大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成24年(ネ)1001号 判決 2014年8月07日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,221万4485円及びこれに対する平成23年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その3を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,522万7235円及びこれに対する平成23年6月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は,控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人が,被控訴人に対し,①控訴人の父Aと母B(以下,AとBを「Aら」という。)が,被控訴人が運営する老人ホーム(以下「本件施設」という。)について,被控訴人との間で締結した入居契約(以下「本件入居契約」という。)における入居一時金の返還金に関する条項などが公序良俗に反し,又は消費者契約法10条により無効であると主張して,不当利得返還請求権に基づき,Aらが本件入居契約締結時に支払った入居一時金のうち797万2485円の返還と,これに対する請求した日の翌日である平成23年6月26日から支払済みまで商事法定利率の年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②被控訴人は厚生労働省が定める基準を満たさないのに介護保険の給付対象外の介護サービス費用(以下「保険外サービス費用」という。)として72万9750円を徴収したと主張して,不当利得返還請求権に基づき,上記金員の返還と,これに対する請求した日の翌日である平成23年6月26日から支払済みまで商事法定利率の年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審が,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が控訴した。

なお,控訴人は,当審において請,求の趣旨を減縮し,①B死亡時の入居一時金の返還金につき,本件入居契約の入居一時金の返還に関する合意が公序良俗に反し,又は消費者契約法10条により無効であるなどと主張して,不当利得返還請求権に基づき29万5000円,②A死亡時の入居一時金の返還金につき,ⓐAが本件施設内の居室を転居する際に締結した転居契約が錯誤無効,詐欺又は消費者契約法4条1項により取り消し得ること,同転居契約が公序良俗に反し,又は消費者契約法10条により無効であること,ⓑ本件入居契約の入居一時金の返還に関する合意が公序良俗に反し,又は消費者契約法10条により無効であること,ⓒ被控訴人は,Aが利用した居室の原状回復費用を控除したが,それには法律上の理由がないなどと主張して,不当利得返還請求権に基づき420万2485円,③被控訴人は厚生労働省が定める基準を満たさないのに保険外サービス費用として72万9750円を徴収したと主張して,不当利得返還請求権に基づき上記金額及びこれら(合計522万7235円)に対する請求した日の翌日である平成23年6月26日から支払済みまで商事法定利率の年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

2  前提事実(当事者間に争いのない事実及び掲記証拠により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 控訴人は,A(大正10年C月D日生)とB(大正12年E月F日生)の長男である。Bは,平成20年12月25日に死亡し,Aは,平成23年4月24日に死亡した。

イ 被控訴人は,有料老人ホームの設置及び運営などを目的とする株式会社であり,平成14年5月31日,有料老人ホーム「G」(本件施設)の本館を開設して本件施設での事業を開始した。本件施設は,a市b(H駅から徒歩5分の場所)に所在し,一般居室46室と介護居室7室(本館及び東館の合計)があり,共用施設として,大浴場,介護浴室,厨房,自立者用食堂,介護者用食堂,健康管理室,介護センターなどが設けられている。また,居室には緊急通報用の押しボタンと無線送信機が設置され,夜間も管理室に連絡を取ることができ,夜勤者1名が勤務している。被控訴人は,本件施設を開設する以前は,介護保険法に定める居宅サービスのうち,訪問看護,訪問介護につき事業者の指定を受けていたが,平成14年5月31日に特定施設入居者生活介護につき事業者の指定を受けた。

(2)  本件入居契約前の重要事項説明書

被控訴人は,Aらに対し,本件入居契約締結前に,平成14年2月6日付けの「有料老人ホーム重要事項説明書(予定)」(甲9,39。以下「2月6日付け重要事項説明書」という。)を交付した。2月6日付け重要事項説明書には,要旨次のような記載がある。

ア 表題部には,「有料老人ホーム重要事項説明書(予定)」と記載され,その下の作成日の次には,「(予定資料のため今後変更もあります)」と記載されていた。

イ 施設の類型健康型・介護が必要になっても契約は存続(被控訴人経営の訪問看護・訪問介護・指定居宅介護支援事業者で重介護状態となっても介護の対応ができる。)

ウ 開設年月日 平成14年5月31日開設予定

建物概要(権利関係) 平成14年5月竣工予定

エ 利用料

(ア) 費用の納入方式は,①入居一時金方式(入居一時金+月額利用料),②賃貸方式(賃貸料金+月額利用料+保証金),③併用方式(共用部分の入居一時金+居室月額賃貸料金)の3方式があり,これらから選択をする。その使途は,居室,共用施設の利用権取得のための費用である。なお,入居一時金方式には,家賃相当額を含むため,賃貸料金は不要である。

(イ) 解約時の返還金

一般居室:15年以内に解約した場合

入居一時金×0.85×(180ヶ月-利用経過月数)÷180=返還金額

介護・支援居室:10年以内に解約した場合

入居一時金×0.85×(120ヶ月-利用経過月数)÷120=返還金額

なお,返還期間経過後は,返還金はなくなるが,追加の入居一時金は必要なく,住み続けることができる。

(ウ) 月額賃貸料金 退去時まで支払が必要

(エ) 月額利用料  管理費(共用施設等の維持管理費,事務費,生活サービス等に係わる人件費ほか),食費,介護費用,水光熱費等が含まれる。

オ 入居一時金・家賃に含まれるサービス

一般居室又は介護居室,一時介護室,共用施設の利用,サービスを受ける権利(施設利用料)

カ 介護を伴う場所等

(ア) 要介護時(痴呆を含む)に介護を行う場所 軽度の介護及び基準内介護サービスについては,入居している一般居室において介護する。

(イ) 入居後に介護居室に移る場合 長期にわたり24時間の頻繁な介護が必要となった場合は,医師の意見を踏まえ,本人の意思を確認又は,身元引受人の意見を聞いた上,介護居室で介護する。介護居室で介護を行う場合の介護居室の利用権は,当初の入居一時金に含まれており,追加の費用は必要ない。一定の観察期間の後,継続的に介護居室での介護が必要と判断される場合には,本人,身元引受人,被控訴人共別途に定める判定委員会の判定に従い,一般居室の利用権を消滅させ,新たに介護居室の利用権を設定する。

(3)  本件施設のI号室の入居契約と入居一時金の支払等

ア Aらの入居契約申込み

Aらは,平成14年1月17日,被控訴人に対し,本件施設のI号室の入居申込みをしたところ,その申込書(乙1)において,次の入居方式の中から,入居金方式を選択した。

(ア) 入居金方式 2人入居 入居金:3750万円+300万円=4050万円

(イ) 賃貸方式 家賃:月額31万5000円,保証金189万円

(ウ) 併用方式 入居金:1875万円

家賃:月額15万7500円

イ 本件施設のI号室の入居契約

被控訴人は,Aらとの間で,平成14年3月4日,本件施設のI号室について,被控訴人がAらに対し,目的施設(Aらの居室及び共用施設)を利用させること及び各種サービスを提供することを約し,Aらが,これに対し,必要な費用を支払うことを約した結果,Aらは,契約の終了がない限り,居室及び共用施設を終身にわたり利用することができることを内容とする要旨次のような本件入居契約を締結した(甲8)。

(ア) ホームのタイプ 健康型(介護が必要となっても契約は存続―訪問看護・訪問介護・通所介護・指定居宅介護支援事業で重介護状態となっていても介護の対応が可能)

(イ) 居室  I号室(一般居室),72.97㎡

(ウ) 利用権 入居者は,契約の終了がない限り,目的施設(居室及び共用施設)を終身にわたり利用することができる。

(エ) 各種サービス 入居者は,被控訴人から,共用室の利用,健康管理,治療への協力,介護,食事,生活相談,助言,生活サービス,レクリエーション,その他サービスを受けることができる。

(オ) 利用料 入居一時金方式,15年償却。入居一時金は3750万円及び2人入居による加算入居金300万円の合計4050万円

(カ) 管理費 施設の管理運営,運営懇談会の費用,健康管理,生活相談,助言等の各種サービス(ただし,治療への協力,介護,食事を除く。)の費用 月額9万円

なお,被控訴人から提供を受けた食費,治療,介護に係る費用は,入居者の負担とする。

(キ) 入居開始可能日 平成14年5月31日

(ク) 入居者が死亡した場合,契約は終了し,契約の締結から終了までの期間が15年未満の場合は,以下の計算式により算出した返還金を返還する。ただし,入居期間が15年以上の場合は,返還しない(以下「本件初期償却条項」という。)。なお,契約締結日及び契約終了日が属する月はそれぞれ1か月として計算する(32条,37条)。

返還金=入居一時金×0.85[初期償却率15%]×(180か月-利用経過月数)÷180

(ケ) 被控訴人が本件入居契約を解除することができるのは,入居者が入居申込書に虚偽の事項を記載する等の不正の手段により入居したとき,管理費その他の費用の支払をしばしば遅滞するとき,被控訴人の同意を得ないで契約当事者以外の第三者を同居させたとき等の事由に該当し,かつ,そのことがこの契約における当事者間の信頼関係を著しく害する場合において,入居者に対し,3か月間の予告期間をおいて解除を通告したときに限られている。

(コ) 入居者が介護を必要とする場合には,被控訴人が別に定める介護基準により,専用居室において,介護を受けることができる。この介護の必要性の程度等の判断は,医師の意見を聴き,入居者の意思を確認するなどして,行うものとする。

(サ) 居室内の小修理,取替え

入居者は,別に定めるところにより,同人の居室における次の各号に掲げるものの小修理又は取替えを行うものとする(25条)。

a 畳表,ジュータン等敷物

b 窓ガラス

c ふすま,障子,壁紙等

d その他,被控訴人が別に定めるもの

(シ) 原状回復の義務(27条,以下「本件原状回復条項」という。)

a 入居者は,目的施設及び備品について,汚損,破損,若しくは滅失その他原状を変更した場合には,入居者の選択に従い,直ちに自己の費用により原状に復するか,又は,被控訴人が別に定める代価を支払うものとする。ただし,入居者の責めに基づかない場合は,この限りでない。

b 入居者は,この契約が,被控訴人の契約の解除又は入居者の契約の解除の規定により解除された場合又は入居者の死亡により契約が終了した場合において,居室を被控訴人に明け渡すときは,第25条(居室内の小修理,取替え)各号に掲げるものについて,修理若しくは取替えに要する費用を負担するものとする。

ウ 入居一時金の支払

Aらは,被控訴人に対し,本件入居契約に基づき,平成14年5月27日までに上記の入居一時金(以下「本件入居一時金」という。)4050万円を支払った。

(4)  本件入居契約締結後の重要事項説明書

本件入居契約締結後の平成14年8月,被控訴人はAらに対し,同月1日付け「有料老人ホーム重要事項説明書」(甲20。以下「8月1日付け重要事項説明書」という。)を交付したが,8月1日付け重要事項説明書には,要旨次のような記載がある。

ア 施設の類型 介護付き終身利用型

イ 開設年月日 平成14年5月31日開設

建物概要(権利関係) 平成14年5月25日竣工

ウ 介護を伴う場所等

a 上記(2)カ(ア)と同じ。

b 上記(2)カ(イ)のうち,介護居室で介護を行う場合の介護居室の利用権は,当初の入居一時金に含まれており,追加の費用は必要ないとの部分を除き(同部分は削除されていた。),同じ。

(5)  Bの死亡と返還金の支払

ア Bは,平成20年12月25日に死亡した。

イ 被控訴人は,Bの死亡に伴い,加算入居金に係る返還金として,以下の計算式で計算した138万8333円を支払う旨控訴人に通知し,平成21年3月頃に支払った(甲1)。

(計算式)

300万円×0.85×(5400日[180か月]-2460日[平成14年3月から平成20年12月までの82か月])÷5400日[180か月]=138万8333円(1円未満は切り捨て。以下,同じ。)

ウ 上記イの返還金は,本件入居契約の本件初期償却条項に基づき,Bが実際に入居していない平成14年3月1日から同年5月31日までの3か月間も利用経過月数に含めて計算されたものであった。

(6)  I号室からJ号室への転居契約

ア Aと被控訴人は,平成21年4月13日頃,居室移動に関する文書を作成した。同文書には,①Aと被控訴人は,一般居室であるI号室の利用権を消滅させ,新たに介護居室であるJ号室の利用権を設定することに合意すること(以下「本件転居契約」という。),②本件転居契約に伴って被控訴人がAに対して支払うべきI号室の入居一時金に係る返還金は次の計算式のとおり1664万5833円となること,③J号室の入居一時金は1100万円,初期償却率は15%,償却期間は94か月とすること(なお,平成21年4月当時における被控訴人の「入居金表」(甲22)では,介護居室の入居一時金は1100万円,初期償却率は40%,償却期間は60か月とされていたが,被控訴人はこれとは異なる取扱をした。),④I号室に係る返還金は,J号室の入居一時金である1100万円に充当し,上記充当後の残額564万5833円は,以後の管理費(月額4万2000円)に充当することなどが記載されていた(甲2)。

(計算式)

3750万円×0.85×(180か月-86か月[平成14年3月から平成21年4月まで])÷180=1664万5833円

イ 上記アの返還金は,本件初期償却条項に基づき,Aが実際に入居していない平成14年3月1日から同年5月31日までの3か月間も利用経過月数に含めて計算されたものであった。

(7)  Aの死亡と返還金の支払

ア Aは,平成23年4月24日に死亡した。

イ 被控訴人は,Aの死亡に伴い,控訴人に対し,①J号室の入居一時金の返還金として,次の計算式のとおり696万2765円を支払うこと,②I号室に係る返還金の残額564万5833円(上記(6))④から,I号室の原状回復費41万4750円,J号室の管理費(24か月分,100万8000円),平成20年12月の介護居室利用料5万円を控除した417万3083円を支払うこと,③J号室の原状回復費13万円を控除すること,④以上による清算金(①+②-③)として1100万5848円を支払う旨を通知し,同年7月28日にこれを支払った。

(計算式)

1100万円×0.85×(94か月-24か月[平成21年5月から平成23年4月まで])÷94=696万2765円

ウ 上記イの返還金は,本件初期償却条項及び本件原状回復条項に基づき,原状回復費用が差し引かれたものであった。

(8)  保険外サービス費用について

ア 保険外サービス費用の定め

指定特定施設入居者生活介護事業者は,利用料のほか,介護保険の給付対象外の介護サービス費用(保険外サービス費用)として,利用者の選定により提供される介護その他の日常生活上の便宜に要する費用の支払を受けることができる(平成11年厚生省令第37号「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準」(以下「居宅サービス基準」という。)182条3項1号)。そして,上記の支払を受けることができる場合の1つとして,「人員配置が手厚い場合の介護サービス利用料」があり,その基準として,①要介護者等が30人以上の場合は,看護・介護職員の人数が,常勤換算方法で,要介護者等の数(前年度の平均値)が2.5又はその端数を増すごとに1人以上であること,②要介護者等が30人未満の場合は,看護・介護職員の人数が,居宅サービス基準等に基づき算出された人数に2人を加えた人数以上であることが求められている(平成12年3月30日厚生省老企第52号「特定施設入居者生活介護事業者が受領する介護保険の給付対象外の介護サービス費用について」2(1)))。

イ 保険外サービス費用負担の合意

被控訴人は,平成21年6月頃,入居者に対し,保険外サービス費用として,要支援1及び2の者については月額1万5000円,要介護1及び2の者については月額2万1000円,要介護3及び4の者については月額3万1500円,要介護5の者については月額5万2500円を徴収することを提案し,入居者の同意を得た(甲13,乙11,12)。

ウ Aらの保険外サービス費用の支払

Aらは,被控訴人に対し,保険外サービス費用として,平成20年12月に2万6250円,平成21年6月から同年10月まで毎月2万1000円,同年11月から平成22年10月まで毎月3万1500円,同年11月から平成23年2月まで毎月5万2500円,同年3月1日から同月6日までの分として1万0500円(以上の合計72万9750円)を支払った。

第3当事者の主張

1  控訴人の請求原因

(1)  本件初期償却条項が無効であること等

ア 本件入居一時金の法的性質等

(ア) 本件入居契約に基づきAらが支払った本件入居一時金は,賃貸借契約における敷金類似の法的性質の契約であり,Aらが本件入居契約に基づく本件施設利用によって被控訴人が被る損害を担保する目的で授受された金員であるから,上記損害が発生しない限り全額返還されるべきものである。被控訴人の主張する終身利用権の対価というような考え方は,明確性を欠如し,認めることはできない。たとえば,経営者側の投下資本の回収ないし創業者利益の確保といった明確な概念が必要である。

(イ) 平成23年法律第72号による老人福祉法の改正により,本件入居一時金のような一時金を受領することは禁止ないし返還されることとなった(改正後の同法29条6項,8項)。この改正の趣旨は,法改正より約9年前に締結された本件入居契約にも適用されると解するべきである。

(ウ) 仮に,本件入居一時金について,本件施設利用料(賃貸料及び介護サービス料)の前払の意味があるとしても,月々に支払う管理料等が適正な利用料の額に不足する場合のその額については,被控訴人に挙証責任がある。

イ 本件初期償却条項の民法90条による無効

本件入居一時金の上記性質によると,上記損害発生の有無及び適正な利用料の不足額との有無にかかわらず単に入居契約を締結したというだけで,本件入居一時金の15%を償却して返還しない旨の本件初期償却条項には合理的な根拠がなく,社会的相当性を欠くことが明らかである。

そして,本件初期償却条項に基づく償却額は607万5000円(4050万円×15%)であり,これは,Aらが本件施設に在籍した107か月(平成14年6月から平成23年4月まで)をもって本件入居一時金4050万円を除した月額約37万8500円の約16倍となる。

したがって,本件初期償却条項は,介護サービス事業者である被控訴人にいたずらに不適正な超過利潤を取得させることを内容とする条項であって,暴利行為として公序良俗に反し,民法90条により無効である。

また,暴利行為とは認められないとしても,4050万円の15%の償却後の残額は,3442万5000円と多額で,月々の支払の管理費は,2人で9万円と相当な金額であり,それ以外の食費及び介護費等は,全て実費として月々支払うのであるから,15%の初期償却の607万5000円は,将来の正当な経営者側の労働,つまり,賃貸借役務の提供,日常の個々の役務の提供等の全ての給付のうちのいずれかの対価として充当されたものでなく,正当な名目が欠如した不当な利益であるといえる。また,15%の初期償却は,以後の月々の給付との対価的均衡の関係に立っていない。暴利行為と認められないとしても,月々の給付と対価的均衡の関係に立っていないだけで,公序良俗に反し,無効と評価すべきである。

ウ 本件初期償却条項の消費者契約法10条による無効

本件入居一時金は,上記アのとおり,賃貸借契約における敷金と類似の性質を有すること,給付の対価的均衡を欠如すること,暴利行為に該当することなどに照らすと,本件初期償却条項は,民法が適用される敷金等の法理に比し,消費者の権利を制限し,義務を加重し,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるから,消費者契約法10条により無効である。

(2)  B死亡時の返還金に関する不当利得返還請求

ア 被控訴人の不当利得損害額

B死亡による加算入居金に係る返還金は,次のとおり,168万3333円となり,控訴人は,被控訴人に対し,前提事実(5)とイの差額29万5000円について,不当利得返還請求権を行使できる。

(計算式)

300万円×101(180か月-79か月[平成14年6月から平成20年12月まで])÷180=168万3333円

イ 利用経過月数

被控訴人は,償却期間を本件入居契約締結日に属する日からとしているが(以下,償却期間を本件入居契約締結日に属する日からとする旨の合意を「本件合意」という。),そのような定めはない。仮に,本件入居契約37条がその根拠となるとすると,同様の定めは,消費者の権利を制限し,義務を加重し,民法1条2項の規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるから,消費者契約法10条により無効である。

(3)  A死亡時の返還金に関する不当利得返還請求

ア 本件転居契約の虚偽説明による錯誤無効,詐欺取消し等

(ア) 被控訴人が本件入居契約締結に当たってAらに交付した2月6日付け重要事項説明書と本件入居契約締結後にAらに交付した8月1日付け重要事項説明書の内容は,前提事実(2),(4)のとおりであり8,月1日付け重要事項説明書の記載によっても,介護居室への移転に伴い,旧契約の解除と新契約の締結が予定されていると読むことはできない。

そもそも,8月1日付け重要事項説明書は,本件入居契約締結後のものであり,本件入居契約の内容とはなっていない。Aらは,2月6日付け重要事項説明書に基づき本件入居契約を締結したのであり,8月1日付け重要事項説明書に基づく契約に変更したこともない。

(イ) 被控訴人とAらは,被控訴人が,平成14年5月31日頃,特定施設入居者生活介護につき事業者の指定を受けたことに伴い,施設内一時介護室を廃止し,そのころ,I号室について,介護保険の利用契約(特定施設)を締結し,以後,I号室を介護居室としても利用することを合意した。

仮にその事実が認められないとしても,被控訴人及びAらは,平成20年6月2日頃,I号室について,介護保険の利用契約(特定施設)を締結し,以後,I号室を介護居室としても利用することを合意した。

この特定施設による介護保険利用契約は,更新され,平成21年4月13日頃の本件転居契約締結時まで,継続していた。

したがって,I号室は介護居室でもあるから,被控訴人は,Aに介護を要する事態が発生しても,AをI号室以外の別の部屋に転居させる必要はなかったものである。

(ウ) それにもかかわらず,被控訴人は,本件転居契約の際,8月1日付け重要事項説明書の記載内容が本件入居契約の内容になっていること及びI号室が介護居室ではないことを当然の前提として本件転居契約を締結させており,虚偽説明によるものである。また,Aは,本件転居契約を締結する必要がないのにそれが必要だと誤信して本件転居契約を締結した。したがって,本件転居契約は,錯誤により無効である。あるいは,詐欺又は消費者契約法4条1項1号に基づきこれを取り消すことができる。

(エ) 控訴人は,平成23年7月26日,被控訴人に対し,本件転居契約につき,詐欺あるいは消費者契約法4条1項1号に基づく取消しの意思表示をした。また,平成25年5月7日の本件弁論準備期日においても取消しの意思表示をした。

イ 本件転居契約の民法90条又は消費者契約法10条による無効

(ア) 本件入居契約は,終身利用を原則とし,介護が必要となった場合,当初の契約を解除せずして,特定施設であるI号室をそのまま利用することにより,従来の居室を利用できるはずであったし,変更された居室は,介護室と同じ間取りであったところ,当初の契約を一旦解除させて新たに利用契約を締結し,その際も0.85の率で入居一時金を減額し,かつ,それまでの利用期間で控除し,さらに,残余期間を94か月とし,10年(120か月)としなかったのは,公序良俗に反するから,本件転居契約は,民法90条により,又は,消費者の権利を制限し,義務を加重し,民法1条2項の規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるから消費者契約法10条により無効である。

(イ) Aは,自己の発意ではなく,住居の移転を要請されたところ,そもそも,住居を移転する必要性はなく,従来の住居を利用すれば足りた。このような住居の移転は,老人の場合,心身に悪い影響を与えるのが自然の事理であり,老後の健全な生活を阻害するものであるから,本件転居契約は,公序良俗に反するし,消費者の権利を制限してその利益を一方的に侵害するものであるから,民法90条又は消費者契約法10条により,無効である。

ウ 本件転居契約における初期償却条項の民法90条又は消費者契約法10条による無効等

本件転居契約において,I号室の返還金の残余金額につき,さらに0.85の率で減額するのは,合わせて約3割弱(27.75%)の初期償却をするものであるところ,これは,公序良俗に反するから民法90条により,又は,消費者の権利を制限し,義務を加重し,民法1条2項の規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるから,消費者契約法10条により無効である。

エ 被控訴人の不当利得額

(ア) A死亡による返金は,次のとおり,1520万8333円となるべきであり,控訴人は,被控訴人に対し,前提事実(7)とイの差額420万2485円について,不当利得返還請求権を行使できる。

(計算式)

3750万円×73(180か月-107か月[平成14年6月から平成23年4月まで])÷180=1520万8333円

(イ) 被控訴人が主張する本件合意は存在しない。仮に,本件入居契約37条がその根拠となるとすると,本件合意は消費者契約法10条により無効である。

(ウ) 被控訴人は,本件入居一時金からI号室,J号室の原状回復費用を差し引いているが,原状回復費用はAが負担すべきものではないから,この差引きについては法律上の原因がなく,不当である。

(4)  保険外サービス費用に係る不当利得返還請求

ア 前提事実(8)のとおりA,らは,保険外サービス費用負担の合意に基づき総額72万9750円の保険外サービス費用の支払をした。

イ 保険外サービス費用の徴収は,被控訴人の説明及び国の行政指導により,入居者2.5人に介護者1人が付くという基準のもとに運用するものであったところ,被控訴人はこの基準を充足しないで運営していたにもかかわらず,基準を充足するとして保険外サービス費用を徴収していたから,被控訴人は上記の72万9750円を不当利得として返還すべきである。

(5)  よって,控訴人は,被控訴人に対し,B死亡時の返還金について,不当利得返還請求権に基づき29万5000円,A死亡時の返還金について,不当利得返還請求権に基づき420万2485円,介護サービス費用について,不当利得返還請求権に基づき72万9750円の合計522万7235円の支払と,これに対する請求をした日の後である平成23年6月26日から支払済みまで商事法定利率の年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否・反論

(1)  本件初期償却条項が無効であること等についての認否反論

ア 本件入居一時金の法的性質等について

本件入居契約のような入居金一括方式とは,入居の際に一括して入居金を支払うかわりに,終身,賃料を支払うことなくその部屋を利用することができる契約方式である。明確性も欠如していない。

また,K県有料老人ホーム設置運営指導指針(平成23年8月時点のもの)においても,家賃相当額を一時金方式で受領することを認めており,本件入居契約の償却期間が180か月と長期にわたり,償却率が15%であることからすると,返還対象とならない部分の割合が適切ではないともいえない。

イ 本件初期償却条項の民法90条違反及び消費者契約法10条による無効についての認否反論

東京都であれば,入居金で4000万円を超える施設は多数を占め,a市の都心部にある施設でも入居金を6520万円から1億2270万円に定めているところもあり,都心部にある利便性が高い施設ほど,高額な入居金を定め,かつ,このような施設では,初期償却率を15%から30%とし,償却年数も7年から15年としている。また,K県内のほかの老人ホームでも,初期償却率を10%から20%としたり,初期償却期間を10年から15年としているところがある。

また,本件施設の利用契約のうち,賃貸方式では,毎月の賃料は月額31万5000円であり,支払合計額は単純に31万5000円に入居月数を掛けたものとなる。賃貸方式の場合は,50か月目にその負担額は1575万円となり,入居金一括方式の場合,初期償却をしても,50か月目の負担額は1563万7500円となり,50か月以上入居する入居者は,入居一時金方式の方が有利なのである。そのため「正当な名目が欠如した不当な利益」などというものではない。

以上によると,本件初期償却条項は消費者に一方的な不利益を課すものではなく,公序良俗にも反しない。

(2)  B死亡時の返還金に関する不当利得返還請求についての認否反論

ア 被控訴人の不当利得損害額について

B死亡時の返還金に関し,被控訴人に不当利得があることは争う。

イ 利用経過月数について

本件入居契約37条7項は,「契約締結日及び予告期間満了日又は契約終了日が属する月は,それぞれ1ケ月として計算するものとし,返還金は無利息とする。」と規定しており(本件合意),契約締結日を起算点として返還金の清算を行うことが前提となっている。

また,Aらと被控訴人は,平成14年3月1日から同年5月31日までの間も利用経過月数に含めるとの本件合意をした。本件施設は,平成14年5月31日から開設されたが,契約締結日である同年3月4日から開設日までの間,I号室には他の希望者は入居できないことになり,入居者はそのような権利を有するため,その対価として償却が行われることになる。さらに,Bが死亡した際の返還金の計算について,平成14年3月から利用経過月数を計算することについてAは認めており,控訴人も異議を述べていない。したがって,本件合意は,消費者の利益を一方的に害するものでなく,消費者契約法10条に該当しないから,契約から3か月間を利用経過月数に含めるのは相当である。

(3)  A死亡時の返還金に関する不当利得返還請求についての認否反論

ア 本件転居契約の虚偽説明による錯誤無効,詐欺取消し等について

(ア) 被控訴人は,本件入居契約前に,Aらに対し,あくまでも予定のものとして,2月6日付け重要事項説明書を交付したものであり,2月6日付け重要事項説明書は本件入居契約の内容ではない。そして,被控訴人は,8月1日付け重要事項説明書を作成した後,Aらにこれを交付し,Aらと被控訴人は,これを本件入居契約の内容とすることを合意した。したがって,本件転居契約締結の際には8月1日付け重要事項説明書の記載内容が本件入居契約の内容であったのだから,継続的に介護居室での介護が必要と判断された場合は,一般居室の利用権を消滅させ,新たに介護居室の利用権を設定することになる。

(イ) Aは,Bが死亡した後,急速に衰え,徘徊や転倒が見られたので,その安全を保てなくなったことから,控訴人やその妻に状況を説明した上で,本件転居契約を締結し,J号室に移動してもらった。また,同契約当時の規定によれば,J号室の入居一時金は1100万円であり,初期償却率は40%,償却年数は5年とされていたが,Aが既に一般居室であるI号室を利用していたため,本件転居契約においては,I号室の契約に準じて,初期償却率を15%とし,償却年数を94か月(180か月-86か月)としたのであり,この点についても控訴人及びその妻にも説明していた。なお,I号室を介護居室としても利用することなど合意していない。

(ウ) 以上によると,Aには錯誤はない。また,被控訴人の虚偽説明もないから,詐欺又は消費者契約法4条1項1号に基づく取消権も生じない。

イ 本件転居契約の民法90条又は消費者契約法10条による無効について

一 般居室と介護居室とでは,その性質が大きく異なる。介護居室は,長期にわたり24時間の頻繁な介護が必要となった入居者のための居室であるから,新たに利用権を設定する必要があり,一般居室とは異なる料金形態をとることとなる。したがって,2度目の初期償却を行うことが,公序良俗に反し,民法90条又は消費者契約法10条により無効となるとはいえない。

ウ 本件転居契約における初期償却条項の民法90条又は消費者契約法10条による無効等について

上記ア(イ)のとおり,本件初期償却条項が公序良俗に反することはないから,民法90条又は消費者契約法10条により無効となることはない。

エ 被控訴人の不当利得額について

(ア) 被控訴人に不当利得があることは否認ないし争う。

(イ) 利用経過月数の計算については,上記(2)のイとおりである。

(ウ) 原状回復費用はAが負担すべきものでないことは争う。

(4)  保険外サービス費用に係る不当利得返還請求についての認否反論

ア 被控訴人がAらから支払を受けた保険外サービス費用が不当利得に当たることは争う。

イ 平成21年6月当時,被控訴人の入居者のうち,要支援1の者は11名,要支援2の者が3名,要介護の者が9名であったところ,最低限,直接処遇職員が5.1名必要であった。しかるに,被控訴人の直接処遇職員は9.3名であり,基準の倍に近い人員配置を行っており,「手厚い職員体制であるとして保険外に別途費用を受領できる場合」に当たることから,生活支援介護費として別途費用を徴収していたものである。

3  抗弁―原状回復請求権について

(1)  本件原状回復条項に基づく原状回復請求権

ア 入居者が負担すべき原状回復費用

本件原状回復条項により,退去時の原状回復義務が定められており,その補修に要する費用は,本件入居契約終了時に入居金から差し引くことができる。

イ I号室及びJ号室の損傷

I号室及びJ号室には別紙「原状回復一覧表」の「名称」欄及び「原状回復の必要性」欄記載のとおり,退去時に損傷があり,それぞれ本件原状回復条項に該当する。

ウ 補修費用

これらの損傷を補修する費用としては,同別紙「金額」欄のとおりの金額を要する。

(2)  賃貸借契約に基づく原状回復請求権

ア 原状回復義務の存在

本件入居契約あるいは本件転居契約は賃貸借契約としての性質を有するものであり,契約終了時に賃借人は,特別損耗について原状回復義務を負う。

イ I号室及びJ号室の損傷

上記(1)イと同じ。

ウ 補修費用

上記(1)ウと同じ。

4  抗弁に対する認否

(1)  本件原状回復条項に基づく原状回復請求権に対する反論

ア 入居者が負担すべき原状回復費用について

本件入居契約の25条は,賃借人に対し,①畳表,ジュータン等の敷物の修理又は取替え,②窓ガラスの修理又は取替え,③ふすま,障子,壁紙等の修理又は取替えについて修繕義務を負わせ,原状回復義務を負わせている。しかし,建物の通常損耗は,建物のいかなる方法においても通常発生する経年劣化であり,賃借人は,通常損耗について,原則として原状回復義務を負わないのであるから,本件原状回復条項は,通常損耗を超える部分について原状回復義務を課したものと解するべきである。Aらは,本件入居契約時に通常損耗について原状回復義務を負うとの説明も受けていない。

イ I号室及びJ号室の損傷について

被控訴人の主張する損耗は,そもそも存在しないか,通常損耗の範囲である。具体的な主張は,別紙「原状回復一覧表」の「控訴人の主張」欄記載のとおりである。

ウ 補修費用について

争う。被控訴人の主張する補修費用は,見積額にすぎず,実際の補修費用であるとはいえない。

(2)  賃貸借契約に基づく原状回復請求権に対する認否反論

ア 原状回復義務の存在について

特に争わない。

イ I号室及びJ号室の損傷について

上記(1)イと同じ。

ウ 補修費用について

上記(1)ウと同じ。

5  再抗弁―本件原状回復条項が無効であること―抗弁(1)に対して

仮に,本件原状回復条項が,通常損耗の原状回復義務を課したものであるとするならば,平成14年当時の老人ホームの状況,情報の格差,力関係の格差,入居一時金の高額性,月額負担の高額性から,本件特約は,通常損耗の原状回復義務がないとする民法の規定の適用に比して,消費者の権利を制限し,義務を加重する消費者契約の条項であって,民法1条2項の信義則の基本原則に反して,消費者の利益を一方的に害するから,消費者契約法10条により無効である。

6  抗弁に対する認否

否認ないし争う。

第4当裁判所の判断

1  本件初期償却条項の効力について

(1)  本件入居一時金の法的性質等

控訴人は,本件入居一時金は,賃貸借契約における敷金類似の法的性質を有すると主張し,被控訴人は,賃料を支払うことなく終身その部屋を利用することができることの対価である旨主張する。

前提事実(2)及び(3)のとおり,本件入居契に約おいて,被控訴人は,Aらに対し,原則として,終身,本件施設における居室及び共用施設を利用させること並びに各種サービスを提供することを約し,Aらは,これに対し,入居一時金として3750万円及び2人入居による加算入居金300万円の合計4050万円を入居時に一括して支払い,以後,管理費(月額9万円),食費,治療,介護に係る費用(以下「管理費等」という。)を支払うものの,本件入居契約終了時(入居者が死亡した場合など)まで利用料(家賃相当額を含む。)を支払う必要がないとされていたこと,入居一時金は,居室,共用施設の利用権及び各種サービスを受ける権利(施設利用料)取得のための費用とされ,家賃相当額を含むものとされていたこと,被控訴人による本件入居契約の解除は,厳格な要件の下に限定されており,Aらは,原則として,終身にわたって,本件施設の居室及び共用施設を利用することができる地位を得たといえること,本件入居一時金については,契約の締結から終了までの期間が15年未満の場合は,初期償却(初期償却率15%)をした後,180か月(15年)から利用経過月数を控除した残月数に対応した残金を返却するが,15年を経過した場合には返却しないとされていたこと,利用料の支払方式には,入居一時金を支払う方式のほか,賃貸方式と併用方式があり,I号室の場合,賃貸方式を選択すれば,家賃が月額31万5000円,保証金が189万円となるが,退去時まで家賃の支払が必要となること,併用方式を選択すれば,入居金が1875万円,家賃が月額15万8500円となるが,退去時まで家賃の支払が必要となること,上記3方式において,管理費等の支払額には差異がないことが認められる。

このような本件入居契約の内容からすれば,本件入居一時金は,Aらが,本件施設の居室等を原則として終身にわたって利用し,各種サービスを受け得る地位を取得するための対価であったというべきである。そして,本件入居一時金の支払により,原則として終身居室等を利用し,サービスを受けることができるようになること,入居一時金の15%を初期償却するほかは,契約終了までの期間が15年未満の場合には,利用経過月数を控除した残月数に対応した残金を返却し,15年を経過した場合には返却しないとされていること,また,15年を経過した場合には管理費等の支払のほかには,利用料の支払を要しないとされていることからすると,本件入居一時金の中には,償却期間である15年を想定居住期間とする居室・サービスの利用料金(家賃相当額を含む。)の前払部分と,契約が利用者の終身にわたり継続することを保証するための対価的要素(契約が15年を超えて継続する場合に備えるための相互扶助的な要素)ないしそうした終身の利用権を設定するための対価(いわば権利金)的要素が含まれた部分(以下「本件終身利用対価部分」という。)とがあり,後者が本件初期償却条項により償却される部分と解するのが相当である。

したがって,控訴人が主張するような契約中あるいは契約終了時に賃貸人側の損害を填補することを予定して賃借人が差し入れる敷金類似のものということはできない。

控訴人は,入居一時金を終身利用の対価とすることは明確性が欠如するものである旨主張するが,Aらは,入居時に本件入居一時金を支払えば,以後,管理費等を支払うものの,終身,家賃相当額を含む利用料を支払う必要はないという点で明確であるといえるから,控訴人の主張は採用することができない。

(2)  本件初期償却条項の民法90条による無効について

控訴人は,本件入居一時金が賃料の前払的な性質を有するとしても,本件初期償却条項は,月々の給付との対価関係に立っていないことなどから暴利行為であるし,暴利行為と認められないとしても,公序良俗に反し,無効と評価すべきである旨主張する。

ア 確かに,前記のとおり,本件初期償却条項により償却される部分は,本件終身利用対価部分であると解されるため,月々の給付との対価関係に立つものではない。しかしながら,前記のような本件終身利用対価部分を受領することは,一定の合理性が認められるところであり,それが著しく高額で不合理とされるものでない限り,暴利行為とはならないし,公序良俗に反するものではないと解される。

イ 証拠(甲32,乙2)及び弁論の全趣旨によれば,K県有料老人ホーム設置運営指導指針(平成23年8月時点のもの)においても,家賃相当額を一時金方式で受領すること及び一時金のうち返還対象とならない部分の割合が適切であることを求め,適切な初期償却であれば認めていたこと,a市内にある施設でも入居一時金を6000万円以上と定めたり,初期償却率を30%としたり,初期償却期間を5年から10年としている施設が多数あったことが認められる。

ウ これを本件についてみると,本件初期償却条項は,本件入居一時金(4050万円)の15%を初期償却するというものであり,当時のa市内の他の有料老人ホームと比較しても,著しく高額で不合理とは認められないので,暴利行為とはいえないし,公序良俗に反するともいえない。

エ なお,平成23年法律第72号による改正後の老人福祉法は,有料老人ホームの設置者は,家賃,敷金及び介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として受領する費用を除くほか,権利金その他の金品を受領してはならず(同法29条6項),また,終身にわたって受領すべき家賃等を前払金として受領するときは,契約が解除され又は終了した場合に当該前払金の額から厚生労働省令で定める方法により算定される額を控除した額に相当する額を返還する旨の契約を締結しなければならないとされ(同条8項),老人福祉法施行規則は,上記の算定方法につき,契約が解除され又は終了した日以降の期間につき日割計算により算出した家賃等の金額を一時金の額から控除する方法によるべきことを定めている(21条2項2号)。そして,上記改正後の老人福祉法では,権利金その他の金品の受領を禁じているところ,本件入居契約は,上記老人福祉法改正前に合意されて支払われたものである(改正後の上記規定は,遡及適用されない。平成23年法律第72号附則10条3項,4項参照)上,本件終身利用対価部分は契約が利用者の終身にわたり継続することを保証するための対価的要素を含むものであるから,そのすべてが受領を禁じられるものとは解されない。そうすると,本件初期償却条項が,暴利行為には該当するとはいえないし,公序良俗に反するとまでは認めることはできない。

(3)  本件初期償却条項の消費者契約法10条による無効について

ア 控訴人は,本件初期償却条項が,賃貸借契約における敷金と類似の性質を有することを前提に,民法の双務有償契約にいう給付の対価的均衡を欠如すること,暴利行為に該当することなどから,消費者契約法10条により無効である旨主張する。

イ まず,消費者契約法適用の前提として,本件入居契約が消費者契約法2条3項にいう消費者契約といえるかについて検討すると,被控訴人は,有料老人ホームの設置及び運営などを目的とする株式会社であることから消費者契約法2条2項の事業者ということができ,被控訴人との間で本件入居契約を締結したA及びBは,消費者契約法2条1項の消費者といえるから,本件入居契約は,消費者契約といえる。

ウ 消費者契約法10条前段は,民法,商法その他の公の秩序に関しない規定,すなわち,任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であることを要件としているが(以下「前段要件」という。),ここにいう任意規定には,明文の規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解される(最高裁判所平成22年(オ)第863号,同年(受)第1066号同23年7月15日第二小法廷判決・民集65巻5号2269頁)。

しかしながら,本件初期償却条項があるとしても,初期償却される部分は,前記のとおり本件終身利用対価部分と解され,それ自体は合理性があると解されるところであるから,本件初期償却条項が,民法の双務有償契約にいう給付の対価的均衡を欠如するものとして,前段要件に該当すると認めることはできない。

以上から,本件初期償却条項は,消費者契約法10条に該当しない。

(4)  よって,本件初期償却条項が民法90条により,又は消費者契約法10条により無効になるということはできない。

2  B死亡時の返還金に関する不当利得返還請求について

(1)  前提事実並びに証拠(乙6ないし8,11,証人L)及び弁論の全趣旨によれば,①本件入居契約は,平成14年3月4日に締結されたが,本件施設の入居開始可能日は,同年5月31日とされていたこと(そもそも本件施設の建物が同月竣工予定であり,本件施設の開設自体が同月31日の予定であった。),②Aは,同年6月20日頃にI号室の水道の使用開始を申し込み,Aらは,同月24日に本件施設に荷物を搬入したが,本件入居契約締結日から同日までの間,I号室には他の入居者はいなかったこと,③Bは平成20年12月25日に死亡したこと,④本件入居契約においては,AのほかにBが入居することによる加算入居金が300万円とされていたこと,⑤本件入居契約においては,入居者が死亡した場合,契約は終了し,契約の締結から終了までの期間が15年未満の場合に返還する返還金の計算式は,「入居一時金×0.85[初期償却率15%]×(180か月-利用経過月数)÷180」というものであり(本件初期償却条項),契約締結日及び契約終了日が属する月はそれぞれ1か月として計算する(本件合意)とされていたことが認められる。

(2)  本件合意の成否等について

ア 控訴人は,上記(1)の⑤うち,利用経過月数の起算月を契約締結日が属する月であるとする本件合意の成立を否定するが,本件入居契約の契約書(甲8)の記載によれば,本件合意の成立を認めることができる。

イ 控訴人は,仮に,本件合意が成立したとされる場合には,本件合意は,消費者契約法10条に反し,無効である旨主張する。

(ア) 前提事実及び上記(1)で認定した事実によれば,被控訴人は,平成14年5月に本件施設の建物を竣工させ,同月31日に本件施設を開設させる予定であり,本件施設の入居開始可能日は同日とされていたこと,Aらは同年6月24日から本件施設のI号室の使用を開始したこと,本件入居契約締結日からAらの利用開始日までの間,I号室には他の利用者が存在しなかったことが認められる。

上記1(1)において説示したとおり,入居一時金の性質は,本件施設の居室等の終身利用の対価であるところ,被控訴人が本件施設を開設する予定日が平成14年5月31日であり,本件施設の入居開始可能日も同日であったことから,Aらは,本件入居契約を締結しても,少なくとも同月30日までは,本件施設に入居できなかったことになるのであり,このような期間をも本件初期償却条項にいう利用経過月数に含めることは,双務有償契約の対価性に反し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものとして,前段要件を満たすということができる。

(イ) 消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,前段要件のほか,当該条項が,民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることを定めるところ(以下「後段要件」という。),当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考慮して判断されるべきである(前記最高裁判所平成23年7月15日第二小法廷判決)。

これを本件についてみると,利用経過月数の起算月を入居開始可能日の属する月とするのでなく,契約締結日の属する月とすることは,そもそも被控訴人がAらに対して入居を認めていない期間(本件入居契約締結日から平成14年5月30日まで)も利用経過日数に含めることになり,本件入居一時金が施設利用の対価の性質を有することからすれば,対価性を欠くものとなっている(なお,入居開始可能日以降は,入居者において随時入居することが可能と解され,それに対応して,入居者が入居すれば被控訴人側においてサービス等の提供ができるように準備をする必要があるのであるから,入居開始可能日以降は,入居者が現実に入居していなくても,対価性を欠くものとはいえない。)。また,本件合意については,契約書に不動文字で記載されており,Aらと被控訴人との間で個別に交渉された結果,合意されたものとはいえない。さらに,本件入居契約における入居一時金は,B死亡時の返還金の対象となったのは加算入居金300万円であり,利用経過月数が1か月増えるごとに返還金は約1万4166円(300万円×0.85[初期償却率15%]÷180)減額されることになるが,本件入居契約に基づき支払われた入居一時金3750万円については,利用経過月数が1か月増えるごとに返還金は約17万7083円(3750万円×0.85[初期償却率15%]÷180)減額されることになる。

これらによると,Bが死亡したときに本件合意に基づいて加算入居金の返還金を計算したことについてAがそれを認め,控訴人も異議を述べていないことを考慮しても,本件入居契約に基づく入居一時金の返還金の計算に適用される本件合意は,民法1条2項の規定する基本原則に反し,消費者の利益を一方的に害するものであり,後段要件を満たすものということができる。

したがって,利用経過月数について,契約締結日の属する月を起算月とするとの本件合意の,利用開始可能日の属する月より前の月も利用経過月数に含める部分は消費者契約法10条に反し,無効というべきである。

(3)  以上によると,B死亡時の入居一時金の返還金は,次の計算式のとおり,141万6666円となるところ,被控訴人は,138万8333円しか返還していないのだから,その差額にあたる2万8333円について,被控訴人は,不当利得として控訴人に返還すべきである。

(計算式)

300万円×0.85×100(180か月-80か月[平成14年5月から平成20年12月まで])÷180=141万6666円

141万6666円-138万8333円=2万8333円

3  A死亡時の返還金に関する不当利得返還請求について

(1)  本件転居契約の虚偽説明による錯誤無効,詐欺取消し等について

ア 本件転居契約締結に至る経緯等について,前提事実並びに証拠(甲2,8,9,20ないし22,39,乙3,9の1ないし6,10の1ないし8,11,証人M,同L)及び弁論の全趣旨によれば,①本件入居契約には,介護が必要になっても契約は存続する,入居者が介護を必要とする場合には,被控訴人が別に定める介護基準により,専用居室において介護を受けることができるとの記載があったこと,②本件施設では,各室ごとに利用料が異なっていたこと,③被控訴人が本件入居契約締結に当たってAらに交付した2月6日付け重要事項説明書には,介護が必要になっても契約は存続する,軽度の介護及び基準内介護サービスについては,入居している一般居室において介護する,長期にわたり24時間の頻繁な介護が必要となった場合は,医師の意見を踏まえ,本人の意思を確認又は,身元引受人の意見を聞いた上,介護居室で介護する,介護居室で介護を行う場合の介護居室の利用権は,当初の入居一時金に含まれており,追加の費用は必要ない,一定の観察期間の後,継続的に介護居室での介護が必要と判断される場合には,本人,身元引受人,被控訴人共別途に定める判定委員会の判定に従い,一般居室の利用権を消滅させ,新たに介護居室の利用権を設定する旨の記載があったが,表紙部分に「予定資料のため今後変更もあります」とも記載されていたこと,④被控訴人が本件入居契約締結後の平成14年8月にAらに交付した8月1日付け重要事項説明書には,2月6日付け重要事項説明書のうち,介護居室で介護を行う場合の介護居室の利用権は,当初の入居一時金に含まれており,追加の費用は,必要ないとの部分が削除されていたこと,⑤本件施設の一般居室は,間取りは一般のマンションの部屋とおおむね同じであり,プライバシーが保たれているが,介護居室にはキッチンや風呂がついておらず,24時間の介護が必要な入居者のために,同じ階にスタッフが常時詰めるスタッフルームがあり,共用の食堂や浴室も設置されていること,⑥Bの死亡後,Aに徘徊や転倒等の症状が見られたため,被控訴人が,控訴人の妻であるMに対し,Aを介護居室に転居させることを薦め,被控訴人の従業員であるLがMに対し,居室移動願いの書式を交付し,それにAが署名押印することにより,平成21年4月13日頃,Aと被控訴人は,本件転居契約を締結し,一般居室であるI号室の利用権を消滅させ,新たに介護居室であるJ号室の利用権を設定したこと,⑦平成21年4月1日現在のJ号室の利用料は,入居金一括方式のときの入居一時金は1100万円,賃貸方式のときの月額家賃相当額は7万円とされ,入居金一括方式のときの初期償却率は40%,償却年数は5年(60か月)とされていたこと(なお,同時点でのI号室の利用料は,入居金一括方式のときの入居一時金3800万円,賃貸方式のときの月額家賃相当額は31万6000円とされ,入居金一括方式のときの初期償却率は40%,償却年数は7年(84か月)とされていた。),⑧本件転居契約に伴って被控訴人がAに対して支払うべきI号室の入居一時金に係る返還金は,1664万5833円{=3750万円×0.85×94(180か月-86か月[平成14年3月から平成21年4月まで])÷180}となったこと,⑨本件転居契約の契約書には,J号室の入居一時金は1100万円,初期償却率は15%,償却期間は94か月と不動文字で記載されており,本件転居契約では,その旨合意されたこと,⑩I号室の利用権解消に伴う上記⑧の返還金は,J号室の入居一時金である1100万円に充当し,上記充当後の残額564万5833円は,以後の管理費(月額4万2000円)に充当する旨合意されたことが認められる。

イ 控訴人は,2月6日付け重要事項説明書の記載内容によると,介護居室への移転に伴い,旧契約の解除と新契約の締結が予定されていると読むことはできない旨主張する。

(ア) この点について,被控訴人は,2月6日付け重要事項説明書は本件入居契約の内容ではないし,8月1日付け重要事項説明書をAらに交付した際に,Aらとの間で,同内容に沿って本件入居契約の内容を変更することを合意したため,本件転居契約締結時には,介護居室に移動する際には,旧契約の解除と新契約の締結が必要であった旨主張する。

しかしながら,本件入居契約は,Aらが入居一時金として総額4050万円もの金員を支払い,本件施設の居室等を終身利用できることを内容とするものであることからすれば,本件入居契約前に契約の重要事項が説明されるのが通常であるところ,被控訴人がAらに対し,本件入居契約締結に当たり,2月6日付け重要事項説明書を交付したのであれば,たとえ,「予定資料のため今後変更もあります」と記載していたとしても,本件入居契約締結までの間にその変更がない以上,2月6日付け重要事項説明書の内容も,本件入居契約の内容となるというのが当事者の合理的意思に合致するものである。

したがって,2月6日付け重要事項説明書も,本件入居契約の内容となっているものと認めるのが相当である。

そして,本件入居契約が8月1日付け重要事項説明書の内容に変更された旨の被控訴人の主張については,一般に,書面を交付しただけではその内容に基づいた合意が成立したと認めることはできないところ,本件では,被控訴人とAらとの間で,本件入居契約を8月1日付け重要事項説明書の記載内容のとおり変更する旨合意したことを認めるに足りる証拠はない。被控訴人は,8月1日付け重要事項説明書を作成した際に,入居者らに対し,これを一律に交付して署名押印をもらっており,Aらにも署名押印をもらったし,その内容も説明した旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

そうすると,Aらと被控訴人の間の本件入居契約が8月1日付け重要事項説明書の内容に沿って変更されたと認めることはできない。

(イ) このように2月6日付け重要事項説明書の記載内容も本件入居契約の内容であるとしても,上記アの認定事実のとおり,本件入居契約では,入居者が介護を必要とする場合には,被控訴人が別に定める介護基準により,専用居室において介護を受けることができるとの記載があることが認められるものの,2月6日付け重要事項説明書には,軽度の介護等の場合には入居している一般居室において介護するが,長期にわたり24時間の頻繁な介護が必要となった場合には介護居室で介護することが記載されているのであるから,本件入居契約の上記記載が,一般居室における介護を常に保証したものであり,Aらと被控訴人が,介護が必要となる場合にも常にI号室で介護をする旨合意したと認めることはできない。

控訴人は,被控訴人とAらは,被控訴人が,平成14年5月31日頃,特定施設入居者生活介護につき事業者の指定を受けたことに伴い,施設内一時介護室を廃止し,その頃,I号室について,介護保険の利用契約(特定施設)を締結し,以後,I号室を介護居室としても利用することを合意した旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

また,控訴人は,被控訴人とAらは,平成20年6月2日頃,I号室について,介護保険の利用契約(特定施設)を締結し,以後,I号室を介護居室としても利用することを合意した旨主張し,確かに,証拠(甲42)によれば,被控訴人とAは,平成20年6月2日,被控訴人がAに対し,本件施設において介護保険法令等を遵守し,入居者が有する能力に応じ,自立した日常生活を営むことを目的として,指定特定施設及び指定介護予防特定施設入居者生活介護のサービスを提供することを約したことは認められるが,被控訴人とAらが,この頃,I号室を介護居室として利用することを合意したとまでは認めることはできない。

(ウ) このように,2月6日付け重要事項説明書の記載事項が本件入居契約の内容になるとしても,本件入居契約が,Aらに対し,介護が必要となった場合でも常にI号室での介護を約したものであるとは認められないが,2月6日付け重要事項説明書では,継続的に介護が必要と判断される場合には,一定の手続を経て,一般居室の利用権を消滅させ,新たに介護居室の利用権を設定するとする一方,介護が必要になっても契約は存続する,介護居室で介護する際の利用権は,当初の入居一時金に含まれており,追加の費用は必要ないとしていることからすると,一般居室から介護居室に移る場合であっても,入居一時金を支払った当初の入居契約全体を解除して,新規入居者と同様な形で新契約を締結することが予定されていたわけではないことがうかがわれる。そして,そもそも本件入居契約において,入居一時金は,本件施設の居室及び共用施設の利用並びに各種サービスを終身受け得る地位を取得するための対価であるところ,居室の利用権は,上記契約内容の一部にすぎないこと,本来,入居一時金の支払によって終身にわたって利用し,サービスを受けうる地位を取得したとしつつ,継続的な介護が必要となって介護居室での介護に移る場合には,従前の契約を解除して新規契約を締結しなければならない(そして,その場合には,再度初期償却がされる。)というのは,不合理であり,特に入居一時金における初期償却条項の性質を,本件終身利用対価部分を償却するものと解する場合には,そのような初期償却が再度可能となるというのは著しく不合理であるといわざるを得ないことからすると,2月6日付け重要事項説明書の記載内容は,介護居室に転居する際に,従来の居室の利用契約の解除と全く新しい契約の締結を予定しているものではなく,入居契約中,居室の利用権を介護居室の利用権に変更する変更契約か,居室によって入居一時金の額が異なることから,従来の居室の利用契約の解除と新契約の締結との方式をとらざるを得ない場合であっても,既に当初の入居契約に基づく入居一時金の初期償却により本件終身利用対価部分の支払がされていることが考慮される必要があると認めるのが相当である。

(エ) 控訴人は,I号室が介護居室でもあったから,Aに介護を要する事態が生じたとしてもAをI号室以外の別の部屋に転居させる必要がなかったこと,また,介護居室への移転に伴い,旧契約の解除と新契約の締結は予定されていなかったのに,被控訴人は,本件転居契約の際,I号室が介護居室でないことを当然の前提として,旧契約の解除と新契約の締結をさせており,虚偽説明があったし,Aは,本件転居契約を締結する必要がないのにそれが必要だと誤信して本件転居契約を締結した旨主張する。

しかしながら,被控訴人とAらが,I号室を常に介護居室として利用することを合意したとまでは認められないことは,すでに説示したとおりである。

また,本件施設内での一般居室と介護居室の設備の違いや,介護居室のある階にはスタッフルームが設置され,介護に適するよう配慮されていること,本件転居契約締結の頃,Aに徘徊や転倒等の症状が見られたことなども考慮すると,Aについて,介護居室であるJ号室に転居する必要がなかったとは認められない。

そして,I号室の入居一時金は,本件入居契約締結時には3750万円であったが(賃貸方式の場合の賃料は月額31万5000円),本件転居契約締結の頃のJ号室の入居一時金は1100万円(賃貸方式の場合の賃料は月額7万円)であったのであるから,I号室の利用に係る本件入居契約を解除して,J号室に係る入居契約を新たに締結しない場合には,被控訴人が多額の入居一時金を保管し続けることになり,それ自体,Aにとって不利益にもなるのであるため,本件において,旧契約を解除し,新契約を締結する必要がなかったということもできない。

以上のことを考慮すると,AがJ号室に転居するに当たり,I号室に関する本件入居契約を解除し,新たにJ号室の入居契約を締結する必要があるとした点に,Aの錯誤を認めることはできないし,被控訴人の詐欺あるいは虚偽説明を認めることもできない。

したがって,本件転居契約全体が錯誤無効である,又は詐欺あるいは消費者契約法4条1項により取り消しうるとの控訴人の主張は採用することができない。

(2)  本件転居契約又は本件転居契約の初期償却条項の民法90条又は消費者契約法10条による無効について

ア 控訴人は,本件入居契約においては,介護居室としてI号室を利用することができた旨を主張するが,既に説示したとおり,本件入居契約は介護が必要となる場合にも常にI号室で介護をする旨合意したものであると認めることはできないから,この点を理由として,本件転居契約が民法90条又は消費者契約法10条により無効であるということはできない。

また,控訴人は,Aを転居させたことは,Aの心身に悪い影響を与え,老後の健全な生活を阻害するものであるから,本件転居契約は公序良俗に反するものとして民法90条又は消費者契約法10条により無効である旨主張するが,本件転居契約がAにとって不必要なものであったということはできない上,J号室への転室がAの心身に悪い影響を与えたと認めるに足りないから,控訴人の主張を採用することはできない。

イ 控訴人は,本件転居契約において,本件入居契約における入居一時金を初期償却し,さらに,J号室の入居一時金について初期償却を定めたことから,本件転居契約又は本件転居契約の初期償却条項は,民法90条又は消費者契約法10条により無効である旨主張する。

(ア) 本件入居契約では,2月6日付け重要事項説明書が本件入居契約の内容であり,8月1日付け重要事項説明書の内容に変更されたと認めることはできないから,Aと被控訴人の間には,本件転居契約締結時にも,2月6日付け重要事項説明書に記載されているとおり,介護居室で介護を行う場合の介護居室の利用権は,当初の入居一時金に含まれており,追加費用は必要ないものとされていたと認めるのが相当である。

(イ) しかるに本件では,Aは,本件転居契約の締結に伴い,I号室について本件初期償却条項に基づく初期償却等を行った上で入居一時金の返還手続をとり,その返還金からJ号室の入居一時金を支払ったこととし,かつ,J号室の入居金の返還についても,別途初期償却の合意をしたこととなる。

そもそも本件入居契約において,入居一時金は,本件施設の居室及び共用施設の利用並びに各種サービスを終身受け得る地位を取得するための対価であるところ,居室の利用権は,上記契約内容の一部にすぎないこと,終身にわたって利用し,サービスを受けうる地位にあるとしつつ,継続的な介護が必要となって介護居室での介護に移る場合には,契約の一部変更も可能なのであるから,必ず従前の契約を解除して新規契約を締結しなければならない(そして,その場合には,再度初期償却がされる。)というのは,不合理であり,特に入居一時金における初期償却条項の性質を,本件終身利用対価部分を償却するものと解する場合には,そのような初期償却が再度可能とすることは二重に本件終身対価部分を取得することになって著しく不合理といわざるを得ず,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものとして,前段要件を満たすということができる。

そして,再度の初期償却は,同一利用者から,本件終身利用対価部分を二重に取得しようとするものであるから,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものというべきであるから,後段要件も満たすものということができる(このように,本件転居契約における再度の初期償却を定めた条項が消費者契約法10条により無効となると解されるところ,本件転居契約は,Aを介護居室であるJ号室に転居させ,かつ,I号室とJ号室との利用料の差を精算するものともなっていることからすれば,本件転居契約自体が,公序良俗に反するものであるとして民法90条により無効になる,あるいは,消費者の権利を制限し,義務を加重し,民法1条2項の規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものとして,消費者契約法10条により無効となるということはできない。)。

(ウ) なお,控訴人は,本件転居契約において,J号室の償却期間を10年(120か月)とせず,94か月としたことが不当である旨主張する。

しかしながら,2月6日付け重要事項説明書には,介護居室の償却期間は10年とする旨の記載があるが,本件転居契約がなされた平成21年4月時点においては,J号室の償却期間は5年(60か月)とされていたことからすると,本件転居契約の際,J号室の償却期間を94月(ただし,後記(エ)のとおり,本件合意が無効であるところから,償却期間は,96月(180か月-84か月[平成14年5月から平成21年4月まで])とすべきである。)としたことが,消費者の利益を一方的に害するものであるなどとして,民法90条や消費者契約法10条に該当すると認めることはできない。

(エ) そして,被控訴人は,I号室の入居一時金の計算において,本件合意に基づき契約締結日を利用経過月数の起算月としているが,本件合意が無効であることは既に説示したとおりである。

したがって再,度の初期償却及び本件合意を無効として入居一時金の返還について計算すると,次のとおり1425万円となる。

これに対し,前提事実(7)のとおり,被控訴人はA,死亡時に,I号室にかかる返還金の残額が1664万5833円,J号室にかかる入居一時金が1100万円でその返還金の残額が696万2765円と計算しており,返還金の合計は,1260万8598円となる。

したがって,この差額164万1402円について,被控訴人は,不当利得として控訴人に返還すべきである。

(計算式)

3750万円×0.85×96(180か月-84か月[平成14年5月から平成21年4月まで])÷180=1700万円

1700万円-1100万円=600万円

1100万円×7(296か月-24か月[平成21年5月から平成23年4月まで])÷96=825万円

600万円+825万円=1245万円

4125万円-1260万8598円=164万1402円

4  保険外サービス費用に係る不当利得返還請求について

控訴人は,Aらは,被控訴人の説明及び国の行政指導により,入居者2.5人に介護者1人が付くという基準のもとに運用することとして,保険外サービス費用負担の合意により総額72万9750円の保険外サービス費用の支払をしたが,被控訴人はこの基準を充足しないで運営していたから,被控訴人は上記72万9750円を不当利得として返還すべきである旨主張する。

しかし,居宅サービス基準182条3号1項に関して厚生労働省が定める「特定施設入居者生活介護事業者が受領する介護保険の給付対象外の介護サービス費用について」の「人員配置が手厚い場合の介護サービス利用料」の徴収をすることができる基準は,前記前提事実(8)ア記載のとおり,要介護者等が30人未満の場合は,看護・介護職員の人数が,居宅サービス基準に基づき算出された人数に2人を加えた人数以上であることが求められていたが,証拠(甲13,乙4,5,11,証人L)及び弁論の全趣旨によれば,平成21年6月当時,本件施設の入居者のうち,要支援1の者は11名,要支援2の者が3名,要介護の者が9名であったため,本件施設には,直接処遇職員が最低5.1名必要であったところ,本件施設の直接処遇職員は9.3名であったことが認められる。

そうすると,本件施設においては,厚生労働省の「人員配置が手厚い場合の介護サービス利用料」を徴収することができる基準を満たしていることになるから,被控訴人の直接処遇職員の配置が厚生労働省の同基準に反していたことを前提とする控訴人の上記主張は採用することができない。

5  本件原状回復条項に基づく原状回復請求権について

(1)  被控訴人は,本件原状回復条項により,退去時の原状回復義務が定められており,その補修に要する費用は,本件入居契約終了時に入居金から差し引くことができるところ,I号室及びJ号室には別紙「原状回復一覧表」の「名称」欄及び「原状回復の必要性」欄記載のとおり,退去時に損傷があり,それぞれ本件原状回復条項に該当する旨主張する。

しかし,前提事実によれば,本件入居契約の25条は,賃借人に対し,①畳表,ジュータン等の敷物の修理又は取替え,②窓ガラスの修理又は取替え,③ふすま,障子,壁紙等の修理又は取替えについて修繕義務を負わせ,原状回復義務を負わせていることが認められるところ,建物の通常損耗は,建物のいかなる方法においても通常発生する経年劣化であり,賃借人は,通常損耗について,原則として原状回復義務を負わないのであるから,本件原状回復条項は,通常損耗を超える部分について原状回復義務を課したものと解するべきである(仮に,本件原状回復条項が,Aらに対し,通常損耗についても原状回復義務を負わせるものであるのであれば,それは,民法上の賃貸借契約の終了に伴う原状回復義務を超える義務を負担させるものとなり,民法1条2項の規定に反するものとして,消費者契約法10条により無効となると解される。)。

このような観点により別紙「原状回復一覧表」各記載の損傷について検討すると,同別紙の「当裁判所の判断」欄記載のとおりとなり,特別損耗と認められるのは,番号8の「壁面フック取外し」のみとなる。

しかしながら,上記の番号8の「壁面フック取外し」については,特に費用を要するような損耗であると認めることもできないから,本件原状回復条項に基づきAが負担すべきであった原状回復費用は,これを認めることはできない。

(2)  被控訴人は,本件入居契約あるいは本件転居契約は賃貸借契約としての性質を有するものであり,契約終了時に賃借人は,特別損耗について原状回復義務を負う旨主張するが,証拠によっても,I号室及びJ号室において,特別損耗として認められるのは上記(1)で認定した「壁面フック取外し」のみであり,その取外しについて,特に費用の発生が認められないことは,上記認定のとおりである。

(3)  以上から,被控訴人がAの死亡時の返還金から差し引くことができる原状回復費用を認めることはできない。

しかるに,被控訴人は,死A亡時の返還金から原状回復費用として,総額54万4750円(I号室について41万4750円,J号室について13万円)を控除していることから,被控訴人は,不当利得として同額を控訴人に返還すべきである。

6  まとめ

よって,控訴人の被控訴人に対する請求はB,死亡時の入居一時金の返還に関する不当利得返還請求権として2万8333円,A死亡時の入居一時金の返還に関する不当利得返還請求権として218万6152円(164万1402円+54万4750円)(以上合計221万4485円)を認めることができる。

なお,不当利得返還請求権は,利得者が法律上の原因なく有している利得を損失者に返還させる民法上の請求権であるから,遅延損害金については,商事法定利率の適用はなく,民法所定の年5分の割合によると解される。

したがって,控訴人の請求は,221万4485円と返還を請求した日の翌日である平成23年6月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないことになる。

第5結論

以上のとおりであって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当でないから,原判決を上記第4の6の趣旨に変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 揖斐潔 裁判官 眞鍋美穂子 裁判官 片山博仁)

別紙原状回復一覧表は省略

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例