名古屋高等裁判所 平成28年(ラ)181号 決定 2016年6月17日
基本事件・津地方裁判所 平成27年(ケ)第18号
主文
1 原決定を取り消す。
2 別紙物件目録記載1ないし3の各不動産について,相手方に対する売却を不許可とする。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
抗告の趣旨及び理由は,別紙「執行抗告状」に記載のとおりであり,これに対する相手方の意見は,別紙「意見書」に記載のとおりである。
第2事案の概要
本件は,原審裁判所が,平成28年5月13日,基本事件の担保不動産競売事件において,別紙物件目録記載1ないし3の各不動産(以下「本件1ないし3物件」という。)に関し,相手方に対して売却許可決定(以下「本件売却許可決定」という。)をしたところ,抗告人が,自らは相手方より高額の入札をしており,抗告人の入札を無効として開札に加えなかった売却手続には重大な誤りがあるとして,本件売却許可決定に対して執行抗告をした事案である。
第3当裁判所の判断
1 一件記録によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原審裁判所は,平成27年3月2日,本件1ないし3物件及び別紙物件目録記載13の不動産(以下「本件13物件」という。)を含む17の不動産について,担保不動産競売開始決定をした。そして,原審裁判所は,基本事件の対象物件を複数の売却単位に分けて売却することとし,同年6月25日,本件1ないし3物件(一括売却)の売却基準価額を35万円(買受申出保証金額7万円),本件13物件の売却基準価額を15万円(買受申出保証金額3万円)と定めた。
(2) 原審裁判所は,平成28年2月12日,本件1ないし3物件及び本件13物件につき,期間入札の方法により執行官に売却を実施させることとし,入札期間を同年4月8日午前9時から同月15日午後5時まで,開札期日を同月21日午前10時と定めた。
(3) 抗告人は,本件1ないし3物件及び本件13物件の両方に入札をすることとし,入札期間内に,①本件1ないし3物件の入札書を入れた内封筒(表に開札期日,事件番号及び物件番号を記載したもの),②本件13物件の入札書を入れた内封筒(表に開札期日,事件番号及び物件番号を記載したもの),③ゆうちょ銀行の振込依頼書を貼付した入札保証金振込証明書,④住民票をまとめて一つの封筒(外封筒)に入れて,原審裁判所執行官に郵送により提出した。なお,抗告人は,買受申出保証金を振り込む際に,本件1ないし3物件の保証金(7万円)と本件13物件の保証金(3万円)を合計した10万円をまとめて原審裁判所の預金口座に振り込んだため,原審裁判所執行官に提出した入札保証金振込証明書及びゆうちょ銀行の振込依頼書は1通であった。抗告人が提出した入札保証金振込証明書には,事件番号として「平成27年(ケ)第18号」,物件番号として「公告書記載の番号 第1~3,13号」と記載されていた。
(4) 原審裁判所執行官は,買受申出保証金が売却単位ごとに振り込まれず,入札保証金振込証明書も売却単位ごとに提出されなかったことから,抗告人の入札を無効として開封しなかった。本件1ないし3物件の入札者は抗告人と相手方の2名であり,本件13物件の入札者は抗告人だけであったため,原審裁判所執行官は,平成28年4月21日の開札期日において,相手方を本件1ないし3物件の最高価買受申出人とし,本件13物件については不売とした。本件1ないし3物件の抗告人の入札価額は36万8001円であり,相手方の入札価額は30万1500円であった。
(5) 原審裁判所執行官の上記各処分に対し,抗告人は執行異議を申し立てたが,原審裁判所は抗告人の異議を却下した。そして,原審裁判所は,平成28年5月13日,本件1ないし3物件について,相手方に対する本件売却許可決定をした。
2 以上の認定を前提として,本件売却許可決定の適否について検討する。
(1) 担保不動産競売手続における買受けの申出の保証について,民事執行法は,不動産の買受けの申出をしようとする者は,最高裁判所規則で定めるところにより,執行裁判所が定める額及び方法による保証を提供しなければならないと定め(同法188条,66条),これを受けた民事執行規則は,期間入札における買受けの申出の保証は,執行裁判所の預金口座に一定の額の金銭を振り込んだ旨の金融機関の証明書又は同規則40条1項4号の文書を,入札書を入れて封をし,開札期日を記載した封筒と共に執行官に提出する方法により提供しなければならないと規定している(同規則173条1項,48条)。
しかしながら,上記のとおり,民事執行規則48条は,入札保証金振込証明書等を,入札書を入れた封筒と共に執行官に提出しなければならないことを定めているのみであって,同条が,少なくとも一つの事件の複数の売却単位の開札期日が同一の場合において,入札保証金振込証明書を売却単位ごとに個別に提出すべきことまで義務付けているとは,文言上は直ちに解し得ない。
(2) また,買受申出保証金額は売却単位ごとに個別に定められるものであり,買受申出保証金の提供は入札の有効要件であるから,買受申出保証金が合算提供されることによって,その額の内訳が一義的に確定できず,当該売却単位について定められた買受申出保証金が提供されたことを確認できない場合には,そのような入札は無効であると解さざるを得ない。例えば,合算提供された金額が,各売却単位について定められた買受申出保証金の合計額に不足したり超過したりした場合には,その額の内訳を一義的に確定できないことになると考えられる。
しかしながら,本件においては,入札保証金振込証明書に物件番号が「第1~3,13号」と記載され,振り込まれた買受申出保証金の金額は,本件1ないし3物件の保証金7万円と本件13物件の保証金3万円を合計した金額と同額の10万円であったのであるから,入札者としては,各売却単位について定められた7万円と3万円の保証金を提供する意思であったことが明らかであり,それ以外の意思解釈は成り立ち難い。したがって,本件の事実関係の下では,各売却単位についての買受申出保証金の提供が確認できないとは認められない。
(3) さらに,このような買受申出保証金の合算提供を有効と認めた場合には,当該入札者が,一方の売却単位では最高価買受申出人となり,他方の売却単位では最高価買受申出人とならなかった場合に,保証金の一部返還の事務が発生することとなり,通常とは異なる会計事務が必要となる可能性がある。
しかしながら,買受申出保証金の合算提供を入札の無効原因とする法令上の根拠がないのであれば,裁判所の会計事務上の支障をもって,入札を無効とすることができないことは当然である。また,このような一部返還が,会計事務として不可能であるとも考えられない。
(4) そのほか,相手方は,津地方裁判所で配布している「入札保証金振込証明書の書きかた」と題する書面には,「入札書毎に保証金の振込みが必要であるため,一括納付はできません。」と記載されていること,同じく同裁判所で配布している「期間入札についての注意」と題する書面には,「入札をしようとする者は執行裁判所が定める額の買受の保証を売却単位ごとに提供しなければなりません。(法66条)」,「入札書は売却単位ごとに,入札期間内に資格証明書等必要書類と共に入札書在中の封筒に入れ保証金振込証明書等を添えて直接執行官に差し出す方法又はその封筒等を他の封筒『入札書在中と表示』に入れて郵便若しくは信書便により執行官に送付する方法により行って下さい。(規則34条・47条)」と記載されていることからすれば,これらに定められた方法で入札するのが正当であり,入札手続を正当にしなかった以上,参加資格は無効となるべきであると主張する。
そこで検討するに,買受申出保証金を合算提供した場合には,上記(2)で述べたとおり,入札自体が無効となる場合もあることから,地方裁判所が,実務運用として,上記のような注意喚起を入札者に対して行い,もって円滑な入札手続を確保しようとしていることは何ら不合理ではない。しかしながら,こうした説明文書の交付は,あくまで運用によるものであるから,法令に定められていない入札の無効原因を新たに創設する効果を有しないことは明らかである。加えて,上記説明文書は,入札書類を求めて津地方裁判所に来庁した者には交付されているが,同裁判所に来庁せずに入札書類を入手し,それを郵便等で提出した者にとっては,必ずしも目にする機会が保障されているわけでもない(入札に慣れていない者が入札する場合には,裁判所の窓口で入札書類やその書き方を確認することが望ましいが,それは義務とはいえない。)。
したがって,相手方の上記主張は採用することができない。
(5) 以上によれば,本件の事実関係の下では,抗告人の入札は有効であると解するのが相当である。抗告人の入札を無効として開札に加えなかった本件1ないし3物件の売却手続には重大な誤りがあると認められ,相手方への売却は不許可とすべきである(民事執行法188条,71条7号)。
第4結論
よって,本件抗告は理由があるから,原決定を取り消した上,本件1ないし3物件の相手方に対する売却を不許可とすることとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 揖斐潔 裁判官 池田信彦 裁判官 福田千恵子)
(別紙物件目録,同執行抗告状及び同意見書省略)