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名古屋高等裁判所 平成25年(ラ)441号 決定 2014年1月17日

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は,別紙即時抗告申立書(写し)に記載のとおりである。

第2事案の概要

本件は,相手方が,抗告人を含む債権者5名に対する総額5825万6822円の債務について,相当部分の免除を受けた上,分割弁済することを求めて給与所得者等再生手続の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。

原審が,本件申立てに基づき,相手方について,給与所得者等再生手続を開始するとの決定をしたところ,抗告人が,これを不服として即時抗告した。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,相手方について,給与所得者等再生手続を開始するのが相当であると判断する。

その理由は,次の2以下のとおりである。

2  一件記録によれば,次の事実が認められる。

(1)  相手方は,父であるAが平成5年に設立した有限会社B(以下「B」という。)に勤務していたが,平成15年3月,Aが買い取った株式会社C(以下「C」という。)の代表取締役に就任し,給与名目で平成22年には580万円,平成23年には360万円の役員報酬の支払を受けていた。

(2)  平成18年頃よりBの資金繰りが悪化したため,Aは,同年12月頃,Bを閉鎖することとしたが,平成19年1月25日,Bの株式会社D(以下「D」という。)に対する3545万5000円の請負代金債務を支払うため,Aが抗告人から同額を借り入れ,相手方が,Aの抗告人に対する貸金債務について連帯保証するとの各契約が締結された。その後,Aは,抗告人に対し,約1800万円を弁済した。

(3)  抗告人は,平成21年頃,津地方裁判所に対し,Aと相手方を被告として,貸金債務及び保証債務として2199万0085円及びこれに対する平成21年6月16日から支払済みまで年7.3%の割合による遅延損害金の支払を求める本訴(同裁判所平成21年(ワ)第744号)を提起した。これに対し,Aと相手方は,消費貸借契約及び保証契約の成立を争うとともに,抗告人の強迫を理由に上記各契約を取り消すとの意思表示をし,Aが,抗告人に対して弁済した金員と法定利息の合計1861万4364円の支払を求める反訴(同裁判所平成22年(ワ)120号)を提起した(以下,本訴と反訴を併せて,「本件訴訟」という。)。

(4)  津地方裁判所は,平成24年1月24日,本件訴訟について,抗告人の本訴請求を,2199万0085円及びこれに対する平成21年7月16日から支払済みまで年7.3%の割合による金員の連帯支払を求める限度で認容し,その余の部分とAの反訴請求をいずれも棄却するとの判決を言い渡し,同判決は,その後確定した。

(5)  相手方は,平成24年に津地方裁判所に対し,給与所得者等再生手続開始の申立てをした(同裁判所平成24年(再ロ)第2号。以下「第1次再生事件」という。)。同裁判所は,同年4月10日,相手方について,給与所得者等再生手続開始の決定をし,同年6月23日に相手方が提出した再生計画について,再生債権者の意見を聞いた上でこれを認可するとの決定をした。

(6)  抗告人は,上記認可決定を不服として,名古屋高等裁判所に即時抗告したところ(同裁判所平成24年(ラ)第367号),同裁判所は,相手方がCから給与名目で役員報酬の支払を受けているものの,その額がCの業績に応じて4割もの減額を受けることがあり,今後更に減額となるおそれがあることなどを理由に,相手方が「給与又はこれに類する定期的な収入を得ている者に該当しないか,又はその額の変動の幅が小さいと見込まれる者に該当しない」(民事再生法241条2項4号)として,相手方が提出した再生計画については不認可とすべきであるとの決定をした。

(7)  相手方は,平成24年11月13日,自己の所有するCの全株式を弟に譲渡してCの代表取締役を辞任し,同月26日,有限会社E(以下「E」という。)に就職し,これ以降,月額30万円程度(手取額。所得税等の控除前の月額は36万円)の給与の支払を受けている。

(8)  相手方は,平成25年3月26日に津地方裁判所に対し,小規模個人再生手続開始の申立てをした(同裁判所平成25年(再イ)第12号。以下「第2次再生事件」という。)。同裁判所は,同年4月9日,相手方について,小規模個人再生手続開始の決定をしたが,抗告人が,相手方が提出した再生計画案を不同意としたため,第2次再生事件は廃止となった。

(9)  相手方は,平成25年8月13日,津地方裁判所に対し,本件申立てをし,必要な費用を予納した。津地方裁判所は,同年11月6日,相手方について,給与所得者等再生手続を開始するとの決定(原決定)をした。

(10)  抗告人は,平成25年8月22日,津地方裁判所に対し,相手方について破産手続開始の申立てをした(同裁判所平成25年(フ)第167号)。

津地方裁判所は,同年9月18日,上記申立てに係る破産手続を中止するとの決定をした。

(11)  本件申立ての際に提出された財産目録には,相手方の財産として,現金(46万5085円),預貯金(8305円),積立金(38万7550円),保険解約返戻金(38万6155円),単独所有の本決定別紙物件目録記載1の土地及び同記載2の建物(固定資産評価額合計約1200万円。以下,これらを「本件不動産」という。)が記載されており,本件不動産に設定された抵当権(住宅資金貸付債務の保証人であるF協会を抵当権者とするもの)の被担保債権は約2886万円である。

(12)  本件申立てにおける相手方の債権者は,抗告人(本件訴訟において認容された保証債権2833万5627円),株式会社G(求償債権96万1741円),H協同組合(住宅資金貸付債権2886万3289円),妻であるI(求償債権9万6165円)であり,債権の総額は5825万6822円である。

(13)  本件申立てにおける相手方の財産の清算価値は295万7103円であり,再生債権に対する計画弁済総額は300万円とされている。また,相手方は,再生計画に住宅資金特別条項を設けることを予定しており,住宅資金貸付債権の債権者であるH協同組合との間で,約定どおりの弁済を継続することで協議が調っている。

3  抗告人は,本件申立てが,民事再生法25条2号及び4号に該当すると主張するので,以下検討する。

(1)  民事再生法25条2号に該当するとの主張について

ア 上記認定事実によれば,相手方について,抗告人の申立てに係る破産手続が係属していることが認められるものの,相手方は,本件申立てにおいて,住宅資金貸付債権について債権者であるH協同組合に対し,約定どおりの弁済を継続することを予定しているほか,他の債権者に対しては,所有する財産の清算価値(約295万円)を上回る額を弁済に充てることを計画していること,本件不動産の固定資産評価額は,設定された抵当権の被担保債権残額を下回っており,破産手続による場合には,H協同組合が従前の約定どおりの債権回収が困難になることが認められ,これらを勘案すると,破産手続によることが債権者の一般的な利益に適合するとはいえない。

したがって,本件申立てが,民事再生法25条2号に該当するとは認められない。

イ これに対し,抗告人は,一般債権総額の過半数を優に超える一般債権者である抗告人が,小規模個人再生手続である第2次再生事件において相手方の再生計画に同意せず,その特則である給与所得者等再生手続においても再生計画に同意しないことが明らかであるから,破産手続によることが,債権者一般の利益に適合すると主張する。

しかし,破産手続によることが債権者の一般の利益に適合するかは,債権者が再生計画に同意する見込みの有無によってではなく,想定される弁済率,弁済期及び弁済期間等を総合的に検討して,総債権者の得られる利益の有無によって判断されるべき問題であるから,抗告人の上記主張は採用できない。

また,抗告人は,①Eに就職した後も,C所有の車両を使用してCに通勤しており,Eへの架空の勤務実態を作出していること,②本件訴訟において,貸金契約の存在自体を認めず,抗告人の強迫によるものであるなどと主張を維持したことを指摘して,相手方が財産を隠匿しており,破産手続による厳格な財産調査が実施されるべきであるから,破産手続によることが,債権者一般の利益に適合するとも主張する。

しかし,①については,抗告人の主張する車両が,相手方の自宅とCの事務所とされる建物の前に停車されている写真が提出されているだけで,相手方がこれを使用してCに通勤していることを裏付けるに足りるものではなく,この点について,相手方は,当該車両を使用しているのは,現在のCの代表者である相手方の弟であり,相手方の自宅を訪問し宿泊することもあると述べており,このような説明自体特段不自然ではない。また,相手方は,Eとの間で雇用契約を締結し,Eを事業所とする健康保険被保険者証を有しているほか,Eから給与支払明細書の交付を受けており,Eでの稼働が架空のものであるとは認められない(なお,Eの役員は,J,K,L,Mであり,相手方との親族関係の有無は不明である。)。

そして,②については,本件訴訟は,抗告人が,Aに金銭を貸し付けるに当たって,Dの役員のほか,抗告人代表者ら5名がA方を訪れ,金銭消費貸借契約及び保証契約の締結に至り,その貸付金をAに交付することなく,Dに交付したという事案において,その契約の成立や,契約締結の際の強迫行為の有無等が争点となったものであり,相手方において,契約の成立を争い,強迫行為が存在したと主張することが,一見して不合理であり,不当な目的の下になされたものとはいえないから,本件訴訟において,相手方が,抗告人の主張に反する主張を維持したからといって,財産隠匿等の意図を有していたとはいえない。

さらに,抗告人は,同号に該当するか否かを判断するに当たっては,別除権を有しない一般債権者の利益に適合するかを考慮すべき旨主張するが,同号は,債権者の利益の観点から債務者の倒産手続を適切に選別することを趣旨とするものであるから,その適用に当たっては,債権者全体の利益を考慮すべきであって,個々の債権者や特定の債権者集団の利益や意向のみを考慮すべきではなく,このことは,同号の文言上も明らかである。

以上のとおり,抗告人の主張は採用できない。

(2)  民事再生法25条4号に該当するとの主張について

ア 上記認定事実によれば,相手方は,本件申立てが,3度目の個人再生手続開始の申立てであり,給与所得者等再生手続であった第1次再生事件は,相手方の受領していたCの役員報酬額の変動が大きく,民事再生法241条2項4号に該当しないことを理由に再生計画が認可されず,小規模個人再生手続であった第2次再生事件は,抗告人が再生計画に同意しなかったことから廃止となったことが認められる。

ところで,相手方は,第1次再生事件後,Cの代表取締役を辞任し,Eに就職して,月額30万円程度の給与の支払を受けており,第2次再生事件の申立ての時点では,第1次再生事件時とは収入の状況に変動が生じているのであって,第1次再生事件において再生計画が認可されなかったことをもって,第2次再生事件に係る申立てや本件申立てが,不当な目的の下になされ,又は誠実になされたものでないとはいえない。

なお,第2次再生事件において,抗告人は,本件同様,相手方に対して,厳格な財産調査手続を実施する必要性があることを理由に,再生計画に同意しなかったものと推認されるところ,抗告人が破産手続による財産調査を必要とする根拠として挙げる点,すなわち,①Eにおける稼働実態に対する疑念や,②本件訴訟における相手方の応訴態度をもって,相手方が財産を隠匿していることの根拠となるものではないことは既に説示したとおりであるし,一件記録を精査しても,抗告人が,上記①や②のほかに,相手方がどれほどの財産を所持しこれを隠匿しているかに関して,具体的な疑念を抱くに足りる資料や情報を有しているとはうかがわれない(なお,原審において選任された個人再生委員が行った財産調査の結果によっても,相手方の資産は,本件申立てに際して申告した現金,預貯金,積立金,生命保険解約返戻金,家財道具等にとどまり,これ以外の資産は認められていない。)。そうすると,抗告人の第2次再生事件における不同意については,相手方の個人再生手続の利用に同意したくないという以外に首肯すべき理由があったものとも認められない。

したがって,本件申立てが,第2次再生事件における再生計画の廃止後,経済事情の変動がないにもかかわらずなされたからといって,民事再生法25条4号に該当するとはいえない。

イ 抗告人は,給与所得者等再生手続が,安定的な収入を得る債務者であれば,債権者が一般的に同意することが推定されるため,再生計画に対する同意を不要とするものであって,本件のように,小規模個人再生手続(第2次再生事件)において,一般債権の過半の債権額を有する抗告人が同意しないことが明らかとなっている場合に,給与所得者等再生手続を開始することは,その趣旨に反するものであると主張する。

しかし,既に説示したところから明らかなように,抗告人の不同意には首肯すべき理由があるとは認められないから,本件申立てが,このような抗告人の意向に反するからといって,給与所得者等再生手続の趣旨に反するものとはいえない。

したがって,抗告人の主張は採用できない。

ウ そして,他に,本件申立てが,民事再生法25条4号に該当することを認めるに足りる証拠はないから,本件申立てについて,同号に該当する事由があるとは認められない。

第4結論

よって,原決定は相当であり,本件抗告は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 長門栄吉 裁判官 眞鍋美穂子 裁判官 片山博仁)

別紙即時抗告申立書省略

別紙物件目録省略

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