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名古屋高等裁判所 平成25年(行コ)44号 判決 2013年9月05日

主文

1  第1審被告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

2  第1審原告の請求をいずれも棄却する。

3  第1審原告の控訴を棄却する。

4  訴訟費用は第1,2審とも第1審原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  第1審原告

(控訴の趣旨)

(1) 原判決中第1審原告敗訴部分を取り消す。

(2) 処分行政庁が第1審原告に対し,平成22年10月21日付けでした免職処分を取り消す。

(3) 訴訟費用は第1,2審とも第1審被告の負担とする。

(第1審被告の控訴の趣旨に対する答弁)

(1) 第1審被告の控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は第1審被告の負担とする。

2  第1審被告

(第1審原告の控訴の趣旨に対する答弁)

(1) 第1審原告の控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は第1審原告の負担とする。

(第1審被告の控訴の趣旨)

(1) 原判決を次のとおり変更する。

(2) 第1審原告の請求をいずれも棄却する。

(3) 訴訟費用は第1,2審とも第1審原告の負担とする。

第2事案の概要

1(1)  処分行政庁は,第1審被告が設置する公立学校の職員であった第1審原告に対し,平成22年10月21日付けで,酒気帯び運転及びその不申告を理由として,免職処分(本件免職処分)及び一般の退職手当等の全部を支払わないとの処分(本件不支給処分)をした。

(2)  本件は,第1審原告が第1審被告に対し,本件免職処分及び本件不支給処分について,裁量権を逸脱又は濫用した違法なものであるなどと主張して,両処分の取消しを求めた事案である。

2  原審は,本件不支給処分については,社会観念上著しく妥当性を欠き裁量権を逸脱濫用しているから違法であるとして,第1審原告の請求を認容したが,本件免職処分については,裁量権の範囲を逸脱しておらず適法であるとして,その請求を棄却した。そこで,これを不服とする第1審原告及び第1審被告が,それぞれ本件控訴に及んだ。

3  本件における前提事実(当事者間に争いのない事実等)は原判決「第2 事案の概要」の1に,争点は同2に,争点に関する当事者双方の主張は,次項に当審における補充主張を付加するほかは同3に,それぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。

4  当審における補充主張

(1)  第1審原告

ア 原判決は,「地方公務員に対する懲戒処分は,公務員として相応しくない非違行為がある場合に,その責任を確認し,それによって地方公共団体における規律の維持と公務遂行秩序の維持を目的とする制裁であって,飲酒運転撲滅という社会秩序維持を直接の目的とする制度ではないから,社会秩序維持を過度に考慮することは懲戒処分としての趣旨を逸脱するおそれがある」と指摘するが,同意見は原判決の引用する最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決の立場でもあり,第1審原告も異論を述べるものではない。ところが,原判決は,結論において「社会秩序維持を過度に考慮する」処分行政庁の判断を追認する誤りを犯している。

原判決も述べるとおり,懲戒処分は社会秩序維持のためのものではない。社会秩序維持は,企業秩序あるいは自治体の公務員関係の秩序とは別で,国家の権能である。そのためには酒気帯び運転に対する刑罰,運転免許に対する行政処分の強化,それに伴う交通取締りなどによって実現すべきである。

交通事故を伴わない本件酒気帯び運転は,原判決の指摘する別件取消訴訟の控訴審判決が判断するとおり「免職を避けて,長期の停職処分を選択する」ことが相当だというのが社会通念である。

交通事故を伴わない単純な酒気帯び運転については,その違法性が極めて高いと評価することができないのは当然であって,少なくとも交通事故に至った案件と比較して,事案に対する社会的評価に差異があることは否定できない事実である。「交通事故が起きなければ,酒気帯び運転をしても懲戒処分にあたって厳しい内容のものが選択されず,酒気帯び運転を防止する効果が弱くなり,ひいては交通事故を伴う酒気帯び運転を発生させることに結びつくことが懸念される」との反論が予想されるが,地方公務員は,停職処分を受けただけでも大きな汚点を残したと考えており,長期の停職処分とすることで懲戒処分制度の「地方公共団体における規律の維持と公務遂行秩序の維持」の目的は十分に達成されるのである。

社会通念がどこにあるのかを論定するためには,社会の懲戒制度がどのような内容となっているかを重要な間接事実として参考にすることが不可欠である。マスコミ報道により醸成された雰囲気で社会通念を判断することは避けなければならない。

この視点から各分野の制度を見ると,民間企業では交通事故を伴わない酒気帯び運転のみで即懲戒解雇とする例はほとんどない。また,本件免職処分時の国家公務員に対する懲戒処分の指針及び警察職員(地方公務員)に対する懲戒処分の指針では,酒気帯び運転をした職員は免職,停職又は減給とされており(甲13の2),同懲戒処分例では即懲戒免職とする例は極めて少ない。さらに,第1審被告の調査によれば,第1審被告(B)を除く46都道府県の交通事故を伴わない飲酒運転をした職員に対する懲戒処分の標準量定について,うち15は免職のみ,うち7は停職のみ,うち20は免職又は停職,うち4は免職,停職,減給のいずれかと定めている(乙5)。以上の事実を総合的に考慮すると,社会的に交通事故を伴わない酒気帯び運転に対する懲戒処分として,懲戒解雇とし職場から排除することを容認する懲戒制度が取られているところは極めて少数であり,社会通念は懲戒解雇を許すものではないといえる。

地方公務員であるが故に前記社会の多数の例と異なる厳しい懲戒処分で対処しなければならない合理的な理由はないので,地方公務員の交通事故を伴わない酒気帯び運転に対する懲戒処分として即懲戒免職とすることは,民間企業や国家公務員と同様に「社会通念上著しく妥当性を欠く」と判断するのが社会通念であるといえる。

よって,本件非違行為のような交通事故を伴わない酒気帯び運転に対する懲戒処分は長期の停職処分とすることで懲戒処分制度の目的は十分に達成されるのであるところ,原判決が,本件免職処分を「裁量権の範囲を逸脱したとはいえない」とした判断は,「社会秩序維持を過度に考慮する」処分行政庁の判断を追認する誤りを犯しているといわざるを得ない。

イ 原判決は,「処分行政庁が本件酒気帯び運転のような飲酒運転について,私生活上の非違行為ではあるが,公務員に対する社会的信用を失墜させる非違行為として,原則として免職との厳罰をもって臨むことには相応の根拠があると考えられる」とした。

しかし,前記のとおり地方公務員の交通事故を伴わない酒気帯び運転に対する懲戒処分として即懲戒免職とすることは,社会通念上著しく妥当性を欠くと考えるべきであり,原則として免職との厳罰をもって臨むことには相応の根拠があると判断するのは相当でなく,同判断は社会秩序維持を過度に考慮することになり懲戒処分としての趣旨を逸脱する結果となる。

ウ 原判決は本件免職処分の違法性の判断にあたり考慮した第1審原告に不利益な事情として,①飲酒を抑制したという事情がないこと,②人通りの多い時間帯であるのに飲酒運転を回避する努力をしていないこと,③寄り道までして走行距離を伸ばしたこと,④アルコール濃度が呼気1リットル当たり0.54ミリグラムと高濃度であること,⑤酒気帯び運転を校長に申告しなかったこと,⑥高等学校に勤務する公務員であること,⑦管理職であること,⑧第1審被告が,飲酒運転の撲滅のために飲酒運転の問題性を指摘し,懲戒処分の量定を周知してきた状況があることを列挙する。

他方で,酌むべき事情として,①本件酒気帯び運転が私生活上の非違行為であること,②交通事故等を伴うものではなく実害が生じていないこと,③勤務先の公務遂行に具体的な支障が生じることはなかったこと,④反省していること,⑤これまで懲戒処分歴がなく,約39年間の長きにわたり第1審被告に勤務しその勤務状態に問題がなかったこと,⑥本件免職処分により,第1審被告の職員としての地位を失うばかりか,定年間際となって退職手当金の受給権を失う可能性もあるなど,その受ける打撃が大きいことを列挙する。

その上で,「飲酒運転撲滅に向けた社会秩序維持の強い要請の下では,処分行政庁が第1審原告を本件免職処分にしたことがその裁量を逸脱濫用したものとまでいうことは困難」だと判断するのである。

しかし,同判断は,前記酌むべき事情を過小評価するものであり誤りだといわざるを得ない。

すなわち,①本件酒気帯び運転は職務には直接関係のない私生活上のものであって,公務に具体的な支障は生じていないのであるから「公務員として相応しくない非違行為がある場合に,その責任を確認し,それによって地方公共団体における規律の維持と公務遂行秩序の維持を目的とする制裁である」という懲戒処分制度の趣旨からすると行き過ぎた過酷な処分とすべき合理的な理由はないと考えるべきである。②本件酒気帯び運転に伴う交通事故等は発生しておらず,交通法規違反の事案としてはその悪質性が極めて高いとまではいえず,第1審被告において「無免許運転により刑事又は行政処分を受けた場合は,『免職,停職又は減給』」とされることとの対比からも免職処分は過酷にすぎ比例原則に反するといわなければならない。③第1審原告は高等学校に勤務する公務員であるとはいっても教員とは異なり生徒を直接教育指導する立場にあったものではないことなどからすると,第1審被告の職員に対する信頼を著しく損ねたとまではいえない。事実,本件免職処分の公表前後に,勤務する高等学校の生徒や保護者あるいは地域社会から信頼を損ねたとする意見がA高等学校や処分行政庁(B教育委員会)に寄せられたことは一度もない。

その他,前記原判決が列挙する第1審原告の酌むべき事情を正当に評価すれば,本件免職処分は,社会観念上著しく妥当性を欠き,裁量権を逸脱濫用したと認められるので,違法であり,取り消されるべきであると結論付けなければならない。

なお,原判決も,本件不支給処分の違法性を認定した部分の判断では前記各事実を違法性判断の要素としており,懲戒免職処分の判断と大きな乖離がある。

エ 原判決は,『第1審原告は本件懲戒処分基準の改正が遅れていたことが本件不申告の一因となったとするが,処分行政庁は,本件懲戒処分基準下においても酒気帯び運転については原則として免職とするものの『考慮すべき特段の事情があると認められるときは,軽減する場合もある。』との例外を規定していたのであるから,この事情をもって,軽減事由とすることはできない」と判断する。

しかし,本件懲戒処分基準下においても『考慮すべき特段の事情があると認められるときは,軽減する場合もある。』との例外を規定していたというが,第1審被告の判断基準の運用からすると,同例外規定に該当するのは「例えば,人命に関わるような場合,他に取りうる手段もなく,やむを得ず運転したような場合を想定しているところである」としており,かような場合以外には例外規定の適用がないとする処分基準が「別件取消訴訟」の特に控訴審判決で「硬直したものと評価せざるを得ない」と批判され,「本件懲戒処分基準自体の改正も検討されなくてはならない」とされたのである。第1審被告の同懲戒基準の運用は,ほとんど例外規定の適用が認められないものであったため,第1審原告は懲戒免職処分に対する恐怖心から申告することに躊躇し,その後も再度勇気を取り戻し,校長への報告を実行するには至らなかったのである。事故を伴わない酒気帯び運転に対し,ほとんど例外のない免職処分とする基準を改正し,停職処分となる場合もあるとの職員に対する周知がなされていたとした場合には,第1審原告の不申告はなかったのである。

よって,本件酒気帯び運転の校長への不申告には,第1審被告の基準の改正作業が遅れていたことが影響していることは事実であり,第1審原告を悪質とまで評価すべきではない。

(2)  第1審被告

ア 原判決は,「免職処分を受けた者に対しては退職手当全部支給制限処分を行うのが原則であるともいえない」旨判示するが,この認定判断は誤っている。

(ア) 本件不支給処分は,本件退職手当条例12条1項の規定に基づいてなされたものであるが,この条項は平成21年10月20日に改正されたものである。

この改正は,国家公務員退職手当法が平成20年に改正されたことに伴うものであるが,同改正に先立って,総務大臣が主催する国家公務員退職手当の支給の在り方等に関する検討会が開催され,その検討結果は報告書(甲16の1ないし4)にまとめられているが,その概要は,「懲戒免職処分を行う場合であっても,退職手当については,全額不支給を原則としつつ,非違の程度等に応じて,その一定割合を上限として一部を支給することが可能となるような制度を創設することが適当である。」とするものであった。

(イ) 国家公務員退職手当法の改正に伴って,総務大臣による「国家公務員退職手当法の運用方針(以下「運用方針」という。)も改定されたが,改定された運用方針は,「『国家公務員退職手当法の運用方針』の一部改正について(通知)」として,各都道府県知事等宛てに通知されている(乙12)が,これには,退職手当の全部不支給,一部不支給の運用方針については,以下のとおり記載されている。

1) 非違の発生を抑止するという制度目的に留意し,一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする。

2) 一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合は,国家公務員退職手当法施行令(以下「施行令」という。)17条に規定する「当該退職をした者が行った非違の内容及び程度」について,次のいずれかに該当する場合に限定する。その場合であっても,公務に対する国民の信頼に及ぼす影響に留意して,慎重な検討を行うものとする。

① 停職以下の処分にとどめる余地がある場合に,特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合

② 懲戒免職等処分の理由となった非違が,正当な理由がない欠勤その他の行為により職務規律を乱したことのみである場合であって,特に参酌すべき情状のある場合

③ 懲戒免職等処分の理由となった非違が過失(重過失を除く。)による場合であって,特に参酌すべき情状のある場合

④ 過失(重過失を除く。)により禁錮以上の刑に処せられ,執行猶予を付された場合であって,特に参酌すべき情状のある場合

3) 一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合には,例えば,当該退職をした者が指定職以上の職員であるとき又は当該退職をした者が占めていた職の職務に関連した非違であるときには処分を加重することを検討すること等により,施行令17条に規定する「当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任」を勘案することとする。

4) 一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合には,例えば,過去にも類似の非違を行ったことを理由として懲戒処分を受けたことがある場合には処分を加重することを検討すること等により,施行令17条に規定する「当該退職をした者の勤務の状況」を勘案することとする。

5) 一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合には,例えば,当該非違が行われることとなった背景や動機について特に参酌すべき情状がある場合にはそれらに応じて処分を減軽又は加重することを検討すること等により,施行令17条に規定する「当該非違に至った経緯」を勘案することとする。

6) 一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合には,例えば,当該非違による被害や悪影響を最小限にするための行動を取った場合には処分を減軽することを検討し,当該非違を隠蔽する行動を取った場合には処分を加重することを検討すること等により,施行令17条に規定する「当該非違後における当該退職をした者の言動」を勘案することとする。

7) 一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合には,例えば,当該非違による被害や影響が結果として重大であった場合には処分を加重することを検討すること等により,施行令17条に規定する「当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度」を勘案することとする。

(ウ) 以上のように,国家公務員退職手当法の改正に先立つ検討会の報告書においても国家公務員退職手当法の改正に伴う運用方針の一部改正(通知)においても,懲戒免職処分を受けた者には退職手当の全部を支給しないことを原則とするものであることが明記されている。

しかるに,原判決は,「免職処分を受けた者に対しては退職手当全部支給制限処分を行うのが原則であるともいえない」旨判示しているのであり,この判示は,国家公務員退職手当法(ひいては本件退職手当条例)改正に先立つ検討会の前記報告や,前記の国家公務員退職手当法の運用方針に関する通知を全く無視する不当なものといわざるを得ない。

イ 原判決は,「退職手当が相応に減額されることはやむを得ないというべきである」が,「本件不支給処分は,社会観念上著しく妥当性を欠き,裁量権を逸脱濫用したと認められる」旨判示しているが,この判断は誤っている。

(ア) 前記のように,運用方針は,非違の発生を抑止するという制度目的に留意し,一般の退職手当等の全部を支給しないことを原則とし,一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合について,前記の6つの場合(ア(イ)2)~7))を挙げているので,これについて,以下順次検討する。

a 2)は,施行令17条に規定する「当該退職をした者が行った非違の内容及び程度」について,前記①~④のいずれかに該当する場合に限定している。

そして,その場合であっても,公務に対する国民の信頼に及ぼす影響に留意して,慎重な検討を行うものとしている。そこで,①~④について以下検討するに,①は,「停職以下の処分にとどめる余地がある場合に,特に厳しい措置として懲戒免職処分とされた場合」を挙げているが,本件について停職以下の処分にとどめる余地は全くなく,①を本件について適用する余地はない。②ないし④については,本件において検討の余地はない。

b 次にア(イ)3)~7)は,いずれも「一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合」についてその加重又は減軽の要素を記載するものであって,1),2)により一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する余地がない以上,本件に適用される余地は全くないものである。なお,仮に一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合の第1審被告の判断については,以下のとおりである。

3)は「当該退職をした者が指定職以上の職員であるとき」又は「当該退職をした者が占めていた職の職務に関連した非違であるとき」に関するもので,本件は事務長という管理職であり,処分を加重するべき要素となる。

4)は,過去にも類似の非違を行ったことがあること等に関するものであり,本件に処分を加重するべき要素はない。ただし,過去に類似の非違行為がないことをもって処分を軽減するものではないことに留意すべきである。

5)は,非違行為が行われることとなった背景や動機について特に参酌すべき情状がある場合等に関するものであり,そのような背景や動機がない本件に処分の軽減の余地はない。

6)は,当該非違による被害や悪影響を最小限にするための行動を取った場合には処分を軽減することを検討し,当該非違を隠蔽する行動を取った場合には処分を加重することを検討するものであり,本件不申告は消極的隠蔽行為として処分を加重するべき要素となる。

7)は,当該非違による被害や影響が結果として重大であった場合に処分を加重することを検討するものであり,本件は事故等の被害はないものの,信用失墜による影響は重大であり,処分を加重するべき要素となる。

ウ 47都道府県で,国家公務員退職手当法と同旨の改正条例が施行されているが,その施行年月日にはばらつきがあり,一府一県を除き45都道府県では,平成21年度中に改正条例が施行され,平成22年度には一府一県も改正条例が施行されている。

処分行政庁(B教育委員会)の事務担当者が,第1審被告(B)を除く46都道府県の教育委員会に照会したところ,改正条例施行後平成24年6月ころまでの間に,一部不支給(換言すれば一部支給)をした事例は9件(6県)ある(他はすべて全額不支給である)が,そのうち懲戒免職処分を受けた者に対する事例は1件であり,8件は,交通死亡事故等により禁錮以上の刑に処せられたため失職した者に対する事例である。

なお,全国で懲戒免職処分を受けた教育職員数は,平成21年度は166人,平成22年度は187人である。

以上によれば,懲戒免職処分を受けた教育職員に対して,全額不支給としないで一部不支給とした事例は,1パーセントにも満たないのである。

このような全国的な趨勢に照らしても,第1審原告には退職金2478万6650円の全額を支給すべきではない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

原判決「第3 当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  争点(1)(本件免職処分の適法性)について

当裁判所も,本件免職処分は適法であると判断するが,その理由は,以下のとおり付加訂正するほかは,原判決「第3 当裁判所の判断」の2に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決21頁8行目に「望むこと」とあるのを,「臨むこと」と改める。

(2)  原判決21頁21行目に「さしたる理由もないのに」とあるのを,「第1審原告は,飲酒をした海の家から自宅までは約2.8キロメートルにすぎず,出勤前に徒歩などで自動車を取りに行くことも容易であるのに,翌日の出勤に自動車が必要であるという程度の理由で」と改める。

(3)  原判決22頁21行目末尾に,次のとおり付加する。

「第1審原告は,交通事故を伴わない単純な酒気帯び運転についてはその違法性が極めて高いと評価することはできないなどと主張して,上記認定判断(原判決引用)を縷々批判するが,本件酒気帯び運転は,前記(原判決引用)のとおり,別件取消訴訟の事案(飲酒後8時間以上の時間が経過し,途中約6時間の睡眠を取っていたが,飲酒検知の結果呼気1リットル当たり約0.2ミリグラムのアルコールが検出された事案。甲9,10)と比較しても,格段に悪質で違法性が高いものであるから,第1審原告の批判は当たらず,上記認定判断は何ら左右されるものではない。」

(4)  原判決23頁4行目に「できない。」とあるのを,次のとおり改める。

「できないし,本件酒気帯び運転は,その悪質さからすれば,本件懲戒処分基準が仮に酒気帯び運転の当事者について「免職又は停職」とする旨既に改正されていたとしても,「停職」に当たる類のものではないから,第1審原告の上記主張(原判決引用)は採用できない。」

(5)  原判決23頁6行目末尾に,行を改め,次のとおり付加する。

「 また,以上検討したところによれば,本件免職処分については,本件非違行為の悪質さからみて,比例原則に違反しているとはいえず,過酷に過ぎるものでも公務員の身分保障原則に反するものでもないし,平等原則に反しているものでもなく,懲戒処分制度の目的を逸脱してはいない。

以上によれば,本件免職処分は適法である。」

3  争点(2)(本件不支給処分の適法性)について

当裁判所は,本件不支給処分も適法であると判断するが,その理由は,次のとおりである。

(1)  国家公務員退職手当法の改正の経緯等

上記2の認定事実(原判決引用)並びに証拠(甲15,16の1,乙11の1,2,乙12)及び弁論の全趣旨によれば,原判決「第3 当裁判所の判断」の3(1)のアないしエに記載のとおりの事実が認められるから,これを引用する。

(2)  退職手当の法的性格

原判決「第3 当裁判所の判断」の3(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(3)  本件退職手当条例12条は,退職手当管理機関が退職手当等の全部又は一部の支給を制限する処分をするに当たっては,当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任,当該退職をした者の勤務の状況,当該退職をした者が行った非違の内容及び程度,当該非違に至った経緯,当該非違後における当該退職をした者の言動,当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案すべきと規定しており,このような広範な事情を総合してされるべきものであるから,上記2(原判決引用)と同様に,退職手当支給制限処分をするかどうか,するとしていかなる程度の制限をすべきかは,退職手当管理機関の裁量に任されているものと解すべきであり,退職手当管理機関がその裁量権を行使してした退職手当支給制限処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合に限り,違法であると判断すべきものと解される。

(4)  そこで,上記判示したところを踏まえて,以下,本件不支給処分の適法性について検討する。

ア 上記(原判決引用)のとおり,第1審原告が飲酒を抑制したという事情はおよそ認められず,第1審原告は,人通りの多い時間帯であるのに,飲酒運転を回避する努力を全くすることなく,飲酒をした海の家から自宅までは約2.8キロメートルにすぎず,出勤前に徒歩などで自動車を取りに行くことも容易であるのに,翌日の出勤に自動車が必要であるという程度の理由で本件酒気帯び運転に及んだ上,寄り道までして走行距離を延ばしたもので,第1審原告の飲酒運転に対する考えの甘さには甚だしいものがある。また,第1審原告の本件酒気帯び運転直後のアルコール濃度は呼気1リットル当たり0.54ミリグラムと道路交通法違反として処罰される最下限(呼気1リットル当たり0.15ミリグラム)の3倍を超える高濃度であったのであるから,本件酒気帯び運転は悪質であり,これに至った経緯について酌量すべき事情があるとはいえない。さらに,第1審原告は,処分行政庁に匿名の情報提供があって問い質されるまでの約2か月間,校長に本件酒気帯び運転を申告することがなかったのであり,これに第1審原告が交通法規を含めた法令の遵守等の教育を担う高等学校に勤務する公務員であり,しかも,管理職として部下職員に飲酒運転の撲滅を指導監督する立場にあったことからすると,本件非違行為は勤務先の高等学校の生徒や保護者を含め地域社会の第1審被告の職員に対する信頼を損ねたものであり,また,管理職自ら飲酒運転を敢行したものであることから,指導体制にも悪影響を及ぼす可能性があったと考えられ,さらに,第1審被告が,その職員に対し,飲酒運転の撲滅のために飲酒運転の問題性を指摘し,懲戒処分の量定を周知してきた状況をも考慮すると,第1審原告の責任は重いといわざるを得ない。

イ そうすると,本件酒気帯び運転が私生活上の非違行為であること,本件酒気帯び運転は交通事故等を伴うものではなく実害が生じていないこと,本件酒気帯び運転によって勤務先の公務遂行に具体的な支障が生じることはなかったこと,第1審原告は本件非違行為について反省していること,第1審原告にこれまで懲戒処分歴がなく,約39年間の長きにわたり第1審被告に勤務し,その勤務状態に問題がなかったこと,本件免職処分により,第1審被告の職員としての地位を失うばかりか,本件不支給処分により,定年間際となって約2500万円と高額な退職手当金の受給権を失うことになるところ,その退職手当金には賃金の後払い的性格や退職後の生活保障的性格も結合していること,第1審原告は,要介護状態にある両親を抱え,多額の負債もある上,再就職にも相当な困難が予想され,本件不支給処分の結果退職後の生活に困難を生じることなど,第1審原告の受ける打撃が大きいことを考慮しても,上記アに判示した本件酒気帯び運転の悪質さ,第1審原告の責任の重さに,前記のとおり公務員の退職手当が勤続報償としての性格を基調としていること,及び前記判示の公務員の退職手当に関する法律,条例の改正の経緯等を併せ考えると,飲酒運転撲滅に向けた社会秩序維持の強い要請の下,処分行政庁が第1審原告を本件不支給処分にしたことがその裁量を逸脱濫用したものとまでいうことはできない。

したがって,本件不支給処分が社会観念上,著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱したとはいえず,本件不支給処分は適法である。

4  以上のとおりであるから,本件各処分(本件免職処分及び本件不支給処分)については,いずれも裁量権の範囲を逸脱しておらず適法であるとして,第1審原告の請求をいずれも棄却すべきである。

よって,これと結論を異にする原判決を第1審被告の控訴に基づき変更し,第1審原告の控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 榊原信次 裁判官 金谷和彦)

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