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名古屋高等裁判所 平成24年(ネ)960号 判決 2013年2月27日

愛知県<以下省略>

控訴人(1審原告)

同訴訟代理人弁護士

石川真司

今泉麻衣子

菊田直樹

名古屋市<以下省略>

被控訴人(1審被告)

ニューザック株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

堀井敏彦

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,165万1086円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その2を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,280万1810円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人がグローバリー株式会社(被告が吸収合併した株式会社)に委託して商品先物取引を行い(以下「本件取引」という。),損失が生じたことに関し,被控訴人に対し,本件取引を担当したグローバリー株式会社の従業員の行為について,適合性原則違反,説明義務違反,実質的一任売買などの違法があったとして,主位的に不法行為(民法715条,709条)に基づき,予備的に債務不履行に基づき,損害賠償金280万1810円及びこれに対する本件取引が終了した日である平成14年3月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたところ,被控訴人がこれを争い,消滅時効及び過失相殺を主張した事案である。

原審は,被控訴人の従業員の不法行為を認めたが,被控訴人の消滅時効の抗弁を認めて控訴人の請求を棄却したため,これを不服として控訴人が控訴した。

なお,略語については,特に断らない限り,原判決の例による。

2  争いのない事実等と争点

以下のとおり,当審における当事者の主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

(当審における当事者の主張)

(1) 控訴人

ア 本件取引における違法性について

(ア) 被控訴人が用意した「商品先物取引をはじめるまえに」等の冊子に基づき担当者から説明を受けても,先物取引のリスクは伝わらず,控訴人が保有資産の7割以上にあたる210万円を預託して取引を開始したことは,控訴人が取引に危機感を持っていなかった証左であるから,被控訴人の担当者は説明義務を尽くさなかったものと推認するべきである。

(イ) 本件取引当時の控訴人の年齢や投資経験からすると,11もの銘柄を自分自身のみの相場観,相場判断によって行ったとまでは考え難く,そのこと自体がまさに実質一任売買である。

イ 過失相殺について

本件取引においては,実質的に相場判断を行ったのは被控訴人担当者であり,自己責任を問う前提を欠くから,相場予測という投機取引に必然的に生じる要素によって生じた損失の結果を控訴人に甘受させるべきではなく,過失相殺は否定されるべきである。

ウ 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効について

(ア) 法曹関係者ですら新聞購読をしていない者は少なからず存在し,7年程度会社員として経験を有しているからといって,当然に,日頃新聞の社会面を見る習慣があるとはいえず,控訴人の父が購読していた中日新聞の平成17年11月当時の記事内容についても,社会面に関心を持たない控訴人がこれを見ていないことは不自然なことでない。

(イ) 先物取引事案の不法行為の成否は高度な判断を要するものであり,当該取引の具体的経過に沿って判断されるものであって,平成17年当時の新聞報道(以下「本件新聞報道」という。)は,被控訴人従業員の不法行為の基礎となる事実そのものではなく,せいぜい当該行為が違法であるとの認識を得る端緒にすぎないから,仮に,控訴人が本件新聞報道等に目を通していたとしても,一般人を基準にして,本件取引が不法行為であると認識したとはいえない。

(ウ) 自ら違法行為を行って報道等を賑わせた被控訴人が,控訴人に対し,報道等により本件取引が不法行為に当たることを認識していたとして損害賠償請求権の消滅時効を主張することは,権利の濫用により許されない(当審における新主張)。

エ 債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効について

契約上の債務不履行を原因とする損害賠償請求権は,契約上の債権がその態様を変じたにすぎないものであるという場合,そのように言える理由が問題なのであって,原判決はそれに答えていない。

債務不履行を原因とする損害賠償請求権の発生の有無及び金額等は,取引自体とは別に改めて複雑困難な判断が必要であり,必ずしも商事取引における解決の迅速性の要請に適したものとは言い難いから,契約上の債権が態様を変じたにすぎないものとはいえず,商事消滅時効の適用及び類推適用は否定されるべきである。

(2) 被控訴人

ア 過失相殺について

仮に,被控訴人に何らかの過失ありとされた場合には,控訴人の過失は7割あるいは8割を下るものではない。

イ 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効について

(ア) 「損害及び加害者を知った」とは,「相手方のせいで損をさせられた」「全て自己責任とは納得できない」「相手にも責任があるはずだ」との認識で足り,法律構成等に至るまでの認識は不要である。

(イ) 控訴人の主張は,断定的判断の提供を受け,脅されて契約を締結し,実質的に一任売買の状態で損失を被ったというものであり,この主張によれば,控訴人は,取引終了時点で,「騙されたのではないか。この損失をなぜ自分が負わなければならないのか」という不満が残るはずであり,この程度の認識で「損害及び加害者を知った」というには十分である。

(ウ) なお,控訴人は被害に遭ったという認識はなく,「仕方がないから諦めていた」と陳述しているところ(甲3),その真意は,「取引の経緯・結果に大きな不満があり,全額を自己責任として甘受することは納得できないが,法律相談に行ったり,裁判まですることはない。」との心境を示すものであるから,不法行為による損害の認識は,十分あったというべきである。

(エ) 控訴人は,平成17年当時29歳の社会人であり,グローバリーに対する平成17年の本件新聞報道やテレビの報道を当然知っていたと判断するのが合理的である。これらの報道は,「断定的判断の提供」「複数商品の取引」「無知に乗じて」「損金の大部分が手数料」といった本件と基本的に同一の内容であり,控訴人は,これに接して,「自分は被控訴人に騙された」あるいは「他の被害者と同じである」など,被控訴人の営業,勧誘及び受託に違法な点があるのではないか,虚偽の説明により損をさせられたのではないかなどの疑念を持ち,あるいは自分も同様の被害者であると考えたとみるのが当然である。

したがって,控訴人は,被控訴人に対する損害賠償請求が事実上可能な程度に知ったといえる。平成23年の法律相談までの長い間何らの相談にも行かなかったのは,自らの怠慢にほかならず,法律上の障害ではない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の請求を,不法行為に基づく損害賠償金165万1086円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,その余を棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  争点(1)(本件取引における違法性の有無)及び争点(2)(損害額及び過失相殺)について

上記争点に関する当裁判所の判断は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決14頁8行目と9行目の間に,次のとおり加える。

「 以上に対し,控訴人は,被控訴人が用意した冊子に基づき担当者から説明を受けても先物取引のリスクは伝わらず,控訴人が保有資産の7割以上にあたる210万円を預託して取引を開始したことは控訴人が取引に危機感を持っていなかった証左であるから,被控訴人の担当者は説明義務を尽くさなかったと推認すべきである旨主張する。

しかし,控訴人がアンケート調査表に上記説明の内容を承知した旨記載して署名していることは既に認定したとおりであるから,控訴人が取引開始にあたって預託した210万円が保有資産の7割以上にあたるとしても,そのことをもって当然に被控訴人の担当者が説明義務を尽くさなかったものと推認することはできない。

したがって,控訴人の上記主張は採用できない。」

(2) 原判決15頁16行目と17行目の間に,次のとおり加える。

「 また,控訴人は,その本件取引当時の年齢や投資経験からすると,11もの銘柄を自分自身のみの相場観,相場判断によって行ったとまでは考え難いこと自体,まさに実質一任売買である旨主張するが,そうであるからといって,実質的にも,担当外務員の助言に従って自分の相場判断をしていないとか,自主的な意思決定をしていないとまでは当然にはいえないから,控訴人の上記主張は採用できない。」

(3) 原判決16頁13行目と14行目の間に,次のとおり加える。

「 なお,控訴人は,本件取引においては,実質的に相場判断を行ったのは被控訴人担当者であり,自己責任を問う前提を欠くから,相場予測という投機取引に必然的に生じる要素によって生じた損失の結果を控訴人に甘受させるべきではない旨主張するが,本件取引が実質的一任売買であるとまではいえないことは,既に説示したとおりであるから,控訴人の主張は前提を欠くものであり,採用できない。」

3  争点(3)(消滅時効の成否等)について

(1)  本件訴訟までの経緯

前記争いのない事実等と証拠(甲3,甲5の1・2,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 控訴人は,平成10年3月頃に大学を卒業し,同年3月にa株式会社に就職し,名古屋市内にある両親宅で生活し,両親宅から愛知県b市にある同社に通勤し,設計等の業務に従事していたが,平成23年2月15日,同社を退職した。

なお,控訴人の両親宅では,中日新聞を購読している。

イ 控訴人は,平成14年2月頃,商品取引員であるグローバリーの従業員から商品先物取引の勧誘を受け,同月14日から,グローバリーに対し,東京工業品取引所,東京穀物商品取引所及び大阪商品取引所の取り扱う商品について,その売買を委託して本件取引,すなわち,金,ガソリン等の11銘柄を対象とする商品先物取引を行ったが,同年3月14日にすべての建玉を手仕舞いした結果,250万1810円の損失となり,同月19日,グローバリーから,預託した証拠金の残金20万8190円の返還を受けて,グローバリーとの間の本件取引は終了した。

控訴人は,本件取引まで,商品先物取引はもとより,証券取引も投資信託の購入もしたことがなかったもので,本件取引で250万円余りの損失を被ったものの,本件取引を始めるに当たって,グローバリーの従業員から,商品先物取引では損失を被るリスクもあることの説明を受けていたため,上記損失を被ったことについては,不満であったが,自己責任として仕方がないことと諦めて,グローバリーやその従業員に対して上記損失の責任を追及しようなどとは思わなかった。

ウ 控訴人は,その後の平成15年8月,電話で株式会社テクノトラスト(以下「テクノトラスト」という。)から海外先物取引を勧誘され,同月21日から同年9月23日まで同社を通じて海外商品先物取引を行い(以下「別件取引」という。),同取引で約200万円の損失を被った。

控訴人は,別件取引を行うに当たって,テクノトラストの従業員に対して,自己資金がないことを告げたが,同従業員から借金してでも取引した方が良いと勧められ,本件取引で被った損失を取り戻したいとの気持ちもあって,サラ金業者から借り入れた資金を証拠金として預託して別件取引を開始し,その後も必要となった証拠金に充てるためにサラ金業者から借入れをして別件取引を継続したことで,別件取引が終了した時点で,サラ金業者5社に対する約200万円の借入債務が残った。

なお,控訴人は,テクノトラストと別件取引を開始するに当たって,インターネットで同社について検索したが,同社に関する情報を得ることができなかったことがあったため,別件取引終了の際には,同社との間の別件取引について,いわゆる振込詐欺に遭ったのではないかというような疑いも持った。

エ 控訴人は,平成23年2月15日にa株式会社を退職したが,それまでに上記ウの借入債務の返済を完了した。

控訴人は,退職して自宅にいた際,たまたま,隣室で母親の見ていたテレビで,サラ金から過払金を取り戻せる旨のCMが流れているのを聞き,自分がサラ金業者に支払った借入金についても過払金の取戻しができるかもしれないと考え,インターネットで過払金返還を取り扱う法律事務所を調べ,同年3月1日,名古屋市内にあるc法律事務所を訪ね,同事務所の弁護士に上記ウの借入債務とその返済に関する説明して過払金の取戻しについて相談をし,同事務所の同弁護士等に対してサラ金5社に対する過払金返還請求等に関する法律事務を委任した。

控訴人は,同相談において,同弁護士から,上記借入債務を作った原因について質問されため,テクノトラストとの間の別件取引について説明したところ,同弁護士から,別件取引による損失が違法な先物取引による被害である可能性があるから,投資被害相談を行っている愛知県弁護士会の法律相談センターに行って相談するよう助言された。

オ そこで,控訴人は,同助言に従って,テクノトラストとの間の別件取引について相談しようと考え,同月4日,同法律相談センターを訪ねて,担当の弁護士石川真司(控訴人訴訟代理人。以下「石川弁護士」という。)に相談したところ,同弁護士から,従前の投資経験を質問され,グローバリーとの間の本件取引についても説明した。

上記説明を聞いた石川弁護士は,控訴人に対し,本件取引による損失について,違法な商品先物取引による被害である可能性がある旨指摘したことから,控訴人は,本件取引においてグローバリーやその従業員による違法行為があり,本件取引による損失が同違法行為によるものである可能性があることを知り,同弁護士に対して,グローバリーに対する損害賠償請求事件等の法律事務を委任することとした。

同弁護士は,控訴人からの委任に基づき,同年5月6日,名古屋地方裁判所に本件訴訟を提起した。

(2)  ところで,不法行為による損害賠償請求権の消滅時効を定める民法724条前段にいう「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,加害者に対する損害賠償請求をすることが事実上可能な状況の下において,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味するものというべきである。

これを本件についてみるに,本件取引は,既に認定説示したところから明らかなとおり,控訴人を委託者とし,商品取引員であるグローバリーを受託者とする国内公設市場における商品先物取引であって,その取引自体は適法な取引であるが,控訴人の投資可能金額及び投資経験との関係で,投資金額及び投資銘柄の点で過大ないしは過剰であるため,本件取引を勧誘し取引を勧めたグローバリーの従業員について,控訴人に対して適合性原則違反及び新規委託者保護義務違反による違法行為があったというものであるから,本件取引が終了し,控訴人が本件取引により250万円余りの損失を被ったことを知ったということだけでは,本件取引における被害者である控訴人が,加害者であるグローバリーやその従業員に対して損害賠償請求をすることが事実上可能な程度に損害及び加害者を知ったものということはできないのであり,このような態様による不法行為に基づく損害賠償請求については,控訴人において,本件取引に関連してグローバリーの従業員の行為について上記のような違法なものである可能性があることを認識することができた時をもって,控訴人が,本件取引による損失について,グローバリーやその従業員に対して上記損害賠償請求をすることが事実上可能な程度に損害及び加害者を知ったものというべきである。

そうすると,上記(1)で認定した事実関係においては,控訴人は,平成23年3月4日,石川弁護士から,本件取引による損失について,違法な商品先物取引による被害である可能性がある旨指摘されたことにより,本件取引による損失に関する不法行為による損害賠償請求権についての損害及び加害者を知ったものである。

したがって,前記1及び2によって認められる控訴人の被控訴人に対する本件取引に関する不法行為に基づく損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)についての民法724条前段による3年の消滅時効期間は,上記の平成23年3月4日から進行するものというべきである。

(3)  被控訴人の主張について

ア 被控訴人は,本件損害賠償請求権について,本件取引の終了又は預託金の一部が返戻された平成13年3月19日から3年の消滅時効が進行する旨主張するが,同主張は,前記(2)で説示したところに照らして採用できない。

イ 被控訴人は,平成17年において,新聞やテレビで連日のようにグローバリーの商品先物取引に関する違法が大きく報道されていたから,控訴人は,このような報道に接して,グローバリーの商品先物取引商法の違法性を認識し,自分も同様の被害者であると考えたというべきであり,したがって,平成17年には,本件取引が不法行為を構成するものであることを認識し,また認識することができたので,そのときから3年の経過により本件損害賠償請求権は時効により消滅した旨主張する。

そこで検討するに,証拠(甲3,乙16)及び弁論の全趣旨によれば,平成17年11月,読売新聞,毎日新聞,朝日新聞,日本経済新聞や中日新聞等が,グローバリーに関して,①顧客を法人から個人に拡大した昭和59年ころから損失や手数料を巡るトラブルが続発し,その解決金を工面するため,自己取引により得た利益を架空口座を使って簿外処理するようになったこと,②平成16年11月に監督官庁である経済産業省及び農林水産省から検査を受け,主に,顧客とのトラブルの過少報告や上記簿外処理を理由に,平成17年4月及び6月に業務停止処分を受け,同年7月には,上記主務省の告発により警察による捜査を受け,同年9月30日に商品取引の受託業務を廃止したこと,③同年11月1日には,グローバリーの代表取締役ら4名が監督官庁に上記内容の虚偽の報告書を提出したとして商品取引法違反により逮捕されて起訴されたこと,④平成17年11月22日には,同社の元外務員5名が,一定額以上の損失を被った客に利益配分する話がある,税金対策のために預かり金が必要であるなどと虚偽の説明をして取引を受託した旨の疑いで商品取引法違反により逮捕されたことなどについて取り上げて報道したほか,グローバリーと顧客との間のトラブルの具体的内容について,顧客の対象を高齢者から20代や30代の男性に移して強引な取引や営業を続けた旨の関係者の証言(同月2日付け日本経済新聞),「金策指南あの手この手」の見出しで,グローバリーが顧客に対し,資金不足の顧客に消費者金融を紹介したり,親戚知人からの借入を指南したりした旨の顧客の発言(同日付け中日新聞),「絶対もうかる 必ず取り返せる 手数料荒稼ぎ」の見出しで,外務員がそのように断定して売買の詳細を教えないまま取引をしたり,取引終了を何度も告げたが外務員は取り合わなかったりし,約2000万円の損失総額のうち仲介手数料だけで875万円に上ったというグローバリーの営業手口に関する顧客の発言及び同社は無意味な取引を増やすことで仲介手数料が同業他社の2倍になっていたなどの弁護士の指摘(同月3日付け読売新聞),「顧客離さぬ強引営業 グローバリー巡り証言」の見出しで,損失が膨らんだ顧客の取引中止の申出に対し,「損は取り戻せる」,「確実に値上がりする」,「出来高が少ないので清算できない」などと言って仕切り拒否をされ,消費者金融や他者からの借金により資金を用意する方法を指導されたりした旨の顧客の発言(同月5日付け朝日新聞),グローバリーの平成16年の和解金は約11億3100万円に上ったこと(同月18日付け朝日新聞),「絶対に元取れる 仕切拒否繰り返し」の見出しで,このような外務員の対応による取引3年半で76回の取引をして借金が約1300万円に上った顧客男性の発言及び同社は顧客に取引の銘柄を次々と切り替えさせ,取引量と回数を増やす手口で手数料が同業他者の数倍になっており,取引で利益が出ても手数料がそれを上回り,結局赤字に陥るケースが多い旨の被害者救済にあたる弁護士の警告(同月19日付け毎日新聞),平成15年1月から平成17年9月末までの間に同社と取引をした顧客7200人のうち約85%が損を出し,損失総額は約245億円に上ること(同月26日付け朝日新聞)などを報道したこと,また,当時控訴人が生活していた名古屋市内の両親宅で購入していた中日新聞は,上記の逮捕事実に関する報道など以外にも,「トラブル必至「猛烈な営業」」という見出しで,手数料の金額や預かり資産の額が社員の歩合給に反映されていたので,歩合給目当てで顧客を都合よく誘導したがる傾向にあったとの元社員の発言(同月3日),「一般客狙いで導入 営業転換トラブル多発想定」の見出しで,裏金は,取引対象を法人から一般投資家を中心とする営業方針に切り替えた昭和59年ころからトラブルが多発することを想定して導入されたようであること(同月4日),「B選手利用信用させる「五輪キャンペーン」も勧誘で損害次々」の見出しで,同社所属でアテネ五輪で優勝したB選手を,セールストークに利用していた旨の顧客やその相談を受けた弁護士の発言(同月23日),「顧客の無知につけこむ 元社員証言「違法営業,日常」」の見出しで,新規契約の際は,無理をすると苦情が出やすいため,比較的まっとうにやっていたが,その後の取引を担当する顧客管理の部署に問題があり,虚偽の説明は日常的に行われており,最も使用されたのは,一つの取引を終了させるには新たに別の取引を始める必要があると顧客を誤解させて二重に手数料を稼ぐ手口であったという元社員の発言(同月24日),「上位2課のみ特別賞与 愛知県警調べ手数料競い強引営業」の見出しで,このような手法で社内競争を徹底させたことが,強引な営業を招いたと見られ,警察が実態を調べている旨(同月26日)を報道していたことが認められる。

しかし,証拠(甲3,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,a株式会社に勤務していた当時,新聞を読む習慣がないため,自宅で購入していた中日新聞もほとんど読んだことはなく,また,テレビもほとんど見ることがなかったこと,控訴人は,勤務が終わって帰宅後は,パソコンに向かい,インターネットでゲームなどをして過ごすことが多く,インターネットでニュースを見るようなこともなかったこと,控訴人は,グローバリーとの本件取引やテクノトラストとの間の別件取引のことはもとより,これら取引で損失を被ったことやそのためにサラ金に借入金を作ったことなどについて両親に話したことはなかったこと,そのようなことから,控訴人は,上記認定の新聞報道の内容も,本件訴訟で提出された書証により初めて知ったことが認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。

被控訴人は,控訴人が,平成17年当時29歳の社会人であることを指摘し,当然に新聞を読み,テレビを見ることを前提として,新聞又はテレビにより上記認定の新聞報道の内容を知っていたものと主張する。しかし,社会人であるから常に新聞の社会面に関心を持ち,また,テレビ等によるニュース報道を見ているとまでは断定することはできず,上記各報道時点で本件取引から約3年9か月が経過していること,控訴人は,消費者金融に対する過払金返還請求の相談に行った弁護士の紹介により初めて,本件取引について弁護士に相談をしていることを併せて考慮すると,控訴人の年齢や就業年数という形式的な事情のみをもって控訴人の上記供述等を当然に信用できないとまではいえず,その他,控訴人が平成17年11月当時,上記報道内容を認識していたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると,控訴人が本件新聞報道等を認識していたことを前提とする被控訴人の主張は前提を欠くというべきである。

ウ 被控訴人は,他にも,本件損害賠償請求権の消滅時効期間が,平成14年3月又は平成17年から進行するとして,種々の主張をするが,既に認定説示したところに照らして,いずれも採用できない。

(4)  したがって,控訴人は,石川弁護士に本件取引について前記指摘を受けた平成23年3月4日に初めて「損害及び加害者」を知ったというべきであり,同年5月6日に本件訴訟を提起しているものであるから,本件損害賠償請求権について,本件訴訟提起までに消滅時効期間が経過した旨の被控訴人の主張は採用できない。

4  まとめ

(1)  以上によれば,被控訴人は,控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償債務として165万1086円及びこれに対する不法行為が終了した日である平成14年3月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。

なお,被控訴人は,控訴人は通常人が当然知り得る報道すら知らず,漫然と9年間も権利行使しなかったことは,控訴人の怠慢にほかならないから,この点は,遅延損害金の認容範囲の判断において考慮されるべきである旨主張するが,そもそも,控訴人において,グローバリーに関する報道を知る義務があるわけではないから,控訴人が「損害及び加害者」を知ったのが,取引から約9年後であるからといって,不法行為時から発生している遅延損害金の支払義務を制限する理由にはならないというべきである。

したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。

(2)  そうすると,その余の争点を判断するまでもなく,控訴人の請求は,不法行為に基づく損害賠償金165万1086円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。

第4結論

以上によれば,原判決は相当でないから,本件控訴に基づき,上記の限度で原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長門栄吉 裁判官 内田計一 裁判官 山崎秀尚)

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