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名古屋高等裁判所 平成26年(ネ)136号 判決 2014年11月13日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第2事案の概要

3 争点に対する当事者の主張

(1)  次の(2)のとおり原判決を補正し、同(3)のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「3 争点に対する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア  原判決5頁19行目の「鳥羽市」を「被控訴人鳥羽市の」に改める。

イ  原判決8頁3行目の「緩衝」の次に「帯」を加える。

ウ  原判決8頁4行目冒頭に「同人から」を加える。

エ  原判決10頁3行目の「三重県」を「被控訴人三重県」に改める。

(3)  当審における当事者の主張

ア  控訴人

(ア)  本件治山工事に関し、控訴人が本件土地使用承諾書に押印することはあり得ない。

本件山林は、控訴人が先祖から受け継ぎ、控訴人自身も檜や杉を植林して大切に育ててきた山であるから、仮に被控訴人三重県又は同鳥羽市から本件治山工事の説明を受けて控訴人が間伐に納得したとしても、伐採の対象となる樹木を控訴人が指定し、本数も最低限とすることが絶対条件である。しかも、本件土地使用承諾書の内容は、自由に木を切ることができなくなる保安林の指定も承諾するとの重大な財産的制約を伴うものであって、Aが証言するような僅か10分程度の説明を聞いて、その場で承諾できるものではない。

(イ)  本件治山工事に関し、平成23年10月6日に控訴人から本件土地使用承諾書に押印をもらったとのAの証言は信用できない。

a 控訴人が平成24年11月22日に初めて本件土地使用承諾書の存在を知らされて以降、控訴人から本件土地使用承諾書に押印をもらったのか否か、もらったとしたらそれは誰なのかが問題の核心であったことは明らかであるのに、自分がもらった記憶がないとするAの当時の言動と裁判所における上記証言は明らかに矛盾しており、到底信用できない。

b 公用車利用記録(乙B8)の平成23年10月6日の「使用の目的及び行き先」欄に記載された「a町他」の「他」の字の色や筆跡からすれば、別の機会に加筆された可能性があり、その記載の信用性は乏しいから、Aが同日に控訴人宅を訪れたことは認定できない。

c Aは被控訴人鳥羽市の職員で、原審では指定代理人であるから、被控訴人鳥羽市に有利な証言をする動機が十分にある。

(ウ)  本件治山工事が山林所有者の要望により実施されたと認められる事情はないから、「本件土地使用承諾書を原告が作成していないにもかかわらず被告三重県が本件治山工事を強行すべき理由が見当たらない。」とする原判決は誤りである。

本件治山工事は、被控訴人三重県及び同鳥羽市が当初計画した鳥羽市b町字c地区での治山事業ができなくなり、その時点で既に承認されていた治山事業を継続させるための代替地として行われたものである。また、被控訴人鳥羽市は、現地調査をした平成23年5月23日時点において、d地区の山林所有者から特に問題なく土地使用承諾書を得られるであろうと考えていたこと、被控訴人三重県から指摘されて同年10月に入って同承諾書をもらいに行ったこと、その後間もなくの同月21日に本件治山工事に着工したことからすれば、被控訴人らは、d地区の山林所有者の要望ではなく、被控訴人らが計画した治山事業を遂行するため、控訴人の印章を偽造して本件土地使用承諾書を作成し、控訴人に無断で本件治山工事を強行したのである。

(エ)  本件土地使用承諾書の本件印影は、本件印章により顕出されたものではない。

B鑑定は、字画形態や印枠の細かい相違を無視している。また、印枠に欠損がある場合、字画形態のみならず文字と印枠の位置の同一性についても考察を加えるべきであるのに、B鑑定は一切考察を加えていないから、信用性に乏しく、印章の同一性を認定する根拠とするのは不相当である。他方、異なる印章による印影であると結論付けたCの意見書(甲12、14、23。以下、それぞれ「C意見書」という。)は、詳細に文字部分の細かい相違を指摘し、文字と印枠の位置関係についても検討しており信用できる。

また、本件印影と対照印影が「不合致の可能性が高い」とするDの印影鑑定書(甲22。以下「D鑑定書」という。)は、対角分割合成、補色重合検査及びスーパーインポーズという3種の鑑定手法により、全てコンピューターを用いて作成されており、B鑑定に比して信用性が高い。

そもそも、本件印章によっては、「●」の右上の円周部分が顕出されることはあり得ないから、同部分の印枠がくっきりと顕出されている本件土地使用承諾書の本件印影は、本件印章によるものではない。

被控訴人鳥羽市は、平成23年10月当時、本件印章の印影が顕出された書類(乙B1ないし5)を所持していたから、控訴人の印章を偽造することが可能であった。

(オ)  控訴人は本件創造工事の準備工による樹木の伐採を承諾していない。

控訴人にとって、本件山林上の樹木を切ることは極めて重大な事項であるから、Eらが訪れた平成24年11月9日に樹木を切る話はなく、切ることを承諾したこともないとの供述の信用性は高い。また、仮に控訴人が樹木を切ることを承諾したならば、僅か11日後の同月20日に樹木を切ったことの苦情を述べて本件創造工事の中止を申し出ることはあり得ないから、「何らかの事情によって原告の気が変わったということは考えられない話ではない」との原判決の認定は明らかに経験則に反する。

イ  被控訴人三重県の主張

(ア)  控訴人が本件土地使用承諾書に押印することはあり得ないとの主張は争う。

控訴人は、本件印章は「家の宝物」であるというのであるから、これをみだりに他人に貸し与えることはなく、本件土地使用承諾書に顕出された印影が控訴人自身によるものであることは明らかである。

(イ)  Aの証言は信用できないとの主張は争う。

(ウ)  また、D鑑定書が用いているスーパーインポーズ法はB鑑定も採用する手法であり、文字の輪郭がやや不鮮明な本件土地使用承諾書のコピー印影を比較対照に用いた結果は何の意味もないし、対角分割合成の手法は、印影を横に並べて比較するやり方にすぎず、異なる機会に印象された複数の印影を対象としても意味はないから、D鑑定書の「鑑定」にはおよそ意味がない。

(エ)  被控訴人らが、本件治山事業計画を遂行するため、控訴人の印章を偽造して本件土地使用承諾書を作成し、控訴人に無断で本件治山工事を強行したとの主張は否認する。

ウ  被控訴人鳥羽市及び同農協の主張

(ア)  控訴人が本件土地使用承諾書に押印することはあり得ないとの主張は否認ないし争う。

(イ)  Aの証言は信用できないとの主張は争う。

平成24年11月22日以降のAの言動は、確かな記憶がなかったため慎重な言い回しをしたまでである。他方、同人の裁判所での証言は、本件土地使用承諾書の取得に関し、調査や記録等を確認し、記憶を確信した後の証言であるから、何ら不自然ではない。

公用車利用記録は手書きで記入するから、色や字体に差異が生じるのは特に不自然ではない。

(ウ)  本件治山工事が山林所有者の要望により実施されたと認められる事情はなく、被控訴人らが計画した治山事業を遂行するため、控訴人の印章を偽造して本件土地使用承諾書を作成し、控訴人に無断で本件治山工事を強行したとの主張は否認ないし争う。

(エ)  本件土地使用承諾書の本件印影が、本件印章により顕出されたものではないとの主張は否認ないし争う。

控訴人は、本件印章を手彫りであると認識しており、C意見書(甲12)によれば、「手彫りの印鑑は、太い線、細い線、また幅や角度などがあり、同一のものは作れない」というのであるから、本件印章の偽造は困難である。

Aは、平成23年9月27日に被控訴人三重県の伊勢農林水産商工環境事務所から土地使用承諾書を送るよう要請され、同年10月6日から間もなくして本件土地使用承諾書を同事務所に送付しているが、印章偽造という犯罪行為を犯してまで本件治山工事を行う動機は全くない。承諾が得られなければ工事はやらないだけである。しかも、僅か10日間という短期間に、被控訴人鳥羽市の職員が、専門業者に手彫りの偽造印を注文し、業者が本物と酷似する精巧な完成品を納品することなどあり得ない。

また、コンピューターによる分析に基づくD鑑定書では、押印時のぶれや写し作成時のぶれ(同鑑定の対象物は、対照資料B以外は複写物である。)は全て「ズレ」「ハミ出し」「異なり」と機械的に把握され、「不合致の可能性が高い」と判断される危険性があるし、マージナルゾーンの境界線を引く基準も明確でなく、マージナルゾーンの「ハミ出し」かそれ以外かを見分ける基準も明確でない。

(オ)  控訴人は本件創造工事の準備工による樹木の伐採を承諾していないとの主張は否認ないし争う。

控訴人は、被控訴人農協の組合長から水量計を設置する工事をするとの説明を受けたと供述するが、被控訴人農協は事業施工者ではないから、そのような説明はしていない。

第3当裁判所の判断

1 当裁判所も、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は正当であると判断する。その理由は、次の2のとおり原判決を補正し、同3のとおり当審における当事者の主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりである。

2 原判決の補正

(1)  原判決20頁23行目の「ないとする。」を「ないと供述する(控訴人本人)。」に改める。

(2)  原判決20頁末行の「また、」の次に「上記1(3)ウのとおり、」を加える。

(3)  原判決21頁4行目及び6行目の「供述」をいずれも「証言」に改める。

(4)  原判決21頁7行目から8行目にかけての「否定できず、その信用性は相当程度減殺されると考えられる。」を「否定できない。」に改める。

(5)  原判決21頁12行目の「公用車の利用記録など」から18行目末尾までを、次のとおり改める。

「被控訴人鳥羽市の農水商工課農林係に配属されたAは、デスクワークだけでなく、現地調査や確認等も所管業務となっていることが推認されるから、本件治山工事が終了してから1年以上も経過した時点で本件土地使用承諾書に誰が控訴人から押印をもらったのかが問題となった際、平成23年10月頃に具体的にどの地区を訪れたかの記憶を減退させていたとしても、あり得ない話ではない。

むしろ、平成23年10月6日にa町地内で実施していた獣害対策用緩衝帯整備事業の進捗状況を確認した後、本件治山工事に関し、地権者であるF宅を訪れて土地使用承諾書に押印をもらい、その後、控訴人宅を訪れて本件土地使用承諾書に押印をもらった旨の証人Aの証言は、同日にa町に赴いた旨の公用車の利用記録(乙B8)の記載とその部分では合致するし、その記録に基づいて、a町に隣接するb町に足をのばし、地権者であるF及び控訴人宅を訪れたのは自分であったとの認識を抱くようになったとしても、あながち不自然であるとはいえない。」

(6)  原判決21頁24行目の「顕出されたことについて」を「顕出されたことに対する」に改める。

(7)  原判決22頁18行目の「旨述べる。」を「旨証言等する。」に改める。

(8)  原判決22頁19行目の「供述内容」を「証言等の内容」に改める。

(9)  原判決23頁10行目の「供述」を「証言」に改める。

3 当審における当事者の主張に対する判断(本件治山工事について)

(1)  控訴人は、上記第2の3(3)アのとおり主張するところ、本件では、控訴人が所持する印章(本件印章)が押捺されたことについて当事者間に争いがない平成16年産、平成17年産、平成19年産及び平成22年産ないし平成24年産の「水稲生産実施計画及び水稲共済細目書異動申告書」等(乙B1ないし6)に顕出された印影(対照印影)と酷似する本件印影が本件土地使用承諾書に顕出されているから、本件印影が本件印章によって顕出されたものではないとする控訴人の主張(エ)から先に検討する。

ア  控訴人は、字画形態や印枠の細かい相違を無視し、字画形態のみならず文字と印枠の位置の同一性についても考察を加えていないB鑑定は信用性に乏しく、詳細に文字部分の相違を指摘し、文字と印枠の位置関係についても検討したC意見書(甲12、14、23)の方が信用できる旨主張する。

しかしながら、B鑑定書において、対照印影(資料1、3、5)と本件印影との印影重合検査の結果が示されていることに照らせば、B鑑定においても、文字と印枠の位置の同一性について考察を加えていることは当然の前提であると解され、その結果、「印象されている印郭線、字画線はぴったり重なり合う状況である。」との結論に至っているのであるから、控訴人の指摘は当たらない。そして、B鑑定に信用性が認められ、C意見書(甲12、14)が採用できないことは、引用した原判決が認定するとおりであるし、控訴人が当審において提出するC意見書(甲23)が指摘する印枠のずれも、B鑑定書の資料7の印影(本件印影)と資料5の印影の重合検査結果を示す写真第22号の上下のフィルムに照らせば、印肉の付着の多寡や押圧の大小、あるいは下敷きとなった素材の硬軟の違いによって生じる違いにとどまるものと認められるから、甲23によっても、B鑑定の信用性は左右されない。

また、控訴人は、対角分割合成、補色重合検査及びスーパーインポーズという3種の鑑定手法により、全てコンピューターを用いて作成されたD鑑定書(甲22)は、B鑑定に比して信用性が高い旨主張するが、D鑑定書は、本件印影と対照印影について、対照印影2を除き、いずれも複写物を対象としているから、押印時のぶれや写し作成時のぶれが全て「ズレ」「ハミ出し」「異なり」と機械的に把握されるのではないかとの疑問は払拭できない上、そもそも、原本を対象としたB鑑定よりも信用性が高いとは認められない。よって、D鑑定書も、B鑑定の信用性を左右するものとは認められない。

なお、控訴人は、本件印章によっては、「●」の右上の円周部分が顕出されることはあり得ないから、同部分の印枠がくっきりと顕出されている本件印影は、本件印章によるものではない旨主張する。しかしながら、本件土地使用承諾書の本件印影の印郭線部には紙面の凹みがあり(乙A8、B鑑定書)、強く押圧されたことが認められる上、朱肉の付き方、押印時の印章の傾き具合、下敷きとしたものの硬軟などによって、つながって顕出される可能性がないとはいえない部分と考えられること、控訴人が朱肉量や押印圧力を変えて本件印章を押捺した場合の印影を比較し提出した「報告書」と題する書面(甲13)によっても、「●」の字の右上の円周部分の現れ方は一様ではなく、つながって顕出される場合があり得ることは、補正して引用した原判決が指摘するとおりであるから、本件印章の「●」の右上の印枠部分が欠損しているからといって(甲20)、控訴人の主張を採用することはできない。

イ  そして、控訴人は、本件印章は現在73歳の控訴人の祖父の代から使用されており、手彫りの印章であると思うと供述している上(控訴人本人5、25頁)、C意見書も本件印章は手彫りである旨認定している(甲12)ことに照らせば、本件印章は、大量生産された市販の印章とは異なり、他に同一の印章は存在しないと推認される。そうすると、B鑑定の結果は、後述するとおり本件印影が偽造された印章によって顕出されたものであると認められないこととも併せ考えると、他の状況証拠と整合しないともいえない。したがって、本件印影は、補正して引用した原判決が認定するとおり、本件印章によって顕出されたものと認められる。

また、控訴人は、本件印章は妻と2人で管理している旨供述するけれども、他方、本件印章を使用する前には互いに確認しあっており、本件印章は、被控訴人鳥羽市に提出する「水稲生産実施計画及び水稲共済細目書異動申告書」等(乙B1ないし6)や、農業協同組合の肥料を購入する場合など重要な書類に押印しており、他人に貸すことはないことを供述しているから(控訴人本人22、24頁)、本件印章は、控訴人の「本人の印章」と認めることができる。

そうすると、本件印影は、反証がない限り、控訴人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのが相当であり(第1段目の推定)、このような推定がされる結果、本件土地使用承諾書は、民事訴訟法228条4項にいう「本人の押印があるとき」の要件を満たし、その全体が真正に成立したものと推定されることになる(最高裁昭和39年5月12日第3小法廷判決・民集18巻4号597頁参照)。

(2)  そこで、本件において、上記第1段目の推定を覆す事情が認められるか否かにつき検討するに、控訴人は、本件山林は控訴人が先祖から受け継ぎ、自身も杉や檜を植林して大切に育ててきた山であるから、仮に控訴人が間伐に納得したとしても伐採の対象となる樹木を指定し、本数も最低限とすることが絶対条件であるし、本件土地使用承諾書の内容は重大な財産的制約を伴うから、僅か10分程度の説明を聞いてその場で承諾できるものではなく、本件土地使用承諾書に押印することはあり得ない旨主張して、本件印影が顕出された本件土地使用承諾書が存在すること自体を不自然不合理であるとするようである。

しかしながら、控訴人は、本件山林上の杉や檜の半分は祖父が100年前に植林し、自分が50年前に残りを植林したと供述するものの、これまで本件山林上の樹木をまとめて切り出したことはない旨供述するとともに(控訴人本人29、30頁)、間伐や枝打ちのために本件山林に入った時期を問われても明確には答えず、かえって、伊勢湾台風(昭和34年9月であることは公知の事実である。)と15歳との間であるとか、伊勢湾台風の後はそれほど入っていないとか供述するにとどまり(同43頁)、控訴人が本件山林の手入れを尽くしていたとは認められない。また、本件治山事業は、放置された森林が増加することで森林の荒廃が進み、公益的機能の低下、山地崩壊や水質汚濁等、県民生活への悪影響が心配されたため実施されることになったものであり、過密化等により水土保全機能が低下した環境林内の保安林等において本数調整伐(間伐)を行う事業である(甲10)。そうすると、本件山林は大切に育ててきた山であるから、本件土地使用承諾書に押印することはあり得ないとする控訴人の主張は、その前提を欠いているというほかない。

そして、控訴人には、およそ本件土地使用承諾書を作成する可能性がなかったとは認められないこと、平成24年春にしきびを取りに本件山林に入った際、本件治山工事が無断で行われたことに気付いたとする控訴人の供述に信用性が認められず、本件治山工事の結果を知っても放置していたといわざるを得ないことは、補正して引用した原判決が認定するとおりである。

そうすると、本件印影が顕出された本件土地使用承諾書が存在すること自体が不自然不合理であるとはいえず、控訴人の主張を採用することはできない。

(3)  また、控訴人は、平成23年10月6日に控訴人から本件土地使用承諾書に押印をもらったとのAの証言は信用できず、被控訴人らは、d地区の山林所有者の要望ではなく、被控訴人らが計画した治山事業を遂行するため、控訴人の印章を偽造して本件土地使用承諾書を作成し、控訴人に無断で本件治山工事を強行した旨主張する。

しかしながら、控訴人から本件土地使用承諾書に押印をもらったとのAの証言の根幹部分について、疑問を差し挟むほどの事情は認められないことは、補正して引用した原判決が認定するとおりであるし、そもそも、被控訴人鳥羽市が偽造印を押印して本件土地使用承諾書を作成したのであれば、被控訴人鳥羽市が取得している「水稲生産実施計画及び水稲共済細目書異動申告書」等(乙B1ないし6)に顕出された印影と同様に、「●」の右上の印枠が欠損した印影を本件土地使用承諾書にも顕出されるよう細工するのが自然であると思われる(なお、本件印影も左下の印枠は欠損している。)のに、本件印影はそのようになっていない。

また、本件創造工事については、控訴人の要請に基づいて本体工事は中止されたのであるから、本件治山工事についても、控訴人から承諾が得られなければ中止すれば足り、本件証拠を精査しても、被控訴人三重県や同鳥羽市が、控訴人の意向を無視してまで、本件治山工事を強行しなければならない理由があったとは認められない。

そうすると、印章を偽造して本件土地使用承諾書を作成し、控訴人に無断で本件治山工事を強行したとの控訴人の主張を採用することはできない。

(4)  そして、本件土地使用承諾書について、その他上記各推定を破る事情を認めることはできないから、補正して引用した原判決が認定するとおり、本件においては、本件土地使用承諾書の本件印影が控訴人の意思に基づいて顕出されたことに対する十分な反証がされたとはいえず、本件土地使用承諾書は控訴人の意思に基づいて作成されたものと認められる。

したがって、被控訴人三重県が控訴人に無断で本件治山工事を行ったとは認められない。

4 当審における当事者の主張に対する判断(本件創造工事について)

控訴人は、本件山林上の樹木を切ることは極めて重大な事項であるから、Eらが訪れた平成24年11月9日に樹木を切る話はなく、切ることを承諾したこともないとの控訴人の供述の信用性は高いし、仮に控訴人が樹木を切ることを承諾したならば、僅か11日後の同月20日に樹木を切ったことの苦情を述べて本件創造工事の中止を申し出ることはあり得ないから、「何らかの事情によって原告の気が変わったということは考えられない話ではない」との原判決の認定は明らかに経験則に反する旨主張する。

しかしながら、上記のとおり、控訴人が本件山林の手入れを尽くしていたとは認められないから、本件山林上の樹木を切ることは極めて重大な事項であるとの前提は直ちに採用できないし、控訴人は、本件土地使用承諾書に本件印章を押捺しながら、本件治山工事が無断で強行された旨を主張しているのであるから、本件創造工事についても、「何らかの事情によって原告の気が変わったということは考えられない話ではない」との原判決の認定が明らかに経験則に反するとの指摘は当たらない。

そして、報告書(乙A4)の内容に照らせば、証人Eの証言に信用性が認められること、控訴人の承諾がないまま本件山林で本件創造工事の準備工を強行する必要性がないことは、補正して引用した原判決が認定するとおりであるから、被控訴人三重県が、控訴人に無断で本件創造工事の準備工を行ったとは認められない。

第4結論

よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 揖斐潔 裁判官 池田信彦 眞鍋美穂子)

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