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名古屋高等裁判所 平成26年(ネ)711号 判決 2014年11月14日

控訴人

あいおいニッセイ同和損害保険株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

寺澤弘

戸﨑源三

宮博則

箕浦祐介

沓掛野芙子

高井洋輔

被控訴人

株式会社X

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

橋本修三

中村正俊

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  上記取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、被控訴人が、その所有する自動車が盗難被害に遭ったと主張して、被控訴人代表者が保険契約者である自動車保険契約の保険者である控訴人に対し、同保険契約の車両条項に基づく保険金として六五五万円及びこれに対する被控訴人が保険金請求をした日であると主張する平成二三年六月二九日から起算して同保険契約に適用される約款所定の猶予期間である三〇日目の日である同年七月二八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。

原審は、盗難の事実が認められるとして六五五万円の保険金請求を認容し、遅延損害金については、その起算日を控訴人が保険金を支払わない旨の通知を発した日の翌日である平成二四年四月一三日であるとして、上記金員に対する同日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容したところ、控訴人が請求認容部分を取り消して棄却することを求めて控訴した。

二  前提事実(争いのない事実、証拠<省略>により容易に認定できる事実)は、以下のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の第二の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決二頁八行目の「原告」から「という。)」まで及び一二行目の「A」を、いずれも「被控訴人代表者」と訂正する。

(2)  原判決三頁九行目の「保険金」から一〇行目の「提出をしたが」までを、「本件車両が盗難にあったと告げて本件保険契約の車両条項に基づく保険金の支払を求めたが」と訂正する。

三  争点は、①本件車両の盗難という保険事故が発生したか、②本件車両の盗難による損害は、保険契約者である被控訴人代表者の故意によって生じたか、③本件保険契約は、第三者である被控訴人のためにする契約であるか、④本件保険契約の車両条項に基づく保険金支払義務が遅滞に陥った日はいつかであり、これに関する当事者の主張は、以下のとおりである。

(1)  争点①(本件車両の盗難という保険事故が発生したか)について

(被控訴人の主張)

被控訴人代表者は、平成二三年六月二九日午前五時三〇分頃、北名古屋市<以下省略>の被控訴人事務所敷地内の車庫(以下「本件車庫」という。)に、本件車両をその後部が外側から見える状態で駐車し、同日午前五時四〇分までの間に同所を離れ、同日午後八時前、本件車庫に戻ってきたところ、本件車両が本件車庫からなくなっていた。その際、周囲に車両を引きずったような痕跡や本件車両の窓ガラス片などは見当たらず、警報音を聞いた者もいなかったが、隣家に住むBが同日午後三時過ぎ頃、本件車両のエンジン音と思料される音を聞いていることから、本件車両は、その頃、何者かによって、合い鍵を使うなどして盗難防止装置を作動させずにエンジンを始動させる方法で持ち去られたと推測される。

(控訴人の主張)

本件車両が上記主張に係る日時に本件車庫に置かれていた事実及び被控訴人代表者以外の者によって本件車庫から持ち去られた事実のいずれも否認する。

本件車両には高度な盗難防止装置が装備されているため、その盗難は著しく困難であるし、本件車庫は、隣家のベランダや二階通路などから視認可能であるから、本件車両が日中、第三者によって本件車庫から持ち去られることは考え難いところ、被控訴人代表者が自動車保険車両標準価額の上限(七一〇万円)を超える保険金額(八〇〇万円)で更新前の当初の自動車保険契約を締結したこと、被控訴人が本件車両に多額の現金や多数の貴重品を載せていたとして保険金の支払を求めたことは、保険金を不正に取得しようとする意図をうかがわせる不合理、不自然なものであるし、平成二三年六月頃の被控訴人の経営状況が悪く、本件車両のローンの支払に窮し、買取り価格四五〇万円程度の本件車両を六五〇万円で売ることを企図し、同月二四日、本件車両をオークションに出品したが、希望価格で売却できなかったとの事情は、被控訴人に保険金を不正に取得する動機があったことを裏付ける事情であり、盗難の外形的事実が立証されているとはいえない。

(2)  争点②(本件車両の盗難による損害は、保険契約者である被控訴人代表者の故意によって生じたか)について

(控訴人の主張)

争点①で控訴人が主張した上記諸事情は、本件車両の盗難が被控訴人代表者の関与によるものであることを推認させる事情でもあるから、本件車両の盗難による損害は、保険契約者である被控訴人代表者の故意によって生じたというべきである。

(被控訴人の主張)

本件車両の盗難に被控訴人代表者が関与しているとの事実を否認する。

争点①で控訴人が主張する上記諸事情のうち、本件車両に高度な盗難防止装置が装備されていたとの点については、そのイモビライザー機能はイモビライザーカッターによって瞬時に解除することができるとされ、現に、施錠されたレクサスが盗難被害に遭っているとの報道がされていることから、本件車両が盗難被害に遭うことがあり得ないとはいいきれないし、平成二三年六月頃の被控訴人の経営状況については、保険料などの支払が滞ることがあったが、それほど逼迫していたわけではない上、経営状況いかんが直ちに保険金を不正に取得する動機につながるものではないし、争点①で控訴人が主張するその余の事情も、本件車両の盗難に被控訴人代表者が関与していることを推認させる事情ではない。

(3)  争点③(本件保険契約は、第三者のためにする契約であるか)について

(被控訴人の主張)

被控訴人代表者は、控訴人との間で、第三者である被控訴人のためにする損害保険契約とする旨を合意して本件保険契約を締結したのであるから、本件保険契約は、第三者のためにする損害保険契約として有効である(保険法八条)。

(控訴人の主張)

否認する。被控訴人代表者は、車両入替えにより、本件車両を被保険自動車とする自動車保険契約の内容変更をした際、本件車両の自動車検査証に、この車は私が購入した旨記載して署名押印しているから、被保険者を被控訴人代表者自身として本件保険契約を締結したのであって、本件保険契約は、第三者のためにする契約ではない。

(4)  争点④(保険金支払義務が遅滞に陥った日はいつか)について

(被控訴人の主張)

控訴人が被控訴人に対し、保険金請求に必要な書類の提出を求めることを怠っていた本件においては、控訴人の保険金支払債務は、必要な書類の提出がなくとも、被控訴人が控訴人に対し、保険金の支払を求める意思表示をした時点から約款所定の猶予期間である三〇日を経過した時に遅滞に陥るというべきである。

(控訴人の主張)

保険金支払債務は、約款が定める必要な書類を提出してする保険金請求の完了日からその日を含めて三〇日以内に履行すべきこととされているので、保険金請求の完了日から三〇日目に遅滞に陥ると解すべきところ、被控訴人は、そもそも必要な書類を提出していないのであるから、保険金請求は完了していない。そして、被控訴人から必要な書類の提出を受けることのないまま、保険金を支払わない旨の通知をした本件においては、保険金支払債務は、同通知を発した日の翌日に遅滞に陥るというべきである。

第三当裁判所の判断

一  上記前提事実、証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

(1)  被控訴人は、平成二一年一二月一〇日頃、本件車両を代金九二〇万三八八〇円(うち車両本体価格六一〇万円、付属品価格二六六万五六〇〇円)で購入し、同代金から下取り代金二五六万九二三〇円を控除し、諸費用を加算した六八〇万円及び分割払手数料(一〇四万円余り)の合計額七八四万円余りについて、株式会社ジャックスとの間で保証委託契約を締結し、月額一三万円余りのローンを被控訴人名義の銀行預金口座から口座振替の方法により支払っていた。

本件車両の製造時の鍵は三個(リモコンキー二個、カードキー一個)で、被控訴人代表者は、本件車両を購入した際、三個の鍵の引渡しを受けて現在に至るまで保管しており、紛失したり、複製したりしたことはない。

本件車両には、盗難防止装置として、イモビライザー機能、オートアラーム機能及び侵入センサー機能(施錠後に室内で動くものに反応する。)が備えられ、施錠されたドアやトランクが正規の鍵を使わずに解錠されたり、こじ開けられたりした場合や侵入センサーが作動した場合(ガラスを割るなどして車内に侵入した場合)には、警報音が三〇秒間鳴動する仕組みである。本件車両を含むレクサスについて、イモビライザー機能を解除する器具の存在は確認されていない。

(2)  被控訴人代表者は、平成二一年一二月一五日、控訴人との間で、車両入替えにより本件車両を被保険自動車とする自動車保険契約の内容変更をし、その際、保険金額は少しでも高くしたいとの意向から自動車保険車両標準価格の上限(七一〇万円)を超える八〇〇万円と定め、また、車内外身の回り品特約を付した。なお、保険金額は、その後の自動車保険契約の更新により、七六五万円に、さらに、本件保険契約においては六五五万円に低減した。

(3)  被控訴人代表者は、控訴人に対し、平成二二年五月二九日、本件車両で駐車場から道路に進入する際、両サイドフェンダーを地面に接触させたとして保険金の支払を請求し、保険金四一万円で部品の交換修理等を行い、平成二三年一月二八日、前回と類似する態様でフロントのサスペンションの空気が抜けて走行不能になったなどとして保険金の支払を請求し、保険金七〇万七七二〇円で部品の交換修理等を行い、同年五月一五日、高速道路を走行中、飛び石被害にあったとして保険金の支払を請求し、フロントガラス交換等の費用一三万四三一六円の請求書を提出して同額の保険金を受領した。

(4)  被控訴人代表者は、平成二三年六月二〇日頃、本件車両のローン(少なくとも五五〇万円程度)の支払から解放されるため、六〇〇万円程度で売却することを希望し(同年一〇月時点における中古車買取り価格は四三〇万円~四五〇万円である。)、本件車両をオークション会場に持ち込んだが、売れないまま、数日後に返還を受けた。なお、本件車両がオークションに出品された同月二四日、本件車両のフロントガラスには傷があった。

(5)  被控訴人代表者は、平成二三年六月二九日の朝、自宅からほど近い被控訴人事務所に赴き、同所から被控訴人所有のハイエースに従業員三人と同乗し、工事現場である伊勢市内の病院に向かい、同日午後八時頃、上記車両で本件車庫に戻ってきた。その際、本件車庫に本件車両はなく、被控訴人代表者は、本件車両が盗まれたとして、同日午後八時二分頃、控訴人の営業職員で本件保険契約の締結を担当したCに電話で事故報告をし、同日午後九時前頃、西枇杷島警察署に電話で被害を申告した。

被控訴人事務所は、住宅密集地に位置し、幅四・五メートルの道路の東側に位置するその敷地の一番東南部分に本件車庫があり、その北側部分は倉庫となっており、倉庫部分の西側に幅三・三メートルの敷地内通路を隔てて控訴人事務所建物が存在する。道路から本件車庫入り口(西向き)に至るまでの敷地内通路は幅四メートルであり、本件車庫は、幅四・九メートル、奥行き七・四メートルで、その三方をトタン板で囲われ、屋根が付いており、倉庫部分の幅五・二メートル(奥行きは車庫と同じ)である。

被控訴人代表者は、同日の夜、駆けつけた警察官とともに本件車庫周辺を確認したが、引きずったような痕跡はなく、ガラス片も見当たらなかった。なお、被控訴人代表者の上記被害申告について、西枇杷島警察署が盗難証明書を発行することはなかった。

被控訴人の従業員Eは、同日の夜、隣家に住むBの元を訪れ、本件車両が盗まれたようだが、何か知らないかと聞いたところ、同人は、昼間、何も分からなかったと回答した。

被控訴人代表者は、上記事故報告及び被害申告の際、本件車両に、現金五七万円、クレジットカード、キャッシュカード及び運転免許証など在中の財布のほか、実印、銀行届出印及び預金通帳などが入った鞄を置いたままにしていて車載品ごと盗難に遭った旨を告げた。なお、被控訴人代表者は、同月二六日、本件車両のローンを口座振替の方法により支払っていた被控訴人名義の銀行預金口座から三五万円余りを出金し(原審被控訴人代表者尋問で、使途について追及され、材料代とか、仕事の個人的な用途とか、接待費などと場当たり的に答えた挙句、いつ使うかは決まっていなかったなどと供述している。)、預金残高が同月のローンの支払額に満たなくなったため、同月二七日の支払期限に、本件車両のローンの口座振替による支払はされなかった。

(6)  被控訴人の第五期(平成二三年四月一日~平成二四年三月三一日)の経営状況は、損益計算書上、五八万円余りの純損失を計上し(前年度は一五四万円余りの純損失)、貸借対照表上の流動資産は、現金預金併せて二〇万円足らずで(前年度は五九万円余り)、三八〇万円余りの売掛金のほかにめぼしい財産はなく、他方、本件車両やその他の車両のローンを含む一一二七万円余りの負債を抱え、従業員の給与から源泉徴収した源泉所得税数年分二七三万円余りと一二万円余りの法人税等を滞納しており、資金繰りが逼迫した状態にあった。

二  争点①(本件車両の盗難という保険事故が発生したか)について

(1)  本件保険契約には、保険法二条六号、六条及び一七条一項の規定が適用されると解されるところ、同法一七条一項によれば、被保険自動車の盗難という保険事故が保険契約者又は被保険者の意思に基づいて発生したことは、保険者が免責事由として主張、立証すべき事項であるから、被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして本件保険契約の車両条項に基づき保険金の支払を請求する者は、被保険自動車の持ち去りが保険契約者又は被保険者の意思に基づかないものであることを主張、立証する責任を負うものではないが、盗難の外形的事実たる①「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び②「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」の各事実について、主張、立証する責任を免れない。(最高裁平成一八年六月一日第一小法廷判決、平成一八年六月六日第三小法廷判決、平成一九年四月一七日第三小法廷判決、平成一九年四月二三日第一小法廷判決)

(2)  そこで、まず、上記盗難の外形的事実①について検討する。

ア 被控訴人は、平成二三年六月二九日午前五時三〇分頃、被控訴人代表者が、本件車庫に本件車両をその後部が外側から見える状態で駐車し、同日午前五時四〇分までの間に同所を離れた旨主張するところ、被控訴人代表者は、代表者尋問において、「当日、本件車両で被控訴人事務所に到着した際、本件車庫には従業員Fの車が一台停まっていた、本件車庫の一番南側に停めてあったハイエースはそのとき既に従業員によって本件車庫の外に出されていた、ハイエースが停めてあった場所に本件車両を駐車して施錠した、本件車両の窓は閉まった状態であった、自分が出勤したときには、もう従業員はそろっていた、従業員EとGも車で出勤してくるが、本件車庫北側の倉庫の前に三台くらい停められるので、そういうところに停める。」旨、供述している。

また、被控訴人代表者の陳述書には、「当日の午前五時二〇分頃、本件車両に乗って自宅から出発し、同日午前五時三〇分頃、被控訴人事務所に到着し、そのまま前進して本件車庫に入り、本件車両の後部が外から見える状態で駐車した。同日午前五時三〇分から午前五時四〇分の間に三人の従業員がやって来たので、工事現場に向かった。」旨の記載があるが、自身と従業員の出勤の前後関係について、上記供述と齟齬がある。

さらに、被控訴人代表者は、平成二三年七月七日の調査員との面談の際には、「従業員が来る前に被控訴人事務所に行き、自分でハイエースを本件車庫から出し、その後のスペースに本件車両を前向きで停めた、その後、従業員らが出社した。」と説明しており、被控訴人事務所に到着したときに本件車庫周辺に従業員らの車が停めてあったのかどうか、本件車両を停める前に自らハイエースを本件車庫から出したのか、それとも既に本件車庫から出されていたのかの点について、上記陳述書及び供述において、その内容を変遷させている。(以上の被控訴人代表者の供述、陳述書の記載内容及び調査員に対する説明を、以下「被控訴人代表者の供述等」と総称する。)

しかしながら、これらの齟齬する点や変遷させている点は、当日の朝、本件車両を本件車庫に駐車したのであれば、盗難被害が発覚したと主張する当日の夜に記憶喚起に努めることで、記憶の混同が生じるとは考え難い事柄である。

イ さらに、被控訴人事務所敷地内の状況は、上記認定事実(5)のとおりであって、道路から本件車庫入り口に至る通路の幅が四メートル、本件車庫と倉庫部分を合わせた幅が一〇・一メートルで、被控訴人事務所建物との間の通路の幅が三・三メートルという位置関係に照らせば、倉庫の前に、従業員二人がそれぞれの車を駐車した状態で、本件車両(証拠<省略>によれば幅一八七cm)を本件車庫内に進入させることが物理的に可能といえるかは疑問がある。

また、上記認定事実(5)のとおり、当日の朝、被控訴人事務所前から被控訴人代表者とともに一台の車に同乗して出発した従業員三人がいるのであるから、本件車庫に本件車両が停めてあったとすれば、同人らは、出発前にその存在を現認していたはずであり、盗難被害に遭ったと主張する被控訴人代表者は、従業員らに対し、当日の朝の出発前に本件車両が本件車庫に停めてあったことの記憶喚起を働きかけるのが通常であると考えられるところ、従業員のうち二人(G及びF)は、調査員の面談調査(平成二三年七月二六日)に対し、この点について何も言及していない上、Gは、社長は普段から本件車両をバックで停めており、頭から停めることはないなど、上記被控訴人代表者の陳述書の記載内容と異なる説明をしている。

なお、従業員Eは、調査員の面談調査(平成二三年七月二六日)に対し、社長が本件車両を通勤に使用した際は、本件車庫にバックで停めているが、当日の朝も、いつもと同じように本件車両を停めていたなどと説明しているが、当日、隣の家にうかがったところ、午後二時半頃にエンジン音がしたという話が聞けた旨の説明もしているところ、かかる説明は、上記認定事実(5)のとおりのBの回答内容と一致しないこと、当日の朝、本件車両が本件車庫に停めてあったことについて、他の従業員二人が何も言及していないのに、Eだけが肯定的回答をしているのは不自然であることなどからすると、当日の朝、被控訴人代表者が本件車庫に本件車両を停めていたとする上記Eの説明は信用し難い。

以上のとおり、被控訴人代表者の供述等は、内容自体、物理的可能性の点で疑問がある上、不自然に変遷しており、当然あるはずと考えられる裏付け(当日の朝、行動をともにしていた従業員三人の一致した現認供述)がなく、他に、客観的裏付けを伴わないものであるし、従業員のGとEが一致して説明する被控訴人代表者の普段の本件車両の停め方と齟齬する内容になっていることから、いずれも直ちには信用できないというべきである。

ウ ところで、上記認定事実(4)~(6)のとおり、被控訴人は、前年度に引き続き平成二三年六月時点における経営状況が芳しくなく、本件車両のローン残債が大きな割合を占める負債によって資金繰りが逼迫しており、現に、同月分の本件車両のローンを期限までに支払っておらず、被控訴人代表者は、本件車両のローンの支払から解放されるため、盗難被害に遭ったと主張する日のわずか数日前、当時四五〇万円程度であった本件車両を、残債務額を超える六〇〇万円程度で売却することを企図してオークションに出品したものの、売れなかったことが認められるのであるが、これらの事情は、本件保険契約の車両条項に基づく六五五万円の保険金を取得する動機の存在を基礎付け得るものといえる。

しかも、上記認定事実(2)、(5)のとおり、被控訴人代表者は、本件保険契約に車内外身の回り品特約を付していたところ、盗難被害に遭ったと主張する日の数日前に被控訴人名義の銀行預金口座から、本件車両のローンの支払ができなくなるにも関わらず、現金三五万円余りを出金した上で(しかもその使途は明確に説明できていない。)、上記出金に係る多額の現金やクレジットカード、キャッシュカード、運転免許証などを入れた財布や実印、通帳などの貴重品を本件車両に載せたままにしていたとして、これらごと盗難被害に遭ったとの事故報告をしたが、上記クレジットカードの不正使用歴など、貴重品が盗まれたことを裏付ける確実かつ客観的な証拠は見当たらないことなどに照らせば、かかる言動は、不合理であるばかりでなく、不審であって、上記動機の存在を基礎付け得る事情とも相まって、より高額の保険金を不正に取得しようとの意図をうかがわせるものといえる。

以上のとおり、本件では、保険金を取得する動機の存在を基礎付け、また、保険金を不正に取得しようとの意図をうかがわせる諸事情が認められ、これらの事情の存在は、被控訴人代表者の供述等を信用できないとする判断を裏付けるものといえる。

エ 以上によれば、平成二三年六月二九日午前五時三〇分頃、本件車庫に本件車両を停めたとする被控訴人代表者の供述等は、信用することができず、他に、被控訴人の上記主張に係る事実(被控訴人代表者が平成二三年六月二九日午前五時三〇分頃、本件車庫に本件車両を停めたこと)、すなわち、上記盗難の外形的事実①「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」を認めるに足りる証拠はない。

(3)  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件車両の盗難という保険事故が発生したとは認め難い。

三  以上によれば、その余の争点を判断するまでもなく、被控訴人の請求は理由がない。

第四結論

以上によれば、被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ、これを一部認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人の敗訴部分を取り消した上、取消しに係る被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筏津順子 裁判官 金谷和彦 秋武郁代)

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