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名古屋高等裁判所 平成9年(ネ)1052号 判決 1999年2月16日

ベルギー国二三四〇ビールセトウルンホウト・セバーン三〇

控訴人

ジャンセン・ファーマシューチカ・ナームローゼ・フェンノートシャップ

右代表者

ダーク・コーリエ

右訴訟代理人弁護士

吉利靖雄

品川澄雄

滝井朋子

名古屋市東区葵三丁目二四番二号

被控訴人

大洋薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

新谷重樹

名古屋市千種区内山三丁目三二番二号

被控訴人

堀田薬品合成株式会社

右代表者代表取締役

堀田和正

名古屋市西区児玉一丁目五番一七号

被控訴人

マルコ製薬株式会社

右代表者代表取締役

小島彰夫

右三名訴訟代理人弁護士

内藤義三

田倉整

右両名補佐人弁理士

高田修治

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人が当審で拡張した請求をいずれも棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨(七ないし九項は当審における追加請求)

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、原判決別紙物件目録記載の物件を有効成分とする医薬品を製剤し、該医薬品を販売してはならない。

三  被控訴人らは、被控訴人らの所有する原判決別紙物件目録記載の物件及びこれを有効成分とする製剤品を廃棄せよ。

四  被控訴人らは、被控訴人らの申請によってなされた薬事法に基づく原判決別紙物件目録記載の物件を有効成分とする医薬品に対する製造承認につき、厚生省に整理届を提出せよ。

五  被控訴人らは、厚生大臣に対して、前項の医薬品について健康保険法に基づく薬価基準への収載申請の取下手続をせよ。

六  被控訴人らは、控訴人に対し、被控訴人らが原判決別紙物件目録記載の物件を有効成分とする医薬品について、厚生大臣の製造承認を得るために同医薬品を用いて行って得た試験データ及びその他の資料を引き渡せ。

七  被控訴人大洋薬品工業株式会社は、控訴人に対し、三五〇万円及びこれに対する平成一〇年三月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

八  被控訴人堀田薬品合成株式会社は、控訴人に対し、三三四万円及びこれに対する平成一〇年三月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

九  被控訴人マルコ製薬株式会社は、控訴人に対し、一二五二万円及びこれに対する平成一〇年三月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

一〇  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

一一  右六ないし一〇項について仮執行宣言

第二  事案の概要

一  事案の概要は、次のとおり付加・訂正のうえ、原判決の事実及び理由欄の「第二 事案の概要」及び「第三 争点に関する当事者の主張」の摘示を引用するほか、後記二の当審における控訴人の追加請求、後記三の当審における控訴人の補足的主張、後記四の当審における被控訴人らの反論のとおりである。

1  原判決四頁八行目冒頭から同一〇行目末尾までを次のとおり改める。

「 本件は、控訴人が、被控訴人らに対し、控訴人の有していた特許権の存続期間中に、被控訴人らが薬事法に基づく医薬品の製造承認を得るために各種試験を行ったこと、特許権の存続期間満了後に医薬品を製造・販売したことが特許権を侵害する行為であるとして、右存続期間満了後に特許権による妨害排除請求権及び不当利得返還請求権に基づき、右医薬品の製造・販売の禁止及び廃棄等を求めるとともに、当審において特許権侵害による不法行為に基づき、損害賠償等を求めた事案である。」

2  同一一頁七行目の「準物件」を「準物権」と改める。

3  同一二頁四行目の冒頭に「控訴人の主張は、ひとえに特許権存続期間中の特許権侵害行為による不正な結果の是正を求めるものであるが、」を加える。

4  同二二頁一〇行目冒頭から同二四頁四行目末尾までを次のとおり改める。

「 被控訴人らの行った試験又は研究は、いわゆる生物学的同等性試験といわれるものであるが、被控訴人らは被控訴人らなりの知見に基づき、各種の配合物質を検討し、また、同様にその試作方法を検討し、かつ、そのようにしてできた最終試作製品が生物学的同等性を得られるまで右検討をくり返すものであって、これは試行錯誤の場面である。もちろん、この中には臨床試験も含まれており、副作用が発見されれば、すみやかに厚生省へ報告することになっている。本件ドンペリドンでは製造販売の承認後に四例のショック及びアナフィラキシー様症状がそれぞれ報告されているが、このことは、臨床試験は何回やればそれ以上は同じことであるという性質のものではないことを示している。

被控訴人らの試験又は研究が、許認可のためという側面は否定しないが、その内容自体は、被控訴人らのノウハウを動員し、種々の実験その他の試行錯誤をくり返してする試験又は研究に他ならないのであって、こうした中から新たな知見が得られることや、新たな発明が生じることも少なくないのである。要するに同等性試験は、医薬品の効果と安全性を確保するうえで重要な試験であり、科学技術の進歩のうえでも意義のある試験である。」

二  当審における控訴人の追加請求(損害賠償請求)

1  被控訴人らそれぞれは、本件特許権の存続期間中に、ドンペリドン製剤品の製造承認を得るための試験をし、その結果、その申請を行っているが、この試験に際してドンペリドン製剤品及びその原末を製造又は輸入して使用した。

2  右申請のためには次の資料が必要である。

<1> 規格及び試験方法に関する資料(物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料の一つ)

<2> 加速試験に関する資料(安定性に関する資料の一つ)

<3> 生物学的同等性試験に関する資料(吸収、分布、代謝、排泄に関する資料の一つ)

3  被控訴人らは、右資料を作成するために、少なくとも次のようなドンペリドン製剤を、製造又は購入する必要がある。

<1> 試験用製剤の処方検討用として製剤原末二〇〇〇グラム(ドンペリドンを一錠当たり一〇ミリグラム含有する錠剤《以下「一〇mg錠」という。》で八七〇〇錠)

<2> 確定した処方に基づいて試験に用いるドンペリドン製剤品の製造用として三ロツトの製剤原末六〇〇〇グラム(一〇mg錠で五万二五〇〇錠)

<3> 規格及び試験方法に関する資料用として一〇mg錠が一六八錠

<4> 加速試験用として一〇mg錠が三六〇〇錠

<5> 生物学的同等性試験用として一〇mg錠が二六錠

したがって、被控訴人らは、右資料作成のために、少なくともドンペリドン製剤一〇mg錠が五万二五〇〇錠必要である。また、ドンペリドンドライシロップ(一グラム含有)の製造承認申請のための資料作成に六〇〇〇グラムが必要であるから、これらを自ら製造するか、購入する必要がある。

4  ドンペリドン製剤一〇mg錠の当時の薬価基準は、一錠当たり五八円であり、ドンペリドンドライシロップ(一グラム含有)の当時の薬価基準は、一本当たり九二円である。そうすると、ドンペリドン製剤一〇mg錠五万二五〇〇錠は三〇四万五〇〇〇円、ドンペリドンドライシロップ六〇〇〇グラムは五五万二〇〇〇円、合計三五九万七〇〇〇円となる。本件特許の実施料は、薬価基準の二〇パーセントを下回らないから、実施料相当額は、七二万円となる。

5  被控訴人らは、本来、本件特許権の期間満了日である平成八年七月一九日以後に、製造承認の申請のために必要な試験又は研究に着手すべきであり、その場合には製造承認を得て販売するまでには通常二七か月間を要するから、平成八年七月一九日から二七か月間にわたるドンペリドン製剤及びドンペリドンドライシロップの販売によって控訴人が被った損害も、被控訴人らの特許権侵害行為による損害となる。

(一) 被控訴人大洋薬品工業株式会社の販売による損害額

被控訴人大洋薬品工業株式会社は、右期間において、ドンペリドン製剤である「ダリック錠一〇」を、薬価基準額に換算して一〇〇六万円相当、ドンペリドンドライシロップである「ダリックドライシロップ」を、薬価基準額に換算して三八四万円相当、合計一三九〇万円相当を販売した。本件特許の実施料は、薬価基準の二〇パーセントを下回らないから、実施料相当額は、二七八万円となる。

(二) 被控訴人堀田薬品合成株式会社の販売による損害額

被控訴人堀田薬品合成株式会社は、右期間において、ドンペリドン製剤である「タシバーン錠一〇」を、薬価基準額に換算して一二九二万円相当、同じく「タシバーンD S」を、薬価基準額に換算して二〇万円相当、合計一三一二万円相当を販売した。本件特許の実施料は、薬価基準の二〇パーセントを下回らないから、実施料相当額は、二六二万円となる。

(三) 被控訴人マルコ製薬株式会社の販売による損害額

被控訴人マルコ製薬株式会社は、右期間において、ドンペリドン製剤である「ナシロビン錠一〇」を、薬価基準額に換算して五一四四万円相当、ドンペリドンドライシロップである「ナシロビンドライシロップ」を、薬価基準額に換算して七五七万円相当、合計五九〇一万円相当販売した。本件特許の実施料は、薬価基準の二〇パーセントを下回らないから、実施料相当額は、一一八〇万円となる。

6  被控訴人らの各特許侵害行為による損害額は、右4と5の合計額であるから、次のようになる。

(一) 被控訴人大洋薬品工業株式会社 三五〇万円

(二) 被控訴人堀田薬品合成株式会社 三三四万円

(三) 被控訴人マルコ製薬株式会社 一二五二万円

三  当審における控訴人の補足的主張

1  特許法六九条一項は、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ぼない。」旨規定している。特許制度は、新たな技術開発が社会経済全体の産業にとって極めて重要であるとの価値判断を前提とし、技術というものがその一歩手前に位置する技術を基礎として進歩する性質を有することに鑑み、新規開発技術を開示させる代わりに、一定期間内はその開発者に独占的利益を保障する制度であることを考えると、右の「試験又は研究」とは、技術を次の段階に進歩させることを目的とするものでなければならない。

2  ところで、新規な医薬品について、製造又は輸入の承認申請を行うためには、次の各資料を合計二六項目にわたって添付する必要がある。

イ 起原又は発見の経緯及び外国における使用状況等に関する資料(三項目)

ロ 物理的化学的並びに規格及び試験方法に関する資料(三項目)

ハ 安定性に関する資料(三項目)

ニ 急性毒性、亜急性毒性、慢性毒性、催奇形性その他の毒性に関する資料(九項目)

ホ 薬理作用に関する資料(二項目)

ヘ 吸収、分布、代謝、排泄に関する資料(五項目)

ト 臨床試験の試験成績に関する資料(一項目)

ところが、後発医薬品の製造の承認申請を行うためには、右ロのうち規格及び試験方法に関する項目、右ハのうち加速試験に関する項目、右へのうち生物学的同等性に関する項目の合計三項目のみの資料を添付すれば足りる。

人体に対して直接的に重大な影響を与える物質であることは、新規な医薬品でも、後発医薬品でも全く同じであるのに、その製造承認のために必要とされる資料がこのように全く異なるのは、後発医薬品は、先発医薬品と同一の有効成分、同一剤形の製剤で、用法も用量も等しい医薬品であり、いわば先発医薬品と同一の医薬品であるからである。

3  したがって、後発医薬品の製造の承認申請を行うための試験又は研究は、およそ技術を次の段階に進歩させることを目的とするものではなく、特許法六九条一項に規定する「試験又は研究」に該当しないことが明らかである。

4  新規医薬品を開発し、これを販売開始するためには、新規有効成分の発見から製造承認を得るまで一〇ないし一五年の歳月を要し、約二〇〇億円もの開発費用が必要である。しかも、新規医薬品開発の成功率は平均約〇・〇二パーセントという厳しいものである。これに対し、後発医薬品は、先発医薬品によって確立された有効性や安全性をそのまま流用し、先発医薬品と同一の安定性や生物学的同等性を確認することのみによって製造承認を得ることができるため、開発から製造承認を得るまでの期間は、新規医薬品のそれに比べて一〇分の一程度にすぎず、開発費用も新規医薬品のそれに比べて二〇〇分の一程度にすぎない。しかも、開発の成功率はほぼ一〇〇パーセントである。

ところが、後発医薬品の薬価は、先発医薬品の薬価と比べて、一〇数パーセント安い程度であるから、値引販売されているのが実状である。このため、先発医薬品も値引販売を余儀なくされ、先発医薬品の開発企業は、研究開発費用の回収が困難になっており、次世代のための新規医薬品の研究開発投資の資金が不足している。したがって、先発医薬品の特許権の存続期間中に、後発医薬品の製造承認を得るための試験又は研究を行い、予め製造承認を取得しておき、先発医薬品の特許権の存続期間満了後、直ちに後発医薬品を販売する行為を禁止しなければ、先発医薬品の開発企業が当然に受けるべき利益が侵奪されることになるのである。

四  当審における被控訴人らの反論

1  当審における控訴人の追加請求について

被控訴人らは、その試験又は研究に際し、特許請求の範囲第一項に記載された物質名ドンペリドン自体は製造輸入していないし、特許法上の使用もしていない。被控訴人らが、本件特許権の存続期間中にドンペリドン製剤等を製造したのは、後記2のとおり、もっぱら試験又は研究のためであって、本件特許権を侵害するものではないし、その数量についても、控訴人の主張は過大であって、被控訴人それぞれにつき数千錠で、一万錠以下である。また、本件特許権の存続期間満了後は、本件特許権の効力は失効するのであるから、被控訴人らの右期間満了後における販売行為は、本件特許権を侵害するものではない。

2  当審における控訴人の補足的主張について

特許法六九条一項は、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」旨規定しているが、右規定の趣旨は、試験又は研究自体では特許権利者に実害が生じないこと、一方で、試験又は研究が技術の進歩に寄与し得ることがあることを期待したためである。控訴人の主張するように、右の「試験又は研究」を、技術を次の段階に進歩させることを目的とするものに限定することは、試験又は研究の結果によって、特許権侵害の有無が決まることになりかねず妥当でない。従来知られていなかった新薬を開発することも技術の進歩ではあるが、従来知られていた薬品について新たな製造手段で製造した場合の安全性をチェックすることも技術の進歩である。

後発医薬品においても、有効成分を錠剤にするための製造方法の過程、その効果を分析する過程などは、いずれも新しい試験又は研究が必要であり、技術の進歩をもたらすものである。したがって、後発医薬品の製造承認の申請のための試験又は研究も、特許法六九条一項の「試験又は研究」に該当すると解すべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件特許権の存続期間中に、被控訴人らが後発医薬品の製造承認を申請するために必要な各種試験又は研究を行うために、本件特許権を実施することが、特許法六九条一項の「試験又は研究」に該当するかどうかについて判断する。

1  特許法は、六八条本文において「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と定めて、特許権の独占的効力を保障する一方で、その例外として六九条一項において「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」と定めている。

特許制度は、発明者にその発明を公開させ、その代償として、発明者に対して一定期間にわたりその発明を独占的に実施する権利を付与するものであるが、これによって、発明を奨励するとともに、発明の公開によって社会一般の技術的進歩に役立たせることを目的とするものである。特許法六九条一項が試験又は研究のためにする実施を例外としたのは、このような実施が一般的に技術の進歩に寄与するものであり、一方で試験又は研究自体は特許権者の利益を特に害しないからである。控訴人は、特許法六九条一項の「試験又は研究」は、技術を次の段階にさらに進歩させることを目的とするものでなければならないのに、被控訴人らの行った行為は、先発医薬品と同じ活性成分を含んだ製剤と先発製剤との同等性の確認を得るためにすぎない旨主張するが、右条文においては「試験又は研究」について何らの限定もされていないし、右条文が定められた趣旨からしても、一般的に技術の進歩に寄与するものであれば足りると解すべきであり、技術を次の段階に進歩させることを目的とするものに限るとするのは妥当でない。甲一七証の一、二などにみられるように、研究者の間にはこれと異なる議論も存するが、当裁判所としてはそのような見解は採用しないものである。

2  薬事法一四条、薬事法施行規則一八条の三及び甲二〇号証によれば、新規医薬品についての製造承認を得るためには、控訴人が主張するとおり、合計二六項目にわたる資料を提出する必要があるが、後発医薬品の場合には、先発医薬品の製造承認によって、既に明らかになっている事項が多いため、三項目にわたる資料を提出すれば足りることが認められる。ところで、後発医薬品が、先発医薬品と同等の安全かつ効果を有する医薬品として承認されるためには、有効成分を人の体内に安全かつ有効に吸収させるための製剤化と、先発医薬品との生物学的同等性を得る必要があり、弁論の全趣旨と乙三六号証の二、五、六三号証、六四号証の一、二によれば、製剤化のためには、製剤の安定性、均一性を確保するとともに、先発医薬品と同等の効能が認められるように副材料等について様々な試験又は研究をする必要があり、かつ、その過程においては試行錯誤的な局面のあることが認められる。そうすると、被控訴人らは、それぞれの後発医薬品の製造承認の申請をするための試験又は研究によって、その有効成分にふさわしい製剤化技術の知見を得ることができるから、それが製薬技術に直接的に進歩をもたらさなかったとしても、そこで行われた製剤化技術の技術的、基礎的検討の結果が蓄積となり、右試験又は研究は、一般的に製薬技術の進歩に寄与するものであるということができる。仮に、右技術がそれほど難しいものでないとしても、寄与する度合いが極めて低いということであって、寄与しないものではない。

また、薬事法所定の審査は、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して、保健衛生の向上を図るのが目的であり、後発医薬品の審査についても、その品質、有効性及び安全性を確保して、将来その医薬品の投与を受けることになる多数の者の安全を確保するものであって、審査目的には新規医薬品と何らの差異もない。このように、薬事法所定の審査は、特許法とは全く別の公益的な目的から定められたものであり、公益との調整を図る趣旨から、そのために行われる試験又は研究が特許権を侵害する行為であるとすることには、慎重でなければならない。

3  そうすると、先発医薬品の特許権の存続期間中に、後発医薬品の製造承認を得る目的で、薬事法所定の各種試験又は研究を行うことは、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たると認められる。

したがって、被控訴人らが、本件特許権の存続期間中に、後発医薬品の製造承認を申請するために必要な各種試験又は研究を行ったことは、特許発明の実施には該当するものの、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、控訴人の本件特許権を侵害するものということはできない。

4  控訴人は、新薬の開発には、長い年月、多大な労力、莫大な費用を要するうえに、開発のリスクも高く、薬事法による製造承認を取得するにも相当の年月を要するのに対し、後発医薬品の開発は、僅かな費用と労力でできるうえに、開発のリスクもなく、薬事法による製造承認を取得するのに要する期間も短いから、新薬の特許期間中に後発医薬品の製造承認を取得するための各種準備行為を行うことを認めることは、先発医薬品を開発する企業が当然に受けるべき利益が侵奪されることになる旨主張する。たしかに、新薬の開発に要する多大な費用、労力、またその一方でのリスクについては、控訴人が主張するような事情にあることは社会的にも認められているところである。

しかし、そのような事情も踏まえて、特許法六七条二項、特許法施行令一条の三により、特許権の存続期間を延長することができる制度が認められており、先発医薬品を開発する企業が利益を確保できるようにする配慮もなされているうえ、その一方で、安価な後発医薬品が市場に提供されることは、医療費の抑制に寄与するなどの公共的利益につながる面も否定できないのであるから、控訴人の主張にかかるような事情の存在を理由に特許法六九条一項についての前記解釈を左右することは相当でない。

二  被控訴人らが本件特許権の存続期間満了後二七か月以内に、後発医薬品を販売したことを理由とする損害賠償請求について判断する。

1  控訴人は、被控訴人らは、本件特許権の存続期間満了日である平成八年七月一九日以後に、製造承認の申請のために必要な試験又は研究に着手すべきであり、その場合には製造承認を得て販売するまでには通常二七か月間を要するとして、右試験又は研究のために製造使用したドンペリドンについての特許権実施料及び平成八年七月一九日から二七か月間にわたる後発医薬品の販売による特許権実施料各相当額を不法行為に基づく損害賠償として請求する。

2  被控訴人らが本件特許権の存続期間中に、後発医薬品の製造承認の申請のために必要な試験又は研究を行うことが、本件特許権を侵害する行為とはいえないことは、前記一において判断したとおりであり、したがって、それに基づいて製造承認された薬剤を販売することも控訴人の特許権を侵害することにはならない。したがって、控訴人の損害賠償請求は、この点において理由がない。

なお、控訴人は、現行法大系全体から生ずる法的利益として、本件特許権の存続期間満了後といえども、後発医薬品の製造承認の申請のための試験を始めてから販売できるようになるまでに現在要している二七か月間は、本件特許発明の実施品である医薬品を独占的に製造販売できる権利を有している旨主張している。しかし、二七か月という期間は、薬事法で定められた期間ではなく、現実の薬事行政の運用の結果として現在要している期間にすぎないうえ、特許法とは全く別の目的によって定められた薬事法の規制のために、特許権の存続期間が延長されたと同様の法的権利を取得するとすることは、特許法に定められていない存続期間の延長を認めることになり、特許法の解釈として妥当ではない。控訴人は、控訴人の求めているのは、あくまでも特許権の存続期間中になされた不正な結果の是正を求めるものであると主張するが、特許権の存続期間満了後に新たに製造承認された薬品である以上、その販売を不法行為とすることはできない。

3  右のとおりであって、控訴人が当審で追加した損害賠償請求も理由がない。

三  控訴人のその余の本件請求は、いずれも被控訴人らが本件特許権の存続期間中に、後発医薬品の製造承認を得るための試験又は研究を行ったことが、本件特許権を侵害したことを直接の理由とするか、それを前提とするものであるから、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことになる。

四  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、当審において控訴人が拡張した請求もいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本増 裁判官 野田弘明 裁判官 永野圧彦)

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