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名古屋高等裁判所 平成26年(う)366号 判決 2015年4月16日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

本件各控訴のうち,検察官の控訴の趣意は,検察官大圖明作成の控訴趣意書に,被告人Cの控訴の趣意は,同被告人の弁護人伊藤勤也作成の控訴趣意書に,それぞれ記載されているとおりであり,検察官の控訴趣意に対する各弁護人の答弁は,被告人Aの弁護人吉川徹,被告人Bの弁護人田中伸明及び被告人Cの弁護人伊藤勤也各作成の各答弁書に,同弁護人の控訴趣意に対する検察官の答弁は,検察官長崎正治作成の答弁書に,それぞれ記載されているとおりであるから,これらを引用する。

第1本件公訴事実

被告人3名に対する本件起訴状に記載された公訴事実は,「被告人A及び同Bは,共謀の上,平成25年11月23日午前6時50分頃から同日午前7時10分頃までの間,名古屋市中区(以下省略)Dビルにおいて,E(当時39歳)に対し,同人の背後からその背部付近を蹴って階段の上から落下させて転倒させ,多数回にわたってその頭部顔面や胸腹部等を殴り,蹴り付けるなどの暴行を加え,被告人Cは,同日午前7時5分頃から同日午前7時15分頃までの間,同所において,前記Eに対し,床に倒れている同人の腹部を踏み付けるなどの暴行を加えた上,同日午前7時50分頃,同所において,同人に対し,その頭部顔面を多数回にわたって蹴り付けるなどの暴行を加え,よって,前記一連の暴行により,同人に急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同月24日午前3時54分頃,同市南区(以下省略)F病院において,同人を前記急性硬膜下血腫による急性脳腫脹により死亡させたが,被告人A及び同B並びに同Cのいずれの暴行に基づく傷害により前記Eを死亡させたか知ることができないものである。」というものである。同起訴状には,罪名及び罰条として,「傷害致死 刑法第205条,第207条 被告人A及び同Bにつき,更に第60条」とも記載されており,刑法207条の同時傷害の特例が本件に適用されると主張されていることが明らかである。

第2原判決の認定事実等

1  原判決は,罪となるべき事実として,以下の事実を認定,摘示している。

「第1 被告人A及び被告人Bは,共謀の上,平成25年11月23日午前6時50分ころから同日午前7時10分ころまでの間,名古屋市中区(以下省略)Dビル3階及び4階の各エレベーターホール等において,E(当時39歳)に対し,同人の背後からその背部付近を蹴って階段の上から落下させて転倒させ,多数回にわたってその頭部顔面や胸腹部等を殴り,蹴り付けるなどの暴行(原判決は,これについて,「第1暴行」という呼称を用いるとしており,以下では同じ呼称を用いることがある。)を加え,よって,Eの頭部顔面に加療期間不明の出血を伴う傷害を負わせた。

第2  被告人Cは,同日午前7時5分ころから同日午前7時15分ころまでの間,同ビル4階のエレベーターホールにおいて,第1暴行を受けているEに対し,床に倒れている同人の腹部を1回踏み付け,背中を1回蹴る暴行(原判決は,これについて,「中間の暴行」という呼称を用いるとしており,以下では同じ呼称を用いることがある。)を加えた上,同日午前7時50分ころから同日午前7時54分ころまでの間,同ビル4階から3階へ降りる階段ないし踊り場及び3階エレベーターホールにおいて,Eに対し,その頭部顔面を多数回にわたって蹴り付けるなどの暴行(原判決は,これについて,「第2暴行」という呼称を用いるとしており,以下では同じ呼称を用いることがある。)を加え,Eに急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,又は,第1暴行により生じていた急性硬膜下血腫等の傷害を更に悪化させ,同月24日午前3時54分頃,同市南区(以下省略)F病院において,Eを上記急性硬膜下血腫による急性脳腫脹により死亡させた。」

原判決は,このように,被告人A及び同Bについて原判示第1の内容の傷害の犯罪の成立を,被告人Cについて原判示第2の内容の傷害致死の犯罪の成立を認め,「法令の適用」の項では,被告人A及び同Bの原判示第1の所為について刑法60条,204条を,被告人Cの原判示第2の所為について同法205条を適用するという法令の適用を示しており,同時傷害の特例に関する同法207条を適用していない。そして,原判決は,以上の認定・判断に基づき,被告人A及び同Bについては,それぞれ懲役3年の刑を科した上,5年間各刑の執行を猶予して,その猶予の期間中各被告人を保護観察に付し,被告人Cについては,懲役9年の刑を科するものとしている。

2 原判決は,本件について刑法207条を適用しない判断の理由として,①「第1暴行と第2暴行は,それぞれ単独で,又は両暴行が相まって,本件の死因である急性硬膜下血腫を発生させた可能性がある」という事実が認定されるとした上,②「第1暴行が終了した段階では,急性硬膜下血腫の傷害が発生しておらず,もっぱら第2暴行によって同傷害を発生させた可能性はもとより存するが,仮に,第1暴行で既に同傷害が発生していたとしても,第2暴行は,同傷害を更に悪化させたと推認できるから,第2暴行は,いずれにしても,Eの死亡との間に因果関係が認められることとなり,死亡させた結果について,責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例である同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提が欠けることになる」という判断を示し,被告人Aと同Bには原判示第1の内容の傷害罪が成立するにとどまり,被告人Cには原判示第2の内容の傷害致死罪が成立すると結論づけている(「事実認定の補足説明」3の項)。

第3  被告人Cの弁護人の控訴趣意のうち,理由不備の主張について

論旨は,要するに,原判決は,第1暴行が急性硬膜下血腫の傷害を発生させた可能性があることを認めながら(前記①),結論として,第1暴行と死亡原因である急性硬膜下血腫との因果関係を否定し,被告人Aと同Bについて原判示第1の内容の傷害罪の成立を認めるにとどめ,第2暴行のみについて急性硬膜下血腫との因果関係を認めているが,これには論理的整合性がないから,原判決には理由不備の違法がある,という趣旨をいっているように理解される。

しかし,所論指摘の原判決の説示(前記①)は,要するに,第1暴行と第2暴行は,それ自体としても,また双方が相まっても,Eの急性硬膜下血腫を発生させることが可能であったが,実際にいずれが急性硬膜下血腫を生じさせたかは不明であるという趣旨の判断をしているのであって,第1暴行と急性硬膜下血腫の発生との因果関係が認められるという判断を示しているものではない。また,原判決は,第2暴行が,Eの急性硬膜下血腫等を生じさせたか,あるいは既に発生していた急性硬膜下血腫等を更に悪化させたかのいずれかであるという事実を択一的に認定しているのであって,所論がいうように,第2暴行と急性硬膜下血腫の発生との因果関係を認める判断を示しているものでもない。

したがって,この論旨は,前提を欠いて,理由がないと考えられる。

第4  被告人Cの弁護人の控訴趣意のうち,事実誤認の主張について

1  論旨

論旨は,要するに,被告人CはEの急性硬膜下血腫の発生の原因となり得,又は同傷害を悪化させ得るような暴行を加えておらず,原判決が被告人Cの第2暴行の内容として摘示している事実を認定することはできないのに,原判決は,証拠の評価を誤って,原判示第2の事実を認定し,被告人Cの第2暴行がEの急性硬膜下血腫を発生させた可能性があり,あるいは既に発生している同傷害を悪化させた可能性があると認めているから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,という趣旨をいっているものと理解される。

2  論旨に対する検討

(1)  原判決は,前記論旨に対する判断に当たっても前提となると考えられる事実関係を,その「事実認定の補足説明」1の項で要約,摘示しているところ,この説示に特段誤りがあるとは認められない。関係証拠に鑑み,若干補足しつつ,再述すると,以下のとおりである。

ア 被告人A及び同Bは,原判示Dビル(以下「本件ビル」ともいう。)の4階にあるバー「G」の従業員であり,本件当時も,同店内で接客等の仕事をしていた。本件当時,Gでは,従業員のHも稼働中であった。なお,被告人Aと同Bは,高校以来の友人であって,かねて親しい間柄であった。

イ Eは,本件当日(平成25年11月23日)午前4時30分頃,他で飲食した後,女性2人とともにGを訪れていた客であった。

ウ 被告人Cは,かねてGに客として来店したことがあり,本件当日は,被告人Bの誘いを受け,他で飲食した後にGにやって来て,客として飲食していた。

エ Eは,被告人Aから,3人分の飲食代金として8万6000円を請求され,クレジットカードで支払おうとしたものの,思うように決済できず,結局のところ,同日午前6時43分頃から午前6時50分頃までにかけ,3回に分けて,クレジットカードで合計7万円分の支払手続をしたが,残額1万6000円については決済ができなかった。折から相当に飲酒してもいたEは,このようなやり取りを重ねるうち,いら立った様子になり,被告人Aに対し,代金について文句を言ったり,同被告人の首をつかむなどする行為にも及んだ。そして,Eは,残額の支払について話がつかないまま,Gの外に出た。被告人Aはすぐにその後を追って店外に出,被告人Bも,引き続いて店外に出た(補足すると,被告人Aは,残額の代金はEの連れの女性であるIが現金で支払ったから,EがGを出た時点で代金支払の問題は解決していたという趣旨を原審公判で供述している。しかし,この点については,Iが明確に否定している上,後にも述べるように,Eが店外に出た後で,被告人Aが,Eから運転免許証を取り上げたり,Iから,代金支払等に係る「示談書」を受け取ったりするなど,代金支払の問題が解決していないことを前提とする行動をしていることも明らかであるから,被告人Aの上記原審公判供述は信用できない。)。

オ 被告人Aと同Bは,Gの出入口外側に当たる本件ビルの4階エレベーターホールでEに追い付き,同日午前6時50分頃から午前7時10分頃までの間,相互に意思を通じた上,こもごも,Eの背後からその背部付近を蹴り,階段の上から落下させて転倒させ,多数回にわたってその頭部顔面や胸腹部等を殴り,蹴り付けるなどの原判示第1の第1暴行を加えた。

第1暴行の内容を更に具体的に見ると,検察官が,本件ビルの防犯カメラの映像,被告人A及び同Bの各原審公判供述等を基に,指摘している内容(検察官の控訴趣意書第2・1(2)アの項)に,誤りはないと認められる。要するに,被告人Aは,4階エレベーターホールで,Eの背部付近を蹴って,3階へ至る途中にある階段踊り場付近に転落させ,さらに,3階エレベーターホールからEをエレベーターに乗せて4階に至ろうとする際,Eの顔面をエレベーターの壁に打ち付け,4階エレベーターホールにEを引きずり出すなどし,被告人Bが,同ホールにあったスタンド式灰皿に,Eの頭部を打ち付け,床に仰向けに倒れているEの右手首を両手でつかみ,両足をEの上体の上で交差させてEの右腕を伸ばす,腕ひしぎ逆十字という関節技をかけ,その状態のEに対し,被告人Aが,その顔面を殴ったり,肘打ちをしたりし,Eに馬乗りになった状態で,その顔面を拳や灰皿の蓋で殴り,顔面あるいは頭部をつかんで床に打ち付けるなどし,被告人Bも,Eを蹴ったり,馬乗りになって殴るなどした。

なお,第1暴行の途中に,Hがやって来て,被告人Aと同Bの暴行を制止しようとしたが,被告人Aと同Bは,聞き入れなかった。

カ 同日午前7時4分頃,被告人Cは,本件ビル4階エレベーターホールに現れ,Hが,倒れているEの近くで被告人Aと同Bを制止しようとしている様子を見ていたが,Hと被告人AがEのそばから離れた直後,床に倒れているEの背部付近を1回踏み付けた(これが,後記キの被告人Cの暴行と合わせて,中間の暴行に当たる。)。その様子は被告人Aと同Bも見ていたが,被告人Bは,被告人Cを制止し,Gに戻るよう促した。

キ 被告人Cは,いったんGに戻った後,また4階エレベーターホールに現れ,被告人BがEに膝蹴りをしたり,被告人Aが,うずくまっているEの背中を蹴るなどする様子も見ていたが,同日午前7時15分頃,倒れている状態のEの背中を1回蹴る暴行を加えた(中間の暴行の一部。)。その後も,被告人ら3名は,しばらくEの間近に留まり続け,そのうち,被告人AがEから運転免許証を取り上げて,Gに戻り,Eも,Gに戻された。

ク 被告人AらがGの店内に戻った際,Iは,被告人AがEの運転免許証を持っているのを見て,EとG側との間の代金支払を巡るトラブルがまだ続いていると考え,取りあえずその場を収めて,Eに帰ってもらおうと,メモ帳の用紙を1枚破り取ったものに,「示談書 この件に関してはいっさいがっさい呑み代をしはらって何も言わない事を約束します」と書いた「示談書」を作成した。被告人Aは,それを受け取って,Eに,その「示談書」上に氏名を自書させて,指印を押させ,また,Eから取り上げてあった前記運転免許証を近くのコンビニエンスストアに持って行って,そのコピーを取った。そして,被告人A及び同Bは,それぞれGで仕事を続け,被告人Cも,同店内でそのまま飲食等を続けた。

ケ Eは,G店内の出入口付近の床に座り込んで,Hからおしぼりで顔の血を拭かれるなどしていたが,同日午前7時49分頃,突然,走って店外へ出て行った。Hは,Eとの間では代金の支払を巡ってトラブルがあり,それがまだ解決していないと認識していたため,逃走を阻止しようと考えて,直ちにEを追い掛け,本件ビルの4階から3階に至る階段の途中で,Eに追い付き,Eの背後からその肩を持って取り押さえた。そのため,Eは,3階方向を向き,階段上で仰向けに倒れた態勢になった。

コ 被告人Cは,同日午前7時50分頃,電話をするためGをいったん出て,本件ビルの4階エレベーターホールに行ったが,前記ケのとおり,HがEの逃走を阻止しようとしているのを知り,3階に至る階段を降りて,階段上でEがHに取り押さえられている現場に行った。その後の午前7時54分頃までにかけて,被告人CがEに対し原判示の第2暴行を加えたという事実が認められるか否かがここでの主たる争点であり,原判決がこの事実を認定している反面,所論がこれを強く争っていることは,前記のとおりである。

サ 同日午前7時51分頃,警察に対し,本件ビル4階でぼこぼこに殴られている人がいて,助けを求めているなどの通報がされ,午前7時54分頃,警察官が臨場したところ,Eが,大きないびきをかき,まぶたや瞳孔に動きがなく,呼びかけても返答がない状態で倒れている様子が認められた。

シ Eは,同日午前8時44分頃,F病院に救急搬送されたが,その時点で,深昏睡状態にあり,両目の瞳孔が広がっていて,CT検査の結果,左右の脳に急性硬膜下血腫が認められた。Eは,開頭手術を施行されたが,翌日(平成25年11月24日)午前3時54分頃,上記急性硬膜下血腫に基づく急性脳腫脹のため死亡した(なお,当時,Eの外表には多数の損傷があり,特に,頭部,顔面に著明な皮下出血及び表皮剥脱が認められた。)。

(2)ア  原判決は,被告人CがEに対して原判示第2の内容の第2暴行を加えたと認定しているところ,この認定に当たり,これを目撃したというHの原審公判証言を重視していることが明らかである(「事実認定の補足説明」2の項)。

Hの原審公判証言の要旨は,原判決が「事実認定の補足説明」2(1)の項で要約しているとおりであって,その要約に誤りはないと考えられる。若干敷えんすると,Hは,第1暴行の後,被告人Aと同BがGに戻って来て,Eも出入口付近に座っていたこと,Eに対し,本当にEが先に殴ったのかとか,代金をまだ支払っていないのかと尋ねたりし,おしぼりで顔に付いた血を拭いてやったりもしたこと,すると,Eが,店内から急に飛び出して逃げて行ったこと,代金をまだ支払ってもらっていないと思っていたので,追い掛けたこと,本件ビルの4階から3階に降りる階段の途中でEを捕まえたこと,助力を頼むつもりで,Gの方に向かって,捕まえてくださいなどと叫んだこと,すると,従業員はやって来ないで,被告人Cが来たこと,被告人Cは,4階から降りて来て,自分(H)やEの横をすり抜けて,Eの前に出て来たこと,自分(H)はEの後ろ(4階側)の階段に座ってEの肩を後ろから押さえ,被告人Cは,Eの前(3階側)に立って,Eと向かい合う位置関係になったこと,すると,被告人Cは,両側にある階段の手すりを持って,自身の体を持ち上げた上,寝ている態勢のEの顔,頭,胸,首などの辺りを靴のかかとで踏み付けたこと,体重をかけるような踏み付け方で,回数は3回から5回くらいだったこと,打ち所が悪いと死んでしまうのでないかと思い,やめてくださいと言ったが,被告人Cはやめなかったこと,被告人Cは,Eの上半身を殴ってもいたこと,何発かは覚えていないこと,それから,被告人Cは,Eの両足を持って,3階フロアまで引きずり降ろしたこと,そのときには,自分(H)はEの体から手を離していたし,明確な記憶はないが,Eは無抵抗だったので,引きずり降ろされている間に,Eの頭が階段にぶつかったかもしれないこと,3階フロアで,被告人Cが,ジャンプして,Eの胸や顔などを数回踏み付け,頭や腹などをサッカーボールを蹴るようにして数回蹴ったこと,Eがいびきをかき始めると,被告人Cは,「何いびきかいとるんだ。」と言って,Eの顔を蹴り上げたこと,Eは,いびきをかき始めた頃から意識がなくなっていたこと,階段の途中で被告人CがEに暴行を加え始めた頃からEが意識をなくすまでを通じて,Eが抵抗したことはなかったし,口答えできるような状況でもなかったこと,などの内容を証言している。

イ  原判決は,前記アのHの原審公判証言の基本的信用性を支持する事情があるという判断を示している(「事実認定の補足説明」2(1)の項)。

確かに,原判決がおおむね指摘するように,Hの証言内容は,具体的明確で,反対尋問に対しても特段動揺しておらず,第2暴行当時の防犯カメラの映像や,その他の関係証拠によってうかがえる状況等に照らしても,自然なものということができるし(4階から3階に通じる階段に血痕があり,被告人Cが当時履いていた靴にも血痕が認められているなどの事情も,Hの証言内容を裏付ける事情であるといえる。),Hの供述には,捜査段階の当初から通じて,特段の変遷もなかったように見受けられる。

したがって,上記の原判断に誤りはないと考えられる。

補足すると,原判決は,Hは被告人Cとは本件当日初めて会ったに過ぎないから,特に同被告人に不利益な虚偽の供述をする動機や事情はないとも説示しているところ,所論は,Hにとって,被告人A及び同Bは上司の立場にあり,当初H自身も,Eに暴行を加えたと疑われて捜査の対象とされていたから,Hには,被告人A及び同Bの責任を少しでも軽くするため,また,自己保身のため,被告人Cの暴行を殊更誇張する虚偽の供述をする動機があるといえるから,この原判断は不当であると論難する。

確かに,被告人A及び同BとHとの間に所論がいうような関係があり,Hが当初本件の被疑者として捜査の対象とされていたことは,所論のいうとおりであり,原判決がいうような根拠を挙げるのみで直ちにHには虚偽の供述をする動機や事情がないと結論づけている原判決の説示には,いささか首肯し難いところもある。しかし,本件直後にはGは営業をやめて,Hと被告人A及び同Bとの間に特段の関係はなくなったようにうかがえる上,Hは,被告人Aと同Bの第 1 暴行についても,その目撃した範囲内で,その危険性等に関する率直な感想なども交えつつ,特段遠慮などのうかがえない内容の証言をしていることなどが見て取れる。また,HがEに対して何らかの暴行を加えたという内容を,被告人Cを含め,関係者の誰かが述べていたというような事情もうかがえず,そのような可能性を具体的にうかがわせるような事情があるともうかがえないから,Hが自己保身のために殊更被告人Cの暴行内容を誇張した供述をする必要があったようにもうかがえない。そうすると,Hには,被告人Aや同Bの利益を慮り,あるいは自己保身のため,あえて虚偽の供述をする動機があったとうかがえるというこの所論には,結局のところ理由がないと考えられる。

所論は,Hは,全体として記憶が曖昧であると述べつつ,こと被告人Cの暴行態様についてだけは明確な記憶として証言していて,極めて不自然な証言態度であるのに,原判決がこの点を適切に評価していないと論難する。

しかし,Hの証言内容に照らすと,被告人Cによる第2暴行は,Hが1人Eを追い掛けて,同人の逃走を阻止した直後,Hが注視する中,その眼前でEに対して行われた出来事であったということになるから,Hの証言内容が曖昧であるとして所論が論難するその他の出来事との間には,Hにとっての印象深さにかなりの違いがあったということになるようにうかがわれる。そうすると,所論がいうような理由でその証言の信用性を論難することが相当でないことは,むしろ明らかであるように考えられる。

所論は,被告人Cの第2暴行の内容に関するHの証言内容が,防犯カメラの映像(原審証拠等関係カード検察官請求証拠番号甲31報告書)によって裏付けられていないという趣旨をいう。しかし,所論が指摘するHの証言部分は,そもそも防犯カメラによって撮影することが可能ではない位置関係にある状況に係るものとうかがえるから,所論の指摘は,Hの証言の信用性を特段疑わせるような意味を持つものではないし,むしろ,Hの証言は,防犯カメラの映像と矛盾するところがなく,撮影されている範囲内では,これとよく符合していると考えられる。原判決もこれと同旨を指摘しているものと理解されるのであって,この判断に誤りはないと考えられる。

この点に関連して更に補足すると,所論中には,防犯カメラの具体的映像を取り上げて,それが,関連するHの証言内容と矛盾する旨論難するかの部分もある。しかし,この点については,そもそもHの証言内容に関する所論の理解の仕方が適切でなかったり,Hの証言するような被告人Cの暴行があったのなら,それが行われたのは防犯カメラの記録上の特定の時間帯に限られるはずであるという所論の前提自体に特段の根拠がないなど,所論のいうところに相当の無理があることが明らかであって,理由がないといわざるを得ない(この点については,検察官がその答弁書2(3)の項で所論に反論している内容に,誤りがないと考えられる。)。

ウ  もっとも,被告人Cは,原審公判で,原判決が認定するような内容の第2暴行を加えたことはない旨供述している。そして,所論は,被告人Cのこの原審公判供述が信用できるのであり,これに反するHの証言は信用できないというようである。

この点に関する被告人Cの原審公判供述は,原判決が「事実認定の補足説明」2(2)の項の②で要約するとおりである。若干敷えんすると,被告人Cは,Gの店内にいたところ,Hが,逃げたと言っていたので,Eが逃げたのだと分かったこと,自分(被告人C)は,電話がかかってきたので,店外に出たが,Hが手伝ってくれと言っている声が聞こえ,そちらに行ったこと,そのとき,HがEの後ろから脇をつかむ感じで,2人は階段上に寝転がっていたこと,HがEを追い掛けたのは,その時点で,店の問題,つまり,暴行の問題とお金の支払の問題がまだ両方とも終わっていないからだと思ったこと,被告人Aと同Bに,第1暴行を加えた理由などを聞いてはいないが,2人がそこまでやるのは,相当なことがあったのだと思っていたこと,自分(被告人C)は,Eが逃げないように,その前を塞いだこと,そのとき,両手で手すりを持ち,ぶらぶらした状態になったが,Eの体を蹴ったり踏んだりはしていないこと,HがEをGに連れ戻すと言っていたので,取りあえずEを3階に降ろそうとしたが動かせず,そのとき,Eから「訴えるぞ。」と言われ,腹が立ったので,右手でEの腹を3回くらい殴ったこと,このとき,Eの足が動き,自分(被告人C)の足に当たって転びそうになったので,手すりを持ち,腕で体を支える感じで浮いた感じになったこと,Eの足より下の位置に自分(被告人C)の足を下ろしたから,自分(被告人C)の足をEの体に当ててはいないこと,その後,Eの両足を両脇に抱えて3階まで引きずり降ろしたこと,足が3階に下りた時点で,Eの胸ぐらをつかんで立たせたので,Eが頭を打つことはなかったこと,3階で,立った状態のEの腹に2回膝蹴りを入れたこと,その後,いったんGに戻り,再びHと一緒に3階に降りたとき,Eがいびきをかいているのが分かったが,寝ているのだと思ったこと,以上のほかにEに対して暴行を加えてはいないこと,などの内容を供述している。

原判決は,被告人Cのこの供述は,Hの証言の信用性を左右するような証拠価値を持つものではないという判断を示している(「事実認定の補足説明」2(2)の項)。確かに,原判決も指摘するように,自身の暴行の内容に関する被告人Cの供述は,防犯カメラで撮影された映像,特に,被告人Cが階段の手すりを持って複数回飛び跳ねたように見える行動に関する説明が不自然で,この映像に整合しているとは見ることができないし,Eの両足を持って階段を引きずり降ろしたと言いながら,その頭が階段に当たらなかったと言うのも,相当に不自然であることは否めない。また,前記イのとおり,被告人Cの靴には血痕が付着しているところ,被告人Cは,第1暴行の際などにも,Eが血を吐くなどして出血しており,それが被告人Cの靴に付着した可能性があるなどと言うものの,関係証拠によってうかがえる当時の被告人Cの行動状況や,被告人Cの靴の血痕付着状況等に照らしても,被告人Cの言う機会にEの血液が被告人Cの靴に付着してこの血痕を生じたとはにわかに信じ難いところがある。なお,被告人Cは,階段でEの腹を殴る程度の暴行を加えたことはあるとし,それはEに「訴えるぞ。」と言われて腹が立ったからだと供述するが,Hの証言によってうかがえる当時のEの状況などに照らしても,その供述内容はかなり不自然である上,そもそも,被告人Cは,自身が2回にわたる中間の暴行に及んだ事情についても,Eからそれぞれ挑発的な言動をされて腹が立ったからであるという説明をしているものの,防犯カメラの映像によってうかがえるこのときのEの姿勢・状況等に照らしても,Eがこのとき被告人Cに挑発的な言動をした疑いがあるとはうかがい難いことは,原判決も指摘するとおりであって,これもまた,被告人Cの全体としての供述の信用性を疑わせる一事情であることを失わない。他方,所論は,防犯カメラの映像には,被告人Cの供述の信用性を裏付けるものがあるかの趣旨をいうが,要するに,被告人Cの供述を前提としても,それなりに説明することが可能なところがあるといっているに過ぎない。

結局,被告人Cの上記供述中,Hの証言と矛盾する部分の証拠価値を否定した原判断に,誤りはないと考えられる。

また,その他検討しても,前記アのHの証言の証拠価値に疑問をいれるような事情があるとは認められない。

(3)  以上の次第であるから,Hの原審公判証言の信用性を認め,その他の関係証拠を総合して,原判示第2のとおりの,被告人Cによる第2暴行の事実を認めた原判決の認定に,所論の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

第5  検察官の控訴趣意について

1  論旨

論旨は,要するに,㋐原判決の前記①の事実認定(前記第2・2)を前提とすると,Eの死因となった急性硬膜下血腫の傷害が,被告人Aと同Bの共謀に基づく第1暴行によるものか,被告人Cの第2暴行によるものか不明であるというのであり,また,関係証拠によると,第1暴行と第2暴行との間には機会の同一性も認められるから,この傷害について同時傷害の特例に関する刑法207条が適用され,結局被告人3名については,上記急性硬膜下血腫を原因とするEの死亡について,いずれも傷害致死罪の刑責が問われることになると解されるのに,前記②(前記第2・2)のように,暴行と傷害との因果関係でなく,暴行と死亡との因果関係を直接問題にして,第2暴行とEの死亡との間に因果関係があるから本件について同条を適用する要件を欠くとした原判決の判断は同条の解釈を誤っており,また,原判決は,証拠の評価を誤って,第1暴行と第2暴行との間に機会の同一性も認められないと判断しているから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りと事実の誤認がある,㋑仮に原判決のように,暴行と死亡との因果関係を問題にしたとしても,第1暴行と急性硬膜下血腫に基づくEの死亡との間の因果関係は否定されないと解すべきであって,本件についてはやはり同時傷害の特例に関する刑法207条が適用されると解されるから,前記②のような理由で同条の適用を否定した原判決には,この点でも判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りと事実の誤認がある,という趣旨をいっているものと理解される。

2  論旨に対する検討

(1)  前記第2・2のとおり,原判決は,第1暴行と第2暴行が,それぞれ単独で,又は両暴行が相まって,本件におけるEの死因である急性硬膜下血腫を発生させた可能性があるという事実を認定している(前記①)。

そして,この判断は,原審で取り調べられた各証拠によって認められる第1暴行と第2暴行のそれぞれの態様・激しさや,Eの受傷状況等に関するJ医師(K大学大学院医学系研究科教授。法医学)とL医師(K大学大学院医学系研究科教授。脳神経外科)の各原審公判証言の内容等に照らしても,十分首肯することができると考えられる。所論もこの点を前提としていることは,前記1のとおりである。

もっとも,補足すると,原判決は,上記判断を示すとともに,「第2暴行は,第1暴行よりも質的に激しいものと認められる」という判断も示しているところ(「事実認定の補足説明」3の項),所論は,原判決のこの判断は証拠上の根拠がないとして,種々論難する主張をしている。しかし,原判決のこの判断は,原判決の上記①の判断と特段相いれないようなものではないし,後に述べるように,所論が強く争う原判決の前記②の判断の当否などを検討するに当たっても,特段その結論に影響を与えるような性質のものではないと考えられるから,ここでその当否について検討する必要を認めない。

なお,原判決の上記①の判断は,上記のとおり,第1暴行と第2暴行が,それぞれ単独で,又は両暴行が相まって,Eの急性硬膜下血腫を発生させた可能性がある一方,Eの急性硬膜下血腫が,第1暴行,第2暴行のいずれによって生じたのか,あるいはその双方が相まって生じたのかを具体的に特定することはできないという趣旨もいっていることが明らかであると理解される。そして,原判決のこの認定も,上記J,L両医師の所見をはじめとする関係証拠に照らし,十分首肯できると考えられるし,所論は,この点もその前提としていることが明らかである(前記1)。

(2)  原判決の前記①の認定を前提とする以上,被告人A及び同Bが共謀の上で行った第1暴行と,被告人Cが行った第2暴行とは(もとより,原判決は,被告人A,同Bと被告人Cとの間には,Eに対する暴行についての共謀が認められないという判断を前提としており,その認定に誤りはない。),そのいずれもがEの急性硬膜下血腫の傷害を発生させることが可能なものであり,かつ,実際に発生した急性硬膜下血腫の傷害が上記両暴行のいずれによるか不明であるということになるから,もし,両暴行に機会の同一性が認められるのであれば,取りあえず,死亡の結果の発生をひとまずおいて考えれば,同時傷害の特例に関する刑法207条が適用され,被告人3名全員が,両暴行のいずれか(あるいはその双方)と因果関係がある急性硬膜下血腫の発生について,共犯として処断されることになることに疑いはない。そして,原判決も,この点は,当然の前提としているものと理解される。

本件では,Eが上記急性硬膜下血腫による急性脳腫脹のため死亡したことは,原判決が説示するとおりである。すなわち,本件は,第1暴行と第2暴行のいずれかによって(あるいは,その双方によって)Eの急性硬膜下血腫が発生したことは認められるが,そのいずれによって同傷害が発生したかは不明であり,他方,同傷害とEの死亡との間に因果関係があることは明らかであるという事案である。上記のように,被告人3名が急性硬膜下血腫の傷害の発生について共犯としての刑責を負うという前提で考える以上,この場合,被告人3名が共犯としての刑責を負うべき急性硬膜下血腫を原因として生じたEの死亡についてもまた,被告人3名は共犯としての刑責を負うことになると解すべきであって,結局,被告人3名は,上記死亡を内容とする傷害致死罪の共犯として処断されることになると解すべきである(最高裁判所昭和26年9月20日第一小法廷判決・刑集5巻10号1937頁参照。)。

ところが,原判決は,仮に被告人Aと同Bの第1暴行によって既に急性硬膜下血腫の傷害が発生していたとしても,被告人Cの第2暴行は,この傷害を更に悪化させたと推認できるから,第2暴行は,いずれにしても,Eの死亡との間に因果関係が認められることとなり,「死亡させた結果について,責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例である同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提が欠けることになる」という理由を挙げて,本件で,この規定を適用することはできないと説示している(前記第2・2。②)。

しかし,この判断は,そもそも,実際に発生した傷害との因果関係について検討しないで,直ちに死亡との因果関係を問題にしている点で,暴行と傷害との因果関係が不明であることを要件とする刑法207条の規定内容に反すると考えられるし,このように解した場合,本件で,急性硬膜下血腫の傷害の発生について,結局は誰も責任を問われないことになる結果となることを看過したものであるであるといわざるを得ない。後者の点について補足すると,原判決は,被告人Aと同Bについては,第1暴行により,Eに「頭部顔面に加療期間不明の出血を伴う傷害を負わせた」という事実を認定し(原判示第1事実),他方,被告人Cについては,(中間の暴行と)第2暴行により,Eに「急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,又は,第1暴行により生じていた急性硬膜下血腫等の傷害を更に悪化させ」たという択一的な事実の認定をしている(原判示第2事実)にとどまっているから,(例えば,被告人Cについて,上記択一的な認定の下で,この点に関しどのような事実関係を前提として量刑判断をしたのか,原判決は特段説明をしていないなどの事情もあるが,いずれにしても,原判決の判断の下では,),致命傷である急性硬膜下血腫の傷害の発生自体については,結局のところ,被告人3名のいずれもがその責任を問われない結果になっていると理解せざるを得ない。念のため補足すると,原判決がいうように,第1暴行によって既に急性硬膜下血腫の傷害が発生していた場合を想定しても,第2暴行によってこれが更に悪化したと認められるから,第2暴行と死亡との間の因果関係が認められると考えるとしても,そのことは,この場合には,第1暴行と急性硬膜下血腫によるEの死亡との間に因果関係があることを否定する理由にならないことは,いうまでもないところであるし(最高裁判所平成2年11月20日第三小法廷決定・刑集44巻8号837頁参照。),原判決もこの点は否定していないと考えられる。

(3)  以上で検討したとおり,前記②のような理由に基づいて,本件における刑法207条の適用を否定した原判決の判断は,同条の解釈適用を誤っているといわざるを得ない。なお,補足すると,本件の公訴事実自体,前記第1のとおり,「被告人A及び同B並びに同Cのいずれの暴行に基づく傷害により前記Eを死亡させたか知ることができない」と,暴行と死亡との因果関係を直接問題にしているかのような記載をしており,原審での公判前整理手続でも,第1暴行ないし第2暴行とEの死亡との因果関係が争点であるという内容の争点整理がされるなど,原審における検察官の主張内容自体にも,所論が論難する原判決の理解同様,各暴行と死亡との因果関係を直接問題にしているかのように理解できなくはない表現がされているようにうかがえる部分もあるが,その趣旨は,要するに,各暴行と,死因となった傷害の発生との因果関係を問題にするものであったと理解することは,可能であったように思われる。

(4)  もっとも,既に述べたとおり,本件で刑法207条の適用が認められるためには,被告人Aと同Bが共謀の上で加えた第1暴行と,被告人Cの第2暴行とが,外形的に共同実行に等しいと評価できるほどの態様で行われたという意味で,両暴行の間に機会の同一性が認められることが必要であると解され,もしこの点が認められないのであれば,同条の適用を否定した原判断の結論自体は是認されることになるから,原判決の前記(3)の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえないと考えられることになる。

そして,原判決は,原判決の立場からすると,結論に影響しない傍論に当たる説示ではあるが,本件では上記機会の同一性も認められないという判断を示している(「事実認定の補足説明」4の項)。これに対して,所論が,原判決のこの判断には事実認定の誤りがあるという趣旨と解される主張をしていることは,前記1のとおりである。

原判決が上記判断の理由として挙げているのは,確かに,第1暴行と第2暴行とが時間的場所的に近接して行われたことは認められるとはいえ,「被告人Cは,当時,第1暴行の発端となった被告人AとEとの間の料金トラブルを知らず,その内容についても利害関係を有していなかったこと,第1暴行の後,Gで,同トラブル等に関する示談書がEにより作成され,被告人Aらとしても,Eとの間の問題は解決したと考えていたことなどを踏まえると,被告人A及び被告人Bにおいて,Gから逃走したEに対し,被告人Cが,第2暴行のような激しい暴行に及ぶことを予期できたとは認められず,少なくとも,被告人A及び被告人Bの立場からは,第1暴行と第2暴行を『同一の機会』に行われた暴行と見ることには疑問が残る」ということである。

しかし,そもそも原判決のこの説示は,上記のとおりの傍論に過ぎないし,その判断内容自体を見ても,ここで原判決が挙げているような理由で,原判決のような結論を導くことには,無理があると考えざるを得ない。

まず,第1暴行と第2暴行との間に,時間的場所的近接性があることは,原判決も前提にしているところであり,両暴行が近接した場所で行われたことは,既に説示した本件の事実関係に照らしても明らかと考えられる。また,第1暴行の終了と第2暴行の開始との間には,若干の間隔があるが,それは,前記のとおり,約40分程度であり,第1暴行の後,EはGに戻されて,出血を拭いてもらったり,第1暴行の発端となったトラブルについて,「示談書」に署名させられたり,Hから聞かれたりするうちに,Gから逃げ出し,その後直ちに第2暴行が発生したという経緯などに照らしても,両暴行は時間的にも近接した関係にあると考えられる。そもそも,被告人Cの第2暴行は,同被告人がEに中間の暴行(それ自体は,Eの急性硬膜下血腫の発生等の原因となり得るものではなかったようにうかがえる。)を加えた後に,またEに暴行を加えたという経緯で行われたものであるところ,中間の暴行と第1暴行とが,まさに時間的にも場所的にも重なり合った機会に行われたことは,既に述べたとおりである。

このように,第1暴行と第2暴行との間に時間的場所的な近接性があることは,両暴行が同一の機会に行われたとうかがわせるに足りる重要な事情であると考えられる。

しかし,原判決は,第1暴行と第2暴行との間にはこのように時間的場所的近接性があるとしながら,上記引用のような事情を挙げて,機会の同一性を否定する判断の理由としている。

ここで原判決が挙げているもののうち,被告人Cが,Gの代金を巡る被告人AとEとのトラブルを知らなかったという点は,代金を巡るトラブルの内容を被告人Cがどの程度具体的に承知していたかはともかくとしても,関係証拠によると,被告人Cは,自身がEに対して中間の暴行を加えた前後の時間帯に,被告人AらとEとのやり取りなどを現に目にしていたことが明らかであるし,被告人C自身,第2暴行の直前,HがEを追い掛けたのを知ったときの自身の認識について,HがEを追い掛けたのは,その時点で,代金の問題などがまだ解決していないからだと思ったなどとも供述しているのであるから(前記第4・2(2)ウ。被告人Cの供述の全体の趣旨等に照らしても,この供述部分自体の信用性を疑う理由はないと考えられる。),そもそも原判決のこの認定は,関係証拠の内容を適切に理解しているといえるか,疑問をいれる点があるし,また,被告人Cとしては,G側とEとの間に,トラブルのあることは知っていたが,その具体的内容は知らなかったという趣旨にとどまるのであれば,原判決の結論を支える根拠として,それほどの重要性は認め難いと見る余地がある。この点については,G側とEとのトラブルの内容自体について,被告人C自身に利害関係がないという原判決の指摘についても,同様に考える余地がある。

前記のように,原判決は,被告人Aらとしては,示談書がEによって作成され,Eとの間の問題は解決していたと考えていたとも説示している。しかし,この認定について適切な証拠上の根拠があるとは,認め難いように思われる。「示談書」が作成された経緯・状況や,「示談書」の体裁・内容等は,前記第4・2(1)クのとおりであって,取りあえずIがその場を収めようとして「示談書」の作成を考え,被告人AがEに署名させたことなどはうかがえるが,原判決がいうように被告人AらがそれによってEとの問題が解決したと考えるほど「示談書」を重視していたと認めるに足りる証拠上の根拠があるようにはうかがえない(なお,被告人Aも,その趣旨の供述をしていないし,原判決がここで「被告人Aら」といっている趣旨が必ずしも明らかでないが,そもそも被告人Bは,「示談書」の作成自体を認識していなかったようにうかがえる。)。

また,原判決が,被告人Cの暴行に関する被告人A及び同Bの「予期」について指摘している点について見ると,共謀関係にあったと認められない者がそれぞれに加えた暴行に関する機会の同一性を考えるに当たり,原判決がいうほど「予期」を問題にすることが相当か否かが,そもそも疑問であると考えられる上,原判決が,「予期」を問題にする根拠として,被告人Cが代金を巡るトラブルを知らなかったこと,被告人Aらとしても「示談書」の作成によりトラブルが解決していたと考えていたことなどを挙げているのが相当であるとは必ずしも考え難いことは,既に述べたとおりである。また,被告人Bは,被告人Cが,第 1 暴行によって既に相当の打撃を受けているEに対して自ら中間の暴行を加えた際,当初は同被告人を制止したが,その後は制止しなかったとうかがえるし,被告人Aについても同様の事情がうかがえる上,被告人Cの第2暴行自体を被告人Aと同Bがどの程度認識したのか,両被告人の供述自体が極めて曖昧であるとはいえ,両被告人の供述中には,被告人Cの第2暴行をある程度認識しつつそれを放置したことをうかがわせる内容のものもあるようにうかがえるのであって,これらの事情に照らしても,被告人Aと同Bの「予期」を原判決がいうように問題にすることが必ずしも相当であるとは考え難いように思われる。

関連して補足すると,被告人Cは,自身がEに対して2回にわたる中間の暴行を加えたのは,それぞれの直前にEから挑発的な言動に及ばれて腹が立ったからであり,第2暴行(ただし,原判決が認定する第2暴行と内容が異なることは前記のとおり。)を加えたのは,やはりEから直前に「訴えるぞ。」と言われて腹が立ったからであって,被告人Aと同Bが第1暴行を加えたのとは別の事情によるものであるという趣旨と解される供述をしている(前記第4・2(2)ウ)。しかし,中間の暴行を加えた事情に関する被告人Cの供述が信用し難いことは,前記第4・2(2)ウのとおりであり,原判決も同旨の判断を示していると理解される。Eから「訴えるぞ。」と言われて,第2暴行を加えたという供述部分に関しても,その信用性に疑問があることは,前説示の趣旨に照らして,否定し難いように考えられる。むしろ,第2暴行当時,被告人Cとしても,被告人AらG側とEとの間にトラブルが存在することを相応に認識していたとうかがえることは,既に説示したとおりであるなどの事情にも照らすと,被告人Cが第2暴行に及んだ事情には,被告人A及び同Bが第1暴行に及んだ事情と,相応に共通するところがあったとうかがうことも,可能であるように考えられる。

そうすると,前記のような理由を挙げるのみで,第1暴行と第2暴行に関する機会の同一性を否定した原判決は,証拠の内容についての理解を誤り,あるいは,認定に係る事実関係の重要性の評価,すなわち,これらの事実関係が上記機会の同一性の判断に関してどのような位置付けを占めるのかという点に関する評価を誤った結果,論理則,経験則等に照らして不合理で,是認し難い判断に至ったものといわざるを得ず,原判決にはこの点で事実の誤認があるという趣旨と解される所論には,理由があると考えられる。

(5)  以上の次第であるから,本件について同時傷害の特例である刑法207条の適用を否定し,被告人Aと同Bに原判示第1の内容の傷害罪の成立を認め,被告人Cに原判示第2の内容の傷害致死罪の成立を認めた原判決の判断には,暴行と傷害との因果関係の有無を適切に判断しなかった法令適用の誤りと,暴行の機会の同一性の判断に関する事実の誤認があり,これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであると考えられる。したがって,論旨(1㋐)は理由がある。

なお,上記機会の同一性等に関しては,その意義等に関する適切な理解の下で更に審理評議を尽くすのが相当であり,そして,もし同時傷害の特例が適用されるという結論に至った場合には,それを前提として,刑の量定についても,適切な評議を経るのが相当であると考えられるので,本件については,原審において更に審理を尽くすのが相当である。

よって,刑訴法397条1項,380条,382条により原判決を破棄し,同法400条本文により,本件を原裁判所である名古屋地方裁判所に差し戻すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木口信之 裁判官 平手一男 裁判官 石井寛)

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