名古屋高等裁判所 平成25年(ラ)189号 決定 2013年6月11日
主文
1 原決定を取り消す。
2 抗告人が本決定送達の日の翌日から1週間以内に相手方のために120万円の担保を立てることを条件として,抗告人の相手方に対する別紙請求債権目録記載の債権の執行を保全するため,相手方所有の別紙物件目録A記載の土地建物を仮に差し押さえる。
3 原審及び当審の手続費用は相手方の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
別紙即時抗告状(写し)のとおり(別紙省略)
第2事案の概要
本件は,抗告人が,抗告人申立てに係る津地方裁判所四日市支部平成25年(ヲ)第2号建物収去申立事件における相手方所有の建物収去のための代替執行実施費用として605万7023円が見込まれるので,同代替執行により,同事件の執行債務者である相手方に対して同額の費用償還請求権を取得することになるとして,これを被保全債権として相手方所有の不動産に対する仮差押命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。
原審が本件申立てを却下したため,抗告人が即時抗告をした。
第3当裁判所の判断
1 被保全債権について
(1) 記録によれば,相手方は,抗告人と相手方ほか1名間の津地方裁判所四日市支部平成23年(ワ)第280号建物撤去土地明渡等請求事件の調書判決及び名古屋高等裁判所平成24年(ネ)第141号同請求控訴事件の判決により,抗告人に対し,別紙物件目録B記載1の建物のうち同目録記載2の土地上にある部分(以下「本件建物部分」という。)の収去を命じられたこと,抗告人は,平成25年2月,津地方裁判所四日市支部に対し,上記の調書判決及び判決を債務名義として,相手方に対して,民事執行法171条1項に基づき,「抗告人の申立てを受けた執行官は,本件建物部分を債務者の費用をもって収去することができる。」との本件建物部分収去代替執行申立て(同支部平成25年(ヲ)第2号建物収去申立事件)をするとともに,同条4項に基づき,「相手方は,あらかじめ本件建物部分を収去するための費用として605万7023円を支払え。」との代替執行費用支払命令申立て(同支部平成25年(ヲ)第3号事件)をしたこと,抗告人は,本件建物部分収去の代替執行費用を複数の建築業者に見積もらせたところ,605万7023円の見積額が最低額であったことが認められる。
上記事実によれば,抗告人は,上記建物収去申立事件について同条1項所定の決定(授権決定)を得て,同決定に従って本件建物部分収去の代替執行をした場合(以下,この代替執行を「本件代替執行」という。)には,同代替執行費用として上記605万7023円の支払義務を負担し,その支払により執行債務者である相手方に対して同額の費用償還請求権を取得するものというべきである。
したがって,抗告人が被保全債権として主張する本件費用償還請求権は,未だ現存してはいないが,抗告人が上記建物収去申立事件について同条1項所定の決定(授権決定)を得て,同決定に従って本件建物部分収去の代替執行をし,同代替執行費用として上記605万7023円の支払をすることにより相手方に対して取得することとなる債権であって,その発生の基礎となる法律関係は既に存在しているものということができる。
そして,このように,被保全債権としての債権自体が未だ発生していない場合であっても,同債権発生の基礎となる法律関係が既に存在しているときには,これが現実に発生したときの同債権の執行を保全するための必要が認められる限り,仮差押えの被保全債権としての適格を有するものというべきである。
(2) なお,仮差押命令は,民事訴訟の本案の権利の実現を保全するために発せられるものであるから(民事保全法1条参照),原則として民事訴訟における本案の訴えを予定しない権利を被保全債権とする仮差押命令の申立ては許されないと解される(同法37条参照)。
そこで,この点について更に検討するに,抗告人主張の被保全債権は,前記のとおり本件費用償還請求権であるところ,これは私法上の請求権であるから,民事訴訟によりその権利の確定を図ることができるものと解するのが相当であり,したがって,民事訴訟における本案の権利としての適格を有する。
もっとも,本件費用償還請求権において償還請求の対象となっている費用は本件代替執行費用であって,民事執行費用としての性質を有するところ,民事執行法は,民事執行費用に関して,その簡易迅速な実現を目的として,民事訴訟による手続と比較してより簡易に債務名義を取得することができる特別の手続として,同法42条4項による執行費用額確定手続を設けており,抗告人は本件代替執行実施後において同条同項に従って執行裁判所に対して本件代替執行費用について執行費用額確定申立てをすることにより,執行債務者である相手方に対する債務名義となる,本件費用償還請求権を内容とする執行費用額確定決定を得ることができるから,特段の事情のない限りは,本件費用償還請求権に基づき,相手方を被告として民事訴訟を提起しても,訴えの利益がなく,不適法な訴えとなるものというべきである。
したがって,特段の事情のない限り,抗告人において,相手方を被告として適法に本件費用償還請求権を確定するための民事訴訟を提起することはできないのであるが,これは,民事執行法がこれに代わる特別の手続として執行費用額確定手続を設けていることによるものであるから,このような場合には,抗告人による上記執行費用額確定申立ては,民事訴訟における本案の「訴え」ではないものの,なおこれに準じるものとして,民事保全法37条1項にいう「本案の訴え」に該当するものと解するのが相当である。このように解さないと,本件費用償還請求権のような執行費用の償還請求権について,保全の必要があっても,民事執行費用について簡易迅速な回収の実現を図るための制度として執行費用額確定手続が存在するという,その理由で,かえって,その執行を保全する方途がない結果となるという不合理が生じるのである。
そうすると,本件申立てについて,それが民事訴訟における本案の訴えを予定したものでないということはできない。
2 仮差押えの必要について
一件記録によれば,相手方の所有不動産の状況等から,抗告人が本件代替執行実施により取得することになる本件費用償還請求権について,その執行を保全するために相手方所有の別紙物件目録A記載の土地建物を仮に差し押さえる必要があることが一応認められる。
3 まとめ
以上の次第であるから,抗告人が本決定送達の日の翌日から1週間以内に相手方のために120万円の担保を立てることを条件として,本件申立てを認容するのが相当である。
第4結論
よって,本件申立てを却下した原決定は相当でないから,これを取り消して,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 長門栄吉 裁判官 内田計一 裁判官 片山博仁)
file_2.jpg別紙