名古屋高等裁判所 平成5年(う)249号 判決 1994年3月29日
本籍
名古屋市中村区大日町二一七番地
住居
同市西区上小田井二丁目一七三番地 コーポハンター二〇一号室
不動産取引業
永井孝則
昭和一〇年一二月二一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成五年一一月一七日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官寺坂衛出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人高木康次作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。
所論は、要するに、原判決の量刑が重すぎて不当である、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、本件は、二年分の所得税のほ脱税額が合計一億五八六五万余円の多額に上り、ほ脱税率も通算九三パーセントを上回る脱税の事案である。宅地建物取引業の資格や免許がないのに不動産取引を業としていた被告人が、いわゆる土地転がしを行って得た譲渡利益に対する課税を免れるために、実際は取引に関係のない赤字会社を表面上の取引主体(いわゆるダミー)として介在させ、或いは共同事業者の一人のみが取引したように装うという偽装工作や架空経費を計上するなどの狡猾な手段を弄し自己の莫大な所得を秘匿していたものである。
犯行は私利私欲に基づく計画的なもので動機に酌量の余地がないことはもちろん、脱税額の高額さ、態様の巧妙、悪質さからみて、その犯情は甚だ芳しくない。そのうえ、被告人は、これまでに、ほ脱にかかる本税の一部しか納付しておらず、付加税(延滞税、重加算税)については、全く納付していないことも考慮すると、その刑事責任は相当重いものがある。
そうすると、被告人は、原判決前に、ほ脱にかかる本税の内合計約九〇〇〇万円を納付したこと、本件は共同事業者岩田直志の示唆や関与を得て行われた一面もあり、被告人が独りで考えた犯行ではないこと、前科としては交通関係による罰金刑(三犯)があるだけであること、被告人は本件につき反省し、未納税額についても不動産を処分して支払うべくその努力をしていること等所論指摘の諸情状をどのように考慮しても、被告人を懲役二年(三年間執行猶予)及び罰金三五〇〇万円に処した原判決の量刑が、その刑期、罰金額のいずれについても重すぎて不当であるとはいえず、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千葉裕 裁判官 松村恒 裁判官 川原誠)
控訴趣意書
所得税法違反 永井孝則
右の者に対する頭書被告事件について、名古屋地方裁判所の平成五年一一月一七日付けで言い渡した判決に対して、被告人の申し立てた控訴の趣意は、左記のとおりです。
平成六年一月二一日
被告人の弁護人
弁護士 高木康次
名古屋高等裁判所 御中
原判決は、検察官の懲役二年・罰金四五〇〇万円との求刑に対して、懲役二年・執行猶予三年・罰金三五〇〇万円に処する旨を言い渡しましたが、その量刑著しく重きに失し、到底、破棄を免れないものであります。
その理由は以下のとおりです。
第一 本件各犯行の態様をみますと、被告人には情状酌量の余地が十分あります。
すなわち、被告人が本件各犯行について、税金遁れのため、ダミーを介在させたり、あるいは、右ダミーを探したり、あるいは、脱税していることを十分知りながらの過少申告をしたりなどしておりますが、関係各証拠を検討しますと、これは、被告人自身脱税について詳しくなかったため、本件各犯行に加担した岩田直志氏(以下岩田氏と略称する。)の指図とおり、ダミーを介在させ、あるいは、ダミーを探したり、あるいは、過少申告となって脱税になることを十分知りながら、岩田氏の記載したメモに基づいて納税申告したものでありますので、被告人には情状酌量の余地が十分あるものと認められます(この点について、控訴審にて立証予定です。)
第二 被告人は、原判決の言渡しのされる時点において、未払い滞納税額のうち、六〇〇〇万円を納付済であります。
本件犯行の脱税額をみますと、約一億五八〇〇万円という多額な金額であり、また、原判決の結審前においては、未納付の税額が約一億三〇〇〇万円でありましたものの、結審前において四〇〇万円、原判決の言渡し期日までの間に五六〇〇万円の計六〇〇〇万円を納付済みであります。したがって、現段階においては、七〇〇〇万円が未納付の状態であります。
これをみますと、被告人は、現在の不況時において、良くぞ納税できたものと思料され、被告人にとって極めて有利な情状であって情状酌量の余地があります(この点について、控訴審にて立証予定です。)。
第三 被告人には再犯の可能性は全然なく、改悛の情顕著なものがあります。
一 被告人の前科として二犯がありますものの、全て罰金刑であって、正式裁判にて裁きの場に立ったのは今回が初めてであり、また、被告人の妻も今後は被告人の相談に乗り監督して行く旨証言しております。
二 被告人は、脱税した金額の一部と銀行からの借り入れによって、名古屋市東区内に住宅地を購入しましたので、住宅地を売却して納税しようとしましたものの、現在の不況時であるため、銀行からの借入金を支払った上に脱税した金額を支払うことのできる金額にて売却できなかった訳です。
このような状況でありますのにかかわらず、前記のとおり、計六〇〇〇万円を納税したのですから、被告人には改悛の情顕著なものが認められますが、原判決は、検察官の求刑にありました懲役刑を減ずることなく、また、罰金刑も求刑のうち、一〇〇〇万円を減じたのみ刑罰を言い渡したのです。
三 この事情をみますと、原判決の量刑著しく重きに失ししているものと認められます(以下の点について、控訴審にて立証予定です。)。
第四 結論
右のとおり、被告人には、種々の有利な情状がありますのに、原判決は、看過した量刑を言い渡したものであって、その量刑著しく重きに失し、到底、破棄を免れないものと認められます。
以上のとおり、原判決は、その量刑著しく重きに失し到底破棄を免れないものと認められ、適正な量刑の判決の言い渡されることを切望して、控訴した次第です。