名古屋高等裁判所 平成9年(う)149号 判決 1997年8月06日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人伊藤貞利作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
所論は、原判示第四の事実につき、被告人は、Aと三万円ずつ出し合って覚せい剤を買い受け、これをAに分配したのであって、被告人がAに覚せい剤を譲り渡したものではないのに、被告人がAに対し、覚せい剤結晶粉末約一・五グラムを代金三万円で譲り渡したと原判決が認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認である、というのである。
そこで、記録を調査して検討すると、原判示第四の事実について挙示する関係各証拠によれば、(1)被告人は、平成八年八月三〇日午後八時ころ、それまでに二回ほど覚せい剤の取引をしたことのあるAに電話で「今日、のらんか」と申し入れて、覚せい剤の買い入れを誘い、当日は六万円分の覚せい剤を仕入れるつもりであったので、その半分の三万円分でいいかと尋ねるとAは了承した。そこでAと待ち合わせ時間と場所を決め、待ち合わせ時間の同日午後一一時三〇分ころ、待ち合わせの場所にやってきたAの車の助手席に乗り込んだが、その際、Aから覚せい剤購入代金として三万円を受け取った、(2)被告人は、Aに行き先を指示して運転させ、名古屋市中区池田公園近くのカラオケボックス付近など数か所に停車させ、Aを車中などに待たせ、右カラオケボックス等に立ち寄り、その間に氏名不詳の者からチャック付ビニール袋に入った覚せい剤約三グラム一袋を六万円で購入した。その代金は、Aから受け取った三万円と別に用意した三万円を合わせて支払った。(3)その後、被告人は、右車に戻り、Aに覚せい剤を仕入れてきたことを告げ、自宅まで送ってくれるよう頼み、進行中の車の助手席で、予め用意していた別のチャック付ビニール袋に、購入した覚せい剤を半分ほど分け入れ、分けた約一・五グラムの覚せい剤(原判示第四の覚せい剤・以下「本件覚せい剤」という。)を翌三一日午前零時ころ、原判示第四の場所を進行中の車内でAに手渡した、(4)一方、Aは、八月三〇日当日も、以前と同様、被告人が覚せい剤を仕入れることを知って同行し、被告人の指示に従って車を走行させたが、その間、被告人がいつ、どこで、どのようにして覚せい剤を購入したかは分からなかった。また、右(3)のとおり、被告人から覚せい剤を仕入れてきたと告げられたものの、現物を見せられることもなく、被告人が助手席で覚せい剤を分けているときも、運転していたためその覚せい剤を見ることもなく、被告人が何かごそごそやっているという程度の認識しかなかった、以上の事実が認められる。
右認定事実によると、Aは、八月三〇日午後一一時三〇分ころから翌三一日午前零時ころまでの間、被告人が覚せい剤を入手することを知って同行したものの、被告人がいつ、どこで、どのようにして覚せい剤を入手したかは知らなかったのであるから、右(2)のとおり被告人が氏名不詳の者から購入したチャック付ビニール袋に入った覚せい剤約三グラム一袋についてはもちろん、その約半量の本件覚せい剤についても、手渡されるまで事実上の支配を及ぼしうる状態になかったのであって、翌三一日午前零時ころ、原判示第四の場所で、右(3)のとおり被告人から本件覚せい剤を受け取ったときに、はじめてこれを事実上支配する状態に至ったということができる。そうすると、Aは、このとき被告人から本件覚せい剤を譲り渡されたと認めるのが相当である。また、本件覚せい剤が譲り渡されたのは、Aが右(1)のとおり予め被告人に三万円を渡していたためであるから、本件覚せい剤の譲渡しと右三万円の交付とは、対価関係がある。
以上の認定説示によると、被告人がAに対し、本件覚せい剤を代金三万円で譲り渡したことは明らかである。原判決に所論指摘の事実誤認はなく、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用につき刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 土川孝二 裁判官 片山俊雄 裁判官 河村潤治)