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名古屋高等裁判所 平成26年(行ケ)2号 判決 2015年3月20日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

別紙「第1事件の請求の趣旨及」び「第2事件の請求の趣旨」記載のとおり

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,平成26年12月14日に施行された衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,愛知県第1区ないし第15区,岐阜県第1区ないし第5区,三重県第1区及び第3区ないし第5区の選挙人である第1事件原告らと,三重県第2区(以下,上記各選挙区を総称して,「本件各選挙区」という)。の選挙人である第2事件原告(以下,第1事件原告らと併せて,単に「原告ら」という。)が,公職選挙法13条1項及び別表第1(以下「本件区割規定」といい,本件区割規定により定められた区割りを「本件選挙区割り」という。)は,人口に比例した選挙区を定めなければならないという憲法上の要求に反しているから違憲無効であり,本件選挙区割りにより実施された本件選挙の本件各選挙区の選挙は無効であると主張して,これらの選挙事務を管理する被告らを相手として,公職選挙法208条に基づき提起した選挙無効訴訟である。

2  前提となる事実(争いのない事実,公知の事実又は証拠により容易に認められる事実)

(1)ア  原告らは,平成26年12月14日の本件選挙当時,請求の趣旨に記載の各選挙区の選挙権を有していた選挙人である。

イ  被告らは,公職選挙法5条に基づき,本件各選挙区の選挙に関する事務を管理している。

(2)  本件選挙当時の衆議院議員の選挙制度と本件選挙区割りの選挙人数の較差

ア 本件選挙当時の衆議院議員の選挙制度

本件選挙当時,衆議院議員の選挙制度は,いわゆる小選挙区比例代表並立制が採用されており,議員定数は475人で,そのうち295人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員であり(公職選挙法4条1項),小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)と比例代表選出議員の選挙は同時に行われ,選挙人は,選挙ごとに1票ずつを投票するとされていた(同法36条)。

小選挙区選挙は,全国に295の選挙区を設け,選挙区ごとに1人の議員を選出する仕組みである(同法13条1項,別表第1)。

イ 本件選挙時点における本件選挙区割りの選挙人数の較差(乙1)

本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の較差は,最も選挙人数が少ない宮城県第5区(23万1081人)と最も選挙人数が多い東京都第1区(49万2025人)との間で1対2.129であり,宮城県第5区と比べて較差が2倍以上となる選挙区の数は13であった。

原告らを選挙人とする本件各選挙区について,宮城県第5区との間で選挙人数の較差を比較すると,同区(23万1081人)を1とした場合,別紙「衆議院議員選挙区別選挙当日有権者数」記載のとおり,本件各選挙区においては,いずれも較差は2倍以下となる。

(3)  本件選挙に至るまでの公職選挙法の改正の動き等

ア 小選挙区比例代表制の導入

公職選挙法は,昭和25年以降,衆議院議員の選挙制度につき,中選挙区単記投票制を採っていたが,平成6年1月に公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,平成6年法律第10号及び同第104号によりその一部が改正され,これらにより,衆議院議員の選挙制度は,小選挙区比例代表並立制に改められた。

イ 衆議院議員選挙区画定審議会設置法(平成6年法律第3号)の制定

平成24年法律第95号による改正前の衆議院議員選挙区画定審議会設置法(平成6年法律第3号。以下「旧区画審設置法」という。)は,小選挙区選出議員の選挙区の改定手続等について,内閣府に設置した衆議院議員選挙区画定審議会(1条。以下「区画審」という。)は,小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとし(2条),2条の規定による改定案の作成は,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口をいう。)のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならず(3条1項),3条1項の改定案の作成に当たっては,各都道府県の区域内の小選挙区選出議員の選挙区の数は,1に,公職選挙法4条1項に規定する小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とするとした(3条2項。以下,3条の基準を「旧区割基準」,これらの規定を「旧区割基準規定」,3条2項の定める定数配分の方式を「1人別枠方式」という。)。そして,2条の規定による勧告は,国勢調査(統計法(平成19年法律第53号による改正前の旧法)4条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査に限る。)の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとするが(4条1項),4条1項の規定にかかわらず,区画審は,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,2条の規定による勧告を行うことができるとされた(4条2項)。

ウ 平成14年の公職選挙法の改正

区画審は,統計法(平成19年法律第53号による改正前の旧法)4条2項本文の規定により,平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき,小選挙区選出議員の選挙区に関し,旧区画審設置法3条2項に従って,各都道府県の議員の定数を5つの都道府県で1ずつ増加させ,別の5つの都道府県で1ずつ減少させる変更(いわゆる5増5減)を行った上で,同条1項に従って各都道府県内における選挙区割りを定め直した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて平成14年7月,その勧告どおりに選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した(以下,平成14年の公職選挙法の改正に基づく選挙区割りを「旧選挙区割り」といい,この区割りを定めた規定を「旧区割規定」という。)。

エ 平成17年9月11日施行の第44回衆議院議員総選挙(以下「平成17年選挙」という。)

平成17年選挙は,旧選挙区割りの下で実施されたものであり,平成12年国勢調査の結果による人口を基に,旧選挙区割りにおける選挙区間の人口較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064であり,高知県第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。また,平成17年選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない徳島県第1区と選挙人数が最も多い東京都第6区との間で1対2.171であった。

平成17年選挙の小選挙区選挙については,東京都第2区その他の選挙区の選挙人らから選挙無効を請求する訴訟(東京高等裁判所平成17年(行ケ)第157号等)が提起された。

その上告審である最高裁判所大法廷は,旧区割基準規定は,選挙区の改定案の作成につき,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきことを基準としており,投票価値の平等に十分な配慮をしていると認められ,1人別枠方式は,過疎地域に対する配慮などから,人口の多寡にかかわらず各都道府県にあらかじめ定数1を配分することによって,相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し,人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とするものであると解され,投票価値の平等との関係において,国会の裁量の範囲を逸脱するものということはできないから,旧区割基準規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとし,この旧区割基準規定は,1人別枠方式による各都道府県への定数の配分を前提とした上で,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に区割りを行い,選挙区間の人口の最大較差ができるだけ2倍未満に収まるように区割りが行われるべきものと定めたものと解されるところ,平成12年国勢調査の結果による人口を基にした旧区割規定の下での選挙区間の人口の最大較差は1対2.064と1対2を極めて僅かに超えるものにすぎず,最も人口の少ない選挙区と比較した人口較差が2倍以上となった選挙区は9選挙区にとどまるものであったから,旧区割規定が投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものであったということはできず,平成17年選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.171であったことからも,平成17年選挙施行時における選挙区間の投票価値の不平等が,一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達し,憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたということはできないとする判決(最高裁判所平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁。以下「平成19年判決」という。)を言い渡した。

オ 平成21年8月30日施行の第45回衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)

平成21年選挙は,旧選挙区割りの下で実施されたものであり,平成12年国勢調査の結果による人口を基に,旧選挙区割りにおける選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064であり,高知県第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。また,平成21年選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.304であり,高知県第3区と比べて較差2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった。各都道府県単位でみると,平成21年選挙当日における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は,議員1人当たりの選挙人数が最も少ない高知県と最も多い東京都との間で1対1.978であった。

平成21年選挙の小選挙区選挙については,東京都第2区その他の選挙区の選挙人らから選挙無効を請求する訴訟(東京高等裁判所平成21年(行ケ)第20号等)が提起された。

その上告審である最高裁判所大法廷は,旧区割基準規定の定める旧区割基準のうち,選挙区の改定案の作成に当たり,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきものとする旧区画審設置法3条1項の定めは,投票価値の平等に配慮した合理的な基準を定めたものであると評価する一方,平成21年選挙時において,選挙区間の投票価値の較差が上記のとおり拡大していたのは,各都道府県にあらかじめ1の選挙区数を割り当てる同条2項の1人別枠方式がその主要な要因となっていたことが明らかであり,かつ,人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点から導入された1人別枠方式は既に立法時の合理性が失われていたものというべきであるから,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分及び同区割基準に従って改定された旧区割規定の定める旧選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたが,これらの状態につき憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,旧区割基準規定及び旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないと判示した上で,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って旧区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があるとする判決(最高裁判所平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁。以下「平成23年判決」という。)を言い渡した。

カ 平成23年判決以降の公職選挙法等の改正等

(ア) 平成24年11月16日に成立し,同月26日に公布,施行された衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律(平成24年法律第95号。以下「緊急是正法」という。)は,小選挙区選出議員の定数を5人削減して295人とし,併せて,公職選挙法13条1項を改正し,別表第1(旧区割規定)を削除することとし(2条),旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分(旧区画審設置法3条2項)を削り,これに伴って選挙区割りを改定する旨定めた(以下,改正後の衆議院議員選挙区画定審議会設置法を「区画審設置法」という。また,旧区画審設置法3条1項が改正後の区画審設置法3条となり,旧区画審設置法3条1項が定める基準のみが新しい区割基準となったところ,この基準を「本件区割基準」という。)。

しかし,1人別枠方式の廃止を含む制度の是正のためには,区画審の審議を挟んで区割基準に係る区画審設置法の改正と選挙区割りに係る公職選挙法の改正という二段階の法改正を要することから,緊急是正法2条の規定(公職選挙法の一部改正部分)については,同条の規定による改正後の公職選挙法13条1項に規定する法律の施行の日から施行されることとされた(緊急是正法附則1条ただし書)。また,区画審が平成22年10月に実施された国勢調査(以下「平成22年国勢調査」という。)の結果に基づいて選挙区割りの改定案を作成するに当たっては,較差の大きい(人口の少ない)都道府県である高知,徳島,福井,佐賀及び山梨の5県の区域内の選挙区の数を1ずつ削減してそれぞれ2とすることとされ(いわゆる「0増5減」。同法附則3条1項,附則別表),この改定案作成に当たっては,緊急是正法による改正後の区画審設置法3条の規定にかかわらず,①各選挙区の人口は,人口(平成22年国勢調査の結果による確定した人口。この項において,以下同じ。)の最も少ない都道府県の区域内における人口の最も少ない選挙区の人口以上であって,かつ,当該人口の2倍未満であること,②改定の対象とする選挙区を,㋑人口の最も少ない都道府県の区域内の選挙区,㋺選挙区の数が減少することとなる上記5県の区域内の選挙区,㋩上記①の基準を満たさない選挙区,㋥上記㋩の選挙区を①の基準に適合させるために必要な範囲で行う改定に伴い改定すべきこととなる選挙区について,当該都道府県の区域内の各選挙区の人口の均衡を図り(上記㋑に掲げる選挙区の改定案の作成の場合に限る。),行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行うこととする基準によって行わなければならないとされ(緊急是正法附則3条2項),この改定案に係る区画審の勧告は,同法の施行日(平成24年11月26日)から6月以内においてできるだけ速やかに行い(同法附則3条3項),勧告があったときは,政府は,当該勧告に基づき,速やかに,必要な法制上の措置を講ずるものとされた(同法附則3条4項)。

(イ) 緊急是正法が成立した平成24年11月16日に衆議院が解散となり,同年12月16日に第46回衆議院総選挙(以下「前回選挙」という。)が行われたが,旧区画審設置法3条2項の削除は上記公布の日から施行されたものの,いわゆる0増5減に伴う選挙区割りの改定には相応の時間を要するため,前回選挙は旧選挙区割りに基づいて実施された(緊急是正法附則1条参照)。

そのため,前回選挙時点における旧選挙区割りによる選挙人数の較差は,最も選挙人数が少ない高知県第3区と最も選挙人数が多い千葉県第4区との間で1対2.425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上の選挙区の数は72であった。

(ウ) 区画審は,前回選挙後の平成25年3月28日,緊急是正法附則3条の規定に基づき,平成22年国勢調査の結果に基づく小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議を進めた結果として,選挙区の改定案を作成し,内閣総理大臣に勧告をした。この改正案は17都県の42選挙区における選挙区割りについて,新たな区割りを勧告する内容となっていた。(乙2)

(エ) 平成25年6月24日に成立し,同月28日に公布,施行された衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律の一部を改正する法律(平成25年法律第68号。以下「平成25年改正法」という。)は,17都県42選挙区についての区割りを改正して本件選挙区割りを定めるとともに,その施行期日を定めた。

本件選挙区割りによれば,平成22年国勢調査の結果による区選間挙の人口較差は,最も人口が少ない鳥取県第2区(29万1103人)と最も人口が多い東京都第16区(58万1677人)との間で1対1.998となっており,鳥取県第2区と比べて人口の較差が2倍以上となる選挙区は消滅していた。(以上,甲5)

(オ) 前回選挙の小選挙区選挙については,東京都第2区その他の選挙区の選挙人らから選挙無効を請求する訴訟(東京高等裁判所平成24年(行ケ)第26号等)が提起された。

その上告審である最高裁判所大法廷は,前回選挙が,平成21年選挙時に既に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた旧選挙区割りの下で再び施行されたものであり,前回選挙当日における選挙区間の選挙人数の較差は,平成21年選挙時よりも更に拡大して最大較差が2.425倍に達していたこと等に照らせば,前回選挙時において,平成21年選挙時と同様に,旧選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ないとしたが,国会において旧選挙区割りが上記の状態にあると認識し得た時点である平成23年判決の言渡しから約1年9か月後に施行された前回選挙は,従前の定数と旧選挙区割りの下において施行せざるを得なかったものであり,前回選挙前に成立した緊急是正法の定めた枠組みに基づき,本来の任期満了時までに区画審の改定案の勧告を経て平成25年改正法が成立し,定数配分の0増5減の措置が行われていたことなどからして,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとする判決(最高裁判所平成25年(行ツ)第209号ないし第211号同年11月20日大法廷判決・民集67巻8号1503頁。以下「平成25年判決」という。)を言い渡した。

平成25年判決は,上記の合理的期間内における是正がされなかったとはいえないとの判断に関連して,次のように説示している。すなわち,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態を解消するための一連の過程を実現していくことは,多くの議員の身分にも直接関わる事柄であり,1人別枠方式自体は,平成6年の選挙制度改革の実現のための人口比例の配分により定数の急激かつ大幅な減少を受ける人口の少ない県への配慮という経緯に由来するものであり,1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条の趣旨に沿って各都道府県への選挙区の数を見直し,それを前提として多数の選挙区の区割りを改定するためには,1人別枠方式により人口の少ない県に割り当てられた定数を削減した上でその再配分を行うもので,制度の仕組みの見直しに準ずる作業を要するところ,1人別枠方式を採用した立法の経緯等にも鑑み,国会における合意の形成が容易な事柄ではなく,また,定数配分の見直しの際に,議員の定数の削減や選挙制度の抜本的改革といった基本的な政策課題が併せて議論の対象とされたため,議論の収れんを困難にする要因となったが,まず,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態の是正が最も優先されるべき課題であるとの認識の下に,緊急是正法が成立し,前回選挙後,平成25年改正法により本件選挙区割りの改定が実現したものであり,前回選挙時点において是正の実現に向けた一定の前進と評価し得る法改正が成立に至っていたとした上で,平成25年改正法は,選挙区の0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県については,旧区割基準に基づいて配分された定数がそのまま維持されており,平成22年国勢調査の結果を基に1人別枠方式の廃止後の本件区割基準に基づく定数の再配分が行われているわけではなく,全体として区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が十分に実現されているとはいえず,そのため,今後の人口変動により再び較差が2倍以上の選挙区が出現し増加する蓋然性が高いと想定されるなど,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されているとはいえないが,この問題への対応や合意の形成には様々な困難が伴うことを踏まえ,区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については,今回のような漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも国会の裁量に係る現実的な選択として許容されていると解されるし,今後の国勢調査の結果に従って同条に基づく各都道府県への定数の再配分とこれを踏まえた選挙区割りの改定を行うべき時期が到来することも避けられないと説示し,また,投票価値の平等は憲法上の要請であり,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されていないため,国会においては,今後も,区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があると説示した。

(カ) 平成26年6月19日,衆議院議院運営委員会での議決に基づき,衆議院選挙制度に関する調査・検討等を行うため,議長の下に「衆議院選挙制度に関する調査会」(以下「選挙制度調査会」という。)が設置された(乙3,5の1ないし3)。諮問事項は,①現行制度を含めた選挙制度の評価(長短所,理想論と実現性),②各党の総選挙公約にある衆議院議員定数削減の処理,③一票の較差を是正する方途,④現行憲法の下での衆参議院選挙制度の在り方の問題点であり,答申については,各会派は,同調査会の答申を尊重するものとし,答申の時期は,その時点での衆議院議員の任期(平成28年12月)を念頭に,立法作業や周知期間を考慮して行うこととされた。同調査会は,平成26年9月11日に第1回を開催し(乙5の1ないし3),全体的スケジュールとして,今後,月1回ないし2か月に3回程度のペースで開催すること,一票の較差問題,各選挙制度の利害得失,定数削減問題等を検討し,当時の議員の任期を念頭に置きつつ,立法作業や周知期間を考慮して答申をまとめていくこととされた。同年10月9日に第2回(乙6の1及び2),同月20日に第3回(乙7の1及び2),同年11月20日に第4回(乙8の1及び2)が開催され,いずれも「衆議院小選挙区の一票の較差」を議題として議論がされた。

(キ) 平成26年11月21日に衆議院が解散となり,同年12月14日に本件選挙が本件区割規定に基づく本件選挙区割りにより実施された。

(ク) 平成26年12月26日,衆議院議院運営委員会において,選挙制度調査会を存続する方針が確認された。(乙11)

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等に反する状態にあるか

(原告らの主張)

ア 本件選挙区割りは人口比例選挙の保障に反する配分となっているため,憲法に反し,無効であること

憲法は,前文第1文で「主権が国民に存する」,「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,」と定め,憲法56条2項は,「両議院の議事は,この憲法に特別の定のある場合を除いては,出席議員の過半数でこれを決し」と定めている。

このように,憲法は,代議制民主主義の下,主権者である国民が国会議員を通じて主権者の多数意見で国家権力を行使することを保障しており(主権者の代表論),このような国民主権を前提とする以上,両議院の議事を決する過半数の出席議員を選出する主権者の数は,必ず全出席議員を選出する主権者の過半数でなければならないのであり,これを実現するためには,国会議員の選挙を人口に比例する選挙区割りによって実施すること(以下「人口比例選挙」という)。以外にない。

したがって,そもそも憲法が衆議院議員の選挙については2倍以内の人口較差を許容しているなどという理解は誤りである。最高裁判所も,平成23年判決以降,最大較差が2倍以内であることを合憲性判断の許容値としてはいないし,仮に,最高裁判所判決が,最大較差が2倍以内であることを合憲性判断の許容値としているのであれば,それは,最高裁判所判決が誤っていることになる。

イ 本件選挙区割りは,平成23年判決及び平成25年判決により憲法の投票価値の平等の要求に反するとされていること

平成23年判決は,1人別枠方式に係る部分は憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っており,旧区割基準規定に従って改定された旧区割規定の定める旧選挙区割りも憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと判断し,平成25年判決は,緊急是正法及び平成25年改正法の選挙区の0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県については,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されたとはいえないと判断しているが,本件選挙は,平成23年判決,平成25年判決が憲法の投票価値の平等の要求に反すると判断済みであるところの1人別枠方式を実質的に廃止していない本件区割規定による本件選挙区割りにより施行されたものであるから,憲法の投票価値の平等の要求に反するものである。また,これらの最高裁判所判決に反するものでもあるから,憲法98条1項により無効である。

ウ 平成23年判決及び平成25年判決が投票価値の平等を調整するための立法裁量権を認めていることが違憲であること

平成23年判決,平成25年判決は,いずれも,最高裁判所が既に違憲状態と判断した違憲状態選挙で当選した「違憲状態」国会議員に投票価値の平等を調整するための立法裁量権を認めているが,国会議員は選挙制度改正に関する利害関係者であるから,国会に広範な裁量権を認めるべきでない。また,憲法98条1項後段は,違憲状態の選挙で選ばれた「違憲状態」国会議員が立法行為をすることを予定していないのであり,「違憲状態」国会議員によって構成される違憲状態国会が憲法43条2項,47条に基づき選挙区割りに関する立法をするために広範な立法裁量権を有するとする平成23年判決及び平成25年判決の判断枠組みは誤りである。

(被告らの主張)

ア 憲法は,投票価値の平等を要求しているが,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであるところ,国会の両議院の議員の選挙については,憲法上,選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められている(憲法43条2項,47条)。衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合に,具体的な選挙区を定めるに当たっては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位として,地域の面積,人口密度,交通事情などの諸要素を考慮しつつ,民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められている。したがって,このような選挙制度の合憲性は,これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえるか否かによって判断されるものであり,こうした裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是正することができない場合に,初めて憲法に違反することになる。

イ 緊急是正法及び平成25年改正法による改正の結果,平成22年国勢調査の結果による本件選挙区割りにおける選挙区間の人口の最大較差は1.998倍に縮小されている。これは,小選挙区選出議員の選挙区の改定案の作成は,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本としなければならないとする緊急是正法による改正後の区画審設置法3条(本件区割基準)の趣旨に沿うものであり,平成23年判決は,この基準を合理的なものであると認めている。この結果,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は解消されたものといえる。

もっとも,本件選挙区割りは平成25年判決が指摘するように,1人別枠方式の構造的な問題を根本的に解決するものではなかったため,その後の人口変動により選挙人数の較差が2倍以上の選挙区が再び出現したが,選挙区の安定が選挙人及び候補者双方の便宜に資するとの観点から,選挙区割りの改定は,原則として10年ごとに行われる大規模国勢調査に基づいて行われることとされており(区画審設置法4条1項参照),平成25年判決も,構造的な問題については今後の国勢調査(具体的には,平成27年実施予定の国勢調査)の結果に従った都道府県への定数の再配分とこれを踏まえた選挙区割りの見直しにおいて行われることを予定していたのであるから,その間の人口変動による選挙人数の最大較差の拡大は一定程度避け難いものであり,しかも,本件選挙当日の選挙区間における選挙人数の最大較差は2.129倍であって,2倍を僅かに超えたにすぎなかった。このような状態が,直ちに憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に当たるということはできない。

したがって,本件選挙区割りは憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものではないから,本件各選挙区における各小選挙区選挙が無効とはいえない。

(2)  憲法の投票価値の平等の要求に反する状態が生じているとした場合,本件選挙の投票日の時点で立法裁量のための合理的期間の末日を経過したといえるか

(原告らの主張)

ア いわゆる合理的期間の法理を採るべきでないこと

最高裁判所は,是正立法のための合理的期間の末日が,投票日の時点で未徒過であれば,当該選挙までの期間内にその是正がされなかったことは,国会の裁量権の限界を超えるものではない旨のいわゆる合理的期間の法理を採っている。

しかし,合理的期間の法理は,憲法の条規に基づくことのない判例理論である。

また,憲法は,国の最高法規であって,その条規に反する国務に関するその他の行為はその効力を有しないとしているところ(憲法98条1項),選挙も同条1項の国務に関するその他の行為の一つであるから,違憲状態の選挙は,憲法98条1項によりその効力を有しないはずである。しかるに,これを合理的期間の法理により有効とすることは,最高法規である憲法の同条1項後段(その条規に反する国務に関するその他の行為はその効力を有しない)の規定を真正面から否定し,合理的期間の法理を憲法に優越する最高法規とすることになる。したがって,合理的期間の法理は,憲法否定の判例法理であり,採用すべきでない。

イ 合理的期間が未徒過であること

(ア) 上記のとおり,合理的期間の法理は採るべきではないが,仮にその法理を採るとしても,違憲状態の選挙制度が国会の裁量権の限界を超えていないことは,被告らが主張立証すべきである。

(イ) 憲法43条1項は,国会議員は全国民を代表して,国会の活動をすることを要求しており,国会議員が自らの個人的利益(私益)のために国会の活動をすることを禁止している(憲法99条)。そのため,選挙区割りの改正立法のための国会での活動において,国会議員は国家機関として,それが自己の身分の喪失に関わり得る事項であっても一切私益によることなく,公益(全国民の利益)のために,選挙区割りに関する立法裁量権の行使を遅滞なく,合理的に行使するよう要求されている。したがって,国会議員が当該立法裁量権の行使を当該私益のために遅延させることは,憲法99条(憲法尊重擁護義務)に違反する重大な違法行為である。

(ウ) 緊急是正法による改正後の各都道府県の議員定数は,平成22年国勢調査の結果を基に,旧区画審設置法3条2項が定める1人別枠方式により各都道府県に割り当てた議員の数を基礎とするものであるから,そもそも緊急是正法による改正は,平成23年判決の求める1人別枠方式の廃止に応えるものではない。したがって,緊急是正法を基に制定された平成25年改正法による本件選挙区割りも,1人別枠方式の構造的な問題を根本的に解決するものとはなっていない。

区画審設置法4条では,区画審による選挙区の改定案の作成及び内閣総理大臣への勧告は,統計法(平成19年法律第53号)5条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされており,緊急是正法附則3条3項では,同法に基づく選挙区割りの改定案に係る区画審の勧告は緊急是正法の施行日から6月以内に行われることを予定しているが,本件選挙の施行は,1人別枠方式について合理性がない旨を判断した平成23年判決の言渡しから3年8か月22日後である。

選挙権の内容の平等が国会の正当性を裏付ける国家統治の根本に関わる問題である以上,最高裁判所が違憲状態であると明言した選挙区割りの改正に3年8か月22日という期間がなお不十分ということはあり得ない。また,国会は,平成24年11月16日に緊急是正法を成立させ,平成25年6月28日に選挙区を0増5減した本件選挙区割りを定めた平成25年改正法を成立させているが,この改正は,7か月と2日で行っているのであり,公職選挙法の改正も,短期間で行えるのである。

米国連邦地方裁判所(ペンシルバニア州中部地区)は,2002年4月8日に最大人口較差19人の当時の選挙区割法を違憲と決定し,3週間以内に米国連邦憲法に沿った選挙区割法案を提出するよう命じたところ,州議会は,同命令の9日後である2002年4月17日に最大人口較差1人とする新しい選挙区割改正法を立法した。これは,日本の裁判所が「合理的期間」を判断する際の参考とされるべきである。

したがって,本件選挙の小選挙区選挙は違憲無効と判断されるべきである。

(被告らの主張)

ア 憲法の予定している司法権と立法権との関係からすれば,裁判所が選挙制度の憲法適合性について一定の判断を示すことにより,国会がこれを踏まえて所要の適切な是正の措置を講ずることが,憲法の趣旨に沿うものというべきであるが,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点から評価すべきである。

そうすると,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったか否かは,裁判所において投票価値の較差が憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているとの判断が示されるなど,国会が,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態となったことを認識し得た時期を基準として,上記諸般の事情を総合考慮して判断されるべきである。

イ 本件選挙区割りは,緊急是正法及び平成25年改正法による改正により,平成22年国勢調査の結果による選挙区間の人口の最大格差が1.998倍に縮小されたものである。

また,緊急是正法及び平成25年改正法により,各選挙区の人口のうちその最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上にならないようにするという基準が達成され,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は解消した。平成25年判決が指摘していた1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決しているとはいえない状態であり,その後の人口変動により選挙人数の較差が2倍以上の選挙区が再び出現したとはいえ,1人別枠方式の構造的な問題については,平成25年判決自身が,今後の国勢調査の結果を踏まえた区割りの見直しを想定していたのであり,その間の人口変動により選挙人数の最大較差が一定程度拡大することは避け難いことである。しかも,較差が2倍以上の選挙区が出現したとはいっても,その最大較差1対2.129は,僅かに2倍を超えたにすぎず,直ちにこの状態を是正しなければ,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態とは考え難い状況であった。

さらに,国会においては,選挙制度調査会による検討が積み重ねられているところである。

以上によれば,仮に,本件区割規定の定める本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態であると評価されたとしても,国会において,本件選挙までの間に,本件選挙区割りが違憲状態となったことを認識し得たとはいえない。また,国会において,平成25年判決以降も選挙制度の改革に向けた検討が重ねられており,今後も引き続き議論が進展していく見通しであることからすれば,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえない。

(3)  事情判決の法理を適用すべきかどうか

(原告らの主張)

ア 事情判決の法理が違憲無効であること

事情判決の法理も,合理的期間の法理が憲法98条1項により無効であるのと同じ理由により,同項により無効である。

したがって,事情判決の言渡し行為は,憲法98条1項前段(この憲法は,国の最高法規であって)に違反し,同項後段(その条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない)により,無効である。

また,裁判官が判決に当たって事情判決の法理を採ることは,行政事件訴訟法31条の準用の排除を明記する公職選挙法219条を否定するものとなり,憲法76条3項(裁判官の法律遵守義務)違反である。

イ 本件選挙に事情判決の法理を採るべきでないこと

本件選挙のうち小選挙区選挙は,平成23年判決で違憲状態とされた1人別枠方式を根本的に解決していない本件選挙区割りにより実施されているから,同選挙によって選出された衆議院議員は,明らかに違憲状態の国会議員である。そのような国会議員が参加することによって成立する法律が主権者全員を法的に拘束するという事態は,著しく公共の利益を害する。

事情判決の法理は,公共の利益を理由として,選挙を無効としないという法理であるところ,本件にこれを適用すると,違憲状態の法律制定を野放しにし,国家レベルで著しく公共の利益を害する結果となり,背理である。

他方,本件訴訟において違憲無効の判決がなされても,本件各選挙区の選挙が無効となるだけであり,仮に小選挙区選出の衆議院議員の全員(295名)が失格したとしても,比例代表選出の180名の衆議院議員は議員として活動ができるのであるから,国家が社会的混乱に陥るおそれはない。

以上のとおりであり,本件においては事情判決の法理を適用すべきではない。

(被告らの主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあるか

(1)  選挙制度の合憲性判断の枠組みについて

ア 代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,国政における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の社会的事情等を踏まえて具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではないと考えられる。憲法は,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙について,およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという基本的な要請(憲法43条1項)の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(同条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みを定めるについて国会に広範な裁量を認めている。したがって,国会が具体的に定めた選挙制度の仕組みは,上記のような基本的な要請や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため,上記のような広範な裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に反することになるものと解される(①最高裁判所昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁,②最高裁判所昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,③最高裁判所昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁,④最高裁判所平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,⑤最高裁判所平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,⑥最高裁判所平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁,⑦前掲平成19年判決,⑧前掲平成23年判決,⑨前掲平成25年判決各参照)。

この見地からすると,憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求していると解されるが,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであり,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになってもやむを得ないものと解される。そして,憲法は,衆議院議員の選挙につき,全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には,選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するについて,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることを求めているというべきであるが,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することを許容しているものと解される。具体的な選挙区を定めるに当たっては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位として,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸要素が考慮されるものと考えられ,国会において,人口の変動する中で,これらの諸要素を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められているところであると解される。したがって,このような選挙制度の合憲性は,これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するか否かによって判断すべきである(前掲各判決参照)。

イ これに対し,原告らは,憲法は,代議制民主主義の下,主権者である国民が国会議員を通じて主権者の多数意見で国家権力を行使することを保障しているから(主権者の代表論),国会議員の選挙は人口に比例する選挙区割りによって実施しなければならない(人口比例選挙)というのが憲法前文第1文,56条2項から当然に導かれる要求であり,人口比例選挙でない選挙制度は違憲である旨主張する。

確かに,代表民主制における国家権力行使の正当性を確保するためには,国会議員の選挙が公正に実施されることは必要不可欠であり,投票価値の平等がそのような公正な選挙を確保するためのものとして,最も重視されるべき重要かつ基本的な基準である。

しかし,国会議員が全国民を代表する選挙された議員であるとされ(憲法43条1項),両議院の議事は,この憲法に特別の定のある場合を除いては,出席議員の過半数でこれを決するとされている(同法56条2項)としても,既に説示したとおり,憲法は,代表民主制の下における選挙制度については論理的に導かれる一定不変の形態があるわけではないことを前提に,議員の定数,選挙区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は,法律でこれを定める(同法43条2項,47条)として,その選挙制度の具体的な仕組みを定めることを国会の広範な裁量に委ねているのであり,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図るとの観点から,具体的な選挙区を定めるに当たっては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位として,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸要素を考慮することも許容されるといえる。

以上のように,投票価値の平等が最も考慮されるべきものであるとしても,国会が考慮することが許容される諸要素が存在していることからすると,原告らの主張する主権者の代表者論をもってしても,国会により具体的に定められた選挙制度が,それが人口に比例した選挙を実現するものでなければ直ちに憲法に反するとの帰結をもたらすと解することはできない。

よって,人口比例選挙を採らなければならないとの原告らの主張は採用することはできない。

ウ 原告らは,国会議員は選挙制度改正に関する利害関係者であるから上記アのような広範な裁量権を認めるべきでないと主張し,平成23年判決及び平成25年判決は国会議員に広範な立法裁量権を認めた点で違憲である旨主張する。

確かに,両議院議員の各選挙制度の仕組みは,両議院議員の身分にも直接関わる事項であり,この意味では,両議院議員は選挙制度の制定について利害関係があるということができる。

しかし,国民の意思を適正に反映する選挙制度は民主政治の基盤であるものの,変化の著しい社会の中で,投票価値の平等という憲法上の要請に応えつつ,これを実現していくことは容易なことではないため,憲法は,両議院議員の身分に影響を与え得るものである両議院議員の各選挙制度の仕組みについて,選挙区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は,法律でこれを定めるとして(憲法47条),国会に広範な裁量を与えているといえる。したがって,原告らの主張を採用することはできず,平成23年判決及び平成25年判決が違憲であるということはできない。

また,原告らは,平成23年判決及び平成25年判決によって違憲状態と判断された旧選挙区割りにより実施された選挙で選出された衆議院議員は,「違憲状態」国会議員であり,そのような議員らに裁量権を認めるのは憲法98条1項後段に反する旨主張する。

しかし,平成23年判決及び平成25年判決は,ともに,旧選挙区割りは投票価値の平等の要求に反する状態にあるとした上で,国会に上記アのような裁量権が与えられているところ,いずれも,国会の有する裁量権を逸脱するほどの合理的期間は経過していないとして,平成21年選挙及び前回選挙をいずれも無効であるとは判断していないのであるから,旧選挙区割りによる選挙により選出された衆議院議員らが違憲状態の国会議員であるということはできない。したがって,このような国会議員らによって構成される国会に選挙制度の仕組みについて裁量権を認めることが憲法98条1項に反することにはならない。

(2)  本件選挙区割りの合憲性について

ア 本件区割規定の合憲性について,上記(1)のア観点から検討すると,旧区割基準のうち,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきものとした部分は,一定の合理性を有しているのに対し,1人別枠方式に係る部分は,遅くとも平成21年選挙時点においては,その立法時に有していた合理性を失っていたにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものである(平成23年判決)。そして,前提事実のとおり,平成23年判決後,緊急是正法及び平成25年改正法により本件区割規定に改定され,本件選挙区割りが定められたが,平成25年改正法による選挙区の0増5減は,これにより定数が変更された県以外の都道府県においては,平成23年判決においてその合理性を失ったと指摘されている1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数がそのまま維持されており,平成25年判決においても,1人別枠方式の構造的な問題を最終的に解決したものではないと評価されている。

また,平成25年改正法により,平成22年国勢調査の結果による本件選挙区割りによる選挙区間の人口の最大較差は2倍以内となっていたが,その後の人口変動もあり,本件選挙時においては,選挙区間の選挙人数の較差が2倍以上となっている選挙区が13も出現していることが認められる。

以上によると,本件選挙区割りは,平成21年選挙時点において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあった1人別枠方式を含む旧区割基準規定及び旧区割規定を,緊急是正法及び平成25年改正法により一部変更したものの,平成25年判決が指摘するように,1人別枠方式の構造的な問題を最終的に解決したものとはなっていないのであり,その結果,選挙区間の選挙人数の較差が2倍以上となる選挙区が13も出現したものである。

これらによると,緊急是正法及び平成25年改正法により改定された本件区割規定により定められた本件選挙区割りも,本件選挙時点において,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ない。

イ これに対し,被告らは,平成25年判決は,構造的な問題については今後の国勢調査の結果を踏まえた区割りの見直しにおいて行われることを予定していたのであるから,その間の人口変動による選挙人数の最大較差の拡大は一定程度避け難いものであり,しかも,最大較差は2.129倍であって,2倍を僅かに超えたにすぎなかったのであるから,このような状態が,直ちに憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に当たるということはできない旨主張する。

しかし,本件区割規定に基づく本件選挙区割りは,平成23年判決が投票価値の平等の要求に反する状態にあると指摘した1人別枠方式を廃止した後の本件区割基準に基づく定数の再配分が行われておらず,選挙制度の整備が十分に実現されているとはいえないものであり,平成22年国勢調査の結果によると,最も人口が少ない鳥取県第2区と比べて人口の較差が2倍以上となる選挙区を消滅させるものとなっていたが,本件選挙時には,最も選挙人数が少ない宮城県第5区と最も選挙人数が多い東京都第1区との間で1対2.129の較差を生じさせ,宮城県第5区と比べて較差が2倍以上となる選挙区の数は13となっていたものであり,平成25年判決で1人別枠方式の構造的な問題を最終的に解決したものではないと指摘を受けていたことも考慮すると,本件選挙時において,投票価値の平等の要求に反する状態にあったといえる。したがって,被告らの主張を採用することはできない。

2  本件選挙の投票日の時点で立法裁量のための合理的期間の末日を経過しているといえるか

(1)  いわゆる合理的期間の法理を採ることの可否について

ア 憲法が,選挙区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は国会が定めるとしていることからすると(憲法47条),裁判所において,選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても,自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく,その是正は国会の立法によって行われることになるものであり,是正の方法についても国会は幅広い裁量権を有していると解される。

もちろん,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っている旨の司法の判断がされれば,国会はこれを受けて是正を行う責務を負うものであるところ,その是正には一定の期間を要するものであるから,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえる場合に,定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反すると判断すべきである(いわゆる合理的期間の法理)。そして,代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,国政における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の社会的事情等を踏まえて具体的に決定されるべきものであることも考慮すると,合理的期間における是正がされなかったといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点から評価すべきものと解される(平成25年判決参照)。

イ(ア) 原告らは,このような合理的期間の法理は,国の最高法規である憲法の条規に基づくことのない判例理論であり,憲法の最高法規性を否定し,また,合理的期間の法理を憲法に優越する最高法規とするものであるから,このような法理を採ることは憲法98条1項により許されない旨主張する。

確かに,衆議院は,その権能,議員の任期及び解散制度の存在等に鑑み,常に的確に国民の意思を反映するものであることが求められており,選挙における投票価値の平等についてもより厳格な要請がある(平成23年判決参照)と解されるから,国会は,衆議院議員の選挙における投票価値の平等について,上記の要請に最大限応えるべく,誠実かつ不断に努力するよう強く求められているといえる。

しかし,選挙制度の制定に当たって考慮することが許容される事柄が多岐にわたること,憲法が,選挙区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は国会が定めるとしていること(憲法47条)からすると,国会における選挙制度の是正を国家の責務とし,その是正に一定の合理的期間を認めることは,憲法の各条規から導かれる法理であるといえる。

また,原告らは,憲法の要求に反する状態にある選挙は憲法98条1項によりその効力を有しないはずであるとするが,選挙区割りが投票価値の平等の要求に反するものであるとしても,それが合理的期間内に是正されないときに,初めて違憲であると解されるのであるから,原告らの主張するように,選挙区割規定が投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたとしても,その選挙区割りに基づく選挙が直ちに憲法に反する国務に関するその他の行為として憲法98条1項により効力を有しないとされるものでもない。

したがって,合理的期間の法理を採ることが,憲法の最高法規性を否定し,合理的期間の法理を憲法に優越する最高法規とするものであるとはいえない。

(イ) 原告らは,平成23年判決及び平成25年判決によって違憲状態と判断された旧選挙区割りにより実施された選挙で選出された衆議院議員は,「違憲状態」国会議員であり,合理的期間の法理は,そのような議員らに国会で国政活動に有効に参画することを認める判例理論であるから,憲法98条1項に反する判例理論である旨主張する。

しかし,旧選挙区割りにより実施された選挙で選出された衆議院議員らが「違憲状態」国会議員であるとはいえないことは,既に説示したとおりであり,原告らの主張は,その前提を欠くものとして採用することはできない。

(ウ) 原告らは,平成25年判決が,前回選挙時における旧選挙区割りを憲法の投票価値の平等の要求に反すると判断したにもかかわらず,合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,旧区割規定が憲法14条1項等憲法の規定に違反するものということはできないと判断したうち,合理的期間の法理を用いて違憲とはいえないとした部分は,憲法98条1項により無効である旨主張するが,既に説示したとおり,合理的期間の法理は,憲法から導かれる理論であり,この理論を用いることが憲法98条1項に反するとはいえないから,原告らの主張を採用することはできない。

(2)  合理的期間を経過したといえるかについて

ア 原告らは,1人別枠方式による旧選挙区割りを違憲状態と判断した平成23年判決が言い渡され,平成25年判決により緊急是正法は1人別枠方式の問題を最終的に解決したものではないと指摘されたにもかかわらず,1人別枠方式の考え方を残した緊急是正法及び平成25年改正法による本件選挙区割りによって施行された本件選挙は,平成23年判決から3年8か月22日後に施行されたものであるから,是正のための合理的期間を経過していたことは明らかである旨主張するのに対し,被告らは,平成25年判決では,次の国勢調査(早くとも平成27年10月に実施される簡易調査)の結果も踏まえて是正すべきであると指摘されているのであるから,是正のための合理的期間をいまだ経過していない旨主張する。

イ 前提事実のとおり,①平成23年3月23日に言い渡された平成23年判決は,人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点から導入された1人別枠方式は,立法時に有していた合理性を失っていたものであり,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分及び旧区割基準に基づく旧選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っている旨判示したこと,②これを受けて,平成24年11月16日に小選挙区選出議員の定数を5人削減して295人とし,併せて,公職選挙法13条1項を改正し,別表第1(旧区割規定)を削除すること(緊急是正法2条),旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分を削ること(同法3条)を内容とする緊急是正法が成立し,同月26日に公布され,同法2条の規定を除き即日施行されたこと,③緊急是正法附則では,同法2条の規定については,同条の規定による改正後の公職選挙法13条1項に規定する法律の施行の日から施行されることとされ(緊急是正法附則1条ただし書),区画審が平成22年国勢調査の結果に基づいて選挙区割りの改定案を作成するに当たっては,いわゆる0増5減案により,較差の大きい(人口の少ない)都道府県である高知,徳島,福井,佐賀及び山梨の5県の区域内の選挙区の数を1ずつ削減してそれぞれ2とすることとされ(同法附則3条1項,附則別表),改定の対象とする選挙区を,人口の最も少ない都道府県の区域内の選挙区や選挙区の数が減少することとなる上記5県の区域内の選挙区などに限ることとされ(同法附則3条2項),この改定案に係る区画審の勧告は,同法の施行日(平成24年11月26日)から6月以内においてできるだけ速やかに行うこととされた(同法附則3条3項)こと,④緊急是正法の成立と同日に衆議院が解散され,平成24年12月16日に旧選挙区割りの下で,前回選挙が行われたこと,⑤平成25年改正法により,いわゆる0増5減の本件選挙区割りに改定されたが,平成25年改正法における本件選挙区割りは,平成22年国勢調査の結果による選挙区間の人口較差が全選挙区において2倍以内となっていたこと,⑥平成25年11月20日に言い渡された平成25年判決は,平成25年改正法は,選挙区の0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県については,旧区割基準に基づいて配分された定数がそのまま維持されており,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されているとはいえないとしたが,合意の形成には様々な困難が伴うことを踏まえ,区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については,今回のような漸次的な見直を重ねることによってこれを実現していくことも国会の裁量に係る現実的な選択として許容されていると解されるし,今後の国勢調査の結果に従って同条に基づく各都道府県への定数の再配分とこれを踏まえた選挙区割りの改定を行うべき時期が到来することも避けられないと説示したこと,⑦国会では,平成26年6月19日に衆議院議長の下に,選挙制度調査会が設置され,一票の較差の是正方策や衆議院議員定数削減問題などの諮問事項について,その時点での衆議院議員の任期(平成28年12月)を念頭に,立法作業や周知期間を考えて答申することが求められており,平成26年9月11日,同年10月9日,同月20日及び同年11月20日に会合がもたれ,一票の較差問題が議論されていたが,同月21日に衆議院が解散され,同年12月14日に本件選挙が本件選挙区割りの下,行われたこと,⑧選挙制度調査会は,本件選挙後において,存続する方針が確認されたことが認められる。

ウ 確かに,本件選挙は,平成23年3月23日に言い渡された平成23年判決において立法時に有していた合理性を失っていたものであると判断された1人別枠方式の構造的な問題を最終的に解決したとはいえない本件選挙区割りによって,平成23年判決の言渡しから約3年9か月後に実施されたものである。また,本件選挙区割りが1人別枠方式の構造的な問題を最終的に解決していないことは,平成25年11月20日に言い渡された平成25年判決において指摘されているところ,本件選挙は,平成25年判決の言渡しを基準としても,約1年1か月後に実施されたものである。

そして,平成23年判決において,既に投票価値の平等の要求にかなう立法的措置の内容は相当明確になっていたものであり,その是正の目的は投票価値の平等の実現にあるから,事柄の性質上,是正のために国会に与えられた合理的期間はそれほど長いものではないと考えられる。

また,小選挙区選出議員の選挙区の改定について,区画審は,統計法(平成19年法律第53号)5条2項本文の規定に基づく国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するなどの手続が法定されており(区画審設置法4条等),その趣旨に照らせば,区画審設置法4条にいう1年という期間を絶対的な基準とすることはできないとしても,平成23年判決の言渡しから本件選挙までの約3年9か月の間に,平成23年判決の求める投票価値の平等の是正のための法改正がなされると期待することが一概に不相当とはいえない。さらに,衆議院議長の下に選挙制度調査会が設置されたのは,平成26年6月19日であって,平成25年改正法が成立してから約1年後である。

しかし,平成23年判決の要求からすると,国会は,人口の少ない県における定数の急激かつ大幅な減少への配慮等の視点から設けられた1人別枠方式を廃止するのであるから,制度の仕組みの見直しに準ずる作業が必要となること,具体的には,現行の小選挙区選挙(比例代表選挙併用方式)を前提として,改めて区画審設置法3条の本件区割基準に基づいて各都道府県に定数を配分し直し,本件区割規定を改正する必要があるところ,平成22年国勢調査の結果に基づいて上記定数配分をし直す場合,相当多数の都道府県で定数を減少させ,同等数の都道府県で定数を増加させることとなり,定数配分が変更される都道府県は多数に及ぶことが容易に推認される上,それらの都道府県ごとに,選挙区の増加又は減少に伴って選挙区割りを変更する必要が生じることからすると,結局のところ,平成23年判決に従って本件区割規定を改正するには,全国の非常に多くの選挙区について選挙区割りを変更することが避けられないこと,そもそも,これらの選挙制度の変更は,多くの議員の身分に直接関わる事柄であるだけでなく,国民が自らの代表となる議員を選出する方法を変更するものでもあること,そして,選挙制度調査会の諮問事項にもあるように,こうした定数配分の見直しの際には,定数の削減や選挙制度の抜本的改革といった基本的な政策課題が併せて議論の対象とされることが多いことからすると,その作業に要する期間については決して短くて済むという保障はない。

そして,平成23年判決の言渡しから約1年8か月後である平成24年11月16日に,国会では,緊急是正法を成立させたものの,同日,衆議院が解散となり,同年12月16日に前回選挙が実施されたこと,その後の国会においては,平成25年改正法により選挙区を0増5減した本件選挙区割りに改定する公職選挙法が改正され,同年11月20日に言い渡された平成25年判決において,是正の実現に向けた一定の前進と評価される一方,平成25年改正法では1人別枠方式の構造的な問題は最終的に解決されておらず,今後も区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があると指摘され,平成26年6月19日に,選挙制度調査会が設置され,同調査会の会合がもたれていたが,同年11月に衆議院が解散となり,本件選挙となったことが認められ,国会において,平成24年の解散を経ながらも,平成23年判決を受けて,投票価値の平等の是正のための一定の手続が採られていたことが認められる。

そして,平成25年判決は,新たな選挙制度の構築には様々な困難が伴うことを踏まえ,区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については,緊急是正法等のような漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも,国会の裁量に係る現実的な選択として許容されているところと解されるとし,今後の国勢調査の結果に従って区画審設置法3条に基づく各都道府県への定数の再分配とこれを踏まえた選挙区割りの改定を行うべき時期が到来することも避けられないとしていることからすると,投票価値の平等の是正の実現に向けた上記のような国会の取組が,司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として不相当なものであったとまではいえない。

以上によると,投票価値の平等の要求に基づく本件選挙区割りの是正が事柄の性質上速やかな対応を要するものであることを考慮しても,国会の対応が,その与えられた裁量の範囲を逸脱するものであるとはいえず,是正のための合理的期間を経過したとまで認めることはできない。

エ(ア) これに対し,原告らは,区画審設置法4条には,区画審による選挙区の改定案の作成及び内閣総理大臣への勧告は,統計法(平成19年法律第53号)5条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとの定めがあること,緊急是正法附則3条3項が選挙区割りの改定案に係る区画審の勧告が緊急是正法施行日から6月以内に行われることを予定していることを主張する。

確かに,区画審設置法は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,区画審は,これを調査審議し,必要があると認めるときに改定案を作成して内閣総理大臣に勧告する(2条)とし,この勧告は,国勢調査(統計法(平成19年法律第53号)5条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査に限る。)の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行う(4条)としている。

しかし,合理的期間における是正がされなかったといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮する必要があるところ,1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条(本件区割基準)の趣旨に沿って各都道府県への選挙区の数を見直し,それを前提として多数の選挙区の区割りを改定するのは,制度の仕組みの見直しに準ずる作業を要するものであり,立法の経緯にも鑑み,国会における合意の形成が容易な事柄ではない上,議員の定数の削減や選挙制度の抜本的改革という基本的な政策課題も併せて議論の対象とされてきたといったこれまでの経緯や,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項等を踏まえて検討すると,合意の形成には様々な困難が伴うことから,上記1年を絶対的な基準とすることはできない。

原告らは,「町丁の境界を考慮した衆議院議員選挙仮想選挙区割(5)」(甲38)及び「町丁の境界を考慮した参議院議員選挙仮想選挙区割」(甲39)によれば,1年以内の立法も可能であり,「町丁の境界を考慮した衆議院議員選挙仮想選挙区割(5)」(甲38)では,衆議院300選挙区の選挙区間の人口較差(最大)は,1.011倍にまで圧縮できると主張する。

しかし,「町丁の境界を考慮した衆議院議員選挙仮想選挙区割(5)」は,平成25年改正法の前の議員定数である300を前提とし,都道府県の県境をまたいだ選挙区も存在する区割案であるところ(甲38),衆議院議員の具体的な選挙制度を定めるに当たっては,これまで社会生活の中でも,また政治的,社会的な機能の点でも重要な単位と考えられてきた都道府県が,定数配分及び選挙区割りの基礎として考慮されてきたとの指摘がある(平成23年判決)ことも考慮すると,そもそも都道府県の県境をまたいだ選挙区を認めるか否かは合意形成が容易に可能な事項とはいえないから,このような都道府県の県境をまたいだ選挙区があるような区割案が作成できるからといって,衆議院選挙の区割りが1年以内でできるものであるということはできない。

また,緊急是正法附則3条3項は,緊急是正法の定める改定案に係る区画審の勧告は,同法の施行日(平成24年11月26日)から6月以内においてできるだけ速やかに行うこととしたものであり,平成24年8月23日に衆議院の政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会でA政府委員が「区画審においては,緊急是正法附則3条3項の規定を踏まえて適切に対応されるものと考えている」との趣旨の答弁をしたことも認められるが(公知の事実),ここで6月以内に行うようにとされた改定案は,緊急是正法による改正後の区画審設置法3条(本件区割基準)の規定にかかわらず,緊急是正法附則によって定められた選挙区の0増5減案により,改定の対象とする選挙区を人口の最も少ない都道府県の選挙区や選挙区の数が減少することとなる5県の区域内の選挙区などに限ることとされた改定案であると解されるから,この6月という期間を,平成23年判決の求める投票価値の是正についての法改正の合理的期間の基準とすることもできない。

(イ) 原告らは,国会は,緊急是正法の成立(平成24年11月16日)から選挙区を0増5減した平成25年改正法の改正(平成25年6月28日)までを7か月余りで行っており(甲41),公職選挙法の改正も,短期間で行えると主張するが,平成25年改正法は,緊急是正法の附則により定められた基準(そこでは,前記のとおり,緊急是正法による改正後の区画審設置法3条の規定(本件区割基準)にかかわらずと規定されている。)に基づき,限られた数の選挙区の改正を行ったものであるから,緊急是正法の成立から平成25年改正法の成立が短期間でされたからといって,平成23年判決及び平成25年判決の求める内容の投票価値の平等の是正のための法改正が短期間でできるものとはいえない。

(ウ) 原告らは,米国において,米国連邦地方裁判所(ペンシルバニア州中部地区)が3週間以内に米国連邦憲法に沿った選挙区割法案を提出するよう命じたところ,州議会は,同命令の9日後である2002年4月17日に新しい選挙区割改正法を立法したこと(甲28の1及び2)も指摘する。

確かに,米国ペンシルバニア州議会が上記のような短期間で選挙制度の改正を行ったということは参考にすべきことではあるが,代表民主制の下における選挙制度は,それぞれの国において,その国の社会的事情等を踏まえて具体的に決定されるべきものであるから,我が国の選挙制度の是正についての合理的期間の判断においても,米国と同様の短期間であると解することはできない。

(エ) 原告らは,平成23年判決が,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項(現区画審設置法3条)の趣旨に沿って旧区割規定を改正するなど投票価値の平等の要求にかなう立法的措置を講ずる必要があるとしていることも指摘する。

しかし,最高裁判所は,平成25年判決において,緊急是正法及びこれを受けての平成25年改正法という立法措置が採られたことを受けて,区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については,今回のような漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも国会の裁量に係る現実的な選択として許容されているところと解されていると説示しているのであるから,平成23年判決の「できるだけ速やかに」という文言も,上記平成25年判決の説示する内容であると解するのが相当である。したがって,原告らの指摘を採用することはできない。

原告らは,平成25年判決が「投票価値の平等は憲法上の要請であり,1人別枠方式の構造的な問題は最終的に解決されているとはいえないことは前記のとおりであって,国会においては,今後も,新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があるというべきである。」として,「着実に」と述べていることから,平成25年判決は,平成23年判決の「できるだけ速やかに」の文言を否定するようなものではない旨主張するが,平成25年判決の上記説示内容からすると,平成23年判決の「できるだけ速やかに」の文言は,上記のとおり平成25年判決の説示するように解するのが相当であるから,原告らの主張を採用することはできない。

(オ) 原告らは,国会議員は,憲法43条1項,前文第1文の定めるとおり,日本国民によって正当に選挙された全国民を代表する国会における代表者(国家機関)であり,私的な存在ではないから,国会議員が自らの個人的利益のために国会の活動をすることを制限されており,国会議員は,国家機関(公的機関)としてそれが自己の身分の喪失に関わり得る事項であっても,一切私益によることなく公益(国民の利益)のために選挙区割りに関する立法裁量権の行使を遅滞なく合理的に行使するよう要求されているのであるから,平成25年判決が,多くの議員の身分にも直接関わる事項であり,国会における合意の形成が容易な事柄ではないとして,合理的期間を認めているのは,憲法99条,56条2項,1条,前文第1文,43条1項を否定するものであると批判する。

しかし,選挙制度の構築は,国会議員の身分に直接関わる事項であるが,それは,同時に,国民にとっても,いかにして自己の代表となるべき国会議員を選ぶかという点で重要な事項であって,全国民の代表としての国会議員の身分に関わるものであり,国会議員の私益を優先しようとするものではないから,この点からも,国会における合意の形成が容易でないといえるものである。

したがって,平成25年判決が,国会における合意の形成が容易な事柄ではないとして,合理的期間を認めたことが,国会議員の私益を認めたものとして,憲法99条,56条2項,1条,前文第1文,43条1項を否定するものであるということはできない。

3  まとめ

以上のとおりであって,本件選挙時において,本件選挙区割りは,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものであるが,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割規定及び本件選挙区割りが憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。

第4結論

よって,原告らの請求にはいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 揖斐潔 裁判官 眞鍋美穂子 裁判官 片山博仁)

(別紙当事者目録省略)

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