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名古屋高等裁判所 平成7年(ネ)626号 判決 1997年12月25日

控訴人・附帯被控訴人(被告)

ニチメン株式会社

右代表者代表取締役

島崎京一

右訴訟代理人弁護士

森本宏

佐伯照道

八代紀彦

山口孝司

天野勝介

中島健仁

石橋伸子

山本健司

滝口広子

渡辺徹

児玉実史

控訴人・附帯被控訴人補助参加人

株式会社アミタマシーンズ

右代表者代表取締役

山本善嗣

右訴訟代理人弁護士

舟橋直昭

瀬古賢二

右訴訟復代理人弁護士

髙橋譲二

右輔佐人弁理士

石田喜樹

齋藤純子

控訴人・附帯被控訴人補助参加人

株式会社イナジツ

右代表者代表取締役

稲垣昭生

右訴訟代理人弁護士

木村靜之

被控訴人・附帯控訴人(原告)

加藤林作

右訴訟代理人弁護士

三宅正雄

栗宇一樹

右輔佐人弁理士

大滝均

(以下においては、控訴人・附帯被控訴人を「控訴人」、控訴人・附帯被控訴人補助参加人株式会社アミタマシーンズを「補助参加人アミタマシーンズ」、控訴人・附帯被控訴人補助参加人株式会社イナジツを「補助参加人イナジツ」、被控訴人・附帯控訴人を「被控訴人」という。)

主文

一  本件控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  本件附帯控訴及び本件附帯控訴による当審における被控訴人の新請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴について

1  控訴人

(一) 主文第一項、第二項と同旨

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

二  附帯控訴について

1  被控訴人

(一) 原判決主文第三項を次のように変更する。

(二) (原審における請求)

控訴人は、被控訴人に対し、金六七五万三四三四円及びこれに対する昭和六三年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) (当審における新請求)

控訴人は、被控訴人に対し、金五九三万四六一二円及びこれに対する平成七年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  補助参加人イナジツ

(一) 本件附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

以下のように、原判決を訂正し、当審における当事者双方及び補助参加人両名の各主張を付加するほか、原判決の事実摘示(原判決事実欄第二)のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

原判決別紙ロ号物件目録「ロ号図面第3図」を本判決別紙「ロ号図面第3図」に改める

(当審における被控訴人の主張)

一  附帯控訴の理由

1 原判決に対する不服申立分

(一) 原判決は、ランニング・ロイヤリティを、漁網の販売金額の三パーセントに当たる一六五万二〇六〇円とするのが相当と判断した。

しかし、ランニング・ロイヤリティは、業界において一般に行われている慣行により、販売金額の五パーセントとするのが相当であり、原判決の認定には誤りがある。

(二) したがって、昭和六三年度分のランニング・ロイヤリティは、販売金額五五〇六万八六八〇円の五パーセントに相当する二七五万三四三四円とするのが相当であり、これにイニシャル・ロイヤリティ四〇〇万円を合計した六七五万三四三四円が、昭和六三年度において、被控訴人が本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額となる。

2 請求の拡張分(当審における新請求)

さらに、平成元年度から平成三年度までのランニング・ロイヤリティは、右の計算に従うと、次のとおりとなる。

① 平成元年度

販売金額 四九九四万八八五一円

ランニング・ロイヤリティ

二四九万七四四二円

② 平成二年度

販売金額 四九〇三万七三八七円

ランニング・ロイヤリティ

二四五万一八六九円

③ 平成三年度

販売金額 一九七〇万六〇二〇円

ランニング・ロイヤリティ

九八万五三〇一円

3 以上のとおり、被控訴人は、控訴人に対し、不法行為による損害賠償として、昭和六三年度分については、前記六七五万三四三四円及びこれに対する昭和六三年一一月一九日以降の年五分の遅延損害金の支払を求め、平成元年度から平成三年度までについては、前記合計五九三万四六一二円及びこれに対する附帯控訴状送達の日の翌日である平成七年七月一九日以降の年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  著作権に基づく侵害行為の差止請求(特許権に基づく差止請求についての予備的請求原因)

被控訴人は、本件特許権が平成八年一月三一日をもって存続期間満了により消滅したことに伴い、次の予備的請求をする。

1 被控訴人は、次に述べるような、わが国における伝承工芸の一つである組紐(結節)に係る著作物の著作権者である。

すなわち、被控訴人は、昭和五六年七月ころ、甲第二号証において図示する組紐(結節)を創作し、昭和六〇年五月七日付け特許庁発行の特許公報(特公昭六〇―一七八六四号)により、それが公表された。

2 控訴人は、昭和六二年ころ以降現在に至るまで、被控訴人創作に係る組紐の構成と同一ないし類似の結節を取り入れた漁網(原判決イ号物件目録記載のもの)を販売し、将来ともこれを販売するおそれが十分である。

控訴人の取り扱う漁網が少なくとも五パーセント程度のイ号結節を含むことは、原判決認定のとおりであるのみならず、控訴人も当審において明らかに認めて争わないところである(平成八年三月八日付け控訴人上申書一の2参照。)。調整過程におけるミスによるにせよ、イ号結節を取り込んでいたメーカーが特許権消滅に安堵して、大手を振ってイ号結節を取り入れた漁網を提供し、控訴人が従来どおりノーチェックでこれを需要漁家に売りさばき、利益を得ようとすることは容易に推認することができる。被控訴人は、右著作権に基づき、控訴人によるイ号物件の販売の差止めを請求する。

三  不当利得返還請求(特許権侵害に基づく損害賠償請求についての予備的請求原因)

1 特許権の侵害は、不法行為による損害賠償請求権とともに、不当利得返還請求権をも被控訴人に発生させている。

2 不当利得返還請求権発生の要件事実は、利得者が善意のときは次のとおり、①法律上の原因なくして相手方が特許権を実施したこと、②それにより相手方が利得を得ていること、③その結果、特許権者に損失が生じていること、④利得が現存していること、の四点である。

本件では、昭和六三年六月に、被控訴人は控訴人に対し、控訴人の行為が特許権侵害である旨を通告済みであるから、右④の要件は不要である。

そして、控訴人は、特許権者に無断で漁網を製造・販売し、それ故控訴人側に利得が発生し、被控訴人側は本来受けるべきその分のロイヤリティを得ることができなかった。これらの事実の具体的な内容及び返還を求める不当利得金の額は、不法行為による損害賠償請求に係る請求原因及び前記一の1ないし3において主張したとおりである。

四  明細書の記載不備の点について

1 特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきものであるが、一分の隙もなく発明の詳細な説明及び図面の表現と完全に一致しなければならないものではなく、明細書、図面の全体を総合的に斟酌して、合理的に(当業者が理解できる程度の明瞭な範囲内で)解釈されれば、それで十分である。

ループ2dが同一平面上で反転する結節は、絵図としてはともかく、結節の説明としては意味を持ち得ないことは明らかである。

2 本件公報第11図の記載不備については、本件特許権者が、平成三年三月一八日付けで訂正審判を請求したところ、平成四年七月二〇日付けで請求公告され、補助参加人アミタマシーンズが同年一〇月二〇日これに対し訂正異議申立てをしたが、平成五年九月一四日付けで、同異議申立てを理由がないとすると共に、同訂正審判に対し訂正を認める旨の審決がされた。

したがって、第11図にはもはや記載不備はなく、この点の無効理由は解消した。

また、この点についての原判決の判断は正当である。

五  公知技術(飯島結節)による無効事由について

特許法二九条一項は、事実として出願前に存在した刊行物等に記載された発明については、特許を受けることができないという趣旨のものである。

飯島結節に係る公開特許公報(乙第一号証の一〇)は、本件特許出願前に存在したが、その後の昭和五一年七月一〇日発行の特許公報(乙第一号証の一一)も、その後の昭和五七年三月二九日発行の訂正公報(乙第一号証の一二)も、事実としては、本件特許の出願日である昭和五一年一月三〇日にはこの世に存在していなかった。事実として、これらの刊行物が本件特許の出願前に存在しなかった以上、これを考慮に入れなかった原判決は正しい。

六  ロ号結節が本件発明の技術的範囲に属することについて

1 本件特許発明の特許請求の範囲第一項に記載された漁網の結節構造の発明は、いわゆる「物の発明」に係るものである。元来物の発明は、その物がどんな方法で作られようが、作られた結果物の構造が、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成と一致するとき、その「物」はその特許発明の技術的範囲に属するのである。本件についていえば、「たて糸」、「よこ糸」の文言は、編網方法において意義を有するものであり、編網方法実施の結果である「結節構造」自体には何らの影響も及ぼさない。

なお、本件公報の発明の詳細な説明の欄には、いくつかの特徴が掲げられているが、いずれの特徴も、二本の糸の絡み具合(配置関係)から生じるものであり、本件公報には、「たて糸」、「よこ糸」に由来する作用効果は開示されていない。したがって、原判決の判断は正当である。

2 補助参加人アミタマシーンズの機械による編網工程においては、特に最終工程において、たて糸を強く引けば引くほど、たて糸で形成されるループが消滅しやすく、イ号結節が混入しやすいということになる。したがって、このような編網機械で編網する際に不良結節が生じることは、この編網機械に必然的に伴う欠点であり、このような欠点を前提にして、ロ号結節の方が目を小さくでき、目ずれも少ないという説明は、あくまでもこの機械の欠点を前提とした主張であり、正当な議論ということはできない。

七  先願発明(本件発明)と後願発明(別件発明。当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張五参照。)との関係について

1 ロ号結節と別件発明の結節とが、結節構造として同一のものであることは認める。

2 ある製品の構造が特許発明の技術的範囲に属するかどうかという法的評価と、その製品の構成が特許出願されていることや、特許庁において出願公告されたこととは、全く次元を異にする問題である。

特許発明の技術的範囲に属するということは、実施品の構成要件が、特許発明の構成要件の技術的範囲に属するかどうかだけの問題であり、実施品と同じものが登録されたからといって、それが特許発明の技術的範囲に属しないということにはならない。

3 当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張八の1は暴論である。

発明の構成要件が全面的又は部分的に重なった状態で特許されることもあり得るのであり、後願が特許されたからといって、先願がそれとは別異のものと認定判断せざるを得ないという法規範は存在しない。本件で問題なのは、ロ号結節が先願の技術的範囲に入るかどうか、換言すれば、ロ号結節が本件特許発明の構成を有し、同じ作用効果を奏するかどうかである。

控訴人及び補助参加人アミタマシーンズは、ロ号結節は従来にない方法で作られたと主張するが、この主張は本件では抗弁にはならない。物の発明についての特許においては、いかなる方法で作られようと、作られた結果物は、当該物の発明の特許発明の技術的範囲に属することになるのである。

4 当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張八の2も失当である。

一度特許庁が判断したからといって、すべてがそれに左右されると考えるのは、本末転倒の議論である。

ファイルラッパー・エストッペルは、「出願の経過参酌の原則」と邦訳されているが、この原則は、出願の係属中に、特許取得のため意識的に除外したものについて、特許後に権利主張することは、禁反言の原則からして認められないというものである。ファイルラッパー・エストッペルが適用になるのは、出願係属中に云々したその特許権についてである。したがって、先願である本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかを決する際に、この議論を持ち出すのは誤りである。

被控訴人としては、本件特許権が、期間満了により消滅する場合に処するために、通常この業界で行われる特許の延命策として公告特許出願したものであり、控訴人や補助参加人アミタマシーンズからとやかく言われる筋合いはないと考える。

八  イ号結節とロ号結節との比較

1 イ号結節の作用効果とロ号結節のそれとを比較検討してみても、甲第五号証のとおり、両者の結節に「目ずれ」、「大きさ」などの差はない。そもそも、丙第一号証報告書添付レポート五頁(No.五)一〇行目以下に記載のとおり、控訴人においても、たて糸で強く引くことをしていない。

両者の結節間に「目ずれ」や「大きさ」において差異がないのは、結節の二本の糸の織りなす絡み合いこそが、これら「目ずれ」や「大きさ」等を規制するからである。作用効果についての控訴人や補助参加人アミタマシーンズの主張は、データに基づかない抽象的な意見に過ぎない。

2 当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張七の1について

イ号結節の混入が網の性能に影響を与えないのは、ロ号結節がイ号結節と同視し得るものだからである。控訴人の編網方法では、混入は避けられない。現に、一五四結節中四五結節、一二六結節中六六結節という比率で混入している現状を、混入が極めてわずかに過ぎないということは不当である。

九  混入と特許権侵害、損害額について

1 控訴人の実施する漁網のうち、本件特許の技術的範囲に属するものがただの一つでも存在する場合には、その実施の結果が、過誤によるものであろうが、故意によるものであろうが、結果的に本件特許権の侵害になり、差止め及び損害賠償を免れない。

また、漁網の結節の中のただ一つの結節であっても、それを取り除いた漁網は、もはや製品とはなり得ないのであり、特許権侵害により初めて製品となり得たのである。したがって、混入の率如何は問題とはなり得ない。

2 特許権侵害に係る損害額については、特に、商品の一部が特許権侵害とされる場合においては、その部分の全体への寄与(利用率)が考慮されなければならないことは、これまでの数多くの判決例が示すところである。しかし、そのような考え方は、混入部分を取り除けば製品が成り立たなくなる場合には該当しない。

したがって、本件の場合には、製品全体がその基準となるべきである。

3 当審における鑑定の結果(約0.5パーセントのイ号結節の混入率)は、丙第九号証の数値とほぼ等しいものである。同号証によれば、補助参加人アミタマシーンズの従業員山本要人が、イ号結節の混入率を調査するため、六号七五掛の網の一部を七四目切り取ったとのことであり、今回の鑑定の対象である網にも、七八目の欠損部があり、同じ網であることが窺われる。この網は、補助参加人アミタマシーンズが、イ号結節が混入しないように細心の注意を払いつつ編網した漁網と思われ、鑑定の対象とするにはふさわしくないものである。

細心の注意を払わないで編網した漁網(被控訴人が、市場から独自に入手した検甲第三号証の一、二)は、被控訴人の調査では、25.3パーセントから29.3パーセントものイ号結節が混入していた(甲第九号証の二、第一〇号証参照)。

4 補助参加人アミタマシーンズは、丙九号証のほかに、丙第三三号証を提出している。この丙第三三号証によれば、全体として1.4パーセントのイ号結節の混入があったことが示されている。仮に、丙第九号証で示されたイ号結節の混入率が今回の鑑定によって裏付けられたとすると、丙第三三号証の混入率の1.4パーセントも同様に正しいことになる。

しかるところ、丙第三三号証によれば、七二掛の漁網の二三四目のうち、編成方向に対して、第一行目と第七二行目の各結節は、それぞれすべてがイ号結節であるとされる。控訴人・補助参加人アミタマシーンズが改良したとする漁網であってさえ、その両端はすべてイ号結節であるというのであるから、この両端なくしては漁網たり得ない。したがって、混入率を問題にすること自体がおかしい。

5 なお、当審における控訴人の鑑定申立ては、時機に後れたものというべきである。

一〇  専用実施権の設定に関する控訴人、補助参加人らの主張について

1 信義則違反

専用実施権を株式会社加藤精工所に対し設定していることをもって、被控訴人が損害賠償請求権を有しないとの主張は、原審における主張整理を無視するものであり、信義則上許されない。

すなわち、原審において、裁判所からその点を争点とするかどうかの釈明がされた。これに対し、控訴人側としては、株式会社加藤精工所は被控訴人と実質同一であるとの理解のもと、これを争点としないとの争点整理が行われたのである。

2 債権譲渡

(一) 被控訴人は、山中中澤漁網株式会社から特許権の譲渡(返還)を受けたことに伴い、右会社から、同会社が有していた特許権侵害に基づく損害賠償請求権、不当利得返還請求権、その他財産上の一切の権利の譲渡(返還)を受けた。そして、山中中澤漁網株式会社は、債務者である控訴人及びその代理人弁護士宛その旨の通知を発し、右通知は平成九年七月一日ころ右両名に到達した。

(二) 被控訴人は、株式会社加藤精工所からその専用実施権の設定登録に伴う損害賠償請求権、不当利得返還請求権、その他財産上の一切の権利の譲渡を受けた。そして、株式会社加藤精工所は、債務者である控訴人及びその代理人弁護士宛その旨の通知を発し、右通知は、控訴人には平成九年七月三日に、代理人弁護士には同月四日に到達した。

一一  消滅時効の援用について

控訴人側の消滅時効の援用は、時機に後れた攻撃防御方法である。

(当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張)

一  著作権に基づく被控訴人の予備的差止請求(当審における被控訴人の主張二)について

1 民事訴訟法一三九条一項の申立て

被控訴人の予備的請求(著作権に基づく差止請求)は、時機に後れた攻撃防御方法であるから、却下を免れない。

すなわち、本件の審理の具体的進行状況からすると、被控訴人は、著作権の主張の実際の提出時期(平成九年一月二一日)よりはるかに早期の段階で、かつ、容易にこの主張を提出することができたのに、重大な過失により提出しなかったというべきである。

2 仮定的反論

(一) 被控訴人は、いわゆる実用品(応用美術)としての結節が著作物性を有する旨主張する。

著作権法は、美術の著作物を保護の対象とする一方(同法二条一項一号)、美術の著作物には美術工芸品を含むものとしている(同法二条二項)。したがって、応用美術のうちいわゆる一品製作の美術工芸品は著作権法の保護を受けるが、量産される実用品は、それが美的な形状、模様あるいは色彩を有するものであっても、著作権法の保護の外に置かれ、また、図案その他量産品のひな形又は実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、原則として意匠法など工業所有権制度による保護に委ね、ただそれが純粋美術としての絵画、彫刻等に該当するものであるときに限り美術著作物として保護されることになる。

実用品(応用美術)については、純粋美術と何ら差異のない高度の美的表現と創作性を有し、それ自体が美的鑑賞の対象となりうるものであるときに限って実用品(応用美術)にも著作物性を認めるというのが、確立された判例・通説の考え方である。

(二) 本件発明の対象は、漁業用の網目の結節構造(結び目)に他ならず、優れた漁網を構成することを唯一の目的として、工業上画一的方法により大量生産される性質の実用品である。当然のことながら、右結節にはこれを観る者の視覚を通じて美観を感じさせるという配慮や創造性は一切認められない。

被控訴人は、本件結節が「わが国における伝承工芸の一つである組紐」として著作物に該当する旨主張する。「組紐」なるものが伝承工芸と言えるか、さらに著作物と言えるかはさておくとしても、本件結節は、漁業従事者の実用性のみに配慮して製造されており、およそ美的鑑賞の用に供するための美的創造性は全く見られず、これが「組紐」とはおよそ異なる物品であることは明らかである。

二  明細書記載不備による本件特許権の無効事由の存在

1 原判決は、あたかもループ2dが退出脚1dの裏側を横切った後、退出脚1dの表側を横切って右回りに反転すると解しないと、ループ2dとループ1dを裏側から表側に貫通できないかのように述べているが、そのようなことはなく、明らかに理由不備である。また、原判決は、本件公報第12図、第13図を参酌して右解釈を正当化しているが、特許請求の範囲の解釈に当たり、単なる実施例の図面のみをもって、特許請求の範囲の記載の意義を補充、釈明することはできない。

さらに、本件特許請求の範囲の他の箇所においては、表又は裏の関係が明記されているから、この場合も同様に解すべきである。

2 被控訴人は、本件特許権について、本件明細書の欠陥をあらかじめ除去し本件無効審判に対抗するため、第11図の訂正を目的とする訂正審判請求(丙第五一号証ないし第五九号証)をしており、この一事をみても、本件特許の無効の蓋然性は高いというべきである。

三  公知技術(飯島結節)による無効事由の存在

飯島結節に関する補正は、その遡及効により出願公開公報の内容となるから、訂正公報を考慮に入れる余地がないとした原判決は誤りである。

四  本件発明とロ号結節について

1 特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を定めるに当たっては、特許請求の範囲の技術的意義が一義的に理解できる場合には、特許請求の範囲の記載以外の事項を参酌することはできない(最高裁平成三年三月八日判決・判例時報一三八〇号一三一頁)。

2 原判決のいうように、本件特許請求の範囲の記載においては、「たて糸」をよこ糸に、「よこ糸」をたて糸に置き換えたロ号結節のような構成の結節構造は明示的には表示されていない。したがって、右最高裁判例に従えば、ロ号結節は本件発明の技術的範囲に属しないとの結論しかあり得ない。

3 本件特許請求の範囲に「たて糸」、「よこ糸」と特定して記載した以上、本件発明が右限定文言を必須構成要件としていることは疑問の余地がない。「たて糸」をよこ糸に、「よこ糸」をたて糸に置き換えたものをも本件発明の技術的範囲に包含させたいのであれば、出願人は、特許請求の範囲に「たて糸」、「よこ糸」と記載しないで、単に「一方の糸」、「他方の糸」と記載する等、発明の詳細な説明にそのような語句の定義をすれば足りる筈である。

また、本件発明の技術分野において、右のような置換えによる編網方法と結節構造とが当業者の一般的な技術的常識になっているとはいえない。

4 原判決は、漁網の結節構造につき、二本の糸の一方が編網上のたて糸であり、他が編網上のよこ糸であることに由来する作用効果は開示されていないと説示している。

しかし、本件明細書には、「この結節構造は進入脚1aはループ1cに、進入脚2aはループ2cに、退出脚1dはループ2dに、そして退出脚2eはループ1bおよびループ2bによってそれぞれ締められているので目ずれがなく、また、第12図に示すようにたて糸1、およびよこ糸2の脚はそれぞれ同じ側に出ているので網によじれが生ずることがなく平であり、かつ、前述のように編網工程数が本願出願人が以前に出願した漁網の結節構造に比して少なく同様に結節に費やされる糸量も少なく、結節の大きさ自体も小さいのみならず、ループ1cとループ2cとはほぼ平行していて、脚1aと脚2aとがともに平行している2個のループの内側に挟まれるように構成されているので脚1a脚2aとは収束性がよく、従って網全体としても収束性がよいので網の整理が簡単で使用効率が向上する利点がある。」と記載されているのであって、右記載がすべて「たて糸1」、「よこ糸2」の区別を前提とする右結節構造の作用効果の記載であることは明らかである。

5 以上によれば、右特許請求の範囲の「たて糸」、「よこ糸」という明瞭な記載を無視し、あるいは変更して、本件発明の技術的範囲を定めることが許されるような特段の事情は存在しない。したがって、原判決は、特許法七〇条、三六条の解釈適用を誤り、前記最高裁判例に反する判断をしたものというべきである。

6 また、本件の出願は、昭和六二年改正前の特許法三八条二号に基づき、物の発明を特定発明(特許請求の範囲の1)とし、その物を生産する方法(特許請求の範囲の2)を併合出願したものである。したがって、本件発明の物(漁網の結節構造)は、右特許請求の範囲の2記載の生産方法で編網されるものとして、その技術的範囲が限定されるべきことは明らかである。原判決の判断は、特許法七〇条、三六条五項に違反するものというべきである。

五  別件発明の出願公告について

1 次のように、訴外株式会社加藤精工所、同山中中澤漁網株式会社共同出願に係る発明(以下「別件発明」という。)について特許出願がされた。

発明の名称 漁網の結節構造

出願日 昭和六三年七月二八日

発明者 加藤林作(被控訴人)

出願公告日 平成六年三月二三日

出願公告番号 特公平六―二一四〇八

2 別件発明の「特許請求の範囲の請求項1」には、次のとおり記載されている。

「【請求項1】網地に連なるタテ糸進入部およびヨコ糸進入部と、次の結節点に連なるタテ糸退出部とヨコ糸退出部との間に結節される結節点において、その解きほぐされる結節が、ヨコ糸は、前記ヨコ糸進入部2aから左回り(反時計方向)に転回した後、該ヨコ糸進入部の後を通ってヨコ糸ループを形成した後、ヨコ糸退出部に連なり、タテ糸は、タテ糸進入部から右回り(時計方向)に転回して第1のタテ糸ループを形成した後、該タテ糸進入部の表側を通って第2のタテ糸ループを形成し、前記第1のタテ糸ループおよび前記ヨコ糸ループの二つのループを裏側から表側に抜け、その後左回りに転回して前記ヨコ糸退出部を巻き込んだ後、前記第1のタテ糸ループおよび前記ヨコ糸ループを表側から裏側に抜けた後、タテ糸退出部に連なって構成されるか、または、上記と左右対称に構成されることを特徴とする漁網の結節構造。」

3 別件発明の特許請求の範囲の請求項1記載の発明は、原判決別紙ロ号物件目録ロ号結節説明書の一の2の記載と完全に一致し、別件発明の右実施例第1図は、右ロ号物件目録ロ号図面第3図(本判決別紙「ロ号図面第3図」)と完全に一致する。

すなわち、別件発明は、「ヨコ糸をループの中にくい込ませないで結節し」、「ヨコ糸がタテ糸で構成されるループの中をくぐらずに構成される結節構造とした」との構成を有することによって、作用として「目ずれや結節のねじれが生じない極めて小さな結び目を有する漁網の結節構造とした」とされる。そして、効果として、「結節の目ずれやねじれがなく、また、その結節が小さくできるので、軽量な仕上りとな」り、編網に関しては、「従来の編網のように、編網に際する強力な目締め工程を必要とせずに編網できるため、編網機に余分な力を加える必要がなくな」ったとされている。このような別件発明の構成、作用、効果は、ロ号結節のそれと全く同一である。

そして、ロ号結節の編網方法は、別件発明の編網方法と一致している。しかして、ロ号結節、すなわち「ニューダブル結節」の最も大きな特徴は、シャットルをくぐり抜けたループを巻鉤の後方へ引き込まず、手前に残した状態で、「たて糸」に張力をかけて目締めを完了することにある。「たて糸」を巻鉤の後方へ引き込むか、手前に残すかは、結節構造上大きな差異を生ずる。その端的な例としては、現在広く使用されている「蛙又結節」において、ループを手前に残した状態で目締めを行えば結節とはなり得ないという例を上げることができる。ループを手前に残したまま結節する方法は「逆転の発想」であって、補助参加人アミタマシーンズが、技術常識に反する結節方法に着想し、独自の効果を有する右結節構造を作り出すことに初めて成功したものなのである。

別件発明の発明者も、「本件出願人は、ヨコ糸をループの中にくい込んで結節されるという発想に疑問を抱いた」として、「むしろ、ヨコ糸をループの中にくい込ませないで結節しても」従来品に比し、目ずれや結節のねじれのない極めて小さな結び目を有する結節構造を案出したと述べている。これは、補助参加人アミタマシーンズが繰り返し述べてきた逆転の発想と全く同一のものである。このように別件発明は、本件発明に何かを付加したに過ぎないものではなく、発想を大胆に転換した新たな特許である。

そのことは、別件発明の詳細な説明に、「従来の技術」として「特公昭六〇―一七八六四号」すなわち本件発明が引用され、右従来発明を改良したものとして別件発明が出願されていることからも明らかである。

4 本件発明と別件発明とが別異の結節構造(物)であることは、それぞれの編網方法が相違していることに起因している。

すなわち、本件発明の結節構造は、「ループ1eが舟形箱をくぐった後糸振り4側のたて糸ループ1eを消滅させるとともによこ糸ループ2c、2dを形成する」という編網方法により作られている結果、「網地のヨコ糸が常に二つのループの中にくい込む」結節構造となっているのに対し、別件発明の結節構造は、「ヨコ糸をループの中にくい込ませないで結節」、「ヨコ糸がタテ糸で構成されるループの中をくぐらずに構成される」という編網方法により作られている結果、目ずれや結節のねじれが生じない極めて小さな結び目を有する結節構造となっているのである。

5 イ号結節の作用効果とロ号結節のそれとの比較

丙第三七号証の添付写真を見れば、イ号結節の目締めが悪く、ちょうちん目のような部分があり、丙第三五号証のモデルと同様の状態を示していることが分かる。この点からも、イ号結節が、その性能においてロ号結節に劣るものであることは一目瞭然である。この作用効果の差は、被控訴人自ら乙第二三号証(特許公報)の中で認めているところである。

また被控訴人は、結節を構成する二本の糸の織りなす絡み合いこそが、目ずれや大きさ等を規制すると主張し、原判決もその主張を採用した。しかし、本件発明も、別件発明も、編網機の存在、すなわち「たて糸」、「よこ糸」の存在を大前提とした特許申請となっており、「たて」、「よこ」を簡単に「一方」、「他方」に置き換えられるものではない。

六  イ号物件の販売差止請求について

1 差止めの利益の不存在

ロ号結節は、従来の編網機を若干調節するだけで、よこ糸をループの中にくい込ませないで構成することができるものである。そして、補助参加人アミタマシーンズの現在の製網機では、右調整を完全に実行した結果、これによって編網される漁網の結節構造はすべてロ号結節となるに至っている。そうすると、被控訴人には、イ号物件の販売を差し止める利益がなく、これを認容した原判決は不当である。

2 本件特許権の消滅

本件特許権は、平成八年一月三一日をもって存続期間満了により消滅した。したがって、もはや本件特許権侵害の差止請求は認められない。

七  混入率と損害について

1 仮に、網の結節の一部にイ号結節と同じものが混入していても、その比率が低く、商品としての網全体の性能が、ニューダブルの結節を使用しているものとほぼ同じで、イ号結節が混入していることが網の性能に何ら影響を与えなければ、特許の抵触や損害賠償請求権は発生しない。

2 イ号結節混入率と損害との関係

(一) 特許法一〇二条二項は、特許権者の立証責任の軽減を図った規定であり、侵害行為と相当因果関係のある損害のみが賠償の対象とされることには、何ら変わりがない。

したがって、本件特許権の侵害品であるイ号結節がたまたま製品(漁網)の中にごく一部含まれていたとしても、右製品全体の販売額を基礎にするのではなく、あくまで損害品の右製品における利用率(イ号結節の混入率)、貢献度を限度として実施料を算定すべきである。

(二) 当審における鑑定の結果によれば、イ号結節の混入率はわずか0.5パーセント程度に過ぎず、ロ号結節が99.4パーセントを占めていることが明らかであるから、イ号結節の混入率は誤差として無視できる数字というべきである。

しかも、控訴人は個々の漁網結節を販売しているのではなく、漁網全体を一つの製品として製造・販売しているから、右製品はロ号結節から成る漁網とみて差し支えなく、ごくわずか混入しているイ号結節は、漁網の価値に何ら貢献・寄与するところはないというべきである。

また、漁網製造の技術分野において、ごく僅少(一パーセント程度)の不良結節が混入し得ることは当業者にとって常識であり、この程度の混入は無視され、漁網全体としては完全な製品として評価されているのであるから、0.5パーセント程度の混入率は問題とされるべきではない。

さらに、被控訴人も認めるように、ロ号結節はイ号結節に比して数々の優れた性能を有し、それ故に市場でも大好評を博しているから、極めて僅少なイ号結節の混入を理由として損害賠償請求をすることは許されないというべきである。

(三) そうでないとしても、イ号結節の性能がロ号結節に劣ることから、せいぜい混入率(0.5パーセント程度)を上限として実施料相当額を決するしかないというべきである。

(四) 鑑定の正確性について

被控訴人は、今回の鑑定対象となった漁網は丙第九号証に使用したものと同じであると主張する。しかし、丙第九号証では七四×一一目を切り取っているのに対し、鑑定対象の漁網の欠損は七八×一一目で、その差異は一目瞭然である。検乙第一号証が鑑定の対象とされたのである。

また、被控訴人は、甲第九号証の二、第一〇号証、検甲第三号証の一、二を根拠に、イ号結節の混入率の高さを強調するが、右証拠はサンプル数が一〇〇個前後と極めて少なく、製品全体における混入割合を推認するには統計学上大きな疑問がある。しかも、イ号結節は、網の縦方向のあるラインに集中して発生しやすいのであるから、サンプル採取の方法によっては製品全体における実際の混入率とは著しく乖離した調査結果が得られることもあり得る。

(五) イニシャル・ロイヤリティについて

ロ号結節が本件発明の技術的範囲に属しないこと、イ号結節の混入率はせいぜい0.5パーセントであることからすれば、原判決のように、製造される漁網の結節が特許権侵害品であることを前提に右漁網を製造した編網機の販売に着目してイニシャル・ロイヤリティを認めるのは不当である。

百歩譲ってその支払を認めるにしても、混入率の0.5パーセント程度の比率を乗じた額を限度とすべきである。

3 イ号結節混入のメカニズム

(一) ロ号結節は、よこ糸を上鉤で形成されたループの中に引き込まずに目締めを行って形成するが、この場合の編網機の調整ポイントは、①目締めブレーキの調整、②よこ糸出し量の調整の二点である。これらの点の調整が不十分な場合に、イ号結節が混入する可能性がある。

そのほかに、イ号結節が混入する場合は、次の③、④の二つが考えられる。鮭鱒網(ロ号結節対応網)においては、両端にオモリやウキを付ける関係で、補強目的で両端には中央部とは異なった太い糸を使用する。太い糸は、たて糸の張力がどうしても強くなりがちであり、張力が強いとよこ糸は巻鉤で形成されたループの中に引き込まれやすくなる。したがって、たて糸の張力の調整が不十分であると、イ号結節が形成される可能性があるのである(以上が③の場合である。)。

次に、特定のたて糸張力が何らかの理由で強くなった場合や、おもりが異常に軽かったりして、よこ糸に必要な張力がかけられなかった場合には、中央部においてもイ号結節が形成される可能性は残る(以上が④の場合である。)。

(二) 以上のように、ロ号結節の漁網中にイ号結節が混入する原因は、編網機の調整ミス(右①、②、③)、あるいはアクシデント(右④)である。そして、調整ミスは容易かつ客観的に防止することが可能であり、機械操作中に監視することは不要である。そして、補助参加人アミタマシーンズでは、機械の操作上の注意点ないし取扱方法について、機械購入者に対し十分な説明を尽くしているから、イ号結節の混入は操作者側の責任にほかならない。

現実の混入率の低さは、混入の原因が調整ミスあるいはアクシデントによるものであることを示している。

4 特許権侵害の不存在、権利濫用

(一) 特許権侵害の不存在(不法行為の不成立)

以上をまとめると、①ロ号結節の漁網中へのイ号結節の混入の原因は、編網機購入者側の明らかな調整ミスあるいはアクシデントによるものであること、②混入比率が極めてわずかで、誤差の範囲内であること、③ロ号結節はイ号結節の改良発明であって、イ号結節の混入により漁網の価値が上昇するものではないことから、イ号結節の混入は本件特許権の侵害には当たらず、不法行為は成立しないというべきである。

(二) また、右の理由から、被控訴人が、イ号結節の混入を理由に、ロ号結節の漁網全体の販売差止め及び損害賠償を請求することは、権利の濫用として許されない。

八  特許発明の技術的範囲の判断と特許出願手続における新規性、進歩性の判断との関係

1 本件において、特許庁が後願の別件発明(ロ号結節)について、本件発明との差異を認めて公告決定をした以上、裁判所は右決定に法律上拘束され、両者の結節を別異のものとして認定判断せざるを得ないものである。

2 また、被控訴人及び同人が代表者を務める加藤精工所が特許庁に対し、「ロ号結節はイ号結節とは別異の改良発明である」と主張して、右出願をした事実がある以上、被控訴人が本訴において両者が同一であると主張することは、いわゆる包袋禁反言の原則(ファイルラッパー・エストッペル)に照らし、到底許されない。

なお、被控訴人は包袋禁反言の語源を前記当審における被控訴人の主張七4のとおり述べるが、その語源がどのようなものであれ、右の事実関係の下では、本訴における被控訴人の主張が禁反言に触れることは明らかである。

九  本件特許権の専用実施権の設定及び譲渡

被控訴人は、昭和六三年九月二六日に訴外株式会社加藤精工所に対し本件特許権について専用実施権を設定登録し、平成元年一月三〇日には、訴外山中中澤漁網株式会社に対し本件特許権を譲渡登録している(なお被控訴人は、平成元年に、右山中中澤漁網から、再び譲受登録をしている。)。

特許権者が他人に専用実施権を付与した後は、もはや損害賠償請求権を行使することはできない。したがって、少なくとも、被控訴人は昭和六三年九月二六日以降は損害賠償請求権を行使し得ないのであり、当審における請求の拡張は失当である。

(当審における控訴人の主張)

一  消滅時効の援用

1 原審における請求は、昭和六三年度分(昭和六二年七月から昭和六三年四月まで)のロイヤリティに限られる。

2 そうすると、平成元年度、平成二年度、平成三年度の各ランニング・ロイヤリティに関する損害賠償請求権は、遅くとも平成六年五月一日をもって消滅時効にかかっているものというべきである。

仮に、昭和六三年から平成三年までの損害賠償請求権を一個の債権とみても、被控訴人は一部についてのみ判決を求める趣旨を明らかにして訴えを提起したのであるから、消滅時効中断の効力はその一部についてのみ生じ、残部には及ばない。

二  株式会社加藤精工所及び山中中澤漁網株式会社から被控訴人への債権譲渡について(譲渡の無効)

1 株式会社加藤精工所から被控訴人への債権譲渡は、取締役会の承認がないから、商法二六五条一項に違反し、無効である。

2 株式会社加藤精工所及び山中中澤漁網株式会社から被控訴人への債権の譲渡は、その範囲が包括的に過ぎるばかりか、対価も不明であり、対価が支払われた形跡がないから、仮装のものというべきである。

三  被控訴人の不当利得返還請求について

1 被控訴人の不当利得返還請求に係る請求原因事実は否認し、争う。

2 控訴人には、何ら「利得」がないというべきである。すなわち、控訴人の販売する「ニューダブル」は、約99.5パーセントがロ号結節で構成されており、かつ、混入するイ号結節も被控訴人自身がロ号結節よりも劣ると自認しており(乙第二三号証「発明の詳細な説明」参照)、イ号結節が混入していることで何ら付加価値は生じない。また、すべてロ号結節で編網されているニューダブルとして販売されていたのであるから、イ号結節が混入していることにより、何ら「利得」は生じていない。

また、被控訴人は、ロ号結節はイ号結節を前提とした新たな発明と自認しているのであり、ロ号結節を先使用している控訴人のニューダブルの中に製造ミスからごくわずかなイ号結節が混入しても、特許権者に損失など存在しない。

(当審における補助参加人イナジツの主張)

一  差止請求について(本件特許権の消滅)

本件特許権は、平成八年一月三一日の経過をもって存続期間満了により消滅したので、本件特許権に基づく差止請求権は消滅した。

二  損害賠償請求について

1 当審における鑑定の結果によれば、イ号結節の混入率は、0.5パーセント程度である。右のイ号結節は、製品の製造過程で誤って混入したものであって、比率的にはほとんど無視できる割合である。法的な認定としても、イ号物件を製造販売しているとはいえない低いレベルの問題である。

よって、被控訴人の損害賠償請求は理由がない。

2 被控訴人は、当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張九に記載のとおり、本件特許権に専用実施権を設定し、あるいは一時的に本件特許権を譲渡している。

したがって、被控訴人は、専用実施権を設定した昭和六三年九月二六日以降については、損害賠償請求権を有しないというべきである。

第三  証拠関係

本件記録中の原審及び当審における証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3について

成立に争いのない甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1ないし3の各事実を認めることができる。

二  明細書記載不備による本件特許権の無効事由の存否について(原審における控訴人及び補助参加人両名の主張1の(一)ないし(三)、当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張二について)

当裁判所も、控訴人及び補助参加人両名の右主張は理由がないものと判断する。その理由は、原判決がその理由欄一項の2(原判決三三頁四行目から三六頁一二行目まで)において説示するところと同一であるから、これを引用する。

三  公知技術(飯島結節)による無効事由の存否について(原審における控訴人及び補助参加人両名の主張2、当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張三について)

当裁判所も、控訴人及び補助参加人両名の右主張は理由がないものと判断する。その理由は、原判決がその理由欄一項の3(原判決三六頁末行から三九頁初行まで)において説示するところと同一であるから、これを引用する。

四  請求原因4について

1  請求原因4のうち、控訴人がロ号物件を販売していること、並びにイ号結節及びロ号結節の各構成については、いずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、控訴人がイ号物件を業として販売しているかどうかについて検討する。

(一)  被控訴人は、イ号物件(イ号結節を有する漁網又はイ号結節が混入する漁網)を控訴人が業として販売していると主張するところ、甲第九号証の二、第一〇号証(いずれも原審証人古谷博の証言により真正に成立したものと認められる。)及び右古谷の証言は、これに沿う証拠である。

そして、甲第九号証の二は、網勘製網株式会社(三重県四日市市所在)において、山中中澤漁網株式会社から控訴人が販売するものとして送付を受けた漁網について、平成元年一二月に身網部分(網の中央部分)の一五四個の結節を調査したところ、イ号結節が四五個、ロ号結節が九七個、中間的な結節が一二個認められたとするものである。これによれば、イ号結節の混入割合29.2パーセントとなるが、この網全体の結節数は約九万五〇〇〇個(この網は、八〇掛け目、五九九目である。)であるから、調査の対象となった結節数の網全体の結節数に対する割合は、0.16パーセント程度ということになる。

また、甲第一〇号証は、同様に、右網勘製網において、山中中澤漁網株式会社から控訴人が販売するものとして送付を受けた漁網について、平成二年二月に調査したところ、身網部分については、一二六個の結節中、イ号結節が六六個、ロ号結節が五一個、中間的な結節が九個であり、耳部分(端の部分)については、四八個の結節中、イ号結節が三一個、ロ号結節が一七個、中間的な結節が〇個であったとするものである。これによれば、イ号結節の混入割合は52.4パーセント(身網部分)又は64.6パーセント(耳部分)となるが、この網全体の結節数は約一〇万個(この網は、八〇掛け目、六三三目である。)であるから、調査の対象となった結節数は、合計しても0.17パーセント程度ということになる。

(二)  これに対し、控訴人及び補助参加人両名は、ロ号結節の漁網の中にイ号結節が混入する比率は極めてわずかであると主張するところ、当審における鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が本訴に先立つ特許権侵害差止仮処分申立事件(名古屋地方裁判所昭和六三年ヨ第一三一二号)において、疎検乙第一号証として平成元年一月二三日名古屋地方裁判所民事第九部に提出した、控訴人販売に係る昭和六三年製造の漁網(通称「ニューダブル」)について、当審において鑑定を実施したところ、鑑定人は、信頼度を九九パーセントとすることを前提に、総結節数の一〇パーセントを超える九〇〇〇個の結節を調査することとした上で、編網機の編成から、漁網はそれぞれ独立した同種の機構を持つ掛け目数の装置により編網されることを考慮して、掛け目方向については全数調査し、長さ方向については全数一一八六ライン(掛け目方向への結節の並びを一ラインとすると、長さ方向には一一八六ラインあることになる。)の中から一二〇ラインをコンピュータで発生させた乱数に基づき抽出し、拡大鏡により一つ一つの結節を丹念に調査したこと、これによれば、調査した九〇〇〇個の結節のうち、イ号結節が四一個(0.5パーセント)、ロ号結節が八九四八個(99.4パーセント)、イ号結節でもロ号結節でもない結節が一一個(0.1パーセント)であったこと、これを前提に、統計学的に全結節に対する右各結節の割合を推計すると、イ号結節の割合は0.3パーセントから0.7パーセント、ロ号結節の割合は99.2パーセントから99.6パーセント、どちらでもない結節の割合は0.01パーセントから0.2パーセントの各範囲にあるものと推定されること、以上の事実を認めることができる。

(三)  また、丙第九号証、第三三号証及び原審証人山本要人の証言は、いずれも控訴人及び補助参加人両名の右主張に沿うものであるところ、そのうち丙第九号証は、平成元年三月ころ、補助参加人アミタマシーンズの山本要人において、控訴人が仮処分事件に証拠として提出した網と同等の網の一部を任意に切り取り、イ号結節の混入の割合を調査したところ、調査結節数八一九個のうち、イ号結節が五個認められ、その割合は0.6パーセントであったとするものであり、丙第三三号証は、平成二年二月ころに製造され在庫となっていた漁網について、右山本において同年七月に調査したところ、イ号結節は両端部分に発生していると認められ、その他の部分には認められないとし、全体に対する割合を推計すると、イ号結節の混入割合は1.4パーセント程度であったとするものである。

(四)  次に、成立に争いのない丙第二号証、原審証人山本要人の証言により成立の認められる丙第一号証、第三号証ないし第五号証、右山本証言によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 補助参加人アミタマシーンズは、漁網機及びその付属機を製造販売することを業とする会社であるところ、昭和六〇年ころから、従来から利用されている結節を有する漁網の製造機能に加え、より結節強度の強い「特殊結節」と呼ばれる結節を有する漁網の製造機能をも併有する漁網機の開発に着手した。

そして、同補助参加人は、本件発明に係るイ号結節と同じ構造の結節を本件発明とは関係なく独自に考案し、昭和六一年二月二七日、その特殊出願をした。

(2) そこで、同補助参加人は、この結節をも編網できる機能を有する漁網機を製造し、昭和六二年六月、この漁網機二台を補助参加人イナジツ(当時の商号は「稲垣製網株式会社」)に納入した。ところが、その漁網機で試織したところ、品質検査(この品質検査は、ユニチカ株式会社等で実施された。)により、漁網の結節(内容はイ号結節)が目すべり(目ずれ)を起こすことが確認され、その漁網は実用上問題があることが判明した。

(3) そこで、補助参加人アミタマシーンズは、この結果を踏まえ、その後テスト、研究を続け、ロ号結節により編網することを考案するに至った。そして、この網について調査、試験を実施したところ(この試験は、樹脂メーカーの太田化研株式会社において実施された。)、おおむねよい結果が得られた。そこで、控訴人及び補助参加人イナジツにおいて網の使用地(北海道)のエンドユーザーの意見を徴したところ、よい反応であったので、昭和六二年九月ころ、この網に「ニューダブル」という商品名を付けて製造販売することが決定された。

(4) ところが、販売開始直後、ユーザーから、右漁網が目すべりを起こすなどといったクレームがつくなど、不良品が発生したので、補助参加人アミタマシーンズが調査したところ、漁網の結節にイ号結節が混入し、それが不良の原因であると判断された。ロ号結節は、編網の最終に近い工程において、たて糸のループを手前(ループが形成された位置)に残したまま目締めをするのに対し、イ号結節は、その工程で、たて糸のループを反対側に引き込んでそれを消滅させて目締めを行う点が異なっているものであったことから、この編網工程におけるいわば「分かれ目」の工程で、右のたて糸のループを引き込まないよう右漁網機について各種の調整を行った。その結果、結節の固定度は上昇、安定し、補助参加人アミタマシーンズにおいて製品を自ら検査したところでは、イ号結節の混入率はごくわずかであって、同補助参加人は、混入率は無視できる割合であると考えていた。

(五)  右(二)ないし(四)の認定説示を併せると、販売開始直後はともかくとして、目すべりを起こす等のクレームを受け、補助参加人アミタマシーンズにおいて漁網機に必要な調整を加えた後は、控訴人が「ニューダブル」の商品名で販売する漁網においては、イ号結節の混入率は激減し、おおむね当審における鑑定の結果に示されたように0.5パーセント前後となるに至ったものと認めるのが相当である。

右(一)に説示した甲第九号証の二及び第一〇号証は、右(二)ないし(四)の説示に照らしても、また、その調査の結節数が極めて少量で、これをもって全体を推し量ることについて疑問があることからも、これを採用することはできない。

しかるところ、原審証人山本要人の証言、当審における鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば、漁網の編網は、それぞれ独立した機構を持つ掛け目数の装置により構成される漁網機により、細いナイロン製の二種類の糸(たて糸及びよこ糸)を使用して、一つの漁網について大雑把に言って一〇万個にも上る微細な結節を形成して行われるものであり、調整を十分にした機械であっても、その「機械」自体のもつ本来の性格ないし制約から、すべての結節が目的の結節となるわけではなく、目的の結節ではないという意味での不良結節が必然的に一定の率発生するものであること、そのような不良結節の発生率は、少な目に見積もっても、一パーセント程度は不可避である旨、通常当業者において認識されていること、したがって、このようなレベルの漁網は、取引上ないし実用上完全な網として扱われていることが認められる。控訴人販売の漁網におけるイ号結節の混入率約0.5パーセントという数字は、その数字自体極めて小さなもので、実用上その網の品質ないし性格を左右するものではなく、かつ、右にみたように、この混入比率は漁網機による編網という行為に一般的、不可避的に伴う「不良結節」発生率の範囲内のものと評価するのが相当であるから、この程度の割合でイ号結節が混入する漁網をもって、イ号結節に係る特許権侵害が問題となり得るイ号物件(「イ号結節による漁網」又は「イ号結節が混入する漁網」)であると評価するのは相当でなく、これらはロ号物件であるというべきである。そうすると、控訴人はイ号物件を業として販売しているということはできないし、また、将来これを販売するおそれがあるということもできない。

ところで、被控訴人は、本件特許権の技術的範囲に含まれる結節が一つでもある場合には、特許権侵害になる旨主張する(当審における被控訴人の主張九)。しかし、本件特許権は、前示のような漁網機による漁網の編網によって工業化されることが本来的に予定されているものであり、ごくわずかの目的外の結節の混入がそのような工業化の過程において不可避である以上は、その不可避である範囲内の混入は、当該特許権に本質的に内包された性格ないし制約というべきである。したがって、目的外の結節について特許権が成立している場合においても、そのわずかに混入した結節について当該特許権を実施したものと評価するのは相当ではないというべきである。被控訴人の右主張は理由がない。

五  請求原因5(本件発明とイ号結節との対比)について

当裁判所も、本件発明とイ号結節は同一の構成であり、その作用効果も同一であるから、イ号結節は本件発明の技術的範囲に属するものと判断する。その理由は、原判決がその理由欄一項の5(原判決四一頁八行目から四二頁一〇行目まで)において説示するところと同一であるから、これを引用する。

六  請求原因6(本件発明とロ号結節との対比)について

1  本件発明の構成要件とロ号結節の構成とを比較すると、ロ号結節は、本件発明の特許請求の範囲の記載において、「よこ糸」を「たて糸」に、「たて糸」を「よこ糸」に置き換えて表示した内容になっていることが認められる(したがって、原審における控訴人及び補助参加人両名の主張4の(一)のうちロ号結節に関する部分も、その前提を欠き、理由がない。)。

2  そこで、右のような構成となっているロ号結節が本件発明の技術的範囲に含まれるかどうかを判断する前提として、本件発明の特許請求の範囲に記載された「たて糸」、「よこ糸」という用語の意義について検討する。

前掲甲第二号証、丙第三号証ないし第五号証、成立に争いのない乙第一号証の一ないし一六、丙第七号証、第一〇号証ないし第三二号証、第三五号証、第三六号証、第四七号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二三号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一三号証、原審証人山本要人の証言、被控訴人の原審供述、弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。甲第五号証、第八号証の一ないし三は、この認定を左右しない。

(一)  本件で問題となる漁網は、技術的には、「網」のうち、長手方向に配列された多数の網糸(経糸、たて糸)と、これと同数の緯糸(よこ糸)と称される網糸とから結節を構成して作られる「横網」に属し(これに対するものは、一条の網糸から編成される「縦糸」である。)、現在商品化されている漁網はすべてこの「横網」である。横網の編網は、漁網機によってされるところ、この緯糸はシャットル(通常は偏平な舟型)内に収容されている。舟型はそれから解き出される緯糸が適当な張力を保つことが肝要であることから、舟型の一部に重錘を吊したり、バネを用いて緯糸を引っ張っておく措置をとるのが通常である。これに対し、経糸は、漁網機の構造上、緯糸よりもはるかに大きな張力をかけることができる。

以上は、横網である漁網について、古くから知られる技術常識である。

(二)  このような技術常識を背景として、漁網機で編網される漁網の結節構造に関する特許出願においては、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、例外なく「たて糸」(縦糸、経糸)、「よこ糸」(横糸、緯糸)が明確に区別されて記載されている。

本件発明も同様であって、「特許請求の範囲」においては、たて糸、よこ糸が明確に区別され、「発明の詳細な説明」においても、右(一)に説示した漁網機ないしこれによる編網作業の技術常識を前提として、「たて糸」と「よこ糸」とを明確に区別した上、本件発明に係る結節構造について編網機(漁網機)における編網工程に従って説明がされている(なお、よこ糸については、舟型から供給される旨、前示の技術常識に従った記載がされている。)。

この点については、別件発明においても同様である(具体的な内容は、後記(四)のとおりである。)。

(三)  補助参加人アミタマシーンズの漁網機によってロ号結節を形成する方法は、本判決別紙「ロ号図面第3図」記載の状態が形成された工程において、同図面のたて糸のループIDを、反対側に引き込まないようにして、その位置に残したまま、たて糸に張力をかけて目締めをする、というものである。

イ号結節、ロ号結節とも、補助参加人アミタマシーンズが同イナジツに納入した漁網機により形成することができるものであるが、前示の「ニューダブル」漁網の開発の経過に照らしても、同漁網機によって形成されるイ号結節は、ロ号結節に比較して目すべりを起こしやすく、漁網としては実用性が低い。

また、補助参加人アミタマシーンズにおいて、同漁網機によって形成されたイ号結節及びロ号結節についての強度試験を試験機関に依頼したところ、ロ号結節の方が結節の締まりがよく、目すべりを起こしにくいという結果が得られている。そして、前示のとおり、ロ号結節による「ニューダブル」漁網は、需要者にも実用性があるものとして受け入れられている。

(四)  他方、昭和六三年七月二八日、訴外加藤精工所及び同山中中澤漁網株式会社から、別件発明(当審における控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの主張五1参照。発明者は被控訴人。)について特許出願がされ、平成六年三月二三日出願公告がされた。しかるところ、別件発明における「特許請求の範囲」の「請求項1」に係る漁網の結節構造は、ロ号結節の結節構造と全く同一である(この点は、当事者間に争いがない。)。

(1) 右出願公告に係る「発明の詳細な説明」の項においては、おおむね次のような説明がされている。

「従来の漁網の結節構造は、本件発明において本願出願人自らが提案しているように、数十から数百本のたて糸を配置しておいて、このたて糸に対しよこ糸を巻鈎等で絡めて編網するものであって、たて糸を一重から、二重、三重に絡めて結節を形成するものであった(従来の技術)。

しかし、この構造は、よこ糸が常に二つのループの中にくい込む結節構造であるため、目ずれ等のない結節とするためには、よこ糸を二重、三重に絡める必要があり、そのためどうしても結節が大きくなるという欠点を有していた(発明が解決しようとする問題点)。

そこで、本出願人は、よこ糸をループの中にくい込んで結節されるという発想に疑問を抱き、むしろよこ糸をループの中にくい込ませないで結節しても、目ずれ等の生じない結節を案出するに至った。このような方法による編網方法を採用することにより、極めて小さい結節を形成することが可能である(右問題点を解決するための手段)。

この結節構造においては、結節点をおいてたて糸がよこ糸にくい込まない結節構造であるため、目ずれや結節のねじれが生じない極めて小さな結び目を有する漁網の結節構造となる(作用)。

この結節構造を有する漁網は、結節の目ずれやねじれがなく、また、その結節を小さくできるので、軽量な仕上がりとなり、多収量を期待でき、重量が大であっても変形することなく漁を行うことができる。編網に関しては、従来の編網のように編網の際の強力な目締め工程を必要としないため、ランニングコストが逓減する等の著しい効果がある。また、従来の編網機に若干の変更を加える程度で、本結節の漁網を完成することができる(発明の効果)。」

(2) この別件発明に係る「発明の詳細な説明」の趣旨は、前示のような漁網機による編網の技術常識を大前提とした上で、従来のようによこ糸をループの中にくい込ませて結節させる(これがイ号結節の構造である。)のではなく、よこ糸をループにくい込ませないで、すなわちたて糸のループ(本判決別紙「ロ号図面第3図」のID)をループ形成の側(手前)に残したまま結節させること(これがロ号結節の構造である。)により、従来よりも目ずれや結節のねじれがない漁網とすることができ、この点が別件発明の基本的な部分である、とするものである。

3 そこで検討するに、右2の(一)、(二)の事実によれば、本件発明に係る「特許請求の範囲1」の記載は、従来の「横網」を編網するための漁網機の構造、編網の方法等に関する技術常識を大前提とした上で、漁網機による編網上のたて糸、よこ糸を、「たて糸」、「よこ糸」と表現して、その双方の糸の絡み合いの結果形成される結節構造を提案するものであるから、本件発明に係る「特許請求の範囲1」における「たて糸」、「よこ糸」という用語は、技術的にそれぞれ異なった固有の意義を有するものと解するのが合理的というべきである。

このことは、前記2の(三)に認定したように、補助参加人アミタマシーンズ製造の漁網機により編網された漁網のイ号結節及びロ号結節が、相互に技術的、あるいは実用的に有意な差を示すことによっても裏付けられているということができる。

さらに、被控訴人が発明し、被控訴人が代表者として経営する訴外加藤精工所(このことは弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三一号証及び弁論の全趣旨により認められる。)が特許出願した別件発明においても、「よこ糸」、「たて糸」はそれぞれ異なる技術的意義を有するものとして認識され、使用されているということができるし、たて糸のループを手前に残したまま結節させるという、ロ号結節の基本的部分として控訴人及び補助参加人両名が主張する点が、別件発明の新規性、進歩性を持つ基本的部分であるとされていることからすれば、これらの事情も、本件発明に係る「特許請求の範囲1」にいうたて糸、よこ糸が技術的に異なった意義を有するとの前記判断を裏付けるものということができる。

結局、本件発明に係る「特許請求の範囲1」にいうたて糸、よこ糸はそれぞれ異なった固有の技術的意義を有する用語であり、これを単に「一方の糸」、「他方の糸」と解することはできないものというべきである。したがって、本件公報の「発明の詳細な説明」の欄(二欄二五行目から三欄一二行目まで)に掲げられた六つの特徴も、漁網機による編網に関する技術常識、ないしはたて糸、よこ糸の機能、性格等を前提として理解すべきものであり、本件公報上、これらの特徴は、単に二本の糸の絡み具合(配置関係)だけから生ずるのではなく、「編網上のたて糸、よこ糸の絡み具合」から生ずるとされているものと解するのが相当である。

そうすると、たて糸、よこ糸を特定して漁網の結節構造を表示しただけで、当業者において、直ちに、明示的に表示された結節構造のほか、その「たて糸」を「よこ糸」に、「よこ糸」を「たて糸」に置き換えて編網した漁網の結節構造を想起することができるものということもできない。

4 以上によれば、ロ号結節は、本件発明に係る漁網の結節とはその構成及び作用効果を異にするものというべきである。

したがって、ロ号結節は、本件発明の技術的範囲に属しないから、ロ号結節を有するロ号物件を販売することは、本件特許権を侵害するものではないというべきである。

七  本件特許権に基づく差止請求及び廃棄請求について

まず、ロ号物件は、前示のとおり本件特許権を侵害するものではないから、ロ号物件の販売の差止め及びその廃棄を求める被控訴人の請求は理由がない。

次に、イ号物件については、前示のとおり、控訴人は、これを販売しているものと認めることはできないから、イ号物件の販売の差止めを求める被控訴人の請求も理由がない。また、控訴人がイ号物件を販売していないことに照らせば、控訴人がイ号物件を占有しているものと認めるに足りる証拠はないというべきであるから、イ号物件の廃棄を求める被控訴人の請求も理由がない。

なお、本件特許権が平成八年一月三一日をもって存続期間満了により消滅したことは当事者間に争いがないから、この点からも、被控訴人のこれらの請求は理由がないというべきである。

八  本件特許権に基づく損害賠償請求について

1  ロ号物件の販売は本件特許権を侵害するものではないところ、前記四2の(四)に説示したところによれば、昭和六二年九月ころ以降の「ニューダブル」漁網の販売開始直後、ユーザーからのクレーム等を受け、補助参加人アミタマシーンズが同イナジツに納入した漁網機を調整した後は、控訴人が販売する漁網はイ号物件ではなく、ロ号物件であるというべきであるから、結局、本件においては、右「ニューダブル」漁網の販売開始直後の「不良品」の発生時期における同漁網の販売に関し損害賠償請求をし得るかどうかだけが問題となる。

2  販売開始直後においてユーザーから目すべり(目ずれ)等を起こす不良品であるとしてクレームを受けた商品は、前記四に認定説示したところによれば、イ号結節が混入していたことにより、そのような不良品と評価されたものであったと認められるから、その漁網には品質を左右する程度の割合のイ号結節が混入していたものと推認することができる。そうすると、その漁網はイ号結節が一定割合混入したイ号物件であったということができると解される。

控訴人が昭和六三年度(昭和六二年七月から昭和六三年四月まで)において北海道漁業協同組合連合会を通じて販売した「ニューダブル」漁網の数量が一万二八三六反であり、その金額が五五〇六万八六八〇円であることは、当事者間に争いがないが、反面、そのようなイ号結節が一定割合混入した「ニューダブル」漁網が販売されたのはごく短い一時期であり、また直ちにクレームがついたことをも考えると、イ号結節が一定割合混入した「ニューダブル」漁網の販売量はかなり少ないのではないかと推測される。また、右の時期に一応対応すると思われる乙第二号証の一ないし一八(北海道漁業協同組合連合会作成の「鮭鱒流網請求書」写し。原本の存在及び成立には争いがない。)によっても、同請求書記載の「ニューダブル」漁網が控訴人からいつ販売されたかは、明らかではない(なお、この請求書は、被控訴人が主張する昭和六二年七月から昭和六三年四月まで(昭和六三年度)の間のものではなく、暦年の昭和六三年、すなわち昭和六三年一月一日から同年一二月三一日までの間のもののように解される。)。したがって、乙第二号証の一ないし一八から、イ号結節が一定量混入した「ニューダブル」漁網の販売量(前示のとおり、販売量はかなり少ないと推測される。)及びその金額を的確に認定することはできない。

3  ところで、被控訴人は、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額をもって、自己が受けた損害の額であるとして損害賠償請求をしている(請求原因7参照)。

しかし、前示のように、イ号結節が一定割合混入した「ニューダブル」漁網を控訴人が販売したのはごく短い一時期で、販売量や金額もかなり少なかったと推測される上(なお、前示のように、その販売量や金額を具体的に認定することができる証拠はない。)、混入したイ号結節は「ニューダブル」漁網にとっては製品価値を損なう不良結節と評価すべきものであったから、これらの事情に照らすと、控訴人が販売開始直後の一時期販売した「ニューダブル」漁網に一定割合イ号結節が混入していたことには、本件特許権を実施したと評価すべき経済的実体が存在しないものと認めるのが相当である。したがって、控訴人のこの行為は、実施料支払の対象となるようなものではなかったと解するのが相当である。

別紙

よって、実施料相当額の損害賠償を求める被控訴人の請求は、「ニューダブル」漁網販売開始直後の一時期においてイ号結節が一定割合混入した同漁網を販売した点についても理由がない。

なお、付言するに、控訴人の右行為により被控訴人にこれと相当因果関係を有する損害賠償が発生したことを認めるに足りる証拠はないし、また、控訴人がこの行為により得た利益の額も、これを的確に認めるに足りる証拠はないというべきである。

したがって、本件特許権侵害に基づく被控訴人の損害賠償請求も、すべて理由がないものというべきである。

九  著作権に基づく被控訴人の予備的差止請求(当審における被控訴人の主張二)について

1  控訴人及び補助参加人アミタマシーンズは、右予備的請求は時機に後れた攻撃防御方法である旨主張する。しかし、右予備的請求の追加は、訴えの変更であり、攻撃防御方法の提出ではないから、控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの右主張は理由がない。

もっとも、控訴人及び補助参加人アミタマシーンズの右主張は、民事訴訟法二三三条の訴え変更不許の裁判の申立ての趣旨を含むものと解されるが、右訴えの変更については、その請求原因に照らすと、請求の基礎に変更はなく、著しく訴訟を遅延させるものということもできないから、これを許すべきものというべきである。

2 被控訴人は、本件発明に係る結節構造について、わが国における伝承工芸の一つである組紐(結節)に係る著作権を有すると主張する。

著作権法は、美術の著作物を保護の対象とし(同法二条一項一号)、美術の著作物には美術工芸品を含むものとしている(同法二条二項)。しかして、美術工芸品とは、絵画や彫刻等の純粋美術の技法を一品製作たる陶器や織物に応用したものを指すと解されるところ、美術工芸品も、美術の著作物である以上は、純粋美術と基本的には差異のない高度の美的表現と創造性を有し、それ自体が美的鑑賞の対象となり得るものであることを要すると解するのが相当である。

しかるに、本件発明の対象は、漁業用の網の結節構造(結び目)であり、漁網としての機能をよりよく発揮させることを唯一の目的として、画一的な工業的方法により大量生産される製品の構成部分を成すものであり、右結節には、美的表現とか創造性とかいった要素は全く認められない。したがって、右結節は、著作権法上保護される美術著作物には該当しないものというべきである。

よって、その他の点について検討するまでもなく、被控訴人の著作権に基づく予備的差止請求も理由がない。

一〇  特許権侵害に基づく不当利得返還請求(当審における被控訴人の主張三)について

前示のとおり、「ニューダブル」漁網の販売開始直後のイ号結節の混入時期(不良品発生時期)を除いては、控訴人に本件特許権の侵害があったとは認められないから、被控訴人が主張する不当利得返還請求権が発生する余地はない。

また、右イ号結節の混入時期における「ニューダブル」漁網の販売も、前示のとおり、実施料相当額の賠償を認めるべき実体を有するものとはいえないし、その他これにより被控訴人に損害が生じたものということもできない。

よって、本件特許権の侵害に基づく被控訴人の不当利得返還請求も、理由がないというべきである。

一一  結論

以上の次第で、本件特許権に基づく被控訴人の差止請求及び廃棄請求、並びに本件特許権侵害に基づく被控訴人の損害賠償請求(当審において拡張された平成元年度から平成三年度までの分に係る請求を含む。)はいずれも理由がなく、また、当審における著作権に基づく差止請求及び本件特許権侵害に基づく不当利得返還請求も、いずれも理由がない。したがって、本件特許権侵害に基づく差止請求及び廃棄請求を認容し、本件特許権侵害に基づく損害賠償請求(ただし、昭和六三年度分に係る請求)を一部認容した原判決は、右請求を認容した点について不当である。

よって、本件控訴は理由があるから、原判決中右請求認容部分(控訴人敗訴部分)を取り消した上、右取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、他方、本件附帯控訴は理由がなく、当審における被控訴人の新請求(当審において拡張された損害賠償請求、並びに当審における著作権に基づく差止請求及び本件特許権侵害に基づく不当利得返還請求)はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条、八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水野祐一 裁判官岩田好二 裁判官山田貞夫)

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