大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成24年(行ケ)1号 判決 2013年3月14日

平成24年(行ケ)第1号

選挙無効請求事件(以下「1号事件」という。)

平成24年(行ケ)第2号

選挙無効請求事件(以下「2号事件」という。)

平成24年(行ケ)第3号

選挙無効請求事件(以下「3号事件」という。)

平成24年(行ケ)第4号

選挙無効請求事件(以下「4号事件」という。)

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  1号事件原告

(1)  平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の愛知県第1区における選挙を無効とする。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  2号事件原告

(1)  平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の愛知県第8区における選挙を無効とする。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

3  3号事件原告

(1)  平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の愛知県第9区における選挙を無効とする。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

4  4号事件原告

(1)  平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の愛知県第10区における選挙を無効とする。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

5  被告

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は,平成24年12月16日施行の第46回衆議院議員総選挙(以下「本件総選挙」という。)について,公職選挙法13条1項及び別表第1で定められた選挙区割り(以下「本件選挙区割り」という。)により実施された小選挙区選出議員の選挙のうち,愛知県第1区,第8区,第9区又は第10区(以下「本件各選挙区」という。)の選挙人である原告らが,本件選挙区割りを定めた法律の規定(以下「本件区割規定」という。)は,人口に比例した選挙区を定めなければならないという憲法上の要求に反しているから違憲無効であり,本件選挙区割りにより実施された本件各選挙区の選挙も無効であると主張して,それらの選挙事務を管理する被告を相手に,同選挙を無効とすることを求めた事案(選挙無効訴訟)である。

2  前提事実

(1)  当事者

原告らは,いずれも本件総選挙における本件各選挙区の選挙人であり,それぞれが属する選挙区は,1号事件原告が愛知県第1区,2号事件原告が同県第8区,3号事件原告が同県第9区,4号事件原告が同県第10区である。

被告は,公職選挙法5条に基づき,本件各選挙区の選挙に関する事務を管理している。

(2)  衆議院議員の選挙制度

衆議院議員の選挙制度は,いわゆる小選挙区比例代表並立制が採用されているところ,その概要(ただし,本件総選挙時点のもの。)は以下のとおりである。

議員定数は480人で,そのうち300人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員である(公職選挙法4条1項)。

小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)と比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)は同時に行われ,選挙人は,各選挙ごとに1票ずつ投票する(同法36条ただし書)。

小選挙区選挙は,全国に300の選挙区を設け,各選挙区ごとに1人の議員を選出する仕組みである(同法13条1項,別表第1)。

(3)  小選挙区選挙の選挙区

衆議院の小選挙区選挙は,平成6年の公職選挙法改正により導入されたものであるところ,衆議院議員選挙区画定審議会設置法(平成6年法律第3号。以下「区画審設置法」という。)は,小選挙区選挙の選挙区の改定手続等を以下のとおり定めている。

内閣府に置かれる衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,小選挙区選挙の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,統計法(平成19年法律第53号)5条2項本文の規定に基づく国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告する(区画審設置法2条,4条1項)。

上記の改定案作成に際しての基準として,①各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないこと(同法3条1項),②各都道府県の区域内の小選挙区選出議員の選挙区の数は,1に,253を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすること(同法3条2項)が示されている(以下,これらの基準を「本件区割基準」といい,これらを定めた規定を「本件区割基準規定」という。)。

なお,各都道府県に,人口に比例した定数配分(公職選挙法4条1項に規定する小選挙区選出議員の定数300から都道府県の数47を控除した残り253についての定数配分)とは別に1の定数(合計47)を割り当てるという上記②の定めは,一般に「1人別枠方式」と呼称されている。

(4)  本件総選挙における選挙区割り

区画審は,統計法(平成19年法律第53号による改正前の旧法)4条2項本文の規定により平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき,小選挙区選挙の選挙区に関し,区画審設置法3条2項に従って各都道府県の議員の定数を,5つの都道府県で1ずつ増加させ,別の5つの都道府県で1ずつ減少させる変更(いわゆる5増5減)を行った上で,同条1項に従って各都道府県内における選挙区割りを定め直した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて平成14年7月31日,その勧告どおりに選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した。

本件選挙区割りを定めた本件区割規定は,上記法改正により改定されたものである。

(5)  第45回衆議院議員総選挙における小選挙区選挙の合憲性判断

本件総選挙の1つ前の衆議院議員総選挙,すなわち平成21年8月30日施行の第45回衆議院議員総選挙(以下「前回総選挙」という。)における小選挙区選挙についても,本件選挙区割りの下で実施された。

平成12年国勢調査による人口を基に,本件選挙区割りにおける選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064であり,高知県第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。また,前回総選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.304であり,高知県第3区と比べて較差2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった。なお,各都道府県単位でみると,前回総選挙当日における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は,議員1人当たりの選挙人数が最も少ない高知県と最も多い東京都との間で1対1.978であった。

前回総選挙の小選挙区選挙については,東京都第2区その他の選挙区の選挙人らから選挙無効を請求する訴訟〔東京高等裁判所平成21年(行ケ)第20号等〕が提起され,その上訴審である最高裁判所大法廷は,「本件選挙時において,本件区割基準規定の定める本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っており,同基準に従って改定された本件区割規定の定める本件選挙区割りも,憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていたものではあるが,いずれも憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割基準規定及び本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。」と判示した上で,「事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があるところである。」と付言する判決〔最高裁判所平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁登載。以下「平成23年判決」という。)を言い渡した。

(6)  公職選挙法等の改正(乙6)

平成24年11月16日に成立し,同月26日に公布された「衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律」(平成24年法律第95号。以下「緊急是正法」という。)は,1人別枠方式を定めた区画審設置法3条2項を削除するとともに,各都道府県の定数配分について,高知,徳島,福井,佐賀,山梨の各県の定数を1ずつ減少させ(いわゆる「0増5減」),これに伴って選挙区割りを改定する旨定めている。

ただし,区画審設置法3条2項の削除部分は上記公布の日から施行されたものの,0増5減に伴う選挙区割りの改定には相応の時間を要するため,本件総選挙は本件選挙区割りに基づいて実施された(緊急是正法附則1条参照)。

(7)  本件総選挙時点における本件選挙区割りの人口較差(乙8の2,乙10)

ア 本件総選挙当日における小選挙区間の選挙人数の較差は,最も選挙人数が少ない高知県第3区(20万4196人)と最も選挙人数が多い千葉県第4区(49万5212人)との間で1対2.425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上の小選挙区の数は72であった。

なお,原告らを選挙人とする本件各選挙区(愛知県第1区,第8区,第9区及び第10区)について,高知県第3区との間で選挙人数の較差を比較すると,高知県第3区(20万4196人)を1とした場合,愛知県第1区(37万3297人)が1.828,同第8区(42万2291人)が2.068,同第9区(42万3038人)が2.072,同第10区(42万0971人)が2.062となる。

イ 平成22年10月に実施された国勢調査(以下「平成22年国勢調査」という。)による人口を基に,都道府県単位で議員1人当たりの人口較差をみると,最も人口が少ない高知県(25万4819人)と最も人口が多い東京都(52万6376人)との間で1対2.066の較差がある。

これを緊急是正法による改正後の定数配分でみると,最も人口が少ない鳥取県(29万4334人)と最も人口が多い東京都(52万6376人)との間で1対1.788の較差となる。

3  原告らの主張

(1)  憲法の要求

憲法は,前文の「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」との文言,43条1項の「両議院は,全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」との条項等からも明らかなとおり,統治原理として代議制民主主義を採用し,主権者である国民が,国会議員を通じて,主権者の多数意見をもって国家権力を行使することを保障しているから(以下,原告らの呼称に従って「主権者の多数決論」という。),国会議員の選挙を,正当な選挙,すなわち可能な限り人口に比例する選挙区割りによって実施すること(以下,原告らの呼称に従って「人口比例選挙」という。)を要求していると解すべきである。このことは,国会議員の国会の議事についての1票が等価であることの根拠にもなっている。

なお,憲法が,衆議院議員の選挙については2倍以内の人口較差を許容しているなどという理解は誤りであり,最高裁判所も,平成23年判決以降,最大較差が2倍以内であることを合憲性判断の許容値としてはいないと解される。そもそも,神でない司法が,憲法の許容する人口較差の許容数値を判示することなど不可能であるし,利害関係者たる国会議員によって構成される国会の立法裁量権の行使が合理的であることなど,憲法上あり得ないことである。

平成23年判決のほか,平成22年7月11日施行の参議院議員通常選挙について憲法14条1項等に関する合憲性を判断した最高裁判所判決〔最高裁判所平成23年(行ツ)第135号同24年10月17日大法廷判決・民集未刊行。以下「平成24年判決」という。〕などを踏まえると,最高裁判所は,むしろ,憲法が実務上可能な限りの人口比例選挙を要求していると解しているものといえる。

(2)  立証責任の所在

選挙区割りを定めた区割規定の合憲性についての立証責任については,民事訴訟や行政訴訟における立証責任の分配のルール,さらには1983年のアメリカ合衆国連邦最高裁判所の判例(Karcher対Daggett事件。甲15)に示された違憲判断基準を踏まえると,区割規定の合憲性を争う選挙人が,まず最初に,該当する選挙区間の人口較差が,均一な人口の選挙区にしようとする誠実な努力によって,減少又は排除可能であったことの立証責任を負い,もし,選挙人がこの立証責任を果たせば,次に,選挙管理委員会は,同区割規定における選挙区間の有意の人口較差は,適法な目標を達成するために必要であったことの立証責任を負うと考えられる。

原告らは,現行の選挙制度の下で,本件選挙区割りよりも最大較差が小さい選挙区割りとなる区割規定として,最大較差が1対1.0110の改定案(甲16)を示すことにより,上記立証責任を果たしたのに対し,被告(国側)は,本件選挙区割りを定めた本件区割規定について,選挙区間の有意の人口較差が適法な目標を達成するために必要であったことの立証責任を果たしていないから,本件区割規定は違憲違法というべきである。

(3)  是正のための合理的期間を経過していること

平成23年判決の言渡しから本件総選挙の施行までは,1年8か月以上が経過しているところ,選挙権の内容の平等が国会の正当性を裏付ける国家統治の根本にかかわる問題である以上,最高裁判所が違憲状態であると明言した選挙区割りの改正に上記期間がなお不十分ということはあり得ない。

したがって,平成23年判決を踏まえても,本件総選挙のうち小選挙区選挙は違憲無効と判断されるべきである。

(4)  緊急是正法による改正は平成23年判決に沿うものではないこと

緊急是正法による改正後の各都道府県の議員定数は,平成12年国勢調査の結果を基に,区画審設置法3条2項が定める1人別枠方式により各都道府県に割り当てた議員の数を基礎とするものであるから,そもそも上記法改正は,平成23年判決の求める1人別枠方式の廃止に応えるものではない。

加えて,上記法改正は,「地方にも配慮した民主主義」なるものを掲げるA衆議院議員(B党政治制度改革実行本部長)作成のメモ(甲23)に記載された改正案と同じ内容であり,同メモにおける「判例,学説ともに指摘していることは,較差2倍を解消せよということであり,選挙区間の人口較差の問題は2倍未満であれば裁量権の範囲内であることは明らかである」との誤った理解に基づくものであるから,その内容は方向性を誤った改正というほかなく,改正の努力として評価し得ない。

以上のとおり,上記法改正は本件総選挙のうち小選挙区選挙が違憲無効であることに何ら影響を与えない。

(5)  事情判決の法理を適用すべきでないこと

本件総選挙のうち小選挙区選挙は,平成23年判決で違憲状態とされた本件選挙区割りにより実施されているから,同選挙によって選出された衆議院議員は,明らかに「違憲状態」国会議員である。そのような国会議員が参加することによって成立する法律が,主権者全員を法的に拘束するという事態は,著しく公共の利益を害する。

事情判決の法理は,公共の利益を理由として,選挙を無効としないという法理であるところ,本件にこれを適用すると,「違憲状態」の法律制定を野放しにし,国家レベルで著しく公共の利益を害する結果となり,背理である。

他方,本件訴訟において違憲無効の判決がなされても,本件各選挙区の選挙が無効となるだけであり,かつその効力は遡及しないから,国家が混乱に陥るおそれはない。

以上のとおりであり,本件においては事情判決の法理を適用すべきではない。

4  被告の主張

確かに,平成23年判決は,区画審設置法3条が定める区割基準(本件区割基準)のうち1人別枠方式,及び同基準に従って定められた本件区割規定がいずれも憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた旨の判断を示したが,人口の流動化を始め変化の著しい社会情勢の中で,投票価値の平等という憲法上の要請に応えつつ,国民の意思を適正に反映する選挙制度を実現することには多くの困難が伴い,1人別枠方式を廃止して,あらかじめ各都道府県に1ずつ配分された定数を再配分するなど,本件区割規定を抜本的に改正するには,かなりの時間を要する。

平成23年判決の言渡しから本件総選挙の施行までに約1年9か月が経過しているものの,その期間は,本件区割基準規定及び本件区割規定を抜本的に改正するためのものとしては,いまだ十分なものではない。すなわち,平成23年判決は,違憲状態とされた選挙制度を是正するための合理的期間の起算点及び長さを具体的に判示していないところ,起算点については,平成23年判決の言渡し時点(平成23年3月23日)と考えるべきであり,長さについては,国会において1人別枠方式を廃止した場合の定数再配分や各都道府県の選挙区割りの改定等を行うには,事柄の性質上,その審議等にかなりの時間を要することを考慮すべきであり,過去の最高裁判所判決の中にも,約8年という期間が合理的期間を超えて是正されなかったと判断したものがあるものの,1年9か月弱で是正には至らなかった事案において,憲法上要求される合理的期間を徒過したと判断したものはない。

上記約1年9か月の間に,国会においては,投票価値の最大較差是正と共に選挙制度の改革が議論され,本件総選挙施行前の平成24年11月16日には,1人別枠方式の廃止と小選挙区選挙の議員定数を5人減少させる緊急是正法が成立し,1人別枠方式の廃止は本件総選挙までに施行されたが,区画審が選挙区割りの改定案を作成し,それを内閣総理大臣に勧告するまでには一定の期間を要するため,本件総選挙までに本件区割規定を改正するには至らなかったものである。なお,区画審は,緊急是正法に従い,勧告期限である平成25年5月26日までに選挙区割りの改定案を内閣総理大臣に勧告できるよう,その作成に向けた作業を進めている。

以上のとおり,本件区割規定は,本件総選挙までの間に改正されるに至っていないが,それでもなお憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったということはできず,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものではないから,原告らの選挙区(本件各選挙区)における各小選挙区選挙が無効とはいえない。

第3当裁判所の判断

1  本件区割基準規定及び本件区割規定の合憲性

(1)  選挙制度の合憲性判断の枠組み

ア 当裁判所の判断

代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,国政における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の社会的,歴史的事情を踏まえて具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではないと考えられる。憲法は,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙について,およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという基本的な要請(43条1項)の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(同条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みを定めるについて国会に広範な裁量を認めている。したがって,国会が具体的に定めた選挙制度の仕組みは,上記のような基本的な要請や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため,上記のような広範な裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に反することになるものと解される〔①最高裁判所昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁,②最高裁判所昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,③最高裁判所昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁,④最高裁判所平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,⑤最高裁判所平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,⑥最高裁判所平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁,⑦最高裁判所平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁,⑧前掲平成23年判決各参照〕。

イ 原告らの主張について

この点につき,原告らは,主権者の多数決論に立脚し,憲法が衆議院議員の選挙について2倍以内の人口較差については許容しているなどという理解は誤りである上,そもそも司法が憲法の許容する人口較差の許容数値を判示することなど不可能であり,国会議員は選挙制度改正に関する利害関係者であるから,上記アのような立法府の広範な裁量権は認められず,合理性の推定も働かないとした上で,アメリカ合衆国連邦最高裁判所の判例(甲15)を引用し,これと同様の合憲性判断基準を用いるべきである旨主張する。

なるほど,国会議員の選挙における選挙区間の人口較差について,憲法14条1項その他の規定に照らしても,憲法の許容する限界としての一定数値が導かれるものではなく,とりわけ「衆議院は,その権能,議員の任期及び解散制度の存在等に鑑み,常に的確に国民の意思を反映するものであることが求められており,選挙における投票価値の平等についてもより厳格な要請がある」(平成23年判決参照)と解されるから,衆議院議員の選挙における投票価値の平等について,立法府である国会が,憲法上許容される限界を想定した上で,その限度内であれば選挙における投票価値の不平等を是正しなくてもよいとは到底いえず,上記の要請に最大限応えるべく誠実かつ不断に努力するよう強く求められることはいうまでもない。

しかしながら他方で,憲法が,両議院の議員の各選挙制度の仕組みについて国会に広範な裁量を与えていることは上記アのとおりであり,その理由として,「国民の意思を適正に反映する選挙制度は,民主政治の基盤である。変化の著しい社会の中で,投票価値の平等という憲法上の要請に応えつつ,これを実現していくことは容易なことではなく,そのために立法府には幅広い裁量が認められている。」(平成23年判決参照)ということができるのである。

原告らの上記主張は,成熟した民主主義国家であるアメリカ合衆国の判例を踏まえたものであって,傾聴に値する内容であると考えられるものの,統治制度として等しく代表民主制を採用する国家間においても,議会の構成員の選挙制度は,各国がその歴史的経緯その他の事情を踏まえつつ独自に構築するため,相当異なるものになることも珍しくはなく,したがって,選挙制度の合憲性の判断手法についても,それぞれ異なり得ることはいうまでもない。

以上のとおりであり,選挙制度に関する国会の裁量権を原則として否定し,厳格な人口比例選挙が唯一絶対の合憲性判断の基準となるべしとの原告らの上記主張は,にわかに採用することができない。

(2)  選挙制度の仕組みにおける投票価値の平等の位置付け

ア 当裁判所の判断

憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求しているものと解される。しかしながら,前記(1)アで引用した選挙制度に関する憲法の諸規定からすると,投票価値の平等は,それが憲法14条1項等により導かれる重要な要素であることは明らかであるものの,選挙制度の仕組みを決定する唯一絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと考えられる。したがって,国会が定めた選挙制度の具体的な仕組みが,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するという観点からの合理性を有し,その裁量権の範囲内にあると認められる限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,やむを得ないものと解される。

しかるところ,衆議院議員の選挙制度につき,小選挙区比例代表並立制を採用し,小選挙区選挙については,全国を多数の選挙区に分けて実施すること,選挙区の画定に当たり,これまで,社会生活の上でも,また,政治的,社会的な機能の点でも重要な単位と考えられてきた都道府県を定数配分の第一次的な基盤としつつ,これを細分化した市町村,その他の行政区画により具体的な選挙区を定めること,その際,投票価値の平等のほかに,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸事情(以下「本件諸事情」という。)を一定程度考慮しつつ,投票価値の平等の確保という要請との調和を図ることは,いずれも的確に国民の意思を反映するという政策的目的に照らして合理的な理由があると考えられるから,これらは国会の有する裁量権の適切な行使であると認められる。

したがって,厳格な投票価値の平等が実現されていないことだけを理由として,本件区割規定が違憲であるということはできない。

イ 原告らの主張について

原告らは,憲法が,代議制民主主義の下,主権者である国民が国会議員を通じて主権者の多数意見で国家権力を行使することを保障しているから(主権者の代表者論),国会議員の選挙は可能な限り人口に比例する選挙区割りによって実施しなければならない(人口比例選挙)というのが憲法の要求であり,そのような人口比例選挙でない選挙制度は違憲である旨主張する。

なるほど,代表民主制における国家権力行使の正当性を確保するためには,国会議員の選挙が公正に実施されることが必要不可欠であるところ,投票価値の平等がそのような公正な選挙を構成する主要かつ最も重視されるべき要素の一つであることは否定する余地がない。

しかしながら,代表民主制の下での国民の代表者による国家権力行使の正当性は,選挙における投票価値の平等の確保という要素だけで実現されるものではない。前記のとおり,憲法は,代表民主制の下における選挙制度については論理的に導かれる一定不変の形態があるわけではないことを前提に,その具体的仕組みを定めることを国会の裁量に委ねているところ,投票価値の平等以外にも,国会が正当に考慮し得る諸要素が存在するのであるから,原告らのいう主権者の代表者論をもってしても,国会により具体的に定められた選挙制度が,それが可能な限り人口に比例した選挙を実現するものでなければ直ちに憲法に反するとの帰結をもたらすとは解されない。

(3)  平成23年判決による合憲性判断

上記(1),(2)を踏まえると,本件区割基準規定及び本件区割規定の合憲性は,本件諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するか否かの観点によって判断するのが相当であるところ,本件区割基準規定のうち,区画審設置法3条1項で定められた基準は,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になることを基本とした部分を含めて,一定の合理性を有しているのに対し,同法3条2項で定められた1人別枠方式が,遅くとも平成21年8月の前回総選挙時点においては,その立法時に有していた合理性を失っていたにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと判断すべきであることは,平成23年判決が判示するとおりである。

また,本件選挙区割りは,前回総選挙時点において上記の違憲状態にあった1人別枠方式を含む本件区割基準規定及び本件区割規定に基づいて定められたものであるから,同時点において,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと解されることも同様である。

(4)  本件総選挙への当てはめ

上記(3)のとおり,前回総選挙時点において,1人別枠方式を含む本件区割基準及びこれに基づく本件選挙区割りが,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと認められるところ,その後に施行された本件総選挙の時点において,前回総選挙時よりも選挙区間の人口較差が拡大していたと認められることは,前記第2の2(5)及び(7)により明らかであるから,本件総選挙時点においても,本件区割基準及びこれに基づく本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態であったことは,否定する余地がないというべきである。

なお,1人別枠方式自体は,緊急是正法により区画審設置法から当該規定が削除されており,制度上は既に廃止されたといえるが,本件総選挙は,1人別枠方式を踏まえて各都道府県に定数配分された議員の数に基づく選挙区割り(本件選挙区割り)のままで実施されている以上,1人別枠方式の法令上の廃止自体は,違憲状態にあったという上記判断を左右するものではない。

2  是正のための合理的期間の経過の有無

(1)  原告らは,本件選挙区割りを違憲状態と判断した平成23年判決の言渡し後,これが是正されることなく本件総選挙の施行に至っており,是正のための合理的期間を経過していることは明らかである旨主張するのに対し,被告は,是正すべき内容等を踏まえると,是正のための合理的期間をいまだ経過していない旨主張する。

そこで判断するに,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 緊急是正法の成立に至る経緯

(ア) 平成23年3月28日に開催された区画審(第6回)では,その5日前に言い渡された平成23年判決を踏まえて,小選挙区選挙の選挙区間における人口較差をできるだけ速やかに是正し,違憲状態を早期に解消するために,1人別枠方式の廃止や同方式を含む本件区割基準に基づいて定められた本件選挙区割りの改定を行わなければならないことについて審議が行われた(乙1の1及び2)。

(イ) 国会では,CD党幹事長代行(当時)を座長とする衆議院選挙制度に関する各党協議会が設置され,その第1回会合が平成23年10月19日に開催されて以降,投票価値の較差の是正について,衆議院議員の選挙制度の抜本改正及び議員定数の削減といったテーマと共に協議が重ねられた(乙2の1ないし7)。平成24年4月25日に開催された第16回会合では,次回の衆議院議員総選挙のための緊急措置として,1人別枠方式を廃止し,小選挙区選出議員の定数の「0増5減」を行い,これと併せて,比例代表選出議員の定数を75削減し,ブロック比例代表制を全国比例代表制に改め,比例代表選出議員の定数100のうち約3割を連用制(有権者が小選挙区と比例代表で計2票投じ,小選挙区で獲得議席の少ない政党に優先的に比例代表の議席を割り振る制度)とすることなどを内容とする「座長とりまとめ私案」が提案されたが,1人別枠方式の廃止及び小選挙区選出議員の定数の「0増5減」以外の提案については,協議会委員らの意見がまとまらなかったこともあり,採用されるには至らなかった(乙3の1及び2)。

(ウ) D党の議員らは,平成24年6月18日,第180回国会(常会)において,1人別枠方式の廃止及び小選挙区選出議員の定数の「0増5減」案等を内容とする「公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」を衆議院に提出し,同法案は,同月26日,同院の政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会に付託された(乙4の1及び2)。

他方,B党の議員らは,同年7月27日,同国会において,「衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」(以下「緊急是正法案」という。)を衆議院に提出し,同法案は,同年8月23日,上記特別委員会に付託された(乙5の1)。

(エ) その後,D党議員ら提出に係る上記法案は,衆議院で可決されたものの,審議未了により廃案とされた(乙4の1)が,緊急是正法案は,同国会で継続審議案件とされた(乙5の1)後,第181回国会(臨時会)において衆参両院で可決されたことから,緊急是正法が平成24年11月16日に成立し(乙5の2),同月26日に公布され(乙6),同法2条の規定を除き即日施行された。

イ 緊急是正法の内容

前記(第2の2(6))のとおり,緊急是正法は,小選挙区選出議員の定数を5人削減して295人とし,併せて,公職選挙法13条1項及び別表第1(本件区割規定)の改定を行うこととし(2条),また,本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分を廃止する(3条)というものである。

しかし,区画審がこの改正に基づく選挙区割りの改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するには一定の期間を要するため,緊急是正法2条の規定については,同条の規定による改正後の公職選挙法13条1項に規定する法律の施行の日から施行されることとされた(緊急是正法附則1条ただし書)。また,区画審が平成22年国勢調査の結果に基づいて選挙区割りの改定案を作成するに当たっては,0増5減案により,較差の大きい(人口の少ない)都道府県である高知,徳島,福井,佐賀及び山梨の5県の区域内の選挙区の数を1ずつ削減してそれぞれ2とすることとされ(同法附則3条1項,附則別表),この改定案に係る区画審の勧告は,同法の公布日(平成24年11月26日)から6か月以内にできるだけ速やかに行うこととされた(同法附則3条3項)。

そのため,是正の範囲としては必要最小限にとどめることとし(乙7),改定案作成の基準として,①選挙区間における較差の基準を2倍未満とし,②改定の対象とする小選挙区を,㋐人口の最も少ない都道府県である鳥取県の区域内の選挙区,㋑小選挙区の数が減少することとなる上記5県の区域内の小選挙区,㋒人口の最も少ない都道府県の区域内における人口の最も少ない小選挙区の人口以上であって,かつ,当該人口の2倍未満であるという基準を満たさない小選挙区,㋓㋒の小選挙区をに記載の基準に適合させるために必要な範囲で行う改定に伴い改定すべきこととなる小選挙区,以上に限ること(同法附則3条2項)とされた。

ウ 緊急是正法成立後の区画審の審議状況

(ア) 緊急是正法の成立を受けて,区画審は,平成24年11月26日,同法附則3条3項による選挙区割りの改定案の勧告期限である平成25年5月26日までの今後の審理の進め方について審議した(乙8の1及び3)。

(イ) 区画審は,平成24年12月10日,上記のとおり策定した審議の進め方に従い,緊急是正法に基づく選挙区割りの改定案の作成方針(素案)の審議を行った(乙9の1及び2)。これによると,区画審では,今後,選挙区割りの改定案を勧告するまでの間に,関係都道府県知事からの意見聴取等を踏まえて,選挙区割りの改定案の作成方針の審議・決定,具体的な選挙区割りの審議などが予定されている。

(2)  判断

ア 平成17年9月施行の第44回衆議院総選挙における小選挙区選挙の合憲性については,本件選挙区割りを定めた本件区割基準規定及び本件区割規定が,1人別枠方式を採用している点を含めて違憲状態ではないとする最高裁判所判決(前掲最高裁判所平成19年6月13日大法廷判決)が言い渡されているものの,その後,前回総選挙における小選挙区選挙の合憲性について,投票価値の平等と相容れない1人別枠方式を採用している点で本件区割基準規定及び本件区割規定が違憲状態であるとした最高裁判所の平成23年判決が同年3月23日に言い渡されたことからすると,国会は,同日からの合理的期間内に,1人別枠方式の廃止を含む本件区割基準規定及び本件区割規定を改正して,投票価値の不平等を是正しなければならない責務を負ったと解される。

そして,本件総選挙が平成24年12月16日に施行されたことは前記のとおりであり,平成23年判決の言渡しから1年8か月余り経過しているところ,これによって憲法上認められる是正のための合理的期間を経過したこととなるか否かが問題となる。

イ 最高裁判所は,平成23年判決において,前記第2の2(5)のとおり,「事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があるところである。」と付言しているところ,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置の内容は相当明確になっており,かつ,是正の目的は投票価値の平等の実現にあるから,事柄の性質上,是正のために国会に与えられた合理的期間はさほど長いものではないとも考えられる。

しかしながら,現行の小選挙区選挙(比例代表選挙併用方式)を前提として上記法改正を具体的に行うに当たり,1人別枠方式の廃止については,区画審設置法3条2項を削除するだけで足り,それ自体にさほどの期間を要しないものといえるが,この区割基準改正に伴い,改めて同条1項の基準に基づいて各都道府県に定数を配分し直し,本件区割規定を改正する必要があるところ,平成22年国勢調査の結果に基づいて上記定数配分をし直す場合,相当多数の都道府県で定数を減少させ,同等数の都道府県で定数を増加させることとなり,定数配分が変更される都道府県は多数に及ぶことが容易に推認される上,それらの各都道府県ごとに,選挙区の増加又は減少に伴って選挙区割りを変更する必要が生じるから,結局のところ,平成23年判決に従って本件区割基準規定及び本件区割規定を改正するには,全国の極めて多数の選挙区について選挙区割りを変更することが避けられず,その作業に要する期間については決して短くて済むという保障はないということができる。

もっとも,小選挙区選挙の選挙区の改定について,区画審が,統計法(平成19年法律第53号)5条2項本文の規定に基づく国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するなどの手続が法定されていることは,前記第2の2(3)のとおりであって,その趣旨に照らせば,1年8か月余りの期間内に上記の法改正がなされると期待することが一概に不相当とはいえないのも確かである。

ウ 他方,前記(1)アの認定のとおり,平成23年判決の言渡し後,本件総選挙の施行までの間に,国会では,1人別枠方式の廃止を含めた本件区割基準規定及び本件区割規定の改正のため,政党間協議が行われており,その際,政権与党に所属する議員を含む国会議員らから,衆議院議員の定数削減や,比例代表選挙についての制度改正を併せて実施する旨の提案がなされるなど,その協議内容は,投票価値の平等の要請による本件区割基準規定及び本件区割規定の改正にとどまらず,より大きな衆議院議員の選挙制度の改正に関する協議であったともいえるところ,このような選挙制度の改正には,各政党や政治組織の利害が複雑に絡むことから,1人別枠方式の廃止とそれに伴う選挙区割りの改定に内容を絞った法改正よりも長期間を要することは容易に推認し得るものである。

ひるがえって,国会が両議院の議員の選挙制度の仕組みを定めるに当たり,憲法上,広い裁量が認められることは前記1(1)アのとおりであるから,違憲状態に至っている本件選挙区割りの是正のための合理的期間が経過したか否かを判断するに当たっても,このような国会の裁量権の存在を踏まえて判断するのが相当である。

エ この点につき,被告は,是正のための合理的期間を経過したか否かを判断するに当たっては,本件総選挙の施行までに緊急是正法が成立し,1人別枠方式は既に廃止されたことなどを考慮すべきである旨主張するのに対し,原告らは,緊急是正法による本件選挙区割りの是正は,1人別枠方式の下で各都道府県に配分された定数を基にしつつ,最大較差を2倍以下とするための最小限の選挙区割りの変更を内容とするものであるから,平成23年判決に沿った是正とは到底認められず,上記合理的期間の経過の有無を判断するに当たっては同法の成立を考慮すべきではない旨主張する。

そこで検討するに,そもそも本件総選挙は,前回総選挙と同様に,1人別枠方式を含む本件区割基準規定及び本件区割規定で定められた本件選挙区割りのままで小選挙区選挙が実施されており,その限りでは,緊急是正法による公職選挙法等改正の効果は何ら反映されていないといわざるを得ない。

したがって,本件総選挙が投票価値の平等の要請に反する本件選挙区割りの是正のための合理的期間を経過した後になされたのか否かを判断するに当たり,緊急是正法成立の事実自体は,決定的な影響を与えるものではないというべきである。

オ 上記アないしエを踏まえて検討するに,1人別枠方式の廃止を含む本件区割基準規定及び本件区割規定の改正を促す平成23年判決の言渡しから1年8か月余り後に施行された本件総選挙の時点において,その改正が国会で実現しておらず,本件総選挙が違憲状態とされた本件選挙区割りのままで実施され,前回総選挙よりも,選挙区間の人口の最大較差が拡大し,選挙人数で2倍を超える較差が生じた選挙区の数も相当増加したことは,厳然たる事実であるが,その間に立法府は,上記の法改正にとどまらず,より大きな政治課題である衆議院議員の選挙制度の改正について各党間の協議及び法案審議に取り組んでいたという事情が存することを考慮すると,投票価値の平等の要請に基づく本件選挙区割りの是正が事柄の性質上速やかな対応を要するものであることを踏まえても,そのような国会の対応が,その与えられた裁量の範囲を逸脱するものであるとはいえず,是正のための合理的期間を経過したとまでは認められない。

(3)  原告らの主張について

この点につき,原告らは,選挙権の内容の平等は,国会議員が主権者である国民の代表者として国家権力を行使する正当性を支える基本的人権であり,かつ国家統治の根本にかかわる問題であるから,平成23年判決の言渡しから1年8か月余りを経過してもなお,本件選挙区割りの是正のための合理的期間が経過していないなどということはあり得ない旨主張する。

なるほど,本件選挙区割りの是正は,事柄の性質上,国会において速やかな対応を要する課題であることはいうまでもないが,1人別枠方式の廃止を含む本件区割基準規定及び本件区割規定の改正は,衆議院議員の選挙制度に関する問題であって,その改正と同じ機会に,より大きな選挙制度の改正を政治課題として取り組むことが立法権に与えられた裁量を逸脱するものではないことは明らかであるところ,平成23年判決の言渡しから本件総選挙までの間に,立法府において,上記法改正を含む衆議院議員の選挙制度の改正につき各党間の協議及び法案の審議がなされていた事情が存することは前記のとおりである。そのような選挙制度改正に向けた立法府の試みは,憲法が立法府に与えた権限を適切に行使するものであって,これを十分に尊重するのが相当であると考えられる。

確かに,結果的にみると,違憲状態の早期解消という観点からみて,国会の取組みによる具体的成果が乏しかったとの批判を免れることは困難であるとしても,衆議院の与党勢力が参議院では少数派であるといういわゆる「ねじれ国会」の状況にあったことなどを考慮すると,一概に国会関係者の怠慢であると批難することは相当でない。

また,原告らは,平成23年判決によって違憲状態と判断された選挙区割り(本件選挙区割り)により実施された選挙で選出された衆議院議員は,「違憲状態」国会議員であり,そのような議員らが立法府の意思決定に関与することには何ら正当性が認められない旨も主張するが,憲法43条1項は,「本来的には,両議院の議員は,その選出方法がどのようなものであるかにかかわらず,特定の階級,党派,地域住民など一部の国民を代表するものではなく全国民を代表するものであって,選挙人の指図に拘束されることなく独立して全国民のために行動すべき使命を有するものであることを意味していると解される」(前掲最高裁判所平成11年11月10日大法廷判決参照)から,かかる行動規範が妥当する限り,1人別枠方式を含む本件区割基準規定及び本件区割規定という違憲状態の選挙制度の仕組みの下で選出された議員であるからといって,全国民の代表者という性格と矛盾抵触することにはならず(平成23年判決における竹内行夫判事の補足意見参照),違憲状態の解消を目指した国会における上記取組みの意義を否定することは相当でない。

よって,原告らの上記主張は採用の限りではない。

3  小括

以上のとおりであって,本件総選挙時において,本件区割基準規定の定める本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分(緊急是正法により削除された部分)は,憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っており,同基準に従って改定された本件区割規定の定める本件選挙区割りも,憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていたものであるが,いずれも憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割基準規定及び本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。

第4結論

以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤幸雄 裁判官 河村隆司 裁判官 達野ゆき)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例