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名古屋高等裁判所 平成25年(ネ)523号 判決 2014年2月13日

主文

1  1審原告の控訴を棄却する。

2  1審被告の控訴に基づき,原判決主文2項を次のとおり変更する。

(1)  1審被告は,1審原告に対し,3180万7900円及びこれに対する平成22年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1は1審原告の負担とし,その余は1審被告の負担とする。

4  この判決は,第2項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告

(1)  原判決中,1審原告敗訴部分を取り消す。

(2)  1審被告は,1審原告に対し,更に3180万7900円及びこれに対する平成22年5月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審を通じ,1審被告の負担とする。

(4)  (2)項について仮執行宣言

2  1審被告

(1)  原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審を通じ,1審原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,1審被告の従業員で1審原告に出向していたAが,その地位を利用して1審原告の金員を横領したとして,1審原告が,Aに対しては不法行為に基づく損害賠償として,1審被告に対しては出向契約に基づく損害賠償として,連帯して,6361万5800円及びこれに対する不法行為の後の日(Aが横領を認めた日)である平成22年5月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,1審原告のAに対する請求を認容したが,1審被告に対する請求については,1審原告の過失を考慮して,1審被告に損害の5割を負担させ,Aと連帯して,3180万7900円及びこれに対する平成22年5月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度でこれを認容し,その余の請求を棄却した。

これに対し,1審原告及び1審被告が,各敗訴部分を不服としてそれぞれ控訴した。したがって,1審原告のAに対する請求は,当審の審理の対象ではない。

2  その余の事案の概要は,以下のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の2及び第3記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,略称は原判決に従うが,「原告」を「1審原告」に,「被告B」を「1審被告」に,「被告A」を「A」にそれぞれ読み替えることとする。)。

(1)  原判決3頁21行目の末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。

「 本件補償条項により1審被告が補償を免れるのは,その原因が1審原告の責めに帰すべき事由による場合であって,出向者が法令又は1審原告の規則等に違反したことの原因が1審原告にあった場合に限られる。このような場合には,出向者も賠償を免れるであろうが,本件では,出向者であるAも損害の全額について賠償責任を負うのであるから,1審被告も同様の責任を負うと解すべきである。

また,本件補償条項には,「保証」ではなく「補償」という文言が用いられているところ,「補償」は損失の塡補をするものであって,憲法29条の損失補償や労働基準法等の労災補償のように,過失相殺がされることはない。

そして,1審原告には,1審被告が人選した出向者を拒否できないこと,出向者に対する労働条件は原則として1審被告のものが適用されること,1審被告と出向者との間に労働関係が存し,1審被告は出向者に対する人事的監督権を有しているが,1審原告には日常的な業務における管理・監督しかできないことに照らせば,本件補償条項は身元保証には当たらない。」

(2)  同5頁7行目の「見落としたものであり,」から10行目末尾までを「見落としたものである。1審原告において,経理規程に基づいた処理がされていれば横領行為は行われなかったものであるし,平成18年に発生した愛知県の交通第三セクターであるCにおける横領事件を受けて内部統制システムを構築していれば,それ以降の横領行為は行われなかったものであり,会計監査人や監査役がきちんと監査していれば,遅くとも平成19年9月期において横領を発見することができたから,1審被告は,本件で請求されている平成21年4月以降の横領については責任を負わない。」に改める。

(3)  同7頁21行目の「やむを得ないことであり,」の次に「上記の経理実態が経理規程に反するものであったとしても,それは経理実態に合わせて経理規程が変容されたとみるべきであって,」を加える。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,1審原告の請求は,3180万7900円及びこれに対する遅延損害金(ただし,遅延損害金の起算日は,平成22年6月30日)の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  前提事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  1審原告は,名古屋市の運営する地下鉄東山線藤が丘駅から東,すなわち,愛知県長久手町(現在は,市制施行により長久手市),瀬戸市,日進市,豊田市等にまたがる東部丘陵地帯の基幹交通を担う目的で,愛知県,名古屋市,1審被告及びD銀行が主体となって設立されたいわゆる第三セクターであり,上記地域に磁気浮上式鉄道の一種であるHSST方式による東部丘陵線(リニモ)を運営することを目的としていた(甲13,16)。

そして,愛知県,名古屋市,1審被告及びD銀行は,平成12年2月15日,「東部丘陵線事業主体の事業運営に関する確認書」を交わし,1審原告の運営に関し,各者が果たすべき役割について以下のとおり確認した(甲16,乙4)。

① 愛知県は,計画の中心的推進者として,当該事業の採算の確保と健全な運営の継続に必要な助言,指導を行い,磁気浮上鉄道(リニモ)建設に向けてのインフラ部の着実な整備に努め,建設費等の円滑な調達,開業後の安定的運営のための沿線開発を担う。

② 名古屋市は,愛知県とともに磁気浮上鉄道(リニモ)建設に向けてのインフラ部の着実な整備に努め,市営地下鉄東山線との乗り換えの利便性向上のために必要な協力を行い,建設費等の無利子融資を行う。

③ 1審被告は,磁気浮上鉄道(リニモ)の安定的な運行が可能となるような技術面での支援を行い,磁気浮上鉄道(リニモ)と一体となった公共交通ネットワーク形成のための必要な協力に努め,鉄道事業経営のノウハウ等必要な助言,指導を行う。

④ D銀行は,建設費等への融資を行い,経営の健全性・効率性を確保するため,必要な助言,指導を行う。

(2)  1審原告は,愛知県,長久手町,名古屋市,豊田市,瀬戸市の各自治体と,1審被告,D銀行等の民間企業等の出資により,平成12年2月7日に設立された(甲37)。その後の出資の割合は変動しているが,平成19年までは,概ね愛知県が約30パーセントの株式を保有し,1審被告がこれに次ぐ約15パーセントの株式を保有していた(甲37ないし45)。また,1審原告は,会社法上の大会社に当たり,会計監査人設置会社である。

設立に際し,当時の愛知県知事であったEが1審原告の代表取締役社長に就任し,1審被告の社長であったF,長久手町長及び名古屋市助役が取締役副社長に就任したほか,1審被告から出向したGが1審原告の代表取締役専務(常勤)に就任した。また,社員(兼務取締役を含む。)についても,上記(1)の4者や長久手町から出向したり,派遣されたりした者であった(乙5の1)。

当時の1審原告の組織は,大きく総務・経理関係の事務を分担する総務部と事業の基本計画の策定や軌道・車道・駅舎等の建設に関する事務を分担する技術部に分かれているところ,総務部は,愛知県OBの常務が兼務する総務部長と,D銀行出身の常務が兼務する財務役をトップとし,その下に,愛知県出身の総務部次長,その下に総務課長(ただし,総務部次長が兼務),その下に愛知県出身の総務課長補佐と長久手町出身の経理課長補佐,総務課長補佐の下に愛知県出身の主任,経理課長補佐の下に1審被告出身の主任であるH(H主任)が配置されていた(乙5の1)。

そして,1審原告の設立に当たり,その財務,会計及び契約に関する基準を定めることなどを目的として経理規程が定められたが,その概要は別紙のとおりであり,総務部長が経理責任者,総務課長が出納責任者である旨規定されている(乙1)。また,1審原告の組織規則によれば,社員の組織として,部,課及び現場ごとに職が置かれており,課については,課長及び主幹が置かれ,その職務はいずれも「上司の命を受け,課の業務を掌理する。」という点にあって,両者は同格の立場にあった(甲9,14)。そして,1審原告の事務決裁規程によれば,1000万円以上の支払の処理については担当部長に専決(社長の補助機関が,この規程の定める範囲に属する事務について決裁すること)する権限があり,1000万円未満の支払の処理については担当課長に専決する権限があった(甲9,14)。

(3)  1審原告は,1審被告からの出向者を受け入れるに当たり,1審被告との間で,「出向者の取扱いに関する契約書」を交わしており,契約書の有効期間は1年間であって,1年ごとに契約を更新していた(以下「本件出向契約」という。甲3,4,14)。

本件出向契約においては,出向者とは,1審被告に入社した者で1審被告に在籍したまま1審原告の指揮命令に従って1審原告の業務に従事する者をいうとされ,その労働条件等は1審原告の規定によるものとするが,出向者に対する賃金や賞与は1審被告が支払うこと(ただし,1審原告は1審被告に対し,両者の協議によって定められた1審原告の負担分を支払う。),懲戒等の身分上の行為は両者の協議によることなどが定められていたほか,「損害賠償」という表題の下に,本件補償条項(1審被告は,出向者が法令又は1審原告の規則等に違反したことにより1審原告に損害を与えた場合,その行為により1審原告が被った損害を補償する。ただし,その原因が1審原告の責に帰すべき事由によるときはこの限りでない。)が定められていた(甲3,4,14)。

(4)  1審原告においては,設立後も一貫して愛知県知事が代表取締役社長を務め,1審被告の会長(又は社長),長久手町長及び名古屋市助役(副市長)が取締役副社長を務めていた。また,常勤の代表取締役専務については,設立から平成17年までは1審被告からの出向者が務めていたが,平成18年以降は,愛知県のOBが務めるようになった(甲37ないし44)。なお,現在も,愛知県知事が1審原告の代表取締役社長を務め,1審被告の代表取締役社長であるIが1審原告の代表取締役副社長を務めている。

1審原告は,平成17年3月6日,名古屋市名東区から愛知県豊田市八草町までのリニモの営業を開始し,同月25日から同年9月25日まで開催された愛知万博会場への入場客の輸送手段としても用いられた(甲13,42)。

(5)  Aは,昭和63年4月に1審被告に入社し,経営企画部事務リーダー,経営管理部事務リーダー,航空サービス支配人付主任,人事部主任等として勤務し,平成12年に関連会社であるJ株式会社に出向し,平成16年4月には課長相当の参事2等級に昇格した。そして,Aは,平成17年6月1日から1審原告に出向した(甲13)。1審原告が1審被告から出向者を受け入れる際には,1審原告はそのポストを示すのみであり,具体的な出向者の人選は1審被告において行われていたところ,Aについても,1審被告が人選して,1審原告に出向させたものである(甲16)。

Aは,1審被告から出向し,1審原告の設立以来,その総務部経理課の主任として経理部門で勤務していたH主任の後任として,1審被告が新たに1審原告に出向させたものであるが,H主任よりも年齢が上であり,職級も課長相当と上位の者であったことから,1審原告は,Aについて課長級のポストを用意する必要があると考え,課長と同格の主幹としてAを受け入れることにした(甲9,17)。

平成17年7月1日当時の1審原告の組織は,既にリニモの営業が開始されていたことから,総務部及び技術部に加え,新たに営業部が設けられていた。そして,総務部は,主に会社の運営,人事,労務管理,経理,財産管理,資金の調達運用,広報等の事務を分掌しており,愛知県出身の総務部長兼総務課長であるKをトップとしていて,その下が4つに分かれ,愛知県出身の総務担当の主幹,経理担当の1審被告出身の主幹であるA,愛知県出身の企画課長及び愛知県出身の調整課長が配置されていた(甲13,14,17,乙5の2)。

平成18年4月1日に,愛知県出身のLが,1審原告の総務部長に就任したが,その時点における1審原告の総務部は,愛知万博後の乗客減少に伴って組織が縮小されたことから,総務部長の下に,愛知県出身の総務課長と1審被告出身の主幹であるAが配置されるという体制となり,この体制は,平成21年4月1日に,総務部長が愛知県出身のMに交替したことを除いては,Aによる横領事件が発覚するまで変わらなかった(甲18,証人M)。

そして,総務課長が人事や労務等の総務関係業務を担当し,Aが実質的な出納責任者として,出納業務等の経理関係業務を担当することとなり,Aは,1審原告の預金通帳及び銀行印を管理し,また1000万円未満の支出について専決する権限を与えられていた(甲9,12)。

(6)  平成17年に1審被告から1審原告に出向していたNが自殺した(甲10)。

(7)  Aは,1審被告で勤務していた当時から,競馬にはまり,消費者金融業者等から多額の借金をして,これを勝馬投票券(以下「馬券」という。)の購入代金に充てることを繰り返していたところ,1審原告に出向後,1審原告の預金通帳及び銀行印を管理していたことや,1000万円未満の支払について専決する権限が与えられていたことから,馬券の購入代金に充てるために,1審原告の銀行預金口座から現金を引き出そうと考えるようになった(甲12)。

1審原告の会計年度は,別紙経理規程のとおり,毎年4月1日から翌年3月31日までの1年間であるところ,Aは,以下のとおり,平成17年10月13日から平成22年4月30日まで,1審原告の銀行預金口座から出金したり,手元の小口現金を自己のものとしたりして,これを自己の馬券購入代金に費消するなどして横領を続けたが,1回当たりの出金額は1000万円未満にとどまった(甲9,22ないし33,50の1ないし4,甲51の1ないし4,甲52,証人O)。

ア 平成17年度

Aは,平成17年10月13日,1審原告の銀行預金口座から100万円を出金して,同月31日,Nの退職金の一部を立替払いしたという名目で仮払金勘定に入れ,平成18年3月31日の年度末までには,この仮払金を精算しなかった。

イ 平成18年度

Aは,平成19年3月12日及び同月19日に,同様に各50万円を出金し,同月20日及び同月31日にそれぞれNに対する立替金を支出したという名目で仮払金勘定に入れ,同月31日の年度末までには,この仮払金を精算しなかった。

ウ 平成19年度

Aは,平成19年5月31日から平成20年3月24日までの間に,7回にわたって,同様に合計345万円を引き出し,それぞれ仮払金勘定に入れ,仮払金勘定の残高が545万円になった。そして,Aは,同月31日,仮払金勘定の残高を勘違いして,645万円を仮払金の返還として上記預金口座に入金し,100万円を過払いした状態になったが,これについては,勘定明細書上で他の仮払金項目と相殺した旨の記載がされ,仮払金が過払いであることが容易に判別できないような状態になっていたため,平成22年4月にAの横領が発覚した後の1審原告の調査により判明したものであった。

エ 平成20年度

Aは,平成20年6月27日から平成21年3月17日までの間に,39回にわたって,同様に合計2992万2200円を出金し,他方,親戚や知人等から約3200万円を借り入れて,同年2月27日に2400万円を,同年3月31日に700万円を入金したことから,同年度分としては107万7800円を過払いした状態となり,累計では207万7800円を過払いした状態となったが,これも勘定明細書上は預り金その他に含めて表示され,仮払金が過払いであることが容易に判明できないような状態になっていたため,平成22年4月にAの横領が発覚した後の1審原告の調査により判明したものであった。

オ 平成21年度

Aは,平成21年4月3日から平成22年3月30日までの間に,45回にわたって,同様に合計6526万6600円を出金したが,同月末の年度末までには,この仮払金を精算しなかった。そして,Aは,仮払金勘定に入金することができず,年度末の仮払金残高約6300万円を構築物勘定に仕訳をして表示した(甲10,12,52)。

カ 平成22年度

Aは,平成22年4月2日から同月30日までの間に,10回にわたって,同様に合計2390万円を出金したが,同月30日にAの横領が1審原告に発覚した。

(8)  Aは,上記のとおり横領を繰り返していたところ,その手口は,Aが管理している1審原告の預金通帳及び銀行印を利用して,預金口座から現金を引き出したり,Aが管理している小口現金を自己のものとしたりして手に入れ,これを仮払金勘定に計上し,期末には仮払金勘定に入金して仮払金残高を解消させることによって,その発覚を防ぐという単純なものであった。

そして,出金に当たっては,Aが部下に指示するなどして,総務部長の記名欄と押印欄のある支払明細書や出金明細書が作成されたものがあるが,平成20年2月8日の20万円,平成22年4月22日の40万円及び同月30日の50万円の出金を除くと,同書面には総務部長の押印はされておらず,摘要欄にも単に「仮払金」と記載されているか,何らの記載もないものであって,具体的な使途についての記載もないものであり,また,出金に当たって,このような支払明細書や出金明細書すら作成されていないものも多かった。しかも,総務部長の押印についても,総務部長の知らないところで押印されたものであった(甲22ないし33,証人M)。そして,1審原告の総勘定元帳の仮払金勘定の欄にも,平成17年度及び平成18年度の出金については,上記のとおりNに対する立替金であるなどと記載されたが,平成19年度以降の出金については,単に仮払金と記載されるにすぎなかった(甲22ないし27)。

1審原告の別紙経理規程によれば,出納責任者は総務課長とされているが,1審原告においては,Aが実質的な出納責任者として出納業務等の経理関係業務を担当していたことから,総務課長がAの上記出金について監督することはなかった。

また,1審原告の別紙経理規程によれば,経理責任者は総務部長とされ,金銭の支払は,原則として対価の受領及び役務提供の確認後,請求書その他の証ひょう書類(会計伝票の正当性を立証する領収書,請求書及び支払依頼書等)に基づいて,会計伝票(入金伝票,出金伝票,振替伝票)により,経理責任者の承認を得て行うものとされ,原則として銀行振込の方法により行い,現金払いの場合には支払先から領収書を受け取らなければならず,領収書を受けがたいものについても,その事由を明記した支払報告書を作成して,経理責任者の承認を受けるものとされている。しかしながら,Aの出金に際しては,上記のとおり,一部について支払明細書や出金明細書が作成されたにとどまり,しかもそのうち総務部長の押印があるのは3通にすぎず,しかも総務部長の知らないところで押印されたものであり,その他については,何ら書面が作成されず,銀行振込による支払という形式をとっていないのに一通の領収書も存しなかったが,総務部長がこれについて具体的な指示をしたことはなかった。

さらに,1審原告の経理規程上,経理責任者は,毎月末における補助帳簿の合計及び残高を総勘定元帳と照合し(10条4項),毎月末において試算表を作成するものとされているが(10条5項),総務部長はAに任せたままであって,自らこれを行うことはなかった(証人M)。

(9)  P(以下「P監査役」という。)は,名古屋市の職員を退職した後,平成20年6月27日に1審原告の監査役に就任し,週に3回勤務する常勤の監査役として執務に当たっていた。P監査役は,監査役に就任後,Aが提示する証拠書類に基づいて監査に当たったが,その書類の中に仮払金に関する書類は含まれておらず,しかも証拠書類が提出されない月もあったが,Aに証拠書類の早期提出を求めるにとどまり,実際に提出されなくても,それ以上の対応はしなかった。また,上記のとおり,Aは出金について仮払金勘定に入れるという処理をしていたことから,総勘定元帳の仮払金勘定を確認すれば,仮払金として多額の金員が支出されていることが容易に判明する状態であったにもかかわらず,総勘定元帳については,これを確認することはせず,また,1審原告の預金通帳を基に調査することもせず,Aが仮払金勘定に入れるという処理をして出金している事実自体を知らなかった。また,経理責任者である総務部長がどのように職責を果たしているかについても,監査することはなかった(甲19,34,証人P)。

(10)  O(以下「O会計監査人」という。)は,公認会計士であって,平成19年度以降,1審原告の会計監査人に就任した。そして,O会計監査人は,取引金額が累積し,計算書類上表示されるもの,すなわち損益項目,固定資産増減取引等について期末監査の準備のために行われる期中監査と,貸借対照表残高項目に対し,実査,棚卸立会,残高確認,証ひょう突合等により勘定科目残高の妥当性を監査する期末監査を実施し,期末監査終了後に,計算書類の表示の適正性に関する意見として,監査意見を1審原告に提出していた(甲15,52,証人O)。

O会計監査人は,平成19年度の監査の際には,Aによる仮払金勘定の問題点に気付くことはなかった(なお,O会計監査人の陳述書(甲52)には,平成19年度の期中監査の際に,仮払金についてAに尋ねた旨の記載があるが,O会計監査人は,警察官に対して,平成19年度末までは問題点に気付かなかった旨供述しており(甲15),尋問でも同様の証言をしていることに照らすと,上記記載は採用し難い。)。しかし,平成20年9月ころに実施した平成20年度の期中監査の際に,仮払金の残高が約1300万円計上されていたことから,Aに尋ねたところ,Aから,以前,愛知万博の繁忙期に亡くなった従業員の遺族に補償金の一部を貸し付けており,金額を交渉中であるため,仮払金として支払っているが,遺族感情もあって契約書や領収書はない,労災の問題になると増資の際に支障となることからA個人で対応しており,期末までには問題を解決するとの説明を受けた。そして,O会計監査人は,愛知万博の開催時に自殺した従業員がおり,1300万円という補償金額は高額すぎるものではなく,労災による死亡事故における遺族との和解交渉は長期にわたるのが通常であることから,Aの説明を異常とは判断しなかったところ,期末には,上記(7)エのとおり仮払金の残高が解消されていたため,O会計監査人は,1審原告の経理に異常はないと判断した(甲15,20,52)。

O会計監査人は,平成21年11月ころに実施した平成21年度の期中監査の際に,仮払金の残高が一千数百万円となっていたことから,Aに尋ねたところ,Aは,前年度と同様の説明をした。O会計監査人は,前年度の期末には仮払金の残高が解消されていたことから,Aの説明を信用した(甲15)。

(11)  O会計監査人は,平成22年4月28日,1審原告の平成21年度の期末監査を実施し,仮払金についてAに尋ねたところ,Aは,全額回収した旨説明し,実際に仮払金の残高はほぼ解消されていた。しかし,これとは別に,固定資産の構築物勘定が約6300万円程度増加しており,O会計監査人が調査すると,仮払金が構築物勘定に振り替えられていたことから,これをAに尋ねたが,Aから合理的な説明がされなかったため,O会計監査人は,調査が必要であるとの判断をした(甲15)。

そして,O会計監査人は,翌29日が祝日であったことから,同月30日,P監査役に対して,同年3月31日現在,内容不明の金額6326万6600円が構築物勘定に計上されており,担当であるAは,愛知万博開催時に雇用していた従業員が過労死したことに対する補償金で,現在金額を交渉中だが未決着であるとして,それ以外の相手先名等の詳細な返答は得られなかったことから,至急上記金額の支出目的,支払相手先名,回収可能性などを調査して返答するよう求めた(甲1,15)。

1審原告の調査の結果,Aが上記(7)のとおり横領したことが判明し,Aは,同年5月2日,これを認めたことから,1審原告がAを業務上横領罪で告訴したところ,Aは起訴された。また,Aが1審原告に弁済したことなどにより,Aの横領による1審原告の損害額は,最終的に6361万5800円となった。

1審原告は,平成22年6月29日,1審被告に対し,当時判明していたAの横領による1審原告の損害7561万5800円を支払うよう請求した(甲5の1・2)。

(12)  なお,Aによる横領の行われていた平成18年5月に,愛知県が出資する第三セクターであるCにおいて,経理の担当者が約2億3000万円を横領した事件が発生したことから,愛知県は,1審原告を含む関係会社に対し,社内管理体制の確立と社員の法令遵守を求めたが,1審原告においては,特段の内部統制システムがとられることはなかった(乙6の1ないし3,乙7)。

そして,本件のAによる横領の発覚を受けて,平成22年6月30日,管理体制や監査体制を強化し,人事施策を改善するなどの再発防止策が採られた(乙9)。

3  争点1(本件補償条項の趣旨)について

(1)  上記認定のとおり,本件出向契約には,「損害賠償」という表題の下に,本件補償条項(1審被告は,出向者が法令又は1審原告の規則等に違反したことにより1審原告に損害を与えた場合,その行為により1審原告が被った損害を補償する。ただし,その原因が1審原告の責に帰すべき事由によるときはこの限りでない。)が定められており,1審被告から1審原告に出向したAが,法令に違反したことによって,1審原告に対し,6361万5800円の損害を与えたものであるから,1審被告は,1審原告に対し,原則として,上記損害を補償する責任を負うことになる。

しかし,本件補償条項には1審被告の責任を免責するただし書(以下「本件ただし書」という。)が付されており,また,1審被告は,本件補償条項について身元保証ニ関スル法律(以下「身元保証法」という。)の適用により1審被告の責任が制限される旨主張する。

(2)  そこで,本件ただし書について検討するに,1審原告は,出向元である1審被告が免責されるのは,出向先(1審原告)が出向者(A)に不祥事(業務上横領等)を行わせたと評価できるような事情がある場合をいうとか,出向者が法令又は1審原告の規則等に違反したことの原因が1審原告にあった場合に限られるなどと主張するが,本件補償条項には,1審被告が免責される場合をそのように限定する文言はないから,1審原告の主張は採用することができない。

しかしながら,本件ただし書の「その原因」とは「出向者の行為により1審原告が被った損害が生じた原因」をいうものと解されるところ,1審原告が被った損害は,出向者であるAが馬券の購入代金に充てるために1審原告の預金を引き出す等して横領したことによって生じたものであり,後述の1審原告の内部統制システム構築義務違反及び総務部長の管理,監督義務違反並びにP監査役及びO会計監査人の義務違反は,上記横領行為の誘因及び横領被害額を拡大させた要因の一つにすぎないから,上記横領行為による損害については本件ただし書は適用されないものというべきである。

(3)  次に,本件補償条項に身元保証法が適用されるかについて検討するに,前記認定事実によれば,1審原告は,愛知県等の自治体と1審被告等の民間企業等の出資により設立されたいわゆる第三セクターであって,その取締役や社員についても,主として出資者らから出向した者や派遣された者らによって構成されていたこと,1審原告が1審被告から出向者を受け入れる際には,1審原告はポストを示すのみであり,具体的な出向者の人選は1審被告において行われていたことが認められ,1審被告としては,法令や1審原告の規則等に違反して1審原告に損害を負わせることのない者を出向させることが求められており,1審原告が1審被告から出向者を受け入れるに当たって,出向者が法令や1審原告の規則等に違反した場合に1審原告が被る損害を填補させる目的で,本件補償条項が規定されたものと認めるのが相当である。そして,1審原告と出向者との関係は,出向者に対する賃金や賞与は1審被告が支払うとされ,出向者に対する懲戒等の身分上の行為も1審原告と1審被告との協議によることなどが定められていたことなどに照らすと,包括的な労働契約関係が成立していたとは直ちにいえないものの,1審原告が出向者に対する指揮命令権を有するものであって,労働契約と評価されるものであることに鑑みると,本件補償条項は,被用者の行為により使用者の受けた損害を賠償することを約する身元保証に当たり,身元保証法が適用されるものというべきである。

そうすると,Aの横領行為についての1審被告の損害賠償責任及びその損害賠償額については,身元保証法5条(裁判所は身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるに付き,被用者の監督に関する使用者の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすにあたり用いた注意の程度,被用者の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌する)に基づいて判断することになる。

なお,1審原告は,本件補償条項に「補償」という文言が記載されているので,過失相殺がされることはない旨主張するが,本件補償条項の趣旨は,上記のとおりと解されるのであって,本件補償条項が「損害賠償」という表題の下に設けられていて,1審被告が,出向者の損害賠償責任について身元保証するものと解されることや,身元保証法の適用の有無は,その名称にかかわらないこと(同法1条参照)に照らしても,1審原告の主張を採用することはできない。

(4)  1審原告の「第3の1(1)ウ」の主張(原判決引用部分)が理由のないものであることは,原判決13頁12行目の「原告は,」から21行目の末尾までに記載されたとおりであるから,これを引用する。

(5)  その他,1審原告の本件補償条項に関する主張は,上記(3)で述べた点に照らし,いずれも採用することができない。

4  争点2について

(1)  Aの横領行為に関し,1審原告にいかなる帰責性が認められるかについて検討する。

ア 上記認定事実によれば,Aは,1審原告の総務部の主幹であり,1審原告の経理規程上の出納責任者は総務課長であると規定されているが,実際には,Aが実質的な出納責任者として出納業務等の経理関係業務を担当しており,総務課長がAの出金について監督することはなかったことが認められる。

これについて,1審被告は,出納責任者である総務課長が,経理規程に従った現金管理を怠った旨主張する。

しかし,Aが1審原告に出向した時点以降において,1審原告の総務部は,総務部長をトップとし,その下に総務課長と主幹のAが配置されるという体制であり(なお,平成17年当時は,総務課長の下に主幹のAが配置されているが,これは総務部長のKが総務課長を兼任していたためにすぎない。),総務課長と主幹は同格のポストであって,その担当業務も明確に区別され,Aが実質的な出納責任者として出納業務等の経理関係業務を担当していたものであることに照らすと,経理規程上,出納責任者は総務課長だけではなく総務課の主幹を含むものであったと解するのが相当であって,総務課の主幹であるAは出納責任者であったと認められる。

したがって,総務課長がAの出金について監督する責任を負っていたものということはできず,1審被告の上記主張は採用することができない。

イ 前記認定のとおり,Aは,1審原告の預金口座から現金を引き出したり,小口現金を自己のものとしたりするに当たり,1審原告の経理規程に従った処理をしていなかったが,経理責任者である総務部長は,これについて具体的な指示をしたこともなかったものであるから,総務部長は,Aの上記出金について,監督義務を怠ったものといわざるを得ない。

また,総務部長は,経理責任者として,毎月末における補助帳簿の合計及び残高を総勘定元帳と照合し,試算表を作成しなければならないにもかかわらず,Aに任せたままにして,自らこれを行うことはなかったのであるから,この点も総務部長に課せられた義務を怠ったものといわざるを得ない。

これに対し,1審原告は,1審原告の経理は1審被告に任されていたとか,Aが実質的な経理責任者であったなどと主張する。しかし,1審原告設立時の確認書において確認されたのは,1審被告が,技術面の支援を行い,公共交通ネットワーク形成のための必要な協力に努めるほか,鉄道事業経営のノウハウ等必要な助言,指導を行うというにすぎないし,1審原告の設立時以来,1審被告から出向したH主任が総務部経理課の主任として経理部門で勤務し,Aは,H主任の後任として1審被告から1審原告に出向し,上記のとおり,その出納責任者として勤務に当たっていたことが認められるが,これらの事実をもって,1審原告の経理が1審被告に任されていたとか,Aが実質的な経理責任者であるということはできず,1審原告の上記主張を採用することはできない。

ウ 次に,1審原告は,1審原告は会計監査人を設置する株式会社であるから,監査役及び会計監査人は,計算書類及びその附属明細書について監査するものであり(会社法436条2項1号),計算書類等が会社の財産及び損益の状況を適正に表示しているかどうかについての監査意見は,会計監査人のみが表明し(会社計算規則126条1項2号),監査役は,会計監査人による監査の方法と結果の相当性を評価するものである(会社計算規則127条2号)ところ,この点について会計監査人及び監査役に過失はなかった旨主張する。

そこで,まずO会計監査人について検討するに,会計監査人は,会社及び会社が属する産業に関連する法令並びにその遵守のための内部統制について理解する必要があり,会計監査人の監査は違法行為の発見自体を目的とするものではないが,監査の実施過程で,違法行為の発生又は存在の可能性に気付いた場合には,違法行為が行われたかどうかを確かめるため,関連書類・資料の閲覧,経営者への質問,法律専門家の意見の聴取等の適切な監査手続を実施しなければならないものと解される(乙8)。しかして,O会計監査人は,平成20年9月ころに実施した平成20年度の期中監査の際に,仮払金の残高が約1300万円計上されていることに気付いたにもかかわらず,従業員の遺族に貸し付けた旨のAの説明を異常とは判断しなかったものであるところ,このような高額の支出でありながら契約書や領収書がないというのは不自然であるし(なお,1審原告の経理規程上,領収書がない場合には経理責任者である総務部長の承認を受けることが必要であり,O会計監査人が調査すれば,実際には総務部長の承認がないことが判明したはずである。),このような交渉についてAが個人で対応するというのも不自然であるから,O会計監査人は,Aの説明について調査した上で,遅くとも平成20年度の期末監査の際には,これを監査役に報告する義務を負っていたものというべきである。そして,O会計監査人は,これを行わなかったのであるから,会計監査人としての義務に反したものというべきである。

これに対し,O会計監査人は,平成20年度の期末監査の際には,仮払金の残高が解消されていたため,異常ではないと判断したものであるが,上記のとおり,O会計監査人の上記の義務違反は,多額の仮払金残高についてのAの説明が不自然であったことに基づくものであるから,上記の仮払金の残高が解消されていたために異常はないと判断したとしても,O会計監査人の上記の義務違反が否定されるものではない。

エ P監査役は,会計監査人による監査の方法と結果の相当性を評価することになるのであるが,会計監査人設置会社においても,監査役の会計監査権限が失われるものではない。

そして,前記のとおり,O会計監査人は,会計監査人としての義務に反したというべきであるが,P監査役が,これについてO会計監査人による監査の方法と結果の相当性について,具体的にいかなる監査を行ったのかについては明らかではない上,P監査役は,Aの提示する証拠書類の中に仮払金に関する書類が含まれておらず,しかも証拠書類の提出されなかった月もあったにもかかわらず,Aに証拠書類の提出を求めるにとどまり,実際に提出されなくてもそれ以上の対応をしなかったことや,総勘定元帳について確認することや,経理責任者である総務部長がどのように職責を果たしているかについても監査することはなかったのであるから,監査役としての義務を怠ったものというべきである。

さらに,後記オのとおり,1審原告においては内部統制システムが構築されていないところ,監査役は,これについても監査の義務を負うものである(会社法施行規則129条1項3号参照)が,P監査役はその監査をしなかったものであるから,この点においても,監査役としての義務を怠ったものというべきである。

オ そして,1審原告は会社法上の大会社であるから,内部統制システム(取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備)の構築義務を負い,取締役会においてこれを定める必要があるところ(会社法362条5項,同条4項6号),1審原告においては,本件のAによる横領が発覚するまで,内部統制システムが構築されていなかったのであるから,この点についても,1審原告については,上記内部統制システムの構築義務に反していたものといわざるを得ない。

なお,1審原告が第三セクターであることは,上記義務を果たしていないことを正当化するものではない。

カ 以上のとおり,1審原告には,1審原告の内部統制システム構築義務違反及び総務部長の管理,監督義務違反並びに監査役及び会計監査人の各義務違反が存在するところ,これらの義務違反がAの横領行為の誘因となり,また,その横領金額が増加する原因となったものと認められるから,Aの横領行為によって被った損害に対する1審原告の帰責性は相当に大きいというべきである。

(2)  しかしながら,本件の横領行為は,1審原告の業務とは関係のないAの個人的な不法行為であって,1審原告に帰責性が認められるのは,適切な監査体制を採らなかったことなど,Aによる横領行為を防止することができなかったという間接的なものにすぎない。しかも,Aは出納責任者の地位を利用して本件の横領行為をしたものであるところ,1審原告の経理を担当する中心的な人物としてAを選定したのは1審被告である上,1審被告の会長又は社長が1審原告の代表取締役副社長を務めており,平成17年度までは1審被告からの出向者が1審原告の常勤の代表取締役専務を務めていたものであるから,1審原告が内部統制システムを構築していなかった点については,1審被告にも一定の落ち度が認められるというべきである。

そして,法令や1審原告の規則等に違反して1審原告に損害を負わせることのない者を出向させることは1審被告の最低限の義務であり,出向者が法令や1審原則の規則等に違反した場合に1審原告が被る損害を填補させる目的で本件補償条項が規定されたものであることも考慮すると,Aの横領行為によって1審原告が被った損害に対する1審被告の帰責性は相当に大きいものというべきであり,その帰責性についての1審原告と1審被告との割合は同程度であると認めるのが相当であるから,その損害については,それぞれ5割を負担するものというべきである。

これに対し,1審被告は,会計監査人や監査役がきちんと監査をすれば,遅くとも平成19年9月期においてAの横領行為を発見することができたから,1審被告は,本件で請求されている平成21年4月以降の横領行為による損害については責任を負わない旨主張する。しかしながら,使用者が身元保証法3条所定の通知義務を怠っている間に,被用者が不正行為をして身元保証人の責任を惹起した場合に,その通知の遅滞は,裁判所が同法5条の身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定める上で斟酌すべき事情とはなるが,身元保証人の責任を当然に免れさせる理由とはならないと解されること(最高裁昭和51年11月26日第2小法廷判決・裁判集民事119号275頁参照)を踏まえると,1審原告において適切な監査によって不正行為を発見することができたという事情は,1審被告の損害賠償責任及びその額を斟酌すべき事情となるにすぎず,これによって1審被告が当然に責任を負わないということはできない。そして,上記判示した事情に鑑みれば,前述のとおり,1審原告は,損害のうち5割を負担するのが相当であるというべきである。

また,1審原告は,1審被告の過失相殺の主張は信義則上制限されると主張するが,本件において,上記主張が制限される根拠は見当たらない。

(3)  したがって,Aの横領行為によって1審原告の被った損害のうち,1審被告は5割を負担すべきであるから,1審被告は,1審原告に対し,本件補償条項に基づき,3180万7900円の賠償義務を負うことになる。

そして,上記賠償義務は契約上の責任に基づくものであるから,1審原告の請求によって遅滞に陥るところ,証拠(甲5の1・2)によれば,1審原告が1審被告に対し損害賠償金を支払うように請求したのは平成22年6月29日であるから,遅延損害金の起算日は,その翌日である同月30日となる。

第4結論

よって,1審原告の請求は,3180万7900円及びこれに対する平成22年6月30日から年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,1審原告の控訴を棄却し,1審被告の控訴に基づいて原判決主文2項を主文2項のとおり変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林道春 裁判官 内堀宏達 裁判官 下田敦史)

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