大判例

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名古屋高等裁判所 平成9年(う)302号 1998年3月11日

本籍

名古屋市北区浪打町一丁目四五番地

住居

名古屋市北区浪打町一丁目四五番地

ナビシティ浪打町二〇四号

会社役員

松本忠昭

昭和一五年三月二三日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反、相続税法違反、恐喝被告事件について、平成九年九月五日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官江幡豊秋出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一四〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人城正憲、同浅賀哲連名の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、被告人を懲役三年六か月及び罰金二〇〇〇万円に処した原判決の量刑が重すぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。

本件は、いわゆるえせ同和団体である全日本同和事業連盟中部総本部(以下「全日同中部総本部」という)の本部長を名乗ってこれを主宰していた被告人が、<1>平成六年から同七年にかけて、被告人の長男であり、全日同中部総本部副本部長等の肩書を与えられて活動していた原審相被告人松本成功、被告人の下で仕事をしていた同長谷川哲也こと金炳大、税務職員の経歴を有する同松木一也、並びに三重県内及び愛知県内の個人四名、法人二社の各納税義務者らと共謀の上、右各納税義務者の所得税、相続税及び法人税を免れようと企て、全日同中部総本部に対する架空の経費や保証債務を計上するなどの方法により所得を秘匿し、虚偽過少の確定申告書を提出して、同人らの所得税、相続税及び法人税合計二億三八一万円余をほ脱し(原判示第一ないし第六)、<2>三重県鈴鹿市内のガソリンスタンド建設に関し、これを請け負った建設会社の代表者に対して、開発許可取得に関する報酬があるなどと因縁をつけて脅迫し、平成七年一〇月から同八年八月までの間、前後一一回にわたり、被告人名義の銀行口座に合計二五〇万円を振込入金させてこれを喝取し(同第七)、<3>自己の平成六年分及び同七年分の所得税を免れようと企て、いわゆる脱税請負等により得た報酬等の所得を秘匿し、虚偽過少の確定申告書を提出して、合計六〇八五万円余の所得税をほ脱した(同第八の一、二)、という事案である。

右<1>の所得税等ほ脱の犯行は、全日同中部総本部の事業活動の名の下に職業的に行われたものであり、架空経費を計上するなどして虚偽過少の確定申告書を作成し、全日同中部総本部の勢威を背景として税務署にその受理を求め、総額二億三〇〇万円余をほ脱したもので、ほ脱率も高く、租税ほ脱犯の中でもきわめて悪質な犯行であること、<2>の恐喝の犯行は、全日同中部総本部の体面を守るために、その勢威を誇示して二五〇万円もの金員を恐喝したものであること、<3>の被告人自身の所得税ほ脱の犯行も、犯行の動機に酌むべき点はなく、合計六〇〇〇万円を超える多額の所得税をほ脱しており、ほ脱率も九九パーセントと高率であること、被告人は、<1>の一連の脱税事犯の主犯であり、脱税の報酬として約八七〇〇万円にも上る多額の金員を受け取り、その多くを自ら取得していることなど、原判決がその(量刑の事情)の項において指摘するところは、いずれも正当として是認することができ、さらに、被告人が同和運動に仮託して右各犯行を敢行していることは、まじめに同和運動に取り組んでいる人達への侮辱であることなどに照らすと、被告人の刑責は重大であるといわなければならない。

右に関連して、所論は、前記<1>及び<2>の各犯行に至る経緯等には酌むべき情状があり、また、<1>の脱税は、直ちに発覚するような稚拙な方法によるのものであり、悪質な犯行態様とはいいがたい、などという。しかしながら、被告人は、昭和五九年ころから全日本同和事業連盟と関わりを持つようになったが、右組織が同和活動を行わないいわゆるえせ同和団体であることを十分知りながら、同和と称しさえすれば、右のようなえせ同和団体に対しても行政当局が慎重な対応をすることに眼をつけ、多額の会費を支払い、右組織の幹部である同連盟中部総本部長を名乗り、その勢威を積極的に利用し、土地譲渡等により多額の納税に苦慮していた者を誘い込んで<1>の一連の所得税等のほ脱の犯行に及び、また、行政に対して強い影響力を有することを広言して開発許可の取得を引き受けたものの、結局、許可を取得できず、したがって報酬など請求する筋合いではないことを知りながら、全日同中部総本部の体面を保ち、かつ、活動資金を得るために<2>の恐喝の犯行を敢行したもので、これらの犯行に至る経緯、動機に酌むべき情状はなにもない。また、<1>の脱税の手口自体は必ずしも巧妙なものとはいいがたいものの、被告人は、全日同中部総本部の勢威を背景として、虚偽の申告書を受理させ、各納税義務者の下に税務調査が入るとみるや、配下の者をして税務署に押し掛けさせるなどして圧力をかけ、調査を中止させようとしたり、架空に計上した経費や債務に見合う書類をねつ造して税務署に提出させたりしているのであって、犯行の態様が悪質であることもいうをまたない。したがって、右の所論は当を得たものではない。

そうしてみると、恐喝の被害者に対しては喝取金額全額に当たる二五〇万円を返還し、示談を成立させていること、自己の所得税ほ脱については過去三年分の修正申告をし、本税の一部を納税し、さらに、原判決後も、自宅マンションを売却し、その代金一三〇〇万円を本税の一部として納付するなど、納税義務を履行する意思があることを明らかにしていること、被告人に前科はなく、査察段階から一貫して事実関係を全面的に認め、事案の全容解明に積極的に協力しており、本件の背景となった全日同中部総本部も解散するなど、本件を十分反省していると認められること、その他被告人の健康状態等の所論が指摘し、証拠によって認めることができる被告人に有利な諸事情を斟酌しても、被告人を懲役三年六か月及び罰金二〇〇〇万円に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中一四〇日を原判決の懲役刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笹本忠男 裁判官 志田洋 裁判官 川口政明)

控訴趣意書

被告人 松本忠昭

右の者に対する法人税違反等被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

平成九年一二月一一日

右被告人弁護人弁護士 城正憲

同 浅賀哲

名古屋高等裁判所刑事第二部 御中

被告人には以下のとおりの有利な情状が存し、原判決が刑の量定を誤ったものであることは明らかであるから、その破棄を求める。

第一 原判決の認定

原判決は、全日本同和事業連盟(以下「全日同」という。)中部総本部がいわゆる「えせ同和団体」であり、被告人が主宰していた中心人物であったこと、二億三〇〇〇万円の多額の税をほ脱させ、ほ脱率も平均すると約七割に達していること、犯行が職業的に敢行されていること、合計八七〇〇万円の多額の報酬を受け取り、その多くを自らが取得していること、恐喝事件において全日同の威力を誇示して依頼者から二五〇万円もの金員を喝取していること、自らの所得税法違反の事件も、ほ脱額が二期合計で六〇〇〇万円を超える多額で、ほ脱率も九九パーセントと高率であること、犯行動機に酌むべき点がないこと等を挙げ、他方で、被告人に有利な情状を考慮しても、懲役三年六月及び罰金二〇〇〇万円の判決は免れないとしている。

第二 情状関係事実

しかしながら、原判決は、以下のような情状事実を過小に評価しており、明らかに刑の量定を誤っているのである。

一 犯行の経緯等について

被告人が全日同に関わるようになったのは、昭和五九年ころ、同業の不動産業者から、後に全日同愛知県連合会に入会することになる神谷秀勝(以下「神谷」という。)を紹介されたことがきっかけである。すなわち、全日同愛知県連合会員であった神谷が体調を崩した後、全日同関係者から、年会費を支払えばすぐにでも同和を名乗れると勧誘されたことに加え、不動産業の長年の経験の中で、同和が関与することで迅速かつ容易に行政上の許可が出ることを目の当たりにしていたこともあって、勧誘に乗って安易に入会に応じ、全日同愛知県連合会書記長を経て平成七年には、全日同中部総本部長の肩書きを名乗ることとなったのである。

被告人は、平成五年以降、本件各犯行に及んではいるが、それは同和と称しさえすれば、異常なまでに神経過敏になり、下にも置かない対応をする税務当局の態度に助長されたことに加え、バブル崩壊後、高額の納税に悩む納税者をこの時期に立て続けに紹介されたことも、被告人が犯行をエスカレートさせた要因の一つである。もちろん、本件各犯行は同和問題の無理解及び納税意識の希薄な被告人の安易な考え方に由来することはいうまでもないが、それが徐々にエスカレートしていったのは、このような背景事情によることも否定できないのである。

さらに、恐喝については、被害者が政治団体の圧力を利用してガソリンスタンドの開発許可を取得しようとして、被告人に依頼したことに端を発するのであるが、被告人は、その過程において、自身、あるいは配下を使って県に事前申請を受付けてもらう等尽力し、費用もかかっていたことから、思いのほか手続が遅廷した分を割り引いて相当額の報酬の支払を請求しようとしたものに過ぎず、当初から喝取の意思を有していたものではなく、被告人の果たした役割を認めようとしなかった被害者の対応に業を煮やしての犯行だったのである。被告人の威圧的姿勢が責められるのは当然であるが、もとはといえば、政治団体を利用しようとした被害者にも少なからず落ち度があるのであり、本件犯行は民事的側面を多分に有し、被告人のみを責めるのは余りに一方的というべきである。

二 本件犯行の態様等

本件のうち、脱税指南形態の各税法違反の態様は、被告人ないし政治団体が事業拡大費等名下の領収書を依頼者に渡して経費計上することにより、納税額を圧縮するという手法で脱税させたものである。かかる方法は、政治団体の威力を利用して納税を免れるという点で悪質と言わざるを得ないが、他面すぐに発覚する極めて稚拙な方法であるうえ、このような方法が税務署において否認されることもなく実際上まかり通っていたことから安易に被告人が模倣した面もあるのであり、被告人の巧妙性までは窺えず、模倣犯的側面を強く有するのである。

三 本件犯行後の状況

被告人は、平成八年一一月の国税局の査察調査の当初から、他の共犯者の否認にもかかわらず、関係書類並びに不正蓄財である預貯金等の物的証拠を自ら進んで提出したうえ、犯行に至る経緯、犯行方法、共謀の状況、犯意、報酬の分配方法等全ての事件を詳述したばかりか、関係各証拠を任意提出及び指示説明することにより、自己に不利益なことを含めて事実関係をありのまま認めて、事件の全容解明に積極的に協力するとともに、平成九年一月一六日の逮捕後も一貫して事実を認めたことにより、本件捜査は、事件数、関係者及びその複雑性に比して異例の短期間で終結したうえ、被告人はいずれの起訴事実も一貫して認めているのであり、その反省の情はまことに顕著なものがある。

また、被告人は、自らの一連の犯行に対する深い反省の念から、平成八年一二月三日、自らが拠ってたち、その背景とした全日同に対して退会の意思を表明し、右退会は、平成九年一月一九日に了承されているのみならず、全日同中部総本部を自らの意思で解散させ、その届けを警察を通じて検察庁に提出しているのである。さらに、平成九年三月二五日には、自己の過去の三年分の所得に関して起訴事実に沿った修正申告をなし、同日、所有車両の売却代金や自己及び家族名義の預貯金を解約してかき集めた三〇〇〇万円を早速予納するとともに、平成九年六月三〇日には、名古屋市北区浪打町一丁目四五番地ナビシティ浪打町二〇四号所在の自宅マンションを国税局へ担保として差し入れ、適正に納税する意思を表明しているのである。なお、被告人は、修正申告した納税額と予納した三〇〇〇万円の差額について早急に納税すべき立場にあり、右のとおり納税しようという強固な意思を有しているのであるが、被告人においては、現金預金等換金化が容易な資産は底をついているため、被告人質問で述べるように自宅不動産等を処分し、また事業をするをことを条件に借財するなどして納税の原資を作らなければならない状況にある。前述した三〇〇〇万円の予納については妻の協力によって果たせたものの、不動産等の処分、借財ということになれば、本人の信用によってしかできないものであるところ、被告人には一切保釈が認められず、逮捕以来およそ一七〇日もの長期にわたって勾留されたまま、納税のための資金手当ては事実上不可能な状況にあり、かかる事態は余りに被告人に酷といわざるを得ないのである。納税を完了できないという事情は、被告人の納税意識の欠如を意味するものではなく、むしろ苛酷な勾留により、納税の機会が奪われているとさえ言えるのである。

四 示談の成立

さらに、恐喝被告事件についても、被告人の逮捕当初からの強い希望により、平成九年三月一三日付で被害額二五〇万円を被害者に全額返還し、被害者より寛大な処分を望む旨の上申書が検察官宛に提出されているのであり、被害回復がなされるとともに被害感情はもはや沈静化しているのである。

五 社会的制裁

本件犯行は、告発、公訴提起に伴いマスコミによって大々的に報道され、取引先、知人、従業員等の知るところとなり、被告人が代表取締役を務める株式会社マツショー企画及び株式会社アネックスにおいては従業員が退職に追い込まれ、対外的取引も停止の止むなきに至るなど、被告人は厳しい社会的制裁を受け、右会社はその存続すら危ぶまれる状況に至っているのである。被告人においては、本件事件を厳粛に受け止め、前述のとおり、政治団体から脱退し、不動産業ないしは宝石の販売など正業によって生計を立てることを決意しているうえ、当公判廷において被告人の妻や、被告人の友人である市坪正人は二度と本件のような犯行に及ばないように厳に監督する旨固く誓約しているのであるから、被告人の再犯のおそれは全くないというべきである。

六 被告人の置かれた状況

被告人は、妻と同居しており、また、株式会社マツショー企画及び株式会社アネックスの経営者であって、社員及びその家族の生活を守っていかなければならない立場にあるところ、被告人が服役するようなことになれば、全て仕事を失って会社が倒産し、これによって社員及び家族が路頭に迷うことは必定である。また、被告人の妻は、持病の胃潰瘍が本件事件中に悪化して吐血を繰り返しており、また、被告人の実父母もそれぞれ八七歳、八六歳という高齢のうえ、心筋梗塞ないし糖尿病のため寝たきりで、被告人の妻のみによる介護はもはや限界であって被告人による介護が不可欠の状態にある。

加えて、被告人には、ヘルニアの持病があり、逮捕前にも治療を続けていたところ、長期に渡る勾留によって悪化し、首を回すこともできず、日々激痛に耐えているが、拘置所においては、医者には診せたものの同所内では治療の方策はないと言っている状況であり、また、左下の奥歯三本の勾留中に折れて早期に治療を要する状況にある。加えて約三〇〇日にも及ぶ勾留により、被告人には拘禁性ノイローゼに伴う失語症が垣間見られるように、まさに被告人は、心身共に創痍の状態にあり、かかる状態で被告人を服役させるのは酷に過ぎ、他方、長期の勾留により、反省の機会は十分与えられたと言うべきである。

七 原判決後の事情

被告人は、原判決後に自家用車を売却して名義変更手続を行い、平成九年一〇月に北区役所に対して金二〇〇万円を地方税として納税しているのである。また、被告人は、さらなる納税資金を獲得すべく、わずかな保釈中の短期間に、停止していた開発事業を必死になって完成させて、金三四二六万円の報酬債権を得たものの、支払い先のトーア株式会社(代表取締役小寺芳郎)が平成九年八月一日に和議申請したことから、支払が停止して受領した手形が不渡りになってしまったのである。しかし、裁判所によって和議決定がなされ支払が開始さえすれば、被告人はこれを納税に充てることができるのであり、現在まで納税ができないのは外部的要素によるものである。さらに、被告人は、その自宅である北区所在のマンションについても、現在妻及び友人が必死に買主を探しており、近日中に売却して納税資金に充てる所存でいる。

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