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名古屋高等裁判所 平成26年(行コ)44号 判決 2015年7月10日

甲事件控訴人兼乙事件被控訴人(甲・乙事件被告)

三重県(以下「控訴人県」という。)

同代表者知事

処分行政庁

尾鷲建設事務所長 C

同訴訟代理人弁護士

楠井嘉行

西澤博

赤木邦男

小林明子

岸天聖

水谷昌人

田中友康

山田瞳

同指定代理人

D<他7名>

乙事件控訴人(甲事件被告補助参加人兼乙事件原告)

三重県漁業協同組合連合会(以下「控訴人県漁連」という。)

同代表者代表理事

乙事件控訴人(甲事件被告補助参加人兼乙事件原告)

尾鷲漁業協同組合(以下「控訴人尾鷲漁協」という。)

同代表者代表理事

乙事件控訴人(甲事件被告補助参加人兼乙事件原告)

大曽根漁業協同組合(以下「控訴人大曽根漁協」という。)

同代表者代表理事

乙事件控訴人(甲事件被告補助参加人兼乙事件原告)

三重外湾漁業協同組合(以下「控訴人外湾漁協」という。)

同代表者代表理事

上記四名訴訟代理人弁護士

堂前美佐子

中倉秀一

上田和孝

甲事件被控訴人(甲事件原告)

株式会社a(以下「被控訴人」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

渡邉穣

萩原崇宏

主文

一  控訴人県の本件控訴に基づき、原判決のうち主文第二項を取り消す。

二  前項の部分につき、被控訴人の請求を棄却する。

三  控訴人県のその余の控訴を棄却する。

四  控訴人県漁連、同尾鷲漁協、同大曽根漁協及び同外湾漁協の控訴をいずれも棄却する。

五  甲事件に関する訴訟費用は、第一、二審を通じ、補助参加により生じた費用を除く部分はこれを二分し、その一を控訴人県の負担とし、その余を被控訴人の負担とし、補助参加により生じた費用はこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人県漁連、同尾鷲漁協、同大曽根漁協及び同外湾漁協の連帯負担とし、乙事件に関する控訴費用は、控訴人県漁連、同尾鷲漁協、同大曽根漁協及び同外湾漁協の連帯負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  控訴人県

(1)  原判決中控訴人県の敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の訴えのうち、原判決主文二項に係る訴えを却下する。

(3)  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

二  控訴人県漁連、同尾鷲漁協、同大曽根漁協及び同外湾漁協(以下、この四名をまとめて「控訴人県漁連ら」という。)

(1)  原判決中控訴人県漁連らに関する部分を取り消す。

(2)  処分行政庁は、被控訴人に対し、採石法三三条に基づく平成二四年五月一日付け採取計画認可申請を認可してはならない。

第二事案の概要(略語は、新たに定義するものを除き、原判決の例による。以下、本判決において同じ。)

一  甲事件

甲事件は、採石法三三条に定める採取計画の認可申請(以下「本件認可申請」といい、本件認可申請に係る被控訴人の岩石の採取計画を「本件採取計画」という。)をした被控訴人が、処分行政庁が本件認可申請を認可すべきであるのに何らの処分をしないことは違法であるとして、処分行政庁の所属する地方公共団体である控訴人県に対し、本件認可申請について処分行政庁が何らの処分をしないことの違法確認(行政事件訴訟法三七条)と、処分行政庁が本件採取計画を認可することの義務付け(同法三七条の三)を求めた事案である。

二  乙事件

乙事件は、控訴人県漁連らが、本件採取計画に基づき岩石の採取がなされれば、同控訴人らが営む漁業に深刻な被害が生じ、重大な損害を生ずるおそれがあるなど「公共の福祉に反する」ことになるとして(採石法三三条の四)、処分行政庁の所属する地方公共団体である控訴人県に対し、処分行政庁による本件採取計画の認可の差止め(行政事件訴訟法三七条の四)を求めた事案である。

三  原審は、甲事件についての被控訴人の請求をいずれも認容し、乙事件についての控訴人県漁連らの訴えをいずれも却下した。

そこで、控訴人県は甲事件について、控訴人県漁連らは乙事件についてそれぞれ控訴を提起した。

その余の事案の概要は、次項に当審における当事者の主張を加えるほか、原判決「事実及び理由」欄の第二の二ないし六に記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当審における当事者の主張

(1)  甲事件について

ア 控訴人県

(ア) 行政指導

処分行政庁は、被控訴人に対し、平成二六年六月九日に地質調査実施の有無や砂池面積拡大の意向等の確認を求める行政指導をした。しかし、これに対する回答がなかったため、処分行政庁は、被控訴人に対し、同年一一月六日に改めて回答を求めている。本件計画は、上記確認が得られない間は、採石災害防止上、安全の確認が得られない。

したがって、本件認可申請については、いまだ処分を下すための相当期間が経過していない。また、被控訴人は、上記行政指導の後の確認事項にも回答すべきである。

(イ) 本件基準書について

水質汚濁、漁業被害のおそれについては、個々の事案に応じた専門家による科学的分析が必須であり、単に本件基準書の基準を満たしているだけでは足りない。本件基準書は、認可に際しての参考基準であり、これをクリアーしているからといって、水質汚濁、漁業被害のおそれがないことまで保証するものではない。

(ウ) 四日市大学環境情報学部J教授(以下「J教授」という。)の意見

J教授は、平成二六年六月一日から八月二一日までの濁水調査をもとに尾鷲湾の濁水調査の観測データの分析を行った。これによれば、時間雨量ピーク値と尾鷲湾南部の濁度のピーク値の相関は高く、一〇〇mm/hの雨量ピークでは濁度のピーク値は一二九・〇七六ppmとなる。そして、仮に、既設採石場と同規模の施設が増設されると、尾鷲湾の濁度もほぼ二倍に増えると予想されるから、既設採石場と同規模の施設が増設された場合、一〇〇mm/hの雨量ピークでは濁度のピーク値は二五〇ppm以上、懸濁物質量(SS。以下「SS」という。)に換算するとSS≒三〇〇mg/Lになる。水産用水基準によれば、懸濁物質量が三〇〇mg/Lになれば、ブリ、マダイ、マアジ、イシダイ、サヨリ、フグの行動に影響を及ぼす可能性があり、ブリ、クロダイ、マダイ、イシダイ、マコガレイ、スズキの成長に影響を及ぼす可能性がある。控訴人県は、この点につき、後記I教授に依頼して、別途実験により濁水の水生生物への影響検討を行う予定である。よって、本件認可申請に対する判断に必要不可欠な調査検討に相当の日数が必要であり、処分をすべき相当期間は経過していない。

(エ) 三重大学大学院生物資源学研究科K教授(以下「K教授」という。)の意見

K教授は、採石場からの濁水が海域に流出した場合、①濁水による透明度の低下及び濁水が海藻の表面に沈着することによる光不足による生育阻害、②濁り粒子が海藻の胞子や遊走子を吸着することによる発芽能力の阻害等、海藻に重大な影響を及ぼすと指摘している。K教授によれば、重要な海中林の構成種であるアラメは、三ppm以上の濁度で着底、発芽に影響が出始め、二〇ppmで着底、発芽が七五%も阻害される。K教授は、既存業者と同規模の採石場が新設されれば濁度及びSSの換算値は単純に二倍になり、時間雨量ピーク一〇〇mm/hにおいてSSは三〇〇mg/Lに達すると予想され、このような極めて高濃度のSSは、水産用水基準、及びこれまでの研究例をはるかに上回っており、海藻はもとより魚類に対しても重大な影響を及ぼすと結論づけている。

このように、本件採取計画に基づいて行う岩石の採取は、尾鷲湾の魚類、海藻類への影響が指摘されているところ、その影響の大きさによっては、農業、林業若しくはその他の産業の利益を損じ、公共の福祉に反する(採石法三三条の四)と判断されることがあり得る。この判断をするためには、相当の日数をかけて調査検討することが必要不可欠であるから、いまだ処分をすべき相当期間は経過していない。

(オ) 荒川久幸ほかの論文

荒川久幸、松生治の論文「褐藻類カジメ・ワカメの遊走子の沈降速度および基質着生に及ぼす海中懸濁粒子の影響」によれば、遊走子の基質着生は懸濁粒子との吸着で阻害されるばかりでなく、懸濁粒子の基質への付着によって大きく影響されることから、河川から放出された懸濁物質が海域の藻場の生育を阻害し、枯死させる原因となっていることが明らかとなっている。

また、荒川久幸、松生治の論文「褐藻類ワカメ・カジメ遊走子の着生と成長、生残および成熟に及ぼす海底堆積粒子の影響」によれば海中に懸濁又は堆積した粒子が遊走子の着生、配偶体の成長、生残及び成熟に大きな影響を与えることから、濁った河川水の流入する沿岸域では、海中に懸濁又は堆積した微細粒子が藻場枯渇の主な原因となっていることが明らかとなっている。すなわち、同論文では、「基質上の堆積量〇・一三mg/cm2で減耗率五〇%、〇・四九mg/cm2で九〇%に達し、わずか一・〇mg/cm2で全ての個体が減耗していることがわかった。」とされ、懸濁物質濃度X(mg/L)とスライドグラス上への粒子堆積量Y(mg/cm2)との間にはY=〇・〇〇八七X-〇・五八という相関関係があるという実験結果が示されている。この関係式によれば、スライドグラス上への粒子堆積量一・〇mg/cm2をもたらす懸濁物質濃度は一八〇mg/Lになるから、海水中の懸濁物質濃度(SS)が一八〇mg/Lに達すれば、ワカメ・カジメは壊滅的な被害を受けることになる。そして、被控訴人が既存業者と同規模の採石場を設置すれば、尾鷲湾での懸濁物質濃度は、上記一八〇mg/Lを超える三〇〇mg/Lに達する可能性がある。

さらに、荒川久幸、森永勤の論文「褐藻類ワカメ・カジメ遊走子群の分散に及ぼす海中懸濁粒子の影響」によれば、懸濁海水中では遊走子が広範囲に分散し、低密度に着生するため、藻場を形成するために十分な着生密度が得られなくなることから、河川から放出された懸濁粒子が藻場の形成を阻害し、ひいては枯死させる原因となっていることが明らかとなっている。

このように、本件申請に係る採取計画に基づいて行う岩石の採取は、農業、林業若しくはその他の産業の利益を損じ、公共の福祉に反するおそれがあるため、認可・不認可の処分に当たっては、専門家の意見をふまえて、さらに慎重な検討を要する。

(カ) 三重大学大学院生物資源学研究科I教授(以下「I教授」という。)への調査依頼

控訴人県は、I教授が、被控訴人の採石事業による漁業の影響の可能性を指摘しつつ、更に調査検討が必要である旨の意見を提出したことを踏まえ、I教授に濁度別・塩分濃度別の魚への影響につき、実験調査及び意見書作成を依頼した。その結果次第では、本件申請に係る採取計画に基づいて行う岩石の採取は、農業、林業若しくはその他の産業の利益を損じ、公共の福祉に反するおそれがある。

したがって、認可・不認可の判断に必要不可欠な調査検討には相当の日数が必要であり、本件認可申請に対する処分をすべき相当期間は経過していない。

(キ) 濁水対策

ⅰ 想定される土粒子の粒径やSS濃度等について

被控訴人の主張は、排出土の粒径を〇・二mmと仮定した計算に基づいているところ、それより細かい粒子が存在する可能性が高く、その場合には沈砂池面積が不足することがあり得る。計算の際、流量については、被控訴人が沈砂池面積の計算の際に採用した〇・二四二m3/Sを採用することが考えられるし、SS濃度は、採石場から尾鷲湾に達するまでに希釈・沈降することからすると、尾鷲湾での観測結果からして、採石場直下では三〇〇mg/Lよりはるかに高いと推測される。したがって、濁水の影響は、上記を踏まえて根拠ある数値で試算すべきである。

ⅱ 仮設沈砂池の立地

被控訴人の計画している仮設沈砂池の計画地は、狭隘かつ急傾斜地であり、崩落防止等の安全性の検証が必要である。

ⅲ モールコード

尾鷲湾のSS濃度は、既設採石場と同規模の施設が増設され、矢ノ川に流入する土砂量が二倍になると、最大で三〇〇mg/Lになると想定される。尾鷲湾での濃度は、途中の河川での希釈・沈降を考慮すると、採石場直下よりもかなり低くなっているから、採石場直下の濃度は、三〇〇mg/Lよりはるかに高いと推測され、少なくともこの濃度を前提とすることが相当である。この場合、被控訴人の予定する仮設沈砂池の最大放流量〇・〇八四m2/Sの濁水を処理しようとすると、モールコードで処理すべきSSの量は九〇kg/hになる。これを補足するためには、一本三mのモールコード二〇〇本を要する上、モールコードを一時間ごとに洗浄する必要が生じるが、大量降雨時に一時間ごとの洗浄作業をすることは不可能である。また、モールコードは、一〇μm以下の土粒子には効果が極めて少ない。

ⅳ バイオログ

バイオログは、被控訴人の予定している三本では処理面積が一・八m2にすぎず、最大放流量三〇〇m3/hの濁水処理に必要な一八・四m2に足りない。また、被控訴人は、バイオログを二列配置するというが、二列では濁水のSS濃度を七〇%低減することしかできず、残り三〇%を除去できない。

ⅴ ミズコシタロウ

フィルター濾過装置のミズコシタロウは、最上級機種であっても、処理能力は四〇~六〇m3/hであり、想定される濁水を単独で処理することはできない。

ⅵ 採取区域の面積等

被控訴人は、被控訴人の採取区域が既設採石場の採取区域の約五分の一に過ぎず、本件採取計画の露頭部分の面積は既設採石場の露頭部分の面積の約三・五二%にすぎないから、被控訴人の採石事業によって矢ノ川に供給される土砂量が二倍になることはないと主張する。

しかし、被控訴人は、計画地において、自己所有地と借地を合わせて三万五三二四m2の土地について権限を取得済みであり、将来の認可更新の際に採取面積を次第に増やすことは十分予想される。したがって、SS濃度が二倍になることを前提に分析し、公共の福祉に反するおそれがあるか否かを判断することは合理性がある。

ⅶ 処分をすべき相当の期間の経過の有無

既設採石場も、国の技術基準を適用して沈殿池を設置しているが、現実には十分な沈降をせず、相当量の土砂の流出が見られる。被控訴人は、沈砂池には、最大濁度低減率四五%の濾過能力を有するバイオログというフィルターを設置するというが、現実に十分な濾過能力を有していることを確認するためには実験等の検証が必要である。沈砂池に、バイオログ、モールコード等の付加設備を設置して初めて十分な濾過が可能になるのであれば、その機能が常時確保されるよう控訴人において条件を付すことなどについての検討も必要になる。

以上のとおり、被控訴人の主張するとおりの十分な濾過能力を備えた沈砂池を計画地に設置可能か否かについて更に検証、検討を行う必要があり、認可不認可の判断に必要不可欠な調査検討を行うためには相当の日数が必要であるから、いまだ本件認可申請に対する処分をすべき相当期間は経過していない。

(ク) 不作為の違法確認の訴えについて

以上のとおり、認可不認可の判断に必要不可欠な調査検討には相当の日数が必要であり、本件認可申請に対する処分をすべき相当期間はいまだ経過していない。したがって、処分庁が現時点で処分を行っていないことは違法ではない。

(ケ) 義務付けの訴えについて

本件申請が出された後処分行政庁が行っている調査は、日本有数の多雨地帯である尾鷲地域において、特に梅雨時などにおいて、採石事業の土砂が流出し、尾鷲湾が汚濁し、深刻な漁業被害が発生する可能性があるか否かというものであり、上記調査の結果次第では、本件申請に係る採取計画に基づいて行う岩石の採取は、農業、林業若しくはその他の産業の利益を損じ、公共の福祉に反するおそれがあるとして(採石法三三条の四)、不認可にせざるを得ない場合もある。現時点では、本件調査分析の結果が出るまでは、認可、不認可の処分は保留せざるを得ない。

(コ) 既存業者に対しては認可更新を繰り返していることとの対比について

被控訴人は、控訴人県が既存業者に対しては認可更新を繰り返しながら被控訴人に対しては認可しないことは不当である旨主張する。しかし、矢ノ川水系という点では同じであっても、本件申請とb社の認可申請とは別な事業計画であり、採取量も申請時期も異なる。b社の操業によって生じる水質汚濁では、漁業被害のおそれの点で許容範囲内であっても、新規に採石業者が増えることによって、水質汚濁、漁業被害のおそれの点で許容範囲を超えることもあり得る。また、濁水の河川流入による尾鷲湾汚濁の可能性は、採取業者が一社の場合より二社の場合の方が確率的に高くなることは明らかであり、専門家の意見書によってもその可能性の高さは指摘されている。したがって、既設業者に認可したからといって、被控訴人の計画について当然認可すべきとはいえないことは明らかである。

イ 控訴人県漁連ら

(ア) 本件基準書の基準は、あくまで採取計画の認否の処分に係る技術的な事項についての審査の参考として位置付けられているにすぎないし、法律的根拠に基づくものではなく、担当官庁が一方的に発出したものである。また、本件基準書の基準は、過去の採石計画の認可において濁水対策として機能しておらず、気象等の地域特性の考慮が十分でなく、環境生物に与える影響が全く配慮されていない。したがって、処分行政庁は、本件基準書の基準を形式的、表面的に検討するのではなく、個々の採石計画ごとに、採石法三三条の四の規定に基づき、広範囲かつ多面的観点から影響を慎重に検討し、その認可の可否を判断するべきである。

(イ) 一般に環境への排出基準は、毒物、劇物のように一滴たりとも排出してはならないとするものと、下水処理水のように濃度規制を課すものとがある。本件基準書の目的は、採石に伴う汚濁水の排出を一定の濃度以下に抑制するものであることから、定性的規制に該当するところ、多数の採石事業が行われている賀田湾の現状からも明らかなように、業者数が多くなれば、個々の業者が排出する汚濁水の濃度の定性的基準を守っていても、汚濁負荷総量が増加し、環境に対する影響が許容できなくなる水準に達することは明白である。一方、現に事業を行っている業者に対する規制を行うと、業者の経営や雇用等に多大な影響を及ぼすおそれがある。そこで、環境の汚染が年々深刻化する現状を踏まえれば、今以上の悪化を事前に阻止するため、新規に業者から出された申請を認可するに当たっては、既存業者からの認可の更新申請に対する判断に比べ、より慎重を期す必要がある。

ウ 被控訴人

(ア) 行政指導について

控訴人県は、平成二六年六月一八日、本件事業地と至近の場所で採石業の認可申請を行った株式会社bに対して認可を出した。その際、控訴人県は、被控訴人に同月九日に送付したのと同内容を含む「採石事業計画認可申請に係る補正について」と題する文書を株式会社bに送付したが、株式会社bは、これに対して回答していない。このように、控訴人県は、株式会社bに対しては、同様の行政指導に対する回答を待たずに認可を出していることから、平成二六年六月九日の被控訴人に対する行政指導は、当審における主張を基礎付けるための便法にすぎないことが明らかである。

また、控訴人県は、平成二五年一月二五日に、本件認可申請に対する補正が完了していることを認めた上、平成二六年一月三〇日の弁論準備手続では本件認可申請が本件基準書に適合していることを認めている。控訴人県は、その上で、本件認可申請から二年以上経過後、取って付けたように上記行政指導をしているが、その内容は、本件認可申請の受理から二年以上も経なければ指示できないような内容ではない。これらのことからしても、上記行政指導は、後付けの主張を基礎付けるための便法にすぎず、認可を先延ばしする理由にはなり得ない。

さらに、上記行政指導の個々の内容についても、被控訴人が当初の申請で明らかにしていた最終計画を控訴人県の補正指示で削除させておきながら、再び提出するよう求めたり、不要だとして削除を求めた登山ルートの提出を求めるなど、認可の判断に不要なものばかりである。

株式会社bに対しては本件基準書に適合するか否かという観点のみで判断し、補正指示に対する回答も待たず書類審査だけで認可を出しておきながら、被控訴人に対してのみ、後付けの本件指示文書による確認と本件調査・分析を行うなどという理由により、認可を先延ばしするというダブルスタンダードが許される余地はない。

(イ) J教授及びK教授の意見について

J教授は、矢ノ川からの濁水パターンと中川からの濁水パターンが切り替わる機構は不明であるところ、降雨に応じて全て矢ノ川からの濁水パターンが発生するという前提で濁度を推定しており、恣意的な推論をしている上、濁度とSSの関係に関する分析も、不確実な前提に基づいた推論にすぎないことを認めている。

さらに、J教授もK教授も、本件認可申請を認可すれば被控訴人が既設採石場と同等の濁水を放流するという根拠のない仮定に基づく推論をしている。しかし、以下のとおり、本件採取計画の濁水対策は万全であり、漁業に影響を与えるような濁水が矢ノ川に放流されることはない。

(ウ) 濁水対策等

ⅰ 仮設沈砂池

本件採取計画では、平成二六年六月五日に発生した過去六年間中最大の日雨量である三九四mmの雨量であっても処理可能な容量の仮設沈砂池を設置する予定である。なお、沈砂池容量の計算で土粒子の粒径を〇・二mmとしているのは、本件基準書の想定に従ったものであるが、本件採取計画の仮設沈砂池は、表面積を基準とすれば粒径〇・〇二mmまで、底面積を基準としても〇・〇三mmまで処理可能である。この仮設沈砂池は、上部に放水口・余水吐を設置し、洪水調整池と同等の調整能力を備えるものである。洪水調整池であれば、河川への放流量を調整することにより、矢ノ川の水流調整にもつながり、基本的な浮遊物質の除去が終わった状態の上澄み水を放流口から徐々に放流することが可能であり、排出水は下流域に到達するまでの自然沈降により濾過され、尾鷲湾に濁水が流れ込むことは想定されない。これに対し、株式会社bは、単純に排出水を溜めるだけの沈砂池を設置するにとどまり、洪水調整池の設置までは行っていない。

また、本件採取計画では、仮設沈砂池の容量計算の前提となる処理水長を算出するに当たり、採取区域〇・三一二haだけではなく、濁水の発生原因となり得るその周囲の山林で標高が採取場より高い部分(オ)面積〇・四五七haも考慮した上で処理水量を計算しており、採取場以外の山林からの排出水も含めて対応可能である。

このほか、本件採取計画では、採取場の地形における高低差と流量計算に基づいて十分な流量を備えた水路を設置し、採取場からの排出水を全て仮設沈砂池に誘導して濁水処理を行い、トラックのタイヤ洗浄後の排出水も全て仮設沈砂池内に流し込んで処理する計画である。

これに対し、株式会社bの計画では、既設工の露頭部分がなだらかな平地になっており、高低差を利用して雨水の流れを一か所に集める形状にはなっておらず、処理水量の計算根拠にも疑問がある。

ⅱ モールコード

被控訴人は、仮設沈砂池に加え、モールコードも設置する予定である。

控訴人県は、モールコードの処理能力が不十分であるというが、その指摘は、沈砂池内での自然沈降による濁水処理という最も基本的な処理能力を度外視して、モールコードだけで処理した場合には処理しきれない可能性があるという筋違いなものにすぎない。

また、控訴人県は、モールコードで処理すべきSS量を九〇kg/hとしているが誤りである。すなわち、過去六年間で日雨量が最大(三九四mm)であった日の降雨パターンによれば、最大放流量は、〇・〇八四m3/Sであった。この最大放流量の濁水を処理するとして、そのSS濃度が既設採石場からの排出水と同等であったと仮定しても、SS濃度は九三・五mg/Lである。そうすると、処理すべきSS量は、多めに見ても三〇kg/hになる。被控訴人は、合計五四〇mのモールコードを設置する計画であり、この長さがあれば、上記濁水を処理することができる。

ⅲ バイオログ

被控訴人は、バイオログによる水質改善も行う予定である。

控訴人県は、バイオログの通水能力に問題があると指摘するが、濁水処理対策の基本は、本件基準書に基づく仮設沈砂池による自然沈降であり、バイオログは被控訴人が任意に設置することを決めた補助的な設備にすぎない。したがって、バイオログの通水能力を超える量の放流がされた場合にバイオログを通過せずに放流される可能性もあるが、既に自然沈降とモールコードによる濁水処理が完了している前提であるため何ら問題はない。

ⅳ ミズコシタロウ

ミズコシタロウは、仮設沈砂池設置後に貯水された水をくみ出す際などに利用する予定であり、その場合に一時間で全ての水を処理する必要はないから、一時間で処理する能力がないという控訴人県の指摘は失当である。

ⅴ 採取区域の面積等

本件採取計画の採取区域は三一二〇m2であり、株式会社bが採取区域として計画した一万五一五三m2の五分の一にすぎない。

加えて、既設採石場は数度の更新を繰り返しているため、既に採取が完了している施工済みの路頭部分を含めた濁水対策を行う必要があり、株式会社bが濁水対策をすべき既施工部分の面積と現行二年計画における採取区域の面積を合わせた露頭部分の合計は八万八六〇〇m2である。

これに対し、本件採取計画における露頭部分の面積は、株式会社bの上記露頭部分の面積の三・五二%にすぎない。

ⅵ 更新後の計画

本件認可申請に対応する採取計画は二年間であるが、被控訴人は、更新後の計画も見据え、採取区域が広がった場合には、茶碗のような形状のように掘り進めた山林の底の部分に十分な容量の沈砂池を設けて排出水の処理を行う予定である。

(エ) まとめ

このように、本件採取計画は、株式会社bの既設採石場に関する採取計画とは、採取区域の面積、採取区域の形状、排出水処理施設の処理能力等の諸点において全く内容を異にしており、本件採取計画に基づく採石事業が開始されると既設採石場の影響が二倍になるという仮定には根拠がない。

そもそも水質汚濁の要因は、採石事業に限られるものではなく、複数の要因が絡み合う環境問題の原因と結果に関する調査について、いまだ存在しない前提に仮定の上に仮定を重ねた見解によって本件認可申請の可否を決することはできないし、リアリティのない検証により本件認可申請に対する判断を行うことは許されない。また、控訴人には事後的な規制権限も与えられているのであり、そのような検証は、認可を出した後、事後的な検証として行うべき事項であり、事前に行うべき調査ではない。

したがって、本件採取計画を認可したとしても漁業に影響を与えるような濁水が矢ノ川に放流されることは想定されず、公共の福祉に反するおそれはないから、控訴人県は、他の既存業者に対して認可を出してきたのと同様の基準に則り、被控訴人に対しても直ちに認可の判断を行うべき義務がある。

(2)  乙事件について

ア 控訴人県漁連ら

(ア) 立証負担の軽減

採石事業による環境等への悪影響は、それが現実となった段階では回復不能である。したがって、被害者側に差止めのために悪影響が出るという証拠を求めるのは、「回復不能の損害発生を防ぐために、回復不能の損害発生を要求する」ことにほかならず、こうした事態を回避すべく規定された行政事件訴訟法三七条の四及び採石法三三条の四の趣旨を没却する。よって、このような不可逆的被害に対しては、立証負担を軽減すべきである。

また、採石場からの濁水が漁業被害を引き起こすこと、すなわち採石と漁業被害との因果関係については、損害賠償請求における因果関係の立証として求められる高度の蓋然性は不要である。行政事件訴訟法三七条の四が重大な損害を生ずる「おそれ」で足りるとしているのは、将来の予測に関する損害であることを考慮しただけでなく、立証の程度をも考慮した表現である。

(イ) 濁水自体による被害

昭和六〇年代頃までは、矢ノ川河口から湾中央にかけて多様な魚介類が漁獲されていたが、濁水の拡散に伴って漁獲量は年々減少し、近年にはほとんど漁獲できなくなった。

平成二三年の台風通過時には、矢ノ川から大量の濁水が流入して畜養マグロいけす周辺に流れ込み、壊滅的な被害が生じた。

このように、濁水による直接的な漁業・養殖業の被害が多発している。

(ウ) 濁水成分の沈降による被害

矢ノ川では、採石業により山林が浸食されているため、浸食のない山林と異なり、無栄養の無機態生物が流出し、河川水と淡水が混合される際に生じる沈降物に、この無機態成分が付着している。この沈降物は、無機態成分を含むため、栄養価が低く、底生生物のえさとして不適である上、自然分解されにくい。これが自然の自浄作用を超越すると、海底面へ過剰に堆積してヘドロ化するなどして底質の劣化が進行する。その結果、遊走子は着生できなくなり、藻場の形成は阻害され、海藻は枯死し、底生生物の成育場所やえさも枯渇する。

上記現象は、荒川久幸の論文「褐藻類Eisenia bicycles遊走子および配偶体の生残へ及ぼす海中懸濁粒子と堆積粒子の影響」や本田健二の論文「アラメ・カジメ海中林の光合成訴外を引き起こす懸濁物質濃度について」によっても裏付けられる。すなわち、これらの論文には、海底堆積粒子は、海藻の遊走子の着生、配偶体の生残、配偶体の成長を阻害し、堆積粒子の粒径が小さいほどその訴外の程度は大きくなること、懸濁物質は、海藻の光合成を阻害したり、海藻胞子(遊走子)を吸着して生育に適さない場所へ運んだり、岩礁帯に沈着して遊走子の着床を妨げたりすることが示されている。

さらに、矢ノ川河口付近の海水は、南岸に沿って湾外に向かう海流が優位であるところ、尾鷲湾の海中林の衰退は、南岸において顕著である。このことは、尾鷲湾における海中林の衰退が矢ノ川からの濁水、すなわち既存の採石場からの濁水によることを如実に示している。

(エ) 被害の将来予測

賀田湾では、採石事業者五社の採石活動によって、多量の土砂が湾内に流れ込み水産業が壊滅状態になった。尾鷲湾でも採石事業者が増えれば、被害が拡大することは容易に推測できる。異常気象に人為的な環境負荷が加わって環境改変が加速すると、自然の自浄作用を超越して取り返しのつかない事態になると予想される。

以上により、本件認可申請が認可されれば、控訴人県漁連らに「重大な損害が生ずるおそれ」があるというべきである。

イ 控訴人県

甲事件について主張したとおり、本件採取計画の認可がされた場合に、尾鷲湾の漁業に対して重大な悪影響を及ぼすおそれがあるかについては、専門的見地から科学的調査、分析が必要であり、相当の日数が必要である。したがって、いまだ「重大な損害を生じるおそれがある」(行政事件訴訟法三七条の四第一項)という差止めの要件は満たされていない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、甲事件についての被控訴人の請求のうち、不作為の違法確認の訴えに関する部分は理由があるが、義務付けの訴えに関する部分は理由がなく、乙事件についての控訴人県漁連らの請求はいずれも不適法であると判断する。

その理由は、以下のとおりである。

二  認定事実

認定事実については、次のとおり加えるほか、原判決「事実及び理由」欄第三の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  被控訴人による本件事業地の所有権取得

被控訴人は、本件申請書を提出した当時、本件事業地の元所有者との間で所有権移転時期が到来していなかったため、元所有者から本件事業地を賃借し、本件申請書には採石事業の権原は賃借権である旨記載していた。被控訴人は、平成二五年一月三一日頃、元所有者に売買代金を支払って本件事業地の所有権を取得した。

(2)  株式会社bに対する行政指導及び採取計画の認可

株式会社bは、遅くとも平成一八年六月頃から、本件事業地の西方約一kmの矢ノ川流域において採石法三三条の規定に基づく認可を得て営んでいた採石事業について、認可(平成二四年六月一八日付けで取得した認可)の期間終了が迫ったことから、その更新のために、平成二六年二月二六日付けで採取計画の認可を申請した。

処分行政庁は、株式会社bに対し、平成二六年三月二六日付けで、地質調査の有無や沈砂池拡大の意向の有無等の確認を求める補正指示をした。もっとも、処分行政庁は、同年六月一八日、この補正指示に対する株式会社bの回答を待たず、本件基準書に基づく審査以外には特別な調査をすることもなく、同社の採取計画を認可した。

(3)  被控訴人に対する行政指導

処分行政庁は、被控訴人に対し、平成二六年六月九日付けで行政指導をした(以下「第四回補正指示」という。)。その内容は、①本件事業地の所有権取得に伴う売買契約書等の提出、②地質の専門家による表土、風化岩量等の調査の有無の確認、③地形測量実施の有無の確認、④地質調査を行い、判明した土粒子の粒径により沈砂池面積の拡大を図ることについての見解、⑤採取場の最終形態を見越した計画の提示、⑥登山道路のルート図、構造を示す図面、⑦生産する間知石の加工場所・製品のヤード、現場事務所の設置場所の提示、⑧タイヤ洗浄設備で落としきれない汚水や未舗装林道への対策を求めるものである。そして、このうち②、④及び⑤は、株式会社bに対する平成二六年三月二六日付けの行政指導の内容と同じであった。

処分行政庁は、被控訴人から、上記行政指導に対する回答がなかったことから、同年一一月六日付けで改めてこれに対する回答を求めた。

さらに、処分行政庁は、被控訴人に対し、平成二七年一月一九日付けで行政指導をした(以下「第五回補正指示」という。)。その内容は、①仮設沈砂池の崩落防止等の安全性を確認するための資料、②モールコード・バイオログフィルターの実験結果や維持管理方法の資料、③最終計画の各提出を求めるものである。

(4)  本件採取計画における濁水対策等

ア 採取区域の面積等

矢ノ川流域には、本件事業地のほか、株式会社bの採石場が本件事業地から約一kmの地点にあり、それ以外の採石場はない。

株式会社bが平成二六年六月一八日付けで認可を受けた採取計画の採取区域の面積は一万五一五三m2であり、この採取区域を除く同社の施工済みの露頭部分の面積は七万三四四七m2である。

これに対し、本件採取計画の採取区域は三一二〇m2であり、既設採石場である株式会社bの施工済み露頭部分(七万三四四七m2)の四・二%程度である。もっとも、被控訴人は、本件採取計画に基づく採石事業が終了した後も、再度の認可申請をして採石事業を続ける計画であり、最終的な採取区域は、三万三〇四一・四七に及ぶ見込みである。

イ 仮設沈砂池の設置

被控訴人は、本件採取計画において、仮設沈砂池の設置を予定している。尾鷲地域において過去六年間で日雨量が最も多かった日は平成二六年六月五日であり、矢ノ川流域(株式会社bの採石場)の日雨量は、三九四mm/dであった。被控訴人の予定する仮設沈砂池の最大容量は一六五〇m2である。この容量は、上記最大日雨量を前提にしても貯水可能な容量である。被控訴人は、この処理水量を計算する際、集水面積として、採取区域〇・三一二haだけでなく、濁水の発生原因となり得るその周囲の山林で採取場より標高が高い部分の面積〇・四五七haを合わせた〇・七六九haを考慮した。

仮沈砂池の設置場所は、採取区域より標高の低い場所にある。そして、被控訴人は、本件採取計画において、採取区域の山林を茶碗のような形状になるように掘り進め、高低差により茶碗の底部分に集められた雨水を唯一の出口である進入路と水路を通じて仮設沈砂池に流し込む予定である。

この仮設沈砂池の設置場所は、処分行政庁が平成一二年七月七日にd株式会社の採取計画を認可した際、同社が仮設沈砂池の設置を予定した場所であり、特に崩落等のおそれがあるとは認められない。

被控訴人は、仮設沈砂池の上部には放水口・余水吐を設置し、万一想定外の雨が降った場合には、上部の濾過された上澄み水を放水口を通じて河川に徐々に放流することにより、河川への放流量を調整する機能を備えた洪水調整池と同等の調整能力が確保できるようにする予定であり、また、今後、認可が更新されて採取区域が広がった場合には、茶碗の底の部分に十分な容量の沈砂池を設けて排出水の処理を行う予定であるが、万一その沈砂池がオーバーフローを起こした場合には、唯一の排出水の出口が仮設沈砂池に通じているため、仮設沈砂池で対応することにしている。また、被控訴人は、雨だけではなく、トラックのタイヤ洗浄後の排出水も全て仮設沈砂池内に流し込んで処理することを計画している。

なお、株式会社bの仮設沈砂池は、被控訴人の予定している仮設沈砂池と次の点で大きく異なっている。すなわち、株式会社bは、採取計画において、沈殿池・沈砂池の計算の中で、既施工の露頭部分と採取区域を集水面積として考慮しているものの、被控訴人と異なり、周囲の山林の影響は考慮していない。また、株式会社bは、複数の沈砂池をもうけ、採石場の集水区域を区分してそれぞれの沈砂池に振り分け、振り分けられた集水区域の面積が対応する沈砂池の容量によって処理可能な範囲にある旨の計算をしているが、同社の既設採石場は、なだらかな平地になっており、高低差を利用して排出水を集める構造にはなっていない。そのため、排出水が上記区分に応じて各沈砂池に流入するとは認められない。株式会社bの仮設沈砂池からは、降雨時に沈砂池から濁水があふれて矢ノ川に流れ込む様子が観察されている。

ウ 仮設沈砂池の処理能力

被控訴人の計画する仮設沈砂池は、計算上は、次のとおり、大雨の際に、粒径〇・〇二mmの土粒子を沈殿除去し得る処理能力を備えている。

すなわち、前記イのとおり、尾鷲地域では、平成二六年六月五日に過去六年間の最大日雨量を記録したところ、同日の降雨パターンによる降雨があった場合、被控訴人の計画する仮設沈砂池では、最大で〇・〇八四m3/Sの放流が放水口①から一〇分間続く計算になる。そこで、仮設沈砂池で処理する水の量を最大で一時間当たり三〇〇m3(〇・〇八四×六〇秒×六〇分≒三〇〇)とすると、土粒子を全て沈殿除去するのに必要な仮設沈砂池の表面積は、土粒子の粒径が〇・二mmであれば四・〇m2、〇・〇三mmであれば一三六・四m2、〇・〇二mmであれば三〇〇・〇m2になる。被控訴人の計画する仮設沈砂池は、放流口①の高さにおける表面積が三〇一m2である。したがって、被控訴人の計画する仮設沈砂池は、過去六年間の最大日雨量を前提にしても、粒径〇・〇二mmの土粒子を除去し得ると認められる。なお、この仮設沈砂池は、表面(上部)が広く、底部が狭くなっているが、底面積一五〇m2を基準にした本件基準書より厳しい計算でも、〇・〇三mm以上の粒子であれば全て除去し得ることになる。なお、これより小さい粒子は、沈降速度が遅いため、一時間以内に沈殿させることはできないが、時間が経てば沈殿するため、全てが河川に流出するわけではない。

エ モールコード

被控訴人は、仮設沈砂池内に二mの長さのモールコードを一八個ぶら下げたものを一五セット設置する予定であり、モールコードの長さは合計五四〇mである。モールコードのSS捕捉量は、一m当たり一五〇gであるから、五四〇mであれば、八一kgのSSが捕捉できることになる。

他方、過去六年間で日雨量が最大であった日の降雨パターンによる仮設沈砂池の最大放流量は〇・〇八四m3/sである。そして、このときの時間雨量ピーク値は五三・五mm/hである。他方、時間雨量ピーク値(x)と尾鷲湾南側の濁度のピーク値(y)との間には、y=一・四三四三x-一四・三五四の関係がある。そうすると、過去六年間で日雨量が最大であった日の尾鷲湾南側の濁度のピーク値は六二・三八一ppmになる。また、尾鷲湾内の濁度をx、SSをyとした場合に濁度とSSの間には、y=一・一八五x+〇・一三七九の関係がある。したがって、濁度がピークに達したときのSS量は七四・〇五九mg/Lになる。そうすると、最大放流量〇・〇八四m3/sにほぼ相当する三〇〇m3/hに含まれるSSの量は、約二二kg/hになる。

以上によれば、被控訴人の設置するモールコードは、想定される仮設沈砂池の最大放流量の中に尾鷲湾南側の濁度がピークに達した時のSS濃度と同じ濃度SSが含まれていても、三時間以上SSを捕捉し続けられることになる。

オ バイオログ

被控訴人は、仮設沈砂池の放流口に直径〇・三m、長さ二mのバイオログを三本ずつ二列設置する予定である。バイオログ一m2当たりの処理量は一八m3/hであり、上記のとおりバイオログを設置し、処理面積が一・八m2であるとすると、バイオログによって処理できる水の量は三二・四m3/h(=〇・〇〇九m3/S)になる。そうすると、バイオログは、それ以上の量の水を通過させることができないから、まとまった雨が降り、〇・〇〇九m3/s以上の放流を要する場合には、利用できないことになる。

バイオログによる濁度低減率は、土粒子により異なるが、最大四五%である。

カ ミズコシタロウ

被控訴人は、フィルター濾過装置であるミズコシタロウを使うことを予定している。ミズコシタロウの処理能力は、最上級機種で四〇~六〇m3/hである。被控訴人は、ミズコシタロウにより、仮設沈砂池完成前の雨や仮設沈砂池完成後の沈砂池の水の処理をする予定であり、単独で短時間に大量の濁水処理をすることは想定していない。ミズコシタロウは、濾過により濁度五〇二mg/Lの水質を二mg/Lまで改善したことがある。

キ 土粒子の粒径

本件基準書は、沈澱池の規模の計算例において、土砂の粒径が〇・二mm以上である場合を紹介している。

処分行政庁は、これまで矢ノ川流域の採石計画の認可申請に対し、除去する土粒子の粒径を〇・二mmとして計算した濁水計画のもとに採石計画を認可してきた。処分行政庁は、本件認可申請後にされた株式会社bからの認可申請に対しても、粒径〇・二mmによる濁水計画を前提に、採石計画を認可している。

しかし、尾鷲湾の南方約一〇kmに位置する採石場(古川流域)で、採石場の沈砂池から流出する濁水中の粒度分布は、通過質量百分率六〇%において粒径〇・〇二mmであったことが観測されている。もっとも、この観測では、対象となった沈砂池の処理能力はもちろん、沈砂池によって除去される前の土砂の粒度分布や、採石場からの排出水中の粒径〇・〇二mmの粒子の割合なども不明である。また、上記粒度分布は、古川にある既設採石場の沈砂池流出口(河口から四km上流)で観測されたものであるところ、証拠<省略>によれば、ある一定の日雨量に対する矢ノ川の既設採石場直下の日平均濁度と尾鷲湾南側の日平均濁度を比較すると、後者は前者の一〇分の一であったと認められる。

これらのことからすると、本件採取計画に関し、発生する土粒子が粒径〇・〇二mmであることを前提に本件採取計画の審査をするべきであるとはいえないが、発生する土粒子の多くが粒径〇・〇二mmであると想定することもできない。

ク 他の採石事業者の排水の状況

三重県尾鷲建設事務所は、平成二一年に尾鷲市賀田・曽根地区において、採石事業による地域環境への影響を調査した。その結果、賀田湾に注ぐ古川及び平谷川流域における三社の採石場の沈砂池において、流入水と比較した放流水のSSは、各社とも概ね一〇分の一以下であったが、その減少の程度や放流水のSSは業者や採取する沈砂池ごとに大きく異なり、平成二一年一一月一一日午前五時(降雨一七時間)の放流水のSSは、e株式会社(二か所)では一四〇〇mg/Lと五三〇mg/L、株式会社fでは五二〇〇mg/L、株式会社g(二か所)では二六〇〇mg/Lと二七〇mg/Lであった。

(5)  J教授の意見書

J教授は、平成二六年九月二七日、処分行政庁に対し、「新採石場設置に伴う尾鷲湾の濁水問題への意見書(平成二六年度調査結果を踏まえて)」と題する意見書を提出した。J教授は、この意見書において、降雨に対応して矢ノ川と尾鷲湾の濁度が増加していること、矢ノ川上流に比べて矢ノ川下流の時間平均濁度が著しく高く、既設採石場からの土砂流出の影響が考えられ、採石場直下の濁度の増加を確認できること、日平均濁度で見ても、採石場直下(矢ノ川下流)の濁度増加は著しいこと、時間雨量ピーク値と矢ノ川下流の時間濁度ピーク値の相関は高く、時間雨量ピーク値と尾鷲湾南側の濁度のピーク値の相関も比較的高いこと、回帰式(一次式)の係数(直線の傾斜)で評価すると、ある一定の日雨量に対する採石場直下(矢ノ川下流)の日平均濁度は採石場上流の一六倍、矢ノ川河口の三倍であることなどを指摘し、既設採石場と同規模の施設が増設され、濁水処理(沈砂池)の効果も同程度であるなら、矢ノ川に供給される土砂量は二倍となるため、尾鷲湾の濁度(SS濃度)もほぼ二倍に増えると予想している。

もっとも、J教授は、この意見書において、尾鷲湾には矢ノ川と中川に起因する二種類の濁水パターンがあるところ、平成二五年九月四日から六日の雨天時は中川からの濁水パターン、平成二六年六月六日、同年七月九日、同年八月九日の雨天時は全て矢ノ川からの濁水パターンであったが、二種類のパターンが切り替わる機構は不明である旨述べている。

また、J教授は、降雨に応じて全て矢ノ川からの濁水パターンが生じると仮定した場合、尾鷲湾南側の濁度ピーク値が五〇ppm(SS濃度の換算式によれば五九・六mg/L)を超えるのは一年に三回、濁度の日平均値が一〇ppm(同SS濃度換算値は一二・〇mg/L)を超えるのは一年に三・六回であるとしている。

(6)  水産用水基準

社団法人日本水産資源保護協会は、水生生物の生息環境として維持することが望ましい基準として水産用水基準を設定して刊行し、改訂を行っており、平成二五年に水産用水基準七版(二〇一二年版)を刊行した。これによると、SSが三〇〇mg/Lになれば、ブリ、マダイ、マアジ、イシダイ、サヨリ、フグの行動に影響を及ぼす可能性があり、ブリ、クロダイ、マダイ、イシダイ、マコガレイ、スズキの成長に影響を及ぼすとされる。もっとも、水産用水基準には、雨天ピーク時の一時的な濁度の上昇が水産生物にどの程度の影響を及ぼすかについては記述されていない。

(7)  K教授の意見書

K教授は、平成二六年一一月一九日、「尾鷲湾の藻場に及ぼす濁水の影響についての考え方」と題する意見書を作成した。K教授は、この意見書において、実験例を紹介し、濁水が海域に流出した場合、透明度の低下及び濁水が海藻の表面に付着することにより、光不足になって海藻の生育阻害が起こるとともに、濁り粒子が海藻の胞子や遊走子を吸着することにより発芽能力が著しく阻害されて藻場が壊滅的打撃を受けることが予想されると述べている。K教授は、暖海性コンブ類のアラメやカジメの遊走子は、SS(泥による濁りの場合はほぼ濁度に相当する。)が三mg/L以上の濃度で影響が出始め、二〇mg/Lで遊走子の海底への着生量が七五%減少するとされているところ、この数値は一過性の濁水を想定した実験であり、濁水が断続的に流出すれば影響はさらに強くなり、生態学的にも水産的にも重要な藻場が壊滅的な打撃を受けることが十分予想されると述べている。

(8)  荒川久幸ほかの論文

荒川久幸、松生治の論文「褐藻類カジメ・ワカメの遊走子の沈降速度および基質着生に及ぼす海中懸濁粒子の影響」は、現実に藻場の枯死した海域(茨城県那珂川河口海域)の懸濁粒子濃度は二〇ppmであることを紹介し、実験結果の分析から、懸濁粒子が二〇ppmの場合、遊走子の減少は七五%に達することなどを示している。

荒川久幸、松生治の論文「褐藻類ワカメ・カジメ遊走子の着生と成長、生残および成熟に及ぼす海底堆積粒子の影響」は、遊走子及び配偶体の減耗率は、基質上の粒子の堆積量が〇・一三mg/cm2で五〇%、〇・四九mg/cm2で九〇%に達し、一・〇mg/cm2で全ての個体が減耗することを示している。同論文で示された懸濁物質濃度(mg/L)とスライドグラス上への粒子堆積量Y(mg/cm2)との間の関係式によれば、粒子堆積量〇・一三mg/cm2をもたらす懸濁物質濃度は八一・六mg/L、一・〇mg/cm2をもたらす懸濁物質濃度は一八一・六mg/Lになる。

荒川久幸、森永勤の論文「褐藻類ワカメ・カジメ遊走子群の分散に及ぼす海中懸濁粒子の影響」は、数値シミュレーションにより、カジメ遊走子の着底密度分布を調べ、半径一五mでの遊走子着精密度がカジメの藻場の形成に必要だと仮定すると、一〇mg/Lの懸濁海水中では、濾過海水中に比べて藻場の形成面積が一/一〇に減少するという結果を示している。

荒川久幸の論文「褐藻類Eisenia bicyclis遊走子および配偶体の生存へ及ぼす海中懸濁粒子と堆積粒子の影響」は、海中の懸濁粒子及び堆積粒子が遊走子の基質着生や生残を阻害しているとし、アラメ遊走子はカジメより基質着生の能力が高く、アラメはカジメより配偶体上へ粒子が堆積した場合の生残率も高いことなどを示している。

伊東未来の論文「海底堆積粒子の量および粒径が褐藻類アラメの遊走子着生と配偶体の成長・生残へ及ぼす影響」は、堆積粒子が遊走子の着生や配偶体の成長及び生残へ及ぼす影響は、粒径が小さいほど大きいことを示している。

本田健二の「アラメ・カジメ海中林の光合成訴外を引き起こす懸濁物質濃度について」は、K・栗藤和治の文献を引用し、濁水が海藻に及ぼす影響として、懸濁物質が海藻の葉体面に付着することによる光合成阻害、海水との間のガス交換阻害、懸濁物質が海藻胞子を吸着し生育に適さない場所へ運ぶこと、懸濁物質の岩礁帯への付着による着床阻害、海水中の光透過の減衰を指摘している。

(9)  Lの意見書

ア Lは、平成二六年七月二三日頃、「尾鷲湾及び矢ノ川の環境・漁業・養殖業の状況」と題する意見書(以下「L意見書」という。)を作成した。

同意見書の内容は、尾鷲湾では、一定の降水があると矢ノ川流域の既存採石場から濁水が恒常的に流出して尾鷲湾に流入しており、矢ノ川からの濁水には無機態成分を含む沈降物が含まれているため、底生生物のえさとして不適である上自然分解されにくく、これが自然の自浄作用を超越して沈降すると海底面へ過剰に堆積してヘドロ化するなどして底質の劣化がますます進行し、藻場の形成阻害や底生生物の成育場所やえさの枯渇を引き起こし、生態系、漁業、養殖業に多大な被害を及ぼしており、採石事業者の数が増えると尾鷲湾への負の影響が超大し、自然の自浄作用を超越して取り返しのつかない事態になることが危惧されるというものである。同意見書は、その根拠として、以下のとおり観測結果等を示している。

イ 尾鷲湾の南方約一〇kmに位置する採石場では、採石場の沈砂池から流出する濁水の粒子は粒径二〇μm(〇・〇二mm)が最も多く(沈砂池通過重量百分率六〇%)、沈砂池に流入した濁水の約四七%は沈降せずに沈砂池から流出して河道に沈降せずにそのまま海域へ流下する。別紙三<省略>で松木浩志ら「裸地を含む流域における濁水の発生に関する現地観測」を引用。)。

ウ 尾鷲湾北岸側のサガラメ(海中林)は消長を繰り返して増加する傾向にあり、南岸側のサガラメは減少し、近年わずかに分布が見られる傾向があるところ、これらサガラメの消長要因は、火力発電所からの温排水、養殖による水質悪化、河川からの濁水である。湾奥では藻類が減少しており、その原因は濁水に含まれる懸濁物質による遊走子の生残や着生の阻害にある。

エ 平成二五年一〇月八日に〇・五~五四・五mm/hの降雨があり、目視観察したところ、矢ノ川では既設採石場の沈砂池からあふれた濁水が矢ノ川に注ぎ込んでいた。採石場からの濁水は、数時間後に沈砂池の濁水が出尽くすと止まり、これ以降は矢ノ川の濁りは減少した。

オ 尾鷲湾の定置網のうち、最も湾内に位置する定置網の漁獲量は、二〇〇三年から二〇〇八年までは約八〇~二〇〇tで推移していたものの、二〇〇九年から年々減少して二〇一二年には約一九tと大きく減少している。この定置網の二〇一一年と二〇一二年の漁獲量を比較すると、降水量は、二〇一一年は多く二〇一二年は少ない傾向であり、このうち二〇一二年においては、降水量が多いと漁獲量は減少する傾向であった。降雨によって既存採石場から発生した濁りは尾鷲湾に拡散することは周知であり、降水量の多い月に漁獲量が減少すること、漁獲量は年々減少していることから、この定置網周辺の海域は、濁りによって何らかの影響を受けていることが危惧される。

カ 平成二三年九月三日に台風が通過し、尾鷲測候所では同日から雨が強くなり、同月四日までの累計降水量が約九三〇mmに達した。台風通過後、尾鷲湾南岸側のいけすで畜養されていたヨコワが大量に斃死していた。ヨコワは、視覚機能が低下する条件によっていけす網に接触若しくは衝突して死亡することから、このときも同様の行動が発生したことが示唆される。

キ 尾鷲湾のうち南岸側の漁業者にヒアリングを行ったところ、近年、湾中央の底質はヘドロ化して厚く堆積し、漁獲量が減少し、底質の変化により魚介類や藻類(ヒジキ)の分布が変化し、矢ノ川河口では平成一〇年以降はワタリガニやモンガニが獲れなくなり、矢ノ川流域のアユやウナギなども近年は全く獲れなくなったということである。

ク 賀田湾周辺住民のヒアリングでは、採石事業が大規模化した昭和五〇年代後半を境に海底面が泥化したため魚介類はほぼ見られなくなった、古川河口付近では、平成一〇年頃までは、クルマエビ、ヒラメ等の放流を行っていたが、この周辺の底質が泥質化して生残・成長しなくなり、大量に採れたアサリも採れなくなった、近年、賀田湾のうち特に湾奥部が浅くなり、出水時には濁水の拡散速度が一層速くなって養殖いけすが吹き上げられ、養殖魚が死ぬなどの被害が出ている、古川流域でも、川底の石に濁り成分が付き、アユが減り、ウナギが獲れなくなったなどの情報が得られた。

(10)  I教授への調査依頼

処分行政庁は、I教授が、「尾鷲市矢ノ川流入沿岸域の水棲生物に与える豪雨による急激な海水塩分の変化や土砂流入等の影響に関する意見書」において、矢ノ川流域の新たな採石場の造成が流域漁業等に及ぼす影響を判断するためには、大量降雨時における湾内の水環境の変化に対する継続的な観測などの項目について更に調査検討が必要であると指摘したことを受け、平成二六年六月一三日、I教授に対し、岩石採取場から河川、海へと流出した濁水の流域漁業等への影響に関して、意見書を作成することを依頼した。その調査結果に基づく意見書はまだ提出されていない。

三  甲事件の不作為の違法確認の訴えについて

(1)  控訴人県は、本件認可申請後、漁業への影響を調べるため調査委託などを行っており、今後も調査検討をしなければ漁業損害が発生するかどうかを判断できないことから、処分をするための相当な期間は、なお経過していないなどと主張している。

しかしながら、以下の事情を考慮すると、当審における口頭弁論終結時である平成二七年三月二五日の時点においてもなお処分行政庁が被控訴人からの本件認可申請に対する何らの処分もしていないことを正当化することはできないというべきである。

(2)ア  被控訴人は、岩石採取計画の認可申請に対する処分をするまでの通常要すべき標準的な期間を、「申請受理から六〇日間(ただし、申請書及び添付書類の補正に要する期間を除く。)」と定め、これを被控訴人の公式ホームページ上に公表している。

イ  控訴人県は、本件申請が出された後処分行政庁が行っている調査は、日本有数の多雨地帯である尾鷲地域において、特に梅雨時などにおいて、採石事業の土砂が流出し、尾鷲湾が汚濁し、深刻な漁業被害が発生する可能性があるか否かというものであると主張しているところ、証拠<省略>によれば、平成二五年には尾鷲地域では例年に比べて降雨量が極端に少なかったが、平成二六年八月九日に台風一一号が接近した際には、尾鷲市で一時間雨量八五・〇mmの猛烈な雨を観測したことが認められる。そして、平成二五年一一月に提出されたI教授の意見書には、今回は残念ながら降雨時の観測データがない、近年気象状況が劇的に変化しており、過去の観測データと大幅に異なるデータが採取される可能性があり、予測のためには最新のデータ採取が必要となる、などの記述があるが、平成二六年九月二七日に提出されたJ教授の意見書には、雨量の多かった日の尾鷲湾の濁水の状況や、既設の施設に加えて新たに採石場を増やした場合の影響についての検討結果が記載されている。そうすると、処分行政庁は、遅くとも平成二六年一二月末日の時点では、降水量に関する最新のデータに基づいて新規の採石認可申請に対する判断を行うことが可能な状態になっていたと認められる。

ウ  被控訴人は、当初の申請時点では登山道路のルート図を示す図面を提出したが、処分行政庁は、第一回補正指示において添付書類から除外するよう指示した。ところが、処分行政庁は、第四回補正指示及び第五回補正指示において、登山道路のルート図の提出を求めている。また、被控訴人は、当初は、二年計画にとどまらず、その後の更新も見据えた全体計画を示した申請書類を作成して提出したが、第一回補正指示により、処分行政庁から、二年経過後に関する部分は全て削除するように指示された。ところが、処分行政庁は、第四回補正指示により、被控訴人に対し、採取場の最終形態を見越した全体計画を示すように補正を指示した。

本件認可申請がされた後、処分行政庁は五回にわたって被控訴人に対する補正指示を行っているものの、その指示の内容には、その趣旨が必ずしも判然としないものや一貫性がないものが含まれていることが認められる。

エ  処分行政庁は、事後的な規制権限を有しているのであるから、事後的な規制権限を行使することによって実効的な濁水対策を実施することも可能であると考えられる。

(3)  以上によれば、当審における口頭弁論終結時である平成二七年三月二五日の時点においては、処分行政庁が本件認可申請に対する処分をするのに必要な「相当の期間」(行政事件訴訟法三七条の三第一項一号)が既に経過していたと認められるから、被控訴人の控訴人県に対する上記不処分についての違法確認請求は理由がある。

四  甲事件の義務付けの訴えについて

(1)  本件採取計画の漁業への影響の有無

ア 本件採取計画における濁水対策等

前記(二(4)ア)認定事実によれば、本件事業地からの排出水は、採取区域の露頭部分の面積からすると、同じ矢ノ川にある株式会社bの既設採取場からの排出水の四・二%程度にとどまる。そして、前記(二(4)イ)認定の本件事業地の地形からすると、本件事業地からの排出水は、全て仮設沈砂池に集められ、仮設沈砂池によって、粒径〇・〇二mmないし〇・〇三mm以上の土粒子は沈降除去されるから、仮設沈砂池は、想定外の大雨が降った場合に洪水調整池の機能を果たすことができると考えられる。また、本件採取計画では、モールコードを設置することにより、濁水処理能力をより高める手当がされており、バイオログについては、通水能力があまり高くないため、短時間で多量の放流を行う時には利用できないが、通水能力の範囲内では補助的な効果があるということができ、ミズコシタロウも、仮設沈砂池設置工事や仮設沈砂池に貯まった水の処理に有効であると考えられる。

以上によれば、本件採取計画では、計算上、粒径〇・〇二mmないし〇・〇三mm以上の粒子は全て除去でき、本件基準書で要求される以上の濁水対策が施されているということができるから、本件事業地から矢ノ川へ排出されるSSの量は、株式会社bの操業に伴って矢ノ川へ排出されるSSの量よりもはるかに少なくなると予想される。

もっとも、被控訴人の操業によって粒径〇・〇二mm以下の土粒子がどの位発生するかは不明であるところ、被控訴人の予定する濁水対策によって、〇・〇二mm以下の土粒子に対してどのような除去の効果が得られるかは、明らかではない。

したがって、被控訴人の予定する濁水対策を踏まえると、本件採取計画に基づく採石事業によって多量の土粒子が矢ノ川や尾鷲湾に流入することは想定し難いが、漁業損害の有無を判断するためには、〇・〇二mm以下の土粒子の除去などについて更に検討を進める必要があると認められる。

イ J教授の意見及び水産用水基準について

前記二(5)のとおり、J教授が平成二六年度の調査結果を踏まえて提出した意見書によれば、株式会社bの既設採石場からは、降雨時に土粒子が排出され、そのために矢ノ川及び尾鷲湾の濁度が増加していることが認められる。

もっとも、J教授は、尾鷲湾には矢ノ川と中川に起因する二種類の濁水パターンがあってこれらが切り替わる機構は不明であるとしているところ、前記(二(5))のとおり、降雨時に全て矢ノ川からの濁水パターンが生じると仮定した場合でも、尾鷲湾南側の濁度ピーク値が五〇ppm(SS濃度五九・六mg/L)を超えたり、濁度の日平均値が一〇ppm(SS濃度一二・〇mg/L)を超えたりするのは一年に三・六回である。そして、前記(二(6))のとおり、水産用水基準において、ブリやマダイの公道や成長に影響を及ぼすとされるSS濃度が三〇〇mg/Lであることや、水産用水基準には雨天ピーク時の一時的な濁度の上昇が水産生物にどの程度の影響を及ぼすかについては記述されていないことなどをも併せると、降雨時の既設採石場からの濁水が水産生物の減少をもたらしていると断定することはできない。

また、J教授は、新設される採石場が既設採石場と同規模で濁水処理(沈砂池)の効果も同程度であれば、尾鷲浦の濁度も二倍に増えると予想している。しかし、前記二(4)のとおり、本件採取計画の採取区域が株式会社bの既設採石以上の施工済み露頭部分の四・二%程度にすぎないことや、本件採取計画の仮設沈砂池が地形を利用して採取区域の雨水を全て仮設沈砂池に集める構造になっているなど濁水処理の効果が相当期待できることなどからすると、本件採取計画に基づいて採石事業が行われた場合に、降雨時の尾鷲湾の濁度が二倍に増えるとは推認できない。

したがって、J教授の意見によれば、降雨時の既設採石場からの濁水が尾鷲湾の濁度を増加させることは認められるものの、水産用水基準などを併せ考慮しても、既設採石場からの濁水によって水産生物が減少していると断定することはできない。そして、本件採取計画による採石事業が漁業に損害を及ぼすかどうかは、矢ノ川と中川の濁水パターンが切り替わる機構や、雨天ピーク時の一時的な濁度の上昇が水産生物に及ぼす影響、本件採取計画における濁水対策を踏まえた尾鷲湾の濁度増加の程度などが明らかにならなければ、判断が困難である。

ウ K教授の意見書について

前記二(7)のとおり、K教授の意見書によれば、暖海性コンブ類のアラメやカジメの遊走子は、一過性の濁水を想定した実験によっても、SSが三mg/L以上の濃度で影響が出始め、二〇mg/Lで遊走子の海底への着生量が七五%減少するとされており、濁水が断続的に流出すれば、影響はさらに強くなり、藻場に壊滅的な打撃が生じると予想される。

そこで、控訴人県が想定するような一〇〇mm/hの雨が降った場合のSSの量を計算すると、前記二(4)エの時間雨量ピーク値と尾鷲湾南側の濁度のピーク値との関係式及び尾鷲湾内の濁度とSSの関係式から、尾鷲湾内のSSは約一五〇mg/Lになる。そうすると、これが全て矢ノ川の既設採石場(株式会社b)に由来し、被控訴人の濁水対策が株式会社bと同程度であったとしても、前記採取区域の露頭面積が既設採石場の露頭面積の四・二%にすぎないことからすると、本件採取計画に基づく岩石の採取によって増加するSS濃度は六・三mg/L(一五〇mg/L×四・二%)を超えることはないと認められる。

加えて、前記二(4)ウのとおり、本件採取計画の濁水対策は、株式会社bの濁水対策とは大きく異なり、排出水に含まれるSSがはるかに少なく、仮設沈砂池によって、〇・〇二mmないし〇・〇三mm以上の土粒子は、計算上全て除去することができる。

もっとも、上記のとおり、暖海性コンブ類のアラメやカジメの遊走子は、一過性の濁水を想定した実験によっても、SSが三mg/L以上の濃度で影響が出始めるというのであるから、SS濃度が六・三mg/Lを超えることがなくても、既設採石場に新たな採石場が加わることにより、アラメやカジメの遊走子の着生などが阻害され、藻場に打撃を与える可能性は否定できない。また、本件採取計画の濁水対策によっても、〇・〇二mm以下の土粒子が流出する可能性があり、その場合にどの程度尾鷲湾の濁度が増加するかは検証されていない。

したがって、現時点で本件採取計画による採石事業が漁業に損害を与えるとは断定できないものの、その可能性を完全に否定することはできない。

エ 荒川久幸ほかの論文について

上記各論文によれば、海中の懸濁粒子が増えると、アラメやカジメなどの褐藻類の遊走子の着生や配偶体の成長、生残などが妨げられ、条件によっては藻場の形成が著しく阻害されると認められる。

もっとも、前記アのとおり、本件採取計画に基づく採石事業によって、どの位の大きさの粒径の土粒子がどの程度流出するかは不明であり、現時点で本件採取計画による採石事業が漁業に損害を与えるとは断定できず、漁業への影響の有無を判断するためには、更なる調査検討が必要であると認められる。

オ L意見書について

(ア) 濁水の発生と魚介類の減少

L意見書によれば、矢ノ川や古川の既設採石場からは、降雨時に濁水が流出し、尾鷲湾や賀田湾に達して濁りの原因になっていることは認められる。また、尾鷲湾や賀田湾では、魚介類が減少したり、その分布が変化したりしていることも認められる。しかし、以下のとおり、魚介類の減少が既設採石場からの濁水によるとまでは断定できない。

(イ) 本件事業地から発生する土粒子の量

L意見書は、松本浩志らの論文を引用し、採石場の沈砂池から流出する濁水の粒径は〇・〇二mmが最も多く、沈砂池に流入した濁水の約四七%はそのまま海域へ流下するとしている。また、L意見書は、平成二五年一〇月八日の降雨時に沈砂池からの濁水があふれて矢ノ川に注ぎ込んでいたと報告している。

しかし、前記(二(4)イ)認定の仮設沈砂池の容量などからすると、本件採取計画で計画された仮設沈砂池から濁水があふれることは想定しにくい。

また、前記二(4)アのとおり、本件採取計画の採取区域は、株式会社bの既設採石場の露頭部分の四・二%にすぎない。

さらに、J教授の分析によれば、ある一定の日雨量に対する矢ノ川河口の濁度は、採石場直下の濁度の三分の一であり、河川への沈降等により、河口では濁度が減少していると認められる。

また、松本浩志らの上記論文では、観測の対象となった沈砂池の処理能力や、沈砂池によって除去される前の土砂の粒度分布、採石場からの排出水中の粒径〇・〇二mmの粒子の割合などは不明である。

したがって、被控訴人の採石事業により、粒径〇・〇二mmの土粒子が多く発生するとは認められない。もっとも、本件事業地から発生する土粒子の粒度分布を具体的に判断する測定結果は見当たらず、本件事業地から発生する〇・〇二mm以下の土粒子が無視できるほど少ないということはできない。

以上によれば、本件事業地から発生する濁水は、既設採石場から発生する濁水よりもはるかに少ないと予想され、仮に漁業に影響を及ぼすとしてもその影響はごく限定的なものにとどまると考えられるが、実際に発生する土粒子の粒径や量を具体的に予想することは困難であることから、本件事業地から流出する土粒子が漁業に損害を与える可能性が全くないと断定することはできない。

(ウ) 海中林の減少

L意見書は、尾鷲湾南岸側のサガラメが減少していることを指摘している。

しかし、その要因としては、火力発電所からの温排水、養殖による水質悪化、河川からの濁水という複数の要因が挙げられており、採石場からの濁水が主な原因であるとまでは認められず、その原因を究明するためには、更なる調査が必要であると認められる。

(エ) 定置網の漁獲量

L意見書は、尾鷲湾の定置網のうち、最も湾内に位置する定置網の漁獲量が平成二一年(二〇〇九年)以降年々減少していることや、平成二四年(二〇一二年)に降水量が多いと漁獲量が減少することから、濁りによる影響があると指摘している。

しかし、株式会社bは、少なくとも平成一八年六月までには操業を開始しており(なお、証拠<省略>では、採石事業の開始は昭和六〇年代中頃とされている。)、漁獲量減少の時期からは、採石事業との関連は認められない。また、L意見書においても、平成二三年については、降水量が多いと漁獲量が減少するという関係は見られない。これらのことからすると、採石事業の濁水が尾鷲湾南側の漁獲量に影響した可能性はあるものの、採石事業の濁水によって漁獲量が減少したという関連性を認めるまでには至らず、その関連性を判断するためには、更に調査検討をする必要がある。

(オ) 畜養いけすへの影響

L意見書によれば、尾鷲湾南側のいけすで畜養されていたヨコワが平成二三年九月三日から四日にかけての台風で大量に死んでおり、その原因は濁水にあることが推認される。

しかし、尾鷲湾では、矢ノ川からの濁水パターンのほか、中川からの濁水パターンも生じるところ、上記台風の際の濁水パターンがそのどちらであったかは不明である。なお、上記いけすの付近は、矢ノ川からの濁水パターンだけでなく、中川からの濁水パターンでも濁水が生じると認められる。

したがって、上記被害が既設採石場の濁水によって生じたと断定することはできない。

(カ) 尾鷲湾南側の漁業者のヒアリング

L意見書の漁業者のヒアリングによれば、近年、湾中央の底質がヘドロ化して漁獲量が減少していると認められ、その原因は、既設採石場からの濁水の可能性があるということができる。

しかし、底質の変化や漁獲量減少の推移については、その時期や数量を明らかにする具体的な調査結果はなく、採石場の操業時期や採石場からの排出水の濃度との関連を示す資料もない。

したがって、尾鷲湾の底質の変化や漁獲量の減少が既設採石場からの濁水によって生じていると断定することはできない。

(キ) 賀田湾の住民のヒアリング

賀田湾周辺住民のヒアリングによれば、漁獲量の減少や底質の変化などが認められ、昭和五〇年代後半の採石事業の本格化と近接した時期に魚介類が減少したことがうかがわれる。

しかし、漁獲量減少の時期や数量を明らかにする具体的な調査はされていない。また、このヒアリングの中では、採石事業の排水が流れ込む古川河口付近では、平成一〇年頃までクルマエビやヒラメが放流され、アサリが大量に採取できたという情報も寄せられている。

以上によれば、賀田湾においても、現時点において、底質の変化や漁獲量の減少が既設採石場からの濁水によって生じていると断定することはできない。

カ I教授の意見等について

I教授は、前記(原判決二九頁八行目以下)認定のとおり、被控訴人の採石事業による漁業の影響についての可能性を指摘しつつ、「しかしながら、断定的な判断を下すためには現在までのところさまざまな情報量が依然として不足しており、下記の事柄等について更に詳細で緻密な検討が今後必要とされる。」として大量降雨時における湾内の水環境の変化に対する継続的な観測などの項目について、更なる調査検討の必要性を指摘している。

そして、控訴人県は、前記(二(10))のとおり、上記意見を踏まえ、I教授に濁度別・塩分濃度別の魚への影響につき、実験調査及び意見書作成を依頼している。

キ 本件採取計画に基づく岩石の採取による漁業への影響

本件採取計画による採石事業が漁業に損害を及ぼすかどうかに関しては、矢ノ川と中川の濁水パターンが切り替わる機構や、雨天ピーク時の一時的な濁度の上昇が水産生物に及ぼす影響、本件採取計画における濁水対策を踏まえた尾鷲湾の濁度増加の程度などが明らかにならなければ、判断が困難であり、現時点では、本件の全証拠を検討しても、底質の変化や漁獲量の減少と既設採石場からの濁水との間に関連性があると断定することはできない。

他方、既設採石場からは降雨時に濁水が発生し、尾鷲湾の濁度を増加させていることや、濁度が増加すれば、魚類の生育に影響を与えたり、藻場の形成に大きな打撃を与えたりすることがあり得ること、尾鷲湾や賀田湾の漁獲量は年々減少しており、既設採石場からの濁水がその原因になっている可能性があることなどを認めることができる。

また、本件採取計画による濁水対策は、株式会社bの既設採石場の濁水対策よりも優れていると認められるものの、粒径〇・〇二mm以下の土粒子に対しては、十分な効果を発揮するかどうか不明であり、本件事業場からの濁水によって尾鷲湾に影響が生じないとは言い切れない。

(2)  本件基準書について

本件基準書は、排出水に関する項目を設け、場外への排出水については、水質汚濁防止法及び関係条例に基づく基準が適用される場合にはそれに適合するように処理し、適用がない場合においても下流において災害を起こさないように沈殿池等の処理施設で処理して排出することを規定しており、汚濁処理施設について、その構造や備えるべき性能等を具体的に示している。そして、本件基準書には、気象等の地域特性や環境生物への影響についての明示的な記述はないものの、排出水については水質汚濁防止法及び関係条例に基づく基準が適用される場合にはそれに適合するよう処理することや汚濁水処理施設は十分な処理能力を有するものとすること等を定めており、気象等の地域特性や環境生物への影響を無視するものではない。

他方、前記認定事実によれば、本件基準書の定める基準に基づいて岩石採取計画の認可を受けた株式会社bの既存採石場からは、降雨時に濁水が発生し、矢ノ川の降雨時の濁度は、採石場上流に比べて採石場直下が著しく高く、その原因は、沈砂池から濁水があふれたり、濁水が漏れたりするためであると認められる。

以上によれば、本件基準書の定める基準は、基本的な合理性を有すると認められるが、認可の申請に係る岩石の採取が農業、林業若しくはその他の産業の利益を損じるか否かの判断に当たっては(採石法三三条の四)、単に本件基準書の定める基準を満たしているか否かを形式的に判断するにとどまらず、地形や採石地と沈砂池の位置関係等の具体的状況を考慮し、計画されている濁水対策が実効的なものであるか否か等についても検討する必要があると認められる。

(3)  義務付けの訴えについて

ア 採石法三三条の四は、「都道府県知事は、第三三条の認可の申請があった場合において、当該申請の係る採取計画に基づいて行う岩石の採取が他人に危害を及ぼし、公共の用に供する施設を損傷し、又は農業、林業若しくはその他の産業の利益を損じ、公共の福祉に反すると認めるときは、同条の認可をしてはならない」と規定している。また、採石業の実施が地域社会に与える影響が大きいことに鑑み、同法三三条の六は、「都道府県知事は、第三三条の認可又は前条の第一項の規定による変更の認可に係る処分をする場合は、関係市町村長の意見をきくとともに、これらの処分をしたときは、その旨を当該市町村長に通報しなければならない。」と定めている。また、同法三三条の七第一項は、都道府県知事が、第三三条の認可又は第三三条の五第一項の規定による変更の認可に当たって条件を附することができる旨を定めている。

イ そして、本件においては、前記(原判決八頁一九行目以下)のとおり、尾鷲市長が、採石法三三条の六に基づく意見聴取に対し、尾鷲市においては、採石事業に伴う土砂の流出による漁業への影響や粉じん・騒音の発生等が深刻な問題となっており、既存の採石事業に加えて新たな採石事業が行われた場合、濁水の発生や水道水源への影響などこれまで以上の環境負荷がかかることが危惧されることなどを指摘し、市民や市議会から反対の意が示された事実を重く受け止め、本件採取計画には極めて厳しい判断をせざるを得ない、本件採取計画に対する水産業関係者や市民の理解が得られないことは明らかで、同意形成は不可能であることから、格別に慎重な処分を望む、などと記載した意見書を提出し、その後、被控訴人から甲事件の訴えが提起され、処分行政庁が、前記(原判決二七頁七行目以下)のとおり、三重大学大学院生物資源学研究科や四日市大学環境情報学部等に対し、岩石採取場から河川、海へと流出する濁水の拡散による水質への影響等に関する調査を依頼し、一方、乙事件の訴えを提起した控訴人県漁連らからは、Lの意見書が提出されるという経過をたどっている。

ウ 控訴人県及び控訴人県漁連らから提出された意見書に基づく検討の結果は前記(1)キのとおりであり、本件全証拠を検討しても、漁獲量の減少と既設採石場からの濁水との間に関連性があるとは断じ難く、他方、本件事業場からの濁水によって尾鷲湾に影響が生じないとは言い切れないが、今後の調査検討の結果いかんでは、採石場から排出される濁水の漁業への影響の有無についての解明が進む可能性がある。被控訴人が計画している濁水対策が実施されれば、本件事業地から発生する濁水は、既設採石場から発生する濁水よりもはるかに少ないと予想され、仮に漁業に影響を及ぼすとしてもその影響はごく限定的なものにとどまると考えられるが、実際に発生する土粒子の粒径や量を具体的に予想することは困難であることから、本件事業地から流出する土粒子が漁業に損害を与える可能性が全くないと断定することも困難である。

エ そうすると、本件全証拠によっても、処分行政庁が本件申請を認可すべきか否か、認可する場合に条件を附すべきか否か、条件を附して認可する場合にどのような条件を附すべきかが一義的に明確になっているとは認め難いから、処分行政庁が当審の口頭弁論終結時である平成二七年三月二五日の時点において、本件認可申請について、被控訴人の申請どおりの処分をしなければならないとまでいうことはできず、申請どおりの処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると断定することはできない。

したがって、甲事件の請求のうち、処分行政庁に対し、被控訴人が平成二四年五月一日付けでした採石法三三条に基づく採取計画を認可することを求める義務付けの訴えは理由がない。

オ 被控訴人は、処分行政庁は、株式会社bに対しては本件基準書に適合するか否かという観点のみで判断し、補正指示に対する回答も待たず書類審査だけで認可を出しておきながら、被控訴人に対してのみ、補正指示を繰り返し、調査や分析を行う必要があるなどとして、認可を先延ばししているが、このようなダブルスタンダードが許される余地はないなどと主張する。

確かに、控訴人が被控訴人に対する補正指示を繰り返し、いまだに処分を行っていないことが違法であると認められることは前示のとおりであるし、また、証拠<省略>によれば、平成二四年一二月一九日に三重県議会定例会において採択された請願は、新規の採石、開発事業に対してのみならず、既存の採石、開発事業に対しても、海、河川等に泥水を流出させることのない十分な対策を講じるよう指導を徹底することを求める内容のものであり、平成二四年一〇月一七日付けの尾鷲市長の意見書においても、既存の採石事業も含めて改めて一層の指導強化を図ることが求められていることが認められるから、採石場から排出される濁水の拡散が環境に悪影響を及ぼすことを回避するためには、処分行政庁において既存業者に対しても適切な施策を講じる必要があると考えられる。しかしながら、株式会社bは遅くとも平成一八年から採石事業を行っている既存業者であること、前記(原判決九頁六行目以下)のとおり、尾鷲市議会が、本件採取計画の中止を求める旨の陳情書や「新規採石事業を認可しないように求める意見書」を採択し、その後、尾鷲市長から被控訴人の新規認可に対して慎重な配慮を求める意見書が提出されたこと等を考慮すれば、控訴人県が、株式会社bからの認可更新申請に対する認可に比べて被控訴人の新規申請に対する認可に当たってより慎重な態度で臨んでいること自体が不合理であると断ずることはできない。

したがって、被控訴人の上記主張は、採用の限りではない。

五  乙事件について

(1)  原判決の引用

乙事件に対する判断については、次のとおり当審における控訴人県漁連らの主張に対する判断を加えるほか、原判決「事実及び理由」欄の第三の三記載のとおりであるから、これを引用する。

(2)  当審における控訴人県漁連らの主張に対する判断

控訴人県漁連らは、採石事業による環境等への悪影響のような不可逆的被害に対しては、立証負担を軽減すべきであり、行政事件訴訟法三七条の四が重大な損害を生ずる「おそれ」と規定しているのは、立証の程度をも考慮した表現であると主張する。

しかし、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないから、通常の民事訴訟で求められる高度の蓋然性の立証を求めたからといって、「回復不能の損害発生を防ぐために、回復不能の損害発生を要求する」ことにはならず、行政事件訴訟法三七条の四の「おそれ」という文言に通常の意味と異なる立証の程度についての基準が含まれるとは解されない。また、同条二項は、損害の回復の困難の程度を損害の重大性の判断要素として挙げるにすぎず、これを立証の程度に反映させる趣旨であるとは解されない。

さらに、控訴人県漁連らは、平成二三年の台風通過時における畜養マグロの壊滅的な被害、近年の漁獲量の減少、藻場の形成阻害、賀田湾の採石活動による水産業への壊滅的影響を挙げ、異常気象に人為的な環境負荷が加わって環境改変が加速すると、自然の自浄作用を超越して取り返しのつかない事態になることが予想されると主張する。

しかし、前記(1)キのとおり、いまだ調査は不十分であり、現時点では採石事業によって漁業被害が生じているという関連性を認めることはできない。したがって、控訴人県漁連らの主張は採用できない。

控訴人県漁連らは、以上のほか、当審において種々の主張をし、各書証を提出するが、いずれも前記判断を左右するには至らない。

第四結論

以上によれば、甲事件についての被控訴人の請求のうち、不作為の違法確認の訴えは理由があるから認容すべきであるが、義務付けの訴えは理由がないから棄却すべきであり、また、乙事件についての控訴人県漁連らの訴えはいずれも不適法であるから却下すべきである。

よって、甲事件についての控訴人県の控訴のうち、義務付けの訴えに関する部分は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却すべきであるが、不作為の違法確認の訴えに関する部分は理由がないから控訴を棄却することとし、乙事件についての控訴人県漁連らの控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 孝橋宏 裁判官 戸田久 森淳子)

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