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名古屋高等裁判所 平成26年(行コ)68号 判決 2015年9月17日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人知事は,木曽川水系連絡導水路事業に係る費用負担金のうち,流水の正常な機能の維持(異常渇水時の緊急水の補給)に係る愛知県の負担金の支出命令をしてはならない。

3  被控訴人企業庁長は,木曽川水系連絡導水路事業に係る費用負担金のうち,愛知県水道用水に係る負担金の支出をしてはならない。

第2事案の概要

1  木曽川水系における水資源開発基本計画(以下「木曽川水系フルプラン」という。)の第4次計画(以下「本件フルプラン」という。)等に基づく木曽川水系連絡導水路事業(揖斐川上流に建設された徳山ダムに確保される水の一部を木曽川及び長良川に導水するための水路(以下「本件導水路」という。)等を建設する事業(以下「本件導水路事業」という。)に関して,愛知県は,独立行政法人水資源機構法(以下「機構法」という。)に基づき,①流水の正常な機能の維持に係る費用負担金として,流水の正常な機能の維持と増進をその目的に含む水資源の開発又は利用のための施設の新築等に要する費用の一部及び同施設の管理等に要する費用の一部を負担し,②新規利水の供給に係る費用負担金(愛知県の水道用水に係る負担金)として,水資源の開発又は利用のための施設の新築等の業務の実施により生じる施設(以下「水資源開発施設」という。)の新築及び管理等に要する費用の一部を負担するものとされている。本件導水路事業の目的は,(A)流水の正常な機能の維持(異常渇水時の緊急水の補給による河川環境改善のための流量確保)及び(B)新規利水(水道用水及び工業用水)の供給とされている。

本件は,愛知県の住民である控訴人らを含む1審原告ら92名が,被控訴人知事が上記①の負担金の支出命令をすること及び被控訴人企業庁長が上記②の負担金の支出をすること(以下,上記①の負担金の支出命令と上記②の負担金の支出を併せて「本件各支出」という。)は違法である旨主張して,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,被控訴人知事に対して上記①の負担金の支出命令の差止めを求めるとともに,被控訴人企業庁長に対して上記②の負担金の支出の差止めを求める住民訴訟である。

原審は,被控訴人らが本件各支出を行うことが違法であるとはいえないとして,1審原告らの本訴請求をいずれも棄却した。そこで,1審原告ら92名が控訴した。その後,同92名のうち14名が控訴を取り下げた。

2  関連法令等の定め,前提事実,争点及び当事者の主張は,3のとおり,控訴人らの当審における補充主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」の2,3,4(2),5(2)に記載するとおりであるから,これを引用する。

3  控訴人らの当審における補充主張(本件各支出の違法の有無について)

(1)  違法性判断の枠組みについて

ア 財務会計上違法となる瑕疵の要件

前提となっている原因行為が著しく合理性を欠いている場合においては,予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するのであり,原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反して瑕疵を帯びるといえるのであって,それに加えて,原因行為に係る当該瑕疵を是正又は解消できる蓋然性が大きいという事情があることは,瑕疵の要件として何ら必要がない(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁(以下「一日校長事件最高裁判決」という。)参照)。

本件納付通知等を基礎付ける本件事業実施計画をさらに基礎付けている計画は,本件フルプラン以外にもあり,流水の正常な機能の維持については,本件河川整備基本方針と本件河川整備計画がこれに当たる。そうすると,本件河川整備基本方針と本件河川整備計画が著しく合理性(社会通念上の妥当性)を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するならば,これらに基礎付けられている本件事業実施計画及びそれに基づいている本件納付通知等も著しく合理性を欠き,予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するといえるのである。そして,本件事業実施計画に関しては,国の治水関係用途の交付金の一部を負担する都道府県において事業からの撤退,河川整備基本方針や河川整備計画の是正,変更をすることができるとする制度がない。それなのに,都道府県が当該瑕疵を是正又は解消できる蓋然性が大きいという事情があることを瑕疵の要件とすることは,原因となっている計画に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるにもかかわらず,都道府県に制度上できないことを要求して支出を強いるものであって,不合理である。

イ 瑕疵を是正又は解消できる蓋然性が大きいという事情について

本件河川整備基本方針や本件河川整備計画が著しく合理性(社会通念上の妥当性)を欠いている場合,その作成に裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用があるとして違法となるのであり,同時に,地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する特段の事情もあるといえるから,本件河川整備基本方針や本件河川整備計画は違法で効力がなく,これに基礎付けられる費用負担金の負担を定めた本件事業実施計画も違法で効力がないことになる。そうすると,これに基づく本件納付通知等に対して納付するということは,財務会計法規上の義務に違反して違法となり,それなのに,納付義務の不存在確認を求める公法上の法律関係訴訟を提起するなどしないで,違法な原因に基づく納付を拒否する権利を行使することなく漫然と納付することも,財務会計法規上の義務に違反して違法となる。上記のとおり,著しく合理性を欠いていてその作成に裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用があるとして違法である本件河川整備基本方針や本件河川整備計画については,国土交通大臣ないし機構によって改められるのであり,それがされなければ,都道府県が国土交通大臣等に対し,著しく合理性を欠いていることについて証拠と事実によって真摯に働き掛けることにより,国土交通大臣等において是正又は解消がされるのである。そうすると,流水の正常な機能の維持に係る費用負担金については,客観的にみてその納付義務を解消することができる特殊な事情があるといえるのであり,そのような働き掛けを真摯に行うことなく,同負担金を漫然と納付することも,財務会計法規上の義務に違反して違法となる。(以上,最高裁判所平成20年1月18日第二小法廷判決・民集62巻1号1頁(以下「丹後地区土地開発公社最高裁判決」という。),その第2次上告審判決である同平成21年12月17日第一小法廷判決・集民232号707頁各参照)

そして,上記の理は,新規利水の供給に係る水道等費用負担金ないし本件フルプランについても同様に妥当する。そうすると,瑕疵を是正又は解消できる蓋然性が大きいという事情があることを瑕疵の要件に加えたとしても,本件においては同要件を満たすことになる。

ウ 本件導水路事業から撤退する旨の通知により本件各支出の義務を免れることの可否

事業実施計画記載の事業のうちの水道若しくは工業用水道の特定利水に関わる部分は,当該利水者の権利的なものであるから,事業からの撤退の通知は権利の放棄に当たり,当該利水者の事業から撤退する通知が機構に到達すれば,撤退の効果が生ずることになる。また,特定多目的ダム法(以下「特ダム法」という。)では,ダム使用権設定予定者のダム使用権設定申請の取下げが明記されており(12条),これにより事業からの撤退の効果が発生する。そうすると,機構の水資源開発施設についても,特ダム法に基づく多目的ダムと同じく水資源開発基本計画の定めに基づいて建設される施設であるから,上記の法理はこれにも妥当し,事業からの撤退通知が機構に到達すれば,撤退の効果が生ずる。そして,撤退を通知した者は,「流水を水道若しくは工業用水道の用に供しようとする者」(機構法25条1項)ではなくなり,「事業からの撤退をした者」(同項括弧書き)となるので,事業に参加する者が負担しなければならない水道等費用負担金の負担義務はなくなるのである。撤退通知によって事業からの撤退が決まると,これにより事業実施計画は変更されることになるが,それは,撤退者のための部分を除いて事業を縮小するものとなり,その結果,残存利水者等の水道等費用負担金等は縮小した事業内容に応じたものとなり,事業から撤退した者は水道等費用負担金を負担せず,縮小後の事業で不要となるものがあるときの水道等撤退負担金(不要支出額と残存利水者等の他用途の費用負担のうちの投資可能限度額を超える額の合計。機構法施行令30条2項)を負担すればよく(機構法25条1項),水道等費用負担金を負担及び納付する義務はないのである。

残存利水者の水道等費用負担金は,撤退による事業の変更前も変更後も,事業として必要なものについて,同じく機構法施行令30条1項に基づく分離費用身替り妥当支出法によって算出されるのであるから,残存利水者は,変更後の事業の水道等費用負担金の負担について当然同意するのである。また,国土交通大臣は,法令に基づいて記載事項の変更がされた事業実施計画に対する認可を当然するのである。そうすると,撤退による事業変更について,残存利水者の変更後の事業について費用負担の同意や変更,事業実施計画に対する国土交通大臣の認可が得られる見込みを問題とする必要はない。また,機構法には,事業から撤退するのに機構あるいは国土交通大臣の承認を要する旨の規定は存在しない。残存利水者の同意や国土交通大臣の認可は,事業からの撤退通知により撤退の効果が発生することを前提とした上で,事業実施計画の変更ないし変更された事業実施計画の費用負担について問題となるにすぎず,事業からの撤退を認めるかどうかに係るものではない。

したがって,事業からの撤退を通知すれば,本件事業実施計画は当然に縮小変更され,上記通知をした者については,事業に参加する者が負担しなければならない水道等費用負担金を負担する義務がなくなり,少なくとも負担する必要はなくなって納付する義務がなくなるのである。

(2)  本件各支出の財務会計法規上の違法の有無について

ア 流水の正常な機能の維持の必要性について

(ア) 河川維持流量の設定に関する経緯等の考慮について

a 今渡地点は,飛騨川が木曽川と合流した直下流にある今渡ダムの直下流地点(木曽川河口から約70㎞地点)であり,その下流には木曽川大堰(同約26㎞地点)と木曽成戸地点(同約24㎞地点)がある。木曽川の塩水遡上は,せいぜい上記の木曽川大堰の直下流までであって,その標高等からみても,木曽川大堰を超えて今渡地点まで塩水が遡上することはない。「木曽川水系河川整備基本方針(案) 流水の正常な機能を維持するため必要な流量に関する説明資料(案)〔木曽川編〕」(以下「基本方針説明資料」という。乙47)でも,塩化物イオン濃度の観測は,同13.8㎞地点で行われている。そうすると,今渡地点において,ヤマトシジミが生存できる塩化物イオン濃度の限界値である1万1600㎎/Lを上回らないようにするために,概ね50㎥/sの流量を確保するという必要はない。

b 木曽川の成戸地点の基準流量50㎥/sというのは,製紙工場からの排水を希釈して公共用水域である河川の水質濃度を下げさせるために河川水を使うためのものであるが,それは,1960年代の古い工場排水対策によるものである。現在では,製紙工場から河川等公共用水域への排水については,規制が強化されて大きく改善されているが,工場排水を河川水で希釈することは,発生原因者負担の原則に反し許されるものではない。

c 本件河川整備基本方針や本件河川整備計画において定められた河川維持流量について,木曽成戸地点の基準水量は,既存の水利権を尊重して,あるいはこれと調整して設定されたものではない。木曽成戸地点より下流では,木曽川から直接取水する水利はない。

(イ) 本件河川整備基本方針における河川維持流量の検討項目について

本件河川整備基本方針において,河口から木曽川大堰までの区間の河川維持流量に関する必要流量の検討項目は,「動植物の生息地又は生育地の状況」と「漁業」であり,同検討内容は,感潮域(汽水域)である同区間の代表種であり漁業対象であるヤマトシジミの生息のために必要な流量である。「景観(観光)」,「流水の清潔の保持」及び「舟運」は,木曽川大堰より上流の区間の河川維持流量に関する必要流量の検討項目であって,河口から木曽川大堰までの区間における検討項目ではない。そうすると,河口から木曽川大堰までの区間の河川維持流量についての検討において,「景観(観光)」,「流水の清潔の保持」及び「舟運」が検討され,同区間の河川維持流量が,舟運や景観(観光)への影響も含めた観点から定められたというものではない。

(ア)cのとおり,木曽成戸地点より下流では,木曽川から直接取水する水利はなく,流水の正常な機能を維持する流量として検討すべきは,専ら河川維持流量だけである。「利水の歴史的経緯」としては,河川法施行令10条2号,3号も,それに基づく国土交通省の河川砂防技術基準も,河川維持流量の設定において考慮事項としていない。そうすると,河川整備基本方針や河川整備計画の作成において,河川維持流量について河川法施行令10条2号,3号及び上記の河川砂防技術基準が定める事項の観点から当該流量が必要であることが,即ち,木曽川の河口から木曽川大堰の区間の必要な流量が50㎥/sであることが,科学的事実等によって実証し根拠付けて定められなければならない。

(ウ) ヤマトシジミの生存に必要な流量が50㎥/sであることを前提とする本件河川整備方針及び本件河川整備計画における河川維持流量の設定が著しく合理性を欠くことについて

現在の汽水環境が30年に及ぶ木曽川大堰の取水制限流量である50㎥/sによって成立していることをもって,基本方針説明資料にいう,ヤマトシジミが生存できる限界の塩素イオン濃度が1万1600㎎/Lであり,かつ,これを上回らないために必要な流水量が概ね50㎥/sであるとする根拠はない。基本方針説明資料の基礎となった「平成18年度 木曽三川下流部河川環境管理基本方針検討業務 報告書」(甲28)では,河川流量のみで必要量を決定することは困難であるとした上で,ヤマトシジミの大量斃死が起こらない最低限度の流量として,単に木曽川大堰の取水制限流量を踏襲して50㎥/sと設定しただけである。同塩素イオン濃度がヤマトシジミの生息に不適とされるのは,塩素イオン濃度1万1200㎎/Lで常時飼育した場合の30日間での斃死率が50%であったことによる(甲18)。そうすると,ヤマトシジミは,一時的に塩素イオン濃度1万1600㎎/Lに曝されても斃死するものではなく,ヤマトシジミが同塩素イオン濃度で直ちに斃死したという記録はない(甲25)。そして,河川下流の塩分濃度は,流量だけでなく月齢,潮の干満によっても変動するのであって(甲25の2),同じ流量でも塩化物イオン濃度は一定ではない(甲28)。木曽川大堰の放流量は,平成6年の異常渇水時に同年7月から50㎥/sを下回ったが(甲4),ヤマトシジミの生貝数は10㎥/s以下の小流量が最も継続した期間の直後の同年9月8日から10日まででも,ゼロや極小にはならず,同年4月から9月の間に生貝数の減少はほとんどなかった。同年9月8日から10日までの生貝率(密度)も,ほとんど85%以上であった。したがって,ヤマトシジミの生息に必要な流量は,10㎥/sで十分であり,多目にみても20㎥/sで足りるのである。また,基本方針検討小委員会でも流域委員会でも,ヤマトシジミの生息のために50㎥/sの流量が必要であることに科学的根拠があるとは認められなかった。

イ 新規利水の供給の必要性について

(ア) 水の需給想定について

本件フルプランの基礎となっている本件需給想定調査においては,愛知用水地域の水道用水の需要が,最大河川取水地点の取水量について平成12年実績6.79㎥/sから平成27年に8.25㎥/sに増加すると想定され,そうすると安定供給水源として徳山ダムからの2.3㎥/sが必要であるとして,これが,本件導水路事業の根拠としていた。しかし,需要実績は,平成12年から平成24年までの間に横ばいから減少していて,想定値は実績事実と乖離しており,上記の需要想定は根拠事実を欠いている。また,西三河地域は,矢作川水系だけで需要に対する供給が可能であり,愛知用水地域の水源である味噌川ダムからの西三河地域に暫定的に送水する必要はなく,味噌川ダムの供給量全量について愛知用水地域で使用することができる。そうすると,本件導水路事業による徳山ダムからの供給がなくとも安定供給可能量(近年の20年間で2番目の渇水年において,河川に対してダム等の水資源施設による補給を行うことにより,年間を通じて供給が可能となる水量)は,河川取水地点の取水量7.39㎥/s,給水量61万1800㎥/日である。これは,平成27年想定需要量(最大)におけるそれらを実績事実に基づいて修正した値である河川取水地点の取水量6.30㎥/s,給水量51万7700㎥/日の想定需要量を上回っている。

(イ) 本件需給想定調査における需要想定を前提に策定された本件フルプランが著しく合理性を欠くことについて

a (ア)のとおりの想定値と実績値の乖離については,愛知用水地域の水道用水の事業実績が基準年の平成12年から平成24年までにおいて一貫して横ばいから減少していて増加していないのに,将来値が現在値よりも増加するという予測自体が誤っていたということであって,単に将来の需要予測についての誤差というものではない。

b さらに,厚生労働省健康局が平成25年3月に発表した新水道ビジョン(甲27)によれば,将来の水道需要については,給水人口や給水量の減少を前提に,いつ頃どれくらい減るかを考えなければならない時代が既に到来しているのであって,長期的には水需要は減少することを前提として施設の規模の縮小を考えなければならず,新規利水の拡大のための新規事業は論外とされている。上記の新水道ビジョンでは,利水の安定性の確保は重視していない。また,愛知用水地域の人口は,数値が公表されていない春日井市高蔵寺ニュータウン地区を除いても,平成37年までの増加は僅かであり,その先の平成52年には平成22年を下回るようになると推計されている(甲40)。

c 本件における,本件導水路を建設して新規利水を供給するという必要性は,木曽川水系全体や愛知県全体ではなく,愛知用水地域における現在までの実績事実によって基礎付けられるべきである。本件フルプラン策定時における想定値は,策定時以前の実績値に基づいて,当時の行政指針に従い,国による試算値と比較して,木曽川水系全体や愛知県全体について予測されたものであり,これをもって上記必要性が基礎付けられるものではない。

d 愛知用水地域では水道用水全体としては取水制限が行われたことはない。平成10年から平成20年までの間に木曽川の愛知用水地域の水源ダムのうち牧尾ダムで取水制限があっても,その余の阿木川ダムや味噌川ダムとの総合運用,さらには他の地域内水源の未利用余剰水によって実質的な取水制限は回避され,平成17年夏の異常渇水の際にも,上記各ダムの総合運用と長良導水未利用分を補填することによって,同年6月30日から同年7月6日までの7日間で全体の取水制限率は3%であった。そうすると,渇水のために木曽川で平成10年から平成20年までの間に合計14回の取水制限がされたことをもって,本件において,本件導水路により徳山ダムから新規に水道水を供給する必要性を基礎付けるものではない。

また,平成6年の異常渇水や,その際採算を無視した工業用水の緊急輸入を行ったことをもって,新規に水道水を供給する必要性を基礎付けるものではない。同年に前年までより地下水位が低下し,地盤沈下が大きかったのは,降水量自体が少なく地下水涵養量が少なかったためであって,取水制限を補うために地下水の汲み上げをしたことによるものではなかったから,上記の同年の地下水位の低下ないし地盤沈下をもって,同必要性を基礎付けるものではない。

同年の木曽川の渇水被害は,既得水利である農業用水との調整を怠ったためである。同年7月17日からダム依存水利の取水制限率を上水道30%,工業用水・農業用水55%としたことから,上水道の取水量は30㎥/sとなり,同年8月16日に農業用水等の既得水利から自流水を15㎥/s提供するとの申出がなされ,水源ダムの底水利用と合わせて上水道の取水量は20㎥/sとなり,同年8月20日にも愛知県側の上記農業用水からさらに9㎥/sの自流水を提供するとの申出がされ,上水道の取水量は29㎥/sとなった。農業用水からの上記の自流水の提供によっても,農業用水の取水量は減少しなかった。このことは,自流水が取水量を上回ったこと,農業用水が水余りであったことを示唆している。また,平成6年の渇水は,利水計画における計画規模の基準である1/10を上回る異常渇水であって数十年に一度発生する災害に比肩する事態であった。木曽川では,上記のとおり,河川自流がある限り取水できる既得水利の農業用水があり,夏期であれば,平成6年の渇水時のように農業用水の取水量を切り下げ,水利権がない非かんがい期であれば,過大となっている木曽川大堰地点取水制限流量を切り下げて,愛知用水等のダム依存の上水道が取水できるように調整して対処することができる。ダム依存の上水道の取水量の確保は,このような方法によって解決すべきである。

ウ まとめ

以上のとおり,流水の正常な機能の維持の目的について,本件河川整備基本方針及び本件河川整備計画における木曽成戸地点の河川維持流量50㎥/sは,その根拠となる実証的,客観的事実の基礎を欠いているため,社会通念に照らし著しく合理性を欠いており,そうすると,上記の目的も著しく合理性を欠いていて,国土交通大臣等の裁量の範囲を逸脱し又は濫用した違法があり,流水の正常な機能の維持に係る費用負担金の支出は,予算執行の適正確保の見地から看過できないものである。したがって,流水の正常な機能の維持に係る費用負担金を納付することは,財務会計法規上の義務に違反する違法なものである。

また,新規利水の供給の目的については,本件フルプランの基礎となる本件需給想定調査の需要想定が根拠事実を欠いているなどの瑕疵があって,愛知県は,本件導水路事業から撤退する通知をして,水道等費用負担金を免れることができる。したがって,水道等費用負担金を納付することは,財務会計法規上の義務に違反する違法なものである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人らが本件納付通知等により本件各支出をすることが違法であるということはできず,控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  本件各支出の違法の有無(争点(2))について

(1)  違法性の判断枠組み

ア 本件納付通知等の基礎となる本件事業実施計画又はその基礎となる本件フルプランの作成又は変更が違法となるのは,その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くことになる場合,又は,事実の評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等により,その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限られるというべきである。本件事業実施計画又は本件フルプランが,①このように裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したことにより著しく合理性を欠き,そのため予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存し,かつ,②客観的にみて愛知県が本件事業実施計画又は本件フルプランの上記瑕疵を是正又は解消することができる蓋然性が大きいという事情がある場合に限り,これに基づいて発せられる本件納付通知等も,同様の瑕疵を帯び,本件納付通知等を受けて本件各支出をすることが,財務会計法規上違法と評価されると解するのが相当である。その理由は,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の2(1)に記載するとおりであるから,これを引用する。

イ 控訴人らは,上記ア②について瑕疵の要件とはならない旨主張する。しかし,撤退に伴う事業実施計画の変更については,国土交通大臣の認可を受けない限り,変更後の事業計画が効力を生ぜず(機構法13条1項),事業実施計画の廃止についても同様である(同条6項)。本件事業実施計画について上記ア①の要件を満たすとしても,本件事業実施計画の変更又は廃止について国土交通大臣の認可を受けない限り,従前の本件事業実施計画に基づき発せられた本件納付通知等は効力を失わず,その結果,本件納付通知等により本件各支出を義務付けられた状態は解消せず,被控訴人らは,本件各支出を免れることはできないのである。そうすると,本件では,国土交通大臣の認可により従前の本件事業実施計画を変更又は廃止することができる蓋然性が大きいという事情(同②の要件)がなければ,本件各支出をすることについて財務会計法規上違法と評価することができないというべきである(丹後地区土地開発公社最高裁判決参照)。一日校長事件最高裁判決が,同②の要件を瑕疵の要件としていないことをもって,上記説示を覆すものではない。また,流水の正常な機能の維持目的について,都道府県において事業からの撤退,河川整備基本方針等の是正,変更をすることができるとする制度がないとしても,これをもって,同①の要件を満たせば,都道府県において当然に本件各支出を免れることができるとする根拠となるものではない。フルプラン及びこれに基づき発せられた事業実施計画は,いずれも,その性質上,水資源の開発及び利用,河川環境の状況,水害発生の状況等の諸般の事情を総合的に考慮した上で,政策的,技術的な見地から判断することが不可欠なものであるから,その変更については,作成権者である国土交通大臣ないし機構の広範な裁量に委ねられている(原判決の第3の2(1)イ)。そして,本件事業実施計画を基礎付けている本件フルプラン並びに本件河川整備基本方針及び本件河川整備計画についても,その性質上,諸般の事情を考慮した上で,政策的,技術的見地から判断することが不可欠なものであって,その作成について国土交通大臣等の広範な裁量に委ねられているといえるのである。そうすると,国土交通大臣ないし機構が,都道府県の働き掛けにより,上記各計画等の作成について上記の広範な裁量に違反したと認めて,上記各計画を変更又は廃止し,本件事業実施計画の変更又は廃止について国土交通大臣がこれを認可するという蓋然性が大きいという事情がなければ,本件納付通知等を受けて本件各支出をすることが違法と評価されることはないものである。

ウ 瑕疵を是正又は解消できる蓋然性が大きいという事情について

控訴人らは,本件河川整備基本方針,本件河川整備計画及び本件フルプランについては,いずれも都道府県が国土交通大臣等に事実上の働き掛けを真摯に行うことにより,国土交通大臣等において是正又は解消される事情がある旨,そうすると,瑕疵を是正又は解消できる蓋然性が大きいという事情があることを瑕疵の要件に加えてもこれを満たす旨主張する。しかし,都道府県において,本件フルプラン,本件河川整備基本方針及び本件河川整備計画に基づく本件事業実施計画について著しく合理性を欠いていると判断して,国土交通大臣に対し上記各計画の変更又は廃止を認可するよう真摯に働き掛けたとしても,国土交通大臣は,これに応じる義務はないのであり,国土交通大臣等が同様の判断に至って上記各計画を変更又は廃止し,国土交通大臣が本件事業実施計画の変更又は廃止を認可するという蓋然性がなければ,瑕疵を是正又は解消できる蓋然性が大きいとはいえないのである。フルプラン及びこれに基づき発せられた事業実施計画の作成及びその変更等については,作成権者である国土交通大臣ないし機構の広範な裁量に委ねられていることは,イで説示するとおりである。本件フルプラン及び本件事業実施計画における本件導水路事業の目的については,将来にわたって良好な河川環境を維持保全し水道水を安定的に供給する必要について専門技術的事項や予測困難な将来の事情を含む種々の事項を総合考慮して判断する必要があるのである。そして,木曽川水系フルプランの第1次計画は,昭和43年10月に決定され,その後長い年月をかけて基礎的な調査や関係公共団体からの意見聴取等の手続を経て,平成16年6月に本件フルプランが決定されたが,その後も,本件河川整備基本方針や本件河川整備計画が策定されるなどし,平成20年6月,本件フルプランを一部変更するなどしてきたのである。そうすると,本件において,国土交通大臣ないし機構が,都道府県の働き掛けにより,上記各計画の作成について上記の広範な裁量に違反したと認めて,上記各計画を変更又は廃止し,国土交通大臣が本件事業実施計画の変更又は廃止を認可するという蓋然性があると認めることはできない。したがって,瑕疵を是正又は解消できる蓋然性が大きい事情があって上記瑕疵の要件を満たすとはいえない。

エ 控訴人らは,本件導水路事業から撤退する旨の通知により本件各支出を免れることができる旨主張する。しかし,都道府県は,機構法及び同法施行令の規定に基づき,本件納付通知等に従って流水の正常な機能の維持に係る負担金及び新規利水の供給に係る負担金を支払うことを義務付けられているのである(原判決の第3の2(1)イ)。法令上,事業からの撤退について要件や基準の定めはないが,これをもって,都道府県が事業からの撤退を通知することをもって,上記の法令に基づく各負担金を支払う義務を免れることができる根拠となるものではない。撤退に伴う事業実施計画の変更ないし廃止については,国土交通大臣の認可を受けない限り,変更後の事業実施計画ないし事業実施計画の廃止については効力を生じないことは,イで説示するとおりである。そうすると,事業から撤退する者がその旨を通知したとしても,これをもって自動的に,当然に事業実施計画が変更又は廃止されることはなく,その結果,事業からの撤退を通知した者が撤退前に支払を義務付けられた上記負担金について,当然に支払を免れることにはならないのである。特ダム法にダム使用権設定予定者のダム使用権設定申請の取下げの制度があるとしても,本件導水路事業は特ダム法に関係する事業ではないのであり,これをもって,本件においても事業からの撤退通知により,従前の事業実施計画が当然に変更又は廃止されることの根拠となるものではない。機構法では,事業からの撤退をした者について,当該水資源開発施設の新築又は改築に要する費用の一部を負担させ(同法25条1項),事業の廃止までに当該水資源開発施設の新築又は改築に要した費用(事業の廃止に伴い追加的に必要となる費用を含む。)を負担させることができる(同2項)と定められているが,それは,事業実施計画の変更又は廃止が国土交通大臣の認可により効力を生じた場合の,それに伴う費用負担について定めたものと解するのが相当である。そうすると,事業からの撤退をした者についての費用負担の定めがあることをもって,都道府県が,事業からの撤退を通知することにより自動的に事業実施計画が変更され,変更又は廃止前の事業実施計画に係る負担金を免れ,追って,当該水資源開発施設の新築又は改築に要する費用の一部又は同費用のうち廃止までに要した費用(廃止に伴い追加的に必要となる費用を含む。)を負担すれば足りるということになるものではない。したがって,愛知県が,本件導水路事業から撤退する旨を通知することにより,当然に本件各支出の義務を免れることにはならない。

(2)  認定事実

次のとおり補正するほかは,原判決の第3の2(2)(同28頁18行目冒頭から同43頁17行目末尾まで〔注 掲載した原判決の27頁26行目から42頁25行目まで。掲載した原判決については,控訴審判決が引用した原判決にある当事者の表示を割愛する等の補正をしており,同引用した原判決と頁数及び行数が異なるため,掲載した原判決の対応する頁数及び行数を注記した。以下同じ〕)に記載するとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決の30頁13行目〔注 掲載した原判決の29頁21行目〕の「国道交通大臣」を「国土交通大臣」に改める。

イ 同37頁2行目冒頭から8行目末尾まで〔注 掲載した原判決の36頁10行目冒頭から16行目末尾まで〕を次のとおり改める。

「(ウ) 今渡地点は,流水の正常な機能を維持するために必要な流量を安定的かつ確実に管理することができる地点であり,木曽川と飛騨川の水力発電で行っているピーク発電による流況を安定させる地点であってこれより下流の流況を決定づける地点である上,流量観測が実施されていて長期間にわたる充実した資料もある。これらのことから,流水の正常な機能を維持するために必要な流量の設定に関する主要な地点に設定し,河口から木曽川大堰まで(0.0㎞から26.0㎞まで)の同大堰下流の感潮区画(A区間と区分設定された区画)について,ヤマトシジミの生息域である汽水域の全区間として検討地点に設定し,同区間中の河口から8.2㎞地点及び同13.8㎞地点において,平成17年5月から平成18年3月にかけて,25回にわたり,塩素イオン濃度の観測を実施し,同13.8㎞地点における塩素イオン濃度と流量との関係式を作成した。(甲28,乙47)」

ウ 同38頁20行目ないし21行目〔注 掲載した原判決の38頁2行目ないし3行目〕の「今渡地点(主要な地点)」を「主要な地点(ヤマトシジミの生息域である汽水地域の全区間(木曽川大堰より下流の感潮区間(0.0㎞から26.0㎞))のほぼ中間である河口から13.8㎞地点)」に改める。

エ 同39頁10行目〔注 掲載した原判決の38頁18行目〕の「されていた」の次に「(ただし,上記②の項目の中で,塩素イオン濃度の観測を複数回実施した主要な地点とは,河口から13.8㎞地点をいうものと認められる。)」を加える。

(3)  本件各支出の財務会計法規上の違法の有無

ア (1)で説示する違法性の判断枠組みに照らすと,被控訴人らが本件納付通知等を受けて本件各支出を行うことについて財務会計法規上違法であるということはできない。その理由は,イ及びウのとおり,控訴人らの当審における補充主張に対する判断を加えるほかは,原判決の第3の2(3)に記載するとおりであるからこれを引用する(ただし,原判決の44頁22行目〔注 掲載した原判決の44頁4行目〕の「今渡地点」を「木曽川河口から13.8㎞地点」に改める。)。

イ 流水の正常な機能の維持の必要性について

控訴人らは,ヤマトシジミの生存に必要な流量について50㎥/sとする科学的根拠はない旨,今渡地点まで塩水が遡上することはなく,同地点で塩化物イオン濃度が1万1600㎎/Lを上回らないようにするために概ね50㎥/sの流量を確保する必要はない旨,河口から木曽川大堰までの区間では,「動植物の生息地又は生育地の状況」と「漁業」,つまりヤマトシジミの生息のための必要な流量のみが検討される旨,木曽成戸地点より下流域では,木曽川から直接取水する水利はなく,同域における河川維持流量として40ないし50㎥/sを確保するために本件導水路事業を実施する必要はない旨主張する。

しかし,「木曽川水系河川整備基本方針(案)(以下略)」(乙47)は,今渡地点がそれより下流の流況を決定づける地点であることを勘案し,同地点より下流にあるヤマトシジミの生息域である汽水地域の全区間(木曽川大堰より下流の感潮区間(0.0㎞から26.0㎞))を検討地点として,同区間においてヤマトシジミが生存できる限界の塩素イオン濃度を上回らないのに必要な流量を検証するために,上記区間のほぼ中間である河口から13.8㎞地点と同8.2㎞における塩素イオン濃度の観測を実施して,ヤマトシジミが生存できる限界の塩素イオン濃度を上回らないために必要な流量を検証したものと認められる。ヤマトシジミの生息域に今渡地点が含まれるとして,同地点の塩素イオン濃度を観測して,同地点においてヤマトシジミが生存できる限界の塩素イオン濃度を上回らないのに必要な流量を検証したものではないと理解できる。そうすると,同基本方針(案)に,「主要な地点において塩素イオン濃度の観測を複数回実施し」(乙47(14頁))とある「主要地点」とは,ヤマトシジミの生息域である汽水域の全区間のほぼ中間に位置する河口から13.8㎞地点や同8.2㎞と読むべきであり,それを今渡地点と捉えるとすると,それは,誤りであると認められる。そうすると,本件河川整備基本方針や本件事業実施計画について,今渡地点まで塩水が遡上するという誤った事実を基礎とする等重要な事実の基礎を欠いて同地点において50㎥/sの流量を確保する必要があると判断したものと認めることはできない。

また,控訴人らが指摘する研究結果でも,ヤマトシジミは,1万1600㎎/Lの塩素イオン濃度に曝されても直ちに斃死しないにしても,1万1200㎎/Lの塩素イオン濃度で常時飼育した場合の30日後の斃死率は50%であるというのである(甲18,25の2)。そうすると,同研究結果をもって,ヤマトシジミが長期間にわたって1万1600㎎/Lを上回る塩素イオン濃度に曝されることがないように必要な流量を設定することについて,これが誤りであると断定することもできない。したがって,ヤマトシジミの生息域である汽水地域の全区間において,ヤマトシジミの生存のための必要水理条件について塩素イオン濃度1万1600㎎/Lを上回らないために必要な流量として設定することについて,重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くことにより本件河川整備基本方針や本件事業実施計画の内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠く場合に当たるとまで認めることはできない。その上,昭和40年に取りまとまられた「木曽三川水資源計画」で木曽成戸地点における基準流量が50㎥/sと設定され,木曽川大堰完成後約30年間にわたって,日平均50㎥/sの維持流量放流を堰操作により確保し,ヤマトシジミの生息域である同堰下流区間の現在の汽水環境を形成してきたのである。木曽成戸地点における基準流量については,1960年代には製紙工場からの排水を希釈して河川の水質濃度を下げるという趣旨があったとしても,それだけの理由で基礎流量50㎥/sと設定されて長年維持されてきたとは認め難い。また,同基準流量について,既存の水利権を尊重等して設定されたものでなく,木曽成戸地点より下流では木曽川から直接取水する水利はないが,このことをもってしても,同基準流量が設定されてヤマトシジミの生息域における現在の汽水環境が維持形成されてきたという実績を無視できるものではない。そのような「利水の歴史的経緯」において,河川法施行令10条2号,3号等の事項についても実質的に考慮してきたとみられないわけではないのであり,上記の河川維持流量について更に科学的事実等によって実証する必要があるということはできない。そうすると,50㎥/sの流量を確保することによって長期間にわたりヤマトシジミの生息域における現在の汽水環境が維持形成されてきたという実績を考慮して河川維持流量を設定することについて,重要な事実の基礎を欠くということはできず,又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということもできない。また,木曽成戸地点よりさらに下流の河口から8.2㎞地点で塩素イオン濃度が1万1600㎎/Lを上回らないようにするためには100㎥/s程度を必要とすることもあるとされるのである(甲28)。したがって,河川維持流量の設定に係る経緯等のうち,専ら汽水環境を維持する観点から上記の経緯等を考慮するとしても,木曽川大堰の取水制限流量を踏襲して,上記の区間においてヤマトシジミが生存できる汽水環境を維持するための河川維持流量を50㎥/sに設定することについて,重要な事実の基礎を欠くということも,本件河川整備基本方針や本件河川整備計画の内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということもできない。

以上により,本件河川整備基本方針や本件河川整備計画における河川維持流量の設定について,流水の正常な機能の維持の必要性について検討しても,著しく合理性を欠くとはいえず,その結果,本件事業実施計画に基づく本件納付通知等について,著しく合理性を欠き,予算執行の見地から看過し得ない瑕疵が存すると認めることはできない。

ウ 新規利水の必要性について

(ア) 控訴人らは,愛知用水地域の水道水の需要が,最大河川取水地点の取水量について平成12年実績6.79㎥/sから平成27年に8.25㎥/sに増加するとの想定は,平成12年から平成24年までの需要実績と乖離し根拠事実を欠いている旨,愛知用水地域の水源である味噌川ダムから西三河地域に暫定的に送水する必要はなく,本件導水路事業による徳山ダムからの供給がなくとも,愛知用水地域の想定需要量が確保される旨主張する。

しかし,水道は,国民の日常生活に直結し,その健康を守るために欠くことのできないものであり,かつ,水は貴重な資源である(水道法2条1項)。水道法は,清浄にして豊富低廉な水の供給を図り,公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的としている(同法1条)。そのため,愛知県は,水源及び水道施設並びにこれらの周辺の清潔保持並びに水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならず(同法2条1項),当該地域の自然的社会的諸条件に応じて,水道の計画的整備に関する施策を策定し,これを実施しなければならないのである(同法2条の2第1項)。したがって,愛知県には,異常渇水や予測を上回る給水人口の増加等があっても県民の生活に支障を来すことがないように,豊富かつ低廉な水道水の安定的供給を図るべき責務があるといえる。そして,水資源開発施設については,その整備に長い時間を要し,水需要が急増しても,その時点では整備が間に合わず,同施設が完成するまでの相当の期間需要に応じた供給をすることができないという状況に陥ることになることを考慮しなければならない(原判決の第3の2(3)イ)。そうすると,新規利水の必要性については,長期的に安定した給水を可能とする見地から,安全性を考慮して余裕を持った想定需要を設定して判断することも許容され,需要想定値が需要実績と乖離することをもって,直ちに重要な事実の基礎を欠くということはできず,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということもできないものである。

愛知用水地域の水道用水の実績値の推移は,原判決別紙「愛知用水地域の水道用水の実績値の推移について」のとおりであり,平成12年度から平成22年度までの1日平均給水量及び1日最大取水量は,いずれも横ばいないしやや減少し,平成22年度の1日平均給水量は43万0477㎥/日,同1日最大取水量は49万9134㎥/日となっている。これに対し,本件フルプランの策定に先立って実施された本件需給想定調査における愛知用水地域の水道用水の需給想定値等は,原判決別紙「本件需給想定調査における愛知用水地域の水道用水の需給想定値等」のとおりであり,平成12年度の1日平均給水量43万6200㎥/日,同1日最大給水量52万1000㎥/日,1日最大取水量(河川取水地点)6.79㎥/sが,平成27年度にはそれぞれ48万9900㎥/日,61万6600㎥/日,8.25㎥/sに増加すると想定されている(以上,原判決の第3の2(2)ウ(イ),(エ))。控訴人らは,これをもって想定需要と需要実績との間に乖離があり,新規利水の必要性の根拠事実を欠いていると主張するが,上記説示するとおり,同必要性については,安全性を考慮して余裕を持った想定需要を設定して判断することも許容される。そうすると,想定需要と需要実績との間に上記の程度の乖離があることもって,根拠事実に欠けるということはできない。また,新水道ビジョンは,我が国全体の人口減少傾向に着目して水需要動向は減少傾向と見込まれるとしたものであるが,個々の地域についての人口の推移に着目したものではない。現に,愛知用水地域の総人口は平成22年から平成37年までは概ね横ばいないし微増と推計されている(甲40)。新水道ビジョンは,給水人口や水需要の減少を前提としつつ,利水の安定性の低下について,「ダム等の水資源開発施設においては,近年の小雨化や降雨量の大幅な変動によって,渇水の影響を受けるなど,利水の安定性の確保について一定の懸念があることから,安定的な水源の確保に関する取り組みも進められています。」とも指摘している(甲27)。そして,木曽川水系は,渇水の頻発する水系で,近年は小雨化傾向に加えて年間降水量の変動幅も拡大し,全国的に見ても渇水の発生頻度が高いとされているのである。したがって,新水道ビジョンの見解や愛知用水地域の人口が平成52年には平成22年を下回るようになると推計されている(甲40)ことをもって,本件需給想定調査における需要想定を前提に策定された本件フルプランについて,重要な事実の基礎を欠くということはできず,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くなど社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということもできない。

異常渇水や愛知用水地域及び西三河地域における予測を上回る給水人口の増加等からも長期的に安定した給水が必要でそれを可能とするという見地から,安全性を考慮して余裕を持った想定需要を設定して判断することも許容されるものである。したがって,本件導水路事業による徳山ダムからの供給がなくとも愛知用水地域の想定需要量が確保されるという見込みがあるからといって,本件導水路事業による徳山ダムからの供給により愛知用水地域の想定需要量を確保しようとすることについて,重要な事実の基礎を欠くということはできず,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということもできない。

(イ) 控訴人らは,平成6年の異常渇水は,利水計画における計画規模の基準を上回る異常渇水であって,それでも既得水利である農業用水の取水量を切り下げることで対処できた旨,平成10年から平成20年までの間に取水制限があっても,阿木川ダムと味噌川ダムとの総合運用によって実質的な取水制限は回避され,平成17年夏の異常渇水の際にも,同年6月30日から同年7月6日まで全体の取水制限率は3%であった旨,そうすると,渇水のために木曽川で平成10年から平成20年の間に14回の取水制限がされたことや,平成6年の異常渇水や同年の地下水位の低下ないし地盤沈下をもって,いずれも新規利水の供給の必要性を基礎付けるものではない旨主張する。

しかし,愛知県には,異常渇水があっても県民の生活に支障を来すことがないように,豊富かつ低廉な水道水の安定的供給を図るべき責務がある。平成6年の木曽川の渇水被害については,控訴人らの主張によっても,既得水利である農業用水から順次自流水の提供を受けることによって上水道の取水量として20ないし30㎥/sを確保できたというのであって,今後の異常渇水の際にも,同様に農業用水から自流水の提供を受けることができると即断することはできない。また,同年の地盤沈下についても,少雨の影響で地下水涵養量が少なかったことのほか,取水制限を補うために地下水の汲み上げをしたこともあって生じたとみられるのである(乙8)。そうすると,異常渇水時に,農業用水から自流水の提供を受け,又は,農業用水の取水量を切り下げ,非かんがい期であれば木曽川大堰地点取水制限流量を切り下げることで,愛知用水等のダム依存の上水道のための必要取水量を確保できる確実な見込みがあるとまではいえないのである。同年と同規模の渇水にも対応できるように新規利水を計画することについて,重要な事実の基礎を欠くということはできず,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということもできない。阿木川ダムと味噌川ダムとの総合運用によって,平成17年夏の異常渇水の際の取水制限率が3%であったことをもってしても,今後の異常渇水の際にも,同様の総合運用により,上水道のための必要取水量を確保できる確実な見込みがあるとまではいえない。

以上のとおりであって,木曽川水系は,全国的に見ても渇水の発生頻度が高いとされているのであって,渇水のために木曽川で平成10年から平成20年の間に14回の取水制限がされたことや平成6年に異常渇水があったことを無視することはできないのであり,これらをもって,本件における新規利水の必要性について,重要な事実の基礎を欠くということはできず,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くなど社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということもできない。同年の異常渇水が利水計画における計画規模の基準を上回る異常渇水であったとしても,それに対応する新規利水を計画することについて,重要な事実の基礎を欠くということはできず,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということもできない。

エ 控訴人らの主張は,いずれも採用することができない。控訴人らは,その他縷々主張するが,いずれも上記の判断を左右するものではない。

第4結論

よって,本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木下秀樹 裁判官 前澤功 裁判官 鈴木幸男)

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