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名古屋高等裁判所 平成26年(ネ)146号 判決 2014年6月13日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は、被控訴人に対し、64万9259円及びこれに対する平成25年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は第1、2審を通じてこれを5分し、その2を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文1ないし3項と同旨

第2事案の概要

1  本件は、貸金業者であったタイヘイ株式会社、同社から貸金債権の譲渡を受けた株式会社ユニマットライフ(以下「ユニマットライフ」という。)及び同社を吸収合併した控訴人との間で金銭の借入れと返済を繰り返してきた被控訴人(以下、3社を総称する場合「控訴人ら」という。)が、利息制限法所定の制限を超える利息を返済してきたことによって過払金が生じ、また、控訴人らは悪意の受益者に当たるとして、控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき、過払金元金105万3834円及びこれに対する平成25年7月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による同法704条前段の法定利息の支払を求めた事案である。控訴人は、被控訴人においてユニマットライフが貸金業者から貸金債権の譲渡を受けた際、いわゆるみなし弁済の適用があることを前提とした残債務額の通知を受け、これに対し、異議をとどめることなく承諾したから、同残債務額が同金額より少額であることを主張することはできないなどと主張して争った。被控訴人は、これに対し、被控訴人の上記承諾は異議なき承諾に当たらず、また、錯誤により無効であるなどと反論した。

原審は、被控訴人の上記異議なき承諾について動機の錯誤により無効であるとして控訴人の主張を排斥し、被控訴人の本訴請求を全部認容した。そこで、控訴人は、控訴の趣旨(主文2項)記載の金員(被控訴人が債権譲渡通知に対して異議なき承諾をした貸金残債務額を冒頭残高として、控訴人が悪意の受益者であることを前提に過払金を計算し、弁済金を過払利息から充当して計算した金員)の支払を命じる旨に原判決を変更する判決を求めて控訴した。

2  前提事実、争点及び当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の2及び「第3 争点」の1及び2に記載するとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決の3頁14行目の「33万9746円」を「33万9579円」に改める。)。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、原判決と異なり、貸金債権の譲渡に対する被控訴人の本件承諾は異議なき承諾に当たり、これについて動機の錯誤は認められず、本件承諾に関する被控訴人のその他の主張も採用することはできず、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し主文2項の金員の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は、以下のとおりである。

2  被控訴人が本件承諾によりタイヘイ取引の残債務額を争い得なくなったか否か(争点1)について

(1)  第2の2で引用した前提事実(4)及び(5)のとおり、本件債権譲渡当時におけるタイヘイ取引の残債務額については、みなし弁済の適用がないとして利息制限法に従った引き直し計算をすると33万9579円となるが、本件譲渡通知においては、残債務額はこれを超える46万2921円との記載がされており、被控訴人は、これに対し異議をとどめずに承諾した。したがって、被控訴人は、民法468条1項により、控訴人に対し、本件債権譲渡当時のタイヘイ取引の残債務額が46万2921円より少なかったと主張することはできないものである。

(2)  被控訴人は、本件債権譲渡の際、ユニマットライフには、タイヘイ取引が利息制限法に違反する高金利の取引であり、利息制限法に従った引き直し計算をすれば残債務額が著しく減少している可能性があることなどを被控訴人に告知すべき信義則上の義務があり、このような告知なしに行われた本件承諾によって、抗弁の切断という重大な不利益を課すことはできず、本件承諾は、民法468条1項所定の異議なき承諾には当たらない旨主張する。

しかし、みなし弁済の適用について、最高裁判所判決(同裁判所平成16年(受)第1518号同18年1月13日第二小法廷判決・民集60巻1号1頁。以下「最高裁判決」という。)により厳格な判断が示されるよりも前の本件債権譲渡当時、最高裁判決よりも緩やかな解釈をとる裁判例や学説も相当程度存在したことは、当裁判所に顕著な事実である。そして、ユニマットライフは、タイヘイから本件債権譲渡を含む資産譲渡を受けるに当たって、平成18年法律第115号による改正前の貸金業法(旧法)43条の規定に服することを条件として、消費者ローン資産のそれぞれは、その条件に従って法的に執行可能であり、いかなる適法かつ有効な相殺、反訴または抗弁にも服することはない旨保証されていたのである(乙A2)。このような状況にあって、ユニマットライフにおいて、タイヘイから本件債権譲渡を含む資産譲渡を受けるに当たって、契約当事者でもない第三者である被控訴人に対し、それまで控訴人とは関わりのない他者間の取引であるタイヘイの取引について被控訴人が主張するような告知をすべき信義則上の義務があるとは認められない。したがって、本件承諾について民法468条1項所定の異議なき承諾に当たるとの判断を左右するものではない。

(3)  被控訴人は、本件承諾が民法468条1項所定の異議なき承諾に当たるとしても、ユニマットライフにおいて、タイヘイ取引にみなし弁済の適用があること又はその適用があると信じており、かつ、そのように信じたことに過失がないことを証明しない限り、タイヘイ取引の残債務額が46万2921円を下回ることについて悪意又は重大な過失があったものとして、ユニマットライフの承継人である控訴人に対しては貸金債権の一部消滅を対抗することができる旨主張する。

債権譲渡について異議なき承諾がされた場合、切断される抗弁事由についての債権譲受人の悪意に関する立証責任について、債権譲受人と債務者のどちらが負担するかについては見解の分かれるところである。しかし、控訴人がその立証責任を負担するとしても、上記(2)で認定説示したところによれば、ユニマットライフは、旧法43条1項のみなし弁済の適用があることを前提に、その保証を受けてタイヘイから本件債権譲渡を含む資産譲渡を受けたのであり、譲渡を受けた消費者ローンの件数は十数万件に達していたというのである(弁論の全趣旨)。そして、上記のような、本件債権譲渡当時のみなし弁済適用に関する状況に照らせば、ユニマットライフにおいて、タイヘイ取引にみなし弁済の適用がなく同取引の残債務額が46万2921円を下回ることについて悪意又は重大な過失があったと認めることはできない。

(4)  被控訴人は、タイヘイ取引にみなし弁済の適用がなく、同取引の残債務額が33万9746円(第2の2のとおり正しくは、33万9579円)であることを知らずに本件譲渡通知に記載された46万2921円の借入金債務があると誤信し、これが動機になって本件承諾をしたのであるから、本件承諾には要素の錯誤があり無効である旨主張する。

しかし、そもそも、本件承諾に際して、被控訴人がユニマットライフに対し、タイヘイ取引について残債務が46万2921円であることを動機にして本件承諾をした旨を黙示的にも表示していたとは認められない。また、本件承諾については、被控訴人において、タイヘイが被控訴人に対して、本件基本契約1に基づく貸金債権をユニマットライフに譲渡した旨を通知した本件譲渡通知を受け、本件債権譲渡について異議なく承諾する旨の認識を表明したものにすぎない。そして、本件債権譲渡当時、みなし弁済の適用について最高裁判決よりも緩やかな解釈をとる裁判例や学説も相当程度存在したことは、(2)のとおりである。そうすると、本件承諾があった当時のそのような状況のもとでは、被控訴人においてみなし弁済の適用があることを前提とした残債務額を認識して行った異議のない本件承諾について、同金額の債務がないのにあると誤信し錯誤に陥ってしたものであるということはできない。被控訴人が主張する錯誤とは、タイヘイ取引の債務について、みなし弁済の適用がないとして利息制限法に従った引き直し計算がされるか否かという旧法43条1項の適用に係る法律判断を誤ったというに帰するから、これをもって、本件承諾についてその要素に動機の錯誤があったと認めることはできない。

(5)  被控訴人は、利息制限法の立法精神からみて、このような貸金債権の譲渡については、譲受人の善意悪意を問わず、利息制限法の制限を超過する利息の元本充当による債権消滅の効果を対抗することができるものというべきである旨主張する。しかし、(3)及び(4)で説示した本件承諾当時の状況に照らせば、本件承諾をした被控訴人について、本件債権譲渡の譲受人であるユニマットライフを承継した控訴人に対し、制限超過利息の元本充当による債権消滅の効果を対抗することができないとすることが、公序良俗ないし信義則に反し許されないものとはいえず、このように解しても利息制限法の立法精神に反するものではない。したがって、被控訴人は、制限超過利息の元本充当による債権消滅の効果を控訴人に対抗することはできない。

(6)  本件承諾に関する被控訴人の主張は、いずれも採用することができない。

3  控訴人は過払金の受領について悪意の受益者か否か(争点2)について

控訴人は、悪意の受益者に当たり、過払金の発生した時点から民法704条前段所定の利息の支払義務を負うものと判断するが、その理由は、原判決の第4の2(1)及び(2)に記載するとおりであるから、これを引用する。

4  以上により、利息制限法の定める制限利率に従って本件取引の過払金額を計算すると、別紙控訴審計算書記載のとおり、控訴人が被控訴人に対し100万円を支払った平成25年7月22日の時点で過払金元金64万9259円が発生していることになる(既発生の利息は同日の控訴人による弁済により消滅した。)。

第4結論

よって、控訴人は、被控訴人に対し、過払金元金64万9259円及びこれに対する平成25年7月23日から支払済みまで年5分の割合による利息を支払うべきである。したがって、これと異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木下秀樹 裁判官 前澤功 舟橋伸行)

(別紙)控訴審計算書<省略>

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