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名古屋高等裁判所 平成5年(ネ)592号 判決 1994年7月14日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し、金四二〇万〇四六〇円及びこれに対する昭和六二年四月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決の第一項1は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金三四二六万三七六〇円及びこれに対する昭和六二年四月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え(当審における一部減縮後の請求)。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  右2につき仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人と被控訴人は、いずれも建築請負等を目的とする株式会社であるが、昭和六一年六月三〇日、郡上広域行政事務組合(以下「訴外組合」という。)の発注にかかる郡上中央病院増改築工事の請負を目的として、高垣カツラ建設工事共同企業体の名称で被控訴人を代表者とする共同企業体(以下「本件企業体」という。)を結成し、その出資割合(損益分配の割合)を各五〇%と定め、その際、下請業者等に対する請負代金など本件企業体が施工する工事に要した費用は、右出資割合に応じて負担する旨を合意した(その負担義務を以下「出資義務」という。)。

2  本件企業体結成の際、控訴人と被控訴人は、訴外組合から支払われる本件工事の請負代金の分配について、出資義務を負担した日までの請負代金額の二分の一ずつを取得する(被控訴人は右二分の一の金額を、訴外組合から支払を受けたつど直ちに控訴人に支払う。)旨を口頭で合意した。

3  本件企業体は、昭和六一年八月七日、訴外組合との間に、岐阜県郡上郡八幡町島谷にある郡上中央病院の増設工事のうち建築工事(以下「本件工事」という。)を、本件企業体が左記約定の下に請け負う旨の契約を締結した。

(一) 工期 昭和六一年八月一一日着工・昭和六二年一一月三〇日完成

(二) 代金 三億六四〇〇万円

(三) 代金の部分払(四回以内とする。)については、本件工事の出来形率が二〇%以上となったとき、当該出来形に相応する請負金額相当額の一〇分の九以内の金額を支払うものとする。

なお、右代金はその後減額されて三億五六九三万七〇〇〇円になり、本件工事のうち第一期工事(昭和六一年八月一一日から昭和六二年三月三一日までの昭和六一年度分)の代金額は一億七一六〇万円になった。

4  控訴人は、昭和六二年二月二七日、本件企業体から脱退し、同月二八日、岐阜地方裁判所に和議の申立て(以下「本件和議」という。)をした。

5  控訴人と被控訴人は、昭和六二年二月二〇日過ぎ頃、控訴人の右脱退に伴い、同月末日をもって出来形の査定を受け、その出来形価格相当の請負代金の五〇%を被控訴人から控訴人に支払うことにより清算することを、口頭で合意した。

6  控訴人は、本件工事につき、昭和六二年二月二八日までの出資義務を履行した。

7  被控訴人は、本件企業体の代表者として、訴外組合から左記のとおり本件工事代金の支払を受けた。

(一) 昭和六一年一二月二二日に三九一〇万円

右支払は第一回部分払であり、同月五日の出来形検査日における右第一期工事の出来形率は二五・〇三%であった。

(二) 昭和六二年三月一〇日に五七七〇万円

右支払は第二回部分払であり、同年二月二八日現在における右第一期工事の出来形率(出来形検査日は同年三月二日)は、(一)の出来形分と合わせて六二・七二%であった。これに相応する請負代金相当額は、一億七一六〇万円に六二・七二%を乗じた一億〇七六二万七五二〇円であるが、その一〇分の九以内の請求金額九六八〇万円から既に支払を受けている(一)の三九一〇万円を控除して五七七〇万円が、同年三月一〇日に支払われた。

(三) その後、被控訴人は、昭和六二年四月二八日に七四八〇万円の支払を受け(この時点で訴外組合からの支払金額は右一億〇七六二万七五二〇円を超えた。)、さらに、同年一〇月三〇日に六七六〇万円、昭和六三年一月一四日に一億一七七三万七〇〇〇円の支払を受けた。

8  被控訴人は控訴人に対し、右7(一)の三九一〇万円の支払を受けた日の翌日の昭和六一年一二月二三日、その二分の一に当たる一九五五万円を支払ったが、右7(二)の五七七〇万円については、少なくとも前記2の約定により、その二分の一に当たる二八八五万円を控訴人に支払う義務がある。

9  よって、控訴人は、前記2及び5の合意に基づいて被控訴人に対し、昭和六二年二月二八日までの本件工事(右第一期工事)の出来形(六二・七二%)に相当する請負金額一億〇七六二万七五二〇円の二分の一の五三八一万三七六〇円から既に支払を受けている一九五五万円を控除した三四二六万三七六〇円及びこれに対する昭和六二年四月二九日(被控訴人が右一億〇七六二万七五二〇円の最終的支払を受けた日の翌日)から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。ただし、出資義務の負担とは、下請業者等に対して現実に支払うことを意味する。

3  同3、4の事実は認める。

4  同5の事実は否認する。

5  同6の事実のうち、控訴人が昭和六二年一月二〇日までの出資義務を履行したことは認めるが、その余は否認する。控訴人は昭和六二年一月二一日以後の下請業者等に対する支払をせず、出資義務を履行していないから、請負代金の分配を受けることはできない。

6  同7、8の事実は認める。ただし、控訴人の出資義務不履行により控訴人が請負代金の分配を受けることができないことは前記のとおりである。

三  抗弁

1  脱退による本訴請求債権の喪失

控訴人と被控訴人は、昭和六一年六月三〇日締結の本件企業体協定において、その構成員が脱退したときは、決算の結果利益を生じた場合も脱退構成員には利益金の配当はしない旨を合意した。

2  相殺

(一) 貸金債権の発生

被控訴人は、昭和六二年二月二〇日控訴人に対し、金額三〇〇〇万円の約束手形を交付して三〇〇〇万円を貸し付け、この貸付の効力は同月二四日に発生した(この貸付に基づく債権を以下「本件貸金債権」という。)。

(二) 求償債権の発生

(1) 別紙「代払表」の「出来高対応発生額」欄記載の下請業者等に対する請負代金等は、昭和六二年二月二八日時点における本件工事(第一期工事)の出来形に対応する工事に要した費用である。

(2) 被控訴人は右下請業者等に対し、右「代払表」の「カツラ負担分」欄記載の金額のうち合計九二四万八七四一円を、昭和六一年一二月一日から昭和六三年三月一五日までの間に、同「支払月日・代払金額」欄記載のとおり支払った(これを以下「本件立替払」という。)。

(3) 右下請業者等に対する請負代金等の債務については、控訴人と被控訴人が共同債務者となるので、被控訴人は本件立替払により、控訴人に対し右支払金額と同額の求償債権(これを以下「本件求償債権」という。)を取得した。

(三) そこで、被控訴人は、原審口頭弁論期日において、控訴人に対し、本件貸金債権及び本件求償債権をもって控訴人の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の(一)の事実は認める。

同2の(二)の事実のうち、(2)は認めるが、(1)、(3)は争う。下請業者に対する債務者は控訴人である。

同2の(三)の事実は認める。

五  再抗弁

1  受働債権についての相殺禁止

本訴請求債権は控訴人の本件和議申立て後に被控訴人が訴外組合から請負代金の支払を受けたことによって発生したものであり、この発生の時点で被控訴人は控訴人の本件和議申立ての事実を知っていたから、和議法五条、破産法一〇四条二号により相殺は許されない。

2  自働債権(貸金債権)についての相殺禁止

(一) 岐阜地方裁判所は、昭和六二年七月一四日、本件和議事件について和議開始決定をした。

(二) 被控訴人の本件貸金債権は、右和議開始より一年内に発生した債権であるから、和議法五条、破産法一〇四条により相殺は許されない。

3  自働債権(求償債権)についての相殺禁止

(一) 被控訴人の本件求償債権のうち本件和議申立ての日以降の分については、被控訴人は、本件和議申立てがされたことを知りながら、その支払をした。

(二) よって、本件求償債権による相殺のうち本件和議申立ての日以降の分については、和議法五条、破産法一〇四条四号本文により無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実のうち、控訴人の本訴請求債権が訴外組合から被控訴人に請負代金が支払われたときに発生したとの主張は否認する。本訴請求債権は昭和六一年八月七日の本件企業体協定発効によって発生したものである。

2  同2の(一)の事実は認める。

3  同3の(一)の事実は認める。

七  再々抗弁(再抗弁3に対し)

本件立替払は、昭和六一年六月三〇日の本件企業体結成の際になされた請求原因1の出資義務負担の合意に基づく支払であり、本件和議申立てがされたことが被控訴人が知った時より前の原因に基づいて発生したものである。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁は争う。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  本訴請求債権について

1  請求原因1ないし4の事実(本件共同企業体協定の締結、請負代金分配の合意、建築請負契約の締結、共同企業体からの脱退と和議申立て)は、同2のうち出資義務負担の意味内容の点を除き、当事者間に争いがない。

2  同2の事実のうち、出資義務負担の意味内容については争いがあるところ、本件の「建設工事共同企業体協定書」(成立に争いのない乙第五一号証の三)にはこれを明らかにする規定がないので、本件において実際に当事者間でなされた出資義務履行方法をみてみるに、証人増田三郎及び同高垣豊典の各証言によれば、次の事実が認められる。

控訴人と被控訴人は、本件工事以前にも、両者を構成員とする建設工事共同企業体を組んで建築工事の請負及び施工をしたことが四度あり、それら従前の場合の両者の出資方法と同一の方法が本件においても採用された。

すなわち、本件企業体において本件工事施工のため下請業者等に対して支払うべき債務を生じた場合、毎月末日までに本件工事の下請業者等から提出された請求書に基づいて、現金で支払う分と手形で支払う分とに区分して各金額を集計し、その現金支払分と手形支払分をそれぞれ二分した金額を本件企業体(その代表者としての被控訴人)から控訴人に通知したうえ、原則として毎月一五日に、控訴人と被控訴人がそれぞれ、右通知にかかる現金支払分については現金で、手形支払分については手形を振り出して、右下請業者等に対する支払をすることとしていた。

控訴人は、昭和六一年八月締切分については、同年九月に現金支払と手形振出交付をし、その手形は三か月先の満期に決済し、同年九月及び一〇月の締切分についても同様に支払及び決済をしたが、同年一一月締切分から昭和六二年一月締切分までについては、現金分は支払ったものの、手形分は振出交付しただけで、同年三月以降に到来する満期にいずれも決済をしなかった。

そして、この間の昭和六一年一二月二二日に訴外組合から第一回の工事出来形査定に基づく三九一〇万円が本件企業体に支払われ、右金員は控訴人と被控訴人に二分の一ずつ分配された。

右のとおり認定できるが、右の下請業者等に交付した手形の満期到来前に請負代金が分配された事実によれば、請求原因2の出資義務負担が被控訴人の主張するような下請業者等に対する手形金の決済までを意味するものではないことが明らかであり、かつ、事前に構成員から共同企業体に資金を拠出して運営する出資方法と対比すれば、いわば事後的出資の方法というべきであって、出資割合に基づき出資すべき義務を負担することで足りると解するのが相当である。

3  請求原因5の事実(控訴人の脱退に伴う清算の合意)について判断するに、成立に争いのない乙第五三号証の一ないし五、証人増田三郎の証言及びこれによって真正に成立したと認められる甲第二号証によれば、本件工事については第一期(昭和六二年三月三一日まで)中に合計四回までの訴外組合に対する部分払請求が許されていたところ、本件企業体は、請求原因7(一)のとおり昭和六一年一二月五日に出来形検査を受けて第一回部分払を受けた後、工期の終期近くの昭和六二年三月二日、訴外組合に対し出来形届書及び出来形検査願書を提出して、同日訴外組合から出来形六二・七二%の検査結果通知書の交付を受けたこと、その後の同年五月一二日、控訴人の河合建築課長が被控訴人の経理担当者高垣総務課長から、右出来形率による控訴人への清算分配金は五三八一万三七六〇円であるが、第一回部分払の一九五五万円及び被控訴人の控訴人に対する貸金三〇〇〇万円を差し引き、残額四二六万三七六〇円については被控訴人において控訴人が下請業者等に支払うべき金員を支払った立替金があるので、支払を保留するとの通知を受けたことが認められ、これらの事実によれば、控訴人の本件企業体からの脱退の頃、控訴人と被控訴人との間で、同年二月末日をもって出来形査定を受け、控訴人が本件企業体から受けるべき分配金を確定するとの口頭の合意が成立したことを推認することができる。

4  請求原因7の事実(部分払等)は当事者間に争いがない。

そうすると、控訴人の本訴請求債権は、被控訴人が支払義務のあることを認めている二八八五万円のみならず、六二・七二%の出来形率の二分の一に基づく三四二六万三七六〇円の限度まで発生したものというべきであり、その弁済期は遅くとも被控訴人が昭和六二年四月二八日に訴外組合から七四八〇万円の支払を受けた翌日から遅滞に陥ったというべきである。

二  脱退に関する合意の抗弁について

請求原因5の合意は、控訴人の本件企業体からの脱退に伴い、控訴人と被控訴人との間で工事代金分配方法を合意したものであって、工事の最終決算を待たずに清算する点で、抗弁1の合意の適用除外の意味を持つものといえる。

したがって、抗弁1の合意の存否について判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

三  相殺の抗弁について

1  貸金債権による相殺

(一)  抗弁2の(一)と(三)(本件貸金債権による本訴請求債権との相殺)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  控訴人は、被控訴人の控訴人に対する(清算金としての)分配金支払義務は、控訴人の和議申立て後に被控訴人が訴外組合から部分払を受けたことによって発生したものであり、その時点で被控訴人は控訴人の和議申立ての事実を知っていたから、和議法五条(以下、この摘示を省略する。)、破産法一〇四条二号により本訴請求債権に対する相殺は許されないと主張する(再抗弁1)。

しかし、以上の判示で明らかなように、本件企業体の代表者である被控訴人が訴外組合から受領した請負代金を控訴人に分配する義務は、基本的には本件和議申立て前に成立した請求原因2の合意に基づくものであり、本訴請求債権が直接には請求原因5の合意に根拠をもつとしても、右基本的性質は変わらないから、被控訴人の請負代金分配義務は本件和議申立てを知ったときより前の原因に基づくものとして、相殺禁止は適用されない(破産法一〇四条二号但書)。

したがって、再抗弁1は理由がない。

(三)  また、控訴人は、被控訴人の本件貸金債権が本件和議の開始より一年内に発生したから、破産法一〇四条により相殺は許されないと主張する(再抗弁2)が、そのような要件だけで相殺を禁止する規定はないから、右主張は失当である。

(四)  したがって、被控訴人の本件貸金債権を自働債権とする相殺は、理由がある。

2  求償債権による相殺

(一)  次に、抗弁2の(二)の事実(求償債権の発生)のうち、(2)の事実(被控訴人の支払)は、当事者間の争いがない。

(二)  そして、さきに判示したところによれば、本件工事に関して昭和六二年二月二七日までに発生した下請業者等に対する債務の二分の一は控訴人の負担に帰すべきものであるから、別紙「代払表」のうちこれに該当する部分については、控訴人の負担となる。

(三)  また、本件企業体は商行為を目的とする民法上の組合であるから、組合の業務執行として各構成員が本件工事に関して下請業者等に負担した債務は各構成員の連帯債務となる。したがって、被控訴人は、本件企業体協定上控訴人が負担すべき債務を支払うことにより控訴人に対して求償債権を取得するものといえる。

控訴人は、右立替払による求償債権の取得が本件和議申立てを知ってなされたものについては破産法一〇四条四号本文により相殺が許されないと主張する(再抗弁3)ところ、被控訴人は、本件立替払が出資義務負担の合意に基づく支払であって、和議申立てがされたことを知ったときより前の原因に基づくと主張する(再々抗弁)。

しかしながら、被控訴人の下請業者等に対する支払は、本件企業体協定ないし出資義務負担の合意に基づくものとはいえないから、和議申立てを知る前に支払った分を除き、和議申立てを知ったときより前の原因に基づくものとはいえない(もし、これを反対に解して相殺が許されるものとすると、控訴人に対する下請業者等の和議債権が和議の成立又は破産への移行による拘束を受けずに債権の全額が控訴人から支払われたのと同一の結果を生ずることになりかねない。)。

(四)  そして、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三七号証の一・二、第三八号証の一・二、第四〇号証の一ないし三、第四一号証の一ないし三、第四三号証ないし第四七号証の各一・二及び被控訴人代表者尋問の結果によれば、被控訴人が本件和議申立てを知ったのは昭和六二年二月末又は三月初めであり、本件立替払のうち和議申立てを知る前に支払われたのは、別紙「代払表」の番号32、33、35、36、38ないし42であって、その控訴人負担分の合計額は六万三三〇〇円であることが認められる。

(五)  そうすると、求償債権による相殺の抗弁は、右六万三三〇〇円の限度で理由があるけれども、その余は理由がない。

四  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、四二〇万〇四六〇円及びこれに対する昭和六二年四月二九日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の限度で認容し、その余は棄却すべきところ、これを全部棄却した原判決は一部不当であるから、これを右のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

(別紙)

<省略>

<省略>

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