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名古屋高等裁判所 平成29年(行コ)42号 判決 2017年10月20日

主文

1(1)  1審被告の控訴に基づき,原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消しに係る1審原告の請求を棄却する。

2  1審原告の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  1審原告の控訴

(1)  控訴の趣旨

ア 原判決中1審原告敗訴部分を取り消す。

イ 名古屋市上下水道局長が平成27年9月3日付けで1審原告に対してした懲戒免職処分を取り消す。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも1審被告の負担とする。

(2)  控訴の趣旨に対する答弁

ア 主文第2項と同旨

イ 控訴費用は1審原告の負担とする。

2  1審被告の控訴

(1)  控訴の趣旨

ア 主文第1項と同旨

イ 訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。

(2)  控訴の趣旨に対する答弁

ア 1審被告の控訴を棄却する。

イ 控訴費用は1審被告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,名古屋市上下水道局の職員であった1審原告が,酒気帯び運転で検挙されたことを理由として,名古屋市上下水道局長(処分行政庁)から平成27年9月3日付けで受けた懲戒免職処分(以下「本件懲戒免職処分」という。)及び退職手当支給制限処分(以下「本件支給制限処分」といい,本件懲戒免職処分と併せて「本件各処分」ともいう。)はいずれも裁量権を逸脱又は濫用した違法なものであると主張して,1審被告(以下,単に「市」ともいう。)に対し,本件各処分の取消しを求めた事案である。

原審は,本件支給制限処分の取消しを求める限度で1審原告の請求を認めたところ,1審原告及び1審被告の双方がそれぞれ控訴した。

以下,略語は,特に断りのない限り,原判決の例による。

2  前提事実

(1)  前提事実は,次の(2)のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決4頁1行目の「退職手当をいう。以下同じ」を「退職手当をいい,以下,単に「退職手当」ともいう」に改める。

イ 原判決4頁9行目の「当裁判所」を「名古屋地方裁判所」に,10行目から11行目にかけての「地方公営企業法39条1項の趣旨を踏まえ」を「地方公営企業法39条1項により地方公務員法49条は適用されないから」に,同行目から12行目にかけての「地方公務員法51条の2は適用されないものと解される」を「同法51条の2も適用されない」にそれぞれ改める。

ウ 原判決5頁8行目の「現取扱方針は」の次に次のとおり加える。

「,地方公務員法の規定に基づく懲戒処分の実施に関し,透明性及び公正性を確保しつつ,非違行為に対して厳正に対処するとともに,職員の自覚を喚起し,不祥事の発生防止を図ることで市民の市政への信頼を確保することを目的とし(第1)」

エ 原判決5頁9行目の「掲げたものであるが」を次のとおり改める。

「掲げたものであり,具体的な量定の決定に当たっては,①非違行為の原因,動機,態様及び結果はどのようなものであったか,②故意又は過失の度合いはどの程度であったか,③非違行為を行った職員の職責はどのようなものであったか,その職責は非違行為との関係でどのように評価すべきか,④他の職員,地域及び社会に与える影響はどのようなものであるか,⑤過去に非違行為を行っているかのほか,適宜,日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合的に考慮のうえ判断するものとした(第2)。

そして,現取扱方針第3の5(1)において」

オ 原判決5頁11行目から12行目にかけての「免職とする。」」の次に「(現取扱方針第3の5(1)ア)」を,13行目の「停職とすることができる。」」の次に「(現取扱方針第3の5(1)イ)」をそれぞれ加え,14行目の「(取扱方針第3の5(1)ア,イ)」を削る。

カ 原判決6頁10行目から11行目にかけての「権限を有していた機関」の次に「(本件退職手当条例16条2号)」を加え,15行目の「退職に係る」を削る。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  争点及びこれに対する当事者の主張は,次の(2)のとおり当審における当事者の補充主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  当審における当事者の補充主張

ア 1審原告の主張-本件懲戒免職処分の違法性(争点(1))について

(ア) 本件酒気帯び運転の性質・態様について

1審原告の検挙時におけるアルコール濃度は呼気1リットル当たり0.29ミリグラムであって,懲戒免職処分が違法であるとされた類似事案の裁判例におけるアルコール濃度が呼気1リットル当たり0.5ミリグラムであったことと比較すると,本件酒気帯び運転の性質・態様が極めて悪質とまではいえず,むしろ比較的軽微との評価もあり得るところであるため,本件酒気帯び運転の悪質性を1審原告に不利にしんしゃくすべき事情として重視することは不当である。

(イ) 公務への支障について

1審原告が夜間勤務を他の職員と交代したのは3日にすぎず,1審原告が夜間勤務及び休日勤務に従事するのは1か月のうちに2,3日程度しかなく,また,1審原告は一現業労務職員であったため,本件酒気帯び運転の事実が新聞で公表された後も,公務を阻害するような動揺が他の職員間に生じるようなことはなかったから,本件酒気帯び運転による公務への支障は僅かなものであったのであり,それを1審原告に不利にしんしゃくすべき事情として重視することは不当である。

(ウ) 市政等の信用の失墜

1審原告は一現業労務職員にすぎなかったものであり,管理職や特に高度な遵法精神を求められる職責にある者が酒気帯び運転を行った場合に比較すれば,本件酒気帯び運転による市政等に対する信用の失墜の程度は自ずと低いものであったといえる。したがって,市政等の信用の失墜を1審原告に不利にしんしゃくすべき事情として重視することは不当である。

(エ) 1審原告の勤務状況

1審原告が公用車の駐車違反等によって始末書の提出を命じられたり,E部長から厳重注意を受けたのは本件酒気帯び運転の約9年も前のことであって,本件酒気帯び運転との関連性はなく,また,平成27年4月のD長の引継書(乙40)において,1審原告について「公私ともに行動等に要注意。観察が必要。」と記載されていることの趣旨は不明である。

そして,勤務状況については,良好であった場合に1審原告に有利にしんしゃくし,不良であった場合に1審原告に不利にしんしゃくすることはあっても,良好とまではいえず,可もなく不可もない場合に,それを1審原告に不利にしんしゃくすることは不当である。

(オ) 1審原告に有利にしんしゃくすべき事情

1審原告が本件懲戒免職処分以前に懲戒処分を受けたことはないとの事情は,1審原告に有利にしんしゃくされてしかるべきである。

また,飲酒運転を行った公務員に対して懲戒免職処分がなされなかった事例が多々あり,その中には1審原告よりも不利にしんしゃくすべき事情が認められる者まで含まれているという事情は,1審原告に有利にしんしゃくされてしかるべきである。

(カ) まとめ

以上のとおり,原判決は,1審原告に有利・不利にしんしゃくすべき事情を適切に考慮していない。上記事情を適切に考慮すれば,本件懲戒免職処分は,1審原告にとってあまりにも過酷で重きに失するものであって,社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,これを濫用したものであるため,違法である。

イ 1審被告の主張-本件支給制限処分の違法性(争点(2))について

(ア) 違法性審査の判断枠組み

1審被告は,本件退職手当条例17条1項所定の退職手当支給制限処分の審査につき,「退職手当の支給制限について」(平成22年3月30日付け21総給第135号)(以下「本件支給制限通達」という。乙48)を定めているところ,本件酒気帯び運転をした1審原告について,現取扱方針第3の5(1)イ所定の停職にとどめるべき特段の事情があるとは認められないから,本件支給制限通達2条1号には該当せず,また,本件酒気帯び運転が同条2号ないし4号のいずれにも該当しないことは明らかである。

以上のとおり,1審被告は,本件酒気帯び運転が退職手当の一部支給制限処分にとどめることを検討する場合のいずれにも該当しないから,原則に従って全部支給制限処分,すなわち本件支給制限処分をしたものであって,1審被告が本件支給制限通達に基づいて審査するという判断枠組みをとることは適当であり,それに従って行われた判断も合理的なものであるから,1審被告の裁量権の行使に逸脱又は濫用はない。

(イ) 本件支給制限処分において考慮すべき事情

a 本件酒気帯び運転の内容及び程度並びにその経緯

本件酒気帯び運転では人的・物的被害は発生していないが,そもそも事故の有無は本件支給制限通達2条各号の一部支給制限処分にとどめることを検討する事由には列挙されていないし,飲酒運転は一瞬にして人の命を奪いかねない非常に危険な行為であり,たまたま被害がなかったことをもって処分を減軽すべきではない。また,本件酒気帯び運転は故意によるもので,悪質な行為である。さらに,非違行為後の言動につき,本件支給制限通達6条は,当該非違を隠蔽する行動をとった場合には処分を加重することを検討するとしており,非違を隠蔽することが処分の加重要件になりこそすれ,検挙の翌日に上司への報告を行ったことが処分の減軽事由になるわけではない。加えて,本件酒気帯び運転後の1審原告の言動をみると,検挙の翌日に上司に報告する際に,待ち合わせ場所まで近距離であるにもかかわらず車で赴いていること,検挙の僅か2日後には飲酒習慣を再開していることをも併せて考慮すると,本件酒気帯び運転後の1審原告の行動が処分の減軽に値するものであるとはいい難い。

b 本件酒気帯び運転が公務に及ぼした影響

本件支給制限通達7条は,当該非違による被害や悪影響が結果として重大であった場合には処分を加重することを検討することとするのみで,処分を減軽する要件は定めていないから,たとえ公務の遂行に及ぼした支障の程度が重大であったとまではいえないとしても,それが処分を減軽する事由になるわけではない。

そして,1審原告は管理職的な立場にあったわけではないが,本件支給制限通達3条は,当該退職をした者が占めていた職の職務に関連した非違であるときには処分を加重することを検討することとしているところ,1審原告は,職務上現場に向かう際には公用車を使用することが多く,その際には1審原告が公用車の運転を担当することがしばしばあったのであるから,処分を加重する場合に該当する。また,本件酒気帯び運転と1審原告の職務との関連性が本件支給制限処分に当たり考慮されていることは,1審被告の退職手当支給制限処分書(甲6)からも明らかである。

c 1審原告の勤務状況

本件支給制限通達4条は,過去にも類似の非違を行ったことを理由として懲戒処分を受けたことがある場合には処分を加重することを検討することとするのみで,懲戒処分歴や,遅刻,無断欠勤及び職場の人間関係でのトラブルがないことが処分を減軽する事由とはしていない。

そもそも1審原告については,これまでに公用車の不適切場所への駐車と駐車違反,勤務時間中における私的な銀行利用や無許可での運転免許証再交付手続,私用で公用車を運転中の物損事故の惹起等の非違行為を犯しており,上司からの度重なる注意や指導にもかかわらず,8こうした非違行為を繰り返した1審原告の勤務状況が良いとは到底いうことができないし,上記非違行為から時を経てもなお,平成27年4月のD長の引継書(乙40)において,1審原告が行動等に注意を要する人物として特に言及されていることは,1審原告の勤務状況が他の職員に比べて特に劣っていたことを示す何よりの証拠である。

また,1審原告は,平成18年10月に所属部長から厳重注意を受けているが,このような部長注意処分を受ける水道局職員の割合は極めて低く,よくあることではないということは1審原告の元上司及び元同僚も認めるところである。

以上のとおり,1審原告の勤務状況は特に劣っていたということができる。

d 1審原告に懲戒処分歴がないこと及び公務への貢献

1審原告に懲戒処分歴はないものの,上記cのとおりいくつかの非違行為を犯しており,1審原告が問題のある職員であったことは明らかである。また,そのような1審原告につき,水道局や過去の上司等が煩慮し,1審原告の職場では1審原告のために職務上の特別な配慮を必要とするとされていたのであり,必然的に1審原告のこれまでの公務に対する貢献も僅少であったと推察されるから,1審原告が公務に相応の貢献をしてきたとはいい難い。

e まとめ

以上のとおり,仮に原判決が説示するように,退職手当の支給制限処分については,非違の内容及び程度,本人の過去の功績の度合い,当該支給制限の内容及び程度等の諸事情を比較衡量するという判断枠組みが正しいとしても,1審原告については,処分を減軽するに値する事由は何一つなく,総合的にみて,退職手当を全部不支給とした1審被告の判断が均衡を欠いて重きに失するとはいえず,本件支給制限処分は適法である。

(ウ) 1審被告において飲酒運転に対する厳格な処分基準が採用されている理由

a 公務員の退職手当の特性

公務員の退職手当は,勤続報償としての性格を基本としていることに加え,その財源が住民等から徴収した税金や公共料金であるということに鑑み,民間企業における退職金とはその性質を異にするものである。

とりわけ,水道局は,上下水道事業に関係する国内外のみなさまと信頼関係を築くことを基本理念に掲げ(乙35),市民との信頼関係の構築に注力してきたことを鑑みれば,1審被告のこれまでの努力を無に帰し,市政や上下水道事業,さらには市の職員に対する市民からの信用を著しく失墜させた本件酒気帯び運転は,退職手当の支給の正当性を失わせる重大な非違行為である。

仮に,公務員の退職手当と民間企業における退職金の性質に差異がないとしても,民間企業においても69.3パーセントが懲戒解雇時は退職金を全額不支給としており(乙68),1審被告が,懲戒免職時に退職手当を全部支給制限することを原則とする処分基準を採用することが社会観念上著しく妥当を欠いたものとはいえない。

b 水道局が高度の公共性を有する団体であること

水道局は,市民生活に密接な関係を有する上下水道事業を所管する公営企業であり,その職員は地方公営企業法15条1項に定める企業職員であるとともに,地方公務員法2条に規定する地方公務員であるから,水道局の職員であった1審原告には,一般私企業の従業員と比較して,より厳しい規制がなされることにも合理的な理由があるといえる。

c 飲酒運転の危険性及び愛知県の特殊事情

飲酒運転は,死亡事故率が高いなど,行為そのものの危険性が高いことに加え,他人を巻き込み死傷させる重大事故につながる危険性も高い行為であり,厳にいさめられるべきものである。また,愛知県は飲酒運転の取締件数が多く,交通事故による死者数も他の都道府県と比較して多い。

1審被告は,こうした飲酒運転の危険性に加え,もともと交通事故の発生件数が多いという愛知県の特殊事情に鑑み,法令遵守を第一とする行政として職員に飲酒運転を起こさせないための抑止力とするために退職手当の支給制限を含めた厳格な処分基準を採用しているところであるが,市職員による飲酒運転事例は後を絶たない。

したがって,1審被告が,住民の信頼を得るため,飲酒運転に対して厳格な姿勢で臨むことには合理的な理由があるのであり,本件支給制限処分は社会観念上著しく妥当を欠いたものではなく,裁量権の範囲を逸脱するものではない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,1審原告の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は次のとおりである。

2  認定事実

(1)  次の(2)のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決16頁3行目から4行目にかけての「原告の自宅近くの喫茶店で」を「1審原告及びCのお互いの自宅近くの喫茶店で待ち合わせ,駐車場に駐車した1審原告の自動車内で」に改める。

イ 原判決16頁12行目の「,22」を削る。

ウ 原判決16頁26行目の「7の1・2,9」を「7の1」に改める。

エ 原判決20頁10行目の「17条1項で」の次に「,上記第2の1(5)エのとおり」を加え,13行目の「(平成22年3月30日付け」から16行目末尾までを次のとおり改める。

「(本件支給制限通達)を定めた。

そして,本件支給制限通達1条は,非違の発生を抑止するという制度目的に留意し,支給制限を行う場合は,一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とすると規定し,同2条は,一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合を,本件退職手当条例17条所定の「当該退職をした者が行った非違の内容及び程度」が「停職以下の処分にとどめる余地がある場合に,特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合」(1号),「懲戒免職等処分の理由となった非違が,正当な理由がない欠勤その他の行為により職場規律を乱したことのみである場合であって,特に参酌すべき情状のある場合」(2号),「懲戒免職等処分の理由となった非違が過失(重過失を除く。)による場合であって,特に参酌すべき情状のある場合」(3号),「過失(重過失を除く。)により禁錮以上の刑に処せられ,執行猶予を付された場合であって,特に参酌すべき情状のある場合」(4号)のいずれかに該当する場合に限定し,その場合であっても,公務に対する信頼に及ぼす影響に留意して,慎重に検討する旨を規定している。

また,本件退職手当条例17条1項が列挙するその余の事情のうち,「当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任」は「当該退職をした者が管理職員であるとき又は当該退職をした者が占めていた職の職務に関連した非違であるときには処分を加重することを検討すること」等により(本件支給制限通達3条),「当該退職をした者の勤務の状況」は「過去に12も類似の非違を行ったことを理由として懲戒処分を受けたことがある場合には処分を加重することを検討すること」等により(本件支給制限通達4条),「当該非違に至った経緯」は「当該非違が行われることとなった背景や動機について特に参酌すべき情状がある場合にはそれらに応じて処分を減軽又は加重することを検討すること」等により(本件支給制限通達5条),「当該非違後における当該退職をした者の言動」は「当該非違による被害や悪影響を最小限にするための行動をとった場合には処分を減軽することを検討し,当該非違を隠蔽する行動をとった場合には処分を加重することを検討すること」等により(本件支給制限通達6条),「当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度」は「当該非違による被害や悪影響が結果として重大であった場合には処分を加重することを検討すること」等により(本件支給制限通達7条),それぞれ勘案することを規定している。」

3  本件懲戒免職処分の違法性(争点(1))について

(1)  次の(2)のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の2(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決22頁7行目の「自宅までの距離」の次に「(約2キロメートル(乙9))」を加える。

イ 原判決22頁11行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 これに対し,1審原告は,本件酒気帯び運転に係る車の走行時間及び走行距離が短く,検挙時のアルコール濃度も,懲戒免職処分が違法であるとされた類似事案の裁判例よりも低いから,本件酒気帯び運転の性質・態様は極めて悪質とまではいえず,むしろ比較的軽微との評価もあり得る旨を主張する。

しかし,1審原告の検挙時の上記アルコール濃度,1審原告が本件酒気帯び運転に至った上記経緯に照らすと,本件酒気帯び運転の性質及び態様が極めて悪質なものであることは明らかというべきであって,本件酒気帯び運転に係る車の走行時間及び走行距離,1審原告が指摘する他の裁判例の存在はいずれも上記判断を左右しない。」

ウ 原判決22頁22行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 これに対し,1審原告は,公務への支障は僅かなものであり,市政等の信用失墜の程度も低いものであった旨を主張する。

しかし,1審原告が本件酒気帯び運転により2年間の運転免許取消処分を受けたことは上記第2の1(2)に認定のとおりであり,そのために水道局は,上記のとおり1審原告が担当すべき夜間勤務を他の職員に継続的に交代させざるを得なくなり,通常勤務においても,現場に向かう職員の班構成に制約が生じ,あるいは1審原告の担当職務を内勤業務に制限するなどの特別な配慮を要することになったのであり(証人A,弁論の全趣旨),それらによる公務への支障が僅かなものであるなどということはできず,他の職員が動揺して公務の遂行を阻害されたかどうかは上記判断を左右しない。

また,市及び水道局が,飲酒運転に対して厳しい姿勢で対処すべきであるという社会的要請の高まりを踏まえて旧取扱方針及び現取扱方針を制定するなどし,職員の飲酒運転の撲滅に向けて取り組んできたことは上述のとおりであるから,そうした取組に反して,水道局の職員である1審原告が本件酒気帯び運転をしたことによる市政等に対する市民からの信用失墜の程度が低いものであったなどということはできず,1審原告が管理職等でないことは上記判断を左右しない。」

エ 原判決23頁1行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 これに対し,1審原告は,勤務状況が良好とまではいえないことを不利にしんしゃくすることは不当であり,懲戒処分を受けたことがないことを有利にしんしゃくすべきであると主張する。

しかし,1審原告の勤務状況が良好であったとはいえないことを不利な事情としてしんしゃくすべきことは当然のことであって,D長の引継書(乙40)に「公私ともに行動等に要注意。観察が必要。」と特記されていることに照らすと,1審原告については,上記1(4)に認定した違反行為等から相当期間が経過しても,なお水道局の職員としての自覚や遵法精神に欠ける行動等が懸念されたものと認めるのが相当である。そうすると,1審原告に懲戒処分歴がないことを,その勤務状況から分離して,1審原告に有利な事情としてしんしゃくすることは不相当といわざるを得ない。したがって,1審原告の上記主張は上記判断を左右しない。」

オ 原判決23頁24行目の「多いのであって」の次に「,1審原告の責任は重いといわざるを得ず」を加える。

カ 原判決24頁1行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 そして,上記第2の1(5)に認定のとおり,現取扱方針第3の5(1)イは,飲酒運転をした職員につき,特段の事情がある場合は停職とすることができる旨を規定しているところ,上記のとおり不利にしんしゃくすべき事情が多く,責任は重いというべき1審原告については,停職とすべき特段の事情があるとは認められないから,本件懲戒免職処分は,現取扱方針第2所定の諸事情を適正に考慮し,上記特段の事情があるとは認められないと判断してなされたものであり,現取扱方針とも整合するものということができる。」

4  本件支給制限処分の違法性(争点(2))について

(1)  次の(2)のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の2(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決25頁13行目から26行目末尾までを次のとおり改める。

「 そうすると,市及び水道局の職員に対する退職手当の支給制限処分は,本件退職手当条例17条1項所定の広範な事情を総合して判断されるべきものであるから,退職手当の支給制限処分をすべきかどうか,また,支給制限処分をする場合にいかなる程度の制限をすべきかは退職手当管理機関の裁量に委ねられており,退職手当管理機関がその裁量権を行使してした退職手当支給制限処分が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に,違法であると判断すべきものと解するのが相当である。」

イ 原判決26頁2行目から28頁20行目までを次のとおり改める。

「(ア) そもそも本件懲戒免職処分が適法なものであることは上記(1)に判断したとおりであることに加えて,①本件酒気帯び運転の態様が極めて悪質で,それに至った経緯についても酌量の余地がないことは上記(1)イ

(イ) aに,②1審原告は管理職員ではなく,本件酒気帯び運転は私生活上の非違行為にとどまって,職務に連続した非違行為でもないものの,1審原告は,職務上現場に向かう際には公用車を使用し,かつ,しばしば公用車の運転を担当する業務に従事していたにもかかわらず,本件酒気帯び運転をして運転免許取消処分を受けたことにより公務の遂行に僅かとはいい難い程度の支障を生じさせるとともに,市及び水道局の飲酒運転の撲滅に向けた取組に反して,水道局の職員である1審原告が本件酒気帯び運転をしたことにより,公務に対する信頼を著しく失墜させたことは上記(1)イ(イ)b及びdに,③1審原告に懲戒処分歴はないものの,勤務状況が良好であったとはいえず,水道局の職員としての自覚や遵法精神に欠ける行動等が懸念されていたことは上記(1)イ(イ)cにそれぞれ判断したとおりである。

これらの諸事情に,市及び水道局が飲酒運転の撲滅に向けて取り組ん16でいる状況下で,飲酒運転をすれば,現取扱方針により原則として懲戒免職処分になることを十分知りながら本件酒気帯び運転に及んだことを併せて考慮すると,1審原告の責任は重いといわざるを得ない。

(イ) 他方で,本件酒気帯び運転により人的・物的被害が発生したことはうかがわれず,また,上記1(3)アに認定のとおり,1審原告は,本件酒気帯び運転による検挙の翌日にはその旨を上司に報告しており,本件酒気帯び運転を隠蔽する行動はとっていないことが認められる。

また,上記アに説示した退職手当の法的性質の観点から勘案すべき事情としては,1審原告は,昭和52年4月から本件懲戒免職処分がなされた平成27年9月まで,約38年間にわたって水道局に勤務してきたこと(上記第2の1(1)),1審原告は,本件懲戒免職処分により地方公務員としての地位を喪失し,本件支給制限処分により2033万1057円であった退職手当の額が47万1662円となって,1985万9395円の受給権を喪失すること(上記第2の1(3)イ),1審原告は,本件懲戒免職処分当時,56歳で,相当額の負債を抱えており,破産手続の準備中であったこと(上記1(7))を指摘することができる。

(ウ) そこで,上記(ア)及び(イ)の諸事情を踏まえて検討してみると,上記(イ)のとおり1審原告に有利に勘案されるべき事情も存するとはいえ,上記(ア)の諸事情,特に,本件酒気帯び運転の態様が極めて悪質で,1審原告の責任は重大というべきものであることに加えて,退職手当が勤続報償的な性格を基本とするものであることを併せて考慮するときには,もはや1審原告の過去の功績は没却されて,報償を与えるには値せず,退職手当の他の側面である生活保障的性格及び賃金後払い的性格が奪われることになってもやむを得ないものと認めるのが相当であって,本件支給制限処分が社会観念上著しく妥当を欠き,退職手当管理機関である処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したとは認め17られず,本件支給制限処分は適法である。

(エ) そして,1審被告は,本件支給制限通達を制定し,その2条が,一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合を同条各号所定の場合に限定していることは上記1(8)ウに認定のとおりであるところ,1審原告については,停職とすべき特段の事情があるとは認められず,本件懲戒免職処分が適法であることは上記(1)イ(ウ)に判断したとおりであるから,同条1号には該当せず,また,本件酒気帯び運転は同条2号ないし4号のいずれにも該当しないことも明らかであって,本件支給制限処分は,本件支給制限通達2条に合致し,かつ,本件退職手当条例17条1項所定の諸事情の適正な考慮とも整合するものである。

(オ) したがって,本件支給制限処分の取消しを求める1審原告の請求は,理由がない。」

第4結論

よって,1審原告の請求はいずれも理由がないから全部棄却すべきところ,これと異なり,本件支給制限処分の取消請求を認容し,本件懲戒免職処分の取消請求を棄却した原判決は一部失当であって,1審被告の控訴は理由があるから原判決中1審被告敗訴部分を取り消して,同部分に係る1審原告の請求を棄却し,1審原告の控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

名古屋高等裁判所民事第3部

(裁判長裁判官 揖斐潔 裁判官 近藤猛司 裁判官 日比野幹)

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