3,4」を「1ないし4」に改め,23行目の「原告は,」の次に「上記渡米前の」を加え,24行目の「許可を受けた」を「許可を受け,上記帰国時の在留資格は「短期滞在」であったが,同年12月9日,在留資格を「短期滞在」から「日本人の配偶者等」に変更する旨の許可を受けた」に改める。
(3) 同10頁2行目の「Aの子孫らの利益ために」を「Aの子孫らの利益のために」に改める。
(4) 同11頁8行目の「9条のとの」を「9条との」に改める。
3 当審における当事者の主張
(1) 被控訴人が相続税法4条1項にいう「受益者」に当たるか否か
(控訴人の主張)
ア 相続税法4条1項にいう「受益者」とは,①租税法学におけるいわゆる借用概念であり,信託法において「受益者」は「受益権を有する者」と解されていることから,相続税法においても同様の意味が与えられるべきであること,②後記のような相続税法の沿革に照らしても,本件信託行為当時の相続税法は,現実の受益時とは時間的間隔が生じるとしても,明文(同条2項1号ないし4号)の例外に該当しない限り,信託行為時課税の方針を意識的に採用していたと考えられること,③相続税法4条1項によって「受益者」に課税できる場合を具体的な受益に引きつけて理解した場合には,相続税や贈与税における厳しい累進課税を容易に潜脱することができることになり,不合理な結果を招くことに鑑みると,「受益権を有する者」をいうと解すべきである。
そして,「受益権」も信託法からの借用概念であると考えられ,信託法における受益権は,①信託財産からの給付を受領する権利(以下「信託受給権」という。)と,②書類閲覧請求権のような受託者を監督してその受給を確保する権能(以下「信託監督的権能」という。)から成るとされている。しかして,信託受給権が不確定であったとしても,信託監督的権能を行使し得る者は,信託法における「受益権」を有する者であって,「受益者」であると考えることができる。
本件信託契約4条1項においては,「受益者」という用語は用いられていないが,信託の元本及び収益の分配の受領者として被控訴人が特定されているのであるから,被控訴人は本件信託契約の受益者に該当する。本件信託における未分配利益は,本件信託契約4条1項後段の規定に従って,被控訴人のために全て元本に累積・加算されて信託内部に留保され,本件信託契約4条1項によって受託者に委ねられた裁量も,本件信託財産の元本又は利益の分配に当たってのみ行使される権限で,第一次的な受益者を選定する権限を含むものではない。さらに,本件信託契約5条1項及び5項の規定は,本件信託契約により受益者とされた者が,元本又は収益に関して何らかの信託受給権を有していることを当然の前提としている。そして,被控訴人は,受託者から会計報告を受けることにより現に信託監督的権能を行使しており,本件信託行為時に,相続税法4条1項にいう「受益者」が有するとされる受益権を有していることから,同条項にいう「受益者」に該当するというべきである。
なお,同条項が,「信託(中略)の利益の全部又は一部についての受益者」や「受益者が信託の利益の一部を受ける場合」という文言を用いているのは,信託受益権を元本の受益権と収益の受益権とに分けることが可能であり,また収益の受益者が複数あり得ることを考慮しているからにすぎず,「受益者」の概念を制限するものと解するのは合理的ではない。
イ 相続税法に信託に関する課税規定が設けられたのは大正11年のことであり,受益者は,信託行為時に,実際に信託受益権を行使して直ちに利益を取得できるか否かを問わず,その信託に係る利益を受ける権利(信託受益権)を有する以上,その時に信託受益権を贈与又は遺贈されたものと擬制して,信託受益権について課税することとされた。
そして,昭和13年に,当時の相続税法が,財産の贈与を受けた者に課税する税制となっていたため,受益者が現実に信託の利益を享受する権利(受益請求権)を取得したときに贈与があったものとして課税する(現実受益課税)ことに改められたが,昭和22年の相続税法の全文改正で新たに贈与税(贈与者課税)が設けられた際に,現実受益課税から信託行為時課税に戻された。
本件で適用されるべき相続税法4条1項は,昭和25年の相続税法の全文改正において設けられたものであり,この改正により同法が受贈者課税の方式に戻ったにもかかわらず,同条項は,信託の受益者となった時点で,その信託の利益を受ける権利(信託受益権)の全部又は一部について贈与を受けたものとみなして課税することとし,信託行為時課税の方式を維持している。
以上のとおり,受贈者課税を建前とする相続税法においても,信託に対する課税については信託行為時課税が採用されており,受益者が,実際に信託財産から直ちに経済的利益を享受できるか否かを問わず,信託行為時において,信託の利益を受ける権利(信託受益権)について贈与を受けたものとして,贈与税を課することとされている。
そして,上記の法改正の経緯を踏まえると,相続税法4条2項の規定は,信託行為時課税の原則に対する例外を定めた規定と理解すべきであり,相続税法4条2項で明示的に挙げられた類型に該当しない限り,同条1項の信託行為時課税の原則が貫かれることになる。
ウ 相続税法5条及び6条は,保険契約等に基づく給付を,保険料等の負担者から保険金受取人等に対する贈与とみなす規定であり,同法7条ないし9条は,譲渡人等から譲受人等に対して行われる譲渡等が経済的に見て低廉である場合に,譲渡人等から譲受人等に対して贈与が行われたものとみなして課税を行うとの規定である。これに対し,同法4条1項は,信託の特殊性を考慮し,財産が贈与者及び受贈者のいずれにも帰属しないため,相続税及び贈与税の回避が行われる事態を防止すべく,受贈者課税制度の下でもあえて信託行為時課税の立場を採用して設けられたものであり,同法5条ないし9条とは制定経緯及びその趣旨を異にしているから,これらの規定と同列に解釈することはできないというべきである。
エ 本件信託において,受託者が本件信託の利益の分配の時期及び金額について裁量を有していること並びに限定的指名権者の指名により被控訴人以外の者が本件信託の利益の分配を受ける可能性があり得ることといった事情は,そのいずれもが,本件信託行為時において,被控訴人が相続税法4条1項の「受益者」に当たらないとする理由にはなり得ないものである。
したがって,被控訴人が,本件信託行為時における唯一の受益者として,信託の利益を受ける権利を有することは明らかであって,被控訴人は,相続税法4条1項にいう「受益者」に当たるというべきである。
オ 仮に,相続税法4条1項にいう「受益者」が,「当該信託行為により,その信託による利益を現に有する地位にある者」をいうと解する余地があるとしても,①被控訴人は,本件信託行為時において信託受益権を取得すること,②受託者は,受益者の利益を図るために必要な限度での分配が義務づけられていると評価できるのであるから,本件信託契約上,信託財産の収益又は元本の分配を受け得る地位にある者は,裁量権の行使の有無にかかわらず,信託から生じる経済的利益の直接的な帰属主体として受益者となるというべきであること,③本件生命保険契約は解約可能なものであり,Bが死亡しない限り流動資産とすることができないというものではないから,被控訴人が,本件信託行為により直ちに本件信託から利益を得ることができないとはいえないことに鑑みれば,被控訴人は,本件信託により,その信託による利益を現に有する地位にあるというべきである。
カ また,60万ドル分の米国債について,信託税制の基本構造からして本件信託が管理費用を負担するという発想は存在せず,相続税法においても,信託行為時点での受益者の有無により納税義務者及び課税の時期等は定められているものの,信託財産の使途目的によって当該信託の受益者及び課税の時期等を決定する規定とはなっていない。
所得税法上,60万ドル分の米国債から生じる利子及び本件信託の信託報酬は,それぞれ被控訴人の収入及び支出とみなされ,本件信託の内容からみても,上記米国債から生じる利子は被控訴人に帰属し,本件信託の信託報酬は被控訴人が負担しており,上記米国債についての受益権が,被控訴人を含む将来の全受益権者に帰属しないことが予定されているとはいえない。そして,被控訴人は,本件信託に基づく何らかの受益権を得ていると認識した上で,上記米国債から生じる利子について所得税の確定申告を毎年行っていた。
したがって,被控訴人は,60万ドル分の米国債についても「受益者」に該当する。
(被控訴人の主張)
ア 相続税法4条1項の明文及び趣旨に照らせば,同条項にいう「受益者」とは,「信託の利益の全部又は一部についての受益者」として,信託の利益のうちの具体的な部分(あるいは具体的な全体)を受領する権利を有する者として規定されていると解すべきであり,このように解しても,借用概念に関する一般的な考え方に反しない。
また,信託監督的権能は,受益権のうち付属的要素にすぎず,信託監督的権能を有しているだけでは信託法上も「受益者」には該当しない。
したがって,具体的な利益を受領する権利を全く持たず,単に信託監督的機能だけを有する者は,同条項の受益者には当たらない。
イ 大正11年当時の信託課税に関する相続税法23条ノ2は,「信託ノ利益ヲ受クヘキ権利ヲ有セシメタルトキハ其ノ時ニ於テ」と述べるにすぎず,信託行為がされた時点で課税するという規定ではない。また,当時の信託法7条ただし書で,信託行為の定め方次第では,信託行為時に受益者として指定された者が当然に信託受益権を取得することとはならないことが明文で規定されていたのであって,上記相続税法の規定をもって,信託行為時に当然に受益者に課税することとされていたということはできない。
そして,昭和25年改正において制定された相続税法4条には,1項の他に新たに2項と3項が置かれており,立法者は,これらの規定を置くことで,みなし贈与課税の本質である,実際に贈与と同一視しうるような状況が発生した場合に,贈与を受けたと同一視できる者に担税力を認め,贈与税を課すこととしたものである。
ウ 相続税法4条については,1項から3項までを考慮すれば,同法5条ないし9条と同様に,受贈者とされる者が何らかの形で贈与と同様の経済的利益を得ることとなったと認められる時に,当該利益を贈与によって得たものとみなす規定と解するのが相当である。
エ 本件信託において受託者に委ねられている分配の裁量権は,一定の目的等に従うべき制限を受けたものであるから,その制限が満たされない限り,被控訴人が必ず分配を受けるとは限らない。また,Bによる限定的指名権の行使によって,分配を受け得る者が随時追加される可能性もある。したがって,本件信託の設定によって被控訴人に信託受益権が確定的に帰属したとはいえないから,被控訴人は,相続税法4条1項にいう「受益者」には該当しない。
そして,本件信託においては,受託者によって被控訴人に対する個別具体的な分配が決定された時点で受益者の特定が生じ,その時点で当該分配に係る受益権がAから被控訴人に贈与されたものとみなして,同条2項3号により贈与税が課税されるべきである。
また,仮に,本件において,本件信託の設定当初から被控訴人が受益者のうちの一人として特定されていたとしても,受託者が被控訴人への個別具体的な配当の内容を決定した時点で停止条件が成就したとみて,同条2項4号により,その時点で贈与税が課されるべきである。
オ 本件信託に移転された資産のうち,生命保険に投資されていない60万ドルの米国債部分についても,所得税法と相続税法は親和的ではないので,所得税法上の取扱いを前提として相続税法を解釈することはできない。仮に,生命保険に投資されている440万ドル分と上記米国債分とを分けて検討しても,上記米国債分は,本件信託契約により受益者への分配がされないことが本件信託の設定時から確定しており,相続税法4条1項にいう「信託の利益の一部についての受益者」が存在しないことになるから,被控訴人は,当該受益者には該当しない。
なお,被控訴人の行った確定申告は,控訴人の指導に従ったにすぎない。
(2) 本件信託が生命保険信託に当たるか否か
(控訴人の主張)
ア 相続税法において生命保険契約と同様に取り扱われるいわゆる生命保険信託には,①委託者が,その生命保険契約の保険金請求権を一定の目的の下に受託会社に信託する原則的方法と,②委託者が金銭又は有価証券を信託し,受託者をして,受託者の名において委託者(又は第三者)を被保険者として生命保険契約を締結せしめ,満期又は保険事故発生の場合に受託者が保険金請求権を行使して得た保険金を受益者のために一定の目的に従って運用する例外的方法の2つの契約方式があるとされている。
本件信託は,前記①の原則的方法に該当しないことは明らかであるが,以下のとおり,前記②の例外的方法にも該当しない。
イ 例外的な生命保険信託に当たるためには,信託契約において受託者に信託財産の運用方法についての裁量がなく,生命保険契約の締結が義務付けられているか,若しくは委託者の指図に基づいて生命保険契約を締結するか,少なくとも受託者において投資すべき生命保険の内容がある程度具体的に定まっている場合に限られる。
しかし,本件信託契約において,受託者は生命保険契約の締結を義務付けられていないし,本件生命保険契約は,委託者であるAからの指図ではなく,投資顧問であるBからの指示によって締結されており,本件生命保険契約締結に係るBの受託者に対する指示は本件信託契約設定後であること,本件信託契約にも受託者において投資すべき生命保険の内容を具体的に定めた規定は見当たらないことなどの事情に鑑みると,本件信託は,前記②の例外的方法にも該当せず,信託財産の一部を生命保険により運用しているにすぎない。
ウ 仮に,本件信託が生命保険信託であるとしても,基本通達3-4が,相続税法に規定する生命保険契約の範囲を保険業法等に規定されたものに限定することによって,同法3条及び5条が適用される生命保険の範囲について明確にしていることからすれば,同通達4-2により相続税法3条又は5条が適用されることとなる生命保険信託における生命保険契約についても,同通達3-4に掲げられている生命保険契約に限られると解釈すべ??きである。
そうすると,本件生命保険契約は,いずれもBと米国の生命保険会社との間で締結されており,同通達3-4に該当しない生命保険である以上,仮に,本件信託が生命保険信託であったとしても,同通達4-2が適用されることはなく,生命保険契約に関する同法3条及び5条が適用されることはない。
また,仮に,本件生命保険が生命保険信託に該当するとして,同通達4-2が適用されるとしても,それは本件生命保険部分についてのみであって,60万ドル分の米国債として運用している信託財産については生命保険ではないのであるから,当然に同通達4-2は適用されず,相続税法4条が適用される。
(被控訴人の主張)
ア 生命保険信託の例外的方法とは,「委託者が金銭(又は有価証券)を信託し,受託者をして,受託者の名において委託者(又は第三者)を被保険者として生命保険契約を締結せしめ,満期又は保険事故発生の場合に受託者が保険金請求権を行使して得た保険金を,受益者のために一定の目的に従って運用する方法」とされており,控訴人が主張するような硬直的なものではない。
イ 仮に,生命保険信託が控訴人が主張するような内容であったとしても,投資顧問であるBは,本件信託契約の他の条項のいかなる規定にもかかわらず本件信託財産の投資に関する決定について権限を有しており,受託者であるCは投資顧問の指示に従う義務があり,本件信託契約の内容や委託者であるAの意思,投資顧問であるBの指示等を考慮すれば,受託者には本件信託財産について生命保険に投資する以外の選択の余地はなく,現実に生命保険契約を締結していることに鑑みれば,控訴人の主張には理由がない。
なお,生命保険信託の成立に委託者による指図という要件が定められていると解することはできないし,委託者の指図が必要であるとしても,本件信託契約において,委託者であるAはその指図権を投資顧問であるBに与えているところ,上記のとおり,BはCに対し生命保険に投資するように指示している。
ウ 基本通達3-4は,海外渡航や国内外の財産の移転等が大幅に自由化された現代において,その取扱いを形式的に遵守することは相当ではなく,法令に抵触する可能性も高いのであって,本件生命保険契約は,我が国の法律(商法673条)に照らしても,生命保険契約であることに変わりはないから,相続税法3条又は5条が適用されるべきである。
仮に,本件生命保険契約が基本通達3-4に該当しないのであれば,所得税法施行令183条2項及び3項(平成22年改正前のもの)によってその取得したときにおける一時所得(所得税法34条)の金額として計算されることとなり,相続税法の適用はないから,控訴人の主張は失当である。
そして,本件信託財産のうち,生命保険に投資後も米国債にて運用されている60万ドル分の米国債については,相続税法4条1項にいう「信託の利益の受益者」が存在しないから,被控訴人が当該「受益者」に該当することはない。
(3) 被控訴人が相続税法上の制限納税義務者に当たるか否か
(控訴人の主張)
ア 一定の場所が被控訴人の住所か否かは,客観的事実から生活の本拠たる実体を具備しているかによって判定すべきであり,被控訴人は,本件信託行為当時,生後8か月の乳児であって自ら独立して生活することは不可能であったこと,出生してから平成18年11月10日まで母親であるDと離れて生活したことはなく,米国においてD以外に被控訴人を責任をもって養育する者はいなかったことに鑑みると,被控訴人の生活の本拠は,Dの生活の本拠と同一であるといえる。
そして,Dが,同人や被控訴人を含めた子供たちの生活の本拠をどこにするかの重要な決定要素としてBの仕事の本拠を挙げた上で,家族が離れ離れに暮らすことは考えていないと供述していることに照らすと,被控訴人及びDの住所については,①D及び被控訴人を扶養しているBの職業の状況,②B及びその家族の資産の保有状況等の客観的事実から,生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより総合的に判定するのが相当である。
イ Bについては,その仕事及び生活の本拠はいずれも日本にあること,Dは米国で生活する必要がなく,日本に生活の本拠があったと認められること,本件信託行為前後における被控訴人及びDの米国での滞在は,租税回避の目的で行われたにすぎず,被控訴人及びDの生活の本拠に関する判断を左右するものではないことに照らせば,被控訴人の生活の本拠は日本であると認められる。
(被控訴人の主張)
ア 本件信託行為当時,被控訴人は,日本国籍を有しておらず,また日本に住所を有していなかったので,相続税法1条の4第3号のいわゆる制限納税義務者であった。
イ 相続税法1条の4の「住所」とは,生活の本拠をいうところ,その認定に当たっては,被控訴人自身の生活状況等が十分に考慮されるべきである。
被控訴人は,出生から本件信託行為時までの期間(合計255日)のうち,米国カリフォルニア州に滞在していたのは183日であるのに対し,日本に滞在していたのは72日にすぎないし,日本に一時帰国していた際にも,最初の1週間はDの実家に寝泊まりし,長久手の自宅に移った後も家財道具も使用できない状態であった。他方,米国のマンションは,家財道具も完備されていて長期間の生活が可能であった。
そして,被控訴人は,米国籍を有するが日本国籍を有していないため,米国には期間制限なく居住できるが,日本に滞在する際には短期滞在(90日間)しか認められないから,被控訴人の生活の本拠が日本にあるとはいえない。
ウ 被控訴人は,本件信託行為当時に生後8か月の幼児であったから,被控訴人の母親であるDに関する事情を考慮することも合理性はあるが,Dについても,米国カリフォルニアに日々の生活の実態があり,日本には住所がなかった。
Dは,子供たちに米国での教育を受けさせるために米国で居住する意思を持って渡米したものであり,単に出産を目的とし,子供たちに米国籍を取得させるためだけというものではない。
(4) 本件信託財産が我が国に所在するものであるか否か
(控訴人の主張)
仮に,被控訴人の住所が日本にあると認められないとしても,本件において被控訴人が贈与により取得したものとみなされる財産は本件信託の受益権であり,信託受益権は相続税法10条1項及び2項に規定する財産に該当しないから,同条3項によってその財産の所在が判断され,同条項の「贈与をした者の住所の所在」は委託者であるAの住所であり,同人の本件信託行為時の住所は日本にあるから,本件信託の受益権の所在地は日本と判断される。
(被控訴人の主張)
ア 相続税法10条4項は,財産の所在について,「当該財産を相続,遺贈又は贈与により取得した時の現況による。」と規定しているところ,同法4条1項により取得したものとみなされる信託受益権は,信託を構成する「信託財産」を基礎とするものであるので,これを踏まえて実質的に判断する必要がある。
イ 本件において,信託受益権の本質は生命保険金であり,信託財産を生命保険金と解すれば,その財産の所在については,相続税法10条1項5号により,その保険の契約に係る保険会社の本店又は主たる事務所の所在によって判断され,本件生命保険契約に係る保険会社の本店はいずれも外国であるから,財産は日本に所在していない。
ウ 仮に,本件信託の設定により取得したものとみなされる財産が本件米国債であるとしても,その所在は,相続税法10条2項により,米国となる。
エ 上記(3)の被控訴人の主張のとおり,被控訴人は制限納税義務者に該当する上,以上のとおり,被控訴人が本件信託行為により取得したものとみなされる財産があるとしても,それは日本に所在しないため,被控訴人は,本件信託に関して贈与税の納税義務を負う前提を欠いている。
(5) 被控訴人においては,贈与税の課税要件である課税標準を算定できないか否か
(控訴人の主張)
ア 被控訴人は,本件信託行為時,本件信託財産から得られる収益及び元本の唯一の受益者であり,信託の利益の全部についての受益者である。また,本件信託において残余財産受益者なるものは将来においても存在しないから,被控訴人は,相続税法4条1項により,本件信託行為時に信託受益権の全部について贈与により取得したものとみなされる。
イ したがって,本件信託の受益権は,評価通達202の(1)を適用して評価することが相当である。
(被控訴人の主張)
ア 被控訴人が納税義務者に該当し,課税物件が存在するとされたとしても,本件信託における被控訴人については,限定的指名権者によって被控訴人以外の者を受益者と指名できることや,受託者による分配について受託者が裁量を有していることに照らすと,本件信託に係る信託受益権について本件信託時における時価を評価することは著しく困難ないし不可能であるから,課税標準を算定できず,課税要件を満たさないことになるため,本件において贈与税を課税することはできない。
イ 評価通達202は,①元本と収益の受益者が同一人である場合,②元本と収益の受益者が元本及び収益の一部を受ける場合,③元本の受益者と収益の受益者とが異なる場合のそれぞれについて,その評価方法を定めたものである。
そして,①元本と収益の受益者が同一人である場合とは,同一人が信託財産そのものを取得する,すなわち,「信託財産の元本及び収益の全部を同一人が享受する」場合を指すが,本件信託は,委託者による撤回ができない永久信託であること,本件信託においては受託者の裁量によって被控訴人が何ら分配を受け取らない可能性が十分にあること,限定的指名権の行使によって分配を受け得る者が随時追加される可能性も十分にあること,生命保険契約への投資により受益者に分配が予定されているのは生命保険金であって,これも受益者に分配されるとは限らないことなどに照らすと,「信託財産の元本及び収益の全部を同一人が享受する」とはいえない。
また,②本件信託の受益者が元本と収益の一部を受けることがあるとしても,その受益者が誰であるのか,いついくら分配されるのかなどが不確定であり,「受益割合」の計算ができないため,元本と収益の受益者が元本及び収益の一部を受ける場合に当たらない。
さらに,③元本の受益者と収益の受益者が異なる場合の収益の受益については,受益権に基づく受益の期間が確定していることが前提であるが,本件信託においては,被控訴人において受益の期間も確定していない。
ウ 本件信託については,被控訴人はいついくら受領できるか分からないし,生命保険金が本件信託に対して支払われても直ちに全額受領できるわけではないから,信託受益権である生命保険金についても,本件信託行為時における時価を評価することはできず,評価通達202の(1)を用いて時価を算定することは相続税法22条に反するものである。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,本件課税処分は適法であり,被控訴人の請求は理由がないものと判断する。
その理由は,次のとおりである。
1 本件信託の設定行為が相続税法4条1項にいう「信託行為」に当たることは,原判決「事実及び理由」欄の第3の1記載のとおりであるから,これを引用する。
2 被控訴人が相続税法4条1項にいう「受益者」に当たるか否かについて
(1) 相続税法4条1項の「受益者」について
ア 相続税法4条1項は,「信託行為があった場合において,委託者以外の者が信託(省略)の利益の全部又は一部についての受益者であるときは,当該信託行為があった時において,当該受益者が,その信託の利益を受ける権利(省略)を当該委託者から贈与(省略)により取得したものとみなす。」と規定している。
そして,相続税法4条1項の「受益者」については,同法にはこれを定義する規定は置かれていないため,これについても「信託行為」と同様に,信託法における「受益者」を意味すると解すべきである。信託法(平成18年法律第108号。以下「現信託法」という。)2条6項は,「この法律において「受益者」とは,受益権を有する者をいう。」と定義しているところ,本件信託行為時の信託法(大正11年法律第62号。以下「旧信託法」という。)には「受益者」についての定義規定はないものの,上記定義と別異に解すべき根拠はないから,相続税法4条1項の「受益者」とは,「受益権を有する者をいう。」と解するのが相当である。
イ そして,「受益権」についても,相続税法にはこれを定義する規定が置かれていないため,信託法における「受益権」を意味すると解すべきであるところ,旧信託法には「受益権」についての定義規定はない。
そこで検討するに,受益権の本質は,信託財産からの給付を受領する権利(信託受給権)にあるというべきであるが,受益者は,信託財産ないし受益者自身の利益を守るために監督的権能を与えられているのであって,信託受給権に加えてかかる信託監督的権能も受益権の内容を構成するものと解される。なお,現信託法2条7項は,「この法律において「受益権」とは,信託行為に基づいて受託者が受益者に対し負う債務であって信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債権(以下「受益債権」という。)及びこれを確保するためにこの法律の規定に基づいて受託者その他の者に対し一定の行為を求めることができる権利をいう。」と定義しているところ,上記の解釈は,現信託法2条7項の定義にも沿うものということができる。
ウ 以上によれば,相続税法4条1項は,いわゆる他益信託の場合において,受益権(信託受給権及び信託監督的権能)を有する者に対し,信託行為があった時において,当該受益者が,その受益権を当該委託者から贈与により取得したものとみなして,課税する旨の規定であると解される。
エ 被控訴人は,相続税法4条については,1項から3項までを考慮すれば,同法5条ないし9条と同様に,受贈者とされる者が何らかの形で贈与と同様の経済的利益を得ることとなったと認められるときに,当該利益を贈与によって得たものとみなす規定と解するのが相当であるとか,実際に贈与と同一視しうるような状況が発生した場合に,贈与を受けたと同一視できる者に担税力を認め,贈与税を課すことにしたものである旨主張し,相続税法4条1項によって課税の対象となるためには,信託受益権が信託行為の成立と同時に確定的に帰属することが必要である旨を主張する。
しかしながら,相続税法4条1項の規定は,課税の公平の観点から,相続税及び贈与税の回避(課税の繰延べや超過累進課税の回避)が行われる事態を防止するために,受託者が他人に信託受益権を与えたときは,現実に信託の利益の配分を受けなくても(例えば,期限付受益権の設定),そのときにおいて信託受益権を贈与したものとみなして課税するものと解される。同条項の立法の経緯についても,昭和13年の相続税法の改正の際に,受益時に課税することとされたが,昭和22年の相続税法改正時に信託行為時課税とされ,昭和25年の相続税法改正によってもこれが維持されたものであって,その経緯に照らしても,上記のように解釈するのが相当である。
なお,相続税法4条2項2号ないし4号は,①受益の意思表示がされていないために受益者が確定されていない信託,②受益者不特定又は不存在の信託,③停止条件付で受益権を与えることとされている信託について,これらの信託は,例外的に受益権の帰属が浮動状態にあることから,受益者が確定し(①),特定又は存在し(②),停止条件が成就したとき(③)に,当該受益者に課税することとした規定であり,受贈者とされる者が贈与と同様の経済的利益を得ることとなったと認められるときに課税するとした規定ではないから,相続税法4条2項2号ないし4号は被控訴人の上記主張の根拠となるものではない。
また,同法5条ないし9条との関係についても,信託行為については,上記のとおり,相続税及び贈与税の回避を防止するとの観点から,期限付受益権が設定された場合のように,信託行為時に信託の利益の配分を受けなくても,信託行為時に画一的に課税することとしたものと解されるから,同法5条ないし9条の規定から,同法4条1項の規定を被控訴人の主張のように解することはできない(ちなみに,本件信託に係る被控訴人に対する課税については,本件信託契約4条1項の生活費として,Cから被控訴人に支払われるべきものであるから,被控訴人に担税力がないとはいえない。なお,本件生命保険契約がCにおいて解約可能であることは後述のとおりである。)。
さらに,相続税法4条1項が「信託(省略)の利益の全部又は一部についての受益者」と規定していることについても,これは信託受益権を元本と収益の受益権に分けることが可能であり,また,収益の受益者が複数あり得ることからこのように表現されたものと解されるから,上記の文言も被控訴人の同条項についての上記解釈を根拠づけるものとは認められない。
(2) 被控訴人が相続税法4条1項にいう「受益者」に当たるか否かについて
ア 以上述べた点に照らせば,被控訴人が相続税法4条1項にいう「受益者」に当たるためには,本件信託の設定時において,被控訴人が,信託受給権及び信託監督的機能を有していたことが必要となる。
Aが本件信託を設定するに至った経過等及び本件信託契約の内容等については,以下に補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第3の2(2)ア及びイ記載のとおりであるから,これを引用する。
(ア) 原判決22頁16行目の「目的とされ,」の次に「設定者は,」を加え,18行目の「されている」を「信ずると記載されている」に改める。
(イ) 同22頁20行目の「権限を有する(7条2項)とされ,」を「権限を有するが,これらは指示されるものでも義務でもない(7条2項)とされ,」に改め,22行目の末尾に「そして,7条4項は,保険証券の解約返戻金についての受託者の投資責任について定めている。」を加える。
イ 本件信託契約4条1項は,受託者は,自己の裁量により,被控訴人が生存する限りにおいて,被控訴人の教育,生活費,健康,慰安及び安寧のために妥当と思われる金額を,元本及び収益から支払うとしているのであるから,本件信託の設定時において,被控訴人は,信託受給権を有するものとされていたと認められる。
また,本件信託契約5条8項によれば,受託者は,受益者の合理的な要請に対して,本件信託の財産,負債,収入及び支出に関する情報等の受益者の利益に関連する本件信託の管理に関する詳細事項を受益者に提供するものとされているほか,受託者は,最低限1年に1度の頻度で会計報告を行うものとされていること(甲4)などが認められ,これによって被控訴人は,信託監督的機能を有していたと認められる。
したがって,被控訴人は,本件信託の設定時において,信託受給権及び信託監督的権能を有していたと認められる。
なお,このことは,本件信託の設計に関与したE弁護士のAに対する回答書(乙23)に,被控訴人が収益及び元本の単独の受益者として指定されている(本件信託契約4条1項)から,本件信託は,Aから被控訴人に対して,信託行為時に信託財産を贈与したものとみなされる旨記載されていることからも裏付けられる。
ウ これに対し,被控訴人は,受託者の裁量によって,被控訴人が必ず分配を受けるとは限らないから,本件信託の設定によって被控訴人に信託受益権が確定的に帰属したとはいえない旨主張するが,前述のとおり,相続税法4条1項にいう「受益者」に当たるためには,受益権が確定的に帰属することを要するということはできないから,被控訴人の上記主張はその前提を欠くものであるし,本件信託における受託者の裁量は,受益者そのものを選定する権限ではないから,被控訴人が受益者に該当するとの上記判断を左右するに足りるものではない。
また,Bが限定的指名権を有しているという点についても,相続税法4条1項は信託行為時課税を採用しているのであって,限定的指名権の行使されていない信託行為時における受益者該当性についての判断を左右するに足りるものではない。
さらに,被控訴人は,本件信託の設定者の意思を最大限に尊重して本件信託契約書を解釈すべきところ,Aは,被控訴人が本件信託の利益の全てを享受するものではない旨証言していること,本件信託契約書の冒頭には,Aの子孫らの利益のために本件信託が設定されたものであることが明記されていること,収益及び元本の分配について受託者に裁量権があること,Bが限定的指名権を有していることからすれば,被控訴人は本件信託行為時に信託の全部の利益を享受できる立場になく,本件信託から利益を受けることを期待できる立場にあったにすぎないから受益者には当たらない旨主張する。
しかしながら,本件信託契約書の解釈は条文に基づいてされるべきであり,設定者の意思は,条文に規定がない場合や条文が多義的に解される場合に尊重されるべきものであるところ,仮にAが被控訴人のみに本件信託の利益を享受させる意思でなかったとしても,本件信託契約書4条1項の明文に反してそのように解することはできない。また,本件信託契約書冒頭の,Aの子孫らの利益のために本件信託が設定されたとの記載は,本件信託の理念を述べたものにすぎず,受託者や受益者等に対して法的拘束力を有するものではない。また,受託者の裁量権については,本件信託の目的の範囲内で受益者の利益を図るために行使する義務があり,本件信託契約4条1項に規定されている事由について被控訴人に金員を必要とする具体的事情が生じた場合に,受託者が何らの決定をしないことは本件信託契約違反であって,被控訴人は受託者に対し,上記の金員の分配を請求できるものと解すべきであるから,被控訴人は分配を受けることを期待できる立場にあるにすぎないということはできない。また,Bが限定的指名権を有しているとしても,本件信託契約設定時には行使されておらず,その時点では被控訴人が本件信託の唯一の受益者であったものである。
以上によれば,被控訴人は,本件信託行為時において,本件信託の全部の利益を享受できる立場にあったものと認められるから,被控訴人の上記主張は採用できない。
また,被控訴人は,本件信託は相続税法4条2項3号又は4号に該当する旨主張するが,上述のとおり,本件信託においては,その設定時において,被控訴人が受益者であると特定されていたし,本件信託は停止条件付でもないから,同法4条2項3号又は4号には該当しない。
エ そして,受託者であるCは,Aが寄託した本件米国債500万ドル分のうち,440万ドルを一時払保険料として支払って本件生命保険契約を締結したが,残りの60万ドルについては米国債として運用している(乙26,弁論の全趣旨)ところ,被控訴人は,上記の運用益は受託者に対する報酬にあてられるものであって,60万ドルについては本件信託契約により受益者への分配がされないことが本件信託行為時から確定しているため,被控訴人は,当該受益者には該当しない旨主張する。
しかしながら,受託者に対する報酬の支払義務は受益者にあるから,報酬の支払のために運用されている60万ドル分の米国債の受益権が被控訴人にあることは明らかである。また,本件信託契約上,受託者の報酬については,「収益から充当すべき当該報酬は,経常収益又は累積利益から支払えるものとする。」と規定されているにすぎず(同契約9条7項),上記60万ドル分の米国債から発生する利子から支払われることが義務付けられているのではないから,受益者への分配がされないことが確定しているということはできない。
そして,被控訴人が,60万ドル分の米国債から生じる利子収入を,自身の雑所得として確定申告していること(乙40の1,乙41の1ないし4,乙46)に照らしても,被控訴人は,上記利子収入は被控訴人自身に帰属していることを認識していたということができる。
したがって,上記60万ドルの米国債についても,被控訴人は,受益者に該当するものと認めるのが相当である。
(3) 以上によれば,被控訴人は相続税法4条1項にいう「受益者」に当たると認められる。
3 本件信託が生命保険信託に当たるかについて
(1) 相続税基本通達(昭和34年1月28日付け直資10。平成19年5月25日課資2-5,課審6-3による改正前のもの。)4-2は,「いわゆる生命保険信託については,その信託に関する権利は信託財産として取り扱わないで,生命保険契約に関する規定(法第3条又は第5条)を適用することにより取り扱うものとする。」と規定している。したがって,本件信託が生命保険信託に当たる場合には,相続税法4条1項の適用はないこととなる。
生命保険信託の契約方式としては,①委託者が,その生命保険契約の保険金請求権を一定の目的の下に受託会社に信託する原則的方式と,②委託者が金銭又は有価証券を信託し,受託者をして,受託者の名において委託者(又は第三者)を被保険者として生命保険契約を締結せしめ,満期又は保険事故発生の場合に受託者が保険金請求権を行使して得た保険金を受益者のために一定の目的に従って運用する例外的方法の二つが考えられるところ(乙13),本件においては,上記原則的方式に当たらないことは明らかであるため,上記例外的方法に当たるかが問題となる。
(2) 生命保険信託については,原則的方式であっても例外的方法であっても,受託者は,信託契約に従い受益者のために受領した生命保険金を管理運用するところから,実質的には,受益者がその生命保険金を受け取ったのと異なることがないため,このような生命保険信託に関する権利は,信託財産として取り扱わないで,生命保険契約に関する規定を適用することと取り扱われたものと考えられるところ(乙13),これに照らせば,上記例外的方法に当たるためには,委託者が生命保険契約を締結したのと実質的に同視できることを要するというべきであるから,信託契約において受託者に信託財産の運用方法についての裁量がなく,生命保険契約の締結が義務付けられているか,又は委託者の指図に基づいて生命保険契約を締結する場合に限られると解すべきである。
これに対し,被控訴人は,生命保険信託は上記のような硬直的なものではないと主張するが,以上の点に照らせば,被控訴人の主張は採用することができない。
(3) 上記2(2)の認定事実(原判決引用部分)によれば,本件信託契約においては,受託者の権限は制限を受けず,受託者の合理的な裁量において行使することができる(6条柱書き)とされ,受託者は,あらゆる種類の投資対象に投資できる(同条8項)とされており,受託者は,信託財産の運用に関して広範な権限が認められていたということができる。そして,本件信託契約においては,本件信託の設定者は生命保険証券への投資が目的を満たすための適切な投資戦略であると信ずる旨記載されているにすぎず(7条1項),受託者は生命保険証券を購入するなどの権限を有するが,これらは指示されるものでも義務でもないと記載されている(7条2項)上,受託者は生命保険契約の解約返戻金を自己の裁量によって運用することができる旨も定められている(7条4項)。
そうすると,本件生命保険契約は,受託者が委託者であるAの意思に沿って締結したものではあるが,委託者の指示に基づいて締結したものではないから,信託財産の運用方法の一つとして締結したものであり,したがって,本件信託は,生命保険信託の例外的方法には当たらないものというべきである。
これに対し,被控訴人は,受託者には本件信託財産について生命保険に投資する以外の選択の余地はないなどと主張するが,上記のとおり,本件信託契約上,そのように解することはできないから,被控訴人の主張を採用することはできない。
また,被控訴人は,委託者であるAは,投資顧問であるBに対して生命保険契約の締結を指示し,Bは受託者に対して本件生命保険契約の締結を指示したものであるところ,受託者はBの指示に従う義務があるから,本件信託は生命保険信託である旨主張するが,BにはAの指示に従うべき法的義務はなく,自己の裁量によって投資先を選択することができるのであるから,Bの受託者に対する上記の指示がAの意向に沿うものであったとしても,Aの指示と同視することはできない。したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。
なお,本件信託が生命保険信託に該当するためには,さらに満期又は保険事故の発生まで本件生命保険契約を維持する必要があるところ,委託者によって本件生命保険契約の解約が禁止されていることを認めるに足りる証拠はない。
(4) したがって,本件信託は,生命保険信託に当たらないと認められる。
4 被控訴人が相続税法上の制限納税義務者に当たるか否かについて
(1) 被控訴人については,「贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの」(相続税法1条の4第1号)に当たるか,「贈与によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(前号に掲げる者を除く。)」(同条3号。いわゆる制限納税義務者)に当たるか否かによって,贈与税の課税範囲が異なることとなり,被控訴人が本件信託受益権を取得した時に日本に住所を有している者と認められれば,本件信託受益権の全部について贈与税が課されることになる。
そして,住所とは,反対の解釈をすべき特段の事由がない以上,生活の本拠,すなわち,その者の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心を指すものであり,一定の場所がある者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である(最高裁判所平成23年2月18日第2小法廷判決・裁判集民事236号71頁参照)ところ,本件においては上記の特段の事情は存在しない。
(2)ア 被控訴人の居住関係等については,上記第2の2のとおりである(原判決引用部分,ただし補正後のもの)ところ,被控訴人は,本件信託行為当時,生後約8か月の乳児であって,両親に養育されていたのであるから,被控訴人の住所を判断するに当たっては,被控訴人の両親の生活の本拠が異ならない限り,その生活の本拠がどこにあるかを考慮して総合的に判断すべきである。
イ 上記事実のほか,証拠(甲84,乙5ないし7,54ないし64の各1・2)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) BとDは,平成12年6月に結婚し,名古屋市a区bの賃貸マンションで同居生活を始めた。
(イ) Bの平成13年から平成17年までの株式会社F等における取締役等への就任状況は,別紙1のとおりであり,同人は同社の取締役営業部長等の職務に従事していたが,平成15年12月に株式会社Gを設立して,同社の代表取締役にも就任した。
(ウ) Dは,Bと結婚後,専業主婦として生活していた。
(エ) Dの平成13年から平成17年までの米国滞在期間は別紙2のとおりであり,平成16年4月11日から同年9月2日までの期間を除いては,Hの出産のために約5か月,被控訴人の出産のために約3か月,Iの出産のために約4か月,米国に滞在したのみであった。
なお,Dらは,米国での上記滞在期間中,いずれも本件コンドミニアムで生活した。
(オ) Bの平成13年から平成17年までの米国滞在期間は別紙2のとおりであり,ほぼDの米国滞在期間に合わせる形で,同期間中,ほぼ1か月に1度の割合で,短ければ3日,長くても13日,米国に滞在するのみであった。
(カ) B夫婦は,Dが米国でHを出産して平成13年9月に日本に帰国後,bの賃貸マンションから名古屋市a区cの賃貸マンションに移住して,親子3人での生活を始めた。
(キ) Bは,平成15年12月,新築した長久手の自宅に移住した。そして,米国で被控訴人を出産して平成16年1月30日に日本に帰国したD,H及び被控訴人とともに,その1週間後から長久手の自宅で生活するようになった。
(ク) D,H及び被控訴人は,平成16年4月11日に渡米し,本件コンドミニアムにおいて親子3人で生活していたが,同年9月2日に日本に帰国した以降は,I出産のために渡米した期間を除いては,長久手の自宅でBとともに生活している。
ウ 上記各認定事実によれば,Dが渡米した際には,いずれの時も被控訴人の父親であるBが役員を務める会社所有の本件コンドミニアムで生活していたのに対し,Bは,被控訴人が出生する前から長久手の自宅建築に係る請負契約を締結しており,長久手の自宅の完成後は,B及びDは,日本にいる際には,ほぼ長久手の自宅において生活を続けており,被控訴人も長久手の自宅で同居していて,上記3名の住所や居住地を長久手の自宅とする各種の登録等をしていたこと,Bは,平成15年12月26日には,日本に本社を置く株式会社Gを設立して代表取締役に就任し,本件信託契約締結時にも同社の代表取締役であった(乙54の1・2)ほか,日本国内における複数の法人の取締役等の重要な地位に就いていた(甲3,乙54ないし64〔枝番を含む。〕)のに対し,米国において取得した就労ビザの就労先であるJにおいては,役職もなく,給与も受領しておらず,具体的な就労実態も明らかではないこと(乙6),Dはいわゆる専業主婦であって,米国において就労していたものではないこと(乙5),Dは,長男のH及び被控訴人とともに平成16年4月11日に渡米してから,同年9月2日にB,H及び被控訴人とともに帰国するまでの間以外については,子供の出産にあわせて渡米していたものであって,単に子供に米国籍を取得させるために渡米していたにすぎないことなどが認められるところ,これらの事実に別紙2のB及びDの日本と米国における居住期間を併せ考慮すると,被控訴人が本件信託利益を取得した時(Aは平成16年8月26日に本件信託財産として本件米国債をCに引き渡しており,遅くともこの時点で本件信託利益を取得したということができる。)におけるBの生活の本拠が長久手の自宅にあったことは明らかであり,Dについても,夫と離れて暮らすことは考えていない旨証言していることをも斟酌すると,米国での生活はいずれも一時的なものであって,居住の継続性,安定性からすれば,上記時点における生活の本拠は長久手の自宅にあったものと認めるのが相当である。
そうすると,両親に監護養育されていた被控訴人についても,上記時点における生活の本拠は長久手の自宅であると認めるのが相当である。
(3) これに対し,被控訴人は,出生から本件信託行為時までの期間のうち米国に183日滞在していたのに対し,日本には72日しか滞在していない旨主張する。確かに,通常であれば,滞在日数は住所を判断するに当たっての重要な要素の一つであるが,上記のとおり,本件においては,被控訴人は出生後間もない乳児であるという特殊な事情があったから,むしろ両親の生活の本拠を重要な要素として考慮すべきである上,滞在日数についても,本件信託行為後は,むしろ日本にいる期間の方が長くなっていることに照らすと,被控訴人の出生から本件信託行為時までの米国における滞在日数が日本における滞在日数より長いことは,上記認定を左右するに足りない。
また,被控訴人は,Dは子供たちを米国で育てるため米国に移住するつもりであり,平成16年1月は一時帰国したにすぎない旨主張し,Dの証言中には上記主張に沿う部分も存在するが,同証言部分は上記各認定事実に照らしてたやすく措信できないから,被控訴人の上記主張は採用できない。
さらに,被控訴人は,被控訴人が日本に住所を有しなかったとして種々主張するが,いずれも上記認定を左右するに足りない。
(4) したがって,被控訴人は,本件信託行為当時において,日本に住所を有していたものと認められるから,本件信託財産が我が国に所在するものであるか否かを判断するまでもなく,相続税法上の制限納税義務者には当たらず,相続税法1条の4第1号の適用対象となるというべきである。
5 被控訴人においては,贈与税の課税要件である課税標準を算定することができないか否かについて
(1) 本件信託契約においては,本件信託行為時において,被控訴人が本件信託財産から得られる収益及び元本の唯一の受益者であり(本件信託契約4条1項),相続税法4条1項により,本件信託行為時に信託受益権の全部について贈与により取得したものとみなされる。
(2) これに対し,被控訴人は,限定的指名権者によって被控訴人以外の者を受益者と指名できることや,受託者による分配について受託者が裁量を有していることに照らすと,本件信託に係る信託受益権について本件信託時における時価を評価することは著しく困難ないし不可能であると主張する。
しかし,上記のとおり,相続税法4条1項は,いわゆる他益信託の場合において,受益者に対し,信託行為があった時において,当該受益者が,その受益権を当該委託者から贈与により取得したものとみなして課税する旨の規定であって,本件信託行為時における受益者である被控訴人が信託受益権の全部について贈与により取得したものとみなされるのであるから,基本通達202の(1)により,本件信託財産(500万ドルの米国債)の価額によって本件信託受益権の本件信託時における時価を評価するのが相当であり,限定的指名権の行使の可能性があることや,受託者に裁量があることは上記の判断を左右するものではない。
そうすると,上記の価額の評価は可能であるから,被控訴人の主張は採用できない。
また,上記の方法によって算定された本件信託受益権の価額が相続税法22条に反するものということもできない。
(3) したがって,被控訴人においては,贈与税の課税要件である課税標準を算定することができるものというべきである。
6 以上によれば,被控訴人の主張はいずれも採用することができない。
そして,本件信託受益権のみなし贈与により取得した財産の価額の合計額(課税価格),基礎控除額,基礎控除後の課税価格,納付すべき税額及び無申告加算税の額は,いずれも原判決「事実及び理由」欄第2の4の(1)ないし(5)に記載されたとおりであると認められるから,本件課税処分は適法である。
第4結論
よって,被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであり,これを認容した原判決は失当であって,本件控訴は理由があるから,原判決を取り消し,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林道春 裁判官 内堀宏達 裁判官 下田敦史)
※ 別紙1及び2は省略