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名古屋高等裁判所 平成3年(行コ)8号 判決 1992年2月26日

控訴人

下家徳美

右訴訟代理人弁護士

安藤友人

鷲見和人

仲松正人

被控訴人

岐阜八幡労働基準監督署長大野好朗

右指定代理人

大圖玲子

小山均

長渡徹

大久保隆淑

野田郁郎

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

1  控訴人

「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五八年一月二二日付でした労働者災害補償保険法による障害補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

2  被控訴人

主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張

原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目表三行目の「労働者災害補償保険法」(本誌五八八号<以下同じ>49頁1段5行目)の次に「(以下『労災法』という。)」を加え、同裏六行目の「労働者災害補償保険法」(49頁1段24~25行目)及び同四枚目表六行目の「労働者災害補償保険法(以下『労災法』という。)」(49頁2段7行目)をいずれも「労災法」と、同五枚目表九行目の「『前項」(49頁3段12行目)から同裏一行目の「行う。』と」(49頁3段17行目)までを「労働基準法七七条に規定する災害補償の事由が生じた場合に、補償を受けるべき労働者の請求に基づいて行う旨」と、同七枚目表九行目の「三」(50頁1段14行目)を「四」と、同一〇行目の「労災」(50頁1段16行目)を「業務災害」と、同裏一一行目の「一」(50頁2段3行目)を「1」とそれぞれ改める。)。

三  立証

原審及び当審の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものであると判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決九枚目表一行目末尾(50頁3段7行目)の次に行を変えて次のとおり加え、同二行目の「二」(50頁3段8行目)を削る。

「二 そこで、請求原因3の判断に先立ち、まず控訴人のした労災法一二条の八に基づく障害補償給付の請求が、被控訴人主張のように除斥期間経過後ないし消滅時効完成後にされたものか否かについて検討する。

1  労災法四二条は、障害補償給付を受ける権利は五年を経過したときは『時効』によって消滅するものと規定し、また、同法三五条二項は、保険給付に関する請求に基づく決定がされた場合においてもなお消滅時効が進行することを当然の前提とした上で、その決定を不服としてする審査請求及び再審査請求を『時効の中断』に関して裁判上の請求とみなす旨規定している。また、労災法は、昭和二二年法律第五〇号による制定以来数次の改正を経ており、その間、同法四二条そのものも改正の対象となっているが、その給付を受ける権利の消滅原因を終始『時効』であると明示しているのであって、これらからすると、同法四二条により権利が消滅するのは除斥期間によるのではなく、時効によるというのが立法の経緯と法文の文理に沿う解釈であるということができる。

ところで、障害補償給付を受ける権利は、労働基準監督署長による支給決定処分に基づいて初めて金銭債権として行使できるものであるから、右支給決定処分前においては、同法一二条の八及び労働基準法七七条により保険給付を受けるべき者といえどもその支払請求をすることができず、したがって、給付されるべき金銭債権の時効ないしその中断ということもあり得ない。そうすると、労災法四二条所定の『権利』は、被控訴人主張のとおり、同法一二条の八により労働基準監督署長に支給決定処分を求める請求手続をする権利にすぎないというべきであって、この権利自体について同法三五条二項の時効中断の余地を考え難いことも、被控訴人主張のとおりであるが、さりとて、このことから同法四二条が除斥期間を定めたものということもできない。

2  ところで、以上のとおり、労災法四二条が同法一二条の八第二項により支給決定処分を求める請求手続の権利行使期間を制限した規定であると解するとしても、このことから、この期間の起算点を右権利の発生時点であるとする必然性があるわけではなく、右の起算点は、民法一六六条一項の一般原則に則り、『権利ヲ行使スルコトヲ得ル時』、すなわち、その権利の行使につき法律上の障害がなく、かつ、権利の性質上その権利行使が現実に期待できる時と解するのが相当である(最高裁昭和四〇年(行ツ)第一〇〇号同四五年七月一五日大法廷判決・民集二四巻七号七七一頁参照)。

この点について、控訴人は、右の起算点が民法一六六条一項によるとの一般論は承認しつつも、控訴人の騒音性難聴という疾患が職場離脱後六か月程度経過しなければ症状固定をしない特殊の疾患であることから、右疾患に関する時効の起算点は確定的な診断がされたときとするのが相当であり、本件においては、医師による診断書を得たとき又は民法七二四条を類推して損害を知ったときを右の起算点と解すべきであると主張している。

しかしながら、一般に損害及び加害者を覚知しなければ損害賠償請求権を行使できない民法の不法行為による損害賠償の請求の場合と、業務起因性の疑いをもつことのみによって行使し得る労災法一二条の八第二項の請求の場合とを同一視することは到底できないというべきであるから、民法七二四条を本件に類推することには十分な根拠はなく、殊に右の起算点を一般人の認識可能性を離れ当該労働者の知不知ないし医師による診断書の作成という事実を基準とすることは相当ではない。控訴人の縷説するような事情は、業務起因性の認識の可能性の判断にあたり具体的に考慮され得る一事情にとどまるものというべきである。

三 そこで、控訴人の難聴による業務起因性の認識の可能性について検討する。」

二  同九枚目表三行目の「第一四、」(50頁3段9行目の(証拠略))の次に「第二一、第二二、」を加え、同一二枚目表一〇行目の「付属病院」(51頁2段18行目)を「附属病院」と、同一三枚目表三行目の「診断」(51頁3段11行目)を「判断」とそれぞれ改め、同一四枚目裏八行目の「三」(52頁1段7行目)を削る。

三  同一五枚目表六行目の「見い出し難いことから推せば、」(52頁1段21~22行目)を「見い出し難く、しかも、騒音が聴力障害の原因となり得るものであることは公知の事柄であることを併せると、」と、同七枚目の「覚知していた」(52頁1段24~25行目)を「認識することができた」と、同一六枚目表一行目の「騒音に」(52頁2段20行目)から同四行目の「あるから、」(52頁2段24行目)までを「本件においては、控訴人は、前記2の診断に先立ち、右職場離脱時には、その程度はともかく難聴の症状を既に自覚しており、しかも、それが同職場の業務に起因するものであることを認識することができたものであって、」とそれぞれ改め、同五行目の「前記のとおり」(52頁2段25行目)から同六行目の「自覚しており、」(52頁2段27行目)までを削り、同九行目冒頭(52頁3段1行目)から同裏六行目末尾(52頁3段14行目)までを次のとおり改める。「 以上によると、控訴人主張の難聴は、前記職場離脱時には症状が固定しており、しかも、控訴人は、右時点においては右難聴が控訴人の従事した木材伐採夫の業務に起因するものであることを認識することができたものであるから、控訴人としては、右時点において、労災法一二条の八第二項による請求手続の権利行使をするについて法律上の障害はなく、また、右権利を行使することが現実に期待できたものということができる。そうすると、控訴人主張の難聴による障害補償給付請求権は、同法四二条に従い、その五年後の昭和五七年一二月一九日の経過により時効消滅したものというべきであって、結局、本件処分に違法な点は存しない。」

よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 園田秀樹 裁判官 園部秀穂)

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