大判例

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名古屋高等裁判所 平成9年(う)235号 1997年12月08日

本籍

名古屋市瑞穂区彌富町字清水ケ岡三六番地の二

住居

同所

会社役員

塩崎雄一

昭和九年二月一五日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成九年七月七日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は検察官河野芳雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決中、被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審控訴費用は、原審共同被告人大和株式会社、同大洋観光株式会社及び同東山株式会社とその各負担部分(三分の一ずつ)について連帯して被告人に負担させる。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石原金三、同花村淑郁、同杦田勝彦、同石原真二、同北口雅章、同林輝及び同江本真理が連名で作成した控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載のとおりであるから、これらを引用する。その要旨は、原判決の量刑は重すぎて不当であり、刑執行猶予が相当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討すると、本件は、被告人が、代表取締役として業務全般を統括する遊技場の経営等を目的とする原審共同被告人三社の株式会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空仕入れを計上し、減価償却費を過大計上するなどの方法により所得を隠した上、いずれも平成四年から平成六年にした三事業年度分の法人税確定申告に際し、内容虚偽の法人税確定申告書を各所轄税務署長に提出し、不正の行為により、法人税三社合計四億四一九三万三八〇〇円をほ脱したという事案であるが、原判決が(量刑理由等)で説示するところは相当として是認できる。殊に、ほ脱額は右のとおり、多額であり、ほ脱率も大和株式会社で平均約六四パーセント、大洋観光株式会社で平均約六一パーセント、東山株式会社で平均約八二パーセントとかなり高率であり、ほ脱の方法も芳しくない。自己資金が少ないのに、金融機関からの借入を増加させて事業を経営し、その負債の返済に追われ、まともに税金を支払っていると余計に資金繰りが苦しくなり、借入金の返済もままならぬので、脱税により少しでも早く借入金を返済して事業を子供に譲りたかったなどとの動機に酌むべきものはない。被告人は、本件犯行において、前記三会社の役員や事務員に指示して、架空計上や水増し計上をするための架空取引先などのリストを作成させたり、現金払いした経費を二重計上させ、あるいは同族会社に対する貸付金を仕入れの支払いのように仮装させたりするための不実の経理操作をさせるなどし、また、決算期には担当税理士事務所の事務員に所得を減らす目標金額やその方法のあらましを指示した上、右事務員と打ち合わせを繰り返し、納得できる数字になった時点で決算書や申告書を作成させて税務署長に提出させていたもので、本件ほ脱は、被告人の考えと判断で行われたということができる。これらによると、被告人の刑事責任は相当重い。

そうすると、右三会社は本件発覚後、金融機関から融資を受けて、本税、延滞税及び重加算税を全額納付したこと、被告人は反省して、事実を認め、担当税理士を変えるなどして再犯防止の措置を講じたこと、本件ほ脱による利益を被告人個人のための遊興等には使用していないこと、交通関係のほかには前科がないこと、右三会社等の経営への影響や被告人の健康状態など酌むべき諸事情を考慮しても、本件は刑執行猶予をもって臨む事案ではなく、懲役一年六月に処した原判決の量刑は原判決当時としては不当に重すぎるとはいえない。

しかしながら、当審における事実調べの結果によれば、原判決後、被告人は、右三会社に対する判決に対しては控訴することなく確定させて罰金を支払ったこと、更生保護法人に合計三〇〇〇万円の贖罪寄付をし、さらに反省を深めていることが認められる。これらの事情に前記被告人に有利な情状を併せて考慮すると、原判決の量刑は刑期の点で重すぎるに至ったと認められ、これをそのまま維持するのは相当でない。そこで、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所においてさらに判決する。

原判決が認定した事実に原判決挙示の各法条(刑種の選択、併合罪の加重を含む。)を適用し、処断刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、原審訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して原審共同被告人大和株式会社、同大洋観光株式会社及び同東山株式会社とその各負担部分(三分の一ずつ)について連帯して被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 土川孝二 裁判官 片山俊雄 裁判官 河村潤治)

平成九年(う)第二三五号

控訴趣意書

被告人 塩崎雄一

右被告人に対する法人税法違反控訴被告事件につき、弁護人らは、左記のとおり控訴の趣意を提出します。

平成九年九月三〇日

弁護人(主任) 石原金三

同 花村淑郁

同 松田勝彦

同 石原真二

同 北口雅章

同 林輝

同 江本真理

名古屋高等裁判所刑事第一部 御中

本件公訴事実については、被告人らがすべて認めており、他には何らの争点もないので、専ら情状に関し、原審が被告人塩崎雄一(以下単に被告人という。)を実刑に処したのは重きに失し、結局量刑不当のものとして、以下控訴の理由を陳述する。

第一 原判決について

原判決は、検察官による懲役二年六か月の求刑に対し、「被告人を懲役一年六か月に処する。」と宣告し、求刑の刑期を短縮して実刑に処するものとし、その量刑理由として

1 脱税額が原審の相被告人である大和株式会社が合計二億三一一六万四〇〇〇円、大洋観光株式会社が合計一億四一七八万七一〇〇円、東山株式会社が合計六八九八万二七〇〇円で、右三社(以下「三社」という。)合計で四億四一九三万三八〇〇円に上り多額である上、ほ脱率も平均六〇パーセントを超えている。

2 ほ脱の方法は資産の減価償却について耐用年数を圧縮して過大に計上する、売上金で購入した景品の代金を役員が立て替えて支払ったように装い借入金として計上する、資産を除去したとして架空の損失を計上する、現金払いされたタバコ代、弁当代につき、役員が立替払し、後日清算したように装うなど、様々な方法を用いている。

3 被告人が税理士事務所の担当事務員、三社の役員、社員に指示するなどして、本件犯行を主導的、積極的に行ったものである。

4 この種多額の脱税事犯は真面目な納税意欲をそぐ危険性が高く、一般予防の見地から厳しい処罰が必要である。

等の理由によって、三社及び被告人の刑事責任は重く、事案の重大性、犯行における主導的役割、同種事犯の量刑例などに照らすと、被告人のために酌量すべき諸事情を考慮しても、被告人を実刑に処するのもやむを得ない。

というものである。

原判決の説示する右量刑の理由は、原審の立場としては、もっともな面も多々あるものと思料する。一方、原判決の中では、被告人は犯行を認めて反省の態度を示し、再犯をしないことを固く誓っていること、これまで仕事一途の生活で、犯行も遊興等を目的としたものではないこと、交通関係のほかは前科はなく、実刑となると代表取締役として経営してきた三社を含む会社への影響が大きいこと、また、下垂体腺腫の摘出手術を受けるなど健康状態にも不安のあること等、酌むべき事情もある等と被告人に有利な情状も多く説示している。

その故に刑の期間を大幅に短縮したものと考えられるところであるが、これらの点を掘り下げ、さらに、以下の情状に関する諸事情を斟酌すれば、原判決が被告人を実刑に処したことは現在では結局著しく重きに失し不当で、原判決はこれを破棄し、被告人に対しては、今回に限り刑の執行猶予の機会を与えるのが相当であると思料する。

第二 被告人の情状について(一)

以下の情状は、すでに原審の証拠調に現れている事実であるが、さらに、補足して上申する。

一 本件犯行の動機について

パチンコ業界は、業者間の競争が激しく、たえず人の目をひく豪華な装飾や新鋭器機の取替、導入を図っていかなければ、顧客が離れてしまうという傾向が強く、短期間に繰り返し設備投資をする必要があるが、自己資金が十分でないために勢い金融機関からの借入金に頼ることとなってしまう。このようにして、被告人が経営していた三社の金融機関からの借入金は、平成四年が合計一七億円、平成五年及び平成六年がいずれも合計三〇億円を超えるという多額に達し、これに対する返済金が一か月に三〇〇〇万円を超える状況にあった。

そして、納税時期になり、営業の決算書に表れた計算上の利益が大きく、それに基づく税金を納付した場合、借入の返済金に窮することとなり倒産のおそれさえあったために、これを回避したいとの一心から、軽率にも利益を圧縮して税額を減らすことを図ったのである。

もし、三社が倒産するようなことになれば、自己はもとより、当然のことながら、三社のパートを含めた合計八〇人を超える従業員とその家族の生活を脅かす事態になるから、経営者としての責任からも、三社を倒産させないことばかりに捉われ、心ならずも脱税をしてしまったのである。因みに三社及び被告人並びに家族を含めて、査察調査の結果によっても不正蓄財の事実は皆無であったことが明らかで、この点は同種事犯に比べて、全く特異な事例というべく、被告人の犯行の動機に情状酌量すべきものがある。

二 脱税の手法について

1 ほ脱の方法

所得税を圧縮した方法としては、(イ)資産の減価償却について耐用年数を圧縮したもの(ロ)資産を除去したものとして、損失として計上したもの(ハ)資産計上すべき備品、設備(パチンコ機械、車両、建設費等)を消耗品又は修繕費として計上したもの(ニ)特殊景品の仕入を決算期末に過大に計上したもの(ホ)他社に対する貸付金を仕入勘定として計上したもの(ヘ)景品の仕入を被告人個人が立替支払ったものとして各決算期末に借入金として計上したもの(ト)福利厚生費、仕入費用を仮装によって過大に計上したもの等である。右のうちもっとも額の大きいものは(イ)(ロ)及び(ハ)で、これらによる圧縮率が実に全体の約七五パーセントを占めているところであるが、これらの手法は事業の継続性からみて経営者の思いつき難い事項である反面、税務の専門家(税務職員及び税理士など)から見れば、たやすく発覚される類の幼稚且つありふれた手法と指摘できる。

ほ脱の手法中、売上があったのにこれを計上しない(売上除外)ことがもっとも一般的かつ悪質な脱税と認められるが、被告人の場合はこのような手法をまったく行っていないのが特徴である。とくに本件はほ脱の方法にも後記2の如き事情が絡んでおり、必ずしも被告人の主導性、積極性を強調することは当を得ない点が存することに着目願いたいのである。

2 顧問税理士事務所の関与について

前記1の(イ)から(ヘ)までのほ脱行為は、被告人の指示あるいは要求がなされていたとしても、直接には三社の顧問税理士事務所の担当事務員山本克志の手によって実行されたものである。ほ脱の手法は多岐にわたるのであるが、税務の専門家でない被告人がすべての手法を発案したものとは考えられないことであるし、実際にも、被告人が山本と「何度も打合せを行い」、それに基づき、山本が帳簿上の操作、決算書の作成、申告書の作成など犯行の実行行為をなしたのである(検乙第三号の二九頁その他検乙第四、第五号)。したがって、右担当事務員山本が本件犯行の共犯者であることは否定できないところである。

また顧問税理士和田義春の関与は、本件公判の証拠調によっては必ずしも明らかにされていないが、税務申告書は顧問税理士和田義春の名前で申告手続がなされているから、和田税理士がまったくほ脱の事実を知らなかったとすることには大いに疑問がある。仮に、顧問税理士が事情を知らなかったとしても、そもそも税理士は厳正に税務申告をする強い義務を負っている(税理士法第四一条の三)ことからすれば、少なくとも和田税理士に重大な職務上の怠慢があったし、被告人には専門家に任せたという安心感があったということができる。もし、和田税理士がその責任をもって厳正に申告事務を行っていたとすれば、被告人の本件犯行は容易に防ぐことができたであろう。

他面、事務員といえども、税務の専門家がほ脱行為に関与していたということは、被告人の犯行に対する違法性の意識を薄くしていたことも否めないところである(もっとも被告人は査察開始以来、終始一貫自己の非と認め、いやしくも顧問税理士及び事務員に責任を転嫁するような態度は全く執っていない。)。

三 ほ脱による利益の使途

ほ脱により得た利益は、すべて倒産の危機にあった三社の借入金の返済に充てられており、被告人個人の蓄財、享楽には一切使われなていない。このことは国税当局の厳しい査察によっても、会社及び個人に隠匿資産が全くなかったことからして明らかであり、この点は国税当局も認めているところである。脱税事犯においては、個人的な隠匿資産が発見される例がほとんどであるのに対比して著しい差異があり、被告人の有利な情状として斟酌されるべきである。

四 被告人の本件犯行に対する反省について

被告人は、国税当局による査察を受け、ほ脱が判明したことについて、素直に自らの非を認め、尓後、当局の調査に協力し、その指導に従って修正申告をし、修正された本税六億七一八七万八四〇〇円と重加算税及び延滞税の合計四億二四三万円を加えた合計一〇億七四三〇万円を金融機関から借入して一括納付した。

また、被告人は、本件犯行を深く反省、自戒し、本件の捜査、公判を通じて、公訴事実を終始すべて認めており、顧問税理士和田義春を解任交替させて、再度の違反行為が行えないように経理担当の整理をした。そして、原審判決に対しては、三社はその刑に服し、平成九年七月二八日及び三〇日に罰金合計九五〇〇万円を遅滞なく完納し、本件に関するすべての問題を処理した。

五 被告人の前科、前歴について

被告人には、交通事故による一回の罰金刑以外には前科、前歴はなく、青年時代から真面目に働いて、無一物より今日のように数社の会社を経営するまでの地位を築いたのである。そして、交通安全施設の充実、コミュニティセンターの備品の充実など地域社会に対する奉仕活動を熱心に行い、昭和五七年から平成七年までの間、瑞穂警察署長及び千種警察署長から合計四回にわたり感謝状を受けている。

第三 被告人の情状(二)

主として原審判決後の証拠に基づく事実として、新たに次のとおり上申する(いずれも当審おいて立証の予定である。)。

一 被告人の更生保護施設に対する寄付について

1 被告人は本件犯行を深く反省し、原審判決の宣告を受けた後、平成九年九月一二日に愛知県内各地の公的更生保護法人である東三更生保護会、立正園、愛知自啓会、岡崎自治会及び中協園の五つの更生保護法人に対し、更生保護事業運営のための資金として各六〇〇万円宛合計三〇〇〇万円の贖罪寄付をした。

2 更生保護法人は、更生緊急保護法に基づき設立され、法務大臣の認可を受けた民間の団体であり、刑務所から出所した人、刑の執行猶予を受けた人、その他保護観察に付された人たちの社会復帰・更生保護の事業を行っているが、事業資金の多くは善意の寄付に頼らざるを得ない状況である。

3 右の寄付は、更生保護施設において、厚生に努力している人々のために役立てて欲しいとの被告人の意思に基づくもので、その金額も個人の行う寄付としては、極めて多額であり、被告人の反省、贖罪の念がより深いことを示すものである。

そして、右の寄付に対しては、各厚生保護会責任者から、感謝の念とともに「厚生保護事業のため有意義に活用させて頂く。」趣旨の丁重な礼状が被告人に寄せられている。

二 被告人の病状について

原判決においても、被告人の病状については斟酌されているところであるが、とくに重要な事情としてその前後の病状を加えて上申する。

1 被告人は、きつい頭痛と視力障害の症状に悩まされ、昭和六三年一一月に名古屋市南区にある社会保険中京病院で診察を受け、二回にわたる入院・検査の結果、脳下垂体腫瘍(プロラクチン産生腫瘍)と診断され、投薬治療を開始し、腫瘍が縮小したが、平成三年には頭痛、視力障害が再発したため入院治療を受けた。その後も本件ほ脱行為の期間中において、腫瘍が縮小と増大を繰り返し、病状が悪化したため、脳外科の権威者である桑山明夫医師の勤務される国立名古屋病院入院し、平成八年三月に経鼻的方法による腫瘍の摘出手術を受けた。

2 右の手術により症状は軽快した。しかし、脳下垂体を全部摘出すると生命にかかわるということで一部を残したので、その部分に対し薬剤を持続的に服用して治療中であるが、腫瘍再増殖の危険があるため、今後も三か月から四か月毎に画像診断(CT又はMRIによる)が必要である。現状では、資力障害などの重篤な症状再発の可能性が大きい。

3 脳下垂体は、大脳の視床下部の下にぶらさがり、頭蓋骨のほぼ中央、眉間の奥七センチメートル前後のところにあり、大きさは成人の小指の頭、重さは〇・五から〇・六グラムである。種々のホルモンを分泌する器官で脳下垂体腫瘍の初期の症状は視力障害、視野障害である。

脳下垂体の腫瘍は以上に述べたように難病であるから、刑務所内で労役に服しながら、専門医による適切な診断及び治療を受けることは相当に困難であると思料される。

4 さらに、被告人は、右病気のほか平成五年五月に名古屋第一赤十字病院に入院して、左冠動脈回旋枝に狭窄があるとの診断を受け、冠動脈拡張術の治療を受けたが、軽度冠動脈狭窄が残存しているため、最近では、心臓に圧迫感が出現し、狭心症と診断され、治療を受けている。

5 以上のような病状のうえ、被告人の年齢(六三歳)の点を合わせ考えると、今後これら症状が軽快するものとは考えられず、もし懲役の実刑に服することになれば、生命の危険さえ憂慮される状況にあるものと思料される。

三 三社の経済的な窮状について

すでに第二の一で述べたとおり、三社は多額の借金を負っていたが、その後の脱税額、重加算税、延滞税の納付のためにさらに金融機関から借入を受けたこと及び罰金額の納付もあって、平成九年八月三一日現在における金融機関からの借入金は、大和株式会社が合計一四億八二九〇万円、大洋観光株式会社が合計四億六一二五万円、東山株式会社が合計五億七三六〇万円で、三社合計で二五億一七七五万円となっており、現在の毎月の返済額は合計五九五五万円余となっている。

これに加えて、パチンコ業界は、一昨年までな三〇兆円産業といわれていたのが、最近では業界の機種の自粛変更から一五ないし一七兆円まで落ち込み、業績が著しく下降傾向にあって、一昨年までは全国で一八〇〇〇店舗あったパチンコ店のうちこの一年間で三〇〇〇店舗が閉店に追い込まれている状況にある。

このような多額の借入金の変社のためにも、とくに最近の厳しいパチンコ業界を乗り切って会社を維持してゆくためにも、経験深い被告人自身が直接に三社の経営に携わってゆくことが是非とも必要である。

第四 本件処分について

一 法人税など税金のほ脱行為の保護法益は、国家及び地方自治体の徴税権の侵害である。この点で個人の生命、身体、財産などに対する侵害、あるいは国家・社会の安寧・秩序に対する侵害とは自ずから犯罪の性質が異なるのである。

税金に対する適正な申告義務を履行しないということにより、徴税権を侵害することが犯罪の特質であるから、いったん脱税行為が発覚して、修正申告に基づき脱税額を納入しれば、国家の徴税権は完全に回復され、法益侵害の結果が残らないのである。

被告人は、前記第二の四で述べたとおり、ほ脱行為(合計四億四一九三万三八〇〇円)が摘発された後、本来納付すべき税金六億七一八七万八四〇〇円のほかに延滞税(年一四・六パーセント)及び重加算税(年三五パーセント)の合計四億円余のすべてを納入しているから、本件犯行により侵害された保護法益は完全に回復し、かえって、国家にとって約五億円の増収となっている。

二 原判決は刑の量定の理由の一つとして、刑の一般予防の目的を挙げているが、刑罰は保護法益との均衡が必要であるし、保護法益が完全に回復できる性質の犯罪においては、刑の一般予防の目的を強調するのは相当ではないのではなかろうか。脱税に関する犯罪の性質については、戦前では行政犯と考えられていて、罰金刑のみが科され、しかも、その罰金額が脱税の額に比例して上限が定められていたのである。

右一で述べたとおり、重加算税及び延滞税は、民事法定利率(年五パーセント、民法四〇四条)、あるいは年二パーセント以下という史上最低の公定歩合その他金融界における貸出利率と比較すると、極めて高率であって、刑罰の実質を有しているし、これに前記の罰金額を含めると約五億円を余分に納入しているから、本件犯行に対する制裁として決して軽いものではない。

巷間、税金の申告について、主として所得税に関してであろうが、「九、六、四」(ころよん)あるいは「一〇、五、三」(とうごうさん)という言葉が広く流布され、これらが真実味をもったものとして語られている。このような現状において、たまたま摘発された脱税犯に対し、一般予防を目的との旗印によって安易に実刑処分を含む重い刑罰に処するということは、刑事政策としても妥当なことではないと言える。国民が税金の申告を適正に行うことは、日本のような高度な文化・福祉国家においては、本来、国民の納税に対する意識の高揚に待たねばならないことである。

三 本件三社のほ脱額が合計で四億円を超え、その罪責は軽からぬものがあるとしても、事案の犯情には前記のとおり酌むべき点も多々あり、とくに原判決の実刑処分によって、被告人は一層深刻に反省悔悟して、再犯の無いこと並びに健全な会社経営を固く決意し、併せて身体の療養に努めている日々である。

以上に述べたとおりの諸般の情状を総合考慮すれば、被告人に対しては、最長期間であっても、今回に限って懲役刑の執行を猶予するのが相当であると思料する。

よって、被告人に対して何卒執行猶予付きの寛大なご判決を賜わりたい。

平成九年(う)第二三五号法人税法違反被告事件

控訴趣意補充書

被告人 塩崎雄一

右被告人に対する法人税法違反被告控訴事件につき、弁護人らは、すでに提出した控訴趣意書について左記のとおり補充書を提出する。

平成九年一一月一九日

右被告人弁護人(主任弁護人) 石原金三

同 花村淑郁

同 杦田勝彦

同 石原真二

同 北口雅章

同 林輝

同 江本真理

名古屋高等裁判所刑事第一部 御中

一 被告人が脳下垂体腺腫に罹っていることは、すでに提出した控訴趣意書で述べたとおりであるが(同書第三の二)、控訴審第一回公判期日以後の一一月五日にも、国立名古屋病院で診察の結果、その症状がさらに悪化していることが判明したので、この点について述べる。

1 被告人の脳下垂体腺腫はプロラクチン産生腺腫であるが、血中ホルモン検査によると、血中プロラクチン値は、平成九年五月に二〇六ミリグラム、同年九月一七日に二四〇ミリグラム、同年一〇月一五日には三八九ミリグラム(いずれも一ミリグラム当たり)へと非常に増加している。右一〇月一五日にした検査の結果が今回一一月五日の診察により明らかになった。

血中プロラクチン値三八九ミリグラムというのは、正常値が一・七ないし一〇ミリグラムであることからすれば、異常に高い数値であり、また九月一七日の前回検査の結果に比較すると、急激且つ大幅な増加である。

2 診察した桑山明夫医師の被告人に対する説明によると、右三八九グラムというプロラクチン値は手術を必要とする数値であるから、被告人が手術を申し出ればいつでも手術をするとのことであり、そして、服用薬(パーロデール)が従前は毎食後各一錠(一日に三錠)であったのを、一一月五日の診察以後、毎食後各二錠(一日に六錠)と二倍に増量され、薬の服用を忘れないようにと強く指示された。

3 被告人としては、一一月五日の診察以前から、頭が重く、痛い上、視力も低下する状態が続いていたが、右診察後に薬の服用量が増加してからは、服用後一〇数分すると激しい尿意を催して便所にとび込み、多量の排尿をするようになり、排尿後は脱水状態により身体がふらふらして倒れそうになるようなことが起き、全体的に不良な状況である。

このような症状であるため、被告人としては、今すぐにでも手術を受けたい不安な心境にある。

二 すでに控訴趣意書においても述べたとおり、被告人の本件犯行は売上金を抜いたり、隠したりする蓄財を意図したものでは決してなく、多数の社員を雇用する三社の倒産を避けたく、借入の返済資金をつくるために行ったものであって、悪質な脱税事犯ということはできないし、そして、本件犯行後は、自己の非を心から反省し、厚生保護施設に対して多額の個人寄付するなどして贖罪の念を示しているのである。また三社に対する今回の調査により、経理の全容は明確にされた上、社内的には顧問税理士を変更し、今後の適正な申告納税の体制も出来ているところである。これらのことからして、被告人が今後再び同種の犯行をすることはあり得ないと断言できるのである。

加えて、とくに、被告人の病状は非常に悪化し、再度の手術が必要な状況にあり、万一本件により懲役刑の実刑に処せられるような場合には、健康上、深刻な事態が危惧されるのである。

以上に述べた諸々の情状を斟酌され、刑及び執行猶予期間を最長期とされても、是非ともこの被告人に対して刑執行猶予のご判決を賜りたく、茲に補充上申いたします。

以上

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