名古屋高等裁判所 平成9年(う)290号 1998年1月08日
本籍
三重県桑名市南魚町一〇二八番地
住居
同県三重郡菰野町大字菰野八四八〇-七
無職
古村豊治
昭和七年五月二六日生
右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、平成九年九月八日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官江幡豊秋出席の上審理にして、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人三浦和人作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。その要旨は、原判決の量刑、ことに併科した罰金額が重すぎて不当である、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討すると、本件は、被告人が代表取締役を務めていた法人の法人税の確定申告をするに当たり、ほか数名と共謀の上、架空の株式評価損を計上するなどの方法により所得を秘匿して、不正の行為により八四〇〇万円余りの法人税を免れ、自分の所得税についても、ほか数名と共謀の上、架空の経費を計上するなどの方法により所得を秘匿して、不正の行為により一八〇〇万円の所得税を免れた、という事案である。ほ脱金額が合計一億円を超えるばかりか、本件法人が株式を保有していないのに株式評価損を計上し、所得税についてもえせ同和団体に支払った経費があると称するなどの強引な隠匿工作を行い、えせ同和団体の圧力を背景にして税務署にこれらを認めさせようとしたものであって、犯情がよくない。また、本件法人の所有していた土地を売却して得た利益は、被告人において自分が代表取締役をし本件法人の親会社に当たる法人などの負債の支払いにあてたところ、この親会社が破産宣告を受け、親会社から貸金の回収ができなくなったことなどから、本件法人も事実上倒産し、法人税を納めることができなくなっている。これらによれば、被告人の刑事責任を軽くみることはできない。
そうすると、被告人は脱税をして得た金員を自己の遊興費等に使っていないこと、本件各犯行前までは納税義務を果たしてきたこと、反省していること、前科がないことに加え、被告人が債務超過の状態にあり罰金を支払える経済能力がないこと、毎月三万円ずつ所得税の支払いを続けていること等の酌むべき事情を考慮しても、懲役一年六月、三年間刑執行猶予に加え罰金二五〇〇万円を併科した原判決の量刑は、労役場留置の場合金二〇万円を一日に換算するとした点を含めて、重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
なお、原判決は、(法令の適用)の「併合罪の処理」において平成七年法律九一号による改正前の刑法(原判決の表示によれば「改正前刑法」)四五条前段、四七条本文、一〇条、四八条二項を、「労役場留置」において同法一八条を、「刑の執行猶予」おいて同法二五条一項をそれぞれ適用すべきところ、いずれも現行刑法の対応する各条項を適用しており、この点において法令適用の誤りがあるが、右の各条項は右改正の前後でその内容に変わりはないから、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない。
よって、刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 土川孝二 裁判官 片山俊雄 裁判官 河村潤治)
平成九年(う)第二九〇号
控訴趣意書
被告人 古村豊治
右の者に対する法人税違反被告控訴事件の控訴趣意は左記のとおりである。
平成九年一一月二〇日
右被告人弁護人 三浦和人
名古屋高等裁判所刑事第一部 御中
記
第一、第一審判決は被告人に対し、罰金刑金二五〇〇万円を科しているが、これは量刑の判断の誤りであり、不当である。
第一審判決は被告人に金二五〇〇万円を下らない資産があると認定して専ら被告人に経済的な面での打撃を与えて再犯の防止を図るとの判断のようである。
しかしながら右被告人には後に詳述するように個人的な資産は債務超過であり、全く金二五〇〇万円の負担能力は存在しない。
不法に隠匿した資産が存在するのではないかとの推定であれば、全くそのような資産は存在しない。罰金刑は、第一審での検察官の論告にもあるように、「逸脱犯の刑罰として罰金刑が定められているのは、脱税行為により得た不法利益を剥奪する点にあるのではなく、ほ脱の目的によるこの種犯罪が経済的に引き合わないことを刑罰として強く感銘させて再犯の防止を期する点にある。
被告人に対しては、その不法な目的、動機に経済的打撃を与えて再犯を防止する必要があり、」(第一審論告要旨第二の六)にあり、被告人に対し、専ら経済的な打撃を加えるだけの目的であり、労役場留置の措置は支払のための間接強制であって、労役場留置は刑の目的でない。
従って、罰金刑はその支払の可能性が合理的な裏付けのある場合のみ、またその推定される合理的な可能金額の範囲内で、宣告されるべき刑である。
一審判決では、被告人が脱税により免れた利益を秘かに隠し持っているとの前提での罰金刑であって、被告人にその負担能力が実現に存在しない以上、実刑判決と同様である。
罰金刑は必ずしも現実に支払能力が証明されなくても科し得ることは当然であるが、もともと支払能力がないことが証明された者に対しては科せられるべきではない。
検察官の主張するように罰金刑は経済的打撃が目的であって、懲役禁錮のように身体の拘束が目的ではないからである。
第二、被告人の従前の納税状況は左記のとおりである。
被告人は平成四年度分の所得税等税の申告については正確に申告し、平成四年度分の被告人の所得税金五八五三万二二〇〇円也を支払っており、バブル崩壊後の経済的苦境のなかでも納税については怠ることはなかった。
しかしながら多額の税金の支払及び借入の返済のため、不動産売却代金は全て公的機関の借入金の返済に回されたため、税金分の支払に窮するようになり、今回の事件となったものである。
被告人には支払能力が極めて限られており、現在税金の支払分について、月額三万円程度を納めている状態である。
被告人はともかく一審での金二五〇〇万円の罰金について金策に歩いたものの全く借入の余地はなく、一部同情があり被告人の懇願による可能性があるとしてもこれは被告人が不動産業等の身につけたノウハウを現実に融資者が今後利用できるとの前提で二〇〇~三〇〇万の程度である。
被告人は罰金が支払い得る限度が個人の今後の借入でまかなうため約二五〇万円位ではないかと推定している。
被告人は会社の経営に行き詰まり、会社の借金の返済等に苦しむようになるまでは多額の納税をし、かつ正確な申告をしていたものであって、もともと脱税を意図していたものではなく、いわば苦し紛れの選択であった。
第三、被告人の資産負債については、左記のとおりである。(別紙1負債目録参照)
被告人の個人の負債合計八六億二六三五万三五五六円となっており、被告人の個人資産は全て担保となっており、個人に財産が残る余地は全くない。
第四、被告人はその親戚、縁者の全てから高額な借金をしている。
被告人の親戚、友人からの個人借入は別紙2記載のとおりであり、合計金一億八六〇〇万〇〇〇〇円になる。
右借入金を被告人は全て会社の支払資金に充当していた。右の次第でもはや、納税については他からの資金の確保もなく、万策つきて本件犯行に及んだものであるが、更に罰金二五〇〇万円を親類、縁者に融資を懇請しようとも既に借入できるだけしており、借用する余地がないのである。
第五、被告人は前述のとおり、現在でも少しずつ納税している(申告所得税等平成五年一月一日から同年一二月三一日分修正申告)。
納付年月日 金額
平成九年六月五日 三万円
七月三日 三万円
八月四日 三万円
九月二日 三万円
一〇月三日 三万円
一一月四日 三万円
被告人が労役場に留置されれば被告人の収入も全く得られず、又納税も不可能となる。国家の財政からすれば、被告人を労役場に留置したからとて一日二〇万円の収入になるわけでもなく、経費がかかるのみである。それよりも被告人に社会生活をさせ、労働させ、少しでも納税義務を履行させる方が余程国家の利益である。
被告人の納税を少しでも行う決意である。
第六、
一、本件での桑寿商業開発株式会社の開発の件については、そもそも発祥の時から国、県の指導でパブリックな駐車場の経営をしていたものであり、行政指導により再開発の為多数の株主から株主を一本化する為桑名商業開発株式会社が株式を買い集めて一本化したものである。故あって再開発が中止となり駐車場経営が大赤字で、国、県へ公的融資の返済ができず、強力な行政指導で中部電力へ売却したものの、時間的余裕が少なく、買い集めた時の株をまとめて売れば無税だったのを同じ価格でその会社の「土地」だけを売ったため、多額の税金となってしまった。
二、控訴人は、更に万策尽きて松本に依頼したことを度々反省している。しかし既に被告人は、既に平成七年夏国税より申告否認を受け、又その年の秋には国税から和田執行官により差押を受け協力してあるものは一切納め、現在は倒産状態にある。それが翌年の平成八年一一月になって国税の査察を受け、検察庁の取調べを受け、最終的に当時社長の被告人が本件起訴を受けることになったもので、松本事件の発覚後の起訴となった。
被告人は本件については申告前に国税及び桑名税務署まで数回交渉に出掛けている。
被告人はもともと公正な申告をしていて、いつも税金の支払は困難な状態であり、松本に依頼する意味は単に形式上のものであった。以下当時の事情を説明する。
第七、土地売却に至る行政指導
被告人経営会社の公的融資について平成元年頃国の会計検査院の検査をうけているが、平成三年、四年と国、県への公的資金の返済が二~三年滞った為、「売却してでも返済する用に」と県の中小企業開発指導課係長より再三にわたり強い指導をうけ、最終的には平成五年中に、という厳命で、当時社長であった被告人も東奔西走したが、買い受け相手がなく、遂に隣の中部電力に売ることになり、株式全部の売却で譲渡益なくして売却する予定が、その点での中部電力の協力がなく又国、県の再三再四の督促のため時間的余裕もなく、土地のみの売却となった。
第八、桑名税務署と国税局との交渉過程
被告人は平成五年夏頃より三回程桑名税務署に署法人税主査等と前記事情について色々相談したが、駄目であった。事の成り行きについて十数年前に逆上り、国、県とのやりとり、市、開発課とのやりとり等を説明した。
又、平成五年秋になって、最終の売却代金を受領し、取引完了した時は公認会計士寺本氏とも相談し、同年一一月に国税局とも事情を説明し交渉した。被告人もその間桑名税務署へも事情を説明しに出掛けている。被告人は翌年平成六年の二月頃寺本公認会計士と「ようやく国税と話が一部ついて、三~四千万位は安くなりそうだ。」という話を聞き、被告人はその後平成六年五月頃寺本公認会計士にその方法を尋ね、又申告が八月末だったので、七月になりその計算書を受け取り、更に仮の申告書もつくってもらった。ところが安くなったとはいえ、それでも八千万円以上の税金がかかる事になっており、被告人としては桑寿商業開発にはお金は全くなく、一〇〇%KSK(桑名商業開発株式会社)の子会社であったため、桑名商業開発株式会社が即払わなければと思い、万策つきて期限最終日に、中京銀行の税務相談会へ行った。津の税理士によればその時申告出せば、認めた事となり不服申立出来ないとのことで、被告人は遂に松本に依頼してしまったものである。
その後平成七年早々桑名税務署の調査があり、最終的には否認された。被告人はとことん説明もし、税務署にも数回でかけたが、不服申立の方法とか、その行政機関とか書類とかを受け取っただけで、どうにもならなかった。被告人は平成七年八月頃国税の申立所へ行ったら「どうせ何もないのなら止むを得ない。五年で時効になるから……」ときかされ唖然としたこともある。平成七年一〇月に入って、国税局より差押をうけ(和田執行官)、協力した。
平成八年になり、株式会社大阪屋及び桑名商業開発株式会社が極端に苦しくなり、株式会社大阪屋は同年九月倒産して、現在に至っている。
従って、被告人は申告前の当初より国税局及び桑名税務署に事情を説明しており、事実を隠すつもりは全くなかった。
国税及び桑名税務署も被告人の土地売却取引等の事情の詳細について十分被告人から説明を受けていたものであって、当初から計画的に脱税を意図したものではない。
第九、被告人の一審後の生活と、資産負債の整理状況について
被告人の自宅については、津地方裁判所四日市支部平成八年(ケ)第九八号競売事件として手続が進み、今月五日に売却決定により競売され、現在配当手続が進んでいるが、債権者に対し全額支払うには足りない状態である。
被告人は自己の経営する会社の倒産に伴い、その全財産を失うことになっただけではなく、更に多額の負債を負い、現在破産の手続き中である。
当然のことながら、一般債権については免責があり得るが、国税等税金については免責はなく、今後被告人が一生負う負債である。
第一〇、結論
以上の次第で、被告人に対する罰金二五〇〇万円の判決は被告人に一二五日間(約四か月)の実刑判決に等しく、罰金刑が被告人に経済的打撃を与える以上の身体的打撃となっており、被告人の資産負債の内容につき、脱税金額が公的資金の返済に充当され、個人的な隠し資産となっていない事実、現在無資力となっている事実等、当公判にて再吟味の上被告人の無資力を確認し、被告人に対し執行猶予の実算の伴う最大の努力で支払可能な罰金の判決を求める次第です。
以上
別紙1
負債目録
債務者 古村豊治
<省略>
負債目録
債務者 古村豊治
<省略>
以上合計 金 86億2635万3556円
別紙2
親戚・友人からの個人借入
<省略>