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名古屋高等裁判所 平成26年(行コ)85号 判決 2015年3月24日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  春日井市長が,平成25年6月1日付けで控訴人に対してした平成25年度下水道事業受益者負担金賦課決定処分を取り消す。

第2事案の概要

1 控訴人は,市街化区域内にある農地で被控訴人により生産緑地に指定されている原判決別紙1物件目録記載の各土地(以下,「本件土地」という 。) を所有している。本件土地は,都市計画事業として,高蔵寺浄化センター(処理場)並びに高蔵寺汚水幹線(20号ないし23号 ), 管渠及びマンホールポンプを築造・敷設する下水道事業(以下「本件下水道事業」という 。) により築造される公共下水道の排水区域内にあり,本件下水道事業が施行されると,本件土地を取り囲むように汚水管(管渠)が設置され,汚水の処置がされることになる。春日井市長は,控訴人に対し,平成25年6月1日付けで本件土地に係る平成25年度下水道事業受益者負担金として266万4670円を賦課する旨決定する処分(以下「本件処分」という 。) をした。本件は,控訴人が,被控訴人に対し,本件処分の取消しを求める事案である。

原審は,控訴人が,本件下水道事業により都市計画法75条1項の「著しく利益を受ける者」に当たり,農地ないし生産緑地であることを徴収猶予事由としていないことをもって,被控訴人の尾張都市計画下水道事業受益者負担に関する条例(昭和46年春日井市条例30号。以下「本件条例」という 。) が同法75条1項の趣旨に反し違法であるということはできないと判断して,控訴人の本訴請求を棄却した。そこで,控訴人が控訴した。

2  関係法令の定め,前提事実,争点及び当事者の主張は,3のとおり控訴人の当審における補充主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の2ないし5に記載するとおりであるから,これを引用する。

3(1)   「 著しく利益を受ける者 」 該当性(争点①)について

ア 控訴人は,農地である本件土地において農業を営んでいる。本件下水道事業により設置される下水管は,農地の排水を受け入れる構造になっていない上,広大な農地の排水を処理する機能を有していないが,本件土地には,内津川に流れる排水溝も整備されている。そうすると,控訴人が,本件土地において下水管を利用することは考えられず,その必要性は全くない。その上,控訴人の長男は,既に控訴人と共同して本件土地で農業を営んでおり,将来においても,同長男が本件土地において農業を営むことになるから,本件土地において下水道を利用することは考えられない。

イ また,本件土地は,被控訴人により生産緑地に指定されているから,これを宅地化することが制限されており,生産緑地の一部解除は不可能であり,一部であっても売却することもできない。そうすると,控訴人は,本件土地を売却して受益者負担金支払の資金を捻出することもできず,同負担金に高利の延滞金が賦課されていくことになる。したがって,控訴人が本件土地において営農を継続しても負債が累積することになるから,本件処分による受益者負担金が賦課されれば,控訴人は,本件土地における営農を断念せざるを得ないことになる。本件土地の所有者である控訴人は,生産緑地に指定されている本件土地を,農地等として管理する義務を負っている。被控訴人は,控訴人に対し,被控訴人において,本件土地を時価で買い取る経済的余裕はなく,本件土地において農林漁業に従事することを希望する者に本件土地の取得を斡旋することしかできず,それが功を奏しなければ,控訴人において取得希望者を探して処分するしかない旨説明している。そうすると,農地等としての管理を義務付けられ,処分が制限されている本件土地を,空き地,駐車場及び資材置場等と同視することはできない。したがって,控訴人及び長男において営農が継続される本件土地について,本件下水道事業により下水管が設置されても,宅地に転用される可能性はないのであって,資産価値の上昇を生じることはない。

ウ 控訴人は,生産緑地の趣旨からすれば,生産緑地の指定解除の日まで受益者負担の猶予がされなければならないと考えるが,本件土地が宅地に転用された場合には,本件処分による受益者負担金を支払わなければならないと考えている。したがって,控訴人について 「 著しく利益を受ける者 」に当たらないと扱っても,受益者負担金を賦課・徴収された土地所有者との間に不公平を生じる余地はない。むしろ,控訴人や長男において本件土地での営農を継続する間は,本件土地に設置された下水道を利用することがないことを考慮すれば,本件土地と農地や生産緑地ではないその他の土地を同視して一律に受益者負担金を賦課することは,控訴人とその他の土地所有者の間に著しい不公平をもたらす結果となる。

エ 本件土地に係る農業用水路は,春日井α中部特定土地区画整理事業により整備されたもので,元々,汚水の停留はなく,ハエや蚊が発生することはないから,汚水管等の設置による公衆衛生の向上という観点をもってしても,本件土地の利用価値や資産価値を高めるものではない。

オ 以上により,本件下水道事業により下水管が設置されても,本件土地に何らの利益ももたらさないから,控訴人は, 「 著しく利益を受ける者 」 に当たらない。

(2)  農地ないし生産緑地であることが徴収猶予事由とされていないことの違法性(争点②)について

都市計画法75条1項の趣旨からすると,同条2項により,受益者負担金の徴収を受ける者の範囲及び徴収方法について無限定に地方自治体の定める条例に委ねられているものというべきではなく,条例により定められたこれらが都市計画事業の結果生じる利益の具体的内容に照らして受益者負担金の徴収を受ける者に著しい負担を被らせるものと評価できる場合には,当該条例の定めは,都市計画法75条1項の趣旨に反して違法であるというべきである。

(1)で述べたとおり,本件条例に農地ないし生産緑地についての徴収猶予規定がないことは,控訴人に本件土地における営農を断念させるものであり,控訴人に著しい負担を被らせるものと評価することができ,都市計画法75条1項の趣旨に反する。のみならず,控訴人がそのような事態に陥るということは,生産緑地として指定された農地等の営農を前提とした積極的,計画的な保全を図るという生産緑地法2条の2等の趣旨に反して違法である。したがって,農地ないし生産緑地について受益者負担金の徴収を猶予する旨定められていない,かかる本件条例に基づいてされた本件処分は違法というべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,本件処分は適法であるから,控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は,2のとおり,控訴人の当審における補充主張に対する判断を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1ないし3に記載するとおりであるから,これを引用する。

2  「 著しく利益を受ける者 」 該当性(争点①)について

(1)  控訴人は,本件下水道事業により設置される下水管は,農地の排水を受け入れる構造になっていない上,広大な農地の排水を処理する機能を有していない旨,そうすると,控訴人や,既に控訴人と共同して本件土地で農業を営み,将来も本件土地で農業を営む控訴人の長男が,本件土地において下水道を利用することは考えられない旨主張する。

しかし,本件土地は,市街化区域内にあり,本件土地の周辺には,小学校,保育園,住宅その他の建物が点在し,本件下水道事業により汚水管等が設置されれば,これら周辺建物等からの生活排水等の汚水が汚水管を通じて排出される結果,環境衛生の増進が図られること,本件土地についても潜在的に資産価値が増加するとみられることは,原判決が第3の1 (2) で説示するとおりである。このような利益は,当該排水区域内の土地の所有者等が,現に本件下水道事業により築造される公共下水道を利用するか否かにかかわらず,当該排水区域内の土地を所有又は利用していることをもって等しく享受する利益である。控訴人ないしその長男が,受益者負担金賦課決定の時点においても将来においても,本件土地を農地として利用し,本件下水道事業により設置される下水管が農地の排水を受け入れる構造になっておらず,広大な農地の排水を処理する機能を有していないために,本件土地において下水道を直接に利用することがないとしても,そのことをもって,本件土地を所有する控訴人について,当該排水区域内の土地を所有又は使用しない一般市民との対比において,上記の利益を享受しないものと認めることはできない。

(2)  控訴人は,被控訴人により生産緑地に指定された本件土地について,所有者は農地等として管理することを義務付けられ,宅地化することや売却することが制限されており,本件土地を空き地,駐車場及び資材置場等と同視できない旨,そうすると,本件下水道事業により下水管が設置されても,本件土地が宅地に転用される可能性はなく,資産価値の上昇を生じることはない旨主張する。

しかし,受益者負担金賦課決定の時点で,公共下水道の利用が見込まれないのは,生産緑地に指定されて農地としての管理を義務付けられ,宅地化を制限された農地も,空き地,駐車場及び資材置場等の宅地でない土地も同じであり,将来宅地に転用されれば,下水管が設置されていることにより資産価値が上昇すること自体を否定できないことも同じである。受益者負担金賦課決定の時点で,生産緑地に指定されて売却を制限されていても,将来同指定が解除されれば,宅地に転用して売却することができ,その際に資産価値の上昇による利益を享受できることも同じである。そして,本件土地について,将来にわたり,およそ生産緑地としての指定が解除される可能性がないと認めるべき事情もない。控訴人が主張する被控訴人の控訴人に対する説明も,控訴人が相談した時点における説明であるから,同説明をもって,本件土地について将来にわたりおよそ生産緑地としての指定が解除される可能性がないと認めることはできない。したがって,本件土地が生産緑地に指定されていることをもって,下水道の利用が見込まれない点について,空き地,駐車場及び資材置場等と同視できないということにはならないし,およそ宅地に転用される可能性がなく,本件下水道事業によって資産価値の上昇を生じることはないとみることもできない。また,控訴人は,本件処分による受益者負担金が賦課されれば,控訴人は,本件土地における営農を断念しなければならない旨など縷々主張する。しかし,受益者負担金賦課決定を受けた者が,同負担金を支払う能力があるか否か,同負担金を賦課されると生産緑地に指定された農地において営農を継続することができなくなるか否かは,その者が本件下水道事業によって著しい利益を受けるかどうかに関わるものではないから,都市計画法75条1項所定の「著しい利益を受ける者」の該当性判断を左右する事情とはいえない。

(3)  控訴人は, 「 著しく利益を受ける者 」 に当たらないと扱っても,本件土地が宅地に転用された場合には,本件処分による受益者負担金を支払わなければならないと考えているから,受益者負担金を賦課・徴収された土地所有者との間に不公平を生じる余地はない旨主張する。

しかし,本件条例の受益者負担金の賦課・徴収についての定め(9条1項ないし4項,10条)に従うと,当該土地が宅地に転用された将来の時点において,その所有者について 「 著しく利益を受ける者 」 に当たるとして受益者負担金を賦課・徴収するということはできない。そうすると,控訴人が主張するように解しても,受益者負担金を賦課・徴収された土地所有者との間に不公平を生じる余地がないということはできない。

(4)  控訴人は,本件土地に係る農業用水路にハエや蚊が発生することはないとして,公衆衛生の向上という観点によっても,本件土地の利用価値や資産価値を高めるものではない旨主張する。

しかし,公衆衛生の向上を含む本件下水道事業によってもたらされる利益は,本件下水道事業により築造される公共下水道の排水区域内の土地の所有者又は使用者に専ら帰属するものであることは,原判決が第3の1 (2) で説示するとおりである。特に公衆衛生の向上という利益は,当該排水区域内の土地の所有者等が,現に本件下水道事業により築造される公共下水道を利用するか否かにかかわらず,また,控訴人が所有する本件土地に係る農業用水路においてハエや蚊が発生しておらず,公衆衛生を害する結果を生じさせていないか否かにかかわらず,当該排水区域内の土地を所有又は利用していることをもって等しく享受する利益であり,かつ,当該排水区域内の土地を所有又は利用しない一般市民が享受することができない性質の利益である。このような利益は,社会通念に照らして当該利益を享受する者に対して本件下水道事業の費用を一部負担させることが合理的であると認められる程度に特別なものであるといわざるを得ない。以上により,控訴人は,本件土地に係る農業用水路にハエや蚊が発生することはないとしても,なお,公衆衛生の向上という本件下水道事業によってもたらされる利益を享受するということができる。

3  農地ないし生産緑地であることが徴収猶予事由とされていないことの違法性(争点②)について

控訴人は,本件条例に農地ないし生産緑地についての徴収猶予規定がないことは,控訴人に本件土地における営農を断念させるものであるから,都市計画法75条1項,生産緑地法2条の2等の趣旨に反して違法である旨主張する。

しかし,都市計画法75条2項は,同条1項に基づき負担させる受益者負担金の徴収を受ける者の範囲及び徴収方法については,市町村等の条例で定める旨規定する一方で,農地ないし生産緑地であることを理由とする徴収猶予を認めるかどうかについては,何ら定めを置いておらず,各市町村の立法政策に委ねているものと解されることは,原判決が第3の2 (1) で説示するとおりである。そうすると,生産緑地法2条の2等の規定が,生産緑地として指定された農地等の営農を前提とした積極的,計画的な保全を図る趣旨に出たものであるとしても,そのことは被控訴人の本件条例についての条例制定権を羈束するものではないと解される。また,控訴人が,本件条例に農地ないし生産緑地についての徴収猶予規定がないことにより,本件土地における営農を断念せざるを得なくなるとしても,控訴人に係るそのような個別的事情をもって,本件条例に農地ないし生産緑地についての徴収猶予規定を置いていないことが,都市計画法75条1項や生産緑地法2条の2等の趣旨に反する違法なものであることを理由付けるものではない。ちなみに,本件条例10条 (1) は,受益者が当該負担金を納付することが困難である場合の徴収猶予規定であり,被控訴人は,受益者の経済的事情も個別的に考慮して徴収を猶予する規定を置いている。

4  まとめ

以上により,本件処分は適法であるから,控訴人の本訴請求は理由がない。

なお,付言するに,本件土地が生産緑地であり,控訴人や長男において将来にわたって本件土地で営農を継続していくという事情に鑑み,被控訴人において,生産緑地として指定された農地等を対象とした下水道事業受益者負担金については,受益者の個別の経済的事情も考慮して,徴収猶予を検討することが望まれる。

第4結論

よって,本訴請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木下秀樹 裁判官 前澤功 裁判官 舟橋伸行)

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