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名古屋高等裁判所 平成26年(ネ)537号 判決 2015年2月27日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

竹内平

濵嶌将周

浮葉遼

被控訴人

Y社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

加茂善仁

緒方彰人

樋口治朗

三浦聖爾

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、4407万1576円及びこれに対する平成22年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2  事案の概要

本件は、被控訴人の工場内の労災事故(昭和49年11月27日)により、右上腕部切断・右手全指切断の障害を負って休職し、その後、復職して平成21年6月30日付けで被控訴人を定年退職した控訴人が、被控訴人に対し、①被控訴人が設けている付加補償制度又は信義則に基づき、付加補償金又は同相当額として3400万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成22年7月13日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、併せて、②控訴人を主事に昇格させることなく主担当にとどめていたことは、被控訴人による障害者差別であると主張して、不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、同差別がなかったならば平成4年には主事に昇格していたことを前提として、平成12年4月から定年退職までの間の基準モデルとの賃金差額606万0840円及び賞与差額592万1887円、退職金差額438万8849円、慰謝料2370万円及び弁護士費用400万円の合計4407万1576円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成22年7月13日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である(控訴人は、上記両請求の関係について、上記①の請求が認容された場合は、同認容額及び上記②のうち賃金差額、賞与差額、退職金差額及び慰謝料の合計額と同認容額の差額の支払を求め、上記①の請求が棄却された場合は、弁護士費用を含めた上記②の合計額全額の支払を求めるとしている。)。

原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が控訴した。

なお、略語は、特に断りのない限り、原判決の例による。

1  前提事実

(1)  次の(2)のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の「1前提事実」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決6頁11行目の「系列区分」の次に「(技術職社員、主務職社員、医務職社員)」を加える。

イ 原判決6頁12行目の「職務層区分」の次に「(組織上の役職〔職名〕ともいうべきもの。)」を加える。

ウ 原判決6頁17行目末尾に「また、主事の要件は、工長の職務を遂行するに必要な経験・能力を有する者とされた。」を加える。

エ 原判決8頁24行目の「設けられた。」の次に「また、主事の要件は、基幹職務を標準的に遂行するに必要な専門知識・実務経験・企画力・指導力・判断力・折衝力・実行力を有する者とされた。」を加える。

2  争点

原判決「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の「2争点」に記載のとおりであるから、これを引用する。

争点についての当事者の主張

(1)  次の(2)のとおり、当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「争点についての当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(2)当審における当事者の主張

ア 特別餞別金等又は同相当額の請求の可否

(控訴人の主張)

(ア)被控訴人の社員に配布されている冊子(書証<省略>。以下「本件冊子」という。)は労働組合の編集・発行によるものではあるが、現状では社員に被控訴人の社内制度を広報する唯一のものであり、毎年発行される都度、被控訴人の担当部局が事前に目を通しているから、本件訴訟に至るまで長年にわたり本件制約文言の記載がない状態を放置し、他方で、被控訴人自ら広報しないまま(本件労働協約〔書証<省略>〕は、労働組合によっても被控訴人によっても社員に開示されていない。)、適用する段になって同協約によって社内制度を制約するのは本末転倒であり、信義則に反する。仮に、本件労働協約に制限的な記載があったとしても、労働協約を超える社内制度を使用者が定めることはあり得るから、第一義的には実際に開示された記載文言によるべきである。

(イ)退職しない限り付加補償は一切しないという本件制約文言には合理性がなく、今日では、被災の程度にかかわらず、退職要件を課さない付加補償制度が多くの会社で実施され、大手11業種93社のうち、非退職者に補償金を支払わないとしているのは僅かに2社である(書証<省略>)。したがって、付加補償制度に退職要件を付さないのは公序となっているというべきであり、本件制約文言は公序良俗に反し無効である。

(ウ)障害等級4級以下の場合には退職するか否かにかかわらず一定の金額が支払われるから、それよりも重い障害である級以上の後遺症が発生した場合にも付加補償金が支払われると期待するのはごく自然であるし、使用者の安全配慮義務違反あるいは危険負担責任を内包する本件付加補償制度が、労働災害の付加補償であるという制度趣旨からすれば、障害等級4級の場合に支払われる付加補償金ないし少なくとも同額の金員が支払われるとの期待は法的保護に値するから、これと異なる原判決は誤りである。

(被控訴人の主張)

(ア)被控訴人は、労働組合から組合員にいかなる資料が開示されているかは関知するところではないし、規範的効力を有する本件労働協約が「業務に堪えないと認められて退職するとき」と明文で定めているのであるから、控訴人が特別餞別金の支給要件を満たさないことは明らかであり、本件冊子の記載を適用する余地はない。

また、被控訴人は、特別餞別金について、本件制約文言を含まない不正確な支給要件を周知したことはなく、被控訴人が発行する労働ニュース(昭和52年4月13日付け。書証<省略>)では、「1~3級という重度の障害を負い、業務に耐えず退職する者について特別の配慮として特別餞別金を支給することとしている」と会社側の説明を記載している。むしろ、労働組合の組合員に対する広報を使用者が行うことは、組合に対する支配介入となりかねない。

したがって、本件労働協約の定める支給要件を適用することは信義則に違反しない。

(イ)労働災害に対する付加補償制度は、労働組合と労働協約を締結し、又は就業規則を制定することによって、企業が任意に設けるものであり、制度を設けることが公序となっているとは解されないから、制度の一内容である支給要件として労働能力が喪失するとされる障害等級について、退職要件を付さないことが公序になっているとの控訴人の主張は根拠がない。

(ウ)本件労働協約の文言からすれば、本件付加補償制度は、昭和49年11月27日に本件事故に遭遇し、昭和50年8月の復職までに症状が固定した控訴人に適用されないことや、障害等級級以上に認定された場合に支給されないことは明らかであるから、控訴人が主張する期待が合理的であり法的保護に値すると評価する余地はない。

イ 被控訴人における主事への昇格(勤続25年の場合)について

(控訴人の主張)

(ア)原判決は、「主事への昇格は、基幹職務を遂行する能力の有無で判断されるものであって、主担当昇格後10年又は勤続25年で主事へ昇格するといった基準の存在やその基準に基づく年功序列による判断がされていたとは認められない」、「経過年数に関する定めは、通常の者の場合10年程度の経験がないと昇格に必要な能力が得られず、このことは職場によって異なるものではないという能力中心の基準を定めたものと解するのが合理的である。」と判示するが、①被控訴人における昇格制度(昭和45年人事制度及び平成9年人事制度。以下「本件人事制度」という。)が年功序列的制度であることを看過し、②本件人事制度内の勤続25年労働者の主事昇格パターン(以下「本件25年パターン」という。)と他の主事昇格パターンとを同視・混同している。

(イ)本件人事制度においても、ほぼ100パーセントの従業員が入社2年目に担当に昇格し、時期のずれはあるが、主担当には基本的に全員が昇格するから、入社から主担当への昇格は年功序列による。被控訴人も、昭和49年8月に開催された中央労使委員会において、「主担当までの資格区分については、その対応する職務との関係から最長経過年数という考えをとっている」と説明している(書証<省略>)。また、被控訴人においては、主事から上(参事など)への昇格には、従前資格の在任年数の「通常の者の経過の年数」という規定や昇格類型はないから、本件人事制度では、入社してから主事までの昇格には、年功序列制度としての面を強く有している。

(ウ)本件人事制度では、本件25年パターンには「通常の者の経過の年数」欄の記載(主担当として10年程度)はなく、昭和45年人事制度では「勤続25年以上で会社業務に対する貢献度が高いと認められる者」、平成9年人事制度では「勤続25年以上で会社業務への貢献度が高く、上記に準ずると認められる者」とされているから、本件25年パターンは、必ずしも主担当在任期間を問題とせず、他の昇格類型とは明らかに区別された勤続25年労働者に対する処遇であって、「勤続25年以上」であることが、会社業務への貢献度が高いことを示した主事昇格類型であるというべきである。

(エ)そして、控訴人は、後記のとおり、被控訴人が指示する業務を全てこなし、工長(主任。平成19年以降は班長)不在時にはこれに代わって円滑に業務を遂行したのであるから、入社後25年後の平成7年頃には、主事として処遇されるべきであったのに、被控訴人は、控訴人が障害者であるが故に差別した取扱いをしたのである。

(被控訴人の主張)

(ア)主事は、工長(主任)職務(最小の職場単位の長)を基礎とした資格であるから、主事への昇格のためには工長(主任)職務を遂行し得る能力が必要であり、年功序列的な昇格は予定されていない。このことは、昭和49年8月に開催された中央労使委員会において、被控訴人が、主事昇格は主担当以下の昇格運用とは異なることを説明していることからも明らかである(書証<省略>)。また、主事より上位の資格への昇格については、「通常の者の経過の年数」は定められていないが、「通常の者の経過の年数」とは、経験、能力等の判断について評価者である所属長や被評価者が所属する部署・製鐵所間などでばらつきが生じないようにするための目安であり、在任期間を昇格要件とするものではないから、その定めの有無によって主事までの昇格が年功序列的であるかどうかが決まるものではない。

(イ)また、本件25年パターンは、主事昇格を年功的に行うことを予定したものではない。このことは、昭和49年9月に開催された中央労使委員会において、労働組合から主事昇格につき25年の最長経過年数を設定するよう求められた際、主事昇格は年功的に行われるものでないことを説明していることからも明らかである(書証<省略>)。

ウ 控訴人の主事昇格要件の充足について

(控訴人の主張)

(ア)原判決が認定した控訴人の業務内容はおおむね正しいが、「その業務の範囲や内容、進め方と被控訴人における技能系社員の業務内容を比較すれば、被控訴人が、控訴人について、これらの業務を適切に遂行したことによっては、基幹職務を遂行するに必要な専門知識、実務経験、企画力、指導力、判断力、折衝力、実行力を有するとはいえないと判断しても、それが不当な判断であると認めることはできない。」との評価は、控訴人の担当業務の量や質を過小評価するもので誤りである。控訴人は、基幹職務を遂行するのに必要な能力を有していた。

a 図面作成業務は、図面の一品一葉化(図面管理規程4条号。書証<省略>)のための業務であって、被控訴人にとって不要な業務を仕方なく控訴人に与えたというものではない。しかも、部品購入の際に必要となる図面では、メーカー提供図面から必要な情報を抜き出し、発注ミスに繋がりかねない不必要な情報を削らなければならず、単純なコピー図面を作成すれば足りるというものではない。そもそも、図面作成は、設備保全、技術開発、購買、製品製造等に関わる基礎的な資料となるため重要な業務であり、特に鋼管製造では全ての部品について摩耗の問題を避けて通れないから、それぞれの設備機構の部品一つ一つの機械的特性(機能性)・作業性・経済性等を考え、材質の選定と加工仕様の適正化を考えた図面を作成することが重要となった。したがって、控訴人の図面作成業務では、図面作成そのものに関わる専門知識、実務経験及び判断力等のほか、ロール管理作業全般に関わる専門知識、実務経験及び判断力等がなければ、適切な図面を描くことができない。

b 控訴人は、上記のような図面作成業務のほか、作業長・班長不在時の諸業務、昭和57年に主担当に昇格して以降は、図面の整理・管理、設備の変更や改造に伴う作業手順の見直しと作業手順書の改訂、平成年及び平成6年には購買システムの変更に伴う登録作業等を行っており、控訴人が経験してきた実務の範囲と必要とされた知識の範囲が、単に図面作成業務にとどまるものではなく、ロール管理作業全般に関わる非常に広範なものであったことを示している。

c 控訴人は、平成8年に減員によりB棒心がいなくなったため、原判決が認定するように、ロール管理班の班長代行の職務の一部を取り込むこととなった。被控訴人は、控訴人がそのような業務を担うことができると判断したからこそ、ロール管理班から棒心を減員したのであり、控訴人には、基幹職務である班長やその代行である棒心の職務を担当するだけの能力があったため、担当業務拡大を求められたのである。

d 控訴人は、平成11年にロール管理班の班長が経験の浅いC班長に代わったため、班長業務も取り込んで、ロール購入の企画立案、メーカーとの打合せ等、ロール購入に関わる業務を担当した。控訴人が、ロール管理作業の中でも広範囲の知識・経験を求められ、判断力、折衝力が必要となる業務を担当していたことは明らかである。

e ロールについての広い知識と経験を有する控訴人は、そのノウハウを伝えるべく手順書を作成し(書証<省略>)、後進の指導にも当たった(書証<省略>)。

(イ)また、原判決は、控訴人が担当していた業務の作業量が少なく、その範囲が狭いと判断して、控訴人が主事に必要な能力を有していたとは認められないとする。

しかしながら、控訴人が取り込んだ班長代行業務は、ロール寸法検査表の作成、ロール交換・改削出しの工程管理、班長不在時の代行業務等であって、その量は相当多かったといわなければならない。また、原判決が指摘する、控訴人が退職した後の外注量(1年間に9件)や金額(50万円弱)はにわかに受け入れがたいし、量が少ないのは、それだけ控訴人によって必要な図面が整えられた証左であり、図面管理は外注されていない。ロールの改削・交換のタイミングを上司に報告する作業は平成23年度以降は自動化されたというが、生身の人間である控訴人が担当していたことは、その作業が重要であったからにほかならないし、控訴人が要員外であったことと控訴人の担当業務の重要性や作業量の多さとは無関係である。

(ウ)そもそも、被控訴人は、控訴人から労働力の提供を受けていながら控訴人を要員外としており、控訴人に対する適切な評価、人事考課をするつもりがなかったといわざるを得ない。したがって、成績査定におけるランクや出向先のアンケート評価は、昇格させるつもりがないための操作がされたとしてもおかしくはないし、被控訴人が控訴人を昇格させられない理由として、ロールやパイプを触ったり、時にはロールをばらしてベアリングを換えたりといったロール管理班の班長としての仕事ができないとしていることからすれば、控訴人が昇格できる余地は初めからなかったことになる。控訴人は、被控訴人での労災事故により両手をなくす障害を負ったのであるから、控訴人の肉体的ハンディキャップから避けられないことを理由に被控訴人が昇格を否定することは許されない。

(エ)また、原判決は、発明改善表彰制度を職場活性化を目的とするものと認定するが、職場のちょっとした改善を表彰して職場を活性化する制度は、改善提案という工場ごとで審査する表彰制度であって、原判決は誤りである。

(オ)このように、基幹職務を遂行することのできる能力を備えた控訴人が主事昇格にふさわしい業務を遂行してきたのに、主事昇格のための推薦をしなかったのは、被控訴人が身体障害者である控訴人を差別した結果である。

(被控訴人の主張)

(ア)控訴人の図面作成業務は、ロール管理作業全般に関わる専門知識、実務経験、判断力等は不要であり、図面作成そのものに関しても、必要となるJISの製図知識は工業高校で習得するレベルである。

また、控訴人が主張する班長不在時の諸業務は、電話対応や納品現場への立会い等であるし、作業手順の見直しや登録作業についても、図面の作成等に関するものであって班長等の指示に従って行う事務作業の範疇である。

B棒心の減員は、同氏が行ってきた旋盤作業の廃止に伴うものであるから、その業務を控訴人がそのまま取り込んだものではないし、班長不在を理由に本来班長が行うべき業務を控訴人が勝手に行うことはできないから、自身で対応可能な事務を行ったにすぎない。なお、控訴人は、C班長に交替してから班長業務も取り込んだ旨主張するが、前任班長が担当していた業務のうち、何らかの業務を取り込んだとしても、C班長の指示により単純作業を行っていたにすぎない。したがって、控訴人が班長不在時に対応可能な事務を行ったとしても、その時間の多寡にかかわらず、主事昇格に必要な能力等を裏付けるものではない。

また、被控訴人における「要員」とは、「標準的な技能を持った者が、一定期間の平均的作業を安定的に遂行するための必要最小限の人員数」であり、業務に着目した概念であるから、要員外であることと控訴人が昇格しなかったこととは関係ない。

(イ)控訴人は、成績査定におけるランクや出向先のアンケート評価は、昇格させるつもりがないための操作がされたとしてもおかしくはないと主張するが、根拠のない邪推にすぎないし、ロール管理班の班長業務は、日々製造現場に赴いてロール等の状態を把握し、必要に応じてその摩耗の状態を目視、触感により点検し、必要に応じてロール等を部品レベルまで分解する等、日々の手作業が必要不可欠である。

また、発明改善表彰制度は、資格昇格に求められる能力等の判断材料に使用することを想定したものではない。

資格昇格は、本件人事制度に基づき、被控訴人の総合的裁量的判断により行われるものであるから、その判断が著しく不合理で社会通念上許容できないと認められる場合でない限り、その判断は尊重されるべきである。要件を充足していなかった控訴人を主事に昇格させなかったことをもって、障害者差別であるといえないことは明らかである。

エ 消滅時効

(被控訴人の主張―予備的主張)

仮に、被控訴人が控訴人を主事に昇格させなかった判断が著しく不合理で社会通念上許容できないと認められたとしても、それは不法行為を構成するにすぎないから、控訴人の請求する損害賠償請求権は、「損害」及び「加害者」を知ったときから年間これを行使しなければ時効により消滅する。そして、控訴人の請求や主張を前提とすれば、遅くとも平成4年までには、自身が主事に昇格できないのは、被控訴人による障害者差別によるものであると認識していたというべきであるから、控訴人が本件訴えを提起した平成22年6月21日から年前に弁済期が到来した給与及び賞与の差額相当額にかかる損害賠償請求権は時効により消滅している。

被控訴人は、控訴人に対し、控訴審の第1回口頭弁論(平成26年9月22日)において、上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。

(控訴人の主張)

(ア)使用者は、個々の労働者に対し、信義則あるいは賃金支払義務に基づく労働契約上の付随義務として、公正な考課・査定をする義務を負っているというべきであるから、当該義務に違反して、被控訴人が身体障害者である控訴人を差別的に取り扱えば、債務不履行を構成する。

したがって、消滅時効期間は10年というべきである。

(イ)仮に、被控訴人による差別行為が不法行為であるとしても、本件のような使用者による差別行為によって生じた賃金等の差額については、1個の継続した行為の結果によって生じた1個の不法行為と捉えるべきであるから、本件における消滅時効の起算点は、最終の差別的賃金の支払日である平成21年6月20日である。したがって、本件では、そもそも消滅時効期間は経過していない。

(ウ)また、本件は、被控訴人による障害者差別という憲法19条の趣旨にもとる極めて深刻な事案であり、それにより生じた控訴人の被害は経済的にも精神的にも大きい。それにもかかわらず、被控訴人は、障害者差別を放置するどころか積極的に継続・助長し、それに基づく損害賠償義務を果たしていないから、時効制度の趣旨からすれば、被控訴人に時効による保護を与える必要性は乏しい。本件において、被控訴人が消滅時効を援用することは信義則に違反し、あるいは権利濫用として許されない。

(エ)本件は提訴から4年以上が経過し、被控訴人には消滅時効を援用する機会が幾度となくあったから、被控訴人の消滅時効の援用は「時機に後れた」ものであり、そのことにつき少なくとも「重大な過失」がある。また、被控訴人による消滅時効の援用は、信義則違反ないし権利濫用として許されないと考えられるが、そのような事実を判断するためには期日を要し、訴訟の完結を遅延させることになる。したがって、被控訴人の消滅時効の援用は、時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所は、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は、相当であると判断する。

その理由は、次の2のとおり原判決を補正し、同のとおり当審における当事者の主張に対する判断を加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

2  原判決の補正

(1)  原判決27頁19行目の「平社員」から20行目の「その上に」までを「平社員(職務層区分では一般職務)の上に」に改める。

(2)  原判決28頁6行目の「通常時から三交替勤務で」を次のとおり改める。

「原則として交替勤務(4組交替。時間帯として、甲番は7時から15時まで、乙番は15時から23時まで、丙番は23時から翌朝7時まで)となっていたが、常昼勤務(昼間時間帯の勤務)に従事する社員もおり」

(3)  原判決28頁22行目の「(乙28)(書証<省略>」を「(甲24、乙28)(書証<省略>」に改める。

(4)  原判決30頁行目から4行目にかけての「四半期ごとに4日間ないし5日間程度であった」を次のとおり改める。

「四半期ごとに区切れば、その間のうち、通じて4日間ないし5日間程度が、その業務に費やされた」

当審における当事者の主張に対する判断

(1)  特別餞別金等又は同相当額の請求の可否について

ア 控訴人は、①本件冊子は社員に被控訴人の社内制度を広報する方法としては現状では唯一のものであり、毎年発行される都度、被控訴人の担当部局が事前に目を通しているから、本件訴訟に至るまで長年にわたり本件制約文言の記載のない状態を放置し、本件労働協約によって社内制度を制約するのは信義則に反するし、第一義的には実際に開示された記載文言によるべきである、②今日では、本件制約文言のような退職要件を課すことのない付加補償制度が多くの会社で実施され、これが公序となっているから、本件制約文言は公序良俗に反し無効である、③障害等級4級の場合に支払われる付加補償金ないし少なくとも同額の金員が支払われるとの期待は法的保護に値する旨主張する。

イ しかしながら、被控訴人は、社員向けの労働ニュース第364号(昭和52年4月13日付け)において、「1~ 級という重度の障害を負い、業務に耐えず退職する者について特別の配慮として特別餞別金を支給することとしている。」と記載して、本件制約文言の内容を説明しているから(書証<省略>)、本件冊子が被控訴人の社内制度を広報する唯一の方法となっているとの主張は前提を欠くし、そもそも、労働組合が編集・発行する本件冊子の内容に対し、使用者である被控訴人がその正誤を確認したり、指摘したりする義務を認めることはできないから、被控訴人が本件冊子に本件制約文言がない状態を放置したとの評価は当たらないというべきである。したがって、本件制約文言を適用することが信義則に反するとは認められない。

そもそも、本件付加補償制度は労働協約に基づくものであり(書証<省略>)、被控訴人と労働組合及びその組合員に対する規範として成立しているのであるから、組合員向けの本件冊子の記載が、本件労働協約第33条の本件制約文言に優先すべき理由はないといわざるを得ない。

したがって、控訴人の上記①の主張は採用することができない。

ウ 次に、今日では、本件制約文言のような退職要件を課すことのない付加補償制度が多くの会社で採用されていることは認められるものの(書証<省略>)、付加補償制度は労災保険給付とは別に各企業が上積み補償する任意の制度であるから、多くの大手企業で退職要件を付していないからといって、それが国家社会の一般的利益を意味する公序となっているとは認められない。したがって、控訴人の上記②の主張も採用することはできない。

そして、特別餞別金で労働能力を喪失して退職した従業員の生活補償をするか、復職を認めて雇用と収入の確保により生活補償をするかの選択肢を設けることが、公正さや公平性を著しく欠くものとは認められないから、障害等級級以上の場合の特別餞別金の支給要件と障害等級4級以下の場合の労災障害見舞金の支給要件の差異に合理性がないとはいえない。

また、上記③の主張に理由がないことは、補正して引用した原判決が説示するとおりである。

エ よって、特別餞別金等又は同相当額の請求を認めることはできない。

(2)  本件25年パターンが年功序列的制度といえるかについて

ア 控訴人は、本件人事制度が年功序列的制度であることを前提に、本件25年パターンの場合には、他の昇格類型とは異なり、25年の精勤のみが判断要素となるから、少なくとも、被控訴人は、入社後25年が経過した時点で控訴人を主事に昇格させるべきであった旨主張する。

イ しかしながら、補正して引用した原判決が認定するとおり、本件人事制度においては、主担当から主事に昇格するためには、工長の職務を遂行するに必要な経験・能力を有する者であること(昭和45年人事制度)、あるいは基幹職務を標準的に遂行するに必要な専門知識・実務経験・企画力・指導力・判断力・折衝力・実行力を有する者であること(平成9年人事制度)が必要であるとされており、証拠(書証<省略>)によれば昭和49年9月19日及び同年10月1日に開催された労使委員会においても、被控訴人は、「主事は、職務・職務遂行能力および貢献度からみて、高いレベルにより一般またはA分類職務層区分に対応する能力層内での主担当または担当の昇格とは異なり、本来一律的な最長経過年数の考え方にはなじまない」、「主事という資格区分に期待する能力や貢献度は、工長担当という高いレベルであり、組合が能力評価と貢献度に関連していわれる趣旨が、年令・勤続をスケールとした形式的・一律的・最長経過年数的な考え方をとるということであれば、これは、本来、主事への資格昇格には相容れない」と説明しているのであるから、定年退職時に多くの社員が主事以上の資格に昇格するという実態があり、被控訴人が主事以上で定年を迎える社員の比率を従来よりも高くなるような目安で運用しようと考えたとしても、それは、「地道な努力による豊かな経験に、各人のめざましい啓発努力が加わり、能力も伸長し貢献度も高くなって、会社業績にも反映してきている」(書証<省略>)と被控訴人が判断した結果であるということができる。

そして、本件人事制度は、その規定ぶりからも明らかなように、能力に応じた資格区分と役職を対応させており(書証<省略>)、いわゆる職能資格制度を採用しているということができるから、被控訴人による上記のような運用を年功序列的制度と称するかどうかはともかくとしても、控訴人が主張するように、本件25年パターンが25年の精勤のみを判断要素としているとは到底解されない。

したがって、控訴人の主張を採用することはできない。

(3)  控訴人の主事昇格要件の充足の有無について

ア 控訴人は、その担当業務の重要性や遂行内容からすれば、基幹職務を遂行するのに必要な専門知識、実務経験、企画力、指導力、判断力、折衝力、実行力を有しており、主事昇格要件を充足していた旨主張する。

イ しかしながら、控訴人の図面作成業務において、控訴人が主張するような専門的知識が要求されるとしても、それは当該業務に当然に必要とされる知識ということができるから、その専門性と主事への昇格要件の具備とが直ちに結びつくとはいい難い。また、棒心の減員に伴って、控訴人の担当業務が拡大し、控訴人が班長不在時にはその代行業務を行ったことは認められるものの、他方で、ロール管理班の班長は、日々現場に赴いてロール等の状態を把握し、その摩耗の状態を目視、触感により点検するほか、必要に応じてロール等を部品レベルまで分解する等の手作業が必要となる上、棒心が減員となった以降は、ロール管理班は控訴人を除いて班長のみで管理業務を行い、交替職場のように後番に引き継ぐことができないため、操業停止を最小限に食い止める必要のあるトラブル発生時や業務負荷が高い予算作成時には、超過勤務対応を伴うものと認められるのであるから(書証<省略>)、控訴人が取り込んだと主張する班長代行業務は、それに至らない事務作業であり、班長不在時の対応も、控訴人が自ら対応可能な事務に限定されていたと推認される。そして、控訴人の業務内容からすれば、控訴人の知識、経験、判断力等は、被控訴人における技能系社員の業務内容と比較して、相当限定されたものと認めざるを得ないことは、補正して引用した原判決が認定説示するとおりである。

そもそも、本件人事制度は、上記のとおり、職能資格制度を採用しているということができ、操業現場の技能系社員に求められる能力に応じた資格が付与され、それが組織上の役職と結びついているのであるから、本来業務を遂行する技能系社員を前提とした主事昇格要件の充足の有無を判断することが予定されているということができる。そうすると、控訴人が対応可能な事務として与えられた限定的な業務を適切に遂行していたとしても、本件人事制度の下で、基幹職務を遂行するのに必要な専門知識、実務経験、判断力及び実行力等を充足していないと被控訴人が判断したとしても、それが、人事権の裁量を逸脱濫用したものとまでは認められないというべきである。しかも、本件事故後、被控訴人は、現場で働きたいとの控訴人の希望を踏まえ、控訴人に可能な業務として、これまでロール管理班が担当していなかった図面作成業務の場を設け、また、賃金の低下を招かないよう、月例賃金の賃金項目の一つである職務給16級を維持する等の配慮をしてきた(書証<省略>)ことや、控訴人を他の事務系職種に配置転換することが可能であり、それにより主事昇格の要件を充足できたと認めるに足りる証拠もないことを踏まえれば、被控訴人での労災事故により両手をなくす障害を負った控訴人がその肉体的ハンディキャップから避けられないことを理由に、被控訴人が昇格を否定することは許されないとの控訴人の主張も採用することはできないというべきである。

(4)  その他、控訴人はるる主張するが、補正して引用した原判決の認定説示に照らし、いずれも採用することはできない。

以上によれば、控訴人の被控訴人に対する本件付加補償制度又は信義則に基づく付加補償金又は同相当額の支払請求は理由がないし、被控訴人が控訴人の障害を理由とする違法な差別により、控訴人を主事に昇格させなかったとまでは認められないから、不法行為ないし債務不履行による損害賠償請求も理由がない。

第4  結論

よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 揖斐潔 裁判官 池田信彦 裁判官 眞鍋美穂子)

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