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名古屋高等裁判所 平成24年(ネ)631号 判決 2013年3月15日

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

大起産業株式会社(以下「控訴人会社」という。)

同代表者代表取締役

Y4

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

Y1(以下「控訴人Y1」という。)

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

Y2(以下「控訴人Y2」という。)

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

Y3(以下「控訴人Y3」という。)

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

Y4(以下「控訴人Y4」という。)

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

Y5(以下「控訴人Y5」という。)

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

Y6(以下「控訴人Y6」という。)

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

Y7(以下「控訴人Y7」という。)

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

Y8(以下「控訴人Y8」という。)

上記9名訴訟代理人弁護士

堀井敏彦

被控訴人兼附帯控訴人(1審原告)

X(以下「被控訴人」という。)

同訴訟代理人弁護士

正木健司

主文

本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

(控訴関係)

1  控訴人ら

(1) 原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。

(2) 被控訴人の請求を棄却する。

(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1) 本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は、控訴人らの負担とする。

(附帯控訴関係)

1  被控訴人

(1) 原判決を次のとおり変更する。

(2) 控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して1255万1395円及びこれに対する平成20年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は、第1、2審とも控訴人らの負担とする。

(4) 仮執行宣言

2  控訴人ら

(1) 本件附帯控訴を棄却する。

(2) 附帯控訴費用は、被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  訴訟物等

本件は、被控訴人が、控訴人会社に委託して行った商品先物取引において損失を被ったことにつき、控訴人会社の担当従業員らには、適合性原則違反、説明義務違反、新規委託者保護義務違反、断定的判断の提供、一任売買(実質一任売買)、委託者に不利益な取引の勧誘(両建て、無意味な反復売買)、仕切り拒否・回避、無断売買、無敷・薄敷及び迷惑勧誘の違法行為があり、これらは、取締役会の営業方針に従って組織営業として行われた会社ぐるみの不法行為であり、また、控訴人会社の取締役らには、従業員の教育及び顧客との紛争を防止するための管理体制の整備義務違反並びに会社法所定の内部統制システムの構築義務違反があるなどと主張して、控訴人ら及び1審被告C(以下「C」という。)に対し、民法709条、719条による損害賠償請求権(これと選択的に、控訴人会社に対しては民法715条1項、会社法350条及び信託法上の忠実義務違反による損害賠償請求権、控訴人Y1に対しては会社法429条1項、民法715条2項による損害賠償請求権、控訴人Y2、控訴人Y3、控訴人Y4及び控訴人Y5に対しては会社法429条1項による損害賠償請求権)に基づき、連帯して1255万1395円(取引による損失1091万1395円、慰謝料50万円、弁護士費用114万円)及びこれに対する取引終了日の翌日である平成20年2月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、控訴人会社の担当従業員であった控訴人Y6、控訴人Y7及び控訴人Y8の勧誘行為、受託行為には適合性原則違反の違法性があると判断し、同控訴人らの不法行為責任及び控訴人会社の使用者責任を認め(なお、被控訴人は、当審において、控訴人会社に対する損害賠償請求の根拠として、民法715条1項にも基づくことを明確にした。)、また、控訴人会社の代表取締役であった控訴人Y1には業務の執行につき重大な過失があり、控訴人会社の取締役であった控訴人Y2、控訴人Y3、控訴人Y4及び控訴人Y5にも、控訴人Y1の業務の監視義務の懈怠について重大な過失があるとして、それぞれ会社法429条1項に基づく損害賠償責任を認める一方、他方で、被控訴人にも損害の発生及び拡大について一定程度の落ち度があるとして、3割の過失相殺をして、被控訴人の請求を、控訴人らに対し、連帯して839万7976円(取引による損失763万7976円、弁護士費用76万円)及びこれに対する平成20年2月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した。

これを不服として、控訴人らが控訴し、被控訴人が附帯控訴した。

なお、原審が被控訴人のCに対する請求を棄却した部分について、被控訴人は不服申立てをしておらず、原判決中、同請求に関する部分は確定している。

以下、略語は、特に断らない限り、原判決の例による。

2  争いのない事実、争点及び当事者の主張

次のとおり原判決を補正し(後記3)、当審において追加された新たな違法性についての主張を加える(後記4)ほか、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」欄の1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。

3  原判決の補正

(1)  原判決3頁7行目の「同月29日まで、」を「同月22日当時の控訴人会社の代表取締役社長であり、なお、平成4年頃から」と改める。

(2)  原判決3頁9行目の「(4) 」の次に「平成14年頃から平成20年まで、」を加える。

(3)  原判決3頁23行目末尾に「控訴人Y1は、同月4日、代表取締役を辞任し、同日、控訴人Y4が代表取締役に就任した。」を加える。

(4)  原判決3頁24行目の「委託して、」の次に「東京工業品取引所の金、白金及びパラジウムの」を加える。

(5)  原判決9頁22行目の「特定売買率」を「特定売買比率」と改める。

(6)  原判決11頁1行目の「すべ」を「すべて」と改める。

(7)  原判決13頁2行目の「A」の次に「(以下、単に「A」又は「A室長」という。)」を加える。

(8)  原判決21頁25行目及び22頁7行目の各「適性」をいずれも「適正」と改める。

(9)  原判決23頁14行目と15行目の間に次のとおり加える。

「 (カ) 控訴人会社の選択的な責任根拠(使用者責任)

控訴人Y6、控訴人Y7、控訴人Y8及びCの不法行為は、使用者である控訴人会社の事業の執行についてされたものであるから、控訴人会社は、被控訴人に対し、民法715条1項に基づく損害賠償責任を負う。」

(10)  原判決25頁1行目と2行目の間に次のとおり加える。

「 (カ) 使用者責任について

被控訴人の主張は争う。」

4  当審において追加された新たな違法性についての主張

(1)  指導・助言義務違反

(被控訴人の主張)

控訴人Y7及び控訴人Y8は、平成20年2月12日に、被控訴人が201万円を入金する際、全部千円札で持参したのであるから、被控訴人が店長を務める食品スーパーマーケットの売上金等を一時流用したのではないかとの疑念を抱き、既にこの時点で被控訴人が即時に調達できるまとまった金額の流動資産を保有していないのではないかとの疑いを持つべきであった。そうすると、控訴人Y7及び控訴人Y8は、遅くとも上記同日までには、被控訴人が控訴人会社に預託する証拠金を自己資金で準備することができず、これを調達するために借入れ(ないし一時流用)をしていることを知り、又は知り得たものというべきである。

そうであれば、控訴人Y7及び控訴人Y8は、その後の取引において、被控訴人に対し、取引の増大及び損失の危険を抑制し(例えば、証拠金を徴収して新規取引を受注することを控えたり、取引枚数を減少させたり、損失が拡大しないうちに手仕舞することを検討させる等)、被控訴人の状況を改善、是正するために積極的な指導、助言を行うなどの、信義則上の義務を負っていたというべきである。

しかるに、控訴人Y7及び控訴人Y8は、上記同日以降も何ら上記のような助言を行わず、被控訴人に全く適合しない過大、過当な取引を繰り返し行わせて、被控訴人を約900万円もの多額の証拠金不足の状態に陥らせ、挙げ句の果てには被控訴人の父親に600万円もの大金を借りに行かせたり、消費者金融に対する借入れの申込みをさせたりしてまで取引を継続させようとした。控訴人Y7及び控訴人Y8の上記行為は、被控訴人に対する指導・助言義務を完全に怠ったものである。

(控訴人らの主張)

被控訴人の主張は否認ないし争う。

控訴人Y8は、平成20年2月12日、被控訴人が全部千円札で201万円を持参したため、売上金や釣銭用の金銭を流用したのではないかとの疑いを持ち、直接面談して聞き取り調査を行った。これに対し、被控訴人は、「相場にちょっと頭に来たので、全部両替してきた。」と述べていた。

(2)  差玉向かい及び取組高均衡手法についての説明義務違反

(被控訴人の主張)

ア 特定の商品の先物取引について差玉向かい又は取組高均衡手法を行っている商品取引員が、専門的な知識を有しない委託者から当該特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には、当該商品取引員の従業員は、信義則上、その取引を受託する前に、委託者に対し、その取引については差玉向かい又は取組高均衡手法を行っていること及び差玉向かい又は取組高均衡手法は商品取引員と委託者の間に利益相反関係が生ずる可能性が高いものであることを十分に説明すべき義務を負い、また、差玉向かいを行っている場合には、これに加えて、委託者が、どの程度の頻度で、自らの委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となっているかを確認することができるように、自己玉を建てる都度、その自己玉に対する委託玉を建てた委託者に対し、その委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となったことを通知する義務を負うと解される。

イ 控訴人会社は、本件取引が行われた期間中、パラジウム、金及び白金の各取引について、差玉向かい及び取組高均衡手法をとっていた。そして、被控訴人は、商品先物取引について専門的な知識を有していないから、これらの取引について被控訴人から建玉を受託した控訴人会社の担当者ら(控訴人Y6、控訴人Y7)は、被控訴人に対して、控訴人会社が取組高均衡手法を行っており、差玉向かいは控訴人会社と被控訴人との間に利益相反関係の生ずる可能性が高いものであること等を十分に説明する義務を負っていた。

しかし、控訴人会社の担当者らは、そうした説明を一切しておらず、これらの点につき説明義務違反がある。

(控訴人らの主張)

被控訴人の上記主張は争う。

(3)  合理的根拠の法理違反

(被控訴人の主張)

ア 商品先物取引業者は、顧客に対する誠実公正義務(商品取引所法213条、商品先物取引法213条)を負っているから、顧客に対して投資勧誘ないし投資助言をする際には、それが意見の表明という形をとっていようと事実の表示という形をとっていようと、合理的な根拠が必要とされ(合理的根拠の法理)、これを欠く勧誘ないし助言は違法であるというべきである。

イ 控訴人Y7は、平成20年2月21日午前9時12分頃、下げ予想から、パラジウム10月限250枚1740円の指値での売り建ちを受注し、午前9時41分頃には、パラジウムが始値からわずかに下落しているが、成立しない可能性のある指値を止めてはどうかと提案し、指値を取り消して、パラジウム10月限250枚売り建ちを注文したが(残玉は530枚売りのみ)、午前10時23分頃には、パラジウムが急速に上昇を始めたことを被控訴人に伝えて、結局、パラジウム10月限330枚売り落ち、同12月限200枚買い建ち(残玉は200枚売り、200枚買い)を注文し、両建てとした。

控訴人Y7は、平成20年2月21日午前9時12分頃(ないし午前9時41分頃)には、パラジウムが値下がりすると楽観的な勧誘をしてパラジウム売り建ち250枚を受注し、パラジウム530枚売りのみとしたのであるから、その合理的な根拠が示されるべきである。すなわち、被控訴人は、控訴人Y7の下げ予想に基づく勧誘により、パラジウム売り250枚を建玉させられ、パラジウム530枚もの売りポジションのみ持たされたものであって、パラジウムの値下がりに大量の建て玉を賭けるという極めてリスクのある取引をさせられたものである。ところが、上記取引後すぐにパラジウムは急上昇を始めて、被控訴人は両建てを余儀なくされている。控訴人Y7のパラジウム下げ予想に基づく売りポジションの勧誘は、何らの合理的根拠もない極めて不合理な勧誘であったといわざるを得ない。

このように、控訴人Y7の値下がり予想に基づくパラジウム大量売り建て勧誘の合理的な根拠が示されないのであるから、控訴人Y7には、合理的根拠の法理違反があるというべきである。

(控訴人らの主張)

ア 被控訴人の上記主張は争う。

イ 平成20年2月21日のパラジウム相場は、海外安であったにもかかわらず国内は値段が高く始まったことから、被控訴人は、前日建てたパラジウムの買玉200枚を1740円の指値で決済し、10月限に250枚の売建てを行い、売玉のみ530枚の状態とした。

この日の取引における被控訴人の取引方針は、前日の下げ傾向の値動きを踏まえ、21日の相場の急落を期待して売玉の平均価格を上げるナンピン売り上がり戦法であった。

ところが、予想に反して値段が上がったため、午前10時23分には売玉330枚を損切りし(-829万0700円)、200枚を買建ちして、売り200枚、買い200枚とし、この結果、取引本証拠金不足となった。

このように、被控訴人は、パラジウムの乱高下する値動きに機敏に対応し、積極的に利益追求(確保)のため売玉へ一本化するという思い切った対応をしたものである。被控訴人の最終的な損失の原因は、21日に売り一本とした後の上げの局面で、売玉330枚を損切りした決断にあり、仮にこの場面で売玉を決済せず維持する方針を取っていれば、翌22日朝の下げ局面で利益を得て決済できたものである。

ウ 被控訴人は、控訴人会社と取引を開始した時点で、既に、特定売買を含む商品先物取引の経験を有しており、十二分に自己の判断により取引を行い得る者であった。個々の取引は、被控訴人の意思により、必要性ないし合理性があると判断して行われたものである。

(4)  信任義務違反

(被控訴人の主張)

本件取引は、実質的な一任売買であり、被控訴人が控訴人会社の推奨及び助言指導に依存し、強固な信頼の下で取引が継続され、控訴人会社が被控訴人の勘定による取引内容を実質的に決定している場合であるから、被控訴人と控訴人会社間には、個々の取次委任契約又は売買契約以外に、投資顧問契約に準ずる契約が黙示にされているといえる。

このように、控訴人会社は、被控訴人口座の運用及び投資判断に関する事実上の裁量権を有し、信頼を基礎とした継続的取引関係及び投資顧問的役割を有しているのであるから、被控訴人との間に誠実公正義務に基づく専門家責任としての「信認関係」が成立する。これは、信託に類似した法的関係であり、信託法の基礎にある受任者の信認義務(委託者の利益を優先すべき義務)の準用又は類推適用がされるべきものである。

しかし、控訴人らは、差玉向かい及び取組高均衡手法による利益相反状況について何ら説明せず、また、適合性原則違反、新規委託者保護義務違反、手数料稼ぎの特定売買等の違法行為を行ったものであるから、これらの行為が上記信認義務に違反することは明らかである。

(控訴人らの主張)

被控訴人の上記主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  結論の要旨

当裁判所も、被控訴人の請求は、控訴人らに対し、連帯して839万7976円及びこれに対する平成20年2月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却すべきであると判断する。

その理由は、以下のとおりである。

2  認定事実

次のとおり原判決を補正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」欄の1及び2(1)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決27頁3行目の「勧誘され、」の次に「商品先物取引の仕組み及び危険性について説明を受けた上で、」を加える。

(2) 原判決27頁5行目の「していた。」の次に「被控訴人が本件取引開始前にa物産に委託して行った取引は、東京工業品取引所の金38回及び白金9回並びに東京穀物商品取引所のとうもろこし5回であり、この中には、直し、日計り、途転及び手数料不抜けの特定売買も含まれていた。a物産での取引は、ほとんどの場合、被控訴人が同社の従業員から電話で勧誘を受けて発注したものであったが、時には被控訴人から取引の提案をすることもあった。なお、被控訴人は、a物産に提出したお客様カード(口座設定申込書)において、預貯金が約700万円あると申告し、投資可能資金額を300万円としていた。」を加える。

(3) 原判決27頁5行目の「32」の次に「、乙156」を加える。

(4) 原判決27頁14行目の「アンケートにおいて、」の次に「取引の仕組みや基礎知識、投資可能資金額及び保護措置額、証拠金の種類並びに控訴人会社が定める本証拠金及び委託手数料について、いずれも「理解している」と回答し、また、」を加える。

(5) 原判決27頁22行目末尾に「なお、被控訴人は、上記書面において、電話による連絡先を携帯電話のみとし、短時間であれば仕事中でも良いと回答した。」

(6) 原判決27頁26行目末尾に次のとおり加える。「また、被控訴人は、上記口座開設申込書の「受託契約を締結する目的」の欄について、「元金欠損又は元本を上回る損失が生ずるおそれのある取引であることを認識した上で以下の受託契約を締結する目的を選択します。」として、「差金決済」及び「サヤ取り(ハイブリッド取引を含む)」の各欄にチェックをした。」

(7) 原判決28頁1行目の「乙1の1・2」を「甲12、乙1の1・2」と改める。

(8) 原判決28頁1行目と2行目の間に次のとおり加える。

「 なお、被控訴人は、控訴人Y6に対し、控訴人会社とは初めての取引なので、最初は100万円前後の資金で取引を行いたいと述べていた。」

(9) 原判決28頁4行目の「取引経験があり、」の次に「商品先物取引について裏も仕組みも全部知っているなどと述べて」を加える。

(10) 原判決28頁6行目から7行目にかけての「乙14」を「乙4、14、65」と改める。

(11) 原判決29頁19行目の「原告は、」の次に「被控訴人の父から200万円を借りて証拠金を工面した上で、」を加える。

(12) 原判決29頁26行目末尾を改行して次のとおり加える。

「 控訴人Y8は、被控訴人が201万円を全部千円札で持参したことから、被控訴人が店長を務める食品スーパーマーケットの釣銭用の現金等を不正に流用したのではないかと疑い、資金の出所について細かく問い詰めたが、被控訴人は、相場の値動きの状況に憤慨して、わざわざ全部千円札に両替してきた旨説明した(なお、被控訴人は、原審での本人尋問においても、上記201万円は、被控訴人の父から無利息で借りたものであると供述し、食品スーパーマーケットの現金を不正に流用したことを否定している。)。」

(13) 原判決30頁1行目の「借り入れた。」を「借り入れ、被控訴人の父に借りた200万円を返済した。」と改める。

(14) 原判決31頁20行目の「勧められ、」の次に「取引資金がないことを控訴人Y7に伝えたが、結局、」を加える。

(15) 原判決32頁22行目の「取り消し、」の次に「成り行きで」を加える。

(16) 原判決33頁15行目の「ご存じ」を「ご存知」と改める。

(17) 原判決33頁15行目から16行目にかけての「回答した。」を「回答し、「投資可能資金額は、損失を被っても生活に支障のない範囲の額で設定されていますか」との設問に対し「設定している」と回答した。」と改める。

(18) 原判決33頁21行目末尾に次のとおり加える。「また、被控訴人は、控訴人Y8の求めにより、895万4895円の不足金を同日中又は翌22日までに必ず入金する旨、建玉を全て決済したときに発生する不足金についても入金する旨を記載した念書を作成して、控訴人会社に差し入れた(乙90)。」

(19) 原判決33頁25行目末尾に次のとおり加える。

「(この点、控訴人らは、控訴人Y7が被控訴人の自宅を訪問したのは、被控訴人の父から取引資金を借りるためではなく、被控訴人から、本件取引において損失が出た経緯を被控訴人の父に説明してほしいと依頼されたからである旨主張し、控訴人Y7及び控訴人Y8もこれに沿う供述をしている。しかし、被控訴人が、その時点で約900万円もの証拠金不足となり、同不足金を遅くとも翌22日までに入金する必要があったことや、控訴人Y7が、被控訴人の自宅において、このまま取引を終了すると預託した証拠金が全部なくなり、更に不足金が出ることになるため、その支払をどうするかが話題となり、被控訴人の父が被控訴人に対して自分の責任で払うように述べた旨供述し、また、控訴人Y8も、被控訴人が父に対して不足金の支払を求めた旨の報告を控訴人Y7から受けている旨供述していることからすれば、被控訴人の自宅における話合いが単なる取引経過の説明ではなく、被控訴人の父を交えた不足金の支払方法についての協議であったことは明らかである。そうすると、控訴人Y7が被控訴人の父に対し、取引を続けるための資金として600万円を払うよう求めた旨の被控訴人の供述は信用することができ、これに反する控訴人Y7及び控訴人Y8の前記供述は採用できず、控訴人らの前記主張は採用できない。)」

(20) 原判決34頁1行目の「加わり」から3行目末尾までを「加わった。(被控訴人は、控訴人Y8及び控訴人Y7から消費者金融に電話で借入れの申込みをさせられたと主張し、これに沿う供述をするが、これを否定する控訴人Y8及び控訴人Y7の各供述に照らして採用できず、他に上記事実を認めるに足りる証拠はない。)」と改める。

(21) 原判決34頁5行目の「ようやく」を削る。

(22) 原判決34頁23行目の「別紙建玉分析表」の次に「及び本判決別紙調査表1(証拠金関係経過表)(ただし、同表2~4枚目の「直」「途」「日」「両」「不」の各欄を除く。)」を加える。

(23) 原判決35頁1行目の「口座開設申込書」を「口座設定申込書」と改める。

(24) 原判決35頁13行目の「同月13日」を「2月13日」と改める。

3  争点(1)(控訴人会社従業員らの勧誘行為、受託行為の違法性)について

(1)  取引開始時における適合性原則違反の有無について

ア 前記2の認定事実のとおり、被控訴人が、本件取引当時、34歳であり、b専門学校を卒業して食品スーパーマーケットの店長として稼働し、約600万円(税込み)の年収があったこと、被控訴人が平成19年11月からa物産に委託して商品先物取引を行っていたことからすれば、本件取引開始の時点において、被控訴人がそもそも商品先物取引に不適合な者であったとは認められない。

そして、前記2のとおり、被控訴人は、控訴人会社に提出した口座開設申込書において、流動資産として3000万円を保有し、投資可能資金額を950万円とし、また、平成19年2月から平成20年2月まで1年間、取引金額200万円の商品先物取引の経験があると申告し、受託契約締結の目的として差金決済及びサヤ取り(ハイブリッド取引を含む)を選択し、控訴人会社から商品先物取引の理解度等について確認を受けた際には、取引の裏も仕組みも全部知っているなどと述べていたものである。

イ もっとも、上記口座開設申込書に記載された流動資金額及び取引経験は事実と異なるものであり、投資可能資金額の記載も被控訴人の実際の資産状況に適合しないものであったが、この点について、被控訴人は、控訴人Y6の誘導により過大な流動資産額及び投資可能資金額並びに虚偽の取引経験を記載させられた旨主張し、これに沿う供述をしている。しかし、被控訴人の上記供述は、反対趣旨の控訴人Y6の供述に照らして採用できず、他に上記事実を認めるに足りる証拠はない。

被控訴人は、流動資産額及び投資可能資金額について、全く意味が分からず、控訴人Y6に尋ねても説明がなかった旨供述している。しかし、控訴人Y6は、被控訴人に対し、これらの用語の意味を説明した旨供述しているし、食品スーパーマーケットの店長を務める被控訴人が「流動資産額」の意味が分からないとも考え難い。また、「投資可能資金額」については、a物産の口座設定申込書にもこれを記入する欄があり、被控訴人は、同社から説明を受けて300万円と記入していたし(甲30、被控訴人)、「委託のガイド」アンケート(乙9)及び「お取引きについてのアンケートⅡ」(乙17)においても、投資可能資金額について理解している旨の回答をしていた。

以上によると、被控訴人の前記供述は採用できず、被控訴人が流動資産額及び投資可能資金額の意味を理解しないまま、控訴人Y6の誘導により過大な金額を記載したものとは認められない。

ウ 被控訴人は、適合性原則の内容として、商品取引員は、顧客の知識、経験、財産の状況を調査すべき義務があり、控訴人らはこれを怠った旨主張する。

しかし、商品取引員が、顧客の知識、経験及び財産の状況等に係る申告内容について、その記載内容の正確性に疑問を差し挟むべき具体的な事情もないのに、顧客から裏付け資料を徴求するなどして申告内容の正確性を調査、確認すべき義務があると解すべき根拠はなく、本件取引の開始時点において、上記事情の存在を認めるべき証拠はない。

したがって、控訴人会社及びその従業員が、被控訴人の上記申告に基づき、被控訴人が、その知識、経験、財産の状況等に照らして投資可能資金額950万円の商品先物取引についての適合性を有するものと判断して本件取引の勧誘、受託を開始したことに過失があるとは認められず、取引開始時における適合性原則違反は認められない。

(2)  説明義務違反について

ア 商品先物取引(ハイブリッド取引を含む。)の仕組み、危険性等についての説明義務違反について

前記2の認定事実のとおり、被控訴人が、a物産から商品先物取引の仕組み及び危険性について説明を受けた上で、平成19年11月20日から商品先物取引を行っていたこと、控訴人Y6が、平成20年1月31日、被控訴人に対し、種々の資料、雑誌等を使ってハイブリッド取引について説明したこと、控訴人Y6が、同年2月2日、被控訴人に対し、商品先物取引委託のガイド及び同別冊により、商品先物取引の基本的仕組みや危険性を説明し、説明後はこれらの資料を被控訴人に交付したこと、その際、被控訴人は、「委託のガイド」アンケートにおいて、取引の仕組みや基礎知識、証拠金の種類並びに控訴人会社が定める本証拠金及び委託手数料等について理解していると回答し、商品先物取引の危険性について「リスクのある取引だと理解している」と回答したこと、その後、被控訴人から取引したい旨の要望があったことを受けて、控訴人Y6が、再度、商品先物取引の仕組みや制度、危険性について説明し、「受託業務管理規則の重要なポイント・商品先物取引の重要なポイント」、「相場が逆に動いたとき」等の資料を用いて取引の重要事項や売買手法について被控訴人の理解度を確認しながら説明し、被控訴人がこれらの書面に署名・押印して十分に理解したと回答したこと、控訴人会社の取引相談室のA室長が、同月5日、被控訴人に電話を掛けて、商品先物取引についての理解度等について確認した際、被控訴人が商品先物取引の裏も仕組みも全部知っているなどと述べていたことからすれば、控訴人Y6は、被控訴人に対し、商品先物取引(ハイブリッド取引を含む。)の仕組み、危険性等について十分に説明し、被控訴人もこれらを理解した上で本件取引を開始したものと認められ、被控訴人主張の説明義務違反は認められない。

イ 差玉向かい及び取組高均衡手法についての説明義務違反について

(ア) 特定の商品の先物取引について差玉向かい又は取組高均衡手法を行っている商品取引員が、専門的な知識を有しない委託者から当該特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には、当該商品取引員の従業員は、信義則上、その取引を受託する前に、委託者に対し、その取引については差玉向かい又は取組高均衡手法を行っていること及び差玉向かい又は取組高均衡手法は商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負い、また、差玉向かいを行っている場合には、これに加えて、委託者が上記の説明を受けた上で上記取引を委託したときにも、委託者において、どの程度の頻度で、自らの委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となっているかを確認することができるように、自己玉を建てる都度、その自己玉に対当する委託玉を建てた委託者に対し、その委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となったことを通知する義務を負うと解される(最高裁平成21年7月16日第一小法廷判決・民集63巻6号1280頁、最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決・集民232号833頁)。

(イ) 証拠(甲111~113、115~117)によれば、控訴人会社は、本件取引が行われた期間中に、東京工業品取引所のパラジウム、金及び白金について差玉向かい及び取組高均衡手法を用いていたことが認められる。

(ウ) そして、前記2の認定事実によれば、被控訴人は、商品先物取引について一般的な知識、経験を有していたと認められるが、本件取引の対象となった上記各銘柄について、控訴人会社から投資判断の材料となる情報の提供を受けなくても自ら的確な投資判断ができるような専門的知識を有する者であったとは認められない。

したがって、被控訴人から上記パラジウム、金及び白金についての建玉を受託した控訴人会社の従業員らは、信義則上、被控訴人に対し、控訴人会社が差玉向かい及び取組高均衡手法を行っており、控訴人会社と被控訴人との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いこと等を十分に説明する義務を負っていたというべきである。

(エ) しかるに、本件において、控訴人会社の従業員らが被控訴人に対し、上記説明をしたとの事実を認めるべき証拠はないから、控訴人会社の従業員らには、差玉向かい及び取組高均衡手法についての説明義務違反があると認められる。

(3)  新規委託者保護義務違反について

ア 本件取引当時の商品取引所法215条は、商品取引員は、顧客の知識、経験、財産の状況及び受託契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠け、又は欠けることとなるおそれがないように、商品取引受託業務を営まなければならないと規定している。

そして、商品先物取引は、相場変動の大きい、リスクの高い取引であり、専門的な知識を有しない委託者には的確な投資判断を行うことが困難な取引であるから、商品取引員及びその従業員は、信義則上、商品先物取引についての知識や経験に乏しい新規委託者を保護するために一定期間の習熟期間を設け、その間は取引の規模(建玉の数量)を一定以内に制限しなければならない義務(新規委託者保護義務)を負うものと解される。

そして、経済産業省が平成19年9月30日に制定・実施した「商品先物取引の委託者の保護に関するガイドライン」(甲19)の「5.商品先物取引未経験者の保護措置」によれば、直近の3年以内に延べ90日間以上を目安とする一定期間以上にわたり商品先物取引の経験がない者に対しては、受託契約締結後、最初の取引を行う日から最低3か月を経過する日までを目安とする一定の期間において、建玉時に預託する取引証拠金等の額が顧客の申告した投資可能資金額の3分の1となる水準を目安とする一定取引量を超える取引の勧誘を行う場合には、適合性原則に照らして、原則として不適当と認められる勧誘となるものとされており、また、本件取引当時における控訴人会社の受託業務管理規則(乙3)でも、上記ガイドラインを受けて、同趣旨の委託者の保護育成措置が規定されていた(同14条2項)。

イ 前記2の認定事実のとおり、被控訴人は、本件取引開始の約2か月半前である平成19年11月20日からa物産に委託して商品先物取引を行っていたほかは、株式投資を含めて投資経験がなかった者であるから、被控訴人は、直近の3年以内に延べ90日間以上を目安とする一定期間以上にわたる商品先物取引の経験がない者であったと認められる。

しかし、他方、前記2の認定事実のとおり、被控訴人は、控訴人会社に提出した口座開設申込書において、商品先物取引の経験につき、平成19年2月から平成20年2月まで1年間の取引経験があると申告した上、控訴人会社から商品先物取引の理解度等について確認を受けた際には、取引の裏も仕組みも全部知っているなどと述べていたものである(上記口座開設申込書の記載が控訴人Y6の誘導によってされたものであるとは認められないことは、前記(1)イのとおりである。また、被控訴人は、控訴人Y6に対し、a物産における実際の取引期間を伝えたとも供述するが、その記憶は曖昧であり、反対趣旨の控訴人Y6の供述に照らして採用できない。)。前記(1)ウのとおり、商品取引員やその従業員が、顧客の申告した取引経験について、申告内容の正確性を疑うべき具体的事情もないのに、顧客から裏付け資料を徴求するなどしてその正確性を調査、確認すべき義務があるとは解されず、また、本件において被控訴人の取引経験に係る申告内容の正確性に疑問を抱かせるような事情も窺われないことからすれば、控訴人会社及びその従業員が、被控訴人の上記申告に基づき、被控訴人を新規委託者に該当する者ではないと判断したことに過失があるとは認められない。

なお、被控訴人は、控訴人Y6が新規委託者保護義務の内容を把握していなかったことなどを問題視するが、この点は上記判断を左右するものではなく、採用できない。

(4)  断定的判断の提供について

ア 被控訴人は、控訴人Y6が、本件取引開始前、被控訴人に対し、「ハイブリッド取引は必ず安全です。」、「大起産業のハイブリッドは特許を取るつもりです。保険にしてください。」、「a物産のものとは違います。」等と断言したと主張し、被控訴人の供述中にはこれに沿う部分がある。

しかし、反対趣旨の控訴人Y6の供述のほか、控訴人Y6が被控訴人に対し「商品先物取引の重要なポイント」と題する資料を用いて、ハイブリッド取引を含む商品先物取引には元金保証や利益保証は一切ない旨を説明し、被控訴人も上記説明を受けて十分理解したとして同書面に署名押印したと認められること(乙7)に照らせば、被控訴人の上記供述は採用できず、他に、控訴人Y6が被控訴人に対し、被控訴人が主張するような断定的判断の提供をしたことを認めるに足りる証拠はない。

なお、証拠(乙93)及び弁論の全趣旨によれば、ハイブリッド取引の流れは、先物市場において異常な価格差で推移している相関関係の強い2つの銘柄の組み合わせを選び出し、取引のボリュームであるセット数(1セットは片方の銘柄を10枚とする。)を決定した上で、選択した2つの銘柄の価格差が異常ゾーンから正常レンジに入った時点で売りと買いを同時に注文し、決済も2銘柄同時に行うものであることが認められる。しかし、前記2の認定事実のとおり、被控訴人は、平成20年2月5日午後1時59分頃、白金12月限5枚売り建ちを注文して本件取引を開始し、同月6日午後2時58分頃、金12月限5枚の買い建ちを注文したものであり、上記各取引は建玉をした日が異なっているばかりでなく、取引の倍率も相違しているから(金(標準取引)の取引単位は1kg、倍率は1000倍であるのに対し、白金は取引単位500g、倍率は500倍である(乙1の2)。)、ハイブリッド取引ではないと認められ(乙81、控訴人Y6)、他に、被控訴人が本件取引においてハイブリッド取引をしたことを認めるに足りる証拠はない。

イ 被控訴人は、控訴人Y8が、平成20年2月21日、被控訴人を軟禁状態にした上で、「600万円用意すれば、今度は私があなたの担当になり、必ず(損を)取り返す。」と断言した旨主張し、被控訴人の供述中にはこれに沿う部分があるが、反対趣旨の控訴人Y8の供述に照らして採用できず、他に控訴人Y8が被控訴人に対し、被控訴人主張に係る断定的判断の提供をしたことを認めるに足りる証拠はない。

(5)  一任売買(実質一任売買)について

ア 本件取引当時の商品取引所法214条3号は、商品取引員が、商品市場における取引等につき、数量、対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項についての顧客の指示を受けないでその委託を受けること(一任売買)を禁止している。

しかし、前記2の認定事実によれば、被控訴人は、個々の取引の都度、控訴人会社の従業員らから相場動向や投資判断の材料となる情報について説明を受け、自己の判断により売買指示を行い、残高照合書により建玉の状況、値洗い、証拠金の過不足等を確認しながら本件取引をしたものと認められ、本件取引において一任売買が行われたとは認められない。

イ この点、被控訴人は、商品先物取引の適格性を備えておらず、かつ、仕事が多忙で価格の変動に注意を向けている時間的な余裕はなかったから、被控訴人は、控訴人会社の従業員らの言いなりに取引をするしかなく、たとえ形式的に取引に同意していたとしても、実質的には一任売買と評価できると主張する。

しかし、前記(1)アのとおり、被控訴人がそもそも商品先物取引に対する適合性を備えていなかったとは認められない。

前記2の認定事実のとおり、被控訴人は食品スーパーマーケットの店長として、午前7時30分から午後9時まで勤務していた者であるから、平日の取引所が開かれている時間帯に時々刻々変動する相場に臨機応変に対応して、適時的確な投資判断及び売買注文をすることが困難な面があったことは否定できないが、他方で、証拠(甲12、乙16、被控訴人)によれば、被控訴人は、毎日インターネットで値動きを確認し、損益の計算等も毎日行っており、また、勤務中であっても、a物産や控訴人会社の従業員からの電話連絡に応答し、そのアドバイスに基づき売買注文をしていたと認められるから、被控訴人が投資判断を行うだけの時間的な余裕がなかったとか、控訴人会社の従業員らの言いなりに取引をするしかないような状況にあったとは認められない。

したがって、被控訴人の前記主張は採用できない。

(6)  仕切り拒否・回避について

被控訴人は、控訴人Y8が、平成20年2月21日、被控訴人を軟禁状態にするなどして、直ちに本件取引を止める旨の被控訴人の申出に応じなかったと主張し、被控訴人の供述にはこれに沿う部分があるが、反対趣旨の控訴人Y8の供述に照らして採用できず、他に上記事実を認めるに足りる証拠はない。

(7)  無断売買について

被控訴人は、平成20年2月12日の金12月限10枚売り落ちと白金12月限16枚売り建ちは、控訴人会社の従業員であるCが被控訴人に無断で売買したものであると主張し、これに沿う供述をする。

しかし、前記2の認定事実のとおり、平成20年2月12日、控訴人会社の従業員であるBは、被控訴人に対し、前日より白金が200円高、金が25円高で値洗いが悪くなっていることを説明し、「こうすれば大丈夫だ。」と言って、同日午後0時58分頃、金12月限10枚売り落ちを、午後0時59分頃、白金12月限16枚売り建ちを受注したものであるところ、被控訴人が、同日午後2時30分頃、控訴人Y6の訪問を受けた際、残高照合書により上記建玉状況について相違ない旨回答したことや、被控訴人が、上記各取引について事後的に了承した旨の供述をしていることからすれば、上記各取引が無断売買であるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(8)  迷惑勧誘について

被控訴人は、平成20年2月21日から取引終了までの間、控訴人会社内で軟禁状態にされた上、責任者である控訴人Y8や控訴人Y7から、消費者金融からの借金をしきりに勧められ、かつ、恐喝まがいの言動を繰り返されたなどと主張し、被控訴人の供述にはこれに沿う部分があるが、反対趣旨の控訴人Y8及び控訴人Y7の各供述に照らして採用できず、他に被控訴人主張の迷惑勧誘の事実を認めるに足りる証拠はない。

(9)  合理的根拠の法理違反について

被控訴人は、控訴人Y7が、平成20年2月21日、パラジウムが値下がりすると楽観的な勧誘をしてパラジウム売り建ち250枚を受注し、パラジウム530枚売りのみとしたが、上記取引後すぐにパラジウムは急上昇を始めて、被控訴人は両建てを余儀なくされているから、控訴人Y7のパラジウム下げ予想に基づく売りポジションの勧誘は、何らの合理的根拠もない極めて不合理な勧誘であったとして、控訴人Y7には合理的根拠の法理違反があると主張する。

しかし、個々の取引銘柄についての相場の傾向や大勢は、後日相場の結果が出て初めて判明するものであり、また、そもそも商品先物取引は、商品取引員及びその従業員が、自己の保有する投資判断の材料となる情報とその専門的知識と経験に基づいて、各々の時点における相場の動向を予測した上で、顧客に対して相場に関する情報提供及び投資判断の助言を行った上で、最終的には顧客の判断により行うべきものであって、その性質上、各取引の時点において将来の相場の動向を正確に予測することは本来的に不可能である。したがって、商品取引員及びその従業員が顧客に対し、事後に判明した相場の動向と反する情報提供や助言をしたことがあったからといって、これが直ちに合理的根拠を欠くものであったということはできない。

証拠(乙154)によれば、平成20年2月19日から21日における東京工業品取引所のパラジウム相場は、値幅制限(ストップ高)が示現する値動きとなっており、20日は寄付値から午前中だけで値幅制限以上も急落した後急反発し、乱高下していること、21日は午後からストップ高の状況が続いていたことが認められるところ、このような相場状況の下において、いかなる方針で取引を行うかは、委託者の相場観によって様々であり、また、控訴人Y7の被控訴人に対する情報提供は、被控訴人が自己の判断により売買注文をするための判断材料の一つにすぎないことを考慮すれば、控訴人Y7がパラジウムの値下げ予想に基づき売りポジションを勧誘したことが合理的根拠を欠くものであるとは認められず、被控訴人の前記主張は採用できない。

(10)  取引継続段階における適合性原則違反、委託者に不利益な取引の勧誘(両建て、無意味な反復売買)、無敷・薄敷、指導・助言義務違反について

ア 被控訴人の知識、経験、財産の状況等

前記2の認定事実のとおり、被控訴人は、平成19年11月20日からa物産に委託して商品先物取引を行い、本件取引開始前に、金38回、白金9回、とうもろこし5回の各取引を経験し、また、直し、日計り、途転及び手数料不抜けの特定売買も経験していた。a物産での取引は、ほとんどの場合、被控訴人が同社の従業員から電話で勧誘を受けて発注したものであったが、時には被控訴人から取引の提案をすることもあった。また、被控訴人は、控訴人会社の取引相談室長に対し、商品先物取引の裏も仕組みも全部知っていると話していた。

これらの事実関係からすれば、被控訴人は、商品先物取引の仕組み及び危険性を十分に認識していたことはもちろん、本件取引前のa物産における取引を通じて、商品先物取引に徐々に習熟し、独自の相場観や取引手法等を体得しつつあったものと推認される。

しかし、他方、本件取引開始当時における被控訴人の資産は、預貯金及び現金(a物産から返還を受けられる証拠金を含む。)が約350万円のみであり、その他、不動産等めぼしい資産はなく、多額の取引を行うだけの資力を有するものではなかった。

イ 取引の規模、回数等

(ア) 本件取引の期間は、平成20年2月5日から同月22日までの18日間にすぎないが、取引回数は54回(新規建玉と仕切りを別に数えれば82回)であり、取引枚数は合計1300枚にも上っていた。取り分け、取引終盤の同月19日以降(特に同月21日の午前中)は、パラジウムを中心に大量の取引が行われており、本件取引の中には5回の両建てのほか、直し5回、途転4回、日計り7回、手数料不抜け5回の各特定売買が含まれていた(ただし、1回の取引で複数の特定売買に該当するものについて重複も含めて全てカウントした回数である。以下同じ。)。

(イ) また、本件取引における証拠金は、最大時(平成20年2月19日)には1800万7665円に上り、売りと買いを合わせた残玉数も同月19日に291枚、同月20日に501枚、同月21日に400枚にも上っていた。

前記アのとおり、被控訴人の保有する資産は、本件取引開始当時、約350万円程度にすぎなかったのであり、また、前記2で認定したとおり、被控訴人は、同月12日に父からの借入れにより証拠金を工面して201万円を入金し、同月19日にはc社から30万円を借りて証拠金に充てた上、同月21日には約900万円もの証拠金不足の状態に陥り、控訴人Y7と共に被控訴人の父に対し取引資金を出捐するように申し入れているのであり、少なくとも、上記のような大量かつ多額の取引が、被控訴人の資産状況に照らして客観的に不適切なものであったことは明らかである。

(ウ) そして、被控訴人が口座開設申込書に流動資産3000万円、投資可能資金額950万円と記載していたにもかかわらず、本件取引当初、控訴人Y6に対し、100万円前後の資金で取引を行いたい旨述べていたこと、同年2月12日には、被控訴人から、取引本証拠金を売買取引が成立した日の翌営業日正午までに預託することを許可することを求める「取引本証拠金の預託の猶予に関する申出書」が提出されたこと、被控訴人が同月19日には控訴人Y7から建玉を勧められた際、その時点での入金額が521万円と、未だ投資可能資金額までかなりの余裕があったにもかかわらず、被控訴人が控訴人Y7に対し、取引資金がない旨伝えていたことからすれば、遅くとも、同月19日までには、控訴人会社の従業員において、被控訴人の申告した流動資産及び投資可能資金額が実態と異なっており、被控訴人が即時に調達できるまとまった金額の流動資産を保有していないのではないかとの疑いを当然に抱くべき事情があったと認められる。

(エ) なお、控訴人会社は、上記のとおり、平成20年2月12日に、被控訴人から、取引本証拠金を売買取引が成立した日の翌営業日正午までに預託することを許可することを求める「取引本証拠金の預託の猶予に関する申出書」の提出を受け、同月21日に同申出書による取扱いを許可している。

しかし、東京工業品取引所の受託契約準則7条、11条は、取引を受託するには、委託者から証拠金の預託を受けなければならない旨を定めているところ(乙2)、あらかじめ委託者から徴収する証拠金は、売買により生じる損失の担保となるばかりでなく、これにより無責任な取引や過当な取引を防止して委託者を保護し、相場の不当な変動を防止して経済秩序の安定を図る趣旨があるとも解されるから、商品取引員が必要な証拠金の預託を受けないまま取引の受託を継続し、新規建玉の勧誘をして証拠金の追納を請求する行為は、上記委託者保護の趣旨を没却し、受託者の誠実公正義務に違反するものというべきである。そして、前記のとおり、被控訴人は、同月12日の時点で既に自己資金で証拠金を調達し、これを預託することができない状況にあり、同月19日には、被控訴人の申告した流動資産及び投資可能資金額が実態と異なっており、被控訴人が即時に調達できるまとまった金額の流動資産を保有していないのではないかとの疑いを当然に抱くべき事情があったのであるから、控訴人会社が同月21日にこれを許可した取扱いの適否については、上記許可に係る要件該当性の判断を含めて疑問があり、手数料稼ぎを目的として恣意的な取扱いをしたことを疑わせる一事情であるというべきである。

ウ 取引拡大の経緯等

(ア) 被控訴人は、控訴人会社に提出した口座開設申込書には、流動資産3000万円、投資可能限度額950万円と記載していたが、実際の金融資産は約350万円にすぎず、また、控訴人Y6に対し、最初は100万円前後の資金で取引を行いたいとの意向を表明していた。

(イ) しかし、控訴人会社の従業員らは、被控訴人に対し、本件取引開始後1週間(平成20年2月12日まで)で合計371万円、本件取引開始後9日(同月14日まで)で521万円もの証拠金を入金させて取引を拡大させた上、同月18日には投資可能資金額を950万円から1360万円へ、翌19日には更に2170万円へと増額するよう勧誘して、わずか2日間で投資可能資金額を2倍以上に増額させた。その結果、被控訴人の預託証拠金額は、同月15日の666万円余りから、同月19日の1800万円余りまで、わずか4日間で3倍近くに膨らんだ。証拠金の原資は、被控訴人が現実に入金した分を除き、本件取引による利益金であったが、投資可能資金額及び証拠金額を増額して取引を拡大すれば、委託手数料の負担が増えるばかりでなく、取引が損失に転じた場合のリスクも一層増大することになるのであり、現に、被控訴人の売買損益は、同月20日には1166万7465円のプラスであったが、同21日には266万4895円のマイナスとなり(1433万2360円の損)、翌22日には1091万1395円のマイナス(824万6500円の損)と、わずか2日間で2257万8860円もの莫大な損失を計上した。その一方で、同月20日から22日までの3日間の手数料は、同月20日が233万4000円、同月21日が281万3200円、同月22日が232万円となっており、わずか3日間で合計746万7200円にも上った。

上記のような過大な取引の結果、被控訴人は、証拠金を入金することすらできなくなり、同月21日には約900万円もの証拠金不足に陥ったところ、控訴人会社の従業員らは、借入金による取引が禁じられているにもかかわらず、被控訴人の父と面談し、同人に取引資金を出捐させて本件取引を継続させようとした。

(ウ) 以上によると、本件取引が、被控訴人が損失の危険や手数料負担を引き受けることができないほど急激かつ過当に拡大したものであることは明らかである。

なお、被控訴人は、上記のとおり投資可能資金額の増額に当たり、その都度、その旨の申出書(乙22、23)を作成して、控訴人会社に差し入れているが、上記増額がいずれも控訴人Y7の勧誘によるものであることからすると、被控訴人による同申出書の差し入れは控訴人会社の従業員らの違法行為を免責するものではない。

エ 特定売買比率

原判決別紙「建玉分析表」のとおり、本件取引において行われた特定売買の内訳は、直し5回、途転4回、両建て5回、日計り7回、手数料不抜け5回となっており、全取引回数における特定売買比率は48.15%に上っている(26回÷54回×100。小数点以下3桁を四捨五入した。以下同じ。)。

また、前記イ(ア)のとおり、本件取引の売買回数は18日間で54回にも上り、手数料化率も78.36%(差引損益合計1091万1395円、うち手数料合計854万9900円)に上っていた。

特定売買は、相場の変動状況によっては有用な取引手法となる場合があり、これを勧誘、受託することが直ちに違法であるとはいえないが、こうした形態の取引が顧客の利益を犠牲にした手数料稼ぎ等の不当な目的をもってされた場合には、当該取引行為は、社会的相当性を逸脱して違法となるものと解される。そして、特定売買の取引手法によると、取引回数が必然的に増加し、商品取引員の取得する委託手数料が増える一方で、顧客の手数料負担が増大することを考慮すると、取引期間中の特定売買比率及び手数料化率が高率である場合には、当該取引手法が商品取引員による手数料稼ぎの手段として利用されたと推認するのが合理的である。

上記のとおり、本件取引における特定売買比率及び手数料化率はいずれも高率であり、控訴人会社による手数料稼ぎの意図を推認させるものであること、前記ウ(イ)のとおり、平成20年2月20日から22日までの3日間の手数料が合計746万7200円にも上る一方、被控訴人が上記期間中に2257万8860円もの莫大な損失を被っていることからすれば、同月20日及び21日に行われた各特定売買は、いずれも手数料稼ぎの目的で行われた被控訴人に不利益な取引であったと認めるのが相当である。

オ 検討

以上の諸事情を総合すれば、控訴人会社の従業員らは、被控訴人から必要な証拠金を徴収することなく(無敷・薄敷)、また、本件取引の期間中、被控訴人がまとまった資金を保有していないとの疑いを当然に抱くべき事情があったにもかかわらず、取引の拡大により被控訴人が多額の損失を被る危険を抑制するための指導・助言を行うこともなく、手数料稼ぎの目的で、次々と投資可能資金額及び証拠金額を増額させ、相当回数に及ぶ特定売買を含め、被控訴人の資産状況等に照らして明らかに過大な取引を勧誘、受託して被控訴人に多額の損失を被らせたものであるから、控訴人会社の従業員らによる上記行為は、取引継続段階における適合性の原則、被控訴人に対する指導・助言義務、更には被控訴人に対する善管注意義務ないし誠実公正義務に違反するものと認められる。

(11)  まとめ

以上のとおり、本件取引の平成20年2月20日から22日までの期間における控訴人会社の従業員らによる勧誘及び受託行為には、差玉向かい及び取組高均衡手法についての説明義務違反、取引継続段階における適合性原則違反、委託者に不利益な取引の勧誘(両建て、無意味な反復売買)、無敷・薄敷、指導・助言義務違反が認められるところ、上記行為の態様は社会的相当性を欠くものであるから、本件取引の上記期間における勧誘行為等は、全体として違法性を有し、被控訴人に対する不法行為を構成するというべきである。

4  争点(2)(控訴人らの責任)について

(1)  不法行為責任について

ア 控訴人Y6、控訴人Y7及び控訴人Y8は、前記3で認定した違法行為を行った担当従業員であるから、被控訴人に対し、不法行為責任を負う。上記控訴人らの各不法行為は、本件取引に関わる一連の不法行為であり、客観的関連共同性が認められるから、共同不法行為が成立するものというべきである。

イ 被控訴人は、控訴人Y1ら5名が、上記の担当従業員らと共に、控訴人会社の取締役会が決定した営業方針に従って、組織的に被控訴人に対する違法行為を実行したものであるとして、被控訴人に対する共同不法行為が成立する旨主張する。

しかし、控訴人会社の取締役会において、違法な取引の勧誘、受託を営業方針としたような事実を認めるに足りる証拠はなく、また、担当従業員らの被控訴人に対する上記不法行為について、控訴人Y1ら5名がこれを具体的に認識、認容していたと認めるに足りる証拠もないから、上記不法行為について控訴人Y1ら5名に被控訴人に対する共同不法行為が成立するということはできない。

(2)  控訴人Y1ら5名の会社法429条1項に基づく責任について

ア 被控訴人は、①控訴人Y1は、控訴人会社の代表取締役として、その業務の執行につき従業員が紛争を繰り返す場合に、従業員を十分に教育し、紛争を防止すべき管理体制を整える義務があったにもかかわらず、これを怠り、控訴人Y1を除く他の取締役ら(控訴人Y2ら4名)は、控訴人Y1の業務に対する監視義務を怠った、②控訴人会社においては、取締役会において、会社の業務の適正を確保するための内部統制システムの構築の基本方針を決定する義務があるところ、控訴人Y1ら5名はこれを怠ったと主張して、控訴人Y1ら5名が被控訴人に対し、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負う旨主張する。

イ そこで検討すると、証拠(乙50~62、67~76、94~144、149~153、174~176)によれば、控訴人会社においては、業務に関する準則やマニュアルの制定、従業員に対する研修制度や業務監査制度の導入、主務省及び商品取引所の監査や指導等を受けての業務改善など、法令遵守体制の整備及び紛議防止のための諸施策が実施され、教育管理体制及び内部統制システムの構築がされてきたようにも見受けられる。

ウ しかし、他方、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 主務省及び日本商品先物取引協会による指導及び処分

a 中部通商産業局長は、平成8年9月3日、控訴人会社に対し、同年7月に実施した立入検査の結果に基づき、法令違反事項及び業務運営上改善を要する事項を指摘した。

指摘された法令違反事項は、委託証拠金等の返還遅延(3件)であった。また、業務運営上改善を要する事項は、習熟期間中の委託者における2回目以降の取引で、委託証拠金の入金よりも建玉が先行しているものが認められたこと、預かり委託証拠金はその必要額を充足しているが、帳尻損金が未清算となっており、実質的に証拠金不足状態(薄敷)となっているものがあったこと、委託証拠金預託猶予申出書の徴収が安易に行われていたこと、習熟期間中の委託者において、超過枚数承認調書の記載内容及びその審査が不十分であったものが見受けられたこと、商品取引不適格者に対する取引の勧誘及び適正な受託の運営・管理に不十分な点があったことなどであった。(甲40、乙106)

b 関東通商産業局長は、平成11年11月8日、控訴人会社に対し、同年6月に実施した立入検査の結果、法令違反事項及び業務運営上改善すべき事項が多数認められ、かかる行為は商品取引の健全な発展及び委託者保護の観点から極めて遺憾であり、今後、同様の違反事項が発生した場合には厳重な処分を行う方針であるとして、戒告処分を行った。

指摘された法令違反事項は、習熟期間中の委託者を含め、委託証拠金を規定額どおり徴収していないものがあったこと(徴収不足、徴収遅延)であり、その件数は合計22件であった。(乙111)

c 農林水産大臣は、平成14年8月20日、控訴人会社に対し、同年5月から6月にかけて実施した立入検査の結果、委託者から委託証拠金を規定額どおり預託を受けないまま建玉をさせていた法令違反が2件認められたと指摘した(乙116)。

d 日本商品先物取引協会は、平成15年11月7日、控訴人会社に対し、委託者が公金出納取扱者であることを知りながら、当該委託者の財産に照らして過大な取引を受託していたこと、その取引において委託証拠金が不足する状態を解消しないまま取引を継続させていたことなどを理由として、過怠金300万円の制裁を課した(甲56)。

e 東海農政局長及び中部経済産業局長は、平成18年1月16日、控訴人会社に対し、平成17年7月に実施した立入検査の結果として、適合性の審査が審査項目及び審査実施方法において不適切であったこと、未経験者に設定されるべき投資可能限度額上限の設定がされていなかったこと、投資可能限度額を超えた取引があったことなどの業務運営上の指摘事項を指摘した(甲41)。

f 日本商品先物取引協会は、平成19年7月12日、控訴人会社に対し、委託者の財産の状況に照らして過大な取引を受託していたと認められること、委託証拠金が不足する状態を解消しないまま取引を継続させ、新たな取引を受託していたと認められること、委託者が公金取扱者であることを認識していながら、当該委託者からの受託において同社の受託業務管理規則に定められた不正資金の流入防止に関する規程に違反する行為が認められること、平成15年11月7日に上記dの制裁を受けたにもかかわらず、改善が図られていないと認められることなどを理由として、過怠金2200万円の制裁を課した(甲56)。

g 控訴人会社は、平成20年7月9日から実施された立入検査等の結果、同年12月5日付けで、主務省である農林水産省及び経済産業省から商品取引受託業務の停止処分(14営業日)を受けると共に、今般の法令違反の行為の責任の所在を明確にすること、役職員に対し法令遵守を徹底すると共に、役員が自らの責任において、商品取引事故等の処理及び外務員指導に関する内部管理体制の抜本的な見直しと体制整備を徹底的に行い、不当な勧誘行為等の再発を防止すること、商品市場における取引について顧客に対し不確実な事項について断定的判断を提供し、又は確実であると誤認させることのないよう、適切な勧誘方針を定め、徹底すること、商品取引事故等の発生原因について調査分析すると共に、事故等に関与した役職員に対する適切な処分等指導・管理体制を早急に整備し、再発防止のための措置を講ずることを内容とする業務改善命令を受けた。

業務停止処分の理由としては、商品取引事故等が発生していたにもかかわらず、内部管理体制の不備により、提出した報告書に事故等の発生状況等を記載せず、報告を怠っていた事実が認められたこと、不当な勧誘等の禁止違反の事実(断定的判断の提供、再勧誘禁止、重要な事項について誤解を生じさせる表示、両建て(異限月、異枚数))が認められたこと、顧客の知識、経験、財産の状況及び受託契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行っていたものがあったこと、商品市場における取引に関する専門的知識を有しない顧客に対し、契約締結に際しての説明を怠っていたものがあったことが指摘された。

また、業務改善命令の理由としては、商品取引事故等について、主務大臣への報告が適切に行われず、さらに、管理部門がこれを知り得る立場にありながら適切に管理していないなど、内部管理体制の抜本的な見直しと体制整備が必要と認められたこと、不当な勧誘等が多数認められ、営業部門における法令遵守の徹底が必要と認められたこと、顧客に対し誤認させるおそれのある勧誘が組織的に行われ、不当な勧誘等を多発させるおそれが認められたこと、商品取引事故等が多発し、商品取引受託業務の運営の改善が必要と認められたことが指摘されていた。(甲18、42)

h 日本商品先物取引協会は、平成21年4月28日、控訴人会社に対し、取引証拠金が不足する状況を解消しないまま取引を継続させ、新たな取引を受託しており、受託契約準則に違反していたと認められることなどを理由として、譴責の制裁を課した(甲56)。

(イ) 控訴人会社における紛議の状況

a 控訴人会社は、平成13年に12件の苦情、紛争、訴訟(うち訴訟は8件)、平成14年に13件の紛争、訴訟(うち訴訟は9件)、平成15年に15件の苦情、紛争、訴訟(うち訴訟は8件)、平成16年に7件の苦情、紛争、訴訟(うち訴訟は2件)を、それぞれ抱えていた(甲27、61)。

また、平成19年3月期(平成18年4月~平成19年3月)の控訴人会社に対する苦情・紛争の申出は、合計15件であり、同年度中の訴訟は、新たに提起されたものが9件、係争中のものが16件あった(甲28)。

平成20年3月期(平成19年4月~平成20年3月)に控訴人会社に対し、新規に発生した苦情、紛争、訴訟は31件であり(うち訴訟は9件)、前年度から継続している案件は19件(うち訴訟は8件)であって、合計50件の苦情、紛争、訴訟が控訴人会社に対し起こされていた(甲29)。

平成21年3月期(平成20年4月~平成21年3月)に控訴人会社に対し、新規に発生した苦情、紛争、訴訟は30件であり(うち訴訟は11件)、前年度から継続している案件は43件(うち訴訟は31件)であって、合計73件の苦情、紛争、訴訟が控訴人会社に対し起こされていた(甲92)。なお、控訴人会社が、平成20年12月30日付けで農林水産大臣及び経済産業大臣に対して提出した報告書(甲38)別添4「事故等の発生状況及びその処理状況についての報告書(平成20年6月分)」においては、控訴人会社と顧客間における合計56件の取引事故が報告されていた。

平成22年3月期(平成21年4月~平成22年3月)に控訴人会社に対し、新規に発生した苦情、紛争、訴訟は16件であり(うち訴訟は4件)、前年度から継続している案件は43件(うち訴訟は29件)であって、合計59件の苦情、紛争、訴訟が控訴人会社に対し起こされていた(甲93)。

b 控訴人会社に関するPIO-NET(全国消費生活情報ネットワーク・システム)情報によれば、全国の消費生活センターに平成16年1月から平成22年12月までの間に寄せられた控訴人会社との取引に関する相談件数は合計111件にも上っていた。

その中には、迷惑勧誘、断定的判断の提供、適合性原則違反、新規委託者保護義務違反、反復売買による手数料稼ぎといった違法な勧誘方法についての相談事例が多く含まれていた。(甲39)。

c 控訴人会社に対しては、平成元年頃から、全国各地で多数の訴訟が提起され、適合性原則違反(本件と同様に、委託者が借入金で取引をしていた事例を含む。)、特定売買など、従業員による違法行為を認め、委託者による損害賠償請求を認容する判決が数多く出されていた(甲43、64)。

平成18年から20年にかけて一番訴訟の件数が多かった頃には、同時期に二十三、四件の訴訟が係属していた(甲57・6~7頁)。

控訴人Y7及び控訴人Y8は、これまでも繰り返し違法行為をしたとして、委託者から訴訟提起され、被告として何度も法廷に立って供述をしてきた(甲44、45、47、53、54、控訴人Y8、控訴人Y7)。

控訴人Y4は、平成7年頃に控訴人会社の管理本部長となってから、10年以上にわたり管理部の責任者をしてきたが(甲57・21頁)、平成13年12月から平成14年9月までの間に行われた商品先物取引について、適合性原則違反の不法行為責任を負うとの判決を受けたことがあった(甲82)。

(ウ) 控訴人Y1、控訴人Y4の別件訴訟における供述等

a 平成14年頃から平成20年まで、控訴人会社の業務の遂行は、控訴人Y1ら5名により決定されていた(前記争いのない事実(4))。

b 控訴人会社においては、平成23年から遡って数年にわたり、取締役会を毎月開催し、顧客との紛議の状況や、判決を踏まえた問題点の指摘を行い、また、執行役員以上と各支店の支店長が構成員である経営会議を毎月開催し、紛議や判決内容の報告をし、改善案を協議していた(甲50)。

c 前記(イ)のとおり、控訴人会社と顧客間には長年にわたり紛議が多発していたが、控訴人Y4は、平成23年11月1日に実施された別件訴訟の本人尋問において、判決の内容に不服がある場合には、担当者に対してそれほどの指導はしていない旨、起きている苦情につき、(繰り返し被告となっている)外務員についても、それほど非があるとは考えていない旨の供述をした(甲57)。

d 控訴人Y1は、平成20年12月5日付けで控訴人会社が行政処分を受け、その業務改善のために、今般の法令違反行為の責任の所在を明確にするよう命じられたことから、同月4日付けで代表取締役を引責辞任したものであるが(甲38)、平成23年11月1日に実施された別件訴訟の本人尋問では、控訴人会社に組織的な欠陥があるとは考えておらず、上記行政処分について納得のいかない部分があるなどと供述した(甲60)。

エ 上記ウで認定したとおり、控訴人会社が、長年にわたり顧客との間で多数の紛争を抱え、全国各地で多数の訴訟を提起され、本件と同様に委託者が借入金で取引を行った事例を含め、適合性原則違反や特定売買などの違法行為を認める判決が数多く出されていたこと、控訴人会社が、行政当局等から、適合性原則違反や無敷・薄敷等を繰り返し指摘されて業務の改善を求められ、日本商品先物取引協会から過去3度にわたって過怠金を含めた制裁を受けていた上、平成20年12月には、本件取引の4か月半後に行われた立入検査等の結果に基づき、主務省から受託業務停止処分(14営業日)及び業務改善命令という極めて重い行政処分を受けるに至ったこと、上記行政処分の中で、控訴人会社における内部管理体制の抜本的な見直しと体制整備の必要性が指摘されたこと、控訴人会社では、取締役会及び経営会議を毎月開催するなどして改善策を協議するなどしていたが、その後も依然として顧客との間で多数の苦情、紛争、訴訟が発生し続けていたこと、このような状況であるにもかかわらず、控訴人会社で長年管理部の責任者をしてきた控訴人Y4が、判決の内容に不服がある場合には、担当者に対してそれほどの指導はしていない旨、繰り返し被告として訴訟提起された従業員についても、起きている苦情につき当該従業員にそれほど非があるとは考えていない旨の供述をし、また、長年、控訴人会社の代表取締役を務めてきた控訴人Y1も、控訴人会社に組織的な欠陥はなく、上記の受託業務停止処分及び業務改善命令に対して納得のいかない部分があるなどと供述していること、控訴人Y7及び控訴人Y8が、これまでも繰り返し違法行為をしたとして委託者から訴訟提起をされてきたことなどの事情を総合すれば、前記イの各種制度や諸施策の実効性は疑問であり、本件取引が行われた平成20年2月当時、控訴人Y1ら5名は、控訴人会社の従業員が適合性原則違反などの違法行為をして委託者に損害を与える可能性があることを十分に認識しながら、法令遵守のための従業員教育、懲戒制度の活用等の適切な措置を執ることなく、また、従業員による違法行為を抑止し、再発を防止するための実効的な方策や、会社法及び同法施行規則所定の内部統制システムを適切に整備、運営することを怠り、業務の執行又はその管理を重過失により懈怠したものというべきである。

そして、控訴人Y1らの上記職務懈怠と、本件取引における控訴人会社の従業員らの違法行為及び被控訴人が被った損害との間には相当因果関係があると認められる。

したがって、控訴人Y1ら5名は、被控訴人に対し、連帯して、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負うものというべきである(同法430条)。

(3)  控訴人Y1の民法715条2項に基づく責任について

被控訴人は、控訴人Y1が、本社営業部の執行役員・本店長である控訴人Y8の代理監督者として、民法715条2項に基づく損害賠償責任を負うと主張する。

しかし、控訴人Y1が現実に控訴人Y8の選任・監督を担当していたことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人Y1が代理監督者責任を負うとは認められない。

(4)  控訴人会社の損害賠償責任について

ア 会社法350条に基づく損害賠償責任について

被控訴人は、控訴人会社の代表者が職務につき不法行為を行ったとして、控訴人会社が、被控訴人に対し、民法709条、719条、会社法350条に基づく損害賠償責任を負うと主張する。

しかし、前記のとおり、控訴人会社の代表者が不法行為をしたとは認められない(会社法429条1項に基づく責任は法が特に認めた責任であって不法行為責任ではない。)から、被控訴人の主張はその前提を欠くものであり、採用できない。

なお、控訴人会社が違法な取引の勧誘や受託を営業方針としていた事実が認められないことは、前記(1)イのとおりであるから、本件取引における違法行為について、控訴人会社の会社ぐるみの不法行為であるとして民法709条を適用する余地はない。

イ 信託法違反の有無について

(ア) 被控訴人は、本件取引には信託法が適用され、控訴人会社には信託法上の忠実義務違反があると主張する。

しかし、信託法上の信託とは、委託者が法律行為(信託行為)によって、受託者に信託財産を帰属させつつ、その財産を一定の目的に従って管理又は処分及びその他の当該目的達成のために必要な行為をすべきものとすることをいうところ(信託法2条、3条参照)、商品先物取引において顧客が預託する証拠金は、売買により生じる損失の担保であり、取引の委託を受けた商品取引員に同証拠金が帰属するものではないし、商品売買の取次の委託を受けた問屋である商品取引員が、顧客の財産の管理処分権を有するものでもないから、商品先物取引に係る委託契約が信託に当たるということはできない。

したがって、本件取引に信託法が適用されることを前提とする被控訴人の上記主張は、独自の見解であって、採用できない。

(イ) また、被控訴人は、本件取引が実質的な一任売買であり、被控訴人と控訴人会社間に、個々の取次委任契約又は売買契約以外に、投資顧問契約に準ずる契約が黙示にされているとして、控訴人らには信託法の基礎をなす信認義務違反があると主張する。

しかし、前記3(5)のとおり、本件取引が実質的な一任売買であるとは認められないし、被控訴人と控訴人会社間に投資顧問契約に準ずる契約が黙示に締結されたことを認めるべき証拠はないから、被控訴人の主張は、その前提を欠くものであり、採用できない。

ウ 民法715条1項に基づく損害賠償責任(使用者責任)について

既に認定説示したところに照らせば、控訴人Y6、控訴人Y7及び控訴人Y8の違法行為は、使用者である控訴人会社の事業の執行についてされたものであり、控訴人会社が、被控訴人に対し、民法715条1項に基づく損害賠償責任を負うことは明らかである。

5  争点(3)(損害)及び争点(4)(過失相殺)について

次のとおり原判決を補正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」欄の5に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

原判決41頁18行目の「被ったものであり、」の次に「また、口座開設申込書に事実と異なる記載をするなど、」を加える。

6  まとめ

以上によれば、被控訴人の請求は、控訴人らに対し、連帯して839万7976円及びこれに対する取引終了日の翌日である平成20年2月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。

第4結論

よって、原判決は相当であって、控訴人らの本件控訴及び被控訴人の本件附帯控訴はいずれも理由がないから、棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長門栄吉 裁判官 内田計一 中丸隆)

【別紙】調査表1(証拠金関係経過表)<省略>

<以下省略>

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