名古屋高等裁判所 平成27年(行コ)66号 判決 2016年11月30日
主文
1 原判決を取り消す。
2 名古屋入国管理局長が平成26年3月10日付けで控訴人に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく控訴人の異議の申出には理由がないとの裁決を取り消す。
3 名古屋入国管理局主任審査官が平成26年3月11日付けで控訴人に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
4 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,ブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」という。)国籍を有する外国人男性である控訴人が,名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)入国審査官から,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)に該当する旨の認定を受けた後,名古屋入管特別審理官から,上記認定に誤りがない旨の判定を受けたため,入管法49条1項に基づき,法務大臣に対して異議の申出をしたところ,法務大臣から権限の委任を受けた名古屋入国管理局長(以下「名古屋入管局長」という。)から,平成26年3月10日付けで控訴人の異議の申出には理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を受け,引き続き,名古屋入管主任審査官から,同月11日付けで退去強制令書発付処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,本件裁決及び本件処分の取消しを求めた事案である。
原判決は,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が控訴した。
2 前提事実,争点及び当事者の主張は,以下のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決5頁16行目の「という。」を「又は「3人の子ら」ということがある。」と改める。
(2) 原判決5頁19行目末尾を改行した次に,次のとおり付加する。
「 Aは,平成26年3月頃,控訴人とは別れており,やり直す気はない旨述べたことはあるが,それは真意ではなく,控訴人とAとの関係は今なお解消されていない。むしろ,両者の内縁関係は継続しており,Aは,3人の子らのためにも,日本において控訴人と同居することを強く望んでいる。法的な婚姻が成立していないのは,フィリピンの婚姻制度のために必要な書類等が取得できていないという理由による。」
第3当裁判所の判断
1 控訴人の退去強制事由該当性等について
前提事実によれば,控訴人は,入管法24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に該当し,かつ,出国命令対象者(同法24条の3)に該当しない外国人であることが認められる。
2 認定事実
前提事実,掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 控訴人は,昭和54年(1979年)2月●日,ブラジルのサンパウロにおいて,ブラジル人の母と日系2世であるブラジル人の父との間に,4人きょうだいの第1子として出生し,以後,ブラジル国内で成育し,17歳で高校を卒業した後,平成9年9月4日,18歳の時に「定住者」の資格で本邦に上陸した。
その後,控訴人は,愛知県,三重県及び岐阜県において,自動車部品や携帯電話部品の製造,解体作業の仕事等に従事し,平成25年3月頃以降は,シジミを採って売る仕事をしながら生活してきた。
控訴人は,この間,在留期間を1年又は3年とする在留期間更新の許可を数回受け,最終の更新は,平成22年10月8日,在留期間を3年とし,在留期限を平成25年10月8日とするものであった。(甲1,15,乙1,2,5,9,13)
(2) 控訴人は,平成12年頃,フィリピン国籍で本邦において永住者の在留資格のあるAと知り合い,その約半年後から結婚を前提に同居を始め,平成13年6月●日,両名の間に長男のBが出生した。しかし,Aの実母の夫で日本人である義父がブラジル人を嫌って,控訴人との結婚に強く反対していたことから,法律上の婚姻には至らなかった。(甲1,3,証人A)
(3) 控訴人とAは,平成16年頃,仲違いをして別居し,Aは,平成17年5月●日,本邦に在留していたフィリピン国籍を有するE(以下「E」という。)と婚姻した。しかし,AとEの同居生活はやがて破綻し,Aは,再び控訴人と同居を始めるようになり,控訴人とAの同居生活は,控訴人が平成25年10月●日に逮捕されるまで続いた(甲1,3,乙28,証人A,控訴人本人)。
(4) もっとも,AとEの離婚が成立したのは,平成23年頃のことであり(甲3),それ以前の平成21年12月4日頃,Eが永住許可申請をした際,Aは,Eの配偶者として身元保証書を提出している(乙29,34)。
また,Aは,平成21年4月▲日に二男Cを,平成22年12月▲日に三男Dを出産し,いずれも控訴人との間の子であると述べているが(甲5,証人A),これら2子の出生届の父親欄には,いずれもEの氏名が記載されており,2子ともフィリピン国籍である(乙26,27)。
(5) 控訴人は,最終の在留期限の直前頃である平成25年9月12日,無免許で無車検無保険車両を運転して人身事故を起こし,被害者を救護することも警察に出頭することもしないで身を隠したが,在留期間の更新又は変更を受けないまま,同年10月8日の在留期限を徒過し,その後の同月●日,自ら警察に出頭して,道路交通法違反,自動車運転過失傷害の被疑事実により逮捕された。そして,控訴人は,平成26年1月●日,本件刑事事件(道路交通法違反(無免許運転,救護報告義務違反),道路運送車両法違反,自動車損害賠償保障法違反,自動車運転過失傷害被告事件)において,懲役1年執行猶予3年の有罪判決(本件刑事事件判決)を受け,同判決は確定した。(甲1,乙2,3)
(6) 控訴人は,本件刑事事件判決の宣告直後に名古屋入管収容所に収容され,その後,入管法24条4号ロ該当容疑者として本件裁決及び本件処分に至る一連の諸手続がとられたが,Aは,平成26年3月5日,名古屋入管審判部門入国審査官と電話で話をした際,控訴人とは別れており,やり直す気もない旨述べた。しかし,Aは,その後,このように述べたのは,Aの近くにブラジル人を嫌っている義父が居て,その旨話すように言われたからである旨供述している。(甲5,乙16,19,証人A)
(7) 控訴人は,平成27年2月9日,現在の肩書住所地とは異なる住所(三重県津市a町b番地c号)を住居地として仮放免が許可されたが,現在の肩書住所地であるAと3人の子らの住居に連日通い詰め,事実上の同居生活を継続し,平成28年9月12日には,現在の肩書住所地への住居地の変更が許可され,現在まで同居生活が続いている。
控訴人は,現在,仮放免中であることから収入がなく,魚を釣って生計の足しにするなどする程度であり,病弱なAがフルタイムに近いパートタイムの仕事で生活費を工面し,控訴人が家事をするなどし,児童手当等を受給しながら,一家5人の生活を維持している。長男Bは中学3年生,二男Cは小学1年生,三男Dは就学前であるが,いずれも控訴人とAの間の子として監護養育されており,3人とも日本語しか話すことはできない。なお,控訴人及びAは,日本語の日常会話程度はできる。
(甲1,3,5,8,9の1・2,10,11の1ないし5,12,乙5,9,13,証人A,控訴人本人)
(8) 控訴人とAは,お互いに婚姻の意思があり,今後も本邦において3人の子らを自分たちの子として育てながら生活していきたいと希望している。そして,控訴人とAは,婚姻届を提出しようと何度となく市役所に赴いているが,フィリピンの法律に基づくAとEとの離婚手続に問題があったようであることから,なかなか婚姻届が受理されないまま現在に至っており,未だ正式な婚姻関係にはないが,婚姻届が受理されるよう方々に手を尽くしているところである。Aは,当法廷に出廷し,控訴人を愛しており,本邦において一家5人の生活を続けていきたい旨,涙を流しながら供述している。(甲1,3,5ないし7 13の1・2,14の1・2,15,証人A,控訴人本人)。
3 本件裁決の違法性について
(1) 以上の認定事実及び前記前提事実によると,控訴人は,平成9年に本邦に入国以来,平成25年に本件刑事事件を起こすまで16年余にわたって特段の問題もなく生活してきたものであり,平成12年頃からは,一時の別居時期を除き,本邦に永住者の在留資格を有するAと内縁生活を継続し,現在に至るまで,生計が苦しい中でもAと力を合わせて3人の子らを懸命に監護養育してきたものと認められ,今後も,日本語しか話せない3人の子らのために本邦において一家5人で生活していくことを強く望んでいるところである。そして,Aの母国であるフィリピンに法律上の障害があって,容易に婚姻届が受理されないものの,両者には強い婚姻の意思があり,婚姻届が受理されるべく手を尽くしていることが認められる。もっとも,二男C及び三男Dは,戸籍上の父親がEとされており,生物学上の父が控訴人であるとの立証もないが,Aも控訴人も3人の子らはいずれも自分たちの間の子であると言っており,実際にいずれも自分たちの子として分け隔てなく慈しみ育ててきたことがうかがわれ,今後もこのような実際上の家族の状況に変わりはないものと認められる。
なお,Aは,前記2(6)に認定のとおり,平成26年3月5日,名古屋入管審判部門入国審査官に対し,控訴人とは別れており,やり直す気もない旨述べたことは認められるが,Aとしては,控訴人が身柄を拘束されてしまい,日本人である義父を頼らざるを得ない状況の中で,義父からの強い指示に逆らうことができず,やむなくそのように述べたものであって,Aの真意ではなく,当法廷で涙を流しながら述べたことがAの真意であり,控訴人の在留が認められれば義父に頼らず夫婦で力を合わせて生活していく意思を有していると認められる。
このような状況下において,控訴人がブラジルへ強制的に帰国させられることになれば,病弱なAが今後も本邦において一人で日本語しか話せない3人の子らを監護養育していかざるを得ず,それはAにとって事実上不可能に近いものと考えられ,一家離散ないしは母子の離別すら招きかねない事態となって,著しく人道に反する結果となる。
また,平成25年10月8日に在留期間を徒過して不法残留となっているが,控訴人は,平成9年の本邦への入国後,何度も在留期間の更新等が認められてきたものであり,上記のとおり在留期間を徒過したのは,本件刑事事件の犯罪を行って警察への出頭を同月●日まで躊躇していた間のことであって,在留期間の徒過それ自体を控訴人が意図的に望んだものとはいえない。
以上の諸事実は,本件裁決に当たり十分に考慮されるべき事柄である。
(2) 他方,本件刑事事件の詳細は,前記前提事実に記載のとおりであり,控訴人は,無免許で無車検・無保険車を運転した上,見通しが悪い交差点に進入する際,一時停止の標識があったにもかかわらず,一時停止をせずにその安全を確認しなかった結果,自車を被害車両に衝突させ,その運転者に加療約2週間を要する傷害を負わせたのみならず,その後も救護義務,報告義務を果たさず,そのまま逃走したというものである。確かに,控訴人の過失は危険かつ重大で,その一連の行為は交通法規ひいては被害者の生命等を軽視する身勝手なものといわざるを得ないところであって,本件刑事事件は,控訴人の在留特別許可の許否において消極要素として考慮されてもやむを得ない。
しかし,他方,控訴人は,無免許運転等の常習性がうかがわれるわけではなく,数日前にAと夫婦喧嘩をし,家を出て廃工場に寝泊まりしていた中で,Aと話し合うための時間に間に合わないと焦ったことから無免許運転等を敢行し,人身事故を惹起してしまったという偶発性もうかがわれる(甲1,乙9)。また,幸いにして被害者の傷害の程度は重いものではなく,被害感情が強いとも認められない上,控訴人はこれら犯行後自ら警察に出頭しているところであって,起訴に際しては在庁略式による罰金刑も検討された形跡があり(乙13),前歴はうかがわれないではないものの(乙9)初犯であり,十分反省していることも考慮されて,上記2(5)に記載のとおり,懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受けたものと考えられる。本件裁決に当たっては,このような本件刑事事件において控訴人のために酌むべき情状面も加味して考慮されるべきである。
(3) 以上述べたところからすると,本件裁決は,上記(1)のとおり,法律上の婚姻を予定した安定的かつ継続的な子育てを含む内縁関係の実態という酌むべき事情があるにもかかわらず,名古屋入管の入国審査官 において,電話でAから事情聴取をした際,同人が真意に反する供述をしたことによるものではあるものの,結果的に同人の真意の把握を誤ったため,同人と控訴人の内縁関係の実態を十分調査せず,又はこれを無視ないし軽視するに至り,かつ,上記(2)に述べたとおり,本件刑事事件についても控訴人のために酌むべき諸情状があるにもかかわらず,控訴人にとって不利な情状のみを殊更重大視し,これをもって看過し難い重大な消極要素になると評価することによってされたものといわざるを得ず,その判断の基礎となる事実に対する評価において明白に合理性を欠くことにより,その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことは明らかであるというべきであるから,裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法なものというほかはない。
よって,控訴人による本件裁決の取消請求には理由がある。
4 本件処分の違法性について
本件処分は,名古屋入管局長から本件裁決をした旨の通知を受けた名古屋入管主任審査官が,入管法49条6項に基づいてしたものであるが,上記3において述べたとおり,本件裁決に裁量権の範囲を逸脱濫用した違法性があって取り消されるべきである以上,これを前提とする本件処分も違法というほかなく,その取消請求にも理由がある。
第4結論
以上によれば,控訴人の本件各請求はいずれも理由があるから認容すべきところ,これと結論の異なる原判決は失当であるから取り消すこととし,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第4部
(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 上杉英司 裁判官 前田郁勝)