名古屋高等裁判所 平成8年(行コ)22号 判決 1997年1月30日
控訴人(一審原告)
平山良平
被控訴人(一審被告)
名古屋市人事委員会
右代表者委員長
永井恒夫
右訴訟代理人弁護士
冨島照男
同
小川淳
同
金田高志
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 本件を名古屋地方裁判所へ差し戻す。
二 被控訴人
主文同旨
第二当事者の主張及び証拠
当事者双方の主張及び証拠関係は、当審における控訴人の主張を次のとおり付加するほか、原判決の「事実」欄第二及び第三と同一であるから、これを引用する。
(当審における控訴人の主張)
一 間接喫煙を強いられるおそれについて
原判決は、「理由」欄一3において、本件教官室がその後改善が加えられ、「和室二間を喫煙者が使用する部屋と非喫煙者が使用する部屋とに区分し、襖・障子で仕切って使用すれば、喫煙者が使用する部屋で喫煙された煙草の煙が非喫煙室とされた和室に流入することはなく、非喫煙者が使用する部屋において間接喫煙を強いられるおそれはなくなった。また、喫煙者が喫煙する際、障子を閉め切った上で、板の間で換気扇を作動させた状態で喫煙すれば和室にいる非喫煙者が間接喫煙を強いられることもなくなった。」と認定し、本件措置要求に対する判定の取消を求める訴えの利益が失われたと判断した。
しかし、右認定は、原審の検証時における喫煙中の五分間のみの、しかも襖・障子により閉め切った各部屋の間で煙草の煙が漏れるかどうかの検証の結果に基づくものであって、喫煙教員が喫煙者室へ出入りするため襖・障子を開ける際に、煙草の煙が喫煙者室から拡散することを考慮しないものである。換気扇、冷蔵庫及び洗面用手洗いの位置など本件教官室の構造上の制約からすれば、控訴人が間接喫煙を強いられるおそれがなくなるのは、本件教官室が完全禁煙になったときであって、現状のままでは、人の出入りがある以上、なお控訴人が間接喫煙を強いられるおそれが多分にあるから、原判決の右認定は誤っており、控訴人には、なお本件判定の取消しを求める訴えの利益が存在する。
二 喫煙室の一酸化炭素及び炭酸ガスの蓄積について
事務所衛生基準規則三条一項には、喫煙等による一酸化炭素及び炭酸ガスの室内における蓄積を防止するための措置として、自然換気の場合は開口部面積が常時床面積の二〇分の一以上になるようにしなければならないと定めているところ、本件教官室のように、襖・障子で仕切って使用するのであれば、喫煙室内においては、一酸化炭素及び炭酸ガスの蓄積を防止するのではなく、その蓄積を促進することになる措置である。本件教官室の構造が右事務所衛生基準規則の規定に適合しているとしても、窓の開口部が閉ざされることが前提ならば、その基準が満たされることはない。施設の管理者は、一酸化炭素及び炭酸ガスの室内における蓄積を防ぐために、右ガスのほか多くの有害物質を発生させる喫煙そのものの禁止を勧告すべきであって、右のような有害物質の発生を放置し、しかもそこを密閉状態にさせるというのは、喫煙者の健康・安全を全く無視した行為である。一酸化炭素及び炭酸ガスを発生させているのが喫煙者自身であるからといって、その煙の中に閉じこめられてよいというわけではない。
なお、第三者の勤務条件についての措置を求めることは容認されないということは一般的に是認できるが、本件教官室内で煙草を吸うという行為は、勤務時間中の行為であり、その行為によって、自他ともに有害物質を吸わされることになり、生徒も同じ階で同宿しており、火災の危険性をも考慮すれば、第三者の勤務条件に関するものとはいえない。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、本件判定後の本件教官室の改善により控訴人が間接喫煙を強いられる状態は解消されたと認めるのが相当であり、控訴人が本件判定の取消しを求める訴えの利益は失われたものというべきであるから、本件訴えは不適法として却下を免れないものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決「理由」欄一、二記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正等
原判決二八頁八行目から九行目(本誌本号<以下同じ>83頁2段20行目)にかけ「法律上保護されたものというべきである。」を「右の利益は十分に保護されなければならない。」と、同一〇行目(83頁2段23行目)の「受けてきている」を「受けてきたとされている」とそれぞれ改め、同行(83頁2段24行目)の「今なお喫煙の」から同二九頁一行目(83頁2段27行目)の「無視することはできないのであって、」までを削る。
二 当審における控訴人の主張一について
引用にかかる原判決が認定したとおり、本件判定後の平成四年四月及び平成六年四月の二度にわたり本件教官室の改善がなされ、これにより、本件教官室は、喫煙者が使用する和室と非喫煙者が使用する和室の二室の間の襖上部の欄間にベニヤ板が張り付けられて、両室が完全に仕切られたこと、その奥(窓側)の板の間(廊下)は、右和室二室とそれぞれ障子戸でもともと仕切られていた(廊下自体は喫煙者室側の部分と非喫煙者室側の部分の間に仕切りはない)こと、右廊下の外側壁の窓ガラスに換気扇が設置されていること、原審の検証時、喫煙者室と非喫煙者室の襖を閉め切った状態にして、喫煙者室で一人及び二人が喫煙をした場合並びに喫煙者室と廊下とを仕切るガラス障子戸を開け放つとともに、廊下の窓に設置されている換気扇を作動させた状態にし、右同一条件で喫煙した場合のいずれの場合においても、喫煙者室において喫煙された煙草の煙が非喫煙者室内に流入してくることはなかったこと、その後の利用実態としては、実際には、喫煙場所は奥の板の間(廊下)が喫煙場所と指定され、換気扇を作動させながら喫煙するものとされたため、控訴人が非喫煙者として非喫煙者室にいる限りは隣室等から煙草の煙が流入することはなくなったことが認められる。
控訴人は、喫煙者が喫煙者室を出入りする際に煙草の煙が拡散することを原判決が考慮していないと非難するが、右の事実によれば、喫煙の場所及び方法についての右の取決めの下では、喫煙者が、実際の喫煙場所となっている奥の板の間(廊下)と喫煙者室との間を出入りしても、非喫煙者の使用する部屋に煙が流入する可能性は殆どないと認められるから、控訴人の右主張は理由がない。
なお、(証拠略)、原審の検証の結果によれば、右廊下には冷蔵庫及び洗面台が設置されていることが認められるところ、たとえば、控訴人が冷蔵庫等を使用するために非喫煙者室から実際の喫煙場所となっている奥の板の間(廊下)に出た際に、ちょうど喫煙者が喫煙中であったような場合には、間接喫煙の可能性が問題になる余地が全くないではないが、前記のとおり、右廊下において喫煙者は換気扇を作動させた状態で喫煙することになっていることからすれば、板の間(廊下)に残存している煙の量は少ないと考えられること、控訴人が板の間(廊下)に出るとしても、喫煙者が喫煙中であるかどうかを確かめて、喫煙中でないときに用を足すことが考えられること、また、板の間(廊下)には用を足すため短時間しかいないと考えられること等からすると、前記認定の状況下においては、非喫煙者が間接喫煙を強いられる可能性がなくなったと認定するのが相当である。
したがって、当審における控訴人の主張一は理由がない。
三 当審における控訴人の主張二について
引用にかかる原判決が判示したとおり、控訴人自身の受動喫煙、間接喫煙を強いられない利益に関する限り、措置要求の対象として適法というべきであるけれども、自己の勤務条件とは関係のない第三者の勤務条件について措置を求めることは不適法であって容認されないと解すべきである。そうすると、控訴人が、本件教官室内を二部屋に仕切り分煙することによって生ずる喫煙者室内の一酸化炭素及び炭酸ガスの濃度を問題にし、喫煙者の健康・安全に関する主張をするのは、本件判定について第三者の勤務条件に係る違法事由を主張するものであるから、許されないものというべきである。また、生徒の安全等に関する主張も、それ自体は自己の勤務条件に関するものとはいえないから、同様に許されないものというべきである。
したがって、当審における控訴人の主張二も理由がない。
第四結論
よって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野祐一 裁判官 岩田好二 裁判官 山田貞夫)