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名古屋高等裁判所 平成26年(ラ)127号 決定 2014年8月08日

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は,「原審判を取り消す。相手方らの申立てを却下する。」との裁判を求めるというものであり,その理由は,別紙「抗告理由書」(写し)に記載するとおりである

第2当裁判所の判断

1  相手方らの間に,平成25年6月8日,二女が出生し,相手方Aは,二女の名を「B巫」とする出生届の追完届(以下「本件追完届」という。)を松阪市に提出したところ,抗告人は,「巫」の文字(以下「本件文字」という。)が戸籍法(以下「法」という。)50条,同法施行規則(以下「施行規則」という。)60条に定める文字ではないことを理由として,本件追完届を不受理とする処分(以下「本件処分」という。)をした。本件は,相手方らが本件処分を不服として,抗告人に対し,本件追完届の受理を求めた事案である。

原審は,本件文字は社会通念上明らかに常用平易な文字であると認めるのが相当であるとして,抗告人に対し,本件追完届を受理するよう命じた。そこで,抗告人が即時抗告した。

2  当裁判所も,原審と同様に,本件文字は社会通念上明らかに常用平易な文字であると認め,抗告人に対し,本件追完届を受理するよう命じるのが相当であると判断する。その理由は,3のとおり抗告理由に対する判断を加えるほかは,原審判の「理由」中の「第2 当裁判所の判断」の1ないし4に記載するとおりであるから,これを引用する。

3(1)  抗告人は,法制審議会の人名用漢字部会における審議を経て平成16年にされた法制審議会の答申を踏まえ,人名用漢字の大幅な見直しが行われ,同年9月27日及び平成21年4月30日の各施行規則の一部改正,平成22年11月30日の常用漢字表の改定,同日の施行規則の一部改正により,施行規則60条の内容は人名用漢字が大幅に拡大され,子の名に使用できる漢字が増加しているから,常用平易な文字の範囲は,基本的には同条に列挙されているものに限られ,常用平易性に関する新たな特段の事情がない限り,施行規則60条に列挙されたもの以外の漢字については常用平易性が認められない旨主張する。

しかし,法50条1項は,単に,子の名に用いることのできる文字を常用平易な文字に限定する趣旨にとどまらず,常用平易な文字は子の名に用いることができる旨を定めたものというべきであるから,家庭裁判所は,審判手続に提出された資料,公知の事実等に照らし,当該文字が社会通念上明らかに常用平易な文字と認められるときには,当該市町村長に対し,当該出生届の受理を命じることができるのである(最高裁判所平成15年12月25日第三小法廷決定・民集57巻11号2562頁(以下「最高裁平成15年決定」という。)参照)。そして,この理は,施行規則60条における人名用漢字が大幅に拡大され,子の名に使用できる漢字が増加していても変わることはないといえる。したがって,子の名に使用できる漢字が増加しているからといって,常用平易な文字の範囲が施行規則60条に列挙されているものに限られるということにはならないのであり,社会通念上,常用平易であることが明らかな文字を子の名に用いることができる文字として定めなかった場合でも,同条が法による委任の趣旨を逸脱してはいないとみることはできないものである。家庭裁判所において,ある漢字が社会通念上常用平易であるかを判断する場合,抗告人が主張する人名用漢字部会による選考過程の判断は尊重されるべきではあるものの,審判手続に提出された資料,公知の事実等に照らし,当該文字が社会通念上明らかに常用平易な文字と認められるときは,当該市町村長に対し,当該出生届の受理を命じることができるものである。

(2)  抗告人は,本件文字に安易に常用平易性を認めると,上記の改正経過を経て画定した施行規則60条が定める子の名に使用することができる漢字の範囲(常用漢字表に掲げる漢字及び別表第二に掲げる漢字)が有名無実になるに等しく,戸籍事務を管掌する者のよりどころがなくなって全国の戸籍事務が混乱し,常用平易な文字の範囲の画定を法務省令に委ねて戸籍制度における全国統一的な処理を確保しようとした法50条の趣旨に反する旨主張する。

しかし,法50条1項が子の名には常用平易な文字を用いなければならない旨定めた趣旨は,従来,子の名に用いられる漢字には極めて複雑,難解なものが多く,そのため,命名された本人や関係者に,社会生活上,多大の不便や支障を生じさせたことから,子の名に用いられるべき文字を常用平易な文字に制限し,これを簡明なものとすることを目的とするものと解される。また,同条2項が,法務省令で常用平易な文字の範囲を定めるものとしているのは,当該文字が常用平易であるか否かは,社会通念に基づいて判断されるべきものであるが,その範囲は,必ずしも一義的に明らかではなく,時代の推移,国民意識の変化等の事情によっても変わり得るものであり,専門的な観点からの検討を必要とするものである上,上記の事情の変化に適切に対応する必要があることなどから,その範囲の確定を法務省令に委ねる趣旨である(以上,最高裁平成15年決定参照)。そうすると,抗告人が主張する戸籍制度における全国統一的な処理の確保は,施行規則60条が常用平易な漢字を限定列挙したことによる効果であって,法50条2項が,そのような統一的な処理の確保を目的として,法務省令をもって常用平易な文字の範囲を定めるものとしたとは解されない。したがって,抗告人が主張するような統一的な処理の確保ということから常用平易性に関する新たな特段の事情がない限り,施行規則60条に列挙されたもの以外の漢字については常用平易性が認められないと解すべきものではない。

(3)  抗告人は,本件文字について個別に検討しても,平仮名や片仮名の字源でもなく,本件文字を構成要素とする常用漢字や人名用漢字はなく,本件文字を使う氏及び地名はあるもののその数は極めて少なく,「巫女」を「みこ」と読むのは難読とされているから,本件文字は常用平易とはいえない旨,また,総画数や構成要素等の事情,「漢字出現頻度数調査(2)」における出現順位,JIS第2水準の漢字であることのそれぞれをもって,常用平易とは認められない旨主張する。

しかし,平仮名や片仮名の語源となっていることやその文字を構成要素とする常用漢字や人名漢字があることや,その文字を使う氏や地名が多数あることが,常用平易性を肯定するための必須の要件とは解されない。そして,本件文字について,画数が7画で比較的少なく,「工」及び「人」という単純かつ一般的な構成要素からなること,本件文字を使った「巫女」(みこ)という語は,社会一般に十分周知されていること,「漢字出現頻度数調査(3)」,「同(2)」における順位やJIS第2水準漢字であることに照らし,比較的使用されることの多い語であることは,原審判が第2の4で説示するとおりである。抗告人は,上記の諸点それだけでは常用平易性を認める根拠とならない旨主張するが,上記の諸点を総合的に判断すると,本件文字が明らかに常用平易な文字であるということができる。

(4)  抗告人は,本件文字を子の名として使用した場合に弊害が生じるか否かは常用平易性の判断とは関係がない旨主張する。しかし,(2)で説示した趣旨からして,当該文字の常用平易性を検討するに際し,当該文字を子の名として使用した場合に法50条1項が防止しようとする弊害が生じないか否かを検討するのも意味のあることといえる。

5  以上のとおり,抗告人の主張は,いずれも採用することができない。抗告人は,その他縷々主張するが,いずれも上記判断を左右するものではない。

第3結論

よって,原審判は相当であり,本件抗告は理由がないから,棄却することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 木下秀樹 裁判官 前澤功 裁判官 舟橋伸行)

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